No.116847
冬野 氷夜さん
――僕は、『彼女』に恋をした。
――初恋は、叶わない。
僕は、現実に苦しむ。情報や数値化された形骸社会に対して、理解できない事に苦しむ。だから、僕は世界と同化する事も出来ず、『彼女』がいる世界を望む。
――初恋は、叶わない。
そんな情報にも。信憑性が正確でない噂話にも。
……だけど、僕自身、その情報が間違っていない事を知っている。
僕が『彼女』に感じた感情を恋と言うのなら、それは僕の初恋だ。
そして、初恋は、叶わない。
それは、僕が、『彼女』と結ばれる事が無いという意味と同じだ。
……けれど、それでも、
僕は、『彼女』に恋をしている。
――それが、どんなに悲しい事でも。
――僕は、『彼女』に恋をしている。
それは、揺るぎ無い事実なのだ。
『彼女』は、僕が知っているだけ。
接触する事は出来ない。
手を繋ぐ事も、抱き締める事も。
――だって、『彼女』は、
――『僕の妄想なのだから』。
僕は、妄想に恋をした。
『彼女』という夢に人の姿を見出して、好きという感情を知った。
――『少なくとも、それは、今まで知らなかった事だ』。
人間が人間に好意を抱く事がステータス化してきたこの現代社会で、僕は『彼女』以外に誰かに好意を抱いた事は無い。
それは、一般的な視点から見れば、どれだけ『悲しくみえるのか』、僕には理解できる。――もしかすると、それは万人の心象に共通するだろうと高をくくっているだけなのかもしれないが。
僕は、歪んでいるのだろうか。それとも、周りが狂っているのだろうか。
「――ああ、悲劇だ」
僕は、現実に溜め息を吐きながら、悲劇の英雄を気取る。空しいだけの行為だ。
――しかし、
「可哀そうだよ、貴方は。いつも」
そう、僕の耳元で『彼女』が囁く。返答は確かに返ってくる。
「貴方は、悲しい」
そして、僕の意見は肯定される。その事が、嬉しいのだ、僕は。
だから僕は、『彼女』に、
「でも、君がいると悲しくない」
そう言い直すのだ。
答えは、返ってこないけれども――。
日々が続いた。
何も無く、『彼女』といる優しくて甘美な日々が続いた。
きっと、その間、僕は幸せだった。
きっと、その間、『彼女』は――、
「君は、この日々がイヤなんだろ」
僕は、『彼女』に問い掛けた。
妄想の『彼女』に。日々の終わりを望んでいるだろう――『彼女』に。
「……」
『彼女』は、反論しないで黙った。
「そうか」
僕は、黙る『彼女』に言った。
「……そうだったんだよ。――『僕は君だったんだ。君は僕だったんだ。……僕が君を拒絶し始めたから、君は僕との日々をイヤがっているんだ』」
――初恋は、叶わない。
その噂を知った時から、僕は……。
「ごめんね」
『彼女』は、僕。
僕は、『彼女』。
僕が、『彼女』に対して、拒絶反応をした。
だから、『彼女』は消えて行く。
……それなのに、ごめんね、という言葉が聞こえた。
――初恋は、叶わない。
僕は、その事実を胸にして、歩き出す。
――僕は、ようやく、自分自身を好きになれた。
その感情を得た瞬間から、僕は誰かを好きになれる。
――初恋だったのだろうか。
僕自身ともいえた『彼女』に対した、その好意は、初めての恋だったのだろうか。
――今の僕には、分からない。
……だけど、進めば分かるだろうか。
分かるのなら、僕は、歩き続けよう。
――もう一度、初恋を知るその時まで。
……だから、さよなら、『彼女』。
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恋愛に見せかけた……な作品。一日で書き終えた作品。暗いです。
2010-01-06 09:53:46 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:704 閲覧ユーザー数:698