僕達のキラキラネーム
作者:犬一犬万犬吉
子供に名前をつけるのは親の自由だと思います。
変わった名前を批判するつもりはありません。
「寿限無」って落語はみんな知ってるよね。
父親が自分の子供にものすごく長くて、おめでたい名前をつける有名な話。
寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
やぶら小路の藪柑子
パイポパイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助
覚えるのも大変な名前だね。
最近は絵本にもなってる有名な話だ。
最後の結末は、僕が昔聞いたのと、最近の絵本ではちょっと違ってるけど。
すごく笑える、楽しい話。
でも、そんな名前を自分につけられたら、どうする?
笑えるかい?
こんな長い名前、学校のテストの答案用紙に自分の名前を書くだけで大変だ。
自分の名前は自分で決められない。
いつの時代だって、親が子供に愛情と願いをこめてつけるんだ。
でも時代と共に、名前は変わってきてる。
だけど、平凡な名前でも、変わった名前でも。
どんな名前にも親の愛情がこもっている。
僕はそう思ってるよ。
僕の名前は、山田 一郎。
今年で28歳になる、自分を「僕」っていうには年をとってるけど。癖だから気にしないでくれ。
「一郎」っていう僕の名前の由来は、両親が言うには1人目の子供だから。
2人目の子供に「二郎」、3人目に「三郎」って名前をつけたかったんだって。
でも、僕には結局、弟も妹もできなかった。
ひとりぼっちの一郎だ。
でも、今はひとりじゃない。
2年前に結婚して妻がいる。
妻の名前は、「華子」。
旧姓は、「白鳥」っていう格好いい苗字。
でも結婚して、白鳥 華子から、山田 華子になった。
旧姓のほうがフルネームだと格好いい名前なのに、平凡な名前になってしまった。
夫婦別姓っていう苗字を変えないでいい方法もあるんだけど。
でも妻は、僕と同じ苗字の山田がいいって、言ってくれた。
妻は、ちょっとミーハーなところもあるけど、根は真っ直ぐで真面目な性格だ。
もちろん僕は、そんな妻を愛している。
そんな僕達、夫婦に新しい家族ができた。
まだ妻のお腹の中にいるけど、エコー診断で男の子だって分かったんだ。
僕達はさっそく息子の名前を考えようとした。
ある日の夕食後、息子の名前会議は始まった。
妻が息子のために、いい名前を思いついたっていうんだ。
妻は嬉しそうに僕に一枚の紙を見せる。
その紙にはこう書いてあった。
山田 天使
妻は嬉しそうに話す。
「どう?素敵な名前でしょ。」
僕は少し戸惑う。
天使か・・・、確かに産まれたばかりの赤ちゃんは可愛いよ。本当の天使のように。
でも僕達は別にキリスト教徒じゃない。
むしろキリスト教徒の親なら自分の子供に天使なんて、おこがましい名前はつけないだろう。
僕は妻に正直に感想を言うことにした。
「天使っていうのは、神聖な感じがするけど名前としては語呂が悪いんじゃないかな。」
妻は笑いながら、人差し指を差して得意げに首を振る、チッ、チッ、チッ。
「これは天使と書くけど、別の読み方をするのよ。」
嫌な予感がする。
「まさか、天使と書いて・・・。エンジェルか。」
「惜しい!近いけど違うわ。もっと男の子っぽい名前よ。」
妻は目をつぶって首を振る。
このオーバーリアクション、マタニティハイってやつか。
今日の妻はテンションがかなり高い。
「じゃあ、天使と書いて、キューピッドとか。」
僕はもう一度、聞いてみる。
「残念!はずれ。」
妻は笑って、舌を出す。
何故、息子の名前を決めるのにクイズ形式になっているんだ。
不思議そうな顔の僕に、妻は笑顔で答えを教えてくれた。
「これはね、天使と書いて、ルシファーと読むの。」
「るしふぁー。」
僕は、思わず復唱した。
山田 天使
妻の考えた名前は、僕の予想の斜め上をいってしまった。
落ち着け。落ち着くんだ。
僕は自分にそう言い聞かせる。
天使とか、聖騎士とか、小説やゲームでそういうルビはよく見かける。
妻の顔を見る、妻は本気だ。
真面目な彼女が自分の子供の名前をふざけて考えるわけがない。
妻の目は本気だ。「本気」と書いて「マジ」と読むくらい本気だ。
どうしよう。どこから片付ければいい。
まず、ルシファー。
ルシファーは確かに元々は天使、しかし神に反抗し天界を追放された堕天使。
しかも悪魔と同一視される堕天使の長、別の名を魔王サタンとも言われている。
それ以前に、天使と書いてエンジェルとかルシファーとか読む考え方がおかしい。
幼稚園の先生も、学校の先生も、いや誰だって、ルビがふってないと読めないだろう。
さらに、ルシファーって・・・。もはや日本人の名前ですらない。
しかし、日本では漢字名に自由にフリガナをつけて戸籍に登録できる。
現実に、天使という名前をつけることができる。
「ルシファー。いい名前だわ。」
妻はうっとりとした表情でつぶやく。
僕は何とかして妻を説得することにした。
「華子・・・。ちょっと聞いてくれ。」
「何?。」
「ルシファーっていう名前は、僕も格好いいと思うよ。でも残念だけどルシファーは堕天使といって、元々は天使だったんだけど、天界を追放されて悪魔になった天使の名前なんだ。」
妻がびっくりした顔をする。どうやら本当に知らなかったらしい。
「そうなの?。やだ、私ったら悪魔の名前をつけようとしていたのね。」
妻はかなりショックを受けているようだ。
ため息をつくと、後ろからごそごそと本を取り出した。
その本のタイトルは「天使辞典」。
「ルシファーが一番お気に入りだったんだけどなぁ。デュナメイスとかエクスシア、ガブリエルとか、他はあんまり人間の名前っぽくないのよねぇ。」
当たり前だッ。僕は心の中で叫ぶ。
このままでは、世界中の教会を敵にまわしてしまう。
いや、その前に神罰が下るかもしれない。
僕は、何とか笑顔をつくって妻に話しかけた。
「天使の名前は、ちょっと神聖すぎるよね。もっと別の、他の名前にしようよ。」
「そうね。実は第2候補も考えてあるの。」
妻は元気を取り戻して、ごそごそと紙のメモを取り出す。
「日本人だけど、世界に通用するような国際的な名前にしようと思って考えたの。」
妻が出した紙のメモには、こう書いてあった。横書きで。
山田・アーサー・ランスロット
「うぉッ!」
僕は思わず声を上げてしまった。
「国際的で格好いいんだけど、漢字が思いつかなくて保留してたの。」
妻の顔は笑顔だ。
分かってる、彼女は本気で真面目に考えてる。
でも、その名前は国際的というより国境を越えてしまっている。
何故、ミドルネームがあるんだ。
しかもアーサー王と円卓の騎士の物語から引用しているし。
世界に通用するというより、世界中の笑いものになってしまう。
僕がフランス人でも、そんな名前をつけられるのは嫌だ。
「そうだわ、アーサーは確か王様で、ランロットは騎士だから、漢字名はこうすればいいのよ。」
妻は、突然思いついたように、紙のメモに漢字を書いた。
山田 ・ 王 ・ 騎士
妻はどうやらアーサー王の物語を少し知っているらしい。
でも、アーサー王とランスロットが決裂して戦争をしていた事は知らないんだろう。
いや、知ったうえで敢えて、アーサーとランスロットを命名したのか。
王と書いて、アーサー。
騎士と書いて、ランスロット。
さっきの天使と同じ方法で無理やり、王騎士にこじつけたらしい。
山田・アーサー・ランスロット。またの名を山田キングナイト。
全国の山田さんに怒られそうだ。
満足そうな顔をしている妻を、僕は再び何とか説得する事にした。
「華子・・・。ちょっと聞いてくれ。」
「何?。」
「僕は思うんだけど、国際的な名前っていうのは外国の人っぽい名前とは違うと思うんだ。例えば、僕と同じ名前のイチローという野球選手は、世界で通用する国際的な名前だとおもわないか?。」
「そうね、イチローもマツイも世界で有名な名前よね。」
「国際的な名前っていうのは、日本人なら日本人らしい名前のことだと思うんだ。イチローの他にもオノ・ヨーコとか。」
「確かにそうだわ、アーサーランスロットは格好いいけど日本人の名前じゃないわ。」
妻の目が見開く、僕の言葉が届いたようだ。
妻は天井を見ながら考え出した。
「日本人らしい名前、日本人らしくて格好いい名前・・・。」
あくまで格好良さにこだわる気らしい。
「そうだわッ!」
妻は叫ぶ、何かひらめいたらしい。
「私の好きな戦国武将、えーと・・・。確か、兜に三日月の飾りがあって、眼帯をしてて、刀を八本振り回す。誰だっけ。」
刀を八本振り回す?そんな人間がいるのか?
でも、三日月の飾りの兜に隻眼といえば、あの人しかいない。
「ひょっとして、伊達 正宗じゃないか。」
「そうそう、伊達 正宗よ!」
妻は、ポンッと手をたたく。
奥州の独眼竜、伊達政宗公。好きな戦国武将なのに名前は覚えてないのか。
「だから、山田 正宗にするわ!。」
妻は嬉しそうにはしゃぐ。
山田 正宗
悪くない。いや、普通に格好いい。
「いいじゃないかッ。山田 正宗。いい名前だと思うよ。」
僕は妻に同意した。
しかし、妻は手を出して僕を制止する。
「ちょっと待って。そういえば、もう一人。好きな戦国武将がいたの。」
妻は必死に思い出そうとしている。
誰だろう、織田 信長か、徳川 家康か。
でも、まあ・・・戦国武将の名前なら変な名前はあるまい。
「思い出したわッ!」
妻は叫ぶ。
「私の好きなもう一人の戦国武将、天草 四郎よッ!」
天草 四郎は戦国武将ではないだろう。僕は心の中でつぶやく。
「そうなると、山田 四郎もいいわね。」
山田 四郎
普通の名前ではあるが、父親の僕が一郎で、息子が四郎となると。
二郎と三郎は、いったい、どこへ行ってしまったのか。
そんな僕の心配も気にせず、妻は悩み続ける。
「うーん、正宗も四郎も捨てがたいわね。迷うわ。」
僕は、悩んでいる妻を静観することにした。
妻の頭の中では、奥州の独眼竜と島原の乱が戦っているのだ。
もう、山田 正宗でも、山田 四郎でも、この際どっちでもいい。
5分後。
「そうよッ!これだわッ!」
妻は、また何かひらめいたようだ、新しい紙にその名を書き出す。
紙のメモにはこう書いてあった。
山田 四郎正宗時貞
「ぬぉッ!」
僕は声を出した。またしても、予想の斜め上を行かれてしまった。
四郎と正宗を合体させた上に、時貞が増えている。
天草四郎、字は時貞。つまり、天草四郎時貞。
一人の名前に、三人分の名前が入っている。幼名と元服名と字を合体させたような名前。
しかも、仙台の英雄、伊達政宗を、天草四郎時貞でサンドイッチしている。
仙台の人が怒りそうだ。
妻は誇らしげに言う。
「いい名前だわ、山田 四郎正宗時貞。格好良くて、威厳があって、歴史のロマンを感じるわ。」
僕は分かってる、妻は真面目に考えているんだ。
その結果、生まれた奇跡の名前だ。
山田 天使
山田 王騎士
に比べたら、山田 四郎正宗時貞はまともな気がする。
でも、僕はあきらめない。
このハイになった、妻を説得するんだ。
「華子・・・。ちょっと聞いてくれ。」
「何?。」
「僕も、山田 四郎正宗時貞は格好いいと思うよ。」
「そうでしょ。格好いいわ。」
「でも、ちょっと長すぎると思うんだ。例えば、テストの答案用紙に名前を書く時とか困るんじゃないかな。」
「・・・。確かにそうね。名前を書くだけで試験時間をロスしているわ。」
よかった。僕の声は届いた。
妻は首を傾げる。
「そうなると、結局どんな名前がいいのかしら。」
妻は考える。僕は素直に思った事を声に出した。
「名前の格好良さよりも、どんな人間に育って欲しいのか、その願いをこめて考えればいいと思うよ。」
妻は考える。
「どんな人間に育って欲しいか・・・。そうね・・・。」
妻は色々と考えて結論を出した。
「やっぱり、健康に育って欲しい、というのが一番だと思うわ。」
「僕も、そう思うよ。」
僕は妻の意見に賛同した。
それから、月日はながれ・・・
僕達の子供は無事に産声をあげた。
そして、お七夜に命名式をした。
赤ちゃんのそばに置かれた、命名書にはこう書かれていた。
山田 健一
健康が一番、僕達の願いがこめられた、平凡な名前だ。
結局、つけられることがなかった名前。
山田 天使
山田 王騎士
山田 四郎正宗時貞
でも、今思うと。これらの名前にもこめられていた。
妻の、子供への愛情は、確かにこめられていたんだ。
例え、どんな名前でも、子供は立派に育ってくれると、僕は信じている。
どんな名前でもキラキラネームだ、親の願いが、愛情が輝いているんだ。
最後に、エコー診断って完璧に正確なわけじゃない。
僕達の子供は、息子じゃなかった。
娘だったんだ。
山田 健一
という名前の女の子。
女の子の名前とは思えないけど、健康が一番。
僕と妻の、願いと、愛情がこめられた、最高のキラキラネームだ。
全国の山田さんと天使さんには不愉快に感じられるかもしれません。
心よりお詫び申し上げます。
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