ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
本作品はログ・ホライズンの二次創作です。
一部、作者独自の解釈が含まれる可能性があります。

また、本作品はオムニバス形式にて連載する予定です。
各話ごとに作品の主役が変更されますので、あらかじめご了承ください。
第1話 メイド(元開拓民)のサリア


暗闇の中、聞こえてくる悲鳴と雄たけびにサリアはガタガタと震えていた。
何故、こんなことになったのか。
ほんの数時間前まで、サリアのいる場所には、開拓村が『あった』
小さな開拓村だった。
ヤマトの片隅にひっそりと存在していたが故に領主の庇護は受けられず、
時にモンスターの襲撃を受ける。
怪我や病、そしてモンスターの襲撃で生まれたばかりの乳飲み子を含めれば村人が
1人も死ななかった年などサリアが生まれてから1度も無い。
だが、それでも村は平和だった。

畑を耕し、牛と豚を飼い、苦労は絶えないがそれなりに幸せに暮らしていたのだ、
今、この夜までは。
開拓村に終わりを告げたのは100を越える〈緑小鬼〉の夜襲だった。
圧倒的な数の暴力の前に、装備も錬度も決して優れているとは言えず、
なによりたったの8人しかいなかった自警団は全員死亡。
村を守る戦士たちを屠った〈緑小鬼〉たちは略奪の限りを尽くし、
村人達は次々と殺された。
後に残っているのは、サリアのように、家に篭り、隠れたものたちだけ。
だが、それすらも残忍な〈緑小鬼〉たちは探し、見つけ出し、嬲り殺しにしていく。

(あたしも…ここで死ぬのかな?)
恐怖を通り過ぎ、後に残るのは、ぼんやりとした絶望と諦め。
そして、来るべきときを待っていた、そんなときだった。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!
つんざくような悲鳴が突然上がった。
サリアはビクリと身体を震わせる。
明らかに先ほどと違う。悲鳴を上げているのは…〈緑小鬼〉だ。
一体、何が起こっているのか分からないが、とにかく、
〈緑小鬼〉が悲鳴を上げている。
(な、なに…!?)
その悲鳴はどれほど続いたのか…
後で思い返して見ると、ほんの数十分だったように思う。
悲鳴はやみ、村は夜の静寂に包まれる。そして。

『おい!誰か生きてるか!生きてるなら返事をしてくれ!
 僕達はハ…〈D.D.D〉の〈冒険者〉だ!』

扉を叩きながらなにやら言っている、人間の声が聞こえた瞬間。
極度の緊張に包まれていたサリアは、緊張がとけて安堵と共に気絶した。

あの悪夢のような〈緑子鬼〉の襲撃事件のあと。
サリアはザントリーフ戦役に参加していた〈冒険者〉に助けられ、命を拾った。
そして生き残った僅かな村人たちと共に、〈冒険者〉に連れられて故郷を離れた。
連れてきた〈冒険者〉はアキバの街をまとめる〈円卓会議〉の筆頭であり、
構成団員1,500を数えるアキバ最強最大の騎士団
(少なくともサリアの理解ではそうなっている)〈D.D.D〉に属する騎士の一部隊。
彼らは、今回の戦役の戦災孤児たちをご領主様に頼んで
マイハマにある孤児院へと預けることにした。
そして15歳になるサリアを騎士団の家事をこなすメイドとして雇った。

それが3ヶ月前の出来事。

第1話『メイド(元開拓民)のサリア』



サリアたちの一日は日の出と共に始まる。
太陽が昇り、秋の遅めの朝日が窓から差し込むと同時に、サリアは目を覚ました。
簡素なベッドの上で少しだけぼんやりしながら寝巻きである簡素なローブを脱ぎ、
枕もとの水差しで顔を洗う。
少し癖のある茶色い髪を濡らして櫛で軽く整えながらメイド服を着終える頃には、
すっかり目は覚めている。
「おはようございますサリアさん」
「はい。おはようございます。アルフェ先輩」
同じように起き出し、朝の準備をしていた黄金色の髪と尻尾を持つ、
狐尾族である同室の先輩に朝の挨拶をする。
「ふふ、サリアさんはいつも元気ですね」
「えへへ。そりゃ、アタシみたいのは元気だけが取り得ですから」
「そうかしら?そんなことは無いと思いますけどね。サリアさんは可愛いですから
 …さて、今日は晴れですから、そろそろ行かないと」
「あ!そうですね。早く行かないと洗濯頭に怒られちゃう!」
挨拶もそこそこに、二人は朝の仕事に向かうべく、
袖を捲り上げながら部屋をでて、中庭に向かった。

「おはようございます!」
「おはよう!アンタの今日の分だよ!しっかり洗いな!」
中庭に着くと、先に着ていた洗濯頭にさっそくとばかりに大き目のタライを渡される。
タライの中にたっぷり入っているのは、ざっと50枚ほどの男物の下着。
泥と汗でかなり汚れたそれを持ち上げ、
城の内部を流れる井戸のある洗い場へ向かう。
同じように大量の下着を洗濯している数十人のメイド仲間たちと
共に井戸から水をくみ上げ、タライに水をはり、洗濯板を手に取る。
「うんしょ、うんしょ…」
開拓村では見かけなかった石鹸をたっぷり塗りつけた下着をゴシゴシとこすって
汚れを落としていく。
大量の汚れ物を洗い終えるまでには大体2時間かかる。
それまでサリアは一心不乱に洗い続ける。
ひたすらに。熱心に。とにかく汚れを落とすことだけを考えて。
「…よし、終わった~」
きっちり2時間で、担当分の洗い物を干し終えたサリアは立ち上がる。
「サリアさんも終わったみたいですね」
「はい。先輩」
サリアよりほんの少しだけ早く洗い終えたアルフェは、
いつものようにサリアを待っていたらしい。
にこりと微笑むと、サリアにいつものように誘いの言葉をかける。
「それでは、朝ごはんを頂きに行きましょうか」
「はい!」



〈D.D.D〉の大食堂は一度に300人もの人間が食事をできる、巨大な食堂である。
遅めの朝食を取る〈D.D.D〉の〈冒険者〉に混じり、トレイを取ってカウンターに並ぶ。
「よう。サリアちゃん、元気か?」
「はい元気です!おはようございます、ガイゼルさん!」
「やっぱアルフェさん美人だよなあ。今度一緒に飯でもどう?」
「ふふ。考えておきますね」
並んでいる間、〈D.D.D〉の〈冒険者〉に気さくに声を掛けられる。
サリアやアルフェのような住み込みで雇われている〈大地人〉は
1,500人の規模を持つ〈D.D.D〉でも、50人ほど。
料理人などの通いの職人を入れても100人ほどしかいない。
規模を考えると異常に少ないが、それはアキバの街の
〈冒険者〉の気質によるものだった。
〈冒険者〉は平民のように基本的にある程度のことは1人で出来る。
〈大地人〉の貴族だったら1人につき少なくとも3人は世話係がつくものだが、
〈冒険者〉にはそれが無い。
〈冒険者〉に取ってのメイドというのは、洗濯(それすらも女性騎士を中心に一部の〈D.D.D〉の騎士は自分でやっている)や廊下、トイレの掃除のような
家門全体の仕事のために雇われるものなのだ。
そしてその希少性ゆえか、〈D.D.D〉の〈冒険者〉の面々はサリアたちに優しい。
最初は丁重すぎる扱いに戸惑ったものだが、しばらく暮らすうちに、慣れた。
(今日は何を食べようかな…)
〈〈冒険者〉〉たちと話しつつも、サリアの思考は既に朝食の方に飛んでいる。
目の前には、大量のパンと、簡単ながらも美味しい、何種類かの料理。

〈D.D.D〉の朝食は、バイキング形式を取っている。
各自が好きなものを取り、足りなくなった料理は順次追加する。
余った分は実地の戦闘訓練に向かうメンバーのお弁当に流用。
無駄が出ないよう色々工夫した結果、この形式に落ち着いたらしい。
少しして、順番が回ってきたサリアは塩を振った目玉焼きとカリカリのベーコン、
果物のジュース、野菜たっぷりのスープ、そして大き目のパンを二つとる。
そしてちらりと隣を見て。
「いつも思うんですけど、先輩はそれで足りるんですか?」
野菜スープを1杯と、小さめのパンを1つ、
そして水だけ取ったアルフェを見て、尋ねる。
家事の仕事は、この世界では結構な重労働だ。
それだけにこの年上の先輩がこんな少ない食事で活動できると言うのが、
俄かには信じられない。
食事時はいつも一緒だが、昼も夜も食べる量はそんなに変わらない割に、
特に仕事に支障をきたしたりもしない。
サリアよりよっぽど体力もあり、仕事もこなせる。そんな“出来る”人だ。
それに、アルフェは少し困ったように答える。
「ええ。昔から小食でしたから」
「へえ~、そうなんですか。もったいない。こんなにおいしいのに」
そう言いつつ、サリアはトレイに盛られた食事を見る。
見ているだけで唾がわく。
ここに並んでいるのはメイドになってからはほぼ毎日食べているものだが、
それでも充分に豪勢だ。

グゥゥゥゥゥ…

「…あう」
見てたらお腹がなった。恥ずかしい。
「た、食べましょうか!先輩」
それをごまかすように、大き目の声でサリアはアルフェに言う。
「ええ。そうしましょう。サリアさんも我慢の限界のようですし」
「…あう」
ごまかし切れなかったが。



朝の仕事を終えた後の食事の時間、大食堂に据え付けられた
最新式の機械時計が9時を告げるまでは、サリアたちの仕事は無い。
朝食とその後のひと時の休憩時間。
サリア達はいつも同じメイド仲間とお喋りして過ごしていた。

「最近、また涼しくなりましたね」
日課の朝の洗濯での水の冷たさを思い出しながら、サリアが話題をふる。
「ええ、この前のお祭りが終わってから、めっきり冷え込んできましたね」
「だにゃん。あっちも最近は朝なかなか布団から出る気にならないにゃ」
「…そう?まだ、秋の始まりくらいの寒さの感じ、だと思う」
彼女に答える声は、全部で三人。
いつもどおり、誰に対しても同じ丁寧な口調で返す狐尾族のアルフェ。
猫人族特有の訛りを隠そうともしない、白い毛皮で覆われたタニア。
ボソボソと言葉を返す、狼牙族特有の量の多い黒髪をゆるく三つ編みに結った、
タニアと同室のメイドであるクロ。
そしてそれに人間族のサリアを含めたこの4人は、雇われた時期と部屋が近いお陰で、
メイド仲間として親しく付き合っている。
仕事の無い日が重なることも多い(3日働くと丸1日、休みを貰える)ので、
みんなで連れ立って遊びに行くこともある。
4人は種族と出身の壁を乗り越えた、友人同士だった。

現在、アキバの街で暮らす〈大地人〉たちは、基本的に1種族が人口の大半を占める
他の街では考えられないほど出身地と種族が多様である。
そうなったのは、アキバが豊かな街であり、様々なものや仕事が溢れているため
でもあるが、それ以上に〈冒険者〉が〈大地人〉とはまるで違う考えを持って
この街を統治していることが大きく起因していた。

アキバの街では8種族の誰もが同等に扱われる(流石に数の上では人間が多いが)
アキバの街の〈冒険者〉には少なくない数の異種族が含まれ、
その〈冒険者〉の中には人間種で無い異種族であろうとも栄達したものが多くいる。
〈円卓会議〉の11人の評議員にも何名か異種族がいるし、
〈D.D.D〉でも団長こそ人間だがその片腕を務める副官とでも言うべき
〈冒険者〉は狼牙族の女性だ。
どうやら彼らは各種族には得意不得意の差異はあれど優劣は無いと言う考えを
持っているらしい、と言うのが〈大地人〉から見た〈冒険者〉評である。

それは〈大地人〉に対しても同様であり、アキバの〈冒険者〉達は
善の勢力であればどんな種族であっても差別することなく平等に接し、
その扱いは公正明大だ。
その対応は本来尊ばれる立場の貴族や豪商には受けが良くないが、
一方で虐げられる立場にあった異種族には暮らしやすい。
そんな噂が“国交”を結んだイースタル以北と砂糖などの貴重な品を
盛んに交易をしているナインテイルを中心に広まり、
アキバの街はかつて以上に異種族と移民が溢れる、
ヤマトで最も活気と混沌が混ざり合う街へと変貌していた。

ひとしきり寒さについての談義をした後、ふと、
サリアは前にタニアが言っていたことを思い出し、タニアに尋ねた。
「そう言えば、この前の天秤祭で、すごくいい暖房を見つけたって、
 タニア言ってなかった?」
「そう、それにゃ!」
サリアの言葉に、タニアは食いつき、嬉しそうにそのときの話をする。
「天秤祭が始まる頃には、もう寒くなり始めてたにゃ。
 だから、なにか暖房が欲しいにゃと考えて、家具を探しに入ったにゃ。
 この城は遺跡改造した城だから暖炉ついて無いし、本格的に寒くなる前にと思って。
 そして…あっちは出会ったにゃ。あの『こたつ』に」
「「「こたつ?」」」
聞きなれない言葉に、3人は首をかしげる。

「そうにゃ。灰と炭を入れてずっと暖かく保てるようにした壷に、
 背の低いテーブルと布団を被せて上に板を置くのにゃ。
 そうすると布団の中はずっとあったかなのにゃ。あれさえあれば、
 寒い冬でもあれの布団に入ってやり過ごせば、平気なのにゃ!」
目をキラキラさせながら力説する。よっぽど気に入ったらしい。
「じゃあ2日目、お昼にタニアさんが遅刻したのは…」
アルフェの言葉に天秤祭でのことを思い出す。
あの村の祭りの何千倍も大きな祭りの間、サリアたちは特別休暇として
全ての家事が免除されたので、4人であちこちを見て回った。
あの時は確か、どこを見たいかで意見が割れたことから昼の鐘がなるまでの間
自由行動として、タニアだけ盛大に遅刻したのだ。
タニアも同じことを思い出したのか、照れ笑いしながら返す。
「カイヨーキコーの家門の試供品体験会に行ったんだにゃ。
 色んなものがあったけど、アレは特に素晴らしいものだったにゃ」
うっかり入ってしまったばかりになかなか出られず、おまけに昼寝までしてしまい、
変なことに巻き込まれたんじゃないかとあちこち探してくれた他の3人に迷惑をかけた。
それ自体は苦い記憶だがそれはそれだ。
「へぇ…じゃあ、買うの?」
サリアの問いかけに、タニアはしょんぼりと今まさに問題となっている点を答える。
「はうう~、それが欲しいけど一番安いのでも金貨500枚するにゃ。
 1ヶ月のお給金がほぼ全部吹っ飛ぶにゃ」
結構高いのだ。複数のアイテムを〈冒険者〉独特の不思議な感性で組み合わせることで
出来ているものなだけに。
それでも長く使う家具としてみたらそれなりにお手頃な価格なのだが、
やはり躊躇してしまうものである。もっとも。
「…別に、いらないと思う。秋の終わりでコレぐらいだったら、
 多分冬になっても雪も積もらないくらいにしかならない」
「そりゃアンタはエッゾ出身だから寒いの平気だろうけど、
 あっちはナインテイル出身なのにゃ!
 ていうか雪なんて、ナインテイルじゃほとんど降らなかったにゃ!」
寒さに強い同室の友人にはしっかり反論する辺り、買う気は既に固まっているのだが。
「まあまあ。でも確かに考えておかないといけませんね。
 冬が本格的に来たら、今よりもっと冷え込むでしょうし。
 とはいえ、ずっと使う暖房ならそれ位するのは分かりますけど、
 ちょっと戸惑う額なのも確かですね」
2人の友人をとりなすようにアルフェが言う。
アルフェの言うことにも一理ある。
今はまだイースタルの北部出身のサリアには余り寒いと感じられるほどではないが、
これからまだまだ寒くなるだろう。
そんなことを考えながら、ふと思いついたことを言って見る。
「う~ん…あ、それだったら、みんなでお金を出し合って、1つ買ってみる、とか?」
「それにゃ!確かにあの大きさなら4人くらいは入れるにゃ!
 サリア、ナイスアイディア!」
「…みんなで買う、なら1人の分は金貨で…えっと…200枚くらい?
 それくらいならそんなに高くならないし、いいかも」
「そうですね、それじゃ今度のお休みにでも、みんなで見に行ってみましょうか」
サリアの提案に、タニアが真っ先に乗り、他の2人も支持する。
「そうだにゃ。確かお祭りのあとはダイハチ通りの家具屋で売ってるって言ってたにゃ。
 サラマンダー式のお高いのは注文を受けてから作るしそっちは貴族様と商人と
 〈冒険者〉の注文でいっぱいらしいけど、炭を使う安いのなら
 注文して1週間くらいでできるって。とりあえず見に行ってその後は屋台村で…」
そうして楽しい休日の予定をああでもないこうでもないと立てていると。

ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン…

時計が9時を告げる。
「…時間。仕事行く」
「だにゃ」
「それじゃあ私は追加分のお洗濯を頼まれていますので、これで」
「私は今日はお掃除担当です」
サリアたちとて、曲がりなりにもプロのメイドだ。仕事はとにかく真面目にこなす。
雑談を打ち切り、早速とばかりに本日の仕事に取り掛かるべく、立ち上がる。
そして今日もまた、忙しい一日が始まる。



時刻は午後3時。
サリアはアキバの街を歩いていた。
向かう先は、小さな家門が運営する小規模な商店が立ち並ぶ一角、通称屋台通り。
ここでサリアは調味料の買い物を頼まれていた。
肩からかけた大きい鞄には1,000枚ほどの金貨がずっしりと入っている。
「えっと、お塩を3袋と、お砂糖を1袋、胡椒を1袋…
 普通のじゃなくてしんしゅーみそ?万が一売ってたらってなってるけど、
 なんだろこれ?」
アルフェに教わり、最近簡単なものなら読めるようになった文字が書かれた
メモを見ながら首を傾げる。そんなときだった。
「サリア?」
サリアより年上の、低めの男性の声。聞きなれた声に思わずサリアは振り向いた。
そこに立っているのは、少し気が弱そうな、
困ったような笑顔を浮かべた、黒髪の青年。
軽くて動きやすそうな服を着て、腕の半ばまでを覆う篭手をつけている。
「セガールさん!?うわ~、お久しぶりです!」
青年を見て、サリアは笑顔で声をかける。
〈D.D.D〉の一員…ましてあのとき助け出してくれた命の恩人でもある彼に対しては、
警戒も何も無い。
「サリア、本当に久しぶりだね。半月ぶりかな」
いつもの困ったような笑みのまま、青年…〈冒険者〉のセガールはサリアに挨拶を返した。

セガールは〈D.D.D〉に所属する武闘家である。
レベルは当然のように90。メイン装備は全て秘宝級でそろえているし、
真のセガールならばコックが出来なくてはならないと言う信念のもと、
サブ職業の料理人も極めている。
一見すると頼りなさげな青年だが、間違いなく一流の〈冒険者〉だった。

「今度はどこへ行っていたんですか?」
久しぶりに会った嬉しさを隠そうともせず、彼女より少し年上の青年に尋ねる。
その様子にセガールはいつもの、少し困ったような笑みを浮かべながら答える。
「ああ、ちょっと東北…イースタル北部を調べてたんだ。
 帰還呪文で帰ってきたのが今日のお昼ごろ」

セガールとその仲間たちは〈D.D.D〉の偵察兼遊撃部隊としてヤマトの各地を旅し、
情勢を調べたりあちこちで人助けをしている。
それは彼が〈D.D.D〉に加わる前からずっと続く、彼らの特長による。

サリアが聞いたところによるとセガールはかつて、
〈H.A.Cハリウッド・アクション・クラブ〉と呼ばれる、
小さいながらも戦闘を主とする家門の当主であったと言う。
6人規模の小隊パーティーとしてはかなりの熟練と武功を積み上げた家門で、
そこそこに名も知られていたらしい。
〈大災害〉の折に色々考えて今の〈D.D.D〉に加わることを決めた後も、
彼らの家門の家臣団で構成された部隊は昔からの拠点であるギルドホールで暮らし、
冒険も〈D.D.D〉の支援を様々な形で受けつつも彼らの部隊が独自に行う、
いわば情報提供者とその雇用主のような関係を築き上げていた。

「イースタルの北部ですか。えっと、どうでしたか?」
イースタルの北部。サリアの故郷があった地域だ。そこの情勢はやはり気になった。
「うん。基本的には平和だったよ。〈冒険者〉のクエスト攻略も大分進んだお陰で、
 もう〈緑小鬼〉も殆ど出てない」
セガールの言葉にほっと息をついてサリアはため息をつく。
「良かった…」
サリアにとって〈緑小鬼〉は憎むべき仇である以上に、恐怖の対象だった。
それだけにその〈緑小鬼〉がいなくなったと言う言葉は、彼女に大きな安心を生んだ。
「ずっと冒険を続けて、たくさんの人たちを救ってくれたセガールさんみたいな
 〈冒険者〉さんのおかげですね」
サリアの、感謝を込めた何気ない一言。だが、その言葉にセガールは顔を曇らせた。
「…そうだね。うん。僕も〈大災害〉前までのここ5年くらいは寝る暇すら惜しんで、
 ずっと冒険してた…他には、何もしてこなかった…」
まるで、酷く苦いものをかみ締めるように、セガールは言葉を吐き出す。
泣きそうに見えるほど、酷く悲しそうに。
「…あの、私の言ったこと。なにか気に障りました?」
その様子はただ事ではない。
それを感じ取ったサリアはもしかしてセガールに嫌われるんじゃないかと言う
不安を持って、セガールに問いかける。
「あ、ごめん!なんでもない、なんでもないよ!」
サリアの様子に慌てた様子でセガールは否定を繰り返す。
苦りきった泣きそうな顔が消え、いつもの困ったような微笑みを浮かべる。
サリアを安心させるために。そして、ポツリと呟く。
「…ただ、〈大災害〉があってよかったなって思ったんだ」
「良かった?そうなんですか?」
サリアとて詳しいことは分からないが、〈冒険者〉にとって、〈大災害〉は
文字通りの酷い厄災だったと多くの〈冒険者〉が考えているのは、知っている。
それだけに、サリアはセガールの言葉に首をかしげる。
セガールの言葉には、嘘やごまかしが感じられない。
本心から言っているのが見て取れた。
そんなサリアの様子を見て、セガールは目の前の少女に更に本心を伝える。
「そうだよ。あれがあったから、僕にもなんていうか…
 そう、生きていく目的が出来たんだ。それに…サリアを助けることもできた」
絶大な効果だった。本人に自覚はないが。
サリアのほほにしゅっと朱が走り、かっと頭に血が上る。
「え…あ…その、あ、ありがとうございます」
どもりながらも何とか言葉を返す。
「え?なにが?」
対するセガールはきょとんとしている。どうやら自覚はないらしい。
「い、いえ!なんでもないです!あ、そうだ!あたし、これからお買い物しなくちゃ!」
とにかく話題を変えねば。そう思ったサリアはとりあえず言って見る。
「買い物?何買うの?」
「はい!お塩とお砂糖、胡椒と、あと、しんしゅーみそって言うやつです!
 最後のは良く分からないけど!」
そうだ。謎の調味料も買いに行かなければならない。
確かふつうのおみそなら、行きつけの食材店に売ってた気もするが。
「信州味噌?…ああ、思い出した。最近長野…エチゴで作られてる本格的な味噌だよね。
 確か一膳屋が向こうの領主と短期醗酵を含めた技術提供する代わりに
 格安で譲ってもらう契約をして作ってもらってる」
一方旅慣れた〈冒険者〉であるセガールはその言葉だけで思い当たることがあったらしい。
サリアに詳しいことを教える。
「そうなんですか?」
「うん。ただまだ生産量が多くないのと、ミカワとアヅチって街でも
 大ヒットしたお陰で、アキバでもなかなか手に入らないみたい。
 アキバに来るまでに売れるし、たまに出回っても和食系の料理屋が
 買占めちゃうみたいで」
「あ…そうなんですか…」
手に入れるのは難しそうだ。そう考えていたときだった。
「あ、でも…」
ふと思いついたように、セガールは肩に下げていた魔法のバッグをごそごそとあさり、
壷をとりだす。
しっかりと封がされていた跡が残った、小さめの壷だ。その壷からは、余り嗅ぎなれない、不思議なにおいがする。
「これって…もしかしてさっき言ってたしんしゅーみそですか?」
その正体に思い当たり、サリアはセガールに問う。
「うん。今回の旅でエチゴに寄った時に、買ったんだ。
 まだ少ししか使って無いから、あげるよ」
サリアの問いかけに頷きながら、サリアに壷を渡す。
中身が詰まっているらしく、サリアには少し重い壷。
「いいんですか!?これって結構お高いんじゃ…」
「いいよ。それにサリアだけのためってわけでもないよ。
 〈D.D.D〉には普段顔出さないし、こういうときくらい役に立っておかないとね」
セガールはサリアに頷きかけ、もって行くよう促す。
「分かりました。それではいただきます」
「うん。それじゃ、明日にはギルドキャッスルにも顔を出すから」

ドキンッ

セガールが言った何気ない一言に、サリアの胸が弾ける。

「は、はい。お待ちしております!」

そしてサリアは笑顔でセガールに深々と頭を下げた。
真っ赤になった顔を見られたくなくて。



すっかり日が落ちた頃、夕食を食べ、〈冒険者〉の方々が使い終わった後の
残り湯を使わせてもらった後、サリアたちメイドは眠るまでの間、
ヒカリゴケのつめられた火のでないカンテラ(アキバでは結構安い値段で売っている)
で部屋を照らしつつ、それぞれに好きなことをして過ごす。
サリアの場合はクロと2人でアルフェとタニアから文字と計算を習っている。
これからの時代、メイドと言えども学識がなくてはいけない時代とは、
アルフェの弁である。

「今日は、楽しかったな」
勉強を終え、布団の中でまどろみながら、一日を振り返る。
いつものお仕事に、今度の休みの計画。久しぶりのセガールとの出会い。
セガールから貰ったしんしゅーみそは〈D.D.D〉の〈冒険者〉の料理長を歓喜させ、
彼が作った『とんじる』と言う豚肉としんしゅーみそのシチューは素晴らしい味だった。
明日は〈D.D.D〉にセガールも顔を出すし、今度の休みには4人でお出かけだ。
「明日も、また良い日だといいな…」
惨劇から3ヶ月、今の生活自体がある意味起きながら見ている夢のようだと感じながら。

サリアは一日の活動を終えて、眠りについた。
本日はこれまで。

本作品のテーマはログ・ホライズンにおける、
大地人が主役となります。
もし、扱って欲しいテーマ等ございましたら、
要望等お願いします。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。