第一話 終わりから始まる
「ここは、どこなんだ……? いったい、何が起こったんだよ!」
そう言ったシンジが上を見上げると血のような真っ赤な空が広がり、足元は白い砂の砂漠。
何の物音も聞こえない奇妙な世界。
砂漠の海には割れた巨大な人間の顔が半分沈みかけていた。
その巨大な顔が綾波レイだと気がつくと、シンジは悲鳴を上げて後ずさりをした。
怯える自分の息遣いしか聞こえない無音の世界。
シンジは巨大な綾波レイの顔から目を反らすように後ろを振り返ると、広い砂漠の上に赤い服を着た人間が横たわっていた。
良く目を凝らして見つめると、それはプラグスーツを着たアスカだった。
肩の部分から痛々しく血が流れ出ている。
「アスカっ!」
砂漠の粒子に足を取られそうになりながらも、シンジは横たわるアスカの下へと走って行った。
「シンジ……」
アスカは痩せて青白い顔をしていたが意識はあるようだった。
「アスカ、凄い血じゃないか!」
シンジはアスカを止血しようと自分の着ているプラグスーツに手を伸ばすが、人の力ではとても引きちぎる事は出来なかった。
「今度は助けに来てくれたんだ……」
「うん、ミサトさんと約束したんだ、アスカを助けに行くって」
「アンタ、らしいわね……」
アスカはそう言うと、口から血を吐き出した。
「アスカ、喋っちゃだめだ!」
「アタシはもう助からない……来てくれて、あ、り、が、と、う」
最後の力を振り絞ったアスカはそう言うと、ぐったりと体の力が抜けた。
「アスカ、目を開けてよ、アスカっ!」
冷たくなり始めたアスカの体を抱き寄せながら泣き叫ぶシンジの前に青白い光が差し、幽霊のような白く発光する人影が浮かんだ。
「それが碇君の望みなのね」
「綾波?」
身体から淡い白い光を放つレイが右手を上げると、アスカの傷が塞がり、たちまち顔色も良くなった。
「アスカ?」
シンジの目の前で呼吸により上下する胸と抱きしめたアスカの温もりがアスカが生きている事を示していた。
目を開いたアスカは驚いた表情でシンジと見つめ合い、シンジに抱きしめられている事に気が付くと顔を赤らめた。
「ご、ごめん!」
「べ、別に謝る必要なんかないのよ!」
シンジも顔を赤くしてアスカから体を離すが、アスカもそう答えた。
「でもアスカはもう大丈夫なの?」
「うん、あれほど感じた体中の痛みも全く無くなったわ」
アスカはそう言って、元気な様子をアピールするように跳ねまわった。
「うげっ、砂を飲んじゃったわ、ぺっぺっ」
……そして調子に乗り過ぎて、派手に転んで足元の砂浜とキスをした。
「綾波がアスカの傷を直してくれたの?」
「ええ」
「ふん、一応お礼は言っておくわ」
命の恩人に対しても素直になれないアスカの姿に、シンジは苦笑した。
「綾波も無事に生きていてくれて良かったよ」
シンジが明るい笑顔でそう言うと、レイは無表情のまま首を横に振る。
「私は肉体を失って精神体になってしまったの」
「じゃあ綾波も死んじゃったの?」
シンジが尋ねると、レイは首を横に振る。
「そうではないけど、今の私は神に近い存在。だから、碇君の思った通りの世界を創造する事ができるのよ。争いの無い平和な世界で、穏やかに暮らしましょう」
レイはそう言うとシンジに向かって手を差し出した。
差し出されたレイの手を取ればシンジは思った通りの世界を創造できるのだろう。
しかしシンジは戸惑った表情でレイに尋ねる。
「じゃあ、今まで僕達が居たこの世界はどうなるの?」
「力の授与者と継承者である私と碇君以外、消えて無くなるわ」
レイが言い放つと、アスカの顔色は真っ青になった。
「でも碇君は新しい世界で人間を自由に創造できる。……そう、彼女も」
「そんなの僕が作り上げた幻想じゃないか!」
シンジはレイに向かって怒った顔で反論した。
「いいのよシンジ。アタシってばワガママでどうしようもなくて、素直になれないひねくれ者だって分かっているんだから」
「だけど今は素直になってくれたじゃないか」
「あっ……」
シンジに指摘されたアスカは、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「僕は理想の世界を創造するよりも、この世界でアスカと一緒に居たいんだ」
シンジの宣言を聞いたレイは悲しげな顔になった。
そして、ゆっくりとした口調でシンジに尋ねる。
「碇君はセカンドと一緒に居たいのね」
「うん、僕はアスカが世界で一番好きだって気がついたんだ、遅かったけど……」
「シ、シンジ……」
シンジが告白に近い言葉をレイに話すと、アスカは沸騰したやかんの様に顔を赤くして身体を悶えた。
「この世界を救う方法はあるわ。世界の運命を変えればいいの」
「世界の運命?」
「それをするには碇君はとても辛い思いをしなければならないの。その覚悟があるのなら、私が碇君の力になるわ」
「もちろん、アスカとまた生きて会えるなら僕は何でもするよ!」
「本当に、何でもする覚悟はあるの?」
レイに尋ねられたシンジはしばらく黙り込んでいた。
「シンジ、アタシは世界の運命と天秤に掛けられるほど大層な人間じゃないわよ」
しばらく考え込んだ後、シンジはアスカの体を抱き寄せると強いまなざしで答える。
「……うん、覚悟は出来ているよ」
「これから世界の時間を巻き戻すわ、そうすればサードインパクトも起きなかったことになる」
「でもそれだけじゃ何の解決にもならないじゃない、もう一度辛い使徒との戦いがループするだけだわ」
レイの言葉を聞いたアスカはあきれた表情でそう反論した。
「問題無いわ、これから私は時間を巻き戻してそこに碇君達を送ることになるけど、さらに私が今持っている残りの力の全てを碇君達にあげるから」
「綾波の持っている力って?」
「使徒リリスの力」
シンジの質問に答えたレイは小さめのATフィールドをシンジの目の前に発生させた。
「エヴァに乗らなくてもATフィールドを生身の状態で張ることもできるし、エヴァのシンクロ率も自由に変える事が出来るの」
「そんな力があれば無敵じゃないの!」
レイの話を聞いたアスカは興奮してそう叫んだ。
「力だけではどうにもならない時もあるわ」
狂喜するアスカをなだめるかのようにレイは冷静にそう言い放った。
「それに重要な事だけど、この力は永遠じゃないの。時間が経つほどだんだんと弱まって……最後には普通の人間と変わらない存在になってしまう。エヴァにシンクロする事も出来なくなるの」
「その力は、どのくらい続くの?」
シンジはうろたえた表情になって、レイに尋ねた。
「普通に力を使い続けたら、3ヶ月ぐらいよ」
「じゃあその間に使徒を全部倒せばいい話じゃないの!」
自信たっぷりの表情でアスカはそう言い放った。
レイはそのシンジの言葉には何も答える事は無かった。
「巻き戻した世界では、前よりも辛い事が起きるかもしれないわ。それでもいいの?」
「うん、構わないよ」
「……なら、始めるわ」
シンジの返事を聞いたレイはリリスの力を使い始めた。
今居る白い砂漠と赤い空の世界が歪むのをシンジが感じた時、シンジは気がついたように叫ぶ。
「綾波!」
「どうしたの?」
「巻き戻った世界には、綾波も来てくれるの?」
「ええ」
「良かった、ありがとう、綾波」
レイがシンジの言葉にそう答えると、シンジは嬉しそうな顔でお礼を言った。
そしてシンジとアスカの視界はブラックアウトした。
シンジとアスカが逆行した後、レイは砂の海から渚カヲルの身体を作り出した。
「僕まで復活させるとはどういう事だい?」
カヲルはいつもの表情でレイにそう問いかけた。
「その方が碇君も喜ぶと思ったから。碇君はあなたを殺してしまった事を苦しんでいるわ」
「まあ、君が貴重な力を使って僕にくれたこの命だ、従うよ。それに彼は好意に値するからね」
カヲルはあっさりとレイの願いを聞き入れた。
そしてカヲルを逆行させた後、レイも自分を逆行させたのだった。
心の底にシンジと理想の世界を作れなくて残念に思う気持ちを抱えながら……。
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