ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第一章 生誕の森 黒き獣編
三十一日目~四十日目
 “三十一日目”
 今日も豪雨で、洞窟で過ごす事になった。
 今回は普段通りに午前訓練を終えた後、昨日製作したブラックウルフの毛皮と今まで集めた素材で造った新しい防具を着て、未だ実戦で振えていないハルバードの慣らしも兼ねて、完全武装なゴブ吉くんと結構本気な戦闘訓練を行った。
 ちなみに俺の防具はちょっと余裕のある黒いレザーパンツに黒のロングコート、左手には堅牢なる錬鉄製のガントレットを装備し、右手には甲殻補強したりと色々と改良したラウンドシールド。頭部防具は無く、足には年上連中なゴブリン達が持ち帰った冒険者御用達の頑丈そうなブーツを、ってな具合に。
 うん、俺の肌の色も黒いので夜になると【隠密補正ハイディングボーナス】が非常に高い装備である。
 あと、保険って事で胸部の裏側には軽くて頑丈なオニグモの甲殻をさり気無く縫い付けているので、何気にアビリティの重複使用によってレザーな見た目に反して改造したフルプレートメイル並みの防御力があったりする。

 ゴブ吉くんの装備はオーク討伐時に得られた品々に幾つか変わっている。
 主武装メインウェポンは俺が発掘したバトルアックスから大きめの“火精石”が装飾として埋め込まれた事によって【火炎刃】を獲得した燃えるクレセントアックスになり、盾は甲殻で補強したラウンドシールドからかなり重いがその分防御力が高く、それに加えて魔術による素材強化まで施されているらしい黒鉄製のタワーシールドに。
 鎧はオークリーダーが装備していた重鎧をベースに、細々とした部位に俺の糸と甲殻と毛皮を組み合わせて防御力と動きやすさを向上させたモノに変わっている。
 まるで動く鋼の要塞のようになっているゴブ吉くんは、肉体能力も前衛特化になっているのでこの装備面の向上によってその戦闘能力は洒落にならない事に。
 いや、ゴブ吉くんは本当に強いんだよ。
 普段の訓練でもその強さをヒシヒシと感じていたが、こうやって完全武装した状態で対峙すると、その強さをより一層感じられた。
 基本的に多彩なアビリティで自分を強化し、様々な手法で相手を混乱させ、後ろからブスリってなやり方を得意とする俺は、今回のようにアビリティ無しの真っ向勝負をした場合、ゴブ吉くんのように純粋に強い相手はちょっと苦手だった。
 それでもまだ技術で勝てる相手ではあったが、ハルバードの遠心力を乗せた重連撃をタワーシールドでほぼ完璧に防がれたのは流石にビックリした。それに繰り出す一撃一撃が非常に重いし、何より斧の扱いが熟練されていたのも驚嘆に値する。
 どうやったら斧をより鋭く、より速く、より重く振れるのかを経験で理解しているようなのだ。まあ、最初のハンティングからこれまで棍棒→斧→斧って感じで似た系統の武器を扱ってたからだろうけどさ。
 何気に、ゴブ吉くんはこの【小鬼の集落ゴブリンコミュニティー】で斧の扱いに関しては最強になっているようである。
 あと燃えるクレセントアックスは思った以上に厄介だ。俺は【炎熱耐性】があるからクレセントアックスの刀身に纏わり付く【火炎刃】で酷い火傷を負う事はないのだが、耐性はあくまでも耐性でしかないので熱いモノは熱いし、燃え盛る炎で視界が悪いのなんの。
 あと長時間近くに居ると柄まで金属製なハルバートが熱を持つようになるのは勘弁してもらいたい。

 そんな感じで結構な時間を模擬戦闘に費やし、昨日の様に服を造って、採掘された“精霊石”を摘まんで、姉妹さんが造ってくれた晩飯を喰って寝た。



 そして皆が寝静まった夜、それは発生した。
 五人の彼女が眠る場所にひっそりと向かう八体分の反応を、俺の【気配察知】が捉えたのである。
 何事かと思い目を覚まして気配のする方向を見て見れば、そこにはひそひそと小言を交わしつつ、彼女達の寝込みを襲おうと意気込んでいるゴブリン達の後ろ姿が。
 それを見た瞬間、俺は枕元に置いていたハルバードを片手にその後を隠れながら追走し、ゴブリン達が彼女達の寝込みを襲ったのをしっかりと確認――言い逃れできない証拠って奴は非常に重要だ。ヤった後で勘違いでした、とかだと洒落にならん――してから、ハルバードの一振りで一番後ろにいたゴブリンの頸部を薙ぎ払う。
 斬り飛ばされ、重力に引かれて落ちてコロコロと転がる頭を踏みつけ、グシャッと一気に踏み潰す。踏み潰され、頭部の中身が溢れ出てブーツを汚すが気にならない。
 ちなみに血が大量に噴出すると後処理が面倒なので、胴体の方の傷口は切った瞬間に焼いている。
 肉の焦げる臭いが、俺の戦闘本能を刺激した。
 恐らく今の俺は、嗤っているに違いない。

 突然発生した無残な殺害にピシリと固まる空気。
 何が起きたのか処理できずに茫然と俺を見てくる全員の視線を意識して無視し、糸で襲おうとしていたゴブリン全員を捕縛する。捕まえた顔ぶれを見て、元ホブ・ゴブリンリーダーの部下にしたメンバー+αだと理解する。
 そして真っ先に赤髪ショートを襲っていた元ホブ・ゴブリンリーダーが股間をギンギンに膨らませた状態で目の前に転がっているので、誰が言い出しっぺなのかは確定している。
 殺す前に少し話を聞いてみると、どうやら性欲が抑えきれなかったようである。同族の雌で発散しろよと聞いてみれば、一度人間の女の身体を知ってしまえば雌ゴブリンの身体では満足できないらしい。快感が桁違いなのだとか。
 んな事知るかって話である。取りあえず一発殴ってから、襲われた彼女達の服が一部破かれていたりしたので話を途中で打ち切る。聞きたい事は聞けたのでもう十分だ。
 自分の身体を抱きしめる様にして震える彼女達に、昨日の内に造っておいた俺の糸製の肌触り抜群なカーディガンを渡して回る。
 破けた服装で居るのは、他のゴブリン達にとって目の毒になる可能性があるからだ。
 全員に配り終えると赤髪ショートに抱きつかれて泣かれたので、背中をポンポンと擦りながら声をかけて落ちつかせてやる。そしたらさらに勢いよく泣きだしたけど、根気よく落ちつけるようにゆっくりと声をかけ続けた。
 そうこうしていたらゴブ吉くんとゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんがやってきたので、糸でグルグル巻きにしているゴブリン達を訓練に使用している出入り口近くの広間に持って行くように指示。あと寝ている全員も起こす様に言う。

 俺が頸を刎ねてできた一つの屍は放置である。

 指示を出し終え、ちょっと時間を置くと赤髪ショートも落ち着いてきたようではあったのだが、俺の服を放してくれなかった。なんか、意思とは関係なく手が開かないそうだ。まだ微かに震えていたので、無理に解く事はしない。
 本当はコレからする事は精神衛生上見ない方が良いとは思うのだが、仕方ないので、一緒に連れて行く事に。
 残った四人はまだ震えていたモノの、約束通り助けた俺から離れるのを嫌ったのか、もしくは見届けるべきだとでも思ったのか、あるいはそれ以外の理由からか、ちょっと間を開けてついてきた。
 
 眠っていた全員を起こし、全員が出入り口近くの広間に集まったのを確認し、捕まえたゴブリン達をハルバードの穂先で指し示す。
 こいつ等が何をしたかあれこれや~~、俺の言う事がうんぬんかんぬん~~、と説き、理解させ、レッツ拷問。

 手始めにボウィー・ナイフで指先から刻んでいく。出血死しない様に傷口を火で焼いたり、回復技能ヒーリングスキルを使って生命力強化・体力強化などの祝福を施して死に難くしてからジワジワと。
 悲鳴が五月蠅いので口を糸で塞ぐ。あと舌を噛み切らせないって意味合いもある。まあ、舌を噛み切ってもすぐには死ぬわけではないからそもそも無駄だけどなー。

 うん、周囲ドン引きだ。
 物理的にも精神的にも、ドン引きである。

 しかしながら、俺が交わした約束を反故しないと彼女達に証明するにはこうやって行動で示した方が分かり易いし、そもそも現リーダーな俺の言う事に従わず、前リーダーの言う事に従う輩何ざハッキリ言って必要ない。
 こんなのを残しておけば追々面倒事を起こすに決まっているので、未来の為に厄介事の芽を摘むって感じでやりました。
 今これをやらなかったから未来で後ろから刺されて死んだ、って結末にでもなったら馬鹿らしいので。

 六体のゴブリンを様々な手法で処理し、最後の一体になった。

 最後の一体――元ホブ・ゴブリンリーダーは目で命乞いしてきたけど、サンドバックにしてあんなに可愛がってやったのに何も理解できていない愚者コイツに、俺はどうしても存在価値が見いだせない。
 群れ内ではやはり強かったからそれに見合っただけの地位にしていたのだが、やはり馬鹿は馬鹿でしかなかったようだ。
 馬鹿でも理解できるように俺が幾つか定めた最低限のルールすら守れないような奴はもう知らん。
 こんな結果になったのはコイツの意思で、自業自得である。
 流石に俺だって気にいらないってだけで一応の身内を殺しはしないのだ。コイツの様に、相手を殺すに足る理由が無ければ。そもそも、話は戻るが組織内に二つの勢力があってもいい事なんて限りなく少ない。
 ってな事で躊躇はなく、片腕を燃やしたり、水攻めしたり、重しを乗せて鞭打ちしたりを繰り返し繰り返し、死なないギリギリのラインを保つように拷問を続行。


 “三十二日目”
 元リーダーが息絶えたのは、朝日が昇って洞窟の入り口から陽光が差し込んできた時だった。
 どうも、ちょっと熱中し過ぎたようだ。ゴブリンよりも生命力強いから、なかなか死ななかったんだよね。俺が回復させ続けたってのもあるけどさ。

 正気に戻って周囲を見回す。全員完全に怯えてました。

 ニコッ、と笑って、理解できたか? って問いかけると皆、凄い勢いで頷いてくれた。それに満足したので、解散して昼まで眠る事を厳命。いや、皆疲れたら寝ればいいのにさ、ずっと動かずに見続けていたんだよね、拷問を。
 だから俺と同じく寝てないんだよ、気絶した個体を除いた殆どが。
 その為命令して寝かせるのである。ついでに訓練も今日は休みと言う。
 能力で作った水球で手や顔に付着した返り血を流し終え、ふと誰よりも近くで作業を見続けていた赤髪ショートが小刻みに震えながら虚ろな目をしているのに気が付いた。
 新しい水球を作って顔面をバシャリと濡らして正気に戻す。
 驚いた隙に横抱きにして彼女達の寝所まで運んで行く。身体の震えが強くなっていくがあえて無視。無事に運んで広間に戻ってくると、他の四人もまだ動く事ができていなかったので、同じ事を四回繰り返しました。
 運搬作業を終えて、他のゴブリン達が寝所に戻るのを確認してから俺も眠る。


 午後二時辺りになって目が覚めた。
 殺したゴブリンの心臓と胃を昼飯代わりに喰らい、残りの部分は【地形操作能力アースコントロール】で地下に埋葬する。
 その頃になると他のゴブリンも起き始めたが、訓練は今日は無いと言っているので、そのまま四ゴブでハンティングに出かけた。
 一応彼女達の守りは奴隷兼部下な五ゴブとゴブ爺達――襲ったら、分かってるよね? と聞いたら凄い勢いで頷いたので安全だろう――に任せているので問題ない、多分。
 まあ、俺の糸で造った避難区域もあるので何かあっても時間稼ぎくらいはできるだろう。ショートソード持たせた赤髪ショートも残っているし。
 それにオーク討伐時に得た非常招集用の角笛も持たせているので、危険があればそれを鳴らす手筈になっている。音は広範囲まで響くようになっているし、あまり遠出しないようにしているので、何か危険があれば急いで帰れば間に合うはずだ。
 
 そんな訳で安心してハンティングに出かけた俺達が最初に見つけたのが、トリプルホーンホースだった。
 見るからに堅牢そうな鱗に、普通の馬よりも二周りは大きい体躯。今の身体だと、大きく見上げなければならない程の巨馬だ。生物としてホブ・ゴブリンなどよりも遥かに上位者として進化している種である。それが二頭だ。恐らくは番なのだろう。もしかしたら、腹の中に子供もいるかもしれない。
 しかしそんな事は分からないし、俺達が生きる為の糧になってもらうべく、俺達は定番の奇襲を実行。
 初撃は定石通りにゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんの毒矢を装填したクロスボウによる狙撃だ。
 狙撃の結果、ゴブ美ちゃんの一矢は一体の目玉を正確に貫き、ゴブ江ちゃんの一矢は僅かに狙いが外れて胴体に直進し、強靭な鱗によって弾かれた。
 鱗硬ッ! クロスボウの一撃は並のプレートアーマーなら軽く貫通する程強力なのに、簡単に弾きやがったッ!! と思わず叫びそうになる。
 それに鏃には俺が生成できる中でも結構強力な毒を塗っていたのに、目に矢を受けたトリプルホーンホースは即死する事無く、しかしその痛みで激しく暴れだした。凄まじい生命力だと呆れる他ない。
 そう驚いている隙に、無事な一体が俺たちに気が付き、縦に並んだ三本の角を突き出すように、怒りにまかせて突っ込んできた。まあ、俺の糸と電撃のコンボで動きを止める事が何とかできたのだが、密度が薄い時の糸がブチブチと強引に引き千切られていく様は正直キモが冷えた。

 一体どれ程の馬力を持っているというのだろうか?
 ホブ・ゴブリンなどとは比べ物にならない程の膂力であるのは間違いない。

 痛みで暴れている一体を、ダメージは微々たるものだがゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんの狙撃でその場に引き止めつつ、糸で雁字搦めにした無傷な一体を俺のハルバードとゴブ吉くんの燃えるクレセントアックスで斬りまくる。
 最初の方はやはりその鱗で弾かれていたが、それを幾度も繰り返すうちに鱗の簡単な削ぎ方を発見するに至る。そうなれば話は早い。
 ハルバードとクレセントアックスの刃が鱗を削り飛ばし、その下の肉を切り裂き、その太い首を刎ねる事に成功する。
 もう一体は毒で弱っていたのに加えて殺し方も理解できていたので、最初よりは簡単に狩れた。
 かなりの重労働だったが大きな怪我も無く、実に有意義なハンティングだった。素材は全部持ち帰っても良いのだが、初めて狩った獲物だと言う事で俺達が全部食べる事に決定。
 大きいのでゴブ吉くんを除いた三ゴブで残りの鱗をせっせと削ぎ、その肉を切り分けていく。ちなみにゴブ吉くんは再び周囲の警戒役だ。適材適所って事で。
 んで、俺は六本の角と心臓と、四等分した肉を仲良く分け合ってボリボリと喰った。
 あと、なんか得られるかもと思い鱗もバリバリと。

 【能力名アビリティ【鱗鎧駆動】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【鱗馬の嘶き】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【高速治癒】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【脚力強化】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【突進力強化】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【三連突き】のラーニング完了】

 喰い終わるとアビリティを六つ獲得できた。これはトリプルホーンホースが強いって事の表れだ。普通じゃ、ホブ・ゴブリンが四体居た程度で殺せる相手ではないのだから。
 あと、転生して初めて物理直接攻撃系アビリティを手に入れたのは大きい。
 【三連突き】ってなぐらいなんだから三度突くのだとは思うが、モノは試しにとアビリティを発動させながらエストックで木を刺突し、結果幹に穴が三つできました。
 うん、これ、実は一度しかエストックを突き出していなかったりする。目に見えない程の速さで三回突いたとかではない。なのに穴が三つできた。それも上下に一つずつ。
 原理が不明なのは今更なので何とも思わないが、これって、上下の攻撃は物理防御無効なのかな? と考えてみる。が、答え探しはまたの機会にしよう。
 その後は色々散策して、普段通り獲物を狩って帰って寝た。
 寝ていたら赤髪ショートが俺の寝所に潜り込んできたので、一緒に寝ました。
 言っておくが、エロスとかはなかった。
 ヒトの温かさは、やはりいいもんだと再確認。


 “三十三日目”
 目を覚まして起きあがろうとしたが、身体が重くて動かなかった。
 感覚的には腕を広げた大の字なのだが、両腕の感覚が鈍いのは何故だと疑問が。一先ず情報を得ようと左右に頭を振って確かめてみると、右にはゴブ美ちゃんの寝顔、左には赤髪ショートの寝顔が。
 うん、所謂腕枕である。腕の感覚が鈍いのは、二人の頭が乗っている事によって血流などが邪魔されているからだ。

 どうしてこうなっている。

 本音を言えば感覚が薄くなっている腕を早く動かしたいのだが、すやすやと幸せそうに眠る二人を起こすのは忍びない。て言うかね、うん、ゴブ美ちゃん何時の間に入り込んできたのと言いたい。
 赤髪ショートは寝ぼけていたからうろ覚えだけど、それでも潜り込んできたのは覚えているからまだ納得できるけどさ。
 俺の【気配察知】でも感知できない程の高度な【隠れ身ハイディング】を持っているのか? いや、そんな訳が無い。
 恐らく、【気配察知】は相手が殺気を出してないとか敵意が無いとかだと反応がちょっと鈍いから、そんな感じで見過ごしたのだろう。
 とりあえず何とかしたいなーこの状況。と思っていたらホブ星さんが近くを通りかかった。ホブ星さんとはホブ・ゴブリン・メイジの名前ね、メイジの名前。分かってるだろうけど、一応補足しておく。
 助けてくれと目でお願い。くすりと小さく笑って、自作の道具箱に入れていた俺の愛読書の一つ――【魔術師入門・基礎魔術一覧 中巻】を拾い上げて、優雅に去って行きました。

 くそ。それ、ちゃんと返してくれよ。

 その次は朝練を自主的にするためか、クレセントアックスを担いだゴブ吉くんが近くを通った。
 ホブ星さんと同じように目でお願い。しばらく悩んでいたけど、結局合掌して去って行きました。底抜けに明るい笑みが恨めしい。

 おーい。俺達の仲だろ、助けてくれ。

 ゴブ吉くんの後は眠たそうに欠伸をしているゴブ江ちゃんだった。ピッケル装備で、最近では宝石みたいに綺麗な“精霊石”蒐集にハマり、他のゴブリン(メス)と一緒に精霊石採掘クラブなるモノを結成したようなので、今は午前訓練前の趣味の時間なのかもしれない。
 縋る様に目でお願い。仕方ないなー、と言わんばかりに苦笑していたのでこれはいけるか、と思ったけど何かを見た途端冷や汗を流しだして、俺があれ? っと思っている間にそそくさと去って行った。

 そろそろ……、助けてくれ……。腕の感覚が……。

 俺の願いは誰にも届く事無く、そのまま放置される事に。
 ちらほらと俺達の様子を見ていく奴等もいるけど、誰も助けてくれなかったのである。
 そして俺が目覚めてから約一時間後に、二人はようやく目を覚ました。いや、流石にそろそろ腕が危ないなぁー、て身動ぎしてたからだろうけど。
 寝ている間ずっと腕枕は、ハッキリ言ってキツイ。しかも両腕は、さ。腕の感覚がしばらくの間無かった。

 姉妹さんが作ってくれた朝飯を喰ったら、午前訓練を開始。
 なんか皆、鬼気迫る程の迫力で取り組んでいた。
 あれぇー? と小首を傾げていたら、上のポスト――元リーダーの席だ――が一つ空いたからそこに滑り込みたいってのと、単純に俺のように強くなるためには本気を越えた力で取り組むしかないんだと理解したからだそうだ。
 これはゴブ吉くんからの情報だ。訓練を受け持つゴブリン達の話を纏めたら、そうなったんだとさ。

 ああ、そうそう。言ってなかったけど、ゴブリンの数がかなり増えたので最近は俺が全体の監督役にして進行役を務め。
 ゴブ吉くんは特に攻撃力と防御力のあるメンバーで構成された敵を正面から駆逐する為の重武装部隊≪ラーヴエロジオン≫の指導役兼部隊長に。
 今まで紹介されていなかった最後のホブ・ゴブリンなホブ里さんは、攻撃力と速度に特化した個体を集めてヒットアンドアウェイな戦法が採れる機動力重視な軽武装部隊≪レッドシャルジュ≫の指導役兼部隊長に。
 ゴブ美ちゃんは接近戦に適正の無い個体を集め、ショートボウやクロスボウを主武装メインウェポンにした遠距離攻撃部隊≪ティラール≫の指導役兼部隊長に。
 ゴブ江ちゃんは上記の三つの部隊に入るには戦闘能力が不足していると俺が判断した個体を集め、自衛出来る程度には戦闘能力を保ちつつ、料理や裁縫など身の回りの仕事をこなす後方支援部隊≪パトリ≫の指導役兼部隊長に。
 ホブ星さんはメイジの素質を持つ者が今の所俺以外居ないので個人特訓だけしかしていないが、魔法行使部隊≪マジシアン≫の部隊長になっている。
 ちなみに終了間際の俺との手合わせは総数五十九ゴブ――同年代ゴブリン三十九+年上組二十八-殺した八ゴブの合計――となった今でも続けている。ただし木刀ありの、俺一人に相手はバディーでだ。
 まあ、ハンデありでも問題なく勝てているが。
 でもゴブ吉くんとかゴブ美ちゃん、ホブ星さんとか辺りでは流石に一対一だけども。アビリティ使えば俺対全員でも勝てるだろうが、それでは地力を上げる訓練にならないので。

 そして午後のハンティングである。今回は皆やる事があるとかで俺一人だった。
 ゴブ吉くんは指導しているゴブリン達にお願いされて午後も一緒に訓練をやるみたいだし、ゴブ美ちゃんはまだ階級とか大陸文字とか俺が考えた簡単なルールとかを覚えられていないゴブリン達の教師役をすると言っていたし、ゴブ江ちゃんはゴブ江ちゃんで“精霊石”をもっと大量に掘りだすべく採掘クラブのメンバーを伴っていそいそと奥に。
 だから俺は一人で外にハンティング、である。

 出かけて、最初にオニグモを見つけた。
 以前と同じ手法で殺し、その甲殻を剥ぐ。オニグモの甲殻は軽くて頑丈な上、【甲殻防御】で硬度を上げられるので重宝できる。
 現に今も使っているしな。

 【ゴブ朗は“高品質な甲殻”を手に入れた!!】

 剥がした甲殻をバックパックに入れた後、残りの部分は全部喰った。
 オニグモは食用の蜘蛛などでは無いので、味はあんまり美味くない。

 【能力名アビリティ【視野拡張】のラーニング完了】

 新しいアビリティを得られたので味には目を瞑り、気分を良くしながら次に。
 そして今度はトリプルホーンホースを見つけた。今回は昨日の様に二頭ではなく、一頭だけだ。
 丁度いいので俺が使う【終焉】系魔術の威力を見定める相手にする事にし、魔術を発動する準備を開始。

 魔術には、一般的に三つの要素が関係するとされているそうだ。
 うにゃうにゃと世界の理に干渉する【呪文スペル】を唱えるのがまず一つ目。
 体内で使用したい魔術に必要な量の魔力を練り上げる【体内魔力制御オド・コントロール】を行うのが二つ目。
 そして体外――つまりは空気中に充満する魔力と形成する魔術そのもののコントロールを行う【外界魔力精密操作マナ・オペレーション】の、計三つだ。
 ちなみに三つ目の【外界魔力精密操作マナ・オペレーション】が上の二つよりも数倍は困難な為、魔杖などの外部補助装置を用意するのが一般的だ。
 俺は杖のアビリティも既に持っているので、杖を持っていなくても関係なく扱えたりするのだが。

 俺は魔術で生み出された漆黒の投げ槍を構え、勢い良く投擲。
 漆黒の投げ槍は狙い違わずトリプルホーンホースの太い首を捉え、そのまま直径二十センチほどの範囲を綺麗に抉って消滅。衝撃によってブチブチと肉が千切れた首が宙を舞い、力が抜けてその場に崩れ落ちる身体、という光景はインパクトが強かった。
 うん、これ、こんなに威力高かったんだ、と慄く。
 いやさ、亜種になってから基礎魔術的なモノの呪文が何時の間にか記憶されていたってのは、以前にも言ったと思うが、その呪文で精製したこの槍がココまで威力があるとは初めて知りました。グリーンスライムとかには使っていたからそこそこ使えるなとは思っていたんだけど、トリプルホーンホースクラスが相手でも大きく外さない限りは即死攻撃が可能とか、魔術って凄いな。
 それとも【終焉】系魔術恐るべしと言うのがいいのか? (恐らく)初級魔術でコレかよ、と。
 ま、威力が高過ぎて自爆しそうだからコレは奥の手にするべきだな、と思いつつ解体作業に。
 全身の鱗を剥ぎ、三本の角を斬り落とし、脚一本くらいは皆の土産にしてやるかって事で血抜きをする。血が抜けるまでの間に、俺は残りをボリボリ喰った。

 【能力名アビリティ【鎧鱗精製】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【強靭な骨格】のラーニング完了】

 鱗を造れる様になった。
 いや、うん、このアビリティは非常に優れているけど、見た目的にちょっと気持ち悪いので自重しようと思う。いや、試しに使ってみたんだけど、俺の腕に黒い鱗が一瞬でビッシリと……。
 他人には早々見せられたモノじゃないな。
 一瞬で蜥蜴人リザードマンになった気分? と言えばいいのかもしれん。慣れたら大丈夫だろうけど、流石に、見た目的にちょっと、今は視覚的にキツかった。
 気を取り直し、獲物を求めて動きまわる。
 今度はグリーンスライムだった。サクサクと焼き、核をパクリと。

 【能力名アビリティ形態変化メタモルフォーゼ】のラーニング完了】
 
 腕を鞭のようにしならせる事ができるようになった。
 ほら、スライムって言ってしまえば粘液の塊である。だから骨とか関係無しに形を変えられるのは、簡単に理解できると思う。
 そこでこのアビリティ。骨がある俺がそのスライムと同じくらいの動きができる様にしてくれるのだ。身体をスライムのようにして水溜りみたいになることだってできるし、試しにホーンラビットを粘液化した身体の中に取り込んで【自己体液性質操作】を使って体質を酸性にして溶かしてみたら、ホーンラビットはそのまま栄養にできた。
 それに身体の一部が千切れても、攻撃受ける前にスライム状態になっていたら、飛び散った部分を取り込めば怪我を負う事はないようだ。限界はあるだろうけど、酷い仕様だと思う。
 なんて反則、とか思いつつ。使えるアビリティを得られたので悪い気はしない。これもヒトに見せる時には気をつけた方がいい様なシロモノだが。

 日も暮れだし、満足いく獲物も狩れていたので、そろそろ帰るかと思っていた俺はその時“発見し/出逢っ”てしまった。
 赤い体毛に包まれた巨岩、とでも言うべき巨躯を持つ“レッドベアー”に。
 体長は目測で四メートル以上はあるだろうか。レッドベアーは遠くから見かけただけでヤバい生物だ、関わってはいけない生物だ、と誰もが理解できるような生まれ持っての強者である。赤い金属繊維のような体毛は俺のハルバードでもそう簡単には切り裂けないだろうし、仮に体毛を斬れたとしてもその下にある分厚い肉で勢いが止められる様は簡単に想像できる。
 普通なら逃げる。一目散に逃げる。そう選択するしかない様な存在だ。

 しかし気が付くと俺は隠れて様子見しながら、レッドベアーを殺す為のプランを立てていた。
 いや、転生してからこんなにヤバい相手とは闘っていないのだが、転生前はコレよりももっとヤバい奴と殺し合いを演じていたのだ。そしてその度に殺し、喰ってきた。
 だからだろうか、コイツと闘いたいと思うのは。
 それに喰ってアビリティを得たいと、本能が囁くと言うか何と言うか。
 まあ、そんな感じで、俺は俺が持てる全てでもってレッドベアーを殺しにかかったのだった。
 激闘が、始まった。
 

 “三十四日目”
 レッドベアーと死闘を繰り広げ、それが終わった時、太陽が昇っているのにようやく気がついた。
 俺の全身はレッドベアーの爪や牙によって切り裂かれて、無事な所など探す方が無駄なくらいに重症だ。それにガントレットを装備していた左手に至っては肘から先が綺麗に無くなっている。
 レッドベアーの鋭爪を防御したらそのまま斬り飛ばされてしまい、切り落とされた腕は戦っている最中に喰われてしまったのだ。
 無くなったモノはどうしようもないので左腕は糸で止血しているし、全身の数え切れない傷を癒す為に回復技能ヒーリングスキルの一つである持続再生リジェネは既に発動済みなので、俺が出血死する可能性は低い。
 全身から大量の、それこそ致命的なまでの血が出ていたのにどうしてだ? と思うかもしれないが、外に流れた血はとある手段で既に補充しているから、全身血濡れな見かけに反して体内の血量は十分に足りているからだ。
 まあ、それは後で語るとしよう。
 装備面の被害は大きいと言うしかない。ニ本あったエストックは二つとも根元から折れて使い物にはならなくなっているし、数本あったボウィー・ナイフは木っ端微塵に砕け散りたり、刃毀れしたり、根元から折れたりと無事なモノは殆ど無い。
 主要武器だったハルバードは刃毀れが酷いし、鉄製の長柄にはレッドベアーの攻撃を幾度も受け流した為に大きく歪みがでている。全壊こそしていないが、修理が必要なのは明らかだ。
 まだ新しかったはずの防具は戦闘前の小奇麗な姿など見る影も無くなり、現在はボロボロのハーフパンツとズタボロの上着といった有様だ。
 パッと見では負け犬でしかない。いや、負けゴブリンか。
 それくらいに酷い有り様だ。
 だけど、俺は生き残った。俺が生き残ったのだ。
 自分で言うのもなんだが、よく死ななかったな、本当に。

 【高速治癒】と回復技能ヒーリングスキルによる重複した回復能力が無ければ、ホブ・ゴブリンな今の俺程度では五十回以上は軽く死んでいたに違いない。
 【甲殻防御】【物理攻撃軽減】【鋼硬毛皮】【鎧鱗精製】【強靭な骨格】等の重複した防御力強化アビリティが無ければ、確実に全身に裂傷と片腕を失う程度の損害では終わらなかっただろう。と言うか、素の状態では一撃喰らっただけで肉体が削り飛ばされたに違いない。
 それほどにレッドベアーの一撃は反則染みていた。というか、反則だったな、あれは。
 しかし俺だって負けてはいなかった。
 【蛇毒投与ヴェノム】から始まり、【発電能力エレクトロマスター】やら【水流操作能力ハイドロハンド】に【蜘蛛の糸生成】など多種多様な能力の連続使用に加え、糸に電撃や毒などの組み合わせによるコンボは地味にダメージを蓄積する有効的な手段だった。
 本当は【終焉】系魔術によって生み出せる例の投げ槍を多用し、一撃でドカンと甚大なダメージを加えられたらもっと楽に殺せたんだろうけど、今の俺では魔術の構成に時間が掛かり過ぎて戦闘中にはとてもではないが使えない。隙が大き過ぎて、即座に殺されてしまうからだ。
 それにそもそも、最初の奇襲の時でさえレッドベアーには胴体を狙った槍を外されたので、使えたとしても回避されるか、もしくは集中し過ぎてコチラの隙を生むだけの無駄な結果に終わった可能性もあった。
 獣の直感恐るべし、だ。
 まあ、右腕一本を最初の奇襲時に奪えたから、あの一撃で満足したのは正解だったって事だろう。
 それと【斬撃力強化】【貫通力強化】【突進力強化】【脚力強化】【血流操作パンプ・アップ】等の強化系アビリティを上乗せして繰り出したハルバードの【三連突き】が凄まじい威力を発揮してくれたのも運が良かった。
 ちなみに使っていて判明したのだが、【三連突き】の上下のアレ。あれは物理防御力無効攻撃である事が判明した。ただ実体ある真中の攻撃が突き刺さった深さまで、同じ大きさまで、ってな条件があるみたいだけど。
 あと、使った得物によって穴の大きさは当然変わるので、ハルバードではエストックよりも大きく、それだけ強い一撃になっていたり。
 そして最も俺を救ってくれたのは、意外な事にナナイロコウモリから得た【吸血搾取ヴァンパイアフィリア】だったりする。
 これ、吸血行動の際に限っては対象の防御力をある程度までなら無視できるし、吸った血を自分のモノに即座に換えるられる能力なのだが、コレのお陰で上げれるだけ上げた防御力を突破してきたレッドベアーの攻撃で流された致命的なまでの量の血を、レッドベアーから供給する事ができたんだよね。
 つまり自分の血を敵から補充できて、その分の血は相手から奪ったモノなのだからそのままダメージとなったって事。
 現在の俺はスライムのように身体の一部を変化できるので、指をストローに見立ててレッドベアーに突き刺せば、そこから血を吸えたので補給するのに困らなかったのも大きい。
 うん、もし今持ってるアビリティが一つでも足りなかったら、今のような結果にはなっていなかったかもしれないなぁ。
 ああ、そうそう。【悪臭】、あれにも助けられたっけ。胴体に噛みつかれた時咄嗟に使ったらレッドベアーが鼻を押さえて悶えだして解放されたんだよね。いやいや、ホント何が役に立つか分からんもんだ。

 激闘を振り返り、しばし黄昏てから、俺はレッドベアーだったモノに目を向けた。
 激しい戦闘の余波でなぎ倒された木々の中心にて息絶えた赤い巨熊。全身は俺のように所々傷だらけで、しかし胸部には俺が集中的に攻撃した証拠として大きな斬痕が刻まれている。
 虚ろで光の消えた瞳には傷だらけな姿で見下ろす俺が映り、眉間に深々と突き刺さっているボウィー・ナイフが何処となく哀愁を誘う。

 何度も語ってしまうほどに、このレッドベアーは、本当に強かった。

 【見切り】によって攻撃軌道が赤い線として見えているのに、攻撃速度が速過ぎて回避が間に合わない事があったり、爆発音にも似た咆哮や鋭い眼光で俺の動きを阻害するなどの特殊技能を所々に織り交ぜてきたのだ。
 それにコイツ、熊の癖に口から火炎放射器のような炎の吐息を吹きやがったっけ。本当に、どんな熊だって話だ。
 俺は【炎熱耐性】と【水流操作能力ハイドロハンド】を持っていたから炎で大ダメージを受ける事は無かったけど、それとこれとは話は別だ。
 いやはや本当に、強かった。勝てたのも、運が良かった部分が多い。
 しかし勝ったのは俺で、勝者は敗者の分まで生きる義務が、責任がある。
 ボロボロの身体に鞭を打って近くに転がっていたレッドベアーの右腕を手に取り、少しでも体力を取り戻すべく、喰った。

 【能力名アビリティ【重撃無双】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【強者の威圧】のラーニング完了】
  
 右腕を喰い終えると、ふっと意識が何処かに飛びそうになった。
 これは激闘で失われた体力が大き過ぎて、本能が生存する為には意識を遮断して体力を温存するのが最適だ、とでも判断したからに違いない。【高速治癒】と持続再生リジェネで身体は今も回復し続けているから、意識を失っても死ぬ事は無いと確信している。
 俺の肉体だ、それくらいは把握できる。
 だが、流石にこのまま気絶するには無防備過ぎた。気絶している間に他のモンスターに喰われる可能性は非常に高く、だから生きる為に残る力を振り絞って糸を噴出し、余波によってなぎ倒されて周囲に散らばっている木々でレッドベアーと俺の周囲を包み込むように壁を造る。
 即席の避難所だ。
 木で少しはカモフラージュできているだろうし、糸には噴出時に毒も染み込ませているので、仮に誰かが攻撃を仕掛けてきても最終的に毒でどうにかなるだろう。それでもダメだったら俺は所詮そこまでの存在だったって話で、諦めもつくと言うモノ。

 一先ずの守護を完成させると俺は力尽き、意識を――

 【レベルが規定値を突破しました。
 特殊条件≪王者殺害≫≪覇道闊歩≫≪■神■■≫をクリアしているため、【大鬼オーガ・希少種】に【存在進化ランクアップ】が可能です。
 【存在進化ランクアップ】しますか?
 ≪YES≫ ≪NO≫】

 ――失う寸前に根性で≪YES≫を選択した。 


 “三十五日目”
 何かに促される様に目を覚ました。薄暗いが、それはさして気にならない。
 今までにない程の飢餓感に突き動かされる様に、近くに転がっていたレッドベアーの死体に手を伸ばす。
 眉間に深々と刺さっていたボウィー・ナイフの柄を摘まんで引き抜いてから、頭部を力尽くで毟り取る。ブチブチと頸部の毛皮や肉、それと頸椎が無理やり引き千切られる音が響いた。
 まだハッキリと意識が覚醒しないながらも、手の中にあるレッドベアーの頭部を条件反射でボリボリと喰った。

 【能力名アビリティ【山の主の咆撃】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【威圧する眼光】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ全属性耐性トレランス・オール】のラーニング完了】

 頭髪を磨り潰し、頭蓋骨を噛み砕き、脳を啜ってと数秒ほどで喰い終わり、ほんの少しだけ働く様になった頭でレッドベアーの毛皮が必要だと判断して、とても小さくなってしまったボウィー・ナイフで丁寧に剥いでいく。
 なんかレッドベアーが気絶する前よりも小さく思えたが、まだ頭が正常に働かなくてその疑問の答えが導き出せない。
 ただ今はこうする事が正しいと思ったから、毛皮を剥いでいるにすぎないのだ。他の事まで頭が働く事はない。
 俺の左手はやっぱり肘から先が無いけど、この程度の事はアビリティで何とかできるので問題なかった。【形態変化メタモルフォーゼ】を使用すれば、肘までしか無い左腕に細長い指をでっち上げて毛皮を摘まんだりはできるのだ。
 小さいナイフと器用に動かすのが難しい左手の義指に苦労しつつも毛皮は無事剥ぎ終わり、その後で剥き出しになったレッドベアーの肉に喰らいついた。
 強い飢えに導かれる様に、その血肉を一心不乱に喰らい尽くす。

 【能力名アビリティ【山の主の堅牢な皮膚】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【山の主の強靭な筋肉】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【連撃怒涛】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【獣王の覇道】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【炎の亜神の加護】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【炎熱完全耐性】のラーニング完了】

 噛めば噛むほど旨味が出てくる今までで最高の肉を喰らい、まるでワインのように濃厚な血を飲み干し、一口事にレッドベアーの生命力を感じられる臓腑を嚥下し、鉱物のような歯応えのある骨髄を貪り尽くして、そこで俺の頭はようやく本格的に頭が働きだした。
 自分の身体を見下ろす。
 体色は黒と変化は無いのだが、大量のレッドベアーの返り血に加え、何やら見覚えは無いが何処か宗教的な意味のありそうな赤いライン――刺青と言えばいいのだろうか?――が全身に追加されていた。それに人間の成人男性の胴体以上の太さは余裕でありそうな腕や、ボコリと割れた腹筋などから、俺はホブ・ゴブリンとは違う存在になった事が簡単に理解できた。
 それに髪。確実にこんなに長くはなかった。ホブ・ゴブリンになって髪の毛が生えたのだが、精々肩に触れるか触れないか程度だったのに対し、今は肩甲骨の下辺りまで髪の感触がするのだ。長髪になっていて、髪の色は灰色だ。
 あと角だな。額から生えた二本の鋭角。触ってみるとかなり硬質な上に鋭く尖り、頭突きをすれば牛のように角で対象をブスリと突き刺せるに違いない。
 そうやって色々身体の点検していると、意識を失う前のメッセージが思い出せた。

 うん、俺、大鬼オーガになった模様。

 しかも亜種ではなく、希少種とかまたけったいなモノに。
 まあ、流石にこれだけ殺せば【存在進化ランクアップ】くらいはするってなものだろうし、希少種とかになったものは仕方が無い。きっと悪い事ではないのだと無理やりに納得しておく。
 オーガ希少種になった事でゴブリンからホブ・ゴブリンになった時同様全能力、全アビリティ等が強化され、仮初めの万能感が身体全体に漲っていたが、それ等の検証はまた後だ。
 今は拠点に帰るべきだろう。帰らなかった事で心配させているだろうし。
 まだ直せば使えるだろうハルバードを拾い上げ、外に出ようとして気が付いた。ボロボロだったがそれでも一応隠すべきモノは隠していた服が、身体が大きくなった弊害で全て弾け飛んでいたのだ。
 つまり現在俺は全裸なのである。
 股間でブラブラと揺れているそれは、自分のなのにしばらく凝視してしまうほどに立派でした。
 さてどうしようかとちょっとだけ悩み、今さっき剥ぎ取ったレッドベアーの毛皮を腰に巻きつけてデカくなったそれを隠す事で問題は解決。
 なるほど、こうなる事を予感していたから毛皮を剥いだのか俺は、と思いながら風の刃で盾にしていた木と糸をズバンと斬り裂いて外に。威力が上がっていたので、手加減した状態でも一発だった。
 太陽の位置から察するに、今は大体二時くらいだろうか。かなり眠っていたようなので、急いでアジトに戻る。その途中で近くに転がっていた俺のバックパックとフィールドバック、それからリサイクルする為にエストックやボウィー・ナイフだった鉄片を出来るだけ回収する。
 バックパックに入れていたトリプルホーンホースの足の肉は既に奪われていたが、オニグモの甲殻など他の素材は残っていたのでこれくらいの被害は仕方ないと諦めた。
 バックパックとかがボロボロにされて使い物にならなくなるとかよりはまだマシだ。

 そして身体が大きくなっている上に、アビリティの使用であっと言う間に俺は拠点に辿り着き、見事に警戒されました。
 うん、そりゃ見ず知らずのオーガが来たらこうなるよな、と苦笑する。
 そしたらもっとビビられた。ああ、オーガになったことで俺は凶悪な顔付になっているに違いない、とここでそう確信したね。

 ゴブリン→醜悪。
 ホブ・ゴブリン→人間に似てくる。
 オーガ→何処のバーサーカー? 状態。

 って感じなのだろう、きっと。
 ちなみに確証は無いが、今の俺の身長は二メートル以上は確実にあると思われる。俺を警戒している周囲の下っ端ゴブリン達と比べたら、それくらい視点が違う。
 完全に見下ろす形だし。近過ぎると死角に入って見失ってしまうのだ。

 しばらくすると、奥から出てきたゴブ美ちゃんが俺だと気付いてくれた。それによって他のゴブリンの警戒が無くなる。
 俺の姿に一瞬ポカンとしたゴブ美ちゃんは、次の瞬間には怒りをにじませた表情で俺の下に。で、脛を思いっきり蹴られた。
 全然痛くなかったけど、一応痛がる演技をする。ただ本気で痛そうに悶絶しているゴブ美ちゃんにはさり気無く回復技能ヒーリングスキルで痛みを和らげてあげました。
 その後痛みから立ち直ったゴブ美ちゃんに正座させられて、本当に心配しただの何やってただの何でオーガになっているんだだの、あれこれ言われました。左手が無い事も勿論突っ込まれた。
 しかもちょっと涙目で言ってくるから少しも反論できません。心配させてごめんなさいと謝っていたら、ゴブ吉くんに赤髪ショートも騒ぎを聞きつけてやってきた。
 んで、やっぱり驚いてます。あんぐりと、口を開いて驚いてます。
 そりゃ、一日帰らないと思って心配していたら、二日後にオーガとなって戻って来たらそうなるってなものだ。
 一応成り行きの説明って事で、ゴブ江ちゃんにホブ星さん、ホブ里さんにゴブ爺など集まっていなかった主要メンバーを招集してから、説明開始。
 他のゴブリンは後から説明すると言って追っ払いました。

 えー、ハンティングしててそろそろ帰ろうかと思っている時に“レッドベアー(仮称)”を発見。腕試し的な意味や本能的な部分が理由で攻撃を開始。
 その後夕方から始まった激闘は夜通し続けられ、決着がついたのは昨日の朝日が昇ろうとしていた時の事だった。
 その後俺もダメージが大き過ぎて動けなくなって、糸の結界を敷いて一眠り。体力回復を図る。
 で、ついさっき目が覚めたらオーガになっていた。しかも希少種らしいです。
 装備品はボロボロになってしまったが、レッドベアーの毛皮が戦利品としてあるので、損ばかりでは無い。
 いやー、生きててよかったよかった。

 そこまで話して、ホブ星さんにホブ里さん、あとゴブ爺が顎が外れたかのような間抜け面を晒しているのに気がついた。
 どしたんゴブ爺。え? 赤い巨熊を殺したのかって? だから、そう言ったじゃん。と言いながら腰に巻いた毛皮を叩いて意識を集める。
 ん? どしたんホブ星さん。ふむふむ、この森には“ハインドベアー”ってかなり強力で、近場ではほぼ敵無しな熊タイプのモンスターが生息しているんだけど、そいつ等の毛並みは普通灰色で、体長は三メートルほどもある。
 そして、その中に亜種で毛並みが赤い個体が居ると。その亜種はメイジのように魔術は使えないけど、その代わりとして高い知能と炎を吐き出す能力を持っているし、膂力とか嗅覚とかといった肉体の基本性能は普通のハインドベアーとは隔絶としたまでの差がある。
 で、そいつはハインドベアーの中でも一番強いんだからつまり、この辺り一帯で一番強いって事になる。
 だからそのハインドベアー亜種は“山の主”とか言われていると。その強さはオーガでも容易く殺して喰らうほど、ねぇ。

 なるほど、そんな化物を俺は二度も目撃していたのかと、広いようで狭いこの世に思いを馳せた。

 あて。ホブ里さん頭を叩かないでくれ。ぜんぜん痛くないけどさ。……え? 毛皮をもっとよく見せろ? 仕方ないなぁ。って事で見せたら、間違いなく本物だとか言われた。
 まあ、オーガになった状態でも普通にあれだけの数のアビリティ得られていたし、そもそも【山の主の強靭な筋肉】とかってアビリティがあったので、間違いなくそうだろうさ。
 あと、こんな短期間でオーガになった俺は“異常”を通り過ぎて“在りえない存在”だとも言われました。なったものは仕方ないだろって言い返しましたが、そんな簡単に言っている事が在りえないんだと自覚しろと逆切れされた。
 理不尽だ。
 その後も色々と言われて、色々と話して、一時間後には一区切りがついたのでこの場は解散する事になった。
 いや、流石に露出度で言えば生まれた時と同じくらいになってしまっている現状、早く新しい服が欲しいんだよね。恥ずかしいと言うか何と言うか、流石にモロダシの状態で居るのは落ちつかない。
 あと、周囲の視線が色んな意味でちょっと、ね。

 俺が自分の製作工房に向かって移動すると、その後ろをゴブ美ちゃんと赤髪ショートがついてくる。カルガモの親子か、とツッコミたかったけど自重する。
 実害が無いからほっとくとして、残る四人の女性陣にも一応挨拶しておかねば。
 留守中に何かあったかもしれないので、それらの確認も兼ねて。

 んで、見事に恐がられました。出会い頭に悲鳴までもらいました。集まるなお前等、さっさと散れ、となんだなんだと集まって来たゴブリン達を追い払う。
 彼女達の反応にちょっと泣きそうになったけど、糸を出したり炎を出したり交わした話を語ったりして、ようやく俺であると理解してもらう。
 まだちょっとビクビクしてるけど、ホッと笑みを向けてくれるのは嬉しいね。
 皆可愛いし、グッジョブ、って言いたくなった。
 って、密かに皮をつねらないでね二人とも。ちょっとだけ痛い、ような気がするから。皮膚は鍛えられないんだぞっと。
 ま、これも心配させた罰ゲームだと思う様にして、色々と話していく。

 鍛冶師さんにはボロボロになってしまったハルバードの整備を頼んだ。これはまたよくココまでヤったわね、ってお小言貰いながらだが。
 あと、“精霊石”を使って造ったナイフとかができたらしいので、後で見てくれと言われました。
 それともし良かったら私が貴方の新しい武器も造ろうか、と聞かれたので即座に頷いておく。ちょっと嬉しそうに微笑み、赤くなった頬がとってもキュートだった。
 思わず頭を撫でてしまう。無論怪我しない様に力加減は慎重にだ。
 それにしても、可愛い子の擽ったそうな表情とか、とてもいいと思うんだ。やはり女の子は笑顔が一番だと思ったね。
 あと、何故か二人の抓る強さが上がった。
 何故だ。
 
 【料理人】な姉妹には今度灰色熊ハインドベアーを狩ってくるから、熊鍋にしようって話で盛り上がる。話をしていると熊鍋をするならあとコレとこれとソレを集めて来て、とか言われたので、部下で奴隷な例のゴブリン達に採取してくるよう命令を出す。
 最近では俺が扱き使っているからか、こいつ等のレベルも一〇〇に近いので、そろそろホブ・ゴブリンになれる奴もでてくるかもしれんな。
 あと、やっぱり二人だけじゃ人数的に厳しいので、せめて材料を切る係が欲しいとの事で、後方支援部隊に所属している中で、俺と同年代のゴブリン(メス)を三名ほど選んで補助員に任命。
 これはオスだとまだ怖いだろうとの配慮だが、それにしてもこの子達、とんでもなくタフである。
 友人知人、もしくは肉親や恋人を殺した上に自分達までも攫ったゴブリン相手に、個体レベルで見れば違うとは言っても、この短期間でココまで慣れてきているのだからその適応力と精神力は目を見張るモノが在る。
 いやはや、凄いねホント。俺としては嬉しい誤算だけども。
 二人とも良いお嫁さんになれるね。もし良かったら俺の嫁さんになる? とか冗談を交わしつつ、その後で晩御飯楽しみにしているからねー、と言い残して移動した。
 嬉しそうに頬を染めて笑顔を向けてくれた二人は可愛かったです。
 あと二人から後頭部を木刀で叩かれた。
 理不尽だ、全く痛くないけどさ。

 錬金術師さんは普段どおりポーションを造っていたが、その中に何気に毒薬が混じってた。それも苦しめて殺すタイプの毒では無く、即効性だが身体が動けなくなるタイプのヤツだ。
 まあこれも仕方ないよねーと苦笑しつつ、耳元でそっと囁くと、毒薬の使い方を教えてくれた。何でも、コレは護身用なんだとか。
 人間にも色んなのが居る様に、自分達を襲ったゴブリンとかの中にも俺みたいのもいるって理解できたから飯に毒を混ぜたりする気持ちはもう起きなくて、だけど最低限の備えが無いと恐いから作った、だそうだ。
 殺したい程憎いんじゃないのか? って聞いたら、確かに殺したい程憎いゴブリンも居るには居るけど、あの夜の一件以来俺は信用できるそうです。それに最近では、ゴブ吉くんとか辺りも信用できると思っているそうです。
 それと、オーガになって迫力出過ぎって言われました。身体が凄過ぎるそうです。赤い刺青もちょっと恐いとか。
 これは仕方無いだろー、と両脇に手と義指を伸ばしてその身体を持ち上げたりしてじゃれていたら、後方の二人から絶対零度の視線を感じた。
 やばい、殺される。と思ってしまう程の力ある視線だった。
 なので、二人にも同じ事をしてご機嫌取りをした。そしたら鍛冶師さんとか姉妹さん達もやってきて、同じ事やらされました。
 全員身体が柔らかくて脆いので、壊さないように気を使ったので肉体はともかく精神的に疲れました。

 その後ようやく自分の工房に到着し、服をチクチクと。
 新しい防具の素材にしようと思っているレッドベアーの毛皮はまだ加工処理ができていないので、しばし放置する事に決定。当分の繋ぎとして、既に造り置きしておいたヨロイタヌキのなめした皮で半ズボンを製作する事に。
 オーガになって寒さとか全く感じないし、今の俺サイズのズボンを造ろうと思えばそれなりの数の皮が必要になるので、半ズボンにしたのは皮を節約するためである。
 ちなみにレッドベアーの毛皮は毛皮をそのまま使用したハイドアーマーでも十分効果は期待できるだろうけど、折角のレッドベアーの毛皮なのだ。ハイドアーマーよりも防御力が高いハードレザーアーマーとかにしたいと思っていたり。

 手早く半ズボンが完成させると、早速装着。
 俺の人としての尊厳がこれで保たれる。様な気がした。

 その後レッドベアーの皮を茹でて硬化させて、といった作業を行っていく。
 明日は狩りに出ずに装備の製作に勤しもうと思う。今俺達が持っている武器の大きさが、俺のサイズに合わなくなっているってな理由もあるけど。


 “三十六日目”
 部下で奴隷な例のゴブリン達五名の内三ゴブがホブ・ゴブリンになっていた。
 祝いの品を送る。
 しかし昨日の今日でなるとは、空気を読み過ぎだと言いたい。

 そして午前訓練の終了を告げる俺との組み手が無くなりました。
 いや、危ないんだ。手加減に手加減を重ねた位の力でやってみても、普通のゴブリンじゃ軽く殴っただけで死にかける。というか、大慌てで治療しなけりゃ死んでたな、あれは。
 唯一完全武装なゴブ吉くんが対抗できたけど、かなり必死そうだった。それに装備がギシギシと軋むので途中で止める他無かったし。黒鉄製のタワーシールドは俺の拳で凹凸ができてしまった。
 だから、組み手は止めました。
 今後は一対一で模擬戦をさせ、負けた方に何らかの罰ゲームを科す事にしよう。

 そして午後、俺は昨日に引き続き防具の製作に当たる。
 ゴブ吉くんは何か難しい顔でハンティングに出かけた。一人では危ないので、バディーを組ませる。相手は荷物持ちと補助役に徹する様に命令した、奴隷兼部下で今朝ホブ・ゴブリンになったばかりの個体だ。
 ゴブ美ちゃんとホブ里さんは同性って事と接近戦闘時のスタイルがちょいと似ているって事で仲が良くなって、四ゴブ程部下を連れて狩りに出発。
 ホブ星さんは防具製作中な俺の横で読書中だ。いい加減その本を返してと言ったが、無視された。
 ゴブ江ちゃんは今日も精霊石採取に勤しんでいる。精霊石がもっと多く取れるポイントを発見したそうで、やる気に漲っている。採掘ペースが上昇しているのだ。
 赤髪ショートは居残りのゴブリン達と木刀で訓練中。周囲のゴブリンの成長に負けないようにする為か、真剣な顔つきで訓練に打ち込み、自分達を襲った年上ゴブリン達とは兎も角、俺と同年代なゴブリン達とは次第に打ち解けてきているようだ。
 ほんと、タフだよね。

 防具製作の合間の休憩時には鍛冶師さんの所で精霊石製ナイフの面白い能力に笑ったり、姉妹さんの所で俺が知っている簡単な料理の造り方を教えてみたり、錬金術師さんの所で新作ポーションのアイデアをだしあったりと。
 うん、久しぶりにゆっくりとした一日でした。


 “三十七日目”
 奴隷兼部下でホブ・ゴブリンになれていなかった二ゴブがホブ・ゴブリンになった。
 二日連続かよと思いつつ、祝いの品を送る。

 午前訓練が滞りなく終了し、姉妹さん達が作ってくれた昼食を食べていると、採掘に向かった筈のゴブ江ちゃんが大慌てで俺の所にやってきた。
 その腕の中には額に真っ赤な宝石がある茶色い小人が抱かれていて、その全身には鋭い切り傷が刻まれている。何時ぞやの俺のように、全身血塗れだった。ゼェハァゼェハァと息も絶え絶えで、今にも死んでしまいそうだ。
 一先ず“カーバンクル(仮称)”と呼ぶ事とし、ゴブ江ちゃんが助けてあげてと言ったので回復技能ヒーリングスキルの一つである損傷回復ヒールで治療を施す。
 あと十数分遅れていれば手遅れだったに違いないが、怪我は治っていくので何とか間に合ったようだと一安心しておく。
 ただ失われた血まではヒールでも戻らないので、造血作用のある草を磨り潰して色々と配合して作製された錬金術師さん作“造血ポーション(試作品)”を無理やり飲ませてから寝転がす。今は飯を喰ったばかりなのでカーバンクルを喰う気にはならなかったし、ゴブ江ちゃんが助けてと言ったので助ける方針です。

 数分後、体長三十センチ程のカーバンクルが目覚め、事情を説明する。
 有難うございますと言われた。
 どうしてそんな怪我を、と話を聞いた所によると、カーバンクルの名前はリターナと言い、傷だらけで死にかけていたのは人間の冒険者にやられたからだそうだ。
 何でもカーバンクルの額にある立派な赤い宝石は超高級品で、売れば一億ゴルド――多分一ゴルド十円だと思う――になり、それが目的であるらしい。
 大変だったんだなと思っていたら、今度は土下座されて、襲った人間達をどうにかしてくれと頼まれた。

 話を聞き、それを整頓するとこうなる。

 1.リターナは大昔に生きてその名を大陸中に轟かせた伝説の魔術師ベルベットなんたらが生み出した人造カーバンクルだそうな。ゴブ江ちゃん達が精霊石採掘の為にピッケルで掘り進め、岩壁を貫通した先にあった【ベルベットの隠し宝物殿】――世間ではダンジョンと認知される類の建造物だそうな――の管理人なんだとか。
 2.俺によって表面上の怪我は治った様に見えるようになっているが、実は人間達に攻撃された時に自らを構成するのに最も重要な“核”――リターナは人造カーバンクルだから、寿命は無いけど核が壊れると死ぬそうだ――を深く傷つけられたので、残された時間が少ない。ヒールは消える時間を延長させたらしい。
 3.宝物殿の最奥にはベルベットがその生涯を通し、苦労して蒐集した【伝説レジェンダリィ】級のマジックアイテムを筆頭とした宝石類や秘薬が山の様に眠っていてる。その宝物庫を野蛮で欲に塗れた愚者に荒らされ、宝物を奪われたりするのはどうしても我慢できない。
 4.冒険者はできる事なら自分で何とかしたいのだが、核を傷つけられている為に残された時間が少なく、戦力も足りていない。ダンジョンに配置されている魔法生物である骸骨兵士スケルトンや、その上位種として骸骨兵士スケルトンを召喚、使役している上級骸骨兵士グレータースケルトンでは、冒険者一行の構成メンバーの性質上相性が悪過ぎるそうだ。だからちょっと強そうな俺達に侵入した冒険者一行をダンジョンから退け、その上で出入り口を埋めてもらいたいらしい。
 5.もし排除する事が出来たのなら、そのお礼として宝物庫の中身を譲るとの事。ベルベットは人間嫌いだったので、どうせなら人間では無くオーガな俺達に遺産を引き継いで欲しいそうだ。

 しばし考え、どこにも損は無いかなと考える。

 ゴブ吉くんにゴブ美ちゃんにゴブ江ちゃん、それからホブ星さんとホブ里さんに完全武装するように言い、俺は鍛冶師さんに精霊石製のナイフを持ってきてと頼んだ。素手よりは何か武器になるモノがあった方がいいと思ったからだ。
 精霊石製のナイフって、見た目的に派手な事ができるので抑止力とかにもなりそうだし。
 指示していると鍛冶師さんを始め、赤髪ショートとに姉妹さんに錬金術師さんがちょっと不安そうな顔で俺を見てきた。
 そりゃ、人間を殺してくれって聞こえる頼みだからな。見ず知らずな相手でも、気分はよくないのだろう。
 でも、リターナが頼んでいるのはあくまでもダンジョンから追い出す事であって、冒険者一行を先手必勝で殺す事では無い。
 最初に説得を試みて、それでダメならコッチも実力行使になるだろう。身を護るためには仕方が無いから、恐らくは殺す事になるだろう、と言う。
 でも、何よりも会話は大事だよね、と笑って見せたら多少は納得してくれた。
 
 準備が整い、ゴブ江ちゃんがリターナの管理していたダンジョンに繋げてしまった穴に向かう。

 んで、結果的に言おう。
 ダンジョンに侵入し、リターナを殺そうとしてきた冒険者男女六名は全員殺しました。

 いや、俺は説得を試みたんだよ。
 コチラの数が多いと不安になるだろうからって事で、ゴブ吉くん達には隠れてもらって俺一人で説得に赴いた。これは俺なりの誠意だったんだ。
 だけどアイツ等俺に出逢った瞬間、『グレータースケルトンだけじゃなくてオーガ亜種も居るのかよ、ココは。弱いくせに数が多いっつうんだよ、くそったれが。まあ、そこそこ面倒な相手だが俺達の敵じゃねぇ。さっさと殺させてもらうか。それに逃がしちまったアイツも探さないといけねーしな』とかフラグ的な事を言いながら、る気を漲らせて襲いかかってきやがったのである。
 俺、亜種じゃなくて希少種だし。そもそも俺の話なんて少しも聞く気がねーでやんの。流石に、これって強盗だよな、と思ったね。
 いや、人様の御宅ダンジョンに不法侵入した挙句、そこで暮らす住人モンスター――俺は違うけど――を殺しまくってさらに宝物を強奪するとか……コレは紛れもない強盗殺人事件であるッ!! しかも罪の意識とかないから全く救い様が無いぞッ!! 
 ちなみに【物品鑑定】した所、強盗犯達の装備品は全て魔術かソレ系統の技術で何らかの属性とかが付与された高品質な品ばかりなようで、見た目的にも雰囲気的にもかなり強そうなパーティーだった。
 しかしながらレッドベアーのような絶望感とかは全く感じなかったし、今の俺はオーガ【希少種】って事で素の状態のスペックの高さに加え、アビリティの重複使用を行っているので強盗達程度の攻撃を防ぐ事は簡単な作業だと感じられた。
 というか、初撃を見てそう判断できていた。
 アチラの攻撃は全体的に拙いのだ。狙いも比較的単調だし、効率的な武器の扱い方もできていないばかりか、攻守の中には敵を惑わす複雑怪奇なフェイントも殆ど混じっていないのである。
 斬撃は速く、武器の能力も高いので普通のオーガならば惨殺して余りある連撃なのだろうが、俺から言わせれば戦闘技術が身体のスペックに追いついていないと言うか、強引過ぎる攻めだという感想を抱く他ない。
 レベルによる肉体補強やら【職業】補正で彼等は確かに強いのだろうが、それが逆に地力を上げる為の努力――無意識でも敵を切り殺せるように剣を振る、使える技の熟練度を上げる等々――を阻害しているのかもしれない。
 恐らく今まではレベルを上げて強引に、力任せに突っ込んで敵を殺せていたから、彼等は自然と努力する事が少なくなってしまったのだろう。別に他人事なのでとやかく言うつもりは全くないが、しかしそれが現状、余りにも致命的過ぎた。
 努力していれば、俺と互角に戦う程度は出来たに違いないと言うのに。それほどのスぺックは間違いなくあるというのに。
 努力を怠っていたが故に、彼等は俺の敵では無かった。

 格下だったが故に俺には余裕が生まれ、敵の攻撃を全て弾き防御パリィング、パリィング、パリィングしながら説得を続けたのである。
 強盗に殺されそうになりながらも説得するなんて、普通は無いよなぁ。
 
 で、しばらく攻撃されながら説得してたらさ、ずっとダンジョンから出ていくように優しく言っていた俺の顔面に後方に居た【魔術師】だろう青年の行使した【雷光】系魔術がズドンと直撃。
 流石に衝撃でたたらを踏むが、倒れはしない。ダメージ的にはそこそこ痛い程度だった事もある。
 ちなみにそう言ってしまえば小さい攻撃だった様に思えるかもしれないが、【全属性耐性トレランス・オール】やら【雷光耐性トレランス・ライトニング】などを重複発動していなかったら、頭部が跡形も無く蒸発していたくらいの威力はあった。
 だから、流石にね。そこまでやられたらさ、仕方ないよね。我慢の限界が来てもいいよねって事で。
 隠れていたゴブ吉くん達に攻撃開始の合図を送り。
 俺はリターナに内心御免と謝りつつ、どこぞの王宮だよと言いたくなる程に神秘的な乳白色の回廊の一部の地形を操作し、冒険者たちの退路を断つ。
 そして注意を俺に引き付けるべく、正面から突っ込んだ。

 うん、精霊石製のナイフの能力は面白いだけかと思っていたが、実は普通に凄かった事が判明。
 本体自体には切れ味とかは絶無なのだが、素材に使われているのは水精石だったから、振れば刃から水が噴出されてる。そんな代物を俺がちょっと真面目に振れば、高速で射出された水が水刃に変貌し、ズパッと冒険者を守る鎧とその中身を真っ二つに切り裂いていったのだ。
 すげーすげー、って事でゴブ美ちゃんにもその快感をお裾分けって事で渡してみたら、うん、水は出るけど相手は斬れませんでした。濡らすだけです。
 どうやら相応の速度で振らないとダメみたいである。凄い事には変わりないけどな。
 そうして冒険者全員を殺した後、身ぐるみ剥いで俺が全員の上半身を、ゴブ吉くんとかは下半身を喰いました。

 【能力名アビリティ【職業・暗殺者アサシン】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・十字騎士クルセイダー】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・守護騎士ガーディアン】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・高位魔術師ハイ・ウィザード】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・司祭プリースト】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【職業・付加術師エンチャンター】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【高速思考】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【並列思考】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【騎乗】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【対魔力】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【短縮呪文】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【騎士道精神】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ直感インチュイション】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【気配遮断】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【慈愛の亜神の加護】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【戦乱の亜神の加護】のラーニング完了】

 やはり人間の中でもそこそこ高レベルな冒険者だったのだろう。
 装備品も上質なモノが多かったし、かなり使える魔具マジックアイテムを発見。当然即座に喰いました。

 【能力名アビリティ【自己ステータス隠蔽】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ異空間収納能力アイテムボックス】のラーニング完了】

 喰ったのは“隠者の指輪”と“収納のバックパック(大)×6”の二種類の魔法の道具マジックアイテムである。

 冒険者一行の装備品は俺が得たアイテムボックスに全部収納――取り出す時は念じたらポンっと出ました。転送機能のようで懐かしさがこみ上げる。ちなみに収納量は1200種類の一種類九十九個まで収納可という反則ぶり――し、リターナに案内されて出入り口に赴いた。
 洞窟の最奥、という隠された場所にあった出入り口なので地形操作で天井を崩し、ゴブ江ちゃんが貫通させた場所以外の出入り口はコレで完全に閉鎖された。後はあの出入り口も封鎖すれば、全ては土の中に封印されるだろう。

 その後は宝物庫に案内され、俺達は見た。
 様々な金銀財宝に、先ほど手に入れた冒険者の装備品など霞むほどに強力なマジックアイテムの数々を。そしてそんな品々が所狭しと置かれた宝物庫の最奥の玉座に鎮座する、白銀に輝く異形の左腕を持つミイラを。
 リターナはミイラの事を主と呼んだ。つまりこのミイラがベルベットなのだろう。
 その後はもう直ぐ時間が尽きると言うリターナと他愛も無い話を交わし、そしてそこで分かった事もあった。
 俺達の現在の住処である採掘場でざっくざっくと採掘できた多種多様な精霊石は、このダンジョンの影響があってこそなんだとか。精霊石は普通、属性に見合った場所――風精石なら風通しのいい場所、火精石なら火山の近くなど――で採取されるモノで、色んな属性の精霊石を一ヶ所で得る事は普通できないそうだ。
 が、ココのダンジョンが精霊の扱いに長けていたベルベットが建築した場所なので、寿命が存在しない精霊が今でも滞在する事もあるとかなんとかで、その影響で多種多様な精霊石の採掘が可能なのだそうな。

 そして最後まで話を続け、時間を迎えたリターナは、最後は笑顔で消えていった。
 コロリ、と額の宝石だけが取り残される。
 それを俺は拾い、喰った。

 【能力名アビリティ【黄金律】のラーニング完了】

 一同、リターナに黙祷を捧げ。
 そして宝物庫の財宝全てを回収した。いや、アイテムボックスは本当に凄かった。
 宝物庫に所狭しとあった財宝全て入れてもまだまだ余裕があるのだ。うん、これは先ほどの冒険者一行には感謝してもしたりないなぁ。
 と思っていたら、伽藍と寂しくなった宝物庫には異形の左腕を持つミイラなベルベットだけになり、放置するには流石に忍びないと思ったので、宝石で装飾された玉座は回収させてもらい、ミイラは燃やした。
 南無、と合掌して顔を上げたら、轟々と勢い良く燃えていた火が消えていて、白銀色に輝く異形の義手だけがその場に残されている。
 何だこれはと思い【物品鑑定】をしたら、
 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  
 名称:【白銀の義腕アガートラム
 分類:【神迷遺産アーティファクト
 等級:【伝説レジェンダリィ】級
 能力:【武装殺しアームブラスト】【魔法殺しスペルブラスト
    【自己進化セルフエボリューション】【属性反響アトリビュートエコー
 備考:前装着者ベルベットがとある神代ダンジョンの奥深くで発見した神製の義手。腕を失った者は装着すると以前と何ら変わりなく動く腕を手に入れる事ができる。
    また他の金属を取り込む事で装着者の意思によって形状変化を可能とし、その能力は使う毎に進化していく。破壊は例外を除き、基本的に不可能。
 
 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 
 とあった。
 ふむ、これは左腕が無い俺に『俺には必要ないから、お前にくれてやる』とベルベットが言っているのか? と考える事にし、拾って肘から先の無い左腕に近づける。そしたらなんか、装着できました。
 感想、凄く痛かったです。
 いや、なんか近づけた瞬間に腕の装甲がぶわっと展開して、その中から金属製の触手みたいなのが伸びて俺の左腕を肩まで包んだ。そしたらなんか触手によって俺の肉が喰われるような感覚がして、余りの痛みで意識が飛びそうになった。
 で、気合い入れて持ち直していたら俺の左腕は肩まで白銀の義腕アガートラムになってました。拾った時は人間サイズだった銀腕は、オーガである俺には遥かに小さかった筈なのだがその長さや太さも何故か右と同じくらいのサイズに変化していて、俺にピッタリと適合していた。
 これが【自己進化】の効果なのだろう。
 五指を軽く握ったり開いたりしても、違和感は無い。気味が悪いくらいに、全く無かった。
 それにモノを触っている感触はあるのだが、壁を殴ってみても痛みは全く感じない。義腕なのだから痛覚が無いのは納得できるが、感触はどういう仕組みで伝わるのだろうか。
 理解不能だが、そもそもアビリティ発動原理もさっぱり分かっていないのだから今更深くは考えないけどな。
 あと関節可動域がとんでもなく広く設定されている様で、所々にギミック盛り沢山であるようだ。手首や指はまるでドリルのように回転させる事がでたし、肘は勿論肩までもがオーガの骨格構成上不可能な角度ででも動かせたりした。
 それと銀腕でもアビリティがちゃんと発動するのを確認した。鋭く尖った指先からは、糸も問題なく出す事ができた。
 うん、凄く良いモノを手に入れました。義指でもどうにかできていたが、やはりしっかりとした基盤があるってのは何事も扱い易い。
 
 その後、拠点に帰って宴会しました。大戦果だったし、冒険者一行の所持品の中に酒瓶――コレ重要な――が幾つか入っていたので、こんな時やらずにいつやるんだと。
 あと、リターナとベルベットの魂を送りだすって意味合いもあったり。ベルベットは大昔に死んでいるのだから別にどうでもいいのかもしれないが、気分の問題だから気にするな。
 赤髪ショートに鍛冶師さん達には、懇切丁寧に詳細を説明して納得してもらう。
 頑張って説得しようとしても、欲深な人間には無意味だったってね。 

 しかし、うん、酒が美味ェ!!


 “三十八日目”
 午前訓練を終え、今日は鍛冶師さんの所で昨日手に入れた品々の鑑定・分類・整頓作業を行った。
 流石に伝説の魔術師と言われているだけあって、ベルベットの遺産は殆ど全てがとんでもない代物ばかりだ。
 俺ではまだ多くの事は読み取れなかったのだが、鍛冶師さんは流石旅商人の一員であり、かつ様々な武具を取り扱う【鍛冶師】だっただけあってか【物品鑑定ディテクト・アナライズ】のレベルが高く、俺ではまだ見れないレベルの情報をスラスラと読み取って教えてくれたのだ。
 それでもまだ全ては読み取れない部分が多々あるようだが、いや、本当に助かった。
 今日一日は品を分別するので費やしました。


 “三十九日目” 
 午前訓練を終え、大量に手に入った武具をこのまま持っていても何だなと思ったし、しかし充実し過ぎると堕落するだろうと判断したので、現在十ゴブしかいないホブ・ゴブリンだけに先日手に入れたマジックアイテム――防具や武器、あとは効果持ちの指輪など多岐にわたる――を、一ゴブにつきニ品ほど支給する。
 そしてそいつ等が使っていた装備の幾つかは下に流れ、全体の最低ライン装備は甲殻製の盾と革鎧にショートソードって感じになりました。
 日々訓練しているので普通の群れでは考えられない程に個々のレベルが高く、それに加えてこのレベルの装備にこの数だと、以前のように毒矢による奇襲をせずとも真正面から襲えば、中堅所の冒険者相手でも高確率で殺せるだろうとは、ゴブ爺談。
 まあ、実力が拮抗か僅かに下のゴブリンの群れに襲われればそうだろうなと思うが。
 この群れでは、現在が間違いなく最強の軍団だそうだ。

 午後は総数十のホブ・ゴブリン全員と俺と、あとどうしても一緒に行きたいと言う事で赤髪ショートを連れて、以前言っていた灰色熊ハンドベアー狩りに出かけた。
 ちなみに俺の現在の主武器メインウェポンはベルベットの宝物庫で手に入れた【餓え渇く早贄の千棘カズィクル・ベイ】とかって名称の朱色の長槍だ。
 防具はレッドベアーの革とオニグモの甲殻とその他の素材を使って造ったロングコートタイプの厚手革鎧ハードレザーアーマーと、余裕を持たせた赤いレザーパンツ。生身の右手には普段は黒銀の腕輪だけど、装着者の意思によって膂力上昇などのアビリティを発揮する頑丈な手甲に早変わりする【孤高なる王の猛威ベーオウルフ】とかって代物を装備している。
 槍と腕輪と銀腕は、三つとも【伝説レジェンダリィ】級の【神迷遺産アーティファクト】だ。

 うん、今更かもしれないが、まずは【神迷遺産アーティファクト】について簡単に説明する。
 【神迷遺産アーティファクト】は世界中に幾つか存在する[神代ダンジョン]と言うとっても危険かつ特殊な場所で得られたアイテムを鑑定すると、必ず浮かび上がる言葉であるらしい。
 そして鑑定によって閲覧できるアイテムデータに【神迷遺産アーティファクト】って表示が加わると、同じ効果を発揮するマジックアイテムの性能にも差が生じるそうだ。使い捨てのライフポーションでも、その効果の差が二倍から三倍以上はあるらしい。

 【神迷遺産アーティファクト】のライフポーション→ライフポイント60回復。
 一般的な製法で造られた普通のライフポーション→ライフポイント25回復。

 みたいな感じだろう。道具類に関しては良質な物を見分ける基準になるって程度の認識でいいと鍛冶師さんには言われた。

 次に【伝説レジェンダリィ】級とかの話だ。
 これはアイテムの等級ランクを表すモノである。
 下から【粗悪インフェリオリティー】級、【通常ノーマル】級、【希少レア】級、【固有ユニーク】級、【遺物エンシェント】級、【伝説レジェンダリィ】級、【幻想ファンタズム】級と、七段階に分類されているそうだ。
 例えを出すなら、コボルドを殺して得た刃毀れしたロングソードやゴブ吉くんが使っていた甲殻補強した巨大棍棒(俺製)などは最低ランクの【粗悪インフェリオリティー】級であり、コボルド・メイジが持っていた魔杖は【通常ノーマル】級だ。
 ベルベットの宝物庫で殺して得た冒険者の武器は大体【固有ユニーク】級の品で、その中に数品だけだが【遺物エンシェント】級が混じっていた程度だった。
 つまり、高レベルの冒険者パーティーでも【遺物エンシェント】級、【伝説レジェンダリィ】級、【幻想ファンタズム】級の品を得るのは相当に難しいらしい。
 【固有ユニーク】級の品が小国の国宝級の品である事もあるそうだ、と言えばイメージし易いだろうか?

 というか、そもそも【遺物エンシェント】級以上のマジックアイテムの殆ど全ては【神迷遺産アーティファクト】なのだそうだ。だから、欲しけりゃ神代ダンジョンに潜れと言う事だな。
 余談だが、神代ダンジョンを取り囲むように城壁ができて、迷宮都市なるモノもあるのだとか。面白そうなので行ってみるのもいいかもしれん。

 俺の銀腕や朱槍や腕輪はどれも【伝説レジェンダリィ】級なのは、生前のベルベットがそれほど凄かったかって事の証明だな。
 【伝説レジェンダリィ】級のマジックアイテムは一つ得るだけでも国が動くそうだから、ベルベットさんマジ凄いと尊敬せざるを得ない。
 一番上の【幻想ファンタズム】級だとどうなるのかなどは、想像を絶するので止めておこう。情報が不足し過ぎて良く分からんしな。

 本題に戻るが、ハインドベアー狩りは順調に終わりました。
 ハインドベアーは確かに強かったけど、マジックアイテムで武装し、連携プレーも問題なく行えるようになった今の俺達相手では、ハインドベアーは強敵だったけどそこ止まりの相手でしかなかった。
 銀腕と朱槍と腕輪の能力が反則過ぎて、アビリティを使うまでも無く、真正面から殴り合っても殺せるって事も多少は理由としてあるのだろうが、今回俺はあくまでも補助に徹した。
 だから高品質のマジックアイテムで武装した現在のゴブ吉くんやゴブ美ちゃんとかが、ホブ・ゴブリンのレベルじゃない強さを発揮したってのが主な理由である。
 今回のハンティングでそれぞれ大きくレベルが上昇した様で何よりだ。
 うん、熊鍋うまー。

 ちなみに、酒をもっと飲みたくて仕方が無いってのが、最近の悩みであります。
 酒が、欲しい……。


 “四十日目”
 雨だった。
 丁度いいので再び階級を決める総当たり戦を行った。元ホブ・ゴブリンリーダーの穴を埋めるのに最適だしな。
 人数が増え過ぎない間は、細かくこういう事を行う事で全体のやる気アップとかって考えも。
 命令系の改善は、今の段階なら幾らでもできるのでヤっといて損は少ないだろうしな。

 ただゴブリンとホブ・ゴブリンでは勝敗は分かり切っているし、オーガである俺と他では話にもならないので、ゴブリンはゴブリンの中で階級を決め、ホブ・ゴブリンはホブ・ゴブリンの中で階級を決めるのは変わりない。
 今回ので階級が落ちた者もいれば上がった者もいたりと、皆一喜一憂してました。
 うん、全体のレベルも上がってきたし、そろそろ赤髪ショートとかを連れて街に乗り出すのもいいかもしれんな。それは後で聞こうと思う。
 外に出たら傭兵団を結成するのも面白いかもしれないな。今俺達が活動している近辺では、もう俺に殺せないモンスターは居ないので、レベルもなかなか上がらないのだ。
 山の主を殺してしまえば、そうなってしまうのは仕方が無く。
 うむ、外には遅かれ早かれ出なければならんようだ。
 色々思いながら、ぐっすり寝ました。




+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。