“五十一日目”
目が覚めると新しいホブ・ゴブリンが四ゴブ増えて総数十二になっていた。
しかも四ゴブの内一ゴブはメイジの素質があり、さらに一ゴブはクレリックの適性持ちだった。
今まで大きな怪我は基本的に俺が治していたので、他者を治療する能力を持つクレリックが増えたのは正直言ってありがたい。一度に大勢の怪我人がでた場合は手遅れになる可能性も捨てきれないのだから。
そんな訳で、ホブ・ゴブリンクレリックになったゴブ治くんを隊長とした医療部隊≪プリエール≫を新設した。今の所はゴブ治くんしか隊員はいないが、今回のゴブ治くんに引っ張られる形で他にもクレリックとなる個体が出てくるかもしれない、と期待しつつ。
ちなみに『あれ? ホブ・ゴブリンの数が少なくない?』と思うかもしれないが、数はこれで間違っていない。
ゴブ美ちゃんにゴブ江ちゃん、ホブ里さんに奴隷兼部下な五ゴブの計八ゴブに四ゴブが加わったのだから、数は十二なのだ。簡単な足し算だな。
名前を出さなかったホブ星さんだが、今日目が覚めると【存在進化】していた。本人によると、数年ぶりだそうだ。
ホブ星さんがランクアップして成った種族は【鬼人】系種の一つに数えられる【半魔導鬼】だそうな。
ホブ星さんが今回の数に入ってなかったのは、そんな理由があったからだ。
半魔導鬼についてだが、どうやら中鬼から大鬼になるって一般的なルートではなくて、メイジ系のモンスターが低確率だが魔術行使に特化したルートに進むと成れる種族だそうな。
魔術を得意とするホブ星さんらしいと言えばらしいと言えるだろう。自分の長所を生かす種族になるのは良い事だしな。
ただ特化型であるが故に身体能力は他の鬼人系よりも大幅に低いそうだが、そもそも魔術は遠距離から一方的に敵を嬲る技法である。
ほとんど肉弾戦を行わない魔術行使に特化した種族になったのだから、別に問題ないそうな。
半魔導鬼の見た目は額にニ本の小さな角を生やした人間そのままだった。ホブ星さんだけしか見た事が無いので個体差があるのかもしれないが、半魔導鬼になったホブ星さんは、容姿からパッと見で推察できる年齢は二十代前半から後半の間程度で、可愛い、と言うよりも錬金術師さんのようにスーツが似合いそうな知的クール系の美人である。
生気の抜けた青白い肌、ややつり目な知性を帯びた緑色の瞳、額の中心部には双角に挟まれた状態で直径三センチほどの丸い蒼玉のような珠が埋まっていて、腰まで伸びた灰色の長髪と、両腕の前腕部に刻まれている俺と同じような紋様だが微妙に違う黒い刺青が特徴的だ。身長は目測で百八十センチほど。
本人が言うには腕の刺青は本来無いはずのモノらしいが、何故あるのか分からないそうだ。ただ、そこから力が漲る感覚がして、悪い気分では無いそうだ。
ゴブ吉くんのように何かしらの【亜神の加護】持ちなのかどうか聞いてみたが、それは否定された。そんなモノは持っていないらしい。
ふむ、謎である。まあ、これも追々判明する事に期待して。
そしてゴブ爺が補足として、“半”と種族名の前につく場合は本来の種族――今回は魔導鬼だ――よりも全体的なスペックが劣っているのだ、と教えてくれた。
まあ、ハーフだからそうだろうとは以前から思っていたけどな。
ハーフがどういったモノかいまいち分からない人は、大鬼と中鬼のようなモノだと思っておけばいいだろう。それに成る一歩前という意味だ。
今度ランクアップすれば正式に魔導鬼になるそうだしな。
その後、半魔導鬼になってどの程度能力が向上したのか確認を、てな流れで外で魔術を実演してもらったら、うん、凄かった。いや、凄まじかった。
ホブ星さんが扱える魔術の中に、“炎禍の嵐群”と呼ばれる炎熱系魔術第二階梯に分類される魔術がある。
唐突に第二階梯とか言われてもチンプンカンプンで意味不明だと思うので、補足を一つ。
発動難易度やその破壊力、あと呪文解放レベル制限などによって魔術は一般的に、最低ランクである第一階梯から最高ランクの第十階梯までと、十のランクで<神>が全て定めている、らしい。
アビリティでもちょくちょく【なんたら~の亜神】などとあったように、この世界には俺達の一つ上の領域に立つ存在が実在する。実際に神と会える場所――“聖域”も世界には幾つか点在するそうだ。
まあ神様うんぬんは一旦置いといて、話を戻そう。
十の中で下から二番目の魔術、と聞くと簡単で弱そうなモノに思えるかもしれないが、それは誤りだ。最低ランクである第一階梯の魔術を扱えるだけでも、人を数人纏めて殺傷するのは容易い。
炎熱系統魔術の第一階梯魔術“炎禍”が放つ一発の炎球でさえ、ヒト数人分を容易く焼死させられる。
ちなみに以前俺の顔に直撃した雷光系統魔術は第三階梯の魔術だ。本当ならオーガクラスのモンスターでも一発で肉体全てを消し吹き飛ばせる程の破壊力を秘めていた。
俺の場合はアビリティでその威力を激減させていたのでそう言った事にはならなかったが、それでもアレは痛かったなぁ……。
それと、第五階梯の魔術が扱えるのならば街一つを単騎で燃やす事もできるらしい。
そこまで行くとまさに“一騎当千”の化物で、赤髪ショートもそれと同じかそれ以上の事ができる人物を話だけだが何人かは知っているそうだ。
……喰えばどんなアビリティを獲得できるのだろうか?
以前殺して喰った高位魔術師は最高で第三階梯までしか行使できなかったようなので、想像するだけで楽しみだ。
そんな機会があるかどうか分からんが、想像するだけなのだからいいだろう。
話を“炎禍の嵐群”について戻すが、かつてホブ星さんが駆使した“炎禍の嵐群”は直径十センチ、総数五発の火炎弾を連続射出する広域破壊系の魔術だった。
ただホブ星さんでは発動するにはかなりの集中と長い詠唱時間を必要とし、しかも一度使用すれば数日間は上手く魔術が行使できないようになる、等の反動があった。
だがそのリスクと引き換えにするだけの破壊力がある、奥の手の一つ。
ランクアップした現在は、そんな昔とは比べ物にならない魔術に変化していた。
“炎禍の嵐群”を発動させるのに要する時間――呪文詠唱時間が以前の五分の一程度にまで短縮されていたばかりか、打ち出される一個の火炎弾は直径三十五センチ、総数ニ十発と強化されていたのだ。
その上発動させても大した疲労感はないようだし、体内魔力量的にもまだまだ余裕があるそうで、あと二十回は連続使用したとしても以前のように強い反動はないらしい。
それにそれよりも強力な魔術を扱えるようになったそうだし。
流石魔術特化な種族だと言うよりないだろう。
ちなみに、全て空に向かって撃ち上げられてます。地面に撃つと後処理が大変だからなー。
それにしても、これでもまだ半端者だと言うのだから、魔導鬼が扱う魔術はどれほど凄いのだろうか。
どうもこの世界の情報が少な過ぎて、上限が不明なのは怖い所だ。
【存在進化】したお祝いとして、四ゴブにはこれまで通りにそれぞれ二つのマジックアイテムを。
ホブ星さんにはベルベットの遺産の一つの、【体内魔力増幅】や【物理・魔法攻撃耐性】など幾つか優れた特殊効果を発揮する白銀と金糸と赤い聖骸布で製造されたらしい【神迷遺産】のローブを。
それに以前ベルベットのダンジョンで殺した【職業・高位魔術師】持ちの冒険者な青年が所持していた、古代樹の杖に魔法石なる赤い宝石が嵌めこまれた魔杖<アランノートの杖>をプレゼント。
それと普段は邪魔になる魔杖や小道具等を収納する能力を持つ腕輪タイプのマジックアイテムも、ゴブ吉くんと同じく渡しておく。
今回の武器更新によって今までホブ星さんが使っていた装備――魔杖と灰色のローブだ――は、嘗ては俺の部下兼奴隷であったが、今ではホブ星さんの部隊に所属している弟子なメイジ二ゴブに贈られました。
さて、今回は最近分かってきた事でも呟こうかと。
うん、どうやら俺と同年代だったゴブリン達は成長率――もしくは経験値吸収能力――が普通では考えられない程に高いようだ。それはホブ・ゴブリンが森の外に出る前に量産している事で証明されている。
ゴブ爺にも以前言われた事だが、普通、ゴブリンがホブ・ゴブリンになるのには年単位の月日が必要だからだ。
こうなった原因は、俺であるのは間違いない。
それでちょっと考えてみたのだが、恐らくゴブリンは生後一ヶ月かそこらの生活環境によって今後の成長率が変化するのではないだろうか。
ほら、ゴブリンは種族的に身体の成長が早いのだから、能力の成長期も他より早くにくる、そんな仮説だ。伸び盛りに伸ばす、と言えばいいのか?
産まれてから一ヶ月以内に自分と同等かそれ以上の生物を多数殺して喰う、過酷な訓練を産まれてから繰り返し行う、など普通のゴブリンではできないような特異的行動をする事によって、成長率は大きく変化する、とか。
普通の一般的なゴブリンの成長率を1とすると、俺達のように殺して喰って腹一杯で厳しい訓練を続けているゴブリンは成長率が10である、のような感じで。
確かな確証は全くないが、しかしその可能性は非常に高いと思われる。
そうでなくては納得できる理由が無いのだし。
あと、俺の【群友統括】もそれを補助している可能性が高い。
このアビリティ、配下の能力を底上げする効果があるのは以前にも言ったが、効果発動の条件を満たす為にそれぞれの部隊のコンセプトに合わせ、個々の性格や能力的な事などを考えてそこが最も適正だと判断した個体を選抜し、配属させている。
その為【群友統括】の効果が常時発動している筈なので、普通よりもさらに強くなり易くなっているのではないか、と言ってみたり。
まあ、そんなこんなで強い仲間が増えるのは歓迎するべき事だし、まだハッキリと解明できていないのでこの話はココまでとしよう。
ただ、ランクアップしてオーガとかに成った場合どうなるのか、そこら辺は今後どうなるのか要調査だな。寿命とかも調べにゃならん。
オーガがゴブリンよりも短命とかだったら流石にやるせない。
そうそう、十七名のエルフだが、十人居た男の内三名と七名居た女の内一名は肉欲に屈服しました。
俺は既にゴブ美ちゃん達が居たが、エルフの生態がどうなっているのか気になったので、彼女の最初の相手は俺が担当した。
とりあえず、できるだけ相手が痛くない様には気を使ったつもりである、とは言っておく。しかし失神させ過ぎた感が否めない。
いや、うん、凄かったんだ。何がとは言わないけど。美人が積極的だったからとか言うつもりも無い。
その後は他のゴブリン達――主に同年代のゴブリンが多い。いや、強い順にしたらそうなったんだ。年上ゴブリンは主に男の方を……アーー、的な――の相手をしてもらってます。
ただ多対一ではさせていない。一対一だ。
プライドの高いエルフなのだから嫌々していると思うかもしれんが、薬の昂りを我慢した反動か、大変嬉しそうに日々喘いでいます。幸せそうだからいいんじゃね? と思ってみたり。まあ、仕方が無かったんだと諦めてもらおう。
彼・彼女達は大切に扱う様に言い含めているので、と言うか普段は下位のゴブリン達以上に快適な生活環境にあるので決して悪いモノでは無く、以前のようにボロボロになって死んでしまう事は無い、筈だ。
そこら辺は前科のあるゴブ爺に特に言い聞かせているので、率先して行動に移しているから大丈夫だろう。
最後になったが、起きたら得ていた【■■■の眷属】の話をちょっとしよう。
うん、これ全く使い方が分からんのだ。と言うかどんな効果があるのかさえ現状では不明である。最初の文字が見えないので、推測する事すら不可能です。誰か教えてくれと言ってみたり。
眷属ってんだから、何かしらが俺に干渉しているのだとは思うのだが……。
自分でラーニングしたアビリティならその使い方は概ね理解できているのだが、このアビリティは多分この世界の法則に則って得たモノなので、うん、分かりません。
解析する事は今の所諦めている。
“五十二日目”
夕方、久々にゴブ吉くんとバディーを組んで未踏破区画にてハンティングを行っていると、武装した十ニ名の人間を発見した。
周囲を警戒しつつ、それなりの速度――俺達からすれば遅すぎるのだが、比較するのは可哀そうだ――でエルフの集落があるらしい区画に進んでいる事から、人間軍の偵察部隊か何かだろうと予測。
好奇心に突き動かされて追跡する事に。
二メートル五十センチ以上の巨体であるオーガがニ体というのは目立ち過ぎると思う――事実、普通は目立って目立って仕方がない筈だ――かもしれないが、問題は特にない。
生後四日目から始まりを告げた、自分達の糧を得るためのハンティング。あの日から今日までの間、基本的には俺の方針により、獲物を発見すると真正面から突っ込んでいくなどと言う事をせずに、隠れながら獲物の呼吸を読み取り、そして死角からの強襲という暗殺者紛いの事を繰り返していたので、それ等の結果として俺とゴブ吉くんなどに備わっている隠れ身技能は通常と比べるまでも無く磨かれている。
オーガの巨体を周囲に溶け込ませ、標的に悟られなくするのには十分過ぎる程の技量だ。
それに加えて俺には【隠れ身】をアビリティとしても所持しているので本来以上の事ができるし、ゴブ吉くんのサポートも軽くこなせるので問題などある筈も無く。
そして追跡する事しばし。どうやら目的のポイントに到着したらしく、そこで人間達は“U”の字に似た陣形を組み始めた。
陣形を構築する為の移動が終わると、一人につき二つ所持していたクロスボウの内の一つを手に取り、人間達は気配を消してその身を潜めた。
あれなら前もって知っておかないと、相当近くであっても発見するのは困難だ。非常に高度な隠れ身技能である。まあ、野生で生きる俺達には劣るレベルではあるが。
ココまで体勢が整うと、クロスボウによる奇襲――クロスボウは二つあるので、立て続けに射てから接近戦に持ち込むのだろう。俺ならそうする――で、誰とも知れない標的は沈黙させられる可能性が高い。
そこん所どうなんだろうか、という事で、例え注視したとしても殆ど見えない様な極細の糸を密かに伸ばし、小声で僅かに交わされる会話を盗聴してみる。
それによると、エルフの“円卓会議”議長の愛娘――エルフは幾つかの氏族の代表が集まって意思決定をする制度を採っているのやもしれん――を攫う任務で此処にいるそうだ。
当然愛娘についている護衛は皆殺しにするのだろう、準備と会話からして。
あとこの会話から、どうもエルフ内に裏切り者が存在する事が判明。裏切った個人までは特定できる筈もないが、この情報は非常に重要であるのは間違いない。
まあ、誰だって滅びたくはないし、仲間を裏切っても自分だけは~って奴が居る事は珍しい事じゃない。利権とか関わるともうボロボロ出てくる事など多々あるし、そもそも俺には関係ないのでどうでもいい。
精々機会があれば、俺が稼がせてもらうってだけの話なのだ。
この後どうなるのか成り行きを見守る事にして、大体二時間後くらい――待ち疲れたゴブ吉くんは少々離れた場所でハンティングさせ、事態に変化があったら糸で知らせるようにしている――だろうか、武装した美男美女ばかりなエルフの一団がやってきたのは。
攫う娘さんとやらは、エルフ数名に担がれた神輿のようなモノの上に座すエルフで間違いないだろう。見た目的には十代後半から二十代前半と若く、ハッキリ言って今までそうは見た事の無い程の美人であった。
それはもう、絶世の美女と言ってもいい程に。
少々見惚れてボンヤリと眺めていたら、隠れている人間達にごく僅かな変化が見受けられた。
これは事がもうすぐ起こるなと思い糸でゴブ吉くんを呼び寄せる。その間に一斉に動いた人間達十二名は予め持っていたクロスボウで一度に十二人のエルフを正確に撃ち殺した。
それだけでは終わらず、矢を撃ったクロスボウは捨てて足下に置いていたもう一つのクロスボウに持ち替えて、再び射撃。放たれた矢は、更に十二人のエルフを撃ち殺した。
突然の奇襲に慌てながらも弓を手に取り反撃しようとした残り八名のエルフは、今度はクロスボウを放置して素早く駆け寄った人間達の刃で沈黙する。
この間僅か十秒程度だ。疾風迅雷、なかなかのお手並みと言うよりない。
その後、ただ一人生き残ったエルフの娘さんに近寄った男がその口元に抵抗されつつも布を押し当てると、しばらくしてエルフの娘さんの身体から力が抜け、意識を失ったのが傍目から見ても窺えた。
グッタリと力の抜けた娘さんを担ぎ、無傷で任務を遂行した人間達はもと来た道を疾走する。迷いの無い撤退行動だ。
ちなみに、そのもと来た道ってのには俺が待ち受けていたりする。後ろから追跡していたので当然だが。
彼我の距離が十分近づき、頃合いだろう、てな事で地面から起きあがり様に指先から糸を射出。
保険として【地形操作能力】を発動、十二人の人間達の逃げ場を完全に塞ぐように正面以外の三方に土壁を噴出させた。
突然の事態に、慌てふためく人間達の表情が可笑しくて。
結果、一網打尽です。
コガネグモから得たアビリティ【黄金糸生成】によって糸は柔軟性などをそのままに、黄金なので見た目以上にある重量で体力を消耗させ、今まで使用していた糸の弱点として存在した炎に対する脆弱性も、ある程度の耐性を持つようになっているので早々断てるモノでは無い。
成す術無く蓑虫のようにのたうつ様は滑稽だ。
ただこのままでは定番としてあるだろう奥歯に仕込んだ毒などを飲まれたり、何も自白しないように舌を噛み切るかもしれない。そうなったとしても俺が治すので誰も今死ぬ事はないが、治療するのが面倒なので糸で猿轡を。
それと一応拘束が解けない様に腕の関節を外し、親指と手首同士を厳重に括りつけたりとしていたら、ようやくゴブ吉くんがやってきた。
遅れてやってきたゴブ吉くんに、仕事として人間十二名全員を担がせる。結構な重量になるはずだが、ゴブ吉くんが持つと非常に軽そうに見えた。……装備も合わせると、間違いなく一トン以上あるんだけどなぁ? と小首を傾げるが、全然余裕そうなので何も言いません。
まだ眠っているエルフの娘さんは俺が抱いて、住処である洞窟に帰還する。
娘さんの護衛でつい先ほど殉職なされた――クロスボウの頭部を抉る一撃を受けたか、頸部を切り離されている死体ばかりだ。見事なお手並み、俺は蘇生できないので急所を正確に壊されればどうしようもない――エルフさん達だが、身に着けていた装備品全てと心臓を俺が貰って、死体がモンスターによって無残に喰い散らかされないようにしっかりと埋葬しました。
【能力名【幸運】のラーニング完了】
【能力名【不運】のラーニング完了】
良いアビリティと悪いアビリティの両方がラーニングできてしまった。
取りあえず幸運は発動させるとして、不運はうっかり発動させないように気をつけねば。
そして最後に合掌、南無。
彼等の冥福を祈る。
……ん? 生け捕った人間達をどうするかだって?
そりゃ、尋問した後で皆の経験値稼ぎに貢献してもらうのさ。あと、拷問のやり方のレクチャーとかに使わせてもらいます。男ばかりだし、エルフみたいに容姿は良くないし。
うん、今夜は大変そうだ。
と思っていたら、その前にイベントが発生した。帰り道に、ゴブリンと遭遇したのだ。
知らない顔ではない。年上ゴブリン組でも、嘗ては上位のメンバーだった六ゴブである。ただし現在では赤髪ショート達を担いでいた下っ端ゴブリン達にさえ実力が追い抜かれた、訓練についてこれずに落ちこぼれとなっている奴らだ。
同年代ゴブリンの方が年上ゴブリンよりも強いとは以前にも言ったが、それに加えて下っ端扱いされていたゴブリン達は比較的若かったようで、訓練によってそこそこ伸びる可能性を見せ、彼らを追い抜いたって裏話も。どうでもいいけどな、今は。
こんな所で何してんだ、と言おうとして、年上ゴブリン達が何か焦っていたのでジーと無言で見つめながら観察していると、観念したのか、その中でも一番腕の立つゴブリンが言った。
曰く、俺にはついて行けないんだと。
女を無理やり抱けなくなっただけでも辛いのに、日々の過酷な訓練にはもう耐えきれない。それでも何か機会があるかと思って我慢していたが、エルフの女を捕虜とした事でどうしても我慢できなくなった。
エルフの女達を抱く事は自分達の立場では不可能で、手を出せたとしても男止まり。男でも美男子なので悪い気分ではないが、やはり女エルフの極上の身体には一生届かないだろう現状はどうしようもなく、歯痒い。
生殺しにも程がある。極上の料理が目の前にあるのに、自分達以外の奴らだけがそれを喰える環境など、どうしろというのだ。
だから、出ていく。
つまり、群れから離反するのだそうだ。
そこまで言って、彼らは震えながら押し黙った。
殺される、そう思ったのかもしれない。
俺としては、ああついに出たか、と言う想定された話でしかなかった。
いや、現段階の彼等だと、従わないのにこのまま留めておく必要は特にないので、俺としても出ていくのなら、そうか、と言う感じだったりする。
これがゴブ吉くんとかだったら引きとめただろうが、こいつ等だしなぁー。って事だ。
俺はルールを厳守させるが、それが気にくわないので出て行きます、てな奴は今の所どうにかしようとは思っていない。そこまで大きくはなっていないのだから、出て行きたいのなら行けばいい。
ただ何かしらの違反をして出ていこうとした奴等は別だけど。
それに今は数を増やす事よりも個々の能力を高める事を目的としている。これは無駄に足手まといの数を増やすよりも、ある程度実力のある状態で子を増やした方が今後を考えれば良いのではないか、と思ったからだ。
だから、現段階で既に挫折してしまった奴を置いておくつもりもない。才能が無くとも努力しようとする者には、手を差し伸べるつもりではあるが。
とは言え、情報が漏洩しないように多少の細工は施さねばなるまい。別に、殺そうとは思っていないぞ。あくまでも現段階では、と後ろに追加されるけどな。殺しはしない。
小刻みに振るえ、緊張した表情でコチラを見上げる年上ゴブリン達の武装は、俺が統一して配給したモノで、ランクで言えば最低から一段階上とされる【通常】級ばかりだ。
【通常】級の武具防具と、幾つかの【希少】級の品が放り込まれている武器庫の品に手は出さず、配給された武装だけを手に黙って出て行こうとしたらしい。
手を出せば殺されると思ったからに違いない。
正しい判断だ。
話を戻すが、ゴブリンの武装としてはそこそこ良い物ではあるのだが、最大の武器であった数が大幅に減り、実力が飛び抜けて高くはない彼らが今後生きていくには、心もとない武装であるのは確かだ。
俺としても、まあ、餞別くらいは贈って見送るのが情けだろうと考える。と言う事で、アイテムボックスから六本のナイフを取り出した。
これは先ほど亡くなられた護衛エルフさん達の遺品の一つだ。刀身は青い銀――鑑定した結果、祝青銀と呼ばれる魔法金属製らしい――で作られたそのナイフは、ただのゴブリンが所持するにはあまりにも破格なシロモノである。
ナイフは特別な能力こそ宿してはいないが、その切れ味は現在装備している鋼鉄製のショートソードとは比較にならない。ミスラルの刃は鋼鉄製のショートソードを刃毀れする事無く容易く切断できる、と言えば分り易いだろうか。
エルフだけが製造する技術を持つというミスラル製のナイフは、冒険者でも早々得られない希少物だ。
ナイフの切れ味を見せる様に、俺は自分の指先を切って数滴ほど血を流してから、鞘に納めてゴブリン達に渡す。傷は【高速治癒】で既に跡形も無くなっていた。
呆けた表情で立ち尽くす年上ゴブリン達。それに苦笑しつつ、俺とゴブ吉くんはその存在を二度と振り返る事無く、帰還するのであった。
彼らとは、縁があったら出逢うかもしれないな。
まあ、その前に高確率でミスラルのナイフ目当てで冒険者達に殺されるかもしれんが。身の丈にあわない財宝は、破滅を呼び込むと相場が決まっている。
彼等の今後の頑張りを祈ろう。
最後に、今回の重要ポイントは血を流した所だ、とだけ言っておく。
“五十三日目”
捕まえた十二人の人間達から聞きだした情報によると、今から二十日以内に本格的な進撃があるっぽい。とは言え、ハインドベアーやトリプルホーンホースといった強力なモンスターが生息する森の中なので、特定のルートでしか多人数は動員できないようである。
無論、そのルートも聞きだし済みだ。
普通こんな重要な情報は彼らもプロなのだから洩らさないと思うかもしれないが、何、四肢を削いでは止血し、肉と骨を削いでは治し、腹を切り開いては治し、仲間を目の前で無残に喰ってー、などを繰り返してりゃ誰だって聞く事全てを話してくれるモノである。
外道と言われるだろうが、間違いなく言われるだろうが、こんな事は歴史を紐解けば幾らでもあるので気にはならない。そもそも、俺が持っている手法は先人達が培ってきたモノが大半なので悪しからず。
あと、今の俺大鬼だし。人間じゃないんだからこの程度問題無し。と言う事で。
聞きたい事やその他を全て聞きだした後は、その肉を美味しく頂きました。あとマジックアイテムなどの武装と、それなりに多い経験値も頂きました。
【能力名【職業・秘密部隊】のラーニング完了】
【能力名【職業・魔獣飼い】のラーニング完了】
【能力名【職業・首狩り処刑人】のラーニング完了】
【能力名【職業・隠者】のラーニング完了】
【能力名【状態看破】のラーニング完了】
【能力名【寄付】のラーニング完了】
【能力名【解錠】のラーニング完了】
【能力名【罠解除】のラーニング完了】
【能力名【罠感知】のラーニング完了】
【能力名【敵性感知】のラーニング完了】
【能力名【暗殺補正】のラーニング完了】
【能力名【暗器熟達】のラーニング完了】
【能力名【対人戦能力上昇】のラーニング完了】
【能力名【首狩り】のラーニング完了】
【能力名【気刃斬り】のラーニング完了】
【能力名【背撃】のラーニング完了】
【能力名【針通し】のラーニング完了】
【能力名【投擲】のラーニング完了】
【能力名【激痛耐性】のラーニング完了】
【能力名【魅了耐性】のラーニング完了】
【能力名【暗殺耐性】のラーニング完了】
あとアビリティも。
うん、【三連突き】だけだった物理直接攻撃系アビリティも【首狩り】と【気刃斬り】などが加わった事で増えたのはありがたい。
あと【解錠】とか【罠解除】とか、有用そうなアビリティを多数確保できたので満足です。
そして一日グッスリと薬で眠らされていたエルフの娘さんは、昼過ぎ辺りになってようやく目が覚めた。
ちょうど綺麗な寝顔を覗き込んでいた所だったので目が覚めた瞬間跳ねあがる程驚かれ、『私の護衛達は何処にやった!』『私をどうするつもりですかッ』『まさか、私の貞操を……ッ』とか色々騒がれたが、薬草などから作成したお茶モドキ――俺と錬金術師さんとの合作だ――を飲ませ、一先ず落ちつかせた。
これ、素材に鎮静作用があるので効果覿面である。
そうした後でようやく、淡々と成り行きを語って聞かせました。
護衛は全員死亡って事も、装備品と心臓は俺が駄賃として貰う代わりに丁重に埋葬してやったって事も、俺――ゴブ吉くんはあの時居なかったので除外した――は敵が待ち構える準備段階からその様子を見ていたって事も、襲った人間は全てを殺してココで喰ったって事も、全部である。
一切の隠し事はしませんでした。
あ、ちなみに捕虜なエルフ達については言っていない。だって今は全然関係ない事だしな。今回の事と関係があったら言っていたかもしれんが、無いのだから言う必要性はない。
さて、娘さんの反応であるが、当然と言えば当然だが、激怒された。
なかなか様になったパンチが俺の胸筋を幾度となく叩く、が正直大した事はない。子供に小突かれているような感じである。ポカポカパンチ、とでも言うのか? イメージとしてはアレに近いだろう。
娘さんがそんな行動を採るのは、相応な立場ってヤツがあるのだからどうかとも思うのだが、感情的には理解できない事も無いのでしばらくは自由に叩かせ、その後コチラはデコピン――俺が殴ったら洒落にならん。デコピンでも手加減して威力を抑えた――を一発返す。
大きく頭部が後退する程度だったので娘さんは死にはしなかったが、額が非常に痛いらしく、両手で押さえて涙目で恨めしそうに睨んでくるが、それは知らん。
お前達エルフと人間が始めた諍いは俺たちに関係ないのに助けてやったんだから文句言うなぁーなどなどテキトーな事を言い放つ。後ついでに内通者いるっぽいぞと言ってみる。
そしたら黙ってくれました。しばらくして色々な想いが噴き出したのか本気で泣きだしたので、一応慰めたりしましたが。いや、美人の本気な涙とか反則です。
その後、娘さんをエルフの里に送り届けるってな流れになったのだが、会話が予想以上に続いてしまい、時間も時間だったのでこの日も娘さんは泊る事に。まあ、一泊は意識無かったけどな。
今夜も俺の糸製ハンモックでお休みです。
さて、明日はエルフの里である。一体どうなることやら。
あと、ゴブ爺よ。娘さんを捕まえんのか? と期待した瞳で見てくるんじゃない、煩わしい。
別に敵じゃないんだから、俺としては偽善を働かす存在なのであってと二時間ほど話を……。
あ、捕まえたエルフはさらに男二名に女二名が自分から求めるようになりました。ただ、今回はその気はなかったが、最初はトップが手を出してからってな暗黙のルールができていたようなので、流れに身を任せました。
ゴブリン達が列を成すシュールな光景が見られるのは、そう遠くないだろう。
一応、俺が決めたルールは守っているので何も言うつもりはないけどなー。
“五十四日目”
普段通り目を覚まそうとして、吐息がかかる程傍で俺を見下ろす気配を感じた。誰なのかを見極めるため、しばらく狸寝入りを決め込む。
【気配察知】で調べたところによると、どうやら娘さんである模様。とりあえず、何をしているんだと言いたい。
あとな、ゴブ美ちゃんに赤髪ショートに鍛冶師さんに姉妹さんに錬金術師さん達が遠巻きにコッチを窺っているのも、どういう事だろうか。
流石に何時までも狸寝入りはできないので、と言うかゴブ美ちゃん達の視線にある種の感情が混じってネットリと粘つき、背筋が寒くなってきたのでバッと瞬間的に瞼を押し広げる。
そしたら娘さんはかなり慌てました。その動きが中々に滑稽で、思わず笑った。娘さんに殴られた。
何故だ。
その後朝食を終え、ゴブ吉くんと共に――俺が訓練に混じらなくなったのと同じ理由で、オーガなゴブ吉くんはホブ・ゴブリンでも容易く殺せるので訓練にあまり参加しなくなった。現在の訓練は、部隊次席のホブ・ゴブリンが担当している――娘さんをエルフの里に送り届けるべく、洞窟を出立した。
その後はコガネグモなどを適当に狩りつつ、約三時間程歩き、ようやく到着。
そしていきなり囲まれました。視界に見える数はざっと二十五以上。【気配察知】によると、正確には四十八名だ。
全員どうもミスラル製の鏃を持つ弓矢で俺とゴブ吉くんの急所を狙っているようではあるが、まあ、大した問題では無い。
アビリティの重複使用で十分殺し尽くせる程度であるし、そもそも俺とゴブ吉くんの肉体と装備はミスラルの鏃を持つ矢を近距離で受けてもある程度までなら耐えられる。オーガの生命力を舐めないでもらいたい。
剥き出しの頭部に直撃を受けるのは多少危ないが、至近距離で放たれても避ける自信がある。
しかしこんな所で争いをするのは面倒事でしかないし、今回は娘さんが居るのだ。
反射的に周囲のエルフを斬殺しかけたゴブ吉くん――斧と盾などは腕輪型のマジックアイテムに収納しているので、持ち運ばなくても即座に引き出せるのだ。ちなみに十二種類を最大二十個まで収納可と優れモノ――を手だけで諌めるのと、娘さんが周囲のエルフを諌めるのはほぼ同時だった。
その後護衛と言う名の監視役達によって周囲を囲まれながら、エルフの里の中を俺達は進んでいった。
エルフの里は、なんていうか、巨大な樹と共に生活しているのだなぁ。と分かる構造をしている。
近場では早々見掛けない巨大な一本の樹の周囲に、階段などの足場や居住区となる場所を造り、さらには吊り橋をかける事で他の樹にも行き来を可能としているのである。
生活空間が基本的に地面では無く、樹の上なのだ。
一応、地面には馬小屋らしき場所などもあるので全てが全て、樹の上で暮らしているのではないらしい。
物珍しそうというか見下した感があるというか、あまり居心地のよくない視線に晒されつつも階段を上ったり橋の上を歩く事しばし、ようやく目的地に到着した。
そこは周囲とは大きさからして違う豪邸だった。どうも娘さんの家がココらしい。
促されるままに豪邸に入り、そして娘さんの父親と対面。
口ひげがご立派な、引き締まった肉体を持つダンディーなおじ様エルフとでも言えばいいのだろうか。同じ男として嫉妬してしまいそうだ。
勧められるままに席に座ろうとしたが嫌な音で軋んだので慎んで辞退し、俺達は床に胡坐だ。出されたお茶はお代わりを繰り返すほど飲み、そして商談に移る。
内容を分かり易く纏めれば、娘さんを助けたんだから相応の報酬をくれ、と言う事だ。
コチラとしても助けたのは慈善事業じゃないのだが、何分こんな事は初めてなので娘さんの正確な価値が良く分からない。なので、そちらが娘さんの命の金額を決めてその額だけの報酬をくれ、と言いました。別にはした金でもいいんだよ? それがアンタが決めたアンタの娘さんの金額なんだから。と言外に言ってみる。
嫌われるかもしれないが、これくらいで父親エルフが冷静な判断が下せるのかどうか、どういった性格なのかどうか、等を見極めるのならばまだ安いモノだ。
そんな軽い気持ちだったのは間違いなく。
結果を言うと、予想外の事だが、【遺物】級の【神迷遺産】が一つ手に入った。
弓の形状をしたマジックアイテムで、鑑定した所によると【必中の名弓】と名称が記載されていた。弓矢を必要とはせず、弦を引き絞ると不思議パワーで矢が半物質化するので矢は尽きる事が無いそうだ。
それに放たれる矢は名称の通りに【必中】――盾などで防がれない限りは狙ったポイントに“必ず当たる”らしい。他にも能力はあるが、面倒なので説明は置いといて。
この弓、娘さんの反応からしてどうもココの家宝の一つであるらしいのだが、愛娘とは引き替えにはできないそうだ。親馬鹿である。おいおい、と思ったが何も言わない。
コチラとしては嬉しいので、生温かい視線を向けただけだ。
でも流石に家宝を貰ってしまったのでハイさよなら、ってのはちょっと気が引けるので、俺が持っている情報を提示した。
父親エルフが個人的には嫌いでない性格だったって事もある。
あーそういや人間達はどこそこのルートでうんぬん、あと何日以内であれやこれや。そういやこんなトラップの組み合わせは効果的で、こんな戦略もあるんじゃねー? 的な事を少しだけ漏らしてみたら、報酬を出すから先を続けてくれと言われた。
提示された報酬はミスラル製のチェインシャツ三十着、ミスラル製のショートソードが三十本、ミスラルの鋳塊が二十と、生活に便利なマジックアイテム数点だ。
いやいや、情報の重要性を知っている人物で助かった。
俺が知っている内容やトラップ諸々の情報を父親エルフが紙に書き写すのをボンヤリと見ながら、アイテムボックスの中に入れていた水霊石と土精石と風精石から鍛冶師さんが製造したナイフを各十本、取り出して机の上に置く。
あと、精霊の扱いに長けたエルフに適した能力を持つ【固有】級のスコップ型のマジックアイテムをついでに三つ程。
多少は恩も売っておこうかな、てな思惑が無い訳ではないが、例の精鋭エルフ達が抜けた穴を多少は埋め合わせようかなと思ったのだ。
商談は無事成立し、父親エルフと友好的な笑みを交わしながらガッチリと握手した。
ただ、件の精鋭部隊の行方を知らないか? と聞かれた時だけは、笑いながら知らんと言うしか無かったけどな。
そんな帰り道、父親エルフから『コレはエルフが造った秘薬と名酒です。良かったら、どうぞ』とか、お土産まで貰いました。ちなみに酒は樽三つ分だ。
うん、これも幸運の御蔭かね?
酒は大変楽しみです。
父親エルフに、アンタなら格安で助太刀する、とだけ言ってから帰還する。
夜。折角の酒なので、全員で飲む事に。
エルフの酒ウマーーーーー!! と思わず叫んだ。
うん、また奢ってもらおう。
“五十五日目”
昨日離反したゴブリン達の事を皆に告げ、他にも出ていきたい奴等が居たら何時でも出て行ってもいいから報告するように、その時には餞別をやるから、あと俺の方針は~~等を含めて色々教えておいたが、結局誰も居なかった。
まあ、それならそれでいいか、って事で今日は抜けたゴブリン達によって変化した順列の微調整を手早く終わらせ、ハンティングに出かける。
それから帰ってくると以前から考えていたとある品の製作作業に費やした。
“五十六日目”
朝、昨日からブッ続けて製作していた通信機(自作)がようやく完成した。
何の事か分からないと思うので、簡単に製作作業を纏めると以下のようになる。
父親エルフから情報の報酬として貰ったミスラルのインゴットを銀腕の能力の一つである【自己進化】を使って取り込む。
→取り込んだ質量分を指先から絞り出してカフス作成
→指先から血を数滴流す。
→それを宝石に見立てて装飾とし、青銀のカフスに嵌めこむ。
→通信機完成。
要するに、【自己分体生成】の思考共有を活用した通信手段である。
赤髪ショート達から聞いた所によると、この世界にはまだ通信機が一般的に普及していないようなので、迅速な情報共有ができるこの手法は驚くべき効果を発揮してくれるに違いないと期待している。
しかしそれにしても、エンチャントするのに思ったよりも手間取ってしまった。
素材が素材だけに壊れる事こそなかったが、流石に三つの属性を付加しようとした時の成功確率の低さが面倒だった。
色々と苦労しながら完成させたカフスを、全員に支給する。
カフスは肉と融合してしまうように細工したので一度装着すると俺でなくては肉を切らない限り取り外せない、でも着けてる間は【持続再生】と【下級筋力増大】と【下級俊敏力増大】などが発動するようになってるから気にするな、と説明しつつ。
個々の着け心地を聞きながら微調整を施し、終わった時には疲れたので寝た。
夕方になって目を覚まし、適当に狩りをして再び寝所に。
寝れずにいたら、ゴブ美ちゃん達がきたのでそのまま熱い夜を。
“五十七日目”
ペットが欲しい。折角【職業・魔獣飼い】があるのだから活用すべきだ。
そう思ったので、久しぶりに四ゴブで捕獲に出向く。
まず狙うのはブラックウルフの群れだ。狼なのだから、飼いならせば犬と同じように良きパートナーになってくれるだろう、多分。
それにブラックウルフはモンスターであるが故に見かけによらずパワーがあるので、上手く調教すれば騎獣とし、長距離の移動手段として活用できるだろうってのもある。
しかし現実はそう簡単にはいかなかった。見つからないのだ、ブラックウルフが。
今日はトリプルホーンホース五頭にハインドベアー三頭を捕獲したので問題はないのだが。
しかしゴブ美ちゃんはともかくとして、ゴブ江ちゃんの活躍にはビックリだ。
俺とゴブ吉くんでは加減を間違えると殺してしまうので主に二ゴブが頑張ってくれたのだが、【必中の名弓】をプレゼントしたゴブ美ちゃんの射撃が鱗と鱗の隙間を射抜くのはまだいい。
マジックアイテムの能力なのだから。まあ、その怒涛の速射には感服させられるがな。
しかしゴブ江ちゃんが愛用のピッケル――ベルベットの遺産であるマジックアイテムの一つで、ただ単純に【破壊困難】の能力があるだけの【希少】級の品――を一本片手に、トリプルホーンホースを一人であそこまで圧倒するとは思わなかった。
うん、きっと趣味で培われた採掘技術がココで発揮されたのだろう。上段からの一振りの速度と威力が尋常じゃなかったし。頭部に直撃を受けたトリプルホーンホースの巨体が、その角を根元から圧し折られ、頭部を起点に半回転して背中から地面に落ちるとは、流石に想像できなかった。
ゴブ吉くんやゴブ美ちゃんなどの影に隠れてはいるが、ゴブ江ちゃんは同年代ゴブリンの四席なのだなぁ、と実感させられる。
この世界ではレベルなども重要だがただ一振りに凝縮される、足や腰など全身を使った技術の大切さが非常に良く理解できる一戦だったと言える。
ゴブ江ちゃんにボロクソにされたトリプルホーンホースは俺が【職業・魔獣飼い】によって≪使い魔≫と呼ばれる存在に――どうも脳の一部を書き換えるらしい。飼い主は最大で二名まで設定でき、主人とは念話で会話可能なようだ。なにこれ便利過ぎる――すると、俺の次にゴブ江ちゃんに懐いたのでゴブ江ちゃん専用になった。
まだホブ・ゴブリンなゴブ美ちゃんとホブ里さんはゴブ江ちゃんと同じくトリプルホーンホースを、俺とゴブ吉くん、あとホブ星さんはハインドベアーをそれぞれ≪使い魔≫とした。
残り一頭のトリプルホーンホースは、ホブ・ゴブリンの中でも特に適正があったゴブ吉くんの部隊の副隊長に任せる事に。
ハインドベアーには偵察部隊の十二名が所持していたマジックアイテムな手綱と鞍が使えなかったが、トリプルホーンホースには使えたので支給しておく。
そして夕方、エルフは男が三名に女が二名、新たに陥落しました。
そして以前と同じ行為を繰り返す。
うん、中々有意義な一日だった。
“五十八日目”
二日連続でブラックウルフを探しに行った。ただし今日は俺一人だ。
ゴブ吉くん達は昨日できたばかりの≪使い魔≫を乗りこなす訓練の最中なのだ。俺は前世で色々と経験していた事と、アビリティ【騎乗】があるので大した時間もかけずに乗れるようになった。
意思疎通ができたのも大きい。
一応ハインドベアーに乗り易い様にと、手綱と鞍は糸と革で作っておいたのでゴブ吉くん達も乗り心地に慣れれば問題は解消されるだろう。
しかしそれにしても、灰色熊に跨る武装した大鬼ってのは、色んな意味で凄い構成だな。これでハインドベアーにまで武装させたらどうなる事やら。
今日は【気配察知】の索敵範囲にブラックウルフの気配が引っ掛かり、結果、八頭のブラックウルフと一頭のブラックウルフリーダーの捕獲に成功した。
ブラックウルフの走る速度や踏破力や体力などは非常に優れていたが、ハインドベアー程ではなかったのだ。まさかこの巨体で木々の間をすり抜けるように疾走できるとは、流石の俺も思っていなかった。
逃げられないと判断したのか逃げるのを止め、犬歯を剥き出しにと最初は反抗的なブラックウルフ達だったが、アビリティを発動した状態で睨んでやると、まるで人懐っこい犬のように尻尾を振るようになったのには少々癒された。
その後、以前と同じようにブラックウルフ達の脳を弄って≪使い魔≫とし、ネグラに帰還する。
今回はホブ里さん率いる軽武装部隊≪レッドシャルジュ≫に所属するゴブリン達に八頭のブラックウルフを与えてみる。
乗りこなすのはゴブ吉くん達と同様に苦戦していたが、今後の事を考えると頑張ってもらうよりあるまい。
俺は俺でハインドベアーのクマ次郎との仲を深めるべく色々と。
ちなみにブラックウルフリーダーのクロ三郎は、俺の愛狼になっていたりする。
二匹とも可愛いので癒された。
赤髪ショートや錬金術師さん達に撫でられ気持ち良さそうにする様子からは、以前の迫力は全く見受けられなかった。
そうだな、今後は鍛冶師さん達のボディーガート役として≪使い魔≫を増やすのもいいだろう。
そして残るエルフの男二名に女二名が屈しました。最後まで抗ったのは例の護衛な二名だった。
今まで通り優しくやったとだけ。いや、ちょっと激しかったかもしれぬ。
“五十九日目”
クマ次郎の上に赤髪ショートと共に乗り、その横を歩くクロ三郎という奇妙なパーティーで森の未踏破区画を散策中。
最近では戦闘技術も上達してきた赤髪ショートだが、いかんせん生物を殺していないので経験値が入っていない。つまりはレベルが変化していないのだ。筋力などは日々の訓練で上がってはいるようだが、レベル上昇時に比べれば本当に些細なモノでしか無い。
ちなみに赤髪ショートの今のレベルは“18”。ハインドベアー狩りの時に“10”もレベルを上げたはいいモノの、ハッキリ言って雑魚過ぎる。
このレベルの強化具合では普通のゴブリンの肉体能力にすら劣るのだ。
そんな訳で、世界の不思議パワーによってハンティングに出かけては日々レベルを上げてステータスを向上させていく周囲のゴブリン達相手に、赤髪ショートは技術の小細工云々ではどうしても勝てなくなってきていた。
それを改善すべく、今回のハンティングが行われるのである。
赤髪ショートの装備だが、大したモノは持たせていない。未熟な内に性能のよい武装を渡しても自分の実力を勘違いする可能性が大きいので、マジックアイテムの類は一切持たせていないのだ。
主武装は鋼鉄製のククリ刀が一本、副武装として円形柄短剣を三本。そして身を守る為の甲殻補強したラウンドシールド、とゴブリン一般兵クラスに支給されている【通常】級の武器。
防具は姉妹さん達がハインドベアーの毛皮と俺の糸で製作してくれた普段着の上に、胸当てと灰色のクロークを装着。前腕には鋼鉄の籠手、脚部には鋼鉄の大腿甲、鋼鉄の膝当て、鋼鉄の脛当て、鋼鉄の鉄靴と見た目的には重量感タップリだが、俺がそれぞれ軽量化のエンチャントを施しているので、実際の重量的には大したことは無い。
それ故に赤髪ショートの動きは軽快だ。
赤髪ショートの最初の獲物はヨロイタヌキだった。
背面の甲殻の守りには少々手古摺っていたが、【職業・戦士】による戦闘補正か、もしくは訓練の成果か、またはその両方なのかはともかくとして、赤髪ショートはヨロイタヌキを解体する事に成功。
その肉はクロ三郎に喰わせました。
次の獲物はナイトバイパーが三匹だった。その眼光にやや怯みつつも、冷静に動きを見極めてラウンドシールドで攻撃を防ぎ、その首を刎ねる事に成功。
その肉はクマ次郎に喰わせました。
その次はコボルドが三体だった。俺が手早く二体を糸で捕獲し、一対一で戦える状況を造り出す。残された一体は逃げ場無しと判断したのか、赤髪ショートに狙いを定め、真正面から戦いを挑んだ。
身体能力的にはモンスターであるコボルドの方が優勢だったが、日々ゴブリン達と訓練をして培った戦闘技術が身体能力の差を埋めた。
コボルドの斬撃を潜り抜け、時に防ぎと、赤髪ショートは大した怪我を負う事も無く、最後には頸を切り落としてみせた。
しばらくの休憩の後、体力がある程度回復したのを確認してから捉えていた内の一体を解放。逃がすのではなく、赤髪ショートと戦わせる為に。
今度は若干怪我しながらだったが、今度も赤髪ショートはコボルドの身体を切り裂いた。
残る最後のコボルドだが、戦わせる前にコボルド族の集落の場所を聞きだしてみる。
結果、教えてくれました。
機会があれば行ってみるかと思いつつ、体力が多少は自然回復した赤髪ショートが『次お願い』と言ってきたので解放する。
そして最後のコボルドは前の二匹よりも善戦したが、最後は赤髪ショートの今日一番鋭く迸った一閃によって頸を斬られて死に絶える事に。
赤髪ショートの怪我や疲労を全快させた後、クマ次郎とクロ三郎にコボルドの肉を一体分まるまる喰わせてやる。
残る最後に戦った一体のコボルド肉は俺がボリボリと喰おうとしたその時、赤髪ショートもコボルドの肉を食べてみたいと言ってきたので、焼肉にして一緒に食べました。
しかしそれにしても、赤髪ショートの適合力が半端じゃないなと再認識。モンスターの肉を喰う事に躊躇なくなってくるとかな。
まあ、“喰う”という行為で俺が言える事じゃないけど。金属だろうと生だろうと大抵は何でもいけるし。
うん。赤髪ショートくらいの胆力があるほうが、今後とも俺についてくるのならあった方が良いのでこれは良い事だ。
【能力名【山岳踏破】のラーニング完了】
さて次の獲物は……と思っていると、赤髪ショートが俺の裾を引っ張った。
どした? と思って見下ろすと、蒼玉のようだった双眸、それが今は鈍い赤色に変色していたのである。しかも円形ではなく四角く黒い瞳孔は、まるでモンスターのそれに似ていた。
しかしモンスターのそれとは別モノのようにも思えた。
禍々しい、と言うよりは、何か奇妙な寒気を感じる瞳なのだ。
どうも、新しい【職業】を獲得したらしい。コボルドを喰ったからか、もしくはゴブリン達と訓練していたからか。
まあ、それは置いといて。話を聞いてみる。
赤髪ショートが得た【職業】は、【職業・魔喰の戦士】と言うそうだ。
【職業・戦士】持ちがモンスターとの親和性を大きく高めた後、自分で殺したモンスターの肉を喰うという条件をクリアすると、一定の確率で得られる結構【希少】な【職業】なのだとか。
これも例の如く俺が主な原因だろうな。後悔とか全くないので何とも思わないが。
新しい【職業】を得た赤髪ショートだが、その戦闘能力は飛躍的に高まる事となる。
【職業・魔喰の戦士】は定期的にモンスターの肉や血液など、とりあえずモンスターの一部を一定間隔で摂取しなければ身体が急速に衰えてやがては死んでしまうというトンでも制約があるそうなのだが、その戦闘能力向上率は目を見張るモノがあった。
どう見ても普通のホブ・ゴブリンと同等かそれ以上の身体能力がある。以前とは比べ物にならない程、全体のステータスが上昇していたのだ。
今までの身体能力が普通のゴブリンと同等かそれ以下だった事を考えれば、飛躍的な進歩だろう。
凄い凄いと言いながらアカシカの双角の攻撃を受け流し、横っ腹を蹴り上げて身体を浮かせ、筋肉に覆われて分厚い頸をククリ刀でズパンと斬り跳ばす赤髪ショートは、どこか可愛かった。
角は回収し、肉は仲良く分け合って喰いました。
【能力名【双角乱舞】のラーニング完了】
【能力名【紅水晶の調】のラーニング完了】
その後も色々と狩りを行い。
夕暮れ時、赤髪ショートとちょっと寄り道してから帰りました。
赤髪ショートの新職業【職業・魔喰の戦士】は、俺の一部を取り込んだ時が最も大きく能力が上昇する事が確認された。
この事から、より強いモンスターを取り込む程強くなりやすいのだろう。恐らく、とはつくが。
ちなみに何を取り込んだとかは内緒の方向で。
今日のハンティングで赤髪ショートの現在のレベルは“34”と、飛躍的上昇を見せたのであった。
“六十日目”
【気配察知】に感あり。今は夜の二時だというのに、元気過ぎるだろと言いたくなった。
最近ではかなり広域まで察知できる様になってきていたので、以前のように常時発動させていると、今回のように寝ている時でも叩き起こされてしまうので、非常に煩わしい事になる。
そんな訳で【敵性感知】に引っかかった奴だけを拾うようにしていたのだが、今回察知できた相手の数がやたらと多かった。夜だと言うにも関わらずだ。
一瞬人間が攻めてきたのか? とも思ったが、それはあり得ないと結論付ける。闇夜の森はモンスターの領域だ。人間達が攻めてくるには、あまりにも不利な環境だ。
ならば何か。それは即座に判明した。
脳内地図と気配察知の両アビリティによって構築される位置情報に表示された種族名が、コボルドだったからだ。あれ、ついに復讐しにきたのか? とも思ったが、それも違うかもしれない。
五十三の赤点で脳内地図に表示されているコボルド達、それを追走するように在る三十八の青点。そして最も遠い場所に周囲よりも若干大きな灰色の点が一つあるのだが、同一の種族は同じ色合いで表示されるので、つまりは三つの種族が居るという事になる。
青点と灰色の点が何なのかは今の所不明だが、確実に言える事は青点に接触した赤点――コボルド達の数がどんどん減っていくという事だ。
どうも、コボルド達は何かに襲われているらしい。
この程度ならよくあることだと無視できる。
しかし問題なのは、コボルド達は数を減らしながらも真っ直ぐこの洞窟に向かっていると言う事だ。
厄介事が飛び込んでくるとか勘弁してもらいたいのだが、全く止まる気配が無いので全員を叩き起こし、迎撃態勢を整えて敵を待ち受ける事に。
コボルドは何時でも殺せるので、現状の敵は青点と灰色の点で表示された存在だと認定。
しばらくして、ここに来るまでに数が三十六と大幅に減ってしまったコボルド達が必死の形相で飛び込んできた。コボルドは今まで喰ってきたオスだけでなく、メスや子供、老人まで居るようだ。
武装したオスのコボルド達は最後尾で青点――剣と盾と鎧で武装した白骨、と表現するのが適正なモンスター“骸骨兵士”達の攻撃を必死に喰い止めていた。
……。……。
しばらくの間、言葉を失った。
あれは、リターナが居たからダンジョン内では一体も見かけず、実物見たのはこれが初めてなんだけど、どう見たって骸骨兵士なこいつ等はベルベットのダンジョンを守護する魔法生物ではなかったのか?
それが何故こんな所にあるのか。……あ、コボルドが一体斬られた。どうやら考える時間はあまりにも少ないらしい。
と言う事で命令をカフス型通信機を介して下し、クロスボウの矢が先制攻撃としてスケルトン集団に撃ち込まれる。多少の足止めにはなったが、大したダメージは与える事はできなかった。
余分なモノが無いスケルトンはただでさえ当て難いというのもあるが、例え当たったとしてもその骨を砕く事ができなかったのだ。クロスボウの矢が直撃しても弾かれるとは、やけに頑丈である。
恐らく、何らかのアビリティが働いているのだろう。
クロスボウでは効果が少ないと判断し、遠距離攻撃部隊≪ティラール≫の攻撃を止めさせて後方支援部隊≪パトリ≫と共に逃げてきたコボルドの牢屋までの誘導を任せ、ゴブ治くんを中心にコボルド達の簡単な治療を施させる。
ココに居られたら邪魔だからだ。あとは見張りってな意味もある。
遠距離攻撃では非効率だと分かったので、今度は待機させていた重武装部隊≪ラーヴエロジオン≫と軽武装部隊≪レッドシャルジュ≫を突っ込ませる。ブラックウルフ達も追加だ。
しかし剣では骨を断ち難く、最初の方は苦戦した。
しかしホブ里さんが機転を利かせて鞘で骨を砕いた事によって全ては変化した。スケルトンは斬撃系の攻撃には耐性があるが、殴打系の攻撃には脆い事が判明したのは大きい。
即座にそれを伝達させる。するとこれまでの苦戦が嘘のように、スケルトンを倒すまでの間隔が短くなった。
最も、弱点が分からなくても問題はなかったが。
巨大戦斧とタワーシールドを持って突っ込むゴブ吉くんの姿はまるで移動城壁の如く。ズガガガガと轟音を響かせ、その巨躯でもってスケルトンを挽き潰しながら一掃する様は、ある意味で清々しい光景だ。
相変わらずピッケル装備なゴブ江ちゃんだが、最早必殺と言っても過言ではないだろう上段からの振り下ろしはただ一撃で頭蓋骨を粉砕し、その勢いを止めることなく仙骨まで砕いてみせる。凄まじい一撃だ。スケルトン達はただ掘削されるのみ。
ゴブ美ちゃんの頭蓋骨に【必中】する矢はやはり効果が今一つのようではあるが、それは当たる矢の数と連射性を上げ、さらに矢の大きさを変化させたりなどで威力を高めた事で解消された。怒涛の連射、防ぐ術はスケルトンには無かった。
ホブ星さんが駆使する魔術はスケルトンを轟々と燃え散らかす。流石に味方がいるので広域破壊系の魔術は扱えないが、ランクアップした事により魔術の効果が底上げされた状態なのでそんなハンデなどどうという事は無い。
俺は言わずもがなだ。
俺達にはコボルドと違って、対抗手段は幾らでもあるのだ。この程度のスケルトン相手に、負けるはずなど無い。
あと≪使い魔≫なハインドベアーやトリプルホーンホースの突進などもあるので、戦力としてはあり過ぎて困るくらいだ。
これは、俺の出番はないかもしれんな。と思ったのだが、そうはいかないようである。
スケルトンの数が減った気がしないのだ。
洞窟内に居るスケルトンはガラガラとその形を崩され、ただの骨の残骸となって白い山を形成するのだが、出入り口から後から後から湧いてくるので尽きる事が無い。
その原因を考え、俺はリターナに教えてもらった事を思い出した。
骸骨兵士の上位版として製造された上級骸骨兵士には、骸骨兵士を生み出す能力があるのだと。
それも闇に沈殿する自然魔力を吸収する事で、ほぼ無限に近い数を生み出せるらしい。普通はそんな事できないらしいが、流石は主様だ、と自慢げに言っていたっけか。
ああだからか、と納得しつつ、早速潰しに行こうかとも思いはした。
しかし、骸骨兵士を倒すと経験値が入る事が判明したのでそれは寸での所で思いとどまった。
これは、レベ上げに丁度いいのではないか? と。
そんな訳で、深夜に唐突ながら開催された経験値稼ぎ祭は始まりを告げたのだった。
骸骨兵士を生み出している上級骸骨兵士だろう灰色の点は今も外で動いていないので、不安要素は今の所少ない。
誰かスケルトンに殺されたりしないだろうか? と最初は思っていたが、しばらくすると皆もその動きに慣れてきたようなので怪我を負う事は殆ど無くなった。
ただ疲れが溜まってしまうともしもの事が起こりうるので、それぞれ交代しながら排除に当たらせる。
遠距離攻撃部隊や後方支援部隊も鈍器で殴れば比較的簡単に壊せるので、バディーを組ませて一体を確実に屠らせていく事に。
俺はそれを観戦しながら山積みな白骨をボリボリと。途中から戦って休憩しにきた赤髪ショートもボリボリと。
騒動で起きてきた鍛冶師さんや姉妹さんや錬金術師さん達には、白骨が何かの材料にならないかな? と相談してみたり。
材料になる、というかココまで高品質なモノは結構なレアモノだそうで、一定量は別の場所に移させて保管した。売る所で売れば、結構な金になるそうだ。これは今後の資金源になってくれるかと期待している。
流石【職業・行商人】持ち。商売については頼りになるな。
【能力名【斬撃耐性】のラーニング完了】
【能力名【刺突耐性】のラーニング完了】
【能力名【陽光脆弱】のラーニング完了】
【能力名【殴打脆弱】のラーニング完了】
【能力名【クリティカルヒット無効】のラーニング完了】
【能力名【不眠不休】のラーニング完了】
【能力名【骨結合】のラーニング完了】
【能力名【魔力接合】のラーニング完了】
【能力名【装具具現化】のラーニング完了】
【能力名【魔瘴の生命】のラーニング完了】
【能力名【死者の波動】のラーニング完了】
【能力名【状態異常無効化】のラーニング完了】
【能力名【冷気攻撃無効化】のラーニング完了】
【能力名【雷電攻撃無効化】のラーニング完了】
【能力名【酸攻撃耐性】のラーニング完了】
【能力名【光ダメージ脆弱】のラーニング完了】
【能力名【神聖ダメージ脆弱】のラーニング完了】
【能力名【炎ダメージ脆弱】のラーニング完了】
【能力名【酸素不要】のラーニング完了】
流石に数が数だけに、多くのアビリティを確保できた。不必要なモノも多々あるが、発動しなければどうという事は無いので問題無し。
そして経験値稼ぎが始まって大体四時間ほどだろうか。そろそろ夜が明ける時間が近づいてきたし、皆結構な量の経験値を得た事で大幅にレベルアップしたので、この祭りもそろそろお開きにするべきだろう。
と言うか、寝たい。
そんな訳で俺はこの祭りを終わらせるべく、単騎で出入り口から終わりなく侵入してくる骸骨兵士達を銀腕や朱槍で薙ぎ払い、洞窟の外に出た。
それと同時に脳天に向けて振り下ろされた漆黒の大剣。予め予知していた俺は朱槍でその一撃を横に流し、槍のように指を伸ばした銀腕を眼前に突き出す。
漆黒の大剣の主たる、骸骨兵士を二周りほど大きくしてその武装を数段豪奢にしたような骸骨兵士――上級骸骨兵士の胸部を銀腕が貫いた事で、この祭りは終わりを迎えたのだった。
カタカタと恨めしげに微動する頭蓋を拾い、ガリッと喰って耳障りな音を黙らせる。その後はもちろん全身の骨も喰らいます。
流石上位種。壊して得られた経験値や、喰った時の美味さが骸骨兵士の比では無かった。
あと、骨がココまで美味く感じるとは、流石に思っても居なかった。
何これ、高級骨? 歯応えもいいな、これ。うん、美味い。
【能力名【下位アンデット生成】のラーニング完了】
【能力名【上位装具具現化】のラーニング完了】
【能力名【魔力吸収】のラーニング完了】
【能力名【下位ダメージ軽減】のラーニング完了】
【能力名【下位魔法ダメージ軽減】のラーニング完了】
いやはや、最初はよくも厄介事を持ってきてくれたな、と思っていたコボルド達だが、今の俺にとっては幸運を運んでくる犬のように見えた。
とりあえず、牢屋に赴いて一人だけクレリックなゴブ治くんが必死に重傷のコボルドを治す様子を見ながら、その他のコボルド達全員の治療を俺がパパっと終わらせて、その後睡眠性の毒で全員を眠らせる。
寝ている隙に暴れられても困るしなー。
俺達は俺達で、祭りで疲れたのでグッスリと寝ました。
そして夕方。
毒で眠らしていたコボルド達を叩き起こし、その集団のリーダーだという短槍を装備した“足軽コボルド”とその側近数名に事情を聞いてみる。
その結果、こうなった流れとしては以下の通りだと判明。
彼等は俺たちと同じく洞窟(ただしほぼ天然のヤツ。拡張とかはしていなかった)で暮らしていたコボルド氏族の一つである。
→そんな彼等は森と山での狩猟によって暮らしていた訳だが、オークを殺し、鉄のピッケルを得た事から全ては変化した。
→最近は食料を得るための狩猟にオスコボルド連中が出ている間、メスコボルド達が住処の拡張作業で穴を掘る事に。
→それにより洞窟の快適化に成功。これ幸いと、さらに広げる。
→するとベルベットのダンジョンに繋がるというハプニング発生。
→当初はその空間が何なのか分からず、明日の朝にでもオスコボルド達が調査する事が決定されて一応簡単な埋め立て作業を行っていたのだが、夜、そこからスケルトンの大軍が!!
→取る物も取らずに急いで逃走。
→疲労とは無縁なスケルトンにコボルド達はやがて追いつかれ、しかも能力的に劣るので抵抗むなしく仲間が何体も殺される。女子供老人戦士関係なしに。
→何処に逃げれば? そうだ最近有名なオーガが居るあの洞窟に行けば何とかなるんじゃないか!?
→でも殺されるんじゃ。
→このままじゃどうせ死ぬ。なら賭けるしかないだろうとリーダーが叫ぶ。
→そして現在に至る。
……なんぞこれ。
いや、うん。良いんだ、結果さえよければな。
話を聞き終わり、考えを纏めながら角を擦ったり摘まんだりしていると、足軽コボルドやその他のスケルトンと戦っていた戦士階級のコボルド一同が整列し、土下座してきた。
どうも、コボルドの【存在進化】した先が“足軽”とあったように、コボルドの性格は基本的に武士とか侍系であるらしい。今まで何頭も殺して喰ってきたが、初めて知った。
一応、俺達は同族を何体も喰ったんだぞと言ってみたが、ござる口調で弱い者が強い者に喰われるのは必然、そして我らが“殿”にならば同族も殺され、喰われたのは本望だろう、などなど色々言われた。
そう、“殿”だ。
俺の事を、足軽コボルドを筆頭としてコボルド達は“殿”と呼ぶ。
命を助けられた→これはもう命で返すしか道は無し、という思考回路であるらしい。
単純明快、しかしそれ故に一度主君と見定めた相手に裏切る事などありはしない、命令されれば喜んで自刃する、らしい。
これ等は自己申告だ。
まあ、そのまま全てを信じるのは流石にありえないが、あの真剣な瞳を見れば全てを否定する事もどうかと思う。あそこまで真剣な瞳は、そうそう見れるものではない。
と言う事で、保険を用意する事にした。
アイテムボックスからとあるマジックアイテムを取り出し、俺は喰った。全部で十個あったそれを、一欠片も残す事無く全て嚥下する。
【能力名【隷属化】のラーニング完了】
喰ったマジックアイテムは、ベルベットのダンジョンで殺した冒険者達が所持していた“隷属の首輪”だ。
効果は説明するまでも無いだろう。文字通りで、定番の品と言えるモノだから。
非常に便利なアビリティを得られるのが分かっていたのに何故今まで喰っていなかったのか。その理由は単純明快、以前一つ試しに喰ってみたんだが、酷く不味かったからだ。
舌触りからして気持ちが悪い。表面は何処かネバネバしているし中身はやけに硬く、噛めば噛むほど吐き気を催す。
しかも味は苦くて酸っぱくて辛い、という三重苦が何とも言えない絶妙な味わいを醸し出す、と言えばいいのだろうか。
ココまで不味いと思ったのは本当に久しぶりで、それ以後あれば便利だなとは思いつつも喰わずにいて、現在に至ったのだ。
流石に、必要にかられれば我慢して喰うしかなかった。
そんな訳で得た【隷属化】。反逆防止となるこのアビリティだが、これを持っているだけでは効果を発揮しないので、それを解決する為に追加のカフス型通信機の製造に取り掛かる。
ん? それでコボルド達をどうするかだって? 取りあえず明日になったら待遇を決めるから、今は牢屋で寝てろと押し込んでます。
コボルド達は本当に従順に従ってくれたので、あまり無碍にはしたくないと思ってしまう。
しかし、うーむ、殺して喰うべきか、戦力として保持しておくのか、それが問題にて候。
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