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“神の粒子”発見までの道のり

7月4日 23時40分

春野一彦記者

宇宙の成り立ちに欠かせないものとして、半世紀近く前にその存在が予言されながら見つかっていなかった「ヒッグス粒子」とみられる素粒子が、日米欧などの国際的な研究グループによって発見されました。
ヒッグス粒子とは何なのか、今後、どのように生かされていくのか、科学文化部の春野一彦記者が解説します。

“神の粒子”

ヒッグス粒子は私たちの身の回りも含め、すべての宇宙空間を満たしている素粒子として、1964年にイギリスの物理学者、ピーター・ヒッグス氏が存在を予言しました。
もし、ヒッグス粒子が存在しなければ、宇宙を構成するすべての星や生命が生まれないことになるため、「神の粒子」とも呼ばれています。

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最後の素粒子

私たちの宇宙は、1960年代以降まとめられた現代物理学の標準理論で、17の素粒子から成り立っていると予言されました。
これまでに、クォークやレプトンなど16については実験で確認されてきましたが、最後の1つ、ヒッグス粒子だけが見つかっていませんでした。

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質量の源

ヒッグス粒子が担っている最も大きな役割は、宇宙のすべての物質に「質量」、つまり「重さ」を与えることです。
およそ137億年前、宇宙が誕生したビッグバンの大爆発によって生み出された大量の素粒子は、当初、質量がなく、自由に飛び回っていました。

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ところが、その後、ヒッグス粒子が宇宙空間をぎっしりと満たしたため、素粒子がヒッグス粒子とぶつかることで次第に動きにくくなり、物質を構成していったと物理学者たちは考えたのです。
ヒッグス粒子にぶつかることで動きにくくなる、この「動きにくさ」が質量そのものだと考えられているのです。

どうやって発見

およそ半世紀前、物理学者によってその存在が予言されながら、発見されてこなかった「ヒッグス粒子」。
今回、研究グループはどのような方法でこの未知の素粒子の正体に迫ろうとしたのでしょうか。
ヒッグス粒子を見つけるには、宇宙が誕生した直後の状態を再現する必要があります。
その壮大な実験は、スイスのジュネーブ郊外にあるCERN=ヨーロッパ合同原子核研究機関で、世界30か国以上からおよそ6000人の研究者が参加して4年前から行われてきました。

巨大な実験施設

実験には、CERNの地下100メートルにあるLHC=大型ハドロン衝突型加速器と呼ばれる施設が使われました。
一周27キロの山手線とほぼ同じ規模の円形のトンネルの中に真空のパイプが通されています。

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この「加速器」の中で、原子を構成する陽子を2つ、それぞれ逆方向から光と同じぐらいの速さで飛ばし、正面衝突させることで、極めて高いエネルギーを生み出し、ビッグバン直後に匹敵する超高温の状態を再現します。
このときに生まれるさまざまな粒子の中からヒッグス粒子を探し出すのが、高い感度を持つ巨大な「検出器」です。
「検出器」は直径20メートルほど、長さが40メートルほどの円筒形で、総重量は7000トン。
内部には粒子を検出するためのセンサーが何重にも取り付けられています。

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検出器の中では陽子と陽子が1秒間に数億回もの衝突を繰り返しますが、コンピューターの処理能力に限界があることから、実際に記録できるのは全体のおよそ10万分の1に当たる300から400程度です。
このため検出器には、ヒッグス粒子の発見につながりそうな粒子を瞬時に選び出す仕組みが組み込まれています。
研究グループでは、こうした加速器や検出器を使った実験を、保守点検のため去年12月から停止していましたが、ことし3月に再開し、最新の実験の成果に世界の注目が集まっていました。

「みられる」粒子

CERNは4日の発表で、「ヒッグス粒子を発見」ではなく、「ヒッグス粒子と『みられる粒子』を発見」と表現しました。
それはなぜなのか。
CERNは、これまで確認されていなかった、新たな粒子が発見されたことは間違いないとしています。
そして、その粒子はヒッグス粒子とみられると表現しています。
研究グループでは、さらに解析の精度を高めるとともに、別の角度からのデータでも裏付けたい、ということで、今回は、断定的な言い方を避け、このような表現にしたということです。
表現は慎重なものになりましたが、これまでに確認されていなかった新たな粒子が発見されたのは確実で、今回の研究は「世紀の大発見」を成し遂げたといえます。

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歴代ノーベル賞学者も

今回の発見について、4年前にノーベル物理学賞を受賞した高エネルギー加速器研究機構の小林誠特別栄誉教授は「ヒッグス粒子を長く探してきたが、やっと見つかったかという気持ちが大きい。発表では慎重な表現を使っていたが、ヒッグス粒子と考えるのが自然な解釈だと思う」と話しました。
また、素粒子の1つ、ニュートリノの観測でノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんは「“重い質量”の粒子はこれまで見つかっておらず、これはすごい発見だ。理論の提唱でさまざまな議論があっても実験で確かめることが重要で、見つかった粒子が本当にヒッグスであるかどうか、性質を実験的にどこまで確かめられるかが、これから問題になる」と話しています。

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発見の意義は?

そうしたヒッグス粒子、発見に至れば、どのような意義があるのでしょうか?
ヒッグス粒子は、ビッグバンの直後に宇宙空間を満たしたとされているため、宇宙の起源を解き明かす重要な手がかりとなります。
そして歴史的に見ると、こうした新たな発見はのちのちになって生活や産業を発展させてきました。
たとえば、X線も見つかったときには、何の役に立つのか分かりませんでしたが、今では病院での検査に欠かせません。
粒子を加速する技術も、がん治療に応用されています。
ですから、今後、ヒッグス粒子も、私たちの生活や産業に生かされていく可能性もあります。
今後の研究の進展を楽しみに見守りたいと思います。