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それぞれの始まり
 ミッドチルダ某所。

 日が沈み、すれ違う車のない、街頭の一つもない静かな通りを一台の護送車が走っていた。護送車の中には一人の囚人が収容されている。
 彼の名はアレイスター・クロウリー。十六年前、ここミッドチルダにおいて幼い子供たちを誘拐し、自身の実験材料に用いた狂気の科学者である。
 拘束衣に身を包まれ、口以外の自由の利かない状態にある彼は、彼の目の前にいる監視の管理局員に語りかけた。


「すまない、一つ頼みがあるのだが……私を解放してはくれないか?」


 局員は彼の言葉を身視した。
 この局員は何度か護送車に付き従った経験があり、こういった馬鹿げた発言をする囚人を見てきたからだ。こういった手合いはしばらく無視をしていればすぐにおとなしくなるのだ。
 しかしクロウリーはいくら局員が無視しても、口を閉じることがなかった。


「――何度も言うが、私はキミたちのような若者が、こんなところで命を失うべきじゃないと思うのだよ。ぜひとも運転手にも伝えてほしい『このままでは命がない』と――」


 馬鹿げた話だった。目の前にいるこの囚人は魔導師でもなければ、特殊な訓練を受けた戦闘員でもない。管理局に務め、技術開発を手掛けたただの研究員だ。拘束衣に包まれた状態で何ができるわけもない。
 その時だった。突然護送車の外で爆音が響いた。そして甲高いブレーキ音が鳴り響き減速する護送車の中、慣性によりバランスを崩し床に転がる局員。


「もう、手遅れだ」

「な、なにを……!?」


 護送車に固定された椅子に、特殊な器具で固定されていた囚人は局員のように床に転がるようなことはなかったが、ベルトが体に食い込み苦痛でその顔を歪めていた。歪めながらそう言った。


「お、お前はいったい!?」

「私は何もしていない。ただ、私を求めるものが今回の襲撃を企てたということだよ」

「くっ」


 局員は護送車に取り付けられた無線で、周囲を警護しているはずの局員たちに連絡を取ろうとするが、反応がない。
 必死に無線で呼びかける局員に、未だ拘束されたままの囚人は悲しそうに語りかける。


「もう、タイムリミットなんだよ」


…………。
…………。
…………。

 事件から数時間後の現場。
 破壊された警護の車両、破壊された護送車、その中にあった局員の死体たちはすでに運び出され鑑識の手に回っている。
 その無残な現場には不似合いな、十代半ばであろう少女が立っていた。
 深紅の膝まではあろうという長髪、幼さの中に凛とした雰囲気を宿した容姿、命を落とした局員を想い悲しみから伏せられた眼差を、縦に裂けた瞳孔を持つ黄色の瞳が讃えている。
 少女の名はアイギス・A・アルフォード。使い魔の少女である。
 静かに現場を眺めていたアイギスに一人の青年が歩み寄った。


「アイギス、色々と調べてきたよ。今回も管理局の中に犯人がいるみたいだ」


 穏やかな言葉使いに対しとても鋭い視線をメガネの奥から現場に向ける金髪の青年――ゲーティア・アルフォードが、捜査資料をアイギスに手渡した。
 アイギスはその資料に厳しい表情で目を通していく。そこには何者かが今回の事件を行いやすいように情報を操作した痕跡が書き記されていた。どれも管理局員でないとできないようなものばかりである。
 アイギスは資料に軽く目を通すと左腕のキーボードに指を走らせた。すると空中に半透明の文字が浮かび上がる。


『大物みたいね』

「うん、それもかなりの。今回も僕たち特務の出番だね」


 僕たち――つまりアイギスとゲーティアの所属する部署は管理局内でも特殊な存在だ。その名を広域特別捜査部・特務三課といい、管理局員の立場を利用した犯罪など、発覚すると世間に混乱が起こるような事件を専門的に捜査、解決する部署である。
 そんな部署であるため管理局の悪いところも多く見てきた。


『イヤな仕事になりそうだわ』

「いつものことだよ」

『ところで大丈夫?』


 アイギスがゲーティアをまっすぐに見つめ、心配そうに尋ねた。もちろん、ゲーティアにはアイギスの言わんとしていることがよくわかる。
 アレイスター・クロウリー――過去にゲーティアを誘拐し、狂気の実験を行った犯罪者が逃げ出したことについてだ。
 だからゲーティアはアイギスを安心させるように笑顔を浮かべ、自分は大丈夫だということを伝えた。


「僕は大丈夫だよ。さらわれた時の記憶がかなり曖昧だし、ロゥが出ていく前に色々やってくれたみたいだから」

「…………」


 アイギスは心配そうにゲーティアを眺めていたが、やがて花のように笑いゲティアの手を引いた。


『行こう、ゲーテ♪』

「うん、早く探さないと痕跡が消えるからね」


 アイギスに手を引かれながらゲーティアはふと思い出したようにつぶやいた。


「これじゃあ誘われた部隊に行けそうもないな」


…………。
…………。
…………。

「主の誘い、断るしかないな」


 そこは一本の狭い通路であった。壁面には大量のコードが取り付けられ、どれもフル稼働のために驚くほどの熱を放っている。そして、その熱を冷ますために取り付けられた大量の冷却装置から、刺すように感じるほど冷たい空気が流れ出ていた。
 その通路を長い銀髪に赤い瞳を持った少女が歩いていた。リィンフォースである。
 前々から伝えられてはいたが、先ほど正式にリィンフォースの主である八神はやてから、新設部隊の隊員にと正式に誘いがあったのだ。
 しかしリィンフォースの所属する部署の現状を考えると、はやての誘いによい返事をすることはできそうになかった。それにとある事情から、こういった話はリィンフォースだけで決断することができない。
 リィンフォースははやてから誘いがあったことを相棒に伝えるため、とある場所へと訪れた。
 大きな球状の空間。管理局の膨大な情報を統括する巨大なコンピュータのその内部であった。


「ロゥ、少し話がある!」


 リィンフォースの声が球状の壁に反響する。そのエコー掛かった声がやんだ頃、リィンフォースの近くにあるコンピュータの画面から一人の少女が飛び出してきた。
 男性局員の制服に身を包んだ少女、その体の造形はリィンフォースとまったく同一である。違いを挙げるならば髪が金髪なのと、片方の目が深緑であることだ。


「つまり『色違いのリィンフォース』または『リィンフォース亜種』ということになる」

「……相変わらずなにを言っているんだ?」

「いや、ここは電波の受信が激しいから。それで、オレに何か用?」


 リィンフォースに酷似した少女――ロゥ・アイアスはまるで男性のような口調でリィンフォースに問いかけた。
 リィンフォースははやてから新設部隊に正式に誘われたことと、その誘いは断るしかないと思っていることをロゥに伝えた。
 ロゥはリィンフォースが話し終えるとうなずいた。


「オレたちがその部隊に行くのは無理があるな、はやてには悪いけど諦めてもらうしかない。はやてにはオレから伝えておくぜ?」

「ああ、頼んだ…………それとすまないが、私たちの代わりと言っては何だが、主に都合のいい人材を見積もってくれないか? 入隊できなくとも少しでも主の力になりたい」

「了解、任せろ。ちょうどいいのが五人くらいいるから、そいつらのプロフィールをまとめとく。後ではやてに送ってくれ」

「ああ、すまないな」

「気にするな、オレとお前の仲だろ。じゃあな」


 そう言い残してロゥは再びコンピュータの画面へと潜っていった。


…………。
…………。
…………。

 レジアス・ゲイズは一通のメールを読んでいた。
 そこにはレジアスの部下の一人を、近々新設されることが決定した部隊に融通して欲しいという文面が記されていた。


「…………」


 レジアスは苦い表情でその文面を睨み付けた。
 時空管理局においてミッドチルダを主な管轄とする『陸』は現在人材不足に頭を痛めている。新たな部隊を立ち上げるなど、そんな余裕が陸にあるはずもなかった。
 普通に考えると部隊新設を申し出た時点で問題となり却下されるはずだ。
 しかし新設部隊などまったくもって寝耳に水で、誰の話題にも上らずに新設が決定したことを考えると、誰か権力のある人物がバックについていると考えてまず間違いなかった。情報が欲しい。
 レジアスは横に控えていたオーリス・ゲイズに指示を出した。


「……オーリス、この新設部隊について情報を集めてくれ。できるだけ詳しい情報をだ」

「了解しました」


 オーリスが退出するとレジアスは再びメールの文書に視線を向けた。


「情報が必要だ」


 文書にあるレジアスの部下の名前――ホタル・シュヴァルツヴァルト。それは元テロリストの名前だった。




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