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A‘s編
第四話 The Gift of the Magi
 例えば、いきなり貴方の目の前に以下の例題が出題されたとする。

幼女+重量級巨大武器=?

 勿論、各々の価値観において答えが違っているのは当然だ。
 あるいは、小さな体と大きな武器のアンバランスに、萌を感じる者もいるだろう。
 あるいは、武器その物に対して純粋な燃えを感じるロマンな答えもありだろう。
 しかし、なのははそのどちらの答えも選ばない。
 
幼女+重量級巨大武器=狂戦士

 それがなのはが、“体験から”導き出した答えである。
「ごめんなさーーーい!!」
「マーーーテーーーー!!」幼女+重量級巨大武器=狂戦士

 ビルの屋上を踏み台に加速した次の瞬間、一瞬前までいたビルが鉄槌の一撃で崩壊した。
 屋上からノーロープバンジーをやらかしたなのはは、バリアジャケットを展開してからひたすら逃げ回っていた。
 それは当然、ヴィータが大事にしている人形を破壊してしまったという負い目があるからだ。
 如何に、バリアジャケットだから再生が可能と言っても、破壊されて困るならバリアジャケットに使うなと思ってはいても、それでも誰かの大事な物を壊してしまうというのは、誰かの涙を止める魔術使いのなのはとしては罪悪感バリバリで反撃する気がいまいち起こりにくい。
 これがずっと逃げ回っている理由の一つ、もう一つは…。
「抱きしめてやるぜ、銀河の果てまでなーーー!!」
「何それこわい!!」
「Killァーーーー!!」
「それ絶対最後のが言いたかっただけだよね!?」
 背後からの破砕音を聞いて、その正体を悟ったなのはが振り返ってプロテクションを展開するとほぼ同時に、まるでマシンガンのような勢いでプロテクションを打ちすえるものが来た。
 その正体は、コンクリートの塊だ。
 ビルの建材に使われたそれが、巨大な横薙ぎの鉄槌によって破壊され、巨大な質量弾となってなのはに向かって飛んで来たのだ。
 一個一個の大きさは、十分人体を破壊するに足るものだった。
 飛んでくる瓦礫の先には、ハンマーを構えたヴィータがいる。
 そのハンマーがすでにして常軌を逸していた。
 でかいのだ。ものすごく…下手なプレハブ小屋よりでかいのではあるまいか?
 あの小さかったハンマーの部品がスライドして、薬莢のようなものが排出されたと思ったら、いきなりこんなものが現れた。
 ギガントハンマーとか言っていたが、これは確かにその名にふさわしい、ぜひルフィ辺り持ってもらいたい代物だ。
「姉ちゃんが言っていた。嫌よ嫌よも好きのうちって奴かーーー!?」
「子供にとんでもない事を教えるそのお姉ちゃんとは一度じっくりOHANASIしたいの!!」
八つ当たりだろうがなんだろうが、その姉とやらに全く罪がないとは言わせない。
「大人しく光になれやーーー!!」
「そのハンマーは違うハンマーだから光にはならないの!!」
 なるとしたら光じゃなくてスプラッタ的なものだろう。
 その未来予想図は色々な意味で却下だ。
「ヴィータちゃん!!謝るから落ち着いてーーー!!許してーーー!!」
「■■■■――――!!」
 涙目のなのはの声は、ヴィータには届かない。
 話を聞いていないというより、すでに何かをやめかけている風にも感じる雄叫びで鬼ごっこ再開、あんなもので殴られたら、冗談でも何でもなくなのはが壊れる。
 ついでに、金輪際モグラ叩きだけはやらないようにしようと心に誓った。
 叩かれるモグラさんが可哀そう、あれは憎しみを増大させるゲームだ。
『困った時のルビーちゃんだのみ~』
「ルビーちゃん!!」
 なのはの目に希望の光が宿った。
 こんなデット・オア・アライブな極限状態だ。
 ルビーだって、きっとお茶目を封印して真面目にやってくれるはず。
「お願い!!」
『お任せあれ~』
 なのはと並走しながら、ルビーが背後のヴィータを振り向く。
『へいへいへいビッチャービビってる~。へいへいへい』
「誰も挑発なんてお願いしていないのーーー!!」
 なのはの淡い期待はまたも裏切られた。
「ん?ヴィータちゃん?」
 気がつけば、追いかけて来ていたヴィータが静止している。
「いい度胸だ白いの…」
「ヴィータちゃんも挑発に乗らないでーーー!!言ったのはルビーちゃんなのーーー!!」
「勝負だ!!」
「…え?」 
 ヴィータが鉄球をツーシームに持って見せつけている。
 ツーシームとはピッチャーの直球の握りなのだが…そんな事は今はどうでもいい、何故いきなり、スポ根物の決闘フラグがたった?
『おお、やっと効果が出たようですね~』
「…ねえルビーちゃん?ヴィータちゃんに何したの?具体的には暗示系の魔術とか?」
 初対面とは言え、彼女の様子がおかしいと言う事くらいはわかる。
そして本人の自白までつけば、この状況で何かしたのはこいつしかいないのだが…それでも疑問は残っている。
 仮に暗示の魔術だったとしても、感知系が苦手とはいえ直ぐ傍にいるなのはにも気付かれずに使えるものでは無いだろうし、ヴィータだって、魔術を知らなくても魔力で干渉されれば気がつかないほど鈍感にも見えない。
『いえいえ~ただの催眠術ですよ~』
「催眠術!?」
『赤い連中って基本的に正義の熱血漢ですけど、割と単純なんですよね~』
「それは赤い人とか赤が好きな人に対する挑戦状になると思うの」 
 シロウとか遠坂凛とか結構条件に該当すると思う。
 この物体が、いまさら何をしようと驚くには値しない。
 本人がやれると言っているし、ヴィータの様子を見れば事実出来るのだろう。
「でも何時の間に催眠術なんて」
『魅惑のルビーちゃんダンスです』
 あの意味不明に飛びまわったり震えたりしていたあれか…あの動きの中に催眠術の要素を混ぜていたと言うわけだ。
 それ自体はすごい事だと思うし、事実すごい事なのだろうが…直視する事さえ危険なのか、この物体は?
 魔力を介入させなかったから、ヴィータ自身も気付かないうちに催眠にかかったと言うのは理解できたが、気になるのは何時からでヴィータが催眠状態に陥っていたのかと言う事だ。
やっと効果が出たとかルビーが言っていたが、割と最初からずれていた気がするのではっきりどの時点でと言うのが分からない…どこまでが彼女の素だろうか?
「さあ、魔女っ子君!!一球入魂の勝負だ!!」
 どや顔なヴィータのお目目の中でお星さまが輝いていた。
「…ルビーちゃん、ドイウコト?」
『ルビーちゃん催眠で催眠状態になると、108通りからランダムにセレクトされた人格が一時的に上書きされるのです。今回は分かりやすく、友情・努力・勝利の人みたいですね~』
「それって本当に催眠術?」
 もっと別の、危険な何かに思えてしょうがないのだが?
 まあ、猟奇的な人格じゃなかっただけましと思うしかないだろう。
「さあ魔女っ子君!」
「えっと、なのは。魔女っ子じゃなくて高町なのはだよヴィータちゃん?お願いだから魔女っ子は止めてほしいな」
「高町なのは君か、とてもいい名前だね」
 どうしよう、ヴィータがウザいレベルでさわやかだ。
 あるいはさわやか過ぎてウザいと言うべきか?
 しかも芸能人並に白い歯がキラッとばかりに光を反射している…今は夜中、何の光をそんなに反射してるのだろうか?
「大丈夫、ボールは友達、怖くないよ!!」
「それって野球じゃない球技だよね?って言うかヴィータちゃんの持っているボールは鉄球ですから!!そんな物シュートしたらなのはの足の方が壊れちゃいますから、残念!!」
 自分の足を粉砕骨折させかねない無機物は十分怖いし、そんな物と友情が成立するとは思えないし、結びたいとも思わないし…むしろ積極的にごめんなさいである。
だれが砲丸と友愛を結べますか?某愛と勇気だけが友達のヒーローならあるいはと思わなくもないが、なのはには無理である。
『でもなのはちゃん?これはもう勝負を受けないとダメっぽいですよ』
「う~」
 ルビーの言っている事が理解できるので、なのはは唸るしかなかった。
 どう見ても、ヴィータは勝負デュエルしようぜー!!と言う目でなのはを見ていて、別の意味でのバーサク状態だ。流れ的にも、ひと勝負しないとおさまりがつきそうにない。
「しかたないな…一球って言ってるから、多分あの手に持っている一個だけだよね?」
『さっきのように4個同時じゃなければどうにかなりそうですね、所でなのはちゃん?何でレイジングハートを仕舞うんです?そして何故ルビーちゃんを掴んで構えるんですか?』
「え?壊れたらレイジングハートが可哀そうでしょ?」
 なのはの構えたルビーは、まっ直ぐヴィータを指している。
「さあ、来るがいいのヴィータちゃん!!なのはが勝ったら色々お話ししてもらうからね!!」
『やっぱりまたルビーちゃんをバットにするんですねーーーー!?そしてルビーちゃんなら壊れてもいいと言うんですかーーー!?』
「ルビーちゃん…信じてるよ」
『この状況でその台詞は卑怯ですよ!!しかもパッチリって星が出そうなウインクしながらなんて、畜生可愛いじゃねえですか!!何時の間に女の武器を身につけてるんですか!!?』
「ありがとうルビーちゃん。褒め言葉と思っておくの」
「フッぼくを相手に予告ホームランとは、それでこそライバル!!」
 ルビーの必死の訴えはヴィータの声にぶった切られる。
 なのははいつの間にライバルにされていたのか全然わからなかったが…人格を上書きされていても、やはり基本はヴィータのままなのか?
きっと意味などはないのだろうと思うので、考えたら負けだ。
「いくよ、なのは君!!僕達の銀河は、きっと輝く!!」
 わけが判りません。
 ヴィータがポンと鉄球をテニスのサーブのように、自分の直上にほうり上げた。
 ツーシームはどうしたツーシームは?
「ってええ!?」
『げ、元気玉!?』
 なのはとルビーが驚きの声を上げる。
 ヴィータがほうり上げた鉄球が膨張と言うべきか巨大化というべきか、目に見えて膨らんでゆくのだ。
 運動会の大玉より、ふた回りは確実にでかい。
 そしてそれを打ち出そうとしているハンマーも、ギガント状態だ。
「これが僕の全力全開だ!!」
「それはなのはの台詞なの!!」
 台詞を取られたなのはに向けて、特大大玉が打ち出された。
 しかも、あの大きさで結構速い、基本的に衝撃とは質量×速度で威力が跳ね上がって行くものである。
「ルビーちゃん!?いつもの不思議ぱぅわーでがんばって!!」
『無理無理無理無理無理無理無理無理ですーーー!!』
「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫だからーー!!」
 この期に及んで…案外余裕でもあるのか?
 向かってくる鉄球の大きさは、なのは達を覆って尚お釣りがくるほどデカイ。
 避けようにもすでに遅く、プロテクションを展開してもそれごとプチッと潰されそうだ。
「にゃーーーーー!!」
『あはぁーーーー!!』
 これは流石にまずい、走馬燈のOPが≪千の風になって≫だったとは初めて知ったが、それすでに死んでいるから!いきなりクライマックスがデフォなのか?
 安西先生、あきらめる前に試合終了しちゃいそうです!!
「なのはーーーーーーー!!」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
 EDの《蛍の光》が終わり、スタッフロールと共に≪高町なのは9年間の人生終了のお知らせ≫がながれ始めたが、いきなりなのはの視界と悲鳴が右から左に流れた。

――――――――――――――――――――――――

「何!?」
 最初にそれに気がついたのは、当事者であるなのはでは無く、少し離れた場所にいたヴィータだった。
 鉄球が当たる寸前に、新たな人物がなのはを横から攫って鉄球の軌道から逃げたのだ。なのは達がいた場所を通り過ぎた鉄球は、背後のビルに衝突して粉砕した揚句に爆散した。
「だ、誰だ!?っつく!?」
 飛びだそうとしたヴィータの動きが脈絡なく止まる。
 勿論、彼女の意思では無い。別の要因がヴィータの動きを止めたのだ。
「バインドだと!?」
 ヴィータの腕は、光る円環状のバインドが掛り、その動きを拘束している。
 以下に破壊力抜群の武器とはいえ、それを動かす力点であるヴィータ自身を拘束してしまえば、それを振るう事は出来ない。
 はっとしたヴィータが見つけたのは、緋色の犬耳としっぽを持つ女性…アルフだ。
 彼女は更にバインドを発動して、ヴィータの残りの四肢も拘束してゆく。
「えっと、何かなのはさんが攻撃されていたんで、とっさにバインドで拘束しちまったけどよかったのかな?」
 GJアルフである。

―――――――――――――――――――――――――――

「ごめん、遅れた」
「え?」
迫りくる鉄球の恐怖に目を閉じていたなのはが、声に応えて目を開けると、そこには黄金の輝きがあった。
「フェイトちゃん!!」
 見間違えるはずなど無い。
至近にあるのは親友の安堵した顔、なのはは悲鳴にも似た叫びで彼女の名前を呼んだ。
「結界の中に侵入するのに手間取って…」
「フェイトちゃんフェイトちゃんフェイトちゃん!!!!」
「な、なのは?」
 今の二人の状況は、フェイトがなのはを両の手で抱えている。
所謂、お姫様だっこの状態だ。
そこから首に手を回され、ぎゅっと抱きつかれた方のフェイトが目を白黒させるしかない。
「こ、怖かったの…」
「う…」
 瞳から涙がこぼれ出しているなのはを見たフェイトは、我知らずうめいていた。 
 身のうちから湧きあがってくる物がある、保護欲と似ているがもっと何と言うか…上手い言葉が見つからない。
(マスター)
(ば、バルディッシュ!?)
 念話で話しかけてきた相棒に、フェイトがはっとする。
(今マスターは、言葉に出来ない“トキメキ”を感じていると思いますそれが萌と言うものです(どーんと断言)!!)
「そう、これが萌なのね…」
「フェイトちゃん?」
 思わず声に出ていたらしく、とっさにフェイトがなのはから視線をそらした。
「だ、だいじょうぶだよなのは、なのはは死なないわ、私が守るもの」
「あ、ありがとう」
「いい、だってなのはは私の嫁だから」
「…え?」
 やっとなのはが何かおかしいと気がついた。
『フェイトちゃんがデレた。フェイトちゃんがデレた~』
『フェイトさまが萌ました。フェイトさまが萌ました~』
『マスターが攻略された。マスターが攻略されました~』
「ええ!?何でルビーちゃんとレイジングハートにバルディッシュまでアルプスの少女風にテンションあがってるの!?」
 しかも、バルディッシュの物言いが特に不穏当だ。
 誰が誰を攻略したと?
『『『わーいわーい』』』
 三人…三機のデバイスと礼装は、腕があれば音高らかにハイタッチを決めていただろう。
「何で練習したみたいに息ぴったりなの!?」
『『『いえ、全くのアドリブですがなにか?』』』
 良い仕事してますね~、ちなみに第三者から見れば、現在の二人の様子は顔を赤くした美少女が、これまた美少女を抱えて見つめあっていると言う実に絵になる状況だ。
「ひゃ!」
「な!?」
 見つめあう(主にフェイト主観)なのはとフェイトの間をすり抜けるように、白いものが通り過ぎだ。
 比喩では無く、本当に白い何かだ。
「す、すずかちゃん?」
 あわてて見れば、何時の間に現れたのか、近くのビルの屋上にすずかがいた。
 しかも極上の笑みで、両手には片方4本ずつ、計8本の黒鍵を握っている。
 さっき、二人の間を通り過ぎた白い色は、文字通り白刃の白さだったというわけだ。
「あぶなかったね、なのはちゃん?」
「う、うん」
 すずかの言葉に頷きながら、今一番危険を感じるのはすずかのような気がするのは、気のせいでは無いだろう。
 半年前に魔術の道に入って来た彼女だが、元々吸血鬼の因子が魔術に適性があったらしく、なのはほどの魔力容量こそない物の、メキメキと制御や礼装の製作などに才能を発揮している、すずかが持っている黒鍵も、全て彼女のお手製だ。
 修業を始めて、まだ短い時間でありながら、すでに見習い魔術師の域に達している彼女は、なのはと方向性こそずれているものの、彼女もまたまぎれもなく天賦の才の持ち主だった。
「フェイトちゃん?」
「何、すずか?」
 ギシリと、視線をかわす二人の間で、目に見えない何かがきしみを上げた。
「フェイトちゃん、なのはちゃんを嫁にするのは、残念ながら日本で二番目よ」
「…それなら、一番は誰」
 すずかがにやりと笑い。
 無言で自分を親指で指した…貴女は何処の快傑ズバットですか?
「フェイトちゃん?そろそろなのはちゃんを降ろしてあげて欲しいな」
「だめ、なのはは私が守るの」
 親友のはずなのに、二人の交わす視線は苛烈そのものだった。
 再び二人の間で目に見えない何かがきしみを上げる。
「フェイトちゃんもすずかちゃんも落ち着いて!!」
 そして、全く望んでなったわけではないが台風の目げんいんは何処までも無風だった。

――――――――――――――――――――――――

「何やってんだいフェイト?」
 頭上で展開される女だけの三角関係を見ながら、アルフがやれやれだぜな顔をする。
 男がいなくても三角関係と言うのは成立するのだなと妙な感心もしていた。
「君こそ何やってるんだ!」
「ん?」
 振り返れば、バインドで空間に貼りつけにされたヴィータがいる。
「いきなり勝負に乱入してくるなんて、君には男の美学と言うものがないのか!?」
「いや、あたしもあんたも女だろ?そんな、孤独な笑みを夕陽にさらして背中で泣いてる趣味はないよ」
 当然、たとえるなら風をはらい荒くるう稲光的な固有結界の持ち合わせもない。
「まあいいや、こっちはこっちで始めちまおう。あんた一体「必殺―――!!」な!?」
 とりあえず事情を聞こうとしたアルフだが、いきなり降って来た声と、必殺と言う物騒極まりない言葉に、とっさに背後に飛ぶ。
「ザッフィーラキーック!!」
 直前にいた場所に蹴りが降って来た。
 いや、正確には男が蹴りの体勢で突っ込んできた。
「む、避けたか!?」
 いきなり蹴り込んで来たのは男だった。
 久しぶりの男性キャラの追加である。
 青と言うよりは紺に近い色の袖なしの上着に黒のズボン、両手足に手甲と脚甲を装備し、露出した二の腕は筋肉がラインを引いている分かりやすい格闘キャラだ。
 そして一番の特徴は銀の短髪から生えている青の犬耳だろう。
 よく見れば青の犬尻尾もはえている。
「そりゃあ、あれだけ大声で叫んで蹴ってくれば避けるに決まっているだろう?」
 逆に言えば、完全な不意打ちでは避けられなかったかもしれないが…そんな事を考えていると、男が精悍と言うべき顔立ちをにやりと笑いの形に歪める。
「フン、これだから…」
「あん?何が言いたいのさ?」
 馬鹿にされている態度に対して、アルフが犬歯を剥きだしにして威嚇する。
「確かに、無言で蹴りを放てば確実に当たっていただろう。だが、そこにどんな美しさがある!?」
「……は?」
「技の名を叫びながら攻撃すれば避けられやすくなるのは当然、それでもなお当てる所に機能美以上のロマンがあるのではないか!!」
「……まずい」
 こいつも美学持ちだ。
 しかもヴィータやアルフと違って男で、しかもかなりニヒル…この男なら、都会の闇に体を溶かして口笛吹いてる姿がとっても似合いそうだ。
「やば、真面目に似合いすぎる」
 美形キャラでは絶対に出来ない男の哀愁だが…この男なら、文句のつけどころがあるまい。
 異論なんぞ認めてたまるか!!
「ってそんな事はどうでもいいだろ!!」
 自分で自分に突っ込みを入れるアルフがいた。
 確実に、そして間違いなくルビーの汚染は広まっている。
「それで、あんたザフィーラって言うのかい?」
「む?何時の間に俺の名前を?」
「あのな…」
「お前が自分で名乗ったのだろう。ザフィーラ」
「っつ!!」
 アルフの全身の毛が逆立った。
 蹴りで奇襲された時の比では無い。
 全力で現在地から距離をとる。
「大丈夫かヴィータ?」
 気がつけば、場にいる登場人物の数が…一人増えていた。
 もう一人、桃色の髪の女性がヴィータの傍に現れている。
 まさに騎士と言った風の女性で、片手に鞘に入った剣を持っている。
 だが、そんな外見上の特徴などどうでもいい。
「何って気配の消し方をしてるんだい?あたしが、まったく気づけなかった?」
 野生の狼をベースに作られたアルフは、人間のそれより五感が鋭い。
 そのレーダーに全く引っ掛かることなく、こんな傍まで近づかれていた。
 彼女にその気があれば、一刀両断に切り殺されていた可能性は否定できない。
 あからさまなまでに、相当な実力者…しかも、最初の男も決して弱くはないのだ。それが一人ではなく二人…そう言った表面的な不利を差し置いても、アルフの本能が警鐘を鳴らしている。
「いい所に来てくれてありがとうシグナム…あれ?」
 シグナムと呼ばれた女性に話しかけられたヴィータの目の色が文字通り変わった。
 お星さまが輝いていた瞳が、通常のそれに戻る。
「あたい、何してんだ?何でバインドされてんだよ?」
「何を言っているのか分からんが…」
 とりあえずと言う風に、シグナムが剣を振るうと、バインドが全て断ち切られ、ヴィータが自由を取り戻す。
「事情は後で聞くとして、見つけたのだろうな?」
「ああ、多分な…あそこにいる白いのがそうじゃないか?」
 そう言って、ヴィータが指さした場所には、未だにフェイトにお姫様だっこされているなのはがいた。
「あの子が…確認していないのか?」
「それは…」
「なのはさんに何の用だい?」
 無視されるのが我慢ならなかったのか、会話に乱入してきたアルフに三人の視線が集まり、本能的にアルフがファイティングポーズをとるのをシグナムが手を上げて制する。
「警戒しなくていい。我々は争う気はない。少し話をさせてほしいだけだ」
「…信じられないね、あんたたちの言葉ってのは肉体言語なのかい?」
「う…」 
 半眼でヴィータを見れば、思い当たることがありまくる彼女がうめく。
 しかもシグナムとザフィーラの冷たい視線まで加わって…さっきまでギガントハンマーを振り回していた本人とは思えないサイズにまで小さくなっていた。
「お前は…」
 それで大体の事は察してくれたらしい。
 シグナムもヴィータの性格をよく知っていると言う事だろう。
「な、なんだよ?文句あんのかよ?」
「ないと思っているのか?帰ったら説教だ」
「だーーー!!ねえちゃんには内緒にしてくれよ!!」
「知らん、説教に溺れて溺死しろ」
 撃沈し、魂が抜けかけているヴィータを無視したシグナムがアルフに向き直る。
「失礼した。今回の事は全面的にこちらの非だ。ヴィータが暴走したなどと言い訳をするつもりはない」
「う、すいませんでした」
「申し訳ない」
 あっさりと、そして予想外の謝罪、ザフィーラも合わせて三人がそろって頭を下げている。
「あ、ああ」
 一気に状況が混乱し、敵かどうか把握できなくなったためにアルフが面食らう。
「あんたら…マジで何もんだい?」
 アルフの疑問は尤もだろう。
 むしろそこを気にしなかったとしたら、そっちの方が変だ。
「少なくとも敵対する気はない。貴方は彼女の知人と言う認識でかまわないか?」
「あ、ああ…そうだね、知らない仲ってわけじゃないよ」
「では、お聞きしたいのだが、彼女は管理局の関係者なのか?」
「何だって?」
 アルフの目が鋭くなる。
「ひょっとしないでも脛に傷持ちかい?」
「手前…」
「落ち着けヴィータ、いきなりこんな質問をすれば、疑われてもしようがあるまい。彼女はただ友人の身を案じているだけなのだ」
 直情傾向のあるヴィータ相手だと、油断していたら容易く話が脱線するが、シグナムとなら良識的な話ができそうだ。
「……なのはさんは管理局とは関係ないよ」
 少し考えてから、アルフは答えた。
 まったく関係ないわけではないが、所属しているわけでもない。
 それに、仮にシグナム達が何かを企んでいたとしても、関係ないと言っておいた方が万が一の油断を誘えるかもしれない。
 アルフだって色々考えて行動している。
「そうか、それが確認できただけでも今回の目的は達した。ヴィータの暴走に関しても、本人に謝罪すべきなのだろうが、それに関しては次回に持ち越した方がいいだろう。彼女…なのは殿にはそう伝えてほしい」
「何でだよ?自分で言えばいいじゃないか?」
「いや、そろそろ向こうで殺し合いが始まりそうだからな」
「は?っでえええ!?」
 シグナムの言葉に、三人を振り返ればとんでもない事になっていた。
「吸血鬼は伊達じゃないよフェイトちゃん!!」
 身体強化を使ったのだろうすずかが、ビルからビルへと飛び回り、時には垂直の壁を駆け上がりながら黒鍵を投げつけている。
 元々、身体能力には優れた子だったが、生来の吸血鬼としての自分を認め、むしろその特性を率先して魔術に取り入れた所、どう言う化学変化が起こったのか全くの謎だが、夜と言う状況においてのみ、すずかの身体能力は完全に人間のそれを凌駕するようになった。
 夜の一族の面目躍如である。
「アハハハハハーーー!!楽しいねフェイトちゃん!!ほらほらほらほらーーー!!油断してると怪我しちゃうよーーー!!」
 ただし、その反動と言うか副作用によって、魔術を使っている間のすずかの目は真っ赤に充血し、テンションは普段の大人しさが幻想だったのではないかと思えるほどに高くなるのだ。
 現在のすずかは、強化の魔術を使っているので、はっきり言って狂人である。
「くっつ、すずかは親友…でもここは押し通る!!」
 そして、そんなすずかにこれまた速度で張り合っているのはフェイトだ。
「押し通らないでフェイトちゃん!!すずかちゃんもやめてーー!!」
 更には、二人をなんとか止めようとして必死ななのは、始まりそうでは無くとっくに現在進行形になっているカオスな有様を見て、アルフが飛び出した。
 無論なのはに加勢する為である。
 その後、フェイトとすずかの頭にでっかいたんこぶを作りながらもなんとか事態を収めた時には、すでに三人の姿は何処にもなかった。

―――――――――――――――――――――――

12月2日~

「ぐっも~に~ん」
「おはようみんな」
 八神家のリビングに、今日も元気なはやての声がする。
 彼女の車椅子を押しているのはシャマルだ。
「おはようございます主」
「おはようございます」
 そんな二人をシグナムとザフィーラが迎えた。
「お、おはようはやて姉ちゃん…タスケテ…」
「ん?何しとんのヴィータ?」
 一人だけ、ヴィータが変な事をしているのにはやてが首をひねった。
 リビングの隅で正座をしているのだ。
 しかも明らかに足がしびれていると見えて、全身がプルプル震えつつ、目の幅涙を流している。
 その胸には《私は騎士失格であります》との文句の書かれたプレートが下がっていた。
「主はお気になさらずに、昨晩少々粗相をした為に仕置いているところです」
「ふ~ん、一晩中?」
 答えは縦の首肯だった。
 一晩中正座していたとなると…今のヴィータの足をちょんちょんしたりしたら、ショック死してしまうかもしれない。
 興味はあるが、流石にそれはお茶目の範囲を超えているだろう。
「そんで、あのマンガ雑誌はなに?」
一番訳が分からないのは、正座した足の上に置かれている分厚い月刊誌3冊だ。
「そろばんと抱き石にちょうどいいものがなかったので」
「ちょま、シグナムお前そんなこと考えていたのか!?」
 知っている人は知っている。江戸時代の拷問の一種で、時代劇の奉行所で時々出るが、真面目に洒落にならない代物らしい。
「なるほど」
「は、はやて~」
「事情は知らんしあえて聞かんけど、シグナムがそこまでやるんなら相当なもんやろ?同情の余地ないな~」
「のおおおおおお!!!」
 べたべたに甘やかしはするものの、締めるところはきっちり締める。
 それがはやてクヲリティー。
「さって、早いとこ朝飯作るかね」
「あ、はやてちゃん。お手伝いしますね」
「はやて~かむばーっく」
「ちゃんと反省するんやで~」
 妹の願いの言葉を笑って無視する姉の姿が…そこにはあった。
「さてと…」
 はやてが台所に入ったのを確認して、シグナムは半眼でヴィータを見る。
 据わった目に何を感じたのか、ヴィータの背筋がしゃんと伸びた。
「まずなんで“戦闘”などと言う状況になったのか説明してもらおうか?“我々の目的”を考えれば、そんな事になるはずはないんだが?」
「う…そ、それは…成り行きで帽子を飛ばされて…そのまま流れ的に…」
「流れ的に戦闘にはいるなバカ者」
「シグナム、ヴィータちゃん?見つかったの?」
 はやてに断りをいれ、リビングに戻って来たシャマルが会話に加わる。
 彼女も昨夜、何が起こったかを大まかながらにも知っているようだ。
「ああ、見つけた。見つけはしたんだが…」
 ため息込みの言葉と、やれやれな視線に再びヴィータが小さくなる。
 そろそろ、漫画おでんを持たせて“ちヴィータ”と呼んでもいいのではなかろうか?
「まあいい、まだ時間はある。何とか誤解を解けるように努めるとしよう。我々には彼女の“協力”が必要なのだ」
 シグナムの言葉に、全員が頷く。
「全ては主はやての為…」
「絶対知られちゃいけねえんだ」
「そうね、はやてちゃんにだけは私達がやっている事を知られちゃダメ」
「我々は何としても主はやての願いをかなえる」
 視線を交わす彼等の心は一つだ。
「「「「今年のクリスマスパーティに、主はやての恩人である魔女っ子を招待する!!」」」」
おい…ちょっと待てお前ら……。
「みんなーできたからテーブルに運んでーな」
「「「「は~い」」」」
 そして、いつもどおりに八神家の朝はスタートする。
「そんで食べ終わったら朝から反逆のルルーシュ一期~R2までを連続オンエアやで~」
「「「「イエス・ユア・ハイネス!!」」」」
 ヴォルケンリッター達の汚染もとどまるところを知らない。
 ノリノリで答える彼等の人気者はオレンジさん、暑苦しいまでの忠誠っぷりが何気に大人気だ。

――――――――――――――――――――――――――――――

 賢者の贈り物と言うクリスマス定番のお話を知っているだろうか?
 簡単に言えば、一組の夫婦が互いの持つ大事な物の為に、自分の大事な物を差し出してプレゼントを用意すると言うお話だ。
 結局プレゼントは無駄になってしまったが、二人は互いを思いあうと言う形に出来ない物を手に入れると言うお話である。
 それ自体は実にいい話なのだが…やはりサプライズとはいえ、最低限の情報交換は必要ではないかと思うのだがどうだろう?
次回、大暴走の予感
そのうちこのすずかで外伝か何かを書いても面白いかも


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