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第一章 生誕の森 黒き獣編
二十一日目~三十日目
 “二十一日目”
 午前訓練を開始してまだ一週間も経過していないが、そこそこ使えるようになってきたゴブリン達の姿がちらほらと。
 やはり生活環境が厳しい自然界だからなのか、もしくは早熟するという種族的特徴なのか、以前の俺が実際に経験した訓練や会社のサーバーで閲覧できた軍人育成プログラムの良い所取りした内容を課したゴブリン達は、その強さを日が経つごとに上げている。
 最近ではゴブリン(下僕)の中にもナイトバイパーを献上するようになった個体もいるし、最低レベルでもホーンラビットを単独で殺せるようになっていた。
 数日前の飯さえ自分で獲れなかった者など既に居らず、その結果に教官的な立場に居る俺は誇らしささえ感じていたり。
 ただゴブ爺達年上ゴブリンはその結果に心底驚愕していて、俺に慈しみと同時に畏怖の念を込めた視線を向けるようになっていた。器用なモノだと思うが、ちょっと鬱陶しい。まあ、実害が無いので無視しているのだが。

 太陽が頂点に差しかかろうとした頃、俺は訓練が始まったその日から、訓練しているゴブリン達全員と組み手をしてから訓練を終わる事にしている。
 その方が個々の能力を正確に把握できるし、変な癖や弱点を把握してそれを教えてやる事もできる。それに優秀な個体を見出すのにも役に立ち、何より俺の訓練になるからだ。
 こんな厳しい世界で生きるのならば、身体は鍛えておいて損はない。だから、三十八連戦はいい訓練になるんだな、コレが。
   
 んで、やっぱりゴブ吉くんとゴブ美ちゃんは同世代ゴブリンの間では突出している事を再認識させられる。

 ゴブ吉くんも最近では訓練の成果か、有り余るパワーを損なう事無く発揮する術を身につけてきたようだし、生物を直接――パーティーだと貢献した度合によって変化する様だが――殺す事で効率良く得られる“経験値”によって上昇するレベル補正により、この世界の不思議パワーで強化された身体は頑強の一言に尽きる。
 今の俺でもアビリティ無しだとなかなかに手古摺る相手なので、同世代のゴブリンだと、俺とゴブ美ちゃんを除いた全員が順番に挑んでも勝てないだろう。
 ゴブ吉くんの損害も相応のモノになるだろうが。

 ゴブ美ちゃんは俺よりは遅いモノの、他とは比べ物にならない程のスピードがある。
 ホブ・ゴブリンなのだからゴブリンよりも膂力は上だし、爪も薄く鋭く伸び、それを上手に扱う術は俺が教えてしまったので、武器無しの素手の組み手でも小さな刃物を持っている様な状態なのだ。速度があるので、アビリティ無しだとそこそこ難敵だ。
 まあ、まだまだ可愛いモノだけど。脅威度で言えば、素手だとゴブ吉くんよりも下である。

 組み手が終われば午前訓練も終わり、俺達はハンティングに出かけるべく解散する事となる。
 普段ならば定番メンバーで出かけるのだが、今日のハンティングにはもう一ゴブの同行者がいた。
 名前はゴブ江ちゃんと言い、性別は雌。今だゴブリンながら、同年代では俺たちに次ぐ実力者であり、土下座した時に先頭に立っていた子である。

 いや、先日のお宝発掘で掘り出せた孔の開いた背嚢バックパックを二つと雑嚢フィールドバックを三つ入手したまでは良いのだが、ゴブ吉くんは一番重装備で背中に巨大棍棒をサブ武器として背負っているし、ゴブ美ちゃんはショートボウと矢筒とクロスボウを二つも背負っている。
 ぶっちゃけ、二つある背嚢バックパックの一つは俺が背負っても一つ余るし、雑嚢フィールドバックは俺とゴブ美ちゃんが装備しても一つ余るのだ。
 だから、荷物持ち役が欲しいなぁーって事で白羽の矢が立ったのがゴブ江ちゃんである。
 ゴブ江ちゃんなら、今の俺達のハンティングにもギリギリでついてこれそうだしさ。あと、強い仲間は増やしておいて損はない。
 あ、バックパックとかは当然孔を塞いでますよ。

 武装はゴブ吉くんがお祝いだとして渡した甲殻製の盾(お下がり)と、ゴブ美ちゃんがお祝いとして渡した今までずっと使っていたホーンラビットの革と棒で造ったスタッフ・スリング。それに俺が甲殻補強されたレザーの上下に黒曜石のナイフと一本のボウィー・ナイフを渡しただけだが、今まで使っていたホーンラビットの角と比べれば天地の差がある。
 それに荷物持ちなので、そこまで重装備にする必要は全くない。というか狩りを続けていけば獲物という荷物を持たすのだから、装備を重いモノにするのは馬鹿がする事だ。最低限身を護れる装備さえあれば十分である。
 
 そんな訳で今回のハンティング、普段以上に楽に進んだ。
 今までは全員が分担して背負っていた重量をゴブ江ちゃんが肩代わりしてくれたお陰か、疲労も少なくて済んでいる。重い荷物を背負うゴブ江ちゃんも疲労はあるが、戦闘をこなす俺達と大差ない程度だ。
 それにゴブ江ちゃんもハンティングにスタッフ・スリングで地味に貢献し、“経験値”を得て地味にレベル上げをしていた。
 もしかしたら、ゴブ江ちゃんも俺たち同様ホブ・ゴブリンに成れる日が近いかもしれない。
 新しい獲物はいなかったが、満腹になりました。
 やっぱり肉は美味いね。

 洞窟に戻って読書してから寝た。


“二十二日目”
 ちょっと増長していたゴブリンを叩き潰した。
 当然殺してはいないが、最近上がってきた自分の実力に溺れかけていたので、こうして矯正していないとそう日を待たずに死ぬ事になるだろう。だから、俺は心を鬼にして叩き潰したのである。
 油断はそのまま死に繋がる現在の環境では、これくらいが丁度いいだろう。
 まあ、そのゴブリンはちょっと俺に反抗感情が芽生えたかも知れないが、もし何かしてきたらぶちのめすので問題無し。

 今日も四ゴブでハンティング。
 そろそろ新しいアビリティをラーニングできそうなコボルドを探し、そして見つけた。
 数は六と今までで最大の集まりだが、今の俺達ならば問題なく潰せると思われる程度の相手である。数はアチラに分があれど、コチラには個人の能力と装備の面で大きく差があるのだから。
 行くか――そう結論を出し、ゴブ美ちゃんがクロスボウでショートボウを装備した一体を狙い、トリガーを引こうとして、それは岩陰から現れた。
 額に縦に生えた三本の角から恐らくはトリプルホーンホースの頭骨だろうそれを被り、手には歪に捻じれた木製の杖。着ているのは黒くボロボロのローブで、何やらぶつぶつと呟きながら狙っていた群れに近づいていく、小柄なコボルド。

 見た目からして、恐らくはコボルド・メイジだと思われる。

 ゴブ爺から聞いていたから知っていたのだが、ゴブリンやオーク、それにコボルドなどの下位クラスモンスターは亜種などを除いて、普通は世界の理に干渉して一定の効果を発揮する魔術を行使する事はできない。
 が、例外もあって、普通のコボルドやゴブリンでも魔術を扱う事ができる個体が存在する。
 それがコボルド・メイジやゴブリン・メイジなどと呼ばれる個体だ。亜種ほど稀有ではないが、それでもそこそこ珍しく、個体の能力は非常に高いモノが殆どだとか。
 俺はまだ魔術を扱う感覚が掴めていないので魔術を思い通りに行使する事はできず、今回発見したコボルド・メイジとそれの取り巻きだろう六体のコボルドを相手にするにはなかなかに難しいかもしれない。
 などと考えはしたが、これはチャンスである。
 コボルド・メイジが魔術を行使してくれるのならば、俺はその様子を観察し、もしかしたら魔術が使える様になるかもしれない。それができなくても、まず間違いなくアビリティを入手できるだろう。
 そんな考えで、俺達はコボルド一行を尾行した。なかなかに面倒なミッションだったが成功し、俺達は魔術の行使を初めて見た。コボルド・メイジの魔術の犠牲になったのはグリーンスライムだ。
 【物理攻撃無効】っぽいアビリティも、轟々と燃え盛る炎の前では体液を蒸発され、緑色の核だけを残して消滅してしまったのである。なかなかに、派手な光景だった。
 しかしその光景を見て、俺は魔術が何たるのかを大まかに理解した。洞窟に帰って多少練習すれば、恐らくは問題なく行使できるようになるだろう。
 そんな訳で用済みになった一行を強襲。一気に全滅させる。
 コボルド・メイジはゴブ美ちゃんの毒矢を後頭部に受けて即死、他は俺とゴブ吉くん、あとゴブ江ちゃんの毒石攻撃とゴブ美ちゃんの速射で沈黙した。いくら強いと言っても、それを発揮させる前に潰せば問題はないのである。
 普通のコボルド達の装備を剥ぎ取ってゴブ江ちゃんのバックパックに納め、コボルド・メイジの持っていた杖を確保。それに三つの小袋に分けて入れられていた八個の“水精石”――握り締めると水が溢れ出る不思議な石――に、六個の“雷精石”――かなり強い衝撃を与えると放電する不思議な石――と、以前喰った事がある十個の“火精石”をありがたく頂戴する。
 コボルド・メイジと六体の心臓は俺が貰い、他は一ゴブ二体で喰いました。
 ついでに、そこに転がっていたグリーンスライムの核もパクリと。

 【能力名アビリティ【物理攻撃軽減】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ体内魔力制御オド・コントロール】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【魔術師の心得】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【威嚇咆哮】のラーニング完了】

 どうやらグリーンスライムは【物理攻撃無効】ではなく、それの劣化版アビリティ【物理攻撃軽減】持ちだった模様。いや、それでも十分驚異的だけどね。
 でもこれで、次グリーンスライムに遭遇した時の対処法はバッチリ理解できた。【発火能力】で燃やしてしまえばいいのだから、簡単だ。
 んで、コボルド・メイジの杖と、三種の“精霊石”を俺は全部喰ってみてました。
 取りあえず、新しいアビリティを取り込むのが癖なモノで。

 【能力名アビリティ水流操作能力ハイドロハンド】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ水氷耐性トレランス・アクア】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ発電能力エレクトロマスター】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ雷光耐性トレランス・ライトニング】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ炎熱耐性トレランス・フレイム】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ外界魔力精密操作マナ・オペレーション】のラーニング完了】

 うん、中々良いアビリティだ。これで練習すれば魔術もようやく使えるだろう。
 その後、ヨロイタヌキやナイトバイパーなどを帰り道に狩りながら帰った。大半は経験値稼ぎとしてゴブ江ちゃんが殺して美味しく頂いた。 

 【能力名アビリティ【耐え忍ぶ】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ魔眼耐性トレランス・イーヴィルアイ】のラーニング完了】

 どうもナイトバイパーとヨロイタヌキからラーニングできるのはこれで打ち止めであるようだ。まあ、結構喰ったのでこんなモノだろう。
 その後、夜になって一人魔術の練習である。
 最初は苦戦したモノの、一時間ほどやっているとコツを掴み、少々発動までの時間が必要だが問題なく行使する事ができるようになった。
 ちなみに闇に紛れてグリーンスライムが襲ってきたが、魔術の良い練習台だったとだけ言っておこう。しかし、投げ槍を造るって魔術なのだが一撃でグリーンスライムを殺すとか凄まじい威力だと慄いてみたり。
 コロリと転がった核は拾ってパクリと。

 【能力名アビリティ【自己体液性質操作】のラーニング完了】

 そしたらこんなアビリティを得られた。
 うん、汗を酸性の液体にできるとか、中々有用そうで満足です。
 しかし装備品は酸で溶けないのは不思議である。


 “二十三日目”
 今日は雨だった。なので外には出かけず、洞窟内で祭りを開催した。
 いや、何時頃位からかは分からないが、同年代のゴブリン達は俺を筆頭とした新しい群れとして機能し始めたので、群内の順列を決めるって事で祭りという名の総当たり戦である。
 
 結果、大体予想通りの結果になった。
 頂点には俺、その次にゴブ吉くんで、ゴブ美ちゃん、ゴブ江ちゃんにその他という流れになる。
 総当たり戦後、順列を理解できるように勉強会をした。上には責任があるし、下は上の命令には従う様に厳命。あと幾つかのルールも今の内に決めていく。
 これで命令等も効率良く行き届くだろう。ちなみに軍の階級を用いてみた。
 頂点の俺は取りあえず大佐で、ゴブ吉くんは中佐、ゴブ美ちゃんは少佐、ゴブ江ちゃんが大尉で、その後は実力差に合わせて軍曹とか大きく間を開けておく。
 まあ、まだまだ数が少ないのでテキトーなものだが。


 “二十四日目”
 本日も訓練後、四ゴブでハンティングに出かけた。
 そして最初に見つけたのは黒い甲殻に黄色いラインが特徴的な体長七十センチ程の大蜘蛛“オニグモ(仮称)”である。
 巣を造っていたので、【発火能力パイロキネシス】を使って丸焼きにしてやりました。
 思いのほか糸が燃えたので木々に燃え広がらない様にするのにはちょっと苦労しました。
 流石に火事とかになったら死ねる。

 【能力名アビリティ【蜘蛛の糸生成】のラーニング完了】

 そしたら指先から蜘蛛の糸――いや、ゴブリンの糸か?――が噴出できるようになった。
 指先からブリュリュリュリュリュと勢い良く糸が噴出するってのは結構シュールな光景だが、非常に使えるアビリティなので問題無し。ただ、このままでは細かい作業ができなかった。蜘蛛の様に器用に糸を操る事ができないのだ。
 今できるのは単純に糸を噴出させ、狙った標的を捕まえる程度だ。少し複雑な動きをさせようとしたら、自分に絡まって身動きがとれなくなった。
 うん、裁縫とは訳が違う。
 と言う事で糸を自在に操れるようになる為、オニグモを探す事となった。しばらくして発見し、今度は雷なども試しに使って殺して喰いました。三体ほど。

 【能力名アビリティ【操糸術】のラーニング完了】

 これで細かい作業もできるようになった。
 糸は丈夫そうなので、これで服などを造ろうと思う。あと、オニグモの甲殻は頑丈そうなので防具に転用しようと思う。

 その後も散策を続けていると、久々にオークを発見した。
 発見した場所は以前オークを見かけた場所から近くであった。ここ等は洞窟からそれなりの距離があったのでなかなか来なかったのだが、もっと早くにくればよかったか、と思う。
 発見したオークは六体で、以前のようにピッケル装備ではなく、ハルバードや杖、ハンティングナイフやロングソードを持ち、ブレストプレートやフルプレートアーマーなどという結構重装備だった。それに恐らく、ハルバード装備で一番体格のいいオークが群れの統率者――オークリーダーだと思われる。
 流石に襲えない敵だと判断し、でも情報収集は重要だって事でその後をついて行くと、山を一時間ほど登った所でオーク達の採掘場がある事を発見した。
 いや、ピッケル装備なオークが数十体いるのが見えたし、カツンカツンと採掘する音がココまで響いてくるのでそう判断したのだが。
 一先ずはココで満足し、山を降る。いや、この人数で突っ込めば死ぬから。発見されない内に、そそくさと逃げるが勝ちだ。
 
 と思っていたら、丁度登ってくる三体のオークを発見。採掘場からそれなりに離れていて悲鳴を上げても増援がくるにもそれなりの時間が必要になるだろうし、周囲には他のオークが居なかったので襲う事に。
 茂みブッシュに身を潜め、射程距離に入るのを待つ。そしてゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんのクロスボウによる狙撃でニ体がまず死に、残る一体は俺の雷で麻痺させてから近寄って喉元を掻っ切って殺した。
 死体は俺が一体にゴブ吉くんも一体、最後の一体はゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんが、と分担してせっせと運び、安全圏にまで到達できたと判断した所でゆっくりと喰いました。
 無論三本のピッケルは回収です。

 【能力名アビリティ【悪臭】のラーニング完了】

 うん、ハッキリ言って必要ないアビリティだ。なんだ、【悪臭】って。いや、確かにオークは臭いけども。
 まあ、使わなければどうという事は無いし、オーク肉は美味かったので我慢するとしよう。それに、万が一にでも使い道があったら儲けモノだと思うことにする。


 “二十五日目”
 訓練最後に行う組み手でも若干手古摺るようになってきた個体もチラホラとあり、今の所ハンティングに出かけて死者が出ると言う事はない――怪我は絶えないが――ので、俺の育成は間違っていないと感じられて安心する。

 その後ハンティングに出かけ、ナイトバイパーやらヨロイタヌキにオニグモなどなどを狩っていると、新たな獲物を発見した。
 まるで金属製の繊維で造った様な黒い体毛を持つ狼の群れだ。とりあえず何の捻りも無く“ブラックウルフ(仮称)”と呼ぶ事にし、しばらく様子を観察する。
 どうも、総数十六頭と結構な数のブラックウルフ達は現在食事中であるようだ。幸いにも俺達は風下に居たので気付かれてはいないのでこんなに余裕があるが、もし何かが違っていれば、今ブラックウルフ達に美味しく貪られているコボルドだった肉塊のようになっていたかもしれない。
 俺達の四倍ってな数もそうだが、何よりも群れの統率者のブラックウルフリーダーの存在が厄介極りないのだ。体格も他のよりも遥かに大きいし、個体としての能力も段違いなのは間違いない。
 正面からやりあったら、コチラも大きな被害を受けてしまうだろう。数は向こうが多いので、どうしてもアドバンテージはアチラにある。
 が、それでも奇襲はそのアドバンテージを覆す。
 コボルドだった肉塊を喰うのに夢中になっているブラックウルフリーダーの胴体を、ゴブ美ちゃんが放ったクロスボウの一矢が突き刺した。それと同時に、ゴブ江ちゃんの一矢がすぐ傍にいた一体の頸部を撃ち貫く。
 ブラックウルフリーダーの強靭な生命力ならば胴体に普通の矢が突き刺さっていても即死しないのだろうが、鏃には俺の毒液を塗っているので、数秒だけヨタヨタとよろめいた後、バタリと倒れてブクブクと泡を吹いて痙攣しだした。
 それでもまだブラックウルフリーダーはまだギリギリの所で死んでいないようだが、そう時間は必要とせずに死ぬだろう。ちなみに即効性の毒に耐性が無かった事に加えて頸部を穿たれた普通のブラックウルフは早々に死んでいる。
 これで、迅速な連係プレーを封じる事ができた。群内の順列が入れ替わってトップがどれかになるにしても、それ相応の時間が必要だ。突然の事態に慌てふためく姿が見える。
 その混乱を逃さず、近づいていた俺とゴブ吉くんが突っ込む。
 ウルフ系のモンスターは転生して初めて戦うが、特殊な能力が無い限り対処方法は大体同じだから問題はなかった。鋭い牙を剥き出しにして最大の攻撃である“噛みつき”をしてくるブラックウルフの口腔、そこに毒液の滴るエストックの剣尖を突き入れる。双方の突進力が合わさった一撃は容易く肉を裂き、骨を穿つと共に脳を破壊した。
 混乱して逃走しようとする個体が視界の隅に映ったので、迸る雷撃や高圧の水刃を発生させてその個体の四肢を斬り飛ばす。
 ゴブ吉くんの振るうバトルアックスは強靭な体毛を持つブラックウルフを切り裂く事はできなかったが、その重撃は強引に背骨や肋骨などを圧し折り、走る勢いをつけて押し出された盾と正面衝突したブラックウルフの頸椎は強引に砕かれた。
 その合間合間にゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんによるクロスボウの狙撃があって、確実に数が減っていく。
 しばらくして、最大の武器である連係を失い、噛みつき攻撃も効かなかったブラックウルフの群れは全滅した。一匹も逃がす事はなかった。
 その後、ゴブ吉くんを除いた三ゴブでブラックウルフの解体作業である。ちなみにゴブ吉くんを除いたのは不器用過ぎるからだ。装備に転用する為に、そしてまだ狩った事がなかったので出来るだけ綺麗な状態の毛皮が欲しいって事で、不器用なゴブ吉くんには任せられないのである。
 だから周囲の警戒を任せている。【気配察知】があるのでしなくてもいいのだが、何事も経験しておいて損はない。生存競争が激しい自然界なのだから尚更だ。
 ゴブ美ちゃんとゴブ江ちゃんは、これからも数をこなせば問題なく【解体】技能を取得できると思われる。二人とも手先が器用であるし。
 その後、毛皮を回収して肉は一ゴブ四頭計算で美味しく頂きました。

 【能力名アビリティ【群友統括】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【集団狩猟の心得】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【鋼硬毛皮】のラーニング完了】

 やはりブラックウルフリーダーは統率者として優秀だったようだ。
 【群友統括】と【集団狩猟の心得】はどちらも配下運用に対してボーナスが発生するらしい。
 それに加えて【群友統括】は俺が指示する事に最も見合った能力を持つ者を素早く選出する事ができ、全体の能力を若干強化する補正がある。
 【集団狩猟の心得】は指揮の回数を重ねれば重ねる程味方全体を効率良く的確に動かせるようになる。
 【鋼硬毛皮】は自分自身の毛や皮膚に加えて毛皮系や革系の装備品の防御力を上昇させるってな能力だ。純粋に防御力が上がるアビリティは持っていて損は絶対にない。
 いやいや、今後の事を考えるととてもありがたい。
 その後グリーンスライムやらオニグモなどなどを狩って帰って喰って寝た。


 “二十六日目”
 朝起きたらゴブ江ちゃんがホブ・ゴブリンになっていた。
 祝い品を贈呈する。品は牙などで使った民族品的アクセサリーだ。

 何時も通り訓練を終え、普段ならばハンティングに赴くためにココで解散する。
 が、今回は解散せずに皆武装の点検をしていた。一番下で一番多い二等兵なゴブリン達の武装はホーンラビットの角と甲殻製の盾に服だ。点検する箇所は数えるしか無く、三十分とせずに皆揃って洞窟を出る。
 今回は全体のレベルの底上げ、そして俺のアビリティ熟練度上昇の一環として、オークの採掘場に奇襲をかけようと思うのだ。特にオークに恨みはないが、強く生きるためには必要な行為である。
 だから、襲う。襲って、喰うのだ。今後も生き抜くために。
 
 そして結果を述べると、コチラの陣営は重軽症者多数ではあるが死者は一ゴブも出なかった。オークは採掘場に居た全てが死んだ。それにはオークリーダーなども含まれる。
 コレの結果は訓練の内容が攻撃よりも防御に重点を置いた方針だった事と、組み手で俺が果断に苛烈に攻め立てた結果だろう。だから自然、防御技術が高くなっていたようだ。
 まあ、オークリーダーなどの主戦力は俺の糸で一網打尽にして、その隙にチクチクと削り殺したってのも大きいのだが。
 え? 卑怯? いや、自然界ではそんなの大した問題では無いのだ。死んだらそこでお終いなのだから、どんなに卑怯な手を使ったって生きてりゃ勝者なのである。
 勝てば官軍負ければ賊軍、って事だな。
 俺は死なないように、賊軍にならないように常に気を張っているけども。
 
 一つの戦争は終わり、その後軽傷者には持ってきていた薬草【癒し草】を磨り潰し、絞った液体に浸した布を傷口に当てる、という簡単だが意外と効果のある治療を施し。
 命に係わる怪我を負った重傷者には、【職業・森司祭ドルイド】によって扱えるようになった祝福系の回復技能ヒーリングスキルを使ってその怪我を癒していく。
 いや、魔術の練習をしていて使えるかなー、と思って色々と試していたら、扱えるようになっていたりする。
 片腕が斬り落とされていても、無理やり繋げて回復技能ヒーリングスキルを使えば時間は多少必要だが癒着できる――しばらくは違和感があるようだが、それでも隻腕などになるよりかはマシだ。動かす事も、リハビリすれば問題なさそうだし――とか、凄い治癒能力だと思わざるを得ない。

 実に、ありがたいことだ。
 かつて【森司祭ドルイド】だった女性には、本当に感謝の念を抱く。もしこれがなかったら、多少数が減っていただろうから。
 以前ならばゴブリンがどれ程死んでも何とも思わなかっただろうが、日々鍛えていくこいつ等は俺の部下か弟子のような存在になってしまっている。
 だから、助けられるのなら助けてやりたいと思うようになっていた。
 あの日亡くなった彼女達を思い浮かべ、南無阿弥陀仏と祈りを捧げる。

 治療している間に怪我していなかったゴブ吉くん達にオークと装備品の収集を命令していたので、治療が終わったらすぐに次の行動に移せた。

 どうやらオークリーダーが持っていたハルバードは魔術による素材補強がされているらしく、結構な業物である。丁度いいので俺の新しい得物にした。剣もいいが、俺としては長物の方が使い慣れているので。
 その他にも多種多様な武装が獲得できたし、これで全体の武装のランクを引き上げられそうだ。最低ラインの武器がホーンラビットの角から、ショートソードに変化した事は非常に大きいだろう。
 それに何より、火精石や雷精石は勿論だが、風精石や土精石などまだ喰っていなかった精霊石を多く得られたのは大きい。しかも採掘場の奥にはまだまだ発掘できるそうだ。
 そうこう色々しながらオーク達の身ぐるみを剥いだ後は、皆で美味しく頂きました。全体に行き届く数は十分にあったので、階級が上の個体がより多く喰えるように分配している。
 オークリーダーにオーク・メイジなど主戦力部隊だったオークは勿論俺の腹の中に。

 【能力名アビリティ【同族を呼ぶ声】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【消化吸収強化】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【斧槍使いの心得】のラーニング完了】

 正直ビミョーだが、まあ、あればそこそこ役に立ちそうなアビリティだろう。
 アビリティはあって困る事はない。一部例外を除いて、だが……。
 オークの焼肉を貪りながら、火精石や雷精石に水精石、新しく手に入った風精石と土精石は摘まみとして俺だけが美味しく頂きました。

 【能力名アビリティ大気操作能力エアロマスター】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ風塵耐性トレランス・ストーム】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ地形操作能力アースコントロール】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ岩土耐性トレランス・アース】のラーニング完了】

 それにしても、いやいや、焼き豚祭りで本当に満足だった。
 オーク肉は独特な味と食感というか、まるで特上豚とでも言えばいいのだろうか? それが大量にあるのだ。喰っても喰っても、まだまだ喰い足りない程には。

 それにしても、ああ、ご飯と酒が欲しい。特に酒の方が、本当に欲しくて堪らん。
 思い返せば、というか思い返すまでも無く、俺は転生してから一滴も飲んでいないのだ。酒を買った帰り道にアオイに刺されたのだが、あの時の酒はどうなってしまったのだろうか。
 ああ、段々と尚更恋しくなってくる。

 その後夜になる前に洞窟に帰って寝た。


 “二十七日目”
 普段通り洞窟の外の空き地で午前訓練をしていると、見知らぬゴブリンの集団がやってきた。
 大して手入れがされていないのか、若干刃毀れしているが使い込まれた感のあるショートソードやバトルアックスなどを腰に下げ、着ているのは薄汚れたチェインシャツと、その上に黒い汚れ――恐らくは血だろう――が染みついている革鎧レザーアーマーなどを装備している個体が全体の四分の三ほど見受けられ、ホブ・ゴブリンの数は三体も居た。
 これは二日連続の生存戦争勃発か? とちょっとワクワクしていたのだが、どうやら俺達の親にあたる出稼ぎ組の帰還であるらしい。
 いや、とりあえず先制攻撃を仕掛けようとした俺を、訓練を見学していたゴブ爺が止めたから分かった事である。
 そうかそうか、敵ではないのか。なら一応は挨拶でもしとくか、って事で声をかけようとして、俺はそれに気がついた。
 最初は後方にいた大きなバックパック――十中八九今回の出稼ぎの成果である強奪品が入っていると思われる――を担いでいる、明らかに下っ端そうなゴブリンの影に隠れて見えなかったのだが、同じく下っ端そうなゴブリン数体に担がれ、暴れない様に四肢を拘束されて猿ぐつわを噛まされている五人の女性達の姿があったのだ。
 服装からして四人は一般人、もう一人は安そうな革鎧レザーアーマーを装備していたので冒険者的な何かの子なのだろう。
 冒険者的な女の子だけは殴られたような痕跡が頬に薄らとあるモノの、まだ服装は大して乱れていないので強姦はされていないようだが、それも時間の問題である。
 股間を隠すボロい腰布を気持ち悪く膨らせたゴブ爺と、ゴブ爺に話しかけているホブ・ゴブリンリーダー(推定)の姿を見ればもうね。誰だって予測できると言うモノだ、嫌でも。
 俺は他者を殺して喰う事に躊躇いは絶無ではあるが、やはり無理やりってのは好きじゃない。子孫を残そうとする生物の本能は無論理解できるが、気分的に良いか悪いかで言えばまた別の話になる。
 俺も仕事で危険な場所に赴いた時、異性の同僚と精神が高ぶって偶にした事はあったが、あれは同意があっての事。
 コレから起こるだろう無理やりってのは、どうしても気分が悪い。可愛い子は愛でるモノだろう。
 一応、弱いゴブリンが人間達に抵抗するには数が必要で、今回の遠征で減った数を補充する必要があるのは理解できる。
 だが、知るかそんなもん。転生したばっかりの俺が、この短時間で今まで培ってきた考え方を変えられるものか。
 って事で助ける事に決めた。

 そんなのは偽善だろうだって? やらない善より、やる偽善なので俺的には問題無しだ。
 
 ゴブ爺と話しているホブ・ゴブリンリーダーに近づき、女性を解放する事を要求。俺がそう言った瞬間何故だか知らんがゴブ爺が絶望的な表情を見せたが、無視する。
 ホブ・ゴブリンリーダーには何言ってんだお前って顔されたが、俺は要求を繰り返し行う。
 何事も話し合いは大事である。どんなに嫌いな相手でも、最初はまず話し合いをするべきだ。敵対するかどうかはさて置き。
 根気よく説得を試みたが、ホブ・ゴブリンリーダーは聞く耳持たずである。そればかりか、執拗に語り続ける俺に対して苛立ちを覚えたのだろう、俄かに殺気立ち始めた。
 それでも説得を続けるが、アチラの陣営のゴブリンまでもやがて苛立ち始めるとこれ以上は無駄だと悟る。
 ホブ・ゴブリンリーダーなどショートソードを抜き、嘲笑面で剣尖を俺の喉元に向けてくるほどだ。斬りかかってこないのは、俺の背後にゴブ吉くん達がアチラと同じように、かつ同等レベルの武器を構えて控えているからだろう。

 俺は俺で、ああ、コレは説得は面倒だな。じゃ、殺そうか。
 って事で俺は腰のエストックを抜くと同時にホブ・ゴブリンリーダーのショートソードを弾く。

 その瞬間、場の空気がハッキリと変わった。
 両方の陣営のゴブリン達は武器を本格的に構え、俺かホブ・ゴブリンリーダーがこれ以上何かアクションを採れば即座に動くだろう。無論、目の前の敵を殺す為に。
 今動きが無いのは、トップの意思決定を待つってのもあるが、単純に今動けばどちらにも大きな損害が出る、と本能で理解しているからに他ならない。
 アチラの数は二十八、コチラの数は三十九。アチラ側よりもコチラ側の数が多いのでその点では優位かもしれないが、実戦経験や連携ではアチラに分がある。
 正直どちらが勝つか情報が少な過ぎて判断できないし、そんな状態で正面からぶつかればどちらにも甚大な被害を受ける事は必至、だから下手には動けないのだ。
 
 ちなみにゴブ爺達年上連中も近くに居るには居るが、若いモンが群れの方針を決めろ的な感じなのか、手を出す事無く傍観しているので中立です。

 しばらくは睨みあい、駆け引きが面倒になった俺が争いの引き金と引くべく一歩踏み出して前傾姿勢に。
 エストックを握る腕には力が籠り、剣尖がホブ・ゴブリンリーダーの心臓を真っ直ぐ狙う。
 脚はエネルギーを溜めるように曲げ、敵を貫くための疾走を――

 ――しようとした時、声が響いた。
 思わず動きが止まり、声がした方を振り向く。

 声の主はアチラ側の三ゴブいるホブ・ゴブリンの内の一体だ。
 見た目からして雌で、杖を持っている事から俺を除いて唯一魔術が扱えるホブ・ゴブリン・メイジだろう。それ曰く、『私闘に私達を巻き込むな』『群れの方針を決めるリーダーは強いモノがなれ』だそうだ。
 メイジは他の個体よりも知能が高くなるから、こんな状況でも冷静な判断が下せた模様。
 一応コイツよりも魔術を使えるアンタの方が強いんじゃないのか? って聞いてみたら、リーダーは趣味じゃないと返されました。クールだ。

 そんな訳で、【小鬼の集落ゴブリンコミュニティー】の頂点を決める喧嘩が開催される事が決定した。
 ルールは実に簡単。武器使用不可、一応殺しはありだが、基本的に気絶したりギブアップした時点で終了って野蛮なルールだ。
 喧嘩の審判はゴブ爺である。
 いや、中立であるべき審判はご意見番であるゴブ爺が適任なんだよね。

 それにしても喧嘩の準備中アチラ側のゴブリン達が賭けを始めたのにはちょっと驚いた。ギャンブルという考え方を持っているのかと。しかも銅貨と銀貨のやり取りしてたので、そう言った知識もあるらしい。
 まあ、確かに余興にはもってこいだよな、コレは。
 ちなみにコチラ側のゴブリンは行儀よく座っている姿もどうかと思う。キチンと並んでコレから起こる喧嘩を観戦するゴブリン達。うん、シュールだ。
 それにしても、景品になってしまった五名の女性達には悪い事をしているとは自覚がある。無駄に怖がらせてしまっているのだから。まあ、それもこれも彼女達の為だ。我慢して貰うよりない。

 そして簡単な準備が終わった後、リーダーを決める喧嘩は始まった。

 片や今まで仲間を引っ張ってきた実績のある、傷だらけな歴戦の兵士。
 片や同年代を鍛え上げ、現段階でホブ・ゴブリン亜種にまでなっている俺。

 どうやら賭けはアチラに入れる奴が多いようだが、空気を読む気は一切無いので速攻で行きました。

 さて、結果だけを述べよう。
 当然、俺が勝った。
 蛇に睨まれたカエルのように格下の身動きを阻害する【蛇の魔眼イーヴィル・アイ
 本来では出せない程の音量を出す事で相手を萎縮させる【威嚇咆哮】
 その重複した効果を発揮するアビリティを開始と同時に発動する事で敵の出鼻を挫き、その隙を逃さずに距離を詰めると同時に俺の糸でその身体をグルグルに巻いて、木から吊るしてサンドバック状態に。
 ゴブ爺が糸について何か言ってきたが、これは間違いなく俺の身体の一部だったモノだ。極端に言えば唾液みたいなものだ。唾を吐き出したからと言って、それを武器として扱えるものか。
 だから問題ない。武器じゃないのだから、使ってもルールには接触していない。と言う事にしよう。うん、グレーゾーンである。

 サンドバック状態にした後は、ただただ殴る蹴るの暴力の出番だった。
 一応殺さないように手加減しようとしたのだが、コイツの種族がホブ・ゴブリンでゴブリンよりもタフだった事に加えて、『俺がリーダーなんだ、よくもこんな姑息なマネを。恥を知れ恥を』的な事を状況判断もできない状態で生意気に喚いてきたので、ちょっと本気になってしまった。

 まあ、仕方ない。不可抗力だったのだ。と言う事にした。

 まず最初に、ギブアップなんて白ける事を言わせない様に糸の猿ぐつわを噛ます。
 その後ただただ無言で殴り始めて三分くらいはまだ元気があったが、十分もすれば小さく呻くだけの血袋に。いや、殺してないけど。ちなみに十分間休む事無く殴る蹴るしてましたが、体力にはまだまだ余裕があったりする。
 これは日頃の訓練の成果だろう。
 そして気絶したので手を止める。感触からして骨はギリギリ折れていないし、内臓も破裂してはいないだろう。放置しても死ぬ事はないだろう。
 それでも一応は、って事で数種類の草と薬草【癒し草】と数種の虫と清水を混ぜ合わせて試しに製作した、ほんの僅かだが効果のある自家製体力回復薬ライフポーションモドキを無理やり飲ませ、糸を切って適当に寝転がす。
 回復力は本当に小さいが、一応切り傷程度を治す事は可能だと実証済みなので、明日になれば体内の損傷も多少マシな状態になっているだろう。最も、今日一日は絶対に目が覚めないだろうが。

 作業を終え、ある種の達成感に浸っていると周囲がドン引きしている事に気がついた。コチラの陣営のゴブリン達は他と比べればまだマシだが、それでもその目には恐怖の色が薄らと。
 何故だ。あと、近づこうとしたら軽く逃げようとするのは地味に傷付くんだが……。
 え? 何々ゴブ美ちゃん。俺の糸が理解でき無さ過ぎるのと、さっきの悲惨な光景に加えて俺の表情が怖すぎたからだろうだって? いや、こんなのは普通じゃないか。
 ……ああ、それは俺だけに当てはめられる事ですかそうですか。
 でも、やっぱりこの位大した事じゃないよな、ゴブ吉くん。……あ、そうじゃないと。いやでもゴブ江ちゃんなら……はいはいそうですかそうですか味方は居ませんか。
 一通り嘆いた後、他に挑戦者は居ないかと問いかける。ココで立場をハッキリさせる事で、追々発生するかもしれない面倒事は少なくできるだろう。
 結局挑戦者は誰も居なかったので、本日俺は正式にこの【小鬼の集落ゴブリンコミュニティー】のトップに君臨したのであった。

 その後、この女性達には手出し厳禁と宣言し、詳しいルールは後日告げると言って解散させた。
 猿ぐつわと手足を拘束していた縄を解いた五名の女性達には、嘗て捕われ孕まされて絶望の中死んでいった哀れな女性達が放り込まれていた洞窟の最深部に入ってもらう。移動してもらったのは、彼女達に逃げられては困るからだ。
 いや、逃げても別にいいんだけど、こんな森に非武装な女性が放たれてもどれかに殺されて喰われるだけである。
 折角助けたのにそんな結末では納得できるはずがないだろう。だから、話し合いをするためにも洞窟がベストなのである。それに幸い、【異種族言語ヒューマン・ランゲージ】があるので会話する最低条件はクリアされているってのも大きい。

 やがて移動が終わり、俺が予め造っていた松明に火を灯して光源を確保。【暗視】をデフォでもってるゴブリンは兎も角、人間にこの暗闇は見難い事この上ないのだ。
 そうやって準備を整えてから、話し合いである。俺は君等に危害を加えないと約束するし、衣食住も保障する。それにもし襲われたら俺がその個体を処断するし、時間はかかるけど街にも帰そうと語り続ける。
 大体五、六時間は経過しただろうか。俺の献身的な説得のお陰か、それとも別の理由からか、ポツポツと彼女達は話し始めてくれた。
 話してくれたのは、いち早く立ち直った冒険者の女性――赤い髪をショートにした、活発そうな綺麗よりも小動物的な可愛いさを持つ子――だった。

 赤髪ショートの話を纏めると、四人の女性は行商人ペドラーの一団である≪星神亭≫の従業員メンバーだったそうだ。
 そして赤髪ショートは≪星神亭≫が総合統括機関ギルドに金を払って募集した護衛の依頼クエストを引き受けた冒険者組合クラン≪弱者の剣≫の構成メンバーの一人なのだそうな。
 冒険者組合クラン≪弱者の剣≫は駆けだし冒険者――やっぱりそんな職業があるらしい。これで確定した――を相互支援する事で個々の能力を育みより強くなる事を主な活動方針として掲げる、典型的な支援クランであるらしく、【職業・戦士】持ちな赤髪ショートは駆けだしなので、まずはそこで力を蓄えよう、と思って所属したそうだ。
 
 そしてそんな彼女達が何故こうなったのか、その流れは簡単に述べるとこうなる。

 彼女達一行は防衛都市≪トリエント≫に向けて街道を進んでいた。
 →そこに待ち伏せしていたゴブリン(親)達の毒矢による奇襲発生。
 →最初の攻撃により指揮を採っていた中堅冒険者なリーダーとその取り巻きメンバーが悉く殺される。
 →経験って事で護衛の冒険者の数は揃っていたが、どれもこれも初心者冒険者ばかりだ。そんな連中では武装した上に群れとしての熟練度も高かったゴブリン(親)達にはとてもではないが敵わない。
 →死にたくない一心で我武者羅に反撃してゴブリン数体は初心者冒険者でも殺せたが、ホブ・ゴブリンが三体もいて組織的に動く敵に最終的には屈する。
 →というかホブ・ゴブリンメイジの存在が致命的。
 →魔術を操るメイジ系に対抗するにはその個体よりも高い戦闘能力を持つか、【職業・魔術師】を所持している。もしくは高額で使用できる魔術と使用回数が決まっているが、子供でも魔術行使が可能になる巻物スクロール短杖ワンドなどのマジックアイテムが必須になる。だが、そんな高級品を駆けだし冒険者が買える訳が無い。
 →結果、抵抗むなしく鎮圧され、武器や商品は略奪、男は殺され、生き残りの女である彼女達は攫われて現在に至る。
 
 俺が言うべきではないのだろうが、何とも世知辛い話である。彼女達以外全滅っぽいのが尚更だ。
 まあ、運が無かったと言うしかないだろう。

 そこまで話してくれると、我慢できなかったのか泣き始めた。
 流石に仲間を殺したゴブリン種とこれ以上一緒に居るのは気持ちの整理もできていないのだから辛いだけだろうと思い、予備の松明と毛布を置いてある場所を告げてから引き上げる。
 今は、ただただ感情のままに泣かせてやるべきだろう。

 
 さて、今の内に【職業ジョブ】について語っておくべきだろうか。
 亜人種やら獣人種やらその他のモンスターやらとにかく人間では無い生物には【存在進化ランクアップ】という法則がこの世界には存在する。そして俺の言い回しからも分かるかと思うが、【存在進化ランクアップ】という法則が人間には無いのだ。
 ただその代わりとして在るのが、多種多様な【職業】である。
 人間は基本的な能力がモンスターに大きく劣る。
 だから多くの【職業】を獲得――どれにもそれなりの条件があるようだ。そして強力なモノほど条件は厳しいらしい――する事でより多くの“恩恵/補正”をその身に宿して自己を強化し、強大な敵に立ち向かうのだそうだ。
 それに【職業】レベルは誰でも時間をかければあるラインまでは簡単に上昇するし、ある程度の適正がある者なら上位職に【位階上昇ランクアップ】する事が可能である。

 【勇者】や【英雄】と呼ばれる存在が出来上がるのも、この【職業】の補正が大きいのだろう。
 そして実際に【職業・英雄】とかあるらしいと言うのだから笑えん。

 もっと噛み砕いて言えば、モンスターの【存在進化ランクアップ】は個体の素質に大きく左右されるが一度でその地力を飛躍的に上昇させる事ができ、人間の【位階上昇ランクアップ】は成長はモンスターと比べ遅いが時間をかければ誰だってそれなりの力を持つ事ができるのである。
 数段飛ばしで行くか、一段一段確実に行くか、と言った感じだろう。
 もしくは質と量のような違いかもしれん。

 ちなみにコレはゴブ爺からの情報なので正しいと思われる。


 “二十八日目”
 泣いて疲れて寝て多少はスッキリしたのか、もしくは立ち直りが早いだけなのか、早朝様子を見に行くと赤髪ショートには元気よく挨拶された。 
 他の四人にはまだ怖がられている風であるが、それは仕方ない。それは時間が必要だって事で納得しつつ、略奪品の中にあった調理道具一式と食材を使って俺が作ったシチューモドキを出す。
 いやいや、久しぶりに文明的な食事が出来て嬉しいです。自画自賛になるが、シチューマジで美味しいぞ。

 食事ってやつは、生きるためには絶対に必要だ。
 そして食事は美味ければ美味い程精神を癒してくれる、一種の治療薬のようなモノでもある。飯を喰い、落ち付いて話し合いができるようになった事を見極め、彼女達について更に詳しく聞いていく。
 もし何かできるのであれば、出来る事をやらした方が気が紛れるだろうから、という考えがあったからだ。
 ちなみに赤髪ショート以外の四人はデフォで【職業・行商人ペドラー】持ちなので説明は省略しておく。

 ほんわかとした雰囲気を持つ一人は【鑑定士】と【鍛冶師スミス】持ちであるらしいので、ショートソ-ドやロングソードなどの刃を研いでもらったりする事に。設備が整えば、もっと何かできるそうなので用意すると約束した。
 似た顔から姉妹だと分かる二人は両方とも【料理人コック】と【仕立屋テイラー】持ちであるらしいので、今後は料理や衣服製作を担当して貰う事に。流石に仇であるゴブリンの服を作れとは言えないので、自分達の服を作る様に言っておく。
 全体の為の料理だけはしてもらうが、これは我慢してもらいたい。
 知的なクール系美人の一人は【錬金術師アルケミスト】らしいので、ポーション作成などをお願いした。ただ、毒物を作って飯に盛る時には君達の護衛のためにメンバーを選出しなくてはならないから、ヤル時は予め言って欲しいと囁いたら、怖がられました。
 何故だ。
 赤髪ショートは農作業とはかできるけど、現状ではハッキリ言って役立たずなので、今後は訓練に参加して強くなるって方針で決まった。女性は自分の身は自分で守れるのにこした事はないのだ、特に今回の様な場合もあるんで。

 食事を終えると訓練、ってのが今までの流れだったが、今日はしない。全ての荷物を纏めて引越しの準備である。
 何故引っ越すのかと言うと、帰ってきたゴブリンを含めるとこの洞窟ではかなり手狭なのだ。今までは産まれたゴブリンがこれほどまで残る事が無かったので問題はなかったそうが、流石に今回はそうはいかない。
 だから、オークの元採掘場に引っ越すのである。あそこなら広さも申し分ないし、何より採掘場として機能していたので崩れない様に補強されていて頑丈だ。あと、さり気無く精霊石も狙っていたり。

 ゴブ吉くんをリーダーとした十ゴブを先発部隊として送り出し、荷物を全て持って洞窟を出たのはそれから一時間後の事だった。即座に動けたのは、作業員数やバックパックの数が揃っていたのが大きかった。
 彼女達はゴブ美ちゃんやゴブ江ちゃんなど信頼できるメンバーだけで護衛し、歩く事一時間以上。ようやく目的地に辿り着いた。
 どうやら再びオークがやってきていたそうだが、ゴブ吉くん達が既に殺した後だった。心臓は俺が貰い、他は褒美として先発メンバーに分配する。
 そして採掘場内の内装を整えていく。とは言え、飾るモノ何て殆ど無いので武器や食料を置く場所を簡単に決め、寝る場所を整備するなどだ。
 無論トイレも忘れない。
 一通りの事は終え、残りの細々とした事柄はゴブ爺達に任せ、俺は彼女達の暮らす一画の整備を開始。
 幸い【地形操作能力アースコントロール】があるので作業は簡単だった。
 鍛冶師さんの鍛冶場、姉妹さん達の調理場、錬金術師さんの作業場、そして彼女等の寝る場所を、と手早く済ませていく。寝所は俺の糸で造ったベッド――木の枠に糸を張り巡らせただけのかなり簡単な構造――であるが、そこそこ寝心地はいい。
 飲み水や光源は壁を掘ると出てくる精霊石があるので、全然問題は無い。鍛冶師さんも、ちょっと工夫すれば簡単な鍛冶は出来ると言っていた。
 今日は引越しの片づけやら雑務で一日費やした。
 飯は姉妹さん達が作ってくれた。
 流石【料理人コック】持ち。大層美味であった。


 “二十九日目”
 ようやく年上ゴブリン達の訓練を開始する。
 まずは見本と言う事で整列や実戦訓練を簡単に見学させた。年上ゴブリン連中はその光景に驚いていたが、実際にやってもらうので驚いたままでは困る。
 そんな訳で本番だ。まずは整列を素早く行うや耐久ランニングなどの基礎から開始する。どこぞの鬼軍曹のように罵声を浴びせ、遅れた者には罰として腕立て伏せをプレゼント。殴りかかってきた馬鹿もいたが、そんな奴にはパンチをプレゼントすると共に腕を圧し折る。絶叫をしばらく捻りださせた後で治療し、再び訓練に戻す。
 そんな感じで数時間程訓練し、最後に俺との組み手を行った。
 そして、うん、何処かで見た光景になった。最終的に、誰も動けなくなったのだ。

 ちなみにゴブ吉くん達はその光景を遠巻きに見ながら、『ああ、やっぱり』『ああ、分かる分かる』『あれ、キツイんだべさ~』とか言っていたり。
  
 まあ、流石に体力はあの時のゴブ吉くん達以上なので回復に費やす時間は少なかったので、大体体力が回復した頃合いを見計らって訓練を再開したが。
 今日はハンティングには出かけず、年上ゴブリンの訓練と俺が定めた階級やら俺ルール等に関する勉強に時間を費やした。


 “三十日目”
 今日は豪雨である。流石に外を出歩くのは憚られた。
 そんな訳で、丁度いいので再び群れの順列を決める祭りを開催した。群れの大雑把な階級はさっさと決めていた方が何かと都合がいいのだ。
 ただホブ・ゴブリンとゴブリンとでは基本的な能力面で大きな差があったので、その二つを分けて素手で勝負し、順列を決めていく。

 結果、まあ、順当に決まったと言えばそうだろう。
 トップは相変わらず俺で、次席はゴブ吉くん、その次が元ホブ・ゴブリンリーダーで、その後にゴブ美ちゃんってな感じに。後の三ゴブは大体同じくらいの格闘技量だった。
 魔術使用可だったらホブ・ゴブリン・メイジのホブ星さんが俺の次にきたかもしれないが、今回は魔術使用不可だったのでこうなった。

 祭りが終了し、その後は実戦訓練を続行するゴブ吉くんのグループ、ピッケル担いで採掘訓練に赴くゴブ江ちゃんのグループ、ゴブ美ちゃんを教師役にして俺が決めたルールやら階級や大陸文字についてやらの勉強をするグループ、と大体三グループに分かれてた。
 ちなみに俺はホブ星さんと色々話しをした。どんな魔術が使えるのか、興味があったのだ。
 聞いた所によるとホブ星さんが扱える魔術は【炎熱】【水氷】【深淵】の三系統らしい。とはいえ、中途半端な所から始まる書物しか読んでいない俺に系統とか言われてもどんなモノなのか正確には理解できないので、ふーんと理解したフリをしておく。
 その後は色々と情報交換してからそれぞれの用事の為に動く。ホブ星さんはゴブ美ちゃんの所で勉強しに、俺は彼女達が居る場所に赴く。

 様子を見に行くと、鍛冶師さんの鍛冶場は火精石や水精石によって火と水が確保され、採掘訓練の際に大量に出てくる精霊石と鉄鉱石で道具を製造中だった。鍛冶道具は略奪品の中に数セットあったので問題なくできているようだ。
 何か不満が無いか聞き、鍛冶場をちょいと使い易いように組み直す。若干俺に対して怖がらなくなって来たようで、満足である。

 その次は姉妹さんの所に向かう。
 コチラも調理道具は略奪品の中にあったので問題は少ない様だ。ただ作る量が量だけに今から大量に食材を刻んで、と二人でやるには大変そうだったので手伝いをする。
 まだちょっと怖がられるが、積極的に話しかけ続けたのがよかったのか、多少は話してくれるようになったのでよしとしておこう。偶に笑みも零すので、なおよし。美人の笑顔はいいもんだ。
 ついでに俺が知っているレシピも教えてみる。

 その次は日々ポーションを製作している錬金術師さんの所に。
 コチラも前と同じく道具が揃っていたので問題ない。幾つか出来上がった薬品を【物品鑑定】してみたが、今の所毒薬は作っていないようだ。
 興味があったので造る過程を見学する事に。冷たそうでかつどこか棘のありそうなクール系美人な錬金術師さんは製作中まったく喋らないのだが、それでも目の保養になったので問題なし。
 作り終えてから軽く会話し、俺は自分の作業場に赴いた。

 そこである程度加工しておいたブラックウルフの革を使った防具生成に勤しむ。
 俺の糸で革を縫い、慣れとアビリティ効果で製作は比較的早く進んだ。とは言え、完成したのは夜遅くだったが。
 寝る前にハルバードで素振りを行い、感覚を慣らしておく。
 今日は激しく動いていて疲れたのか、ぐっすりと眠りました。




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