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 不定期更新です。
 誤字脱字報告してくれるとありがたいです。
 感想、評価どしどしください。
 あと主人公の成長は非常に早いです。
第一章 生誕の森 黒き獣編
一日目~十日目
 “一日目”
 どうやら俺は妹的存在兼ストーカーに刺されて、殺されて、そして転生したらしい。
 いや、転生とか冗談で言っている訳ではなくてだな。うん、取り合えず順を追って説明しよう。というか混乱しすぎて落ちついている風になっている俺の精神衛生上、流れを客観視しながら語らないと暴れてしまいそうなので、文句は俺の話を聞き終わった後で、という方向でどうぞよろしく。

 えーと、そうだな、まずは名前から。俺の以前の名前は伴杭彼方トモクイカナタ。とは言え転生しているのだから、今現在は一応“名無し”としておこう。

 で、俺の記憶違いや妄想――そうだったらどれ程良かったか――でなければ、俺は仕事が終わった後で同僚に飲みに誘われて居酒屋を幾つか巡り。
 アルコールに弱いくせに明日が休みと言う事で無理やり付き合わされて夜遅くまで飲んだ結果、案の定グデングデンに酔っぱらって一人で家に帰れなくなった同僚をその時飲んでいた居酒屋からほど近かった俺の家まで運び。
 半ば寝ていたのを起こすのも何だか忍びなかったので俺のベッドにポーイと物のように放り投げてから、昔からアルコール大好きで体質的にも強かった俺はまだまだ飲み足りなかったので月一の満月を見上げながらの独り酒でもするか、と思いながら冷蔵庫を開けた。
 そしてそこで、冷蔵庫の一フロア全てを支配していたビールやチュウハイなど多種多様な酒類が全て無い事に気がついた。
 丁度昨日蓄えを飲み干し、今日同僚に誘われなければ買い込むつもりだったのである。それをすっかり失念していた。

 ――そう、そうだ、昨日買い置きを飲みきってしまったのが人生の中で最も大きな失敗だった。もし一本でも残しておけば、こうはならなかっただろうに。っと、いやいや、まずは話を進めよう。
 
 酒がどうしても飲みたかった俺は近くの二四時間営業しているコンビニに出向き、ビールを五本ほど買ってから帰路につく。もう直ぐ夏が来るとは言え夜はまだまだ肌寒く、しかしそれだけに澄んだ夜空に浮かぶ満月は美しかった。
 薄らと月を隠す雲もまたなかなかいい塩梅で、ああ、今夜の月見酒はより一層美味いだろうなぁ。
 と言った感じに酒に思いを馳せていると、俺は街灯の下でポツリと佇む一人の美少女に気が付いた。見知った顔である。と言うか彼女は、世間一般で言う所のストーカーである。
 ストーカーの名前は桐嶺葵キリミネアオイと言い、一応、現役の女子大生。歳は俺の五つ下の二十ピッタリだったか。
 アオイストーカーとの馴初めを簡単に語れば、俺が高三の時に十五・六位の二人組の不良に絡まれていた美少女――当時十二・三歳だったアオイを見つけ、助けた事から縁ができたのである。

 いや、助けたと言うのは間違いではないが、正確ではないか。

 今とは比べ物にならないほど臆病者チキンだった俺は、年下とはいえ明らかに不良な二人組を相手に知りもしない少女を護るために闘う事などするはずが無かった。普段なら情けないが、周囲の人間のように見て見ぬふりをしていた事だろう。
 喧嘩なんてした事も無かったし、ESP能力も覚醒していなかった俺はそそくさと逃げる筈だった。
 何時もならば。
 しかしながら、幸か不幸かで言えば恐らくは不幸な事に、宇宙にその名を轟かす大企業アヴァロン社、の傘下にあたる軍事関係の中小企業で働いていた軍人で兵器オタの伯父から、誕生日プレゼントとして受け取った護身用の軍用スタン警棒をその時の俺は持っていた。
 何故そんな物騒なモノを持っていたのかと言うと、どれ程の威力があるのか気になっていたのだが自分で試す勇気は無く、使用される事無く部屋に飾ったままだったそれを、しかし伯父と同じ兵器オタな友人が軍用スタン警棒を見たいぜよ、つか持ってきて。とメールしてきたので見せに行く途中だったからだ。
 そして、予想通りだろうが俺はその軍用スタン警棒を不良達に使用した。
 コチラに気が付いていなかったし、不良から美少女を護ると言う大義名分があったので、まあいっか、とかなり軽い気持ちだったのは覚えている。
 後ろからバチバチとやりました、激しく痙攣しながら泡吹いた不良達には心底ビビりました、勿論パニックになって助けた少女アオイの手を引いて逃げました。
 あの頃は本当に若かった。
 ま、そんな感じで。好奇心と出来心で俺は不良を実験台にしたついでにアオイを助けたのである。
 その後月日が過ぎて紆余曲折在った後に、アオイはストーカーになってしまった。
 いや、俺が今の職場に就職するまではそこまで酷くなかったのだが、就職してからは出張先である他の惑星にまで追っかけてくるのは如何なものかと……。追跡せずに普通に話しかけてくればいいのに、つか私生活を監視するなと言いたい。

 まあ、いい。ここら辺はまだ理解できなくていい。詳しくは追々語るかもしれないので今は置いといて。

 酒を買った帰り路で俺はアオイと出会った。遭遇したと言ってもいいのかもしれない。
 街灯に照らし出されながら、俯き、普段の子犬を彷彿とさせる元気一杯な姿からは考えられない程に黒いオーラを発散していたアオイを前に、俺は首を傾げる。
 見つけた時点で変だとは気が付いていた。いたが、ストーカー行為を繰り返すとはいえアオイは妹のような存在――だから強く突き放せていないのだけれど――なので、俺は心配になり、どうしてそうなっているのか分からないモノの声をかけた。
 返事は無かった。アオイは俯いたままだ。
 それに表現できぬ多大な不安を抱えつつも俺はその理由を知るべくアオイに近づき、そしてブスリと、腹をシースナイフで突き刺された。
 グリッと手首を捻る事で回転した刃が内臓を抉る激痛を感じたが、頑丈な身体をしていた俺はその程度で死ぬ事はまずなかったし、その時はまだ再生治療を施せば傷一つなく治る程度の怪我だっただろう。
 使用されたのが平平凡凡なただの金属の塊でしか無いシースナイフだったのならば、俺だって抵抗して死ぬ事は無かった筈だ。
 しかしアオイが使用したのはSAKUMA重工製Bランク雷性付加式小刀【寧々猟理ネネカルリ】と呼ばれる、皮肉な事に伯父が務めている会社が売っているシロモノだった。
 分かり易く説明すれば、高性能スタンガンと幾つかの能力を持つ単分子カッターだ。チェーンソーのように刃の部分に極小の刃が幾千と取り付けられ、超高速で動く事で切れ味を増大させる近接装備の一種。刺した相手に高圧電流を流し、動きを一時的に麻痺させる、軍人も使用している様な一品。
 なんでそんなモノをアオイが持っていたかは、考える時間さえなかった俺には分からない。しかしアオイは現にそれを持っていて、俺は身動きできない間に押し倒されて、シースナイフの刃は俺の胴体を何度も何度も突き刺し抉っていた。
 執拗に何度も何度も突かれ、混乱して訳が分からなくなっていた俺の口からは尋常じゃない量の血が吐き出される。ナイフが刺さる度に鮮血が飛び散り、肉や骨が切り裂かれる感触を感じる。
 何時の間にか馬乗りになっていたアオイの全身を俺の血が赤く染めていく様は、何処か幻想的だったっけと思うがそれは置いとくとして。
 それにしても危険事が付き纏う職業柄、俺は強化手術を受ける事で人間を越えた人間――強化人間ブーステッドマンになっていたのだが、一般人なはずのアオイに呆気なく殺されたのはどういう事だ? いや、シースナイフの性能が凄いのは知っているが、一般人が不意打ちの一撃を入れたとはいえ強化人間な俺の体勢を崩す事が可能なのか? 高圧電流で動けなかったから、本当にそうなのか?

 何故――ああ、いかんいかん。
 俺の血に濡れるアオイの姿が印象的過ぎて、あの時の詳細が思いだせない。

 ……まあ、いい。
 とにかく俺は殺された。斬殺された。
 再生治療でさえ治せない様な致命傷を受けた。最後に見た光景が眼球に迫る剣尖だったので、唯一再生不可能な器官である“脳”をグチャグチャにされ、完全に死亡した事だろう。
 ドプリと頭蓋と脳を切り裂かれたような感覚を最後に、俺の意識は、闇に溶けたのだから。




 しかしながら話はそれで終わっていない。終わっていたら転生とか言い出さない。
 一度は闇に溶けた筈の俺の意識は、気が付けば何ら変わる事無く確固たる個の存在として在ったのだ。
 意識を失う前に死んだと確信が持てる光景を記憶しているのだが、死んではいなかったのか? らしくない事だが、酔って夢でも見たのか? と言う考えが一瞬脳裏を過り。否、それは違うと反射的に答えを出していた。
 確かに俺は殺された。胸を切り裂いた刃の冷たさを、全身を駆け巡る高圧電流の痛みを覚えている。あれは絶対に錯覚では無い。
 なのに生きている。何故だ、理由を知りたい。そう考えた俺は、やけに重い瞼を開けて、そしてそれを見た。見てしまった。
 俺を覗きこむ、醜悪極まりない顔を。
 それが、俺が転生したのだろうと思う事となった、思い知らされてしまった決め手である。

 ああ……と。すまん、なんか急に眠くなったので、また、明日……。

 死の闇では無く、疲れによって生じた眠りの揺り籠に俺の意識は落ちていった。
 

 “二日目”
 パチリと目を覚ます。
 瞼を開けた事で晒された二つの眼球で周囲を見回し、少しでも多くの情報を収集する。何故か頭が思う様に動かなかったので、それほど多くの事は分からなかったが、それでも大事な事柄は把握できた。
 うん、どうやら本当に残念極まりない事だけれど、転生とかの話は、やはり酔っぱらった末の夢では無かったようだ。
 今現在俺が居るのは、どこぞの洞窟の中らしい。ゴツゴツとした洞窟の表面からは手が加えられた痕跡は見受けられず、自然にできたモノの可能性が非常に高い。
 あと俺の上に毛布のように乗っているボロ布の感触がまた最悪だ。ゴワゴワしていて、ハッキリ言って汚い。
 それに背中の土の感触が不快なのは気にかかる。小石が肌に食い込んでちょっと痛い。
 とかは、ハッキリ言ってどうでもいい事柄だったりする。

 重要なのはココから。

 俺の周囲には申し訳程度の布を纏っているが殆ど全裸でグースカと寝息を立てる、尖った耳に鷲鼻で緑色の肌をした醜悪な面の小人が多数居た。見える範囲ではその数三十。そして三十の内二十位は人間の赤ん坊のようなサイズだった。

 と言うか、うん、小人は所謂小鬼ゴブリンです、本当に有難うございました。

 ……えーと、実はこれが昨日俺が転生したと思った決め手だったりする。
 
 だって自分の手を動かして掲げて見れば、そこにあるのは周囲のゴブリンと同じ緑色をした肌の、小さな小さな赤ちゃんのような腕。鋭く尖った五指に黒い爪は、明らかに人外の物である。
 自分の腕がそうなっていて、周囲にはゴブリンの群れ。人間なら襲われているだろうに、何も無い。
 これこそ確固たる証明ではないだろうか。それに横で寝ているゴブリンの赤ん坊と似た腕は、顔を見なくても俺が周囲の奴等と似た様な姿をしていると教えてくる。

 どうやら俺は、ただの人間からESP能力者に進化し、さらに手術で強化人間ブーステッドマンにまでレベルアップした末に、人間以下の小鬼ゴブリンにまでランクダウンしてしまったようだ。
 ちょっと本気で泣いた。

 身体は思う様に動かないのは恐らく産まれたてだからだろう。今日はゴブリンの子供らしく、寝て過ごした。
 これは決して現実逃避デハナイ。


 “三日目”
 転生してしまったのは仕方ないと諦めて、せっかく得た二度目の生を力の限り生き抜こうと決意した。
 思考の切り替えの早さは、以前の職場では必須なスキルだったからな。生き汚さもあそこで覚えたし。

 それにしても、どうやらゴブリンという種はそこそこ成長が早いらしい。
 生まれてから三日目なのだが、寝て起きたら身体が急激に大きくなっていた。寝る前が赤ん坊サイズだったのに対し、現在では小学生低学年サイズなのだ。
 いやしかしそれにしても、転生前より遥かに弱い肉体ではあるのだが、今までが嘘のように身体に力が漲り、立ち上がるばかりかそれなりの速度で走れるようになったと言う事は、何とも嬉しい事か。
 思わずはしゃいでしまった。大人げないが、自由に動けないと言うのはストレスが溜まって仕方が無かった。

 まあ、この程度の事は生まれた瞬間から熾烈な生存競争を繰り広げたりする自然界ではさして珍しい事でも無いんだろうけど。
 人間などの文明を築いた知的生命体は外敵に襲われる心配が少なくゆっくりと成長する、という選択肢が採れるが、弱肉強食の自然界で暮らすゴブリンなどの種は成長が早くなければ子孫を残せないのだろう。
 まあどうでもいいことだと切り捨てて。
 自分で動けるようになったので、今日は自分の身体がどんな事ができてどんな事ができないのか知るために費やした。
 この身体にある程度馴染むまで動き続けて、ぐっすりと深い眠りに落ちる。
 寝所の快適化を要求したい。
 

 “四日目” 
 ゴブリンに転生し、動けるようになって初めて狩りに出かけた。
 と言うか、働かざる者食うべからず、みたいなノリで俺のように産まれたばかりのゴブリン達に栄養たっぷりの丸々と太った芋虫みたいなモノ――いや、案外美味いんだこれが――をくれていたゴブリン(世話役)達が、お前等はコレから自分の飯は自分で獲らなくちゃいけない、俺達も通った道だ諦めてくれ、とか言い出して配給制度がなくなったので仕方なくだ。
 生後四日目にしてハンティングに赴くのだから、自然界って厳しいなぁと実感させられる。
 そんなこんなで、流石に一人――それとも一ゴブと数えるべきか、それが問題だ――では難しいと思うので、虚言甘言を駆使して獲得した友達兼捨て駒であるゴブ吉くんとのバディーで森を散策中だったりする。
 この世界のゴブリンって、基本莫迦らしいよ。
 いや、騙す方コッチとしては楽だけどね。

 ああ、そうそう。ゴブリンの繁殖方法って同族同士でも勿論できるんだけど子供が産まれる確率が低いって理由から、基本的には攫ってきた人間の“女性/雌”を犯して孕ますって何処のエロゲ設定? だった事が判明している。

 これは興味本位で寝所になっている洞窟の最奥に行ってみた結果、宝物庫――と言う名のガラクタ置き場。錆びた剣とか落ちてました。持ち出しなんて今はできないけどね――の横にある一室にて、ボロ布を申し訳程度に纏ってほぼ全裸な数人の女性(美醜あったが、ゴブリンよりは全員マシなレベル。美の子は他よりも酷い有り様だったとだけ)が、全身を穢す白濁した液体を拭う事も無く生気の抜けた、まさに死んだ魚の目をしていた事から知った事である。
 全員何処ぞから攫われてきたのだとは簡単に推察でき、流石にどうにかしたいとか思ったけど今の俺の力ではどうする事もできないのは分かり切っているので『南無』と合掌してから祈っておく。
 気休めでしか無いけども。
 多分、誰かが今の俺の母親なんだろうなぁー、と思ったけど鬱になりそうなので意識的に考えないようにしている。だからこの話はココまでにしておこう、お互いの為に。

 初のハンティングは俺の指示通りに動いたゴブ吉くんとの連係プレーによって無事成功。
 やっぱり一人よりも二人だよなと一人納得しつつ、しかし残念な事に獲物を勝手に喰おうとしたゴブ吉くんに対して、上下関係を心身にすり込む為に泣く泣く木の棒で全身を骨が折れない程度に打ち据えてから、そこら辺に転がし、俺は獲物の解体に移行した。
 狩猟の初成果となった栄えある獲物は、茶色い毛皮の野兎、の額に二十センチ程の一角を生やさせた何かだ。
 取りあえず今回の獲物は見た目から“ホーンラビット(仮称)”と呼ぶ事にして、その立派にそそり立つ角を根元からポキリと圧し折る。
 この鋭さと大きさは人間では小さすぎるかもしれないが、ゴブリンとなった事で遥かに小さくなってしまった体躯には丁度良く、扱いは刺突剣エストックのように斬るのではなく突き刺すのがベストか。
 
 【ゴブ朗は“一角獣の角(小)”を手に入れた!!】

 角を得た瞬間、何処かでなんかアナウンスが響いた気がしないでも無いが、きっと気のせいだろう。
 ああ、ちなみに今の俺の名前はゴブ朗である。初めて目を開けた時に見たゴブリン(世話役の一人)が名付けた名前である。ゴブ朗という名は甚だ不本意ではあるが、以前の名を今の身体では使いたくないので黙認している。
 諦めって肝心だよね。
 角という凶器を獲得し、ついでに毛皮も剥ごうとしたんだけどやっぱり角で剥ぐ事はかなり困難だったし、涎をダラダラと垂らして醜悪な面を更に酷くさせつつやけにつぶらな瞳でジッと見つめてくるゴブ吉くんの姿に流石に心が痛むと言うか、頑張ってみたけど最終的には剥ぐのが面倒になったのでホーンラビットはゴブ吉くんと半分に分けて毛皮も一緒にムシャムシャと食べた。
 武器を手に入れられたり、新鮮な肉を食べたりと、実に有意義な1日だった。
 しかしそれにしても久しぶりの肉は美味かった。謎の虫も悪くは無かったけどね、やっぱり肉だよ。
 

 “五日目” 
 今日も生きるためにハンティングに出かける。上下関係をハッキリと理解させているゴブ吉くんは俺の指示通りに動き、前日の経験もあってかすぐに獲物を得られた。
 獲物は昨日と同じホーンラビットだったが、昨日のよりも二周りはデカイ大物だったりする。
 今現在のゴブ吉くんの得物である木の棒だけだと少々危なかったかもしれないが、俺の得物は昨日のホーンラビットから得た角だ。そしてその角が想像以上の効果を発揮したのである。
 ゴブ吉くんが注意を引き付けている内に、グサリ、と脊髄を砕いて心臓を角が突き抉った。荒っぽい使い方をした為に角の先端がちょっと欠けてしまったが、今回の獲物の角でチャラどころかお釣りがくるほどの戦果である。
 思わず『角最強伝説』とか言っていた。
 そして殺したホーンラビットは前日と同じように、ベキリと角を根元から圧し折る。

 【ゴブ朗は“一角獣の角(中)”を手に入れた!!】

 再び何処ぞからアナウンスが流れた気がした。
 が、良く分からないので考える事を放棄し、コッチを見つめてくるゴブ吉くんと戦果を山分け。
 ボリボリムシャムシャと肉や骨をかみ砕き、ゴクリと嚥下して、身体全体に漲る生命の鼓動を感じてから、俺は昨日そうかもしれないと思っていた事柄が事実であったと確信した。
 どうやら俺は転生前のESP能力【吸喰能力アブソープション】を持ったまま転生したらしいのだ。
 つまり能力を継承してニューゲームって所か。スタートの時点で酷くマイナスだったけどね。

 ちなみにESP能力とは数世紀も前に人類が宇宙に進出した頃より、一000人に一人の確率で生まれるようになり始めた進化した人類と言うべき【超能力者】が持つ特殊な能力の事だ。
 ただ進化した人類と言っているが、その進化は一代限りな事が多く、ESP能力者の両親の下にESP能力者が絶対に生まれる、なんて事は無い。確率は他よりも高いのは事実だが、不思議な事に絶対ではない。
 まあ、宇宙人とコンタクトし、普通に共生している時代なので昔と違い現在ではESP能力者は迫害される事も無く、能力はただの個性として認識されている。能力を抑制する装置が市販されている事も大きいだろう。

 で、俺のESP能力【吸喰能力アブソープション】は、【接触感応能力サイコメトリー】とか【念動能力サイコキネシス】や【瞬間移動能力テレポーテーション】などと言ったかなりメジャーで一般的な能力とはかけ離れている。
 簡単に言えば、単純に鉄だろうが黄金だろうが口にしたモノはどんなに硬くてもバリバリと喰えて、喰えば毒性の物も俺にとっては無害なモノに再構築できて、そして喰えば喰ったモノが持っていた何かしらの能力アビリティやパワーを一定の確率で得られるって能力。
 どういった原理で働いているかは俺自身にも不明だ。まあ、そう言った能力と言う事で納得していて欲しい。超能力の原理を問う事なんてナンセンスだろ。

 ちなみに、能力とかを得るためには何でもかんでも喰えばいいと言うモノでは無かったりする。喰う物にもどうやら条件があるらしく、生物の場合は鮮度が重要になってくる。 
 殺されて最大十ニ時間後まで。それが生物を喰った場合に何かしらを得られるタイムリミットである。
 あとは同じモノを喰えば喰うほど何かしらの能力を得やすくなるし、脳や心臓とか、獲物のパワーが集中している部位を喰えばより確率は上がる。特殊な能力だけでなく膂力や治癒能力に生命力などと言った身体的な強化もできる。
 あと俺より強い生物を喰えばほぼ間違いなくそれが持つ能力を獲得できる。そして同じ系統の能力を持つモノを喰えば、既に獲得した能力を強化する事だってできる。
 つまり【吸喰能力】は単体ではそこまで強い能力ではないが、喰えば喰うほど強くなっていくんだなこれが。当然限界はあるけど。
 ま、そんな能力に目覚めた俺は能力を強化する為に、転生前の俺は災害指定生物を殺して喰ったり、ESP能力を犯罪に使用していた悪者をとっ捕まえて肉体の一部を“喰う”事で多くの能力を持っていたんだけども。
 しかし残念な事に、それらは全部リセットされた模様。生き残るのに便利な能力が幾つもあったので、リセットされたのは惜しい。
 だが【吸喰能力アブソープション】があるだけで十分過ぎるほど幸運だったと思うし、食人とかの経験(初めて喰った時に何とも思わなかったので大昔に調べた結果、【吸喰能力】は忌避感とか麻痺させている模様)があったからこそ今もこうして平然と謎の虫とかホーンラビットを何の躊躇なく喰って生きながらえているのだから、リセットされたのは悔しいが取り返す事が可能な事でしかない。
 生きる上で喰う事はとても重要な事なので、常識とか倫理とかこの際無視の方向で。

 で、今回喰ったホーンラビットから得られた能力アビリティは【脱兎エスケープ】。どうやら逃走行為を取ると、逃げ足上昇に逃走確率上昇、環境適応能力上昇などのボーナスが発生する模様。
 ……なんでホーンラビットは逃げずに俺達に真っ向から突っ込んできたんだろうと首を傾げながら、その後二匹のホーンラビットをとっ捕まえて喰らう事に成功する。
 腹が膨れて気分良く寝た。あとゴブ吉くんの俺に対する信頼度が急上昇中のようである。
 弱肉強食の自然界で、ゴブ吉くんが俺を自分よりも上の存在だと認識しているからだろう。


 “六日目”
 どうやら普通の生まれたばかりのゴブリンは、ホーンラビットにすら負ける弱者である模様。
 いや、今日まで木の実を主食にして生き延びていた(と言ってもまだ日はそんなに経ってないけど)ゴブ美ちゃんがそう教えてくれたんだ。
 ゴブ美ちゃん、と名前に美がついてるけど決して綺麗では無いので悪しからず。他のゴブリン(有象無象)と同じ醜悪な面デスよ、ほんのちょっとはマシですがそれほど大差は無し、ってか俺では大雑把な区別しかできないし。
 俺? 俺も似たようなもん。近くの川で身体洗うついでに確認しました。
 まあ、ゴブ美ちゃんによると他のなんて比べ物にならない位美形らしいけど、比べてるモノがモノだし、ゴブリンにモテてもなぁー。それにゴブリンのイケメンって言われても素直に喜べない、てかゴブリンのイケメンってなんだよってレベル。
 ちょっと遠い目をしてみたり。
 あ、ゴブ吉くんは平凡クラスらしいです、良かったね。
 とと、話を戻すが、生まれたばかりのゴブリンは基本的に弱く、だからこそココでは生まれつき他の個体よりも強い奴や運がいい個体、知恵がある個体だけが生き残るようになっているらしい。
 選別してる訳ですね、本当の仲間になれる程度の能力がある者だけが生き残る様に。本当に世知辛い。
 で、ゴブ美ちゃんによると、既に何人――正確には、何ゴブ? だって人じゃないしなぁ――かがホーンラビットの角の犠牲になっているとか。
 正直その話を聞いて、『えーマジかよ』と思った。と言うか口に出てたけど。
 だってさ、ホーンラビット(平均サイズ)って本当に野兎をちょっと大きくした程度のサイズなんだよ。それに体長はともかくとして、二足歩行を生かして頭上から攻撃できるゴブリンが逆に殺されて喰われるとか……ああ、有りうるかと納得した。
 だって他の奴ら、木の棒を使うとかって知能すらなかったし。殴る蹴るの暴行が一般的だったし。
 素手で立ち向かえば、そら確かに殺されるかもなー。ホーンラビットって、角が武器だし。馬鹿が無手で真正面はきついかぁー。あ、あと小さい体躯も原因ではあるかも。下から腹部を角でグサっと。
 あ、でも最近では俺とゴブ吉くんの真似して木の棒を装備した、ちょっとは聡いゴブリンもチラホラと見かけるけどね。
 その日は情報を教えてもらったお礼にゴブ美ちゃんを加えた三人でハンティング。
 ホーンラビットマジウマー。


 “七日目”
 今日は雨だったので、巣穴の洞窟でまったりと作業中。
 カツンカツンと音を響かせながら、昨日河原で見つけた黒曜石の様な謎鉱石に大きめの石を打ちつけて研磨中。解体用のナイフモドキの製作である。
 いや、そろそろ毛皮で服が欲しいかなぁーと。ボロ布から卒業したいが、角じゃ切るのに適してないしね。
 音が五月蠅いのかそれとも興味を引かれるのか、同時期に生まれたゴブリン達が近づいてきたが俺が無視し続けると大半が散っていった。邪魔だからよし。
 年上のゴブリン達からは何故か微笑ましいモノを見る視線を向けられる。訳が分からん。
 まあ、ナイフモドキも昼を少し過ぎた位で三本も製造する事ができたので今日は良しとしておく。と言うか、両手がちょっと痛くなっていたからだが。
 しかしナイフモドキを造るのを止めた途端暇になってしまったので、今度は俺の作業の様子を飽きることなくジッと見ていたゴブ吉くんとゴブ美ちゃんの二人――いや、次からは人ではなくゴブで数えよう――を近くに呼んで、ハンティング時のフォーメーションについての作戦会議を開いた。
 あーだこーだと意見を飛ばし――殆ど俺の独壇場だったけど、ゴブ吉くんよりもゴブ美ちゃんの方が頭がよくて偶に意見を出している。ゴブ吉くんはうんうんと頷くだけ、莫迦だから――ていると、そこに一際皺くちゃなゴブリンが近寄って来た。
 このゴブリンこそゴブ爺である。この【小鬼の集落ゴブリンコミュニティー】内最高齢のゴブリンで、ご意見番みたいな地位についていて、そして何より、俺にゴブ朗と名付けた爺さんだ。
 作戦会議は一旦止め、今度はゴブ爺に色々と話を聞く。いや、ゴブ爺は無駄に長生きなだけはあって物知りなので、こう言った機会は逃したくない。
 まあ、二十年と少しを生きただけで老人と呼ばれるようになるのだから、この身体もそう長生きできないらしいけどね……。ハハハ。

 気を取り直して。
 ゴブ爺にはこの世界の事とか、レベルや存在進化ランクアップの法則――いや、なんかそんなもんがあるらしいよ――とか、何故この洞窟には俺達のように生まれたてのゴブリンと、ゴブ爺のようにとまでいかないがそれなりに高齢なゴブリンしかいないのか、を教えてもらった。
 世界の話やレベルや存在進化ランクアップとかは追々語るだろうから置いといて、まずはこの洞窟に住むゴブリンの話をしよう。
 どうやら若い衆――俺の親に当たるかもしれないゴブリン達――は森の外に出稼ぎに出ているそうな。出稼ぎってつまりは略奪ですね分かります。
 え、ホーンラビット程度に殺される程ゴブリンは弱いんじゃないかって? いやいや、それは産まれたてのゴブリンがであってだな。確かにゴブリンは種族として弱者だけど、だからこそこの森で産まれたゴブリンは動けるようになった次の日から自活するように躾けられて、今の俺のように自給自足していく過程で木の棒を使ったり石を投げたりとかして、生きる術と悪知恵を文字通り命がけで習得させるんじゃないか。
 弱いモノは死に、強いモノだけが生き残るってシンプルかつ厳しい自然の掟ですね分かります。
 ホント容赦なくて泣いた。
 まあ、今回は早々にバディー組んだり木の棒を使用してホーンラビットを初っ端から狩っていた俺達を模倣する輩が多かったので、生き残る個体数は他の時よりも多いとか。
 ナルホドナーと頷きつつ、そんな歳になってもゴブリンと言う種は子孫を残す為なのかアッチの方は衰え知らず(死期が近いからかもしれないけどさ)らしく、なんだかゴブ爺の腰布の形が変化したのを確認。
 オエっと吐きそうになったが、無理やりに話を打ち切って早々に視線を逸らす。見続けられるかあんなもん。
 んで、話を終えたゴブ爺はホクホク顔で欲望を発散するべく、洞窟の奥に向かっていった。
 しばらくして、か細く弱々しい悲鳴が聞こえた。
 捕まえられた女性達に『南無』と再度合掌しつつ祈りを捧げる。繰り返すが今の俺では助け出すのは無理なので、いつか楽にしてやりたいものだ。
 流石に、あの様子では生きている事こそが酷だろう。
 それくらいの情けは俺にだってある。


 “八日目”
 俺とゴブ吉くんとゴブ美ちゃんのトリオでハンティングに出かけた。
 それにしても、数日の狩りで武装(と言っていいのか分からない程粗末なモノだが)はかなり充実してきた。
 俺は幾つかあるホーンラビットの角の中から大きいモノを二つ選び、片手に一つずつ持つ、二刀流ならぬ二角流。んで、もしもの時の為の保険として残りの角はそこらの蔦を使って括りつけ、隙間だらけの簡単な胴鎧として装備。角は案外硬いので突きなど一点突破系の攻撃を防ぐのは難しくても、打撃など大きめの攻撃に対しては効果を発揮してくれる。保険としては、十分だと思われる。
 ゴブ吉くんは胴体程の太さがある木の棍棒と木の胴鎧だ。木の棍棒は流石に太すぎて両手でも持てなかったので、持ち手を角でガリガリと削る事で細くしてあげている。いや、三ゴブの中で一番の力持ちで莫迦だから、鈍器で思いっきり殴るスタイルは彼に最適なのだよね。
 ゴブ美ちゃんはホーンラビットの皮の切れ端と頑丈な蔦で造っていたスタッフ・スリング――投石器スリングに棒を取り付けて射程距離を強化したモノ――を持たせてみた。そこらに転がっている石を弾にして、鳥などに対して遠距離から攻撃できる後衛スタイルだ。胴鎧は時間の関係上無しだが、時間があれば造ってあげよう。
 ちなみにボロい腰布は標準装備です。新しい服が欲しいです。

 しかしうん、やっぱり人数が増えると楽だ。
 近接前衛フォワードのゴブ吉くん、中距離型ミッドレンジの俺、後方支援バックアップのゴブ美ちゃんのフォーメーションは効率良く機能し、今日の戦果はホーンラビットの他にも新しい獲物を得られた。
 体長六〇センチ、直径六センチ程の体躯をし、黒い鱗に斑模様が特徴的な毒蛇“ナイトバイパー(仮称)”が三体。
 七色の色彩を持つ翼という目立って仕方が無い、蝙蝠に似ているが恐らくは別の生物だろう“ナナイロコウモリ(仮称)”を一体。
 狸とアルマジロを足したかのような、背部が硬い甲殻で覆われて硬い守りを見せた“ヨロイタヌキ(仮称)”を二体。
 そして定番になってきたホーンラビットの個体数は今回二。文句なしの結果だ。
 しかしそれにしても、ジュルジュルと涎を垂らしながらつぶらな瞳を向けてくるゴブ吉くんとゴブ美ちゃんはどうにかしろと言いたい。いや、その気持ちは分かるんだ。
 他のゴブリンのように得た獲物はその場その場で喰うのではなく、俺の方針が使える部位は武装に流用したいって事で、解体という、普通のゴブリンの食事よりも一手間も二手間も多くかかる。
 それに解体する時は纏めてやるので、ハンティング中は栄養補給していないし。
 だから腹が減っているのは分かるのだ。
 が俺はそれを黙殺し、作業に移った。ガクリとうな垂れる気配を感じる。はぁ、仕方ない。
 何時ものようにホーンラビットの角を折り、角を手に入れてからその肉体は先にゴブ吉くんとゴブ美ちゃんに投げ渡す。本当は毛皮が欲しかったが、涎たらしながら待つゴブ吉くんとゴブ美ちゃんの姿はあまりにも不憫そうだったので。
 しかしゴブ吉くんとゴブ美ちゃんは何故かそれを受け取りながら、キョトンとし、小首を傾げている。
 ……ああ、喰うなと言っていたのに渡されたから、不思議がっているのかと思い、今度は声に出して言った。
 少し時間が掛かるから先に喰えと。
 しばらく悩んだ後、ゴブ吉くんとゴブ美ちゃんはガツガツムシャムシャと肉を粗食する。血液が二ゴブの口周りを赤く汚していく。
 それから目を逸らし、俺はまずヨロイタヌキの甲殻を剥がしにかかった。ホーンラビットの角を使っても破れなかった甲殻は、鎧として使うのに申し分ないだろう。
 ココで昨日製作した黒曜石(のような鉱石)で造ったナイフ(モドキ)がさっそく役に立つ。
 切れ味は抜群、とまではいかないものの、角よりは断然楽に解体できた。解体して分かった事だが、どうやらヨロイタヌキの甲殻は皮膚が硬質化した結果そうなったものであるらしく、一体分の甲殻を剥がすには全身の毛皮も丸ごとの方が楽に解体できるようである。
 少々苦戦しながら全身の毛皮と甲殻を剥がし終えると、再び謎アナウンスが聞こえた。

 【ゴブ朗は“甲殻獣の皮付き甲殻”を手に入れた!!】

 何だこれとは何時もながら思う。が、まあいいかと放置する。
 まだ残りがあるので俺も作業の合間に栄養補給するべく、ヨロイタヌキの心臓と脳、それと右足を千切ってバリバリ喰う。他の部位はゴブ吉くんとゴブ美ちゃんにあげた。まだ肉は有るしね。
 それにしてもヨロイタヌキの肉うめー。コリコリとした歯応えあってウメー。噛めば噛むほど旨味が出てくるようだ。
 あ、ちょっとだけ甲殻も齧ってみよ。

 【能力名アビリティ【甲殻防御】のラーニング完了】
 
 ちょっと齧ったらラーニングできた。先に心臓と脳、それと右足を食べたのが良かったのかもしれない。
 ちなみに【甲殻防御】ってのは、生物の甲殻で出来たモノで防御すれば防御力上昇に防御確率上昇、致死攻撃妨害確率上昇って効果が発揮されるらしい。うん、なかなかいいアビリティだ。儲けた儲けた。
 気分が良くなり、やり方も分かったので先ほどよりも短い時間でもう一体のヨロイタヌキを解体し終えた。以前の職場で生物を解体する事には慣れているので、コツさえ掴めば早いモノだ。
 今度は半分くらい肉を食べ、残りをゴブ吉くんとゴブ美ちゃん達に投げ渡し、もう一度甲殻をちょっと齧って【甲殻防御】のレベルを上げておく。
 あ、レベルって言っても明確な表示は無くて、分かり易くレベルって言っただけだから特に意味は無い。アビリティの効果がさっきよりも強くなったって思っておけば十分。

 次はナナイロコウモリの解体に移る。七色の綺麗な翼を根元から切り離し、血を吸う機能が有りそうな牙を引っこ抜く。後は取りあえず皆で肉を分けて食べた。
 ナナイロコウモリの肉は歯応えのあったヨロイタヌキの肉とは違って非常に柔らかく、うん、美味である。と言うか、ゴブリンになってから喰う獲物全部美味いんだけど。種族的な味覚がそうなってんのかねぇ? どうでもいいけど。
 あと、残念ながら能力はラーニングできなかったが、身体能力はちょこっとだけ強化できたらしいと、肉を喰って感じた身体の充実感で判断する。
 ESP能力【吸喰能力アブソープション】は【甲殻防御】などと言った能力アビリティだけでなく、膂力とか防御力とか生命力と言った身体も強化してくれるので本当に有り難い。
 ……それにしても、ESP能力って魂由来の能力なのかな? どこぞの高名な学者様の論文では『特殊なウイルスに感染し、適合した者が能力を発症する』とか言っていたような、そうでないような。と小首を傾げるが真偽を確かめる術が無いので、益の無い思考は一旦放棄。

 最後に今回のメインディッシュだろう、三体のナイトバイパーの解体に取り掛かる。
 取りあえず黒曜石(のような鉱石)で造ったナイフ(モドキ)で首を切り落とそうとしたが、蛇皮がやけに硬くて一本刃が欠けてしまった。また削り直しだとうな垂れつつ、何かに使えるなと思った蛇皮をビリビリと引き剥がす。
 頭部を切り落として皮を剥いだ胴体は、一ゴブ一匹と丁度良かった。
 喰った。 
 かなり美味かった。
 うん、これは焼いて酒をぶっかけたらそれはもう絶品のかば焼きになるんだろうな、と一口目から思うほどに美味かった。想像しただけで唾が溢れそうになる。
 ホーンラビットやヨロイタヌキのコリコリっとちょっと硬めの肉も美味かったし、ナナイロコウモリの柔い肉も美味い。が、ナイトバイパーの肉はそれらを軽く上回るのだ。
 その美味さに思わず作業の手が止まってしまい、三ゴブ揃ってガツガツと肉を喰い漁る。

 【能力名アビリティ赤外線感知サーモグラフィー】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ蛇毒投与ヴェノム】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ猛毒耐性トレランス・ヴェノム】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ【気配察知】のラーニング完了】
 【能力名アビリティ蛇の魔眼イーヴィル・アイ】のラーニング完了】

 喰い終わると、五つのアビリティを習得できてしまった。
 どうやらナイトバイパーは今の俺よりも格段に格が上だったらしい。
 これは【吸喰能力アブソープション】が自分よりも強いモノを喰えば何かを得られる確率が非常に高くなる性質上、まず間違いないだろう。
 と言うか五つも得られたのってホント初めて。ゴブリンが弱い種族だからかね、と推測してみる。
 いや、それにしても今日は満足いく成果になった。まだ残っている毒牙は道具として使ってもいいのだが、今回獲得した毒に対する対抗手段とも言える【猛毒耐性トレランス・ヴェノム】がないゴブ吉くんにゴブ美ちゃんでは、掠っただけで瀕死になってしまうに違いない。
 最悪即死だ。
 それに俺は今回得たアビリティ【蛇毒投与ヴェノム】は、俺愛用の角のように尖った部位を持つ物の先からある程度意図した性質の毒を分泌できるようになるモノである。触れていないとこのアビリティは発揮されないが、この毒牙を使うよりも遥かに使い勝手がいい。
 だから万が一という事もあるので、今回は能力強化の為に切り落とした三つの首は俺がボリボリと喰う。こうした方が安全だしね。
 うん、毒(【猛毒耐性】と【吸喰能力】の両方で完全に無害化されている)のピリピリとした刺激がより一層美味である。
 しかし、羨ましそうな視線を向けるな二ゴブとも。これ、君等が食べれば死んじゃうよ?


 “九日目”
 今日は雨だった。土砂降りである。
 なので昨日獲得した素材を使い、新武具の製作に勤しむ。
 昨日の帰り路に、以前ゴブ爺に教えてもらった近くで採取できる針のような【鋼草ハガネソウ】と、頑丈な紐のような【細蔦ホソツタ】は既に確保済みなので、ヨロイタヌキの皮付き甲殻とナイトバイパーの皮をチクチクと裁縫していく。 
 最初に造ったのは俺の胴鎧だ。ココでヨロイタヌキの甲殻を前後に使用しても良かったのだが、取りあえず今回は背面が甲殻でガッチリと、前面はこれまで背面に使っていた分のホーンラビットの角を使う事ができたので、隙間を殆ど無くす事ができた。
 これでやっとボロい腰布から服装がランクアップできた気がする。
 以前の胴鎧? いや、あれ蔦で角括りつけただけだから服とは言えんだろ。それにボロい腰布はデフォで装備してたし。
 次いで木で正方形を拵えて、残った一体分の甲殻をつけてみた。まだまだみすぼらしいが、これで頑丈な盾の完成だ。これはゴブ吉くんにプレゼント。
 いや、俺二角流だし、この盾俺が使うには大きすぎるんだ。だから前衛のゴブ吉くんが持つべきだろうよ。それに最近では片手で棍棒振り回せるようになってきたしね、片手を暇にさせたままにするには勿体ない。
 渡したら、大層喜んでくれた。自分の胴体と同じ太さの棍棒と、ヨロイタヌキの甲殻で造った盾と木の胴鎧を装備したゴブ吉くん。うん、なかなか様に成っていた。
 次はゴブ美ちゃんの胴鎧だ。使用したのは残っていた蛇皮とナナイロコウモリの羽、それと余った角を少々。それらをチクチクと縫い合わせて、何だか民族衣装的な胴鎧が完成。ナナイロコウモリの羽を使っているので色鮮やかだが、案外翼膜は丈夫らしく弾力性がある。角は急所を護る様に配置しているので、最低限度の防御効果は期待できる。
 あとナナイロコウモリの牙で首飾りを造ってみた。いや、ちょっと少な過ぎる様な気がしたからオマケしたのだ。
 完成品をゴブ美ちゃんにプレゼント。コッチも大変喜んでくれました。
 そうだな、今度造る時は俺は武器、ゴブ吉くんは防具、ゴブ美ちゃんは弓とかかがいいだろうなぁ。
 あ、本日の食事は赤ん坊時代(と言っても数日前だけど)に食べていた、芋虫みたいな奴でした。これ、洞窟で獲れるらしいです。
 案外美味いのだから、この虫も侮れないよね。
 ラーニングはできないけどさ。


 “十日目”
 狩りに出かけた。
 今日の戦果はホーンラビットにナイトバイパー、それとヨロイタヌキだった。
 もう少しで何かがラーニングできそうなナナイロコウモリが獲れなかったのは残念だが、仕方ない。そう言う事もある。
 あ、ちなみに他にも色んな生物に遭遇してるんだけど、今の俺達じゃ勝てなさそうな奴等が多く居るので、それらを避けてたら似た様な獲物しか取れないんだよね。
 まあ、着々とレベルが上がってるし、いつかは狩れるだろうけど。
 ああ、今日は狩りも終わったんでレベルとかの話をしておこう。レベルってのは、早い話が個体の強さを分かり易く表示したモノだ。どういう法則かは分からないが、意識して眉間に皺を寄せれば視界に数がぼんやりと浮かぶんだ。
 レベルは最大で一〇〇まで表記されて、それ以上数が上がる事は無い。ちなみに今の俺のレベルは86とゴブリンにしてはかなり高い、らしい。
 まあ、最初から怪我一つせずに格上のナイトバイパーとか殺して喰ってりゃ嫌でも上がるってなものだが。
 あと、どうでもいいかもしれないけどゴブ吉くんは78、ゴブ美ちゃんは55である。俺達は順調に強くなっている。
 とは言っても種族がゴブリンのままだと、例えレベルが一〇〇になったとしても他種族からすれば雑魚扱いされる事が多いらしいから、今はレベルとかどうでもいいんだけどね。
 しかしこの世界の面白い所はレベル以外にもまだまだある。
 ゴブ爺によるとレベルの上限である一〇〇にまで到達し、普通はそこで成長は止まる。しかしそこで止まる事無く成長できる素質がある個体は【存在進化ランクアップ】する事が可能なんだとか。早い話が、素養のある奴は上位個体に進化し、更に強くなれるって事だな。
 今の俺が順調に成長し続けたと仮定すれば、大体【小鬼ゴブリン】→【中鬼ホブ・ゴブリン】→【大鬼オーガ】と言った感じに進むだろう。
 これが一般的なルートだからだ。
 とは言えオーガ以上の個体もまだまだ居るし、この他にも成長するルートは存在していて、どういった種族に昇格するのかはどういった行動をしてきたかによって変化するらしい。
 例を出せば、

 大鬼オーガにまでなり、今まで好んで獲物の生き血を啜り、一定以上の膂力と知能、そして何より高いプライドを持つ者は【吸血鬼ヴァンパイア】に。
 大鬼オーガにまでなり、斧や大剣といった重量級の武器を好んで使用し、尋常ならざる膂力と回復力を有する者は牛頭の鬼である【牛頭鬼ミノタウロス】に。
 中鬼ホブ・ゴブリンにまでなり、今まで屍の腐った肉や体液を好んで喰らい続け、やがて【霊魂】まで喰せる様になった者は【死食鬼グール】に。
 中鬼ホブ・ゴブリンにまでなり、剣や刀や槍など特定の武器の扱いに長け、一定以上の知能や技量を有する者は人間に限りなく近く、そして全く別の存在である【半血剣鬼ハーフ・ブラッディロード】など様々な分類に分かれる【鬼人ロード】系の種族に。

 と言った具合で、取りあえず素質があれば【鬼】系統に属するモンスターにレベルを上げれば成れるらしい。
 生物の進化の過程としてはハッキリ言って異常としか言えない法則だが、現にあるのだから否定なんてでるはずがないし、弱肉強食の世界で生きていく俺としてはかなり助かる話だ。
 ま、ゴブ爺が言うには普通【存在進化ランクアップ】なんざ早々できないらしいけどね。何処まで行けるか挑戦してみたいって気持ちもあるので問題ないが。
 それにしても、仮に俺が大鬼オーガにまでなれたとして、どのような進化をするのだろうか。
 【吸血鬼ヴァンパイア】になるにしては、プライドは低いだろうし。
 【牛頭鬼ミノタウロス】になるにしては、斧とか重量系の武器よりも刺突系の比較的軽い武器を俺は好んでいるし。
 【死食鬼グール】には、なりたくないなぁ。
 あ、でもゴブ爺が言うにはグールはヴァンパイア同様アンデッド属性も兼ねるから、様々な魔術を駆使する【死者の王リッチ】とか【首なし騎士デュラハン】とかにも成れる可能性はあるらしいけどね。
 アンデッド系のモンスターになりたいのなら、ヴァンパイアになるよりは楽に成れるだろう。でも肉の身体を持てないのが難点だけどなー。
 一番在りえそうなのは、様々な武器の扱いに精通する【鬼人ロード】系かな。
 ま、まだまだ先の話なんだけどねぇ。

 話し疲れたし、夜になったので寝た。




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