福島第一原発事故の警戒区域を、ダチョウが走り回っていたことがある。地元の飼育施設から逃げ出した
▼原発事故の国会事故調査委員会が出した報告書を読んで、岩波少年文庫のアメリカ子ども詩集に収められた詩「ダチョウ」を思い出した。<なんてヘンテコリンな鳥だろう、ダチョウって。頭は、からっぽかしら?でも、足のほうは速くって、走ると、自分で自分をおいてけぼりにしちゃうくらい>
▼報告書を冷静に読み続けることは、難しい。規制当局が東電に操られていた不明ぶり。東電も政府も耐震・津波対策が必要だと認識していたのに、先送りした不作為。緊急時に正確な情報伝達もせず、官邸の顔色ばかりうかがっていた東電幹部の不実さ。福島の人々は、血が逆流するような思いだろう
▼組織の利益を守ることが、国民の命を守ることより優先された。それが、事故の根本的な原因だと調査委は断じた。本来の目的を忘れ自己防衛に走る巨大組織は、何のために走るのかも忘れて駆け続ける頭が空っぽの鳥そのものだ
▼詩はこう続く。<だから目的地に早々と着いても、けっきょくなにもすることがなくて、ずーっと立っているしかない。日が暮れたころに自分がやっと自分に追いつくまで>
▼警戒区域のダチョウはもう捕獲されている。けれど国民を忘れた巨大な怪鳥が、今も日本中を走り続けている。