以前に当ブログにこのように書きました
1、マクロの発想の必要性
日本人の悪い癖は、自分の暮らす周辺(ミクロ)から全体(マクロ)見る、自分の属する組織から全体を見る、等身大から全体を見るというミクロの視点です。中国のことわざの「森の中にいる者は森が見えない」と同じです。そうではなくて、西洋人のように、マクロの空間からミクロの空間に分割していくという大局観をもった手法でないと、新しい国づくりなどできません。
脱原発問題も同じです。私も脱原発論者ですが、脱原発社会、脱化石燃料社会という全体を的確にとらえるためには、20年、30年後のあるべき姿を明確に描像(描いたり、文字にしたりして頭の中にある無形の知を有形の知にする作業)しなくてはなりません。放射線が怖いからというようなミクロの視点では、官僚に見透かされるだけです
2012年06月30日
バックキャスティング手法による脱原発ロードマップづくり
http://dream333.seesaa.net/article/278116074.html
私には、マクロの発想力が欠落している大阪維新の会の橋下市長が何をしたいのかがまったく見えません。橋下大阪維新の会が仮に政権を取れば30年後はどうなっているのか、皆さんの中で明確にイメージできている人はどれだけいるでしょうか。
最重要事項は、この国の民主主義や資本主義を修正するのか修正しないでこのままいくのかという発想ですが、このことにまったく触れていません。
ドリーム党は修正民主主義論、修正資本主義論を提示していきます。
五木寛之著「神の発見」平凡社より
<引用開始>
私は自分で勝手にブッディストだと思っている。ブッダと一般に呼ばれる釈迦に深く共感し、その思想と生きかたに帰依してきた。
しかし、奇妙なことに、いつも読んで感動するのは聖書である。親鸞の言行を記録した「歎異抄」を読んでも。ああ、このくだりは聖書のなかのあの部分と重なるな、と感じたりするのだから困ったものだ。
<中略>
(中国から受けた文化以外に)
もう一つの衝撃は、いうまでもなく明治にはじまる西洋・欧米文化の到来である。文明開化の名のもとに、私たちの生活様式は一変したといっていい。漱石はその変化を「西洋の猿真似」と呼んだ。彼のいわんとするところが私には、なんとなくわからんでもない。
「和魂洋才」というスローガンには、大きなごまかしがあるのではないか。洋才には深いところで洋魂とでもよぶべき精神のありようがあって、それが才という技術やシステムを支えているはずである。その根の部分を都合よくカットして、地上に咲いている花だけを利用しようとしても、それは、無理なのではないか。
その根に当たる洋魂とはなにか。それがキリスト教文化であることは、すでに誰もが知っていることだ。
<中略>
民主主義の土台である人権は、天賦の人権と呼ばれる。天とはなにか。それは神が与えもうた権利であり、デモクラシーが神の意識なしに成立しないことは、アメリカ大統領の就任のセレモニーを見れば、一目瞭然である。聖書ぬきでは、大統領の就任式さえおこなえないのであるから。
司法の場で証人が宣誓するのは、裁判官や検事や陪審員のためではない。「神に対して」真実を述べると誓うのである。
すなわち、西洋・欧米の近代文明とは、基本的にキリスト教文化であり、それこそが洋魂とよばれるべきものだろう。
しかし、明治以来、私たちは天皇制と国家主義を和魂として、洋才に無理やり重ねて近代化をおしすすめてきた。敗戦によりそれが否定されると、どうしたことか。まことに要領よくというか、図々しくいというか、こんどは「無魂洋才」という抜け道を走り続けてきたのだ。
そして今、日々さまざまなかたちで発生する事件は、その無魂洋才という抜け道が行き止まりに直面したことを物語っている。
敗戦後のこの国が、なんとなく好調に走り続けてこられたのは、たぶん、無魂という制約なき身軽さによるものだろうと思われる。魂というものは,つねに人びとの心や社会にブレーキとして働くものだ。
「そこまでしてはいけない」「そうすべきではない」というブレーキが外された車は、当然、他の車より早い。めざましく疾走し、そしてやがて転覆する。
<引用終了>
橋下大阪維新の会には「根っこ」がありません。理念がありません。「才」に当たるノウハウがありません。ただただ大声を出しているだけなのです。
確かに、大阪の自治労は自分たちを守るためだけに団結し、市民から選ばれた市長や府長の言うことを聞かないという実態は変えるべきです。しかしながら、ピーター・ドラッカーが指摘したように「官僚という指導層は、一般に考えられているよりもはるかにしぶとい。不祥事や無能が暴露された後も、長く力を持ち続ける」のであり、彼らがいなくなることはないのです。
ドリーム党は30年で公務員をゼロ(限りなくゼロに近いという意味)にできるロードマップを世に提示していく所存です。民間人、公務員、政治家がWIN―WIN―WINできる方法でないと、公務員改革など進むはずがありません。
そのためには、この国の何を修正していくのかを、国家の価値観や国家理念に基づき再考していくという基本的作業が必要不可欠であり、ドリーム党はその作業を丁寧に進めていく所存です。
残念ながら、橋下大阪維新の会にそれを求めるのは不可能です。ストレスを溜めないためにあきらめましょう。