新生FW陣の初訓練
「んぁあぁ……」
「はわぁ……」
ホタル・シュヴツヴァルトとキャロ・ル・ルシエ、二人の少女がそろって大きなあくびをした。
昨日予定外の到着をしたホタルは当初の予定であった通りキャロと同室になった。予定より一日早かったが。
急な引っ越しがあったため二人とも当然のように寝不足だった。
「大丈夫? キャロ。そちらの方は……ホタル・シュヴァルツヴァルトさん?」
「はい、今日からライトニング分隊に入ることになりました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
現在は早朝訓練前。ホタルとキャロがあくびをしながら集合場所の訓練スペース前に到着すると、一足先に待っていた少年――エリオ・モンディアルが二人に挨拶をした。
その際、エリオの視線がホタルの胸元辺りを見て赤面していた。それに気付いたホタルも気恥ずかしげにもじもじとしている。二人の態度の意味が解らないキャロは一人「?」と不思議そうにしていた。
そこへ新たに二人の少女が現れた。
「うわっ! みんな早いねー」
「あたしたちが遅いのよ! まったく、見本になるべき年上が遅れて到着するなんて……ぶつぶつ」
スバル・ナカジマとティアナ・ランスターである。
スバルがすでに到着しているメンバーに驚きの声を上げ、ティアナがぶつくさと文句を言っていた。
「まあまあ、ティア。ちゃんと時間通りだし固いこと言わない」
「あんたがごちゃごちゃしてなかったらもっと早くついたわよ!」
「ティアさん落ち着いて下さい」
「んぁ、おなか減った……」
「ホタルさん、早朝訓練が終わったらたくさん食べられますから頑張ってください」
「わいわい」
「がやがや」
突然現れたホタルに元いたメンバーは大した動揺もなくあっさりと打ち解けた。
互いに戦闘スタイルや呼称を確認し、なのはが現れた頃には、すでにホタル・シュヴァルツヴァルトはフォワード部隊の一人になっていた。
…………。
…………。
…………。
『それじゃあ、新しいメンバーが加わったから、確認も含めて昨日と同じように模擬戦訓練をするよ。みんな、準備はいい?』
「「「はい!」」」
耳に取り付けた小型の通信機から聞こえるなのはの言葉に、ホタルたちは元気よく応えた。
ホタルたちがいるのは六課の訓練スペースだ。市街地仕様のその場所が今回の舞台である。ホタルたち五人はそれぞれ適当に体をほぐしている。
そんなホタルたちを離れた場所から確認しつつ、なのはは目の前に浮かぶモニタを操作して訓練用のプログラムを起動させた。
『勝利条件はガジェット八機の破壊、または捕獲。制限時間は十五分、みんな頑張って』
それに連動しホタルたちの目の前にガジェットと呼ばれる、楕円形のボディーのその中心にカメラアイの備わった、単純な造形の自立型魔導機械が現れた。
ガジェットたちはホタルたちを認識すると即座に逃走を開始した。
それに反応しティアナが指示を出す。
「スバル、エリオ、前衛はガジェットの追跡! あたしとキャロの後衛はビルの屋上へ移動、上からガジェットを狙うわよ! ホタルは――」
「ガジェットの動きを見たいのでホタルも屋上に行きます」
「わかった。みんな、これでいくわよ!」
「「「はい!」」」
そしてティアナの指揮のもと、新人たちは動き出した。
…………。
…………。
…………。
「…………」
ビルの屋上へと到着したホタルは眼下に広がる光景を眺めていた。
ビルとビルの隙間を縫うように飛翔するガジェットたち、その後をスバルとエリオが追跡する。ガジェットたちの動きは素早く、スバルとエリオの放つ攻撃をことごとく回避していた。
「……動きが速い」
「ええ、その上厄介な性質があって……見てなさい」
ホタルの呟きにティアナが応える。
そしてティアナは銃型デバイスを下界を逃走するガジェットに向け、引き金を引いた。橙色の魔弾が放たれる。その魔弾はまっすぐガジェットへと飛翔し直撃した。いや、直撃するかに思われた。
「|アンチ(A)・|マギリング(M)・|フィールド(F)」
ティアナの放った魔弾はガジェットに接近すると、まるで泡沫のごとくあっさりとかき消されてしまったのだ。
「そ。アレのおかげで遠距離攻撃はことごとく消滅させられて、AMFを最大出力で発動されたら……あんな風になるわ」
「んあ?」
ティアナに指された方向をホタルが見ると、そこにはガジェットを追うスバルがいた。
ガジェットは迫りくるスバルから逃れようと背の低いビルを飛び越える。それを追ってスバルが地上からビルの屋上へとスロープのような足場を形成する。スバルは勢いよくその足場を昇って行くが――。
『うわわわ!?』
スバルの作り上げた魔力の足場が突如波打つように安定を失い、ティアナの魔弾と同様に掻き消えてしまったのだ。
それを見てティアナの怒声が飛ぶ。
「こらスバル! 昨日と同じミスしてんじゃないわよ!」
『ご、ごめんティア。追いかけてたらつい夢中になっちゃって……』
耳に取り付けた通信機から聞こえるスバルの謝罪をどこ吹く風で聞き流しながらホタルは思考していた。
「……スピードはホタルより速い」
だからスバルやエリオのように逃げるガジェットを追跡することはできないだろう。
「射撃は無効」
ガジェットの生み出すAMFの前に射撃魔法は通用しない。仮に効果のある射撃魔法を挙げるならば、攻撃用の魔弾を覆う外殻を備えた魔弾。またはAMFでかき消すことのできない高威力の魔弾。もしくは、AMF程度では揺るがない完成度の高い魔弾。
一つ目はAAランクの魔法でホタルに扱えない。二つ目は、そもそもホタルは他人に自慢できるほどの魔力容量を備えていない。三つ目はそもそも人間技ではない。
「だけど、所詮は機械」
ホタルはしゃがみこみ自分のブーツのベルトを締め直す。それはずしりと重量感のあるブーツでかなり頑丈に作られてある。ちょっとしたことではビクともしない、防具としては優秀なものだ。
ホタルはブーツのベルトを締め直すと、今度はその手にはめたグローブを確認する。手の甲に蒼い宝石のようなコアが取り付けられたデバイス、キャロの使用しているものと同じタイプの補助デバイスと呼ばれる魔導器である。
ホタルは自分の装備の確認を終えるとティアナに問いかけた。
「あの、最後の一体、やらせて下さい」
模擬戦開始時に八機いたガジェットたちは、ホタルがガジェットの戦力分析をしている内にスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人によってその殆どが破壊、ないし捕獲されており、残り一機となっていたのだ。
ホタルの問いかけにティアナは時間を確認する。
「残り時間あとわずか。できるの?」
「はい、できます」
「なら任せたわ。前衛二人! ホタルが最後の一機をやるから援護しなさい!」
『わかった!』
『わかりました!』
ティアナの指示に通信機越しにスバルとエリオが応えた。
…………。
…………。
…………。
最後のガジェットがビルの間を通ってやってくる。スバルとエリオがティアナの指示のもとうまく誘導してくれたのだ。
そのガジェットの向かう先にポツンとホタルが立っている。ここはビルの上ではなく地上だ。
そもそも、ホタルがビルに上ったのはガジェットの動きをみるためである。ホタルの戦闘スタイルは近接戦闘主体なので地上へ降りるのは当然のことだった。
「爪」
だらりと下げられたホタルの拳、ホタルの声に反応してその両手に爪状の魔力刃が形成された。
補助デバイスとは通常のデバイスと異なる。インテリジェントデバイスやストレージデバイスが魔法をプログラムし発動工程を短縮するのに対し、補助デバイスはその機能のほとんどが術者の魔法をサポートすることに特化しているのだ。
そのため、補助デバイスはその他のデバイスに比べ魔法の発動に時間がかかり、果ては呪文の詠唱までを必要とする。スピーディーな近接戦闘には不向きなデバイスと言えるだろう。
しかし、利点も存在する。
補助デバイスは召喚魔法などの特殊な魔法の制御をサポートすることができるのだ。召喚師が補助デバイスを愛用するのはこのためだ。
そして、ホタルがクロスレンジ主体の戦闘スタイルでありながら補助デバイスを使用する理由も特殊な魔法の才能にある。
「行きます」
ホタルは接近するガジェットへ向けて駆けだした。
ガジェットは駆け寄ってくるホタルを認識したが、ホタルのスピードではガジェットを捉えきれないと判断し、ガジェットは進路を変更せずに直進した。
そこへホタルは攻撃を仕掛けた。
「んっ!」
魔力刃の備わった拳を振り上げ上段から下段へと一気に振り下ろす縦斬りだ。刃は唸りを上げ振り下ろされるが、しかしガジェットはそれをあっさりと回避してしまう。ホタルの刃は空を切りコンクリートの地面に突き刺さった。
刃が地面に刺さり追撃はないと判断したガジェットは当然のようにホタルの脇をすり抜ける。
ところが――
「ぁあっ!」
ガジェットがホタルのすぐそばを通り抜けようとしたその時、ホタルは両手を大地に固定したまま逆立ちの状態になり、脚を大きく広げ、その足を風車のように振りまわした。その足がガジェットに直撃する。
本来ならばたとえ不意打ちであろうと、鋼鉄でできたガジェットに魔力を込められていない、身体強化さえされていないただの蹴り程度でダメージを与えることはできない。
しかし、ホタルの足を守るのは頑丈なブーツ。強固な守りは勢いよく振るわれることで恐ろしい鈍器へと生まれ変わるのだ。
ホタルの蹴りをくらったガジェットは弾かれるように近くの建物に激突した。
それでも動こうとするガジェットにホタルの追撃が炸裂する。
「爪ッ!」
魔力刃を消し地面から両手を開放すると即座に動き出そうとしたガジェットに、再び魔力刃を備えた拳が突き刺さった。
機体を大きく損傷したガジェットはホタルが腕を引くと炎上した。
「動きがワンパターンです。避けられる前提の一撃、その後本命の二撃目を放てばまず逃しません」
『はい、そこまで。時間ギリギリだったけど、みんな良い内容の訓練だったよ。それじゃあ早朝訓練はここまで、各自クールダウンして解散』
「「「ありがとうございました」」」
こうして、ホタルの機動六課初の訓練は終わりを迎えた。
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