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第弐章 邂逅する運命
それは荒野だった。

斜陽によって茜色に染め上げられて果てのない大地。

動く物はなく、風だけが吹き抜けていくそこには無数の剣が乱立していた。

担い手もなく、朽ち果てていくのみの剣の群れは墓標のようだ。

気がつけばいつの間にか剣の群れの中に剣でないものが混ざっている。

それは一人の男だった。

赤い外套を着た男が一人。

男は振り向かない。

後姿からでは男がどんな顔をしているのか、どんな表情をしているのか分からない。

その銀色の髪だけが風に揺れている。

視界の中、男は前を向いたまま歩き出した。

自分の見ている先を見つめ、進むその歩みに迷いはない。

…何故だろう?

その背中に手を伸ばして声をかけたいと思ったのは…。

しかし、そんな思いとは裏腹に…背後に引っ張られるような感覚と自分を呼ぶ声が聞こえる。

「セイバー?」
「う…」

目を開いたセイバーが見たのは自分を覗き込んでいる女性の顔だった。
雪のように白い肌と整った顔立ち、明らかに日本人離れした顔立ちは美しく、ギリシャの大理石で作られた女神にすら匹敵するだろう。
存在その物に気品を感じさせる彼女の名はアイリスフィール・フォン・アインツベルン。
「始まりの御三家」の最後の一つ、北欧に居を構える魔術の名門、アインツベルンのホムンクルスだ。
その彼女が隣の座席から身を乗り出して自分を覗き込んでいる。

「私は…眠っていたのですか?」
「ええ、英霊でも夢を見るのね?なんだか魘されていたみたいだけど?」
「夢?私が?」

 アイリの言葉に、セイバーは首を傾げる。
本来、英霊である彼女に睡眠などは必要ない。
そして夢も見ない。

しかしさっき自分が見たものを夢と言わずになんと言えばいいのだろう?
セイバーは多少他の英霊とは違うが…それにしたって先ほど見た光景は何だろうか?

「…すいませんアイリスフィール、私はあなたの護衛としてここにいるというのに…」
「良いわよ。何にもなかったんだから」

 セイバーは答えの出ない疑問を棚上げして、とりあえずアイリスフィールに謝罪した。
 護衛が対象を放っておいて眠るなどもってのほかだ。
アイリスフィールはそんなセイバーに気にするなと言って席に座りなおす。

…それにしても、あの男は一体誰なんだろうか?

 夢の中の赤い背中が…妙に気になる。
セイバーの正体は騎士王とも呼ばれる伝説のアーサー王だ。
円卓の騎士を初め、多くの騎士達と戦場を駆け抜けた彼女だが…夢の中の男の後姿に見覚えはない。

英霊は夢を見ないが、契約のラインを通じてマスターの記憶が無意識に流れ込んでくることがある。
セイバーに覚えがないとなれば、あれは彼女のマスターの記憶と言う事になる。
だが…夢の中の男は彼女の本来のマスターではない。
雰囲気こそ似ている気がするが別の誰かだ。

そしてあの剣の群れ…荒廃した世界は何故か夢の中の男によくあっていた。
まるで一枚の絵画のように…あの世界に男がいるのが当然と言うかのように…。

「セイバー?」
「あ、すいません。ぼうっとしてしまって…」
「そう?大丈夫?」
「問題はありません。」

セイバーはさっきまで見ていた夢のことを記憶の中に押し込んだ。
所詮は夢だ。
気にすることはないと自己完結して気を引き締める。

何より今は夢にかまっている暇はない。
これから彼女達が向かう場所は戦場なのだ。
セイバーは隣にいる女性を守ると騎士の誓いを立てている。
そしてセイバー自身の願い、聖杯を手に入れるためには訳の分からない夢など気にしていられない。

二人を乗せた飛行機が戦場になる極東の島国に降り立ったのはそれから数時間後だった。

「どう?セイバー空の旅の感想は?」
「別段、どうということも。期待していたよりは味気ないものでした」

セイバーの答えに当てが外れたのかアイリスフィールが不満そうにほほを膨らます。
どうもセイバーの反応が予想より薄くて不満らしい。 
子供のような仕草だが、それすらも似合ってしまうと言うのは反則じみた美貌だ。
現に、周囲を歩く者達の中にはアイリスフィールに見とれ、横を向いたままで歩く人間までいる。
護衛役のセイバーとしては、あまり人目を集め過ぎると“敵”の視線が紛れてしまうので宜しくないのだが…。

「あら残念、もっと驚いたり感激してくれるかと思ったのに」
「…アイリスフィール、さては私を原始人か何かと勘違いしていますね」

そんな会話をする“二人”は空港のロビーの視線を釘付けにしている。
アイリスフィール一人ではない。
セイバーも含めた二人だ。

シルクのブラウスに膝上丈のロングブーツ、銀狐のファーをあしらったカジュアルコートなど高級ブティックに並んでそうな品々に、それを当然のように着こなし、似合っているのだから、見立てたアイリスフィールのセンスの良さが伺える。
その隣に立つのが、濃紺のドレスシャツにネクタイ、フレンチ・コンチネンタル風のダークスーツというようするに男装のセイバー…こちらもアイリスフィールが用意した物だが、若干の遊び心が混じっているとはいえ、それでもセイバーには良く似合っていた。   
凛々しいセイバーにはカジュアルよりもシャープな印象の服がよく似合う。
こんな二人がそろっているのだから目立つなと言う方が無理だ。

「やはり、これは…私の服装に問題があるのでは?」
「まあ、ちょっと目立ちすぎかも知れないわよね……」

深窓の令嬢と太古の王では、やはり物の見方にずれがあるらしい。
実は二人が相乗効果を起こし、人目を集めていることまでには気がつかないようだ。
良くも悪くも無意識に人目を集めて離さない才能…これをカリスマというのかもしれない。
そして、それが今回の戦争では重要な意味を持つ。

「いきましょうセイバー。気にしてても始まらないわ、せっかくの日本だもの。戦いが始まる前に、思う存分満喫しないと」
「いや、アイリスフィール、満喫とかそういう問題では…」

やがて二人が空港ロビーを出て行くまで、空港職員・客の区別なく二人に見とれていた。

■□■□

「いったい何をやっているんだか…」

周囲の視線から死角になる場所で男…セイバーの本来のマスターである衛宮切嗣はため息をついた。
よれよれのコートにボサボサの髪、一見どこにでもいそうな疲れた中年の男だ。
しかし、よく見ればコートの中に隠された妙なふくらみがある。
その筋の専門家が見ればそれが銃器だと言うことに気がつくかもしれない。

そんな切嗣は、人気のない場所で一人、手に持った双眼鏡を覗いている。
双眼鏡の先では、アイリスフィールとセイバーが街を歩いていた…っと言うより、アイリスフィールがセイバーを連れ回しているようにしか見えない。

夕方近くになって冬木市に到着した二人は拠点に向かうでもなくそのまま冬木市観光に向かってしまった。
 人の流れに逆らわずに移動しているようだが、だからと言って見失う事はなさそうだ。
あの二人がいる辺りで、人の流れに揺らぎが生じている。

セイバーとアイリスフィールは生まれもった…あるいは培った存在感が何もせずとも注目を集めてしまう。
それは切嗣に取ってよい事ではなかった
暗殺を得意とし、魔術師殺しの異名を持つ衛宮切嗣にとって人目を集めるということはマイナスにはなってもプラスになることはありえない。

だから切嗣はこの聖杯戦争でそれを最大限利用することにした。
セイバーとアイリスフィールを組ませることで衆目を集めさせ、ちょっかいをかけてきた敵サーヴァントのマスターを切嗣が後ろから殺す。

元々、人間の魔術師程度でどうにかできるほど英霊は安い存在ではない。
真正面から遣り合えば衛宮切嗣の勝率はゼロだ。

しかし、目の前の餌セイバーに気をとられて油断している魔術師を背後から一撃で殺すのは魔術師殺しエミヤキリツグの領域である。
そのためにマスターである切嗣はセイバーと別行動し、来日にしても日付をずらして先に冬木市に入った。
手駒である久宇舞弥に綿密な下調べもさせ、武器も十全に準備してある。

今日だって、セイバーもアイリスフィールも気づいてはいないが空港に降り立った瞬間から切嗣と舞弥が警護について監視していた。

「…アイリ、すまない。」

切嗣は双眼鏡の中のアイリスフィールに謝罪した。
アイリスフィールは何もかもが珍しいのかいつになくはしゃいでいる。
セイバーがそんなアイリスフィールに苦笑しながらエスコートしていた。
笑顔で興奮しているアイリスフィールの姿は娘のイリヤスフィールとそっくりだ。

…彼女は今までの人生を雪深い山の中の城ですごしてきた。
城の庭から外に出るのさえ初めてだろう。
そして最後になる。

彼女は聖杯なのだから…だからこそ聖杯を手に入れるのは自分でなければならない。
他の誰にも渡すわけには行かない。
そして娘を迎えに行くのだ。

「…イリヤ」
「動くな…」
「っ!?」

思わず切嗣の全身が硬直した。
さっきまで何もなかった背後から気配を感じる。
しかも魔力付きの気配…背後から切嗣だけに向けて叩きつけられる魔力の質は人間のものではない…サーヴァントのそれだ。

…後ろをとられた!?…油断したな…。

先日討ち取られたように”見えた”アサシンのサーヴァントの可能性もあるが、それならわざわざ気配を出して言葉をかける必要はないだろう。
無音瞬殺が暗殺者の本分だ。

「セイバーのマスターの衛宮切嗣だな?」
「誰だいそれ?」

すでにチェックメイトのかかった状態でも、切嗣はあきらめない。
少しでも希望があればそれにすがり付く生き方をしてきた。
そして今は自分のためだけじゃなく、妻や娘のためにもあきらめるわけには行かない。

「分かっているだろうが、令呪を使ってセイバーを呼ぼうとしても無駄だ。」

声からして男だろうサーヴァントの言っていることは間違いじゃないだろう。
双眼鏡の中のセイバーは切嗣マスターの窮状に気づいていない。
むしろそれが幸いか…背後のサーヴァントにも同じものが見えているとすればセイバーが不審な動きをした瞬間に殺される。

念話で助けを呼ぶのもNGだ。
あの騎士王様は間違いなく顔に出る…それでは意味がない。
令呪など発動しようとした瞬間に一撃で殺される。

では自力での状況改善はどうだ?
利き腕の右手はポケットの武器をつかんでいるが、使うためにはどうしても背後を振り返る一呼吸分の時間が要る。
それを見逃してくれる相手ではないだろう。
左手に関してはさらに無理だ。
双眼鏡を持っているので何かするためにはさらに時間がかかる。

結論…反撃すら難しいということを確認しただけだ。
しかもアイリスフィールが正規のマスターでないことにも気づかれている。

一つ気になるのは、何故背後の気配が自分をさっさと殺してしまわないかだが…

「もう一度聞くがセイバーのマスターの衛宮切嗣だな?」
「ああ、そうだ。」

もはや嘘は通じないと感じた切嗣は覚悟を決めた。
こうなったら火中の栗を拾うしかない。
下手に反撃すれば終わってしまうだろうが、いまだ自分を殺していないと言う事実に光明を見出すしか手はなかった。

「あれが今回の聖杯か?」

内心の焦りを表に出さないために、切嗣は最大の自制心を働かせなければならなかった。
背後の声はアイリスフィールを聖杯の運び手ではなく聖杯か?と聞いた。
 事情を知らない物からすればただの言葉遊びだが、“事情を知る者にとってはその違いは大きい。
今回の聖杯戦争の聖杯に関して知っているのは自分とアイリスフィール、そして聖杯を用意したアインツベルンだけのはず…セイバーすら詳しい事は知らない。
知らせないようにしてきたというのに…。

「…彼女が聖杯の運び手だ。」
「運び手?…まあいい、彼女の名前は?」
「…アイリスフィール、僕の妻だ。」
「いい名だ。」

まるで世間話みたいな会話だ。 
普通は妻を褒められればうれしいのが普通の夫だろう。
残念ながら切嗣は普通の夫ではない。
しかも、自分の命を握られた状態では冷や汗しか出てこない。

「…衛宮切嗣、聞きたいことがある」
「何かな?ところでそっちを向いてもいいかい?顔さえ合わせない状況じゃ話しづらいんだけど?」
「振り向く代償に首が飛んでもいいのなら振り向けばいい」
「物騒だな」

舌打ちしたいのを我慢して平常心を装う。
さっきから感じていた事だが、このサーヴァントはまったく油断と言うものをしない。
本来、人間の魔術師と英霊ほどに差があれば、慢心の一つもしそうなものだが…背後の気配は身じろぎ一つ許してくれそうになかった。
切嗣も慢心一つくらいでサーヴァントをどうにかできると自惚れてはいないが、セイバーを呼ぶ隙が出来るかもしれない。

「何が聞きたいんだい?」
「何故聖杯を求める?お前が望む願いは何だ?」
「おいおい、僕は魔術師だぜ?根源にたどり着くために利用できるものを利用するのは当然じゃないか?」

実際、始まりの御三家を筆頭に聖杯戦争に参加するマスターの願いはそのあたりだろう。
 教科書通りの答えのはずだ。

「嘘だな、私が聞きたいのはそんな“魔術師のような理由”じゃない、衛宮切嗣の願いを聞いている」
「…まるで僕が魔術師じゃないような言い方だね?」
「ああ、そうだ。衛宮切嗣は魔術師ではない。”魔術使い”だから魔術を使うことに誇りなどなく、目的に到達するための手段でしかない。…そうだろう?」

切嗣は冷や汗が出てきた。
どうやら自分のことはかなり込み入ったことまで知られているらしい。
確かに切嗣は魔術師であることに誇りなどない。
己の願いのために他を顧みない魔術師に嫌悪さえしている。
切嗣にとって魔術とは、銃や爆弾と同じように目的達成のための道具以上ではありえない。

「そんな人間が魔術の極みである根源や魔法に興味を持つはずがない。考えられるのは聖杯の願望機としての機能だろう?」
「……」
「いったい何を願うつもりだ。衛宮切嗣?」

切嗣は、相手のペースに乗せられている事がわかっていながらも、打開策が思いつかなかった。
しかも背後からの声は悉く切嗣の心に鋭く突き刺さってくる。

「僕が何を願うのかは知らないんだね?」
「予想は出来なくもない。衛宮切嗣という人間は“人として壊れている”普通の魔術師が望むような俗物的な願いではあるまい?」

それも…正解だ。
衛宮切嗣の願いは普通の魔術師が望むものではない。
アイリスフィールと久宇舞弥以外はサーヴァントであるセイバーさえ知らないことだ。

他の誰かに話せばバカにされるか正気を疑われるか…そんな願いを抱く衛宮切嗣は確かに壊れている。
しかし、この聖杯戦争の勝者に与えられる万能の願望機…聖杯ならばその願いはかなうかもしれない。
いや…もうここの聖杯以外には切嗣の願いを叶えるすべは存在しないのだ。

「「……」」

両者の間に重い沈黙が下りる。
静寂を破ったのはサーヴァントの言葉だった。

「話を少し変えようか?…聖杯戦争が進み、英霊が脱落していけば聖杯アイリスフィールがどうなるかは知っているか?」

もはや隠すことは無意味だ。
背後のサーヴァントは知っている。

「……ああ」

そして切嗣も知っている。
彼女アイリスフィールの運命を…。

「お前が聖杯に望むものとは、妻を犠牲にしてまで手に入れなければならないものか?」
「…何が言いたいんだい?」

言葉に殺気が混じった。
殺されるのを覚悟で振り向いて殴りかからなかっただけ、自制できた方だろう。
その問いはずっと自問自答して何度も何度も悩んできたことだ。
果たして自分の願いは妻を犠牲にし、娘から母親を奪ってまで叶えなければならないことなのかどうか…。

「…僕はそう信じている」

数秒間の沈黙の後の答えがそれだった。
すでに切嗣の持つ双眼鏡の中に二人の姿はない。
海の方に向かったようだが、自分が行けなくても舞弥がフォローしてくれているはずなので問題はあるまい。
その後どうなるかは分からないが…。

「衛宮切嗣…そうまでしてなりたいのか?”正義の味方”に」
「なんだと?…正義の味方?」

 予想もしなかった切り替えし…しかもその一言はこの上なく的確に切嗣の深い部分を打ち抜いた。
 思わず警告を無視して振り返りかけた切嗣の首に冷たい感触が押し付けられ、その動きを封じる。

「…お前は自分が幸せになることが許せないんじゃないのか?見捨ててしまった者達、そして救えなかった者達を差し置いて自分が幸せになる資格などないと勝手におびえている。…違うか?」
「な、何を言って…」

言葉の一つ一つが切嗣に刺さってくるようだ。 
気が付けば殺人機械としての衛宮切嗣の仮面にひびが入っている。
決めたはずの決意が男の言葉に揺らぎ始めていた。

「…衛宮切嗣…お前の願いはかなわない」
「何を根拠に言っているのかな?」

何とか絞り出した声は震えていた。 
衛宮切嗣の心の深い場所に入り込んでくる言霊に嘘だと言い切れない。
なぜなら…背後のサーヴァントは衛宮切嗣を哀れんでいる…同情している…それが理解できてしまった。
彼は…自分の知らない何を知っているというのか?

「今のままなら、衛宮切嗣はその歪んだ…ちっ!どこのバカだ?」

いきなり何かに気がついた声の意味するところは、切嗣にも分かった。
海岸の方から強烈な魔力の波動を感じる。
明らかな挑発…そしてこれ開けの魔力を一気に発する事が出来るのはサーヴァント以外にあり得ない。
しかも、サーヴァントとマスターのパスを通じて魔力を感じてみればセイバーがそこに近づいていっている。
おそらく…いや、間違いなくアイリスフィールも一緒だろう。

 騎士王とアイリがこの挑発に乗る事自体は悪くない…切嗣が身動きをとれない状況であることの方が予想外なのだ。

「…話はまたの機会にしよう。」
「っつ!?ちょっとまて!!」

 あっさりと…切嗣を殺す事なく開放するようなことを言ったサーヴァントに、むしろ切嗣の方が焦った。
どう言うつもりだと振り返った切嗣が見たのは、夜の闇よりなお暗い漆黒の外套が風にはためく姿…それを見たと思ったのも一瞬で、すぐに消えてしまった。

切嗣にはさっきまで自分に起こったことが何一つ理解が出来なかった。
さっきのは間違いなくサーヴァントであり、そして自分がセイバーの本当のマスターだということにも気がついていた。
なのに何故自分を殺さなかったのだろう?
サーヴァントである以上、この殺し合いに勝ち残って聖杯を手に入れたいはずだ。

同じ意味で、どこかにいるマスターが自分を殺さないように命じたと言うのも考えにくい。
もし今の状況であのサーヴァントと自分の立場が逆ならば問答無用で殺していただろう。
しかもあのサーヴァントはまるで自分がどういう人間か良く知っているような口ぶりだった。

『切嗣、サーヴァントが現れました。マダムとセイバーが向かっています』

通信機からの声に切嗣ははっとする。
こんなところで呆然としている暇はない事を思い出した。
なぜあのサーヴァントが自分を見逃したのか…その理由は皆目見当がつかないが、今は深く考えるときではない。
切嗣は生きている。ならばやることは一つだ。

「分かった。どこに向かっているかわかるか?」
『港の倉庫街に向かっています』
「先回りしよう。先行してくれ」
『はい』

通信を切った切嗣はサーヴァントの飛んでいった方を見る。
間違いなく自分達が行く方向と同じだ。
ならばすぐにまた会う事になるだろう。

あの漆黒のサーヴァントに…

「何を考えているか分からないが、敵は排除する」

今までそうしてきた。
そして、これからも多分変わらない。
切嗣はコートの中に隠していた銃を取り出すと安全装置を解除する。

行動を開始した衛宮切嗣は同じ顔をした殺人機械になっていた。

■□■□

「あれが現役の切嗣≪爺さん≫か、魔術師殺しだったというのも頷ける」

宵闇が迫る空を飛びながら、エミヤシロウは呟いた。
正義の味方になると日本を飛び出して数年、その途中で衛宮切嗣の名前に接する機会は多くあった。
しかしそのどれもが”魔術師殺し”としての義父の姿であり、自分の知る衛宮切嗣のイメージとはかけ離れたものだったので度々首を捻った物だが…成程確かにあの切嗣ならば頷ける。
同時にエミヤシロウは自分の知っている義父キリツグ魔術師殺しキリツグは同じものだというのも感じた。
仮面で覆っているようだがアイリスフィールの名前を出したときや本心を覗かれたときに素の切嗣が表に出てきていたのを見逃してはいない。
魔術師殺しとしての切嗣も義父であった切嗣も同じ人間の一側面なのだろう。

切嗣との記憶はその殆どが磨耗して思い出すことも出来ないが、自分を助けてくれたときの笑顔と、別離の瞬間に浮かべていた笑顔だけは地獄に落ちても忘れなかった記憶の一つだ。

「…アンリ・マユ…何故私をこの時代に放り込んだ?これがお前の救いに繋がるのか?」

 あの瞬間、アンリ・マユの救いを求めた自分がこの時代にいること、そしておそらくアンリ・マユのものであろう魔力と刺青を受け継いだこと…答えは出ない…まだ…。
 斜陽は沈み…魔術師の時間が始まる。



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