10年前、中国で岳飛(1103-41)と文天祥(1236-83)に関する「民族の英雄論争」が起きた。岳飛は南宋時代に女真族と戦い、和親派の秦檜(1090-1155)によって謀殺された武将だ。文天祥は宋代末期、モンゴル軍に対抗し捕虜となり、モンゴル帝国の皇帝、フビライ・ハーン(1215-94)の懐柔を受け入れず、死を選んだ忠臣だ。中国人はこれまで2人を「民族の英雄」として尊敬してきたが、2002年12月に中国教育省が高校の歴史教学大綱(指導要領に相当)を発表したことで、事情が変わった。この大綱によると、2人は国を守る戦争ではなく「兄弟間で垣根を争う」国内民族間の戦争に参加したのであり、民族の英雄とは見なせないという。漢族である2人を英雄視すれば、少数民族が不快感を抱くとの説明だった。
一般人の常識を覆す中国政府の発表の背景には、「中華民族」という新たな概念が介在している。1990年代初めに登場したこの用語は、現在の中国領土に住む全ての民族は一つの民族だという考えに基づく。全世界からの移民で構成される米国の国民を「米国民族」と呼ぶようなおかしな用語を使い、中国の学者は「統一的多民族国家論」をつくり上げた。中国は長い間、さまざまな民族が入り混じりながら、一つの国を形成してきたという歴史観だ。これは現在の政治状況によって、歴史に異なる解釈を加えてもよいという論理だ。この歴史観に基づき、中国はチベット、ウイグル、モンゴルの歴史だけでなく、高句麗や渤海の歴史も中国史に組み込もうとする「東北工程」を断行した。
中国国家文物局が今月初め、「歴代の長城」の全長が2万1196キロに達すると発表した。これも、異民族の歴史を中国史に含めようとする歴史改ざんの一環だ。歴代の長城とは歴代王朝が築いた長城という意味だが、中国メディアはそれを万里の長城と同一視している。高句麗と渤海の長城は決して万里の長城ではないにもかかわらず、中国はそれをどさくさに紛れて万里の長城に含めている。
統一的多民族国家論は、徹底して勝者の歴史観だ。土地を手に入れれば、その土地の歴史も自分のものだという無理な主張だ。こうした歴史帝国主義は中国にとって利益となるのか。これは全ての歴史的記録を覆し、儒教的価値観を全否定する行為だ。忠義を尽くした岳飛、文天祥は、兄弟間で垣根を争った愚かな武将に格下げされ、明代末期に満州族の八旗軍に山海関を開いた呉三桂(1612-78)は、民族団結に寄与した人物へと一変する。こうした歴史観は将来の中国人にとって命取りになるかもしれない。100年後、200年後に中国が外敵に侵略され、モンゴルや日本が漢族を「モンゴル民族」「日本民族」に編入しても文句は言えなくなる。
政治的な目的で過去の歴史を歪曲(わいきょく)、改ざんする行為は、宮刑という恥辱を受けても、事実に基づき歴史を記録しようとした前漢時代の歴史家、司馬遷の精神の足元にも及ばない。こんな浅はかな「歴史小説」には「歴史」という名前すら付けられない。中国の歴史学界で理性的な学者が無謀な歴史観を正すことができなければ、中国の未来は決して明るくないだろう。