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【津山恵子のアメリカ最新事情】いまだ建国が続く、移民の国アメリカ

ウォール・ストリート・ジャーナル 6月27日(水)13時11分配信

 ニューヨークにいて、米国に住んでいることを、日常的に実感するのは、何といっても地下鉄の中だ。白人ばかりでなく、アフリカ系、ヒスパニック、アジア系、中東系とあらゆる人種の人が、古く狭い車両という空間を日々共有する。読み物も、中国語や韓国語、スペイン語があり、耳に入って来る言語も英語ではないことは当たり前だ。日本と異なり、「移民の国」であることを肌で感じる空間だ。

 その移民政策について、最近、ワシントンで大きな動きが相次いだ。移民政策は、歴代大統領にとって、テロ対策、経済に並んで大きな政策課題であり、11月の大統領選挙でも、主要な争点の1つだ。

 6月15日、オバマ大統領は、若年不法移民の強制送還を大幅に緩和する政策を発表した。不法移民でも、1)過去に16歳未満で両親らと渡米、2)犯罪歴がなく、現在30歳以下、3)高校卒業資格や軍隊・沿岸警備隊入隊経験があるという対象者に対し、強制送還手続きを2年間免除するというもの。送還が免除されれば、正式に就労許可申請ができて、晴れて職に就くことができる。政府は緩和の恩恵をうける対象者は80万人に上るとみる。

 続いて25日、米連邦最高裁判所は、南部アリゾナ州が制定した不法移民を逮捕状なしでも取り締まり、強化するという移民法をおおむね違法と判断し、退けた。これについては後述する。

 15日午後、オバマ大統領がホワイトハウスのローズガーデンで読み上げた声明によると、新政策の恩恵を受ける対象者は以下のような若者だ。

 「彼らは我々の学校で学習し、近所で遊び、我々の子どもたちの友達で、星条旗に忠誠を誓ってもいる。彼らは、心も頭の中もアメリカ人だが、書類上そうでないに過ぎない。幼い頃両親に連れられて渡米し、就職しようとしたり、運転免許証や大学の奨学金を申請したりするまで、不法移民であることなど想像だにしていない」

 こうした若年不法移民が労働力となって、「我々の社会に貢献してくれる」(声明)というのが新政策の狙いだ。

 しかし、同大統領が声明を読み上げている途中、ちょっとした「事件」が起きた。ホワイトハウス史上初めて、担当記者の1人が2回も声明をさえぎって、質問を投げ掛け、他の記者がざわついた。

 正式記録には残っていないが、米メディアによると、この記者は保守系ニュースサイト「デーリー・コーラー」のニール・ムンロ氏。大統領は、「今は質問の時間ではないですよ」「次回は質問をする前に、私に先にスピーチを終わらせてほしいですね」、と厳しくたしなめる異例のやりとりとなった。

 ムンロ氏の質問は、「新政策は米国の労働者にとっていいことなのか」「米国の労働者が失業しているのに、外国人労働者を輸入するのか」というものだ。

 声明の中継後、テレビもツイッターも「大統領の声明を記者がさえぎるのは、敬意に欠ける」と大騒ぎになった。しかし、このハプニングを見ると、移民問題がいかにさまざまな議論を呼ぶ社会問題かが浮き彫りになる。

 オバマ大統領は、これらの若年不法移民を「ドリーマー」と呼び、2010年にも包括的な新移民制度「ドリーム法案」を打ち出したが、あえなく連邦議会で否決されてもいる。

 当然、ムンロ氏の質問に同調する保守系の論客が、新移民政策を批判。それだけでなく、この政策の恩恵を受けるとされるヒスパニック層からは「それでは、ほかの年齢層の不法移民はどう救済してくれるんだ」という声すら上がっている。

 一方、前出のアリゾナ州の移民法をめぐる最高裁判断も、解釈をめぐって、さまざまな意見が出ている。同法は、移民がどこに行くときでも登録証を持ち歩くことを義務づけた。さらに、警察官が不法移民という疑いがある人物を令状なしに逮捕することができるという、米国内で最も厳しい内容だ。2010年に制定された際、アフリカ系の連邦議員ですら、「登録証を持っていなければ、(アフリカ系というだけで)警察官が私たちを簡単に逮捕することが可能で、人種差別につながる」と大反対した。確かに、非白人である私たちアジア人にも他人事とはいえない法律だ。また、同州の主要ビジネスである観光業界は、集客に影響するとして同法に反対している。

 25日の最高裁判断は、法の主要な条項は退けたものの、アリゾナ州の警察官が不法移民の疑いがあるという裏付けがある場合、職務質問したり、逮捕したりできるという条項は認めた。同州はこれをもって「一部勝訴」と発表までしている。

 地下鉄の中で、周りの人を見回してみる。不法移民は現在数百万人いるとされ、そうであれば、地下鉄に乗る100人に1人以上が不法移民だ。その中でも、人種ごとにがらりと事情が異なり、さらに年齢層によっても、新移民政策によって「分断」される憂き目にある。

 一方、海外投資家や専門家から「日本は経済の起死回生のために包括的な移民政策を推進するべきだ」という声をよく聞く。しかし、米国が建国されてから200年以上経っても、いまだに「移民」の定義付けや制度の見直しを包括的にできていないことを考えると、10年、20年といった期間で実現できるものではない、と痛感する。

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津山恵子(つやま・けいこ) ジャーナリスト

 東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、AERAに執筆した。米国の経済、政治について「AERA」「週刊ダイヤモンド」などに執筆。著書に「カナダ・デジタル不思議大国の秘密」(現代書館、カナダ首相出版賞審査員特別賞受賞)など

最終更新:6月27日(水)13時11分

ウォール・ストリート・ジャーナル

 

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