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ファーストアラート・2


 暴走する貨物列車の狭い通路をホタル・シュヴァルツヴァルトとリインフォース・Ⅱは共に制御室へ向けて進んでいた。


「先行します」


 通路の前方にガジェットを確認したホタルが音も無く駆け寄る。
 一撃。魔力刃で一体のガジェットを切り裂く。
 二撃。ホタルに気付きガジェットがこちらに向き直った瞬間、魔力刃を突き刺した。
 少々離れたところに位置するガジェットがホタルに攻撃を開始する。無数のエネルギー弾がホタルを襲うが、ホタルは魔力刃で突き刺したままのガジェットを盾にして接近し、三撃目で全てのガジェットを屠った。


「敵戦力、沈黙を確認しました。これより制御室に突入します」


 それは驚くほど無駄のない動きだった。リインの出る幕がないほどに、だ。
 戦闘のプロ。そう呼んで差し支えないほどの動きをホタルは見せていた。


「制御室、突入します」


 一切の停滞なく、突入を宣言するとともに制御室の扉を蹴り破った。
 直後、ホタルに向けてエネルギー弾の雨が降り注いだ。制御室内に陣取っていたガジェット達がホタルの突入に合わせて一斉掃射を行ったのだ。
 しかし、ホタルはその迎撃を予期していたようで突入とともに防御魔法を発動した。


毛皮コート!」


 魔力がホタルの全身を包み込みその防御力を上昇させる。
 正確に照準を合わせた攻撃ならばタイミングを合わせて紙一重で回避することのできるホタルだが、ガジェットの迎撃はタイミングを合わせただけの掃射だ。どこに来るのかわからない攻撃を回避するなど、たとえホタルといえども不可能だ。
 それゆえ、あらかじめ防御力を底上げした状態で、攻撃が直撃することを前提に突撃した。一点に対する精密射撃ではなく、面で攻撃する掃射だ。ダメージはそこまで大きくない。
 ホタルは弾幕を突き破りガジェットの隊列に飛び込んだ。


クロー!」


 再び魔力刃を呼びだしたホタルはガジェットの合間を縫うように駆け、擦れ違い様に斬撃を繰り出した。
 魔力刃がガジェットの装甲を貫き的確にその動力部を破壊した。


「……制御室、奪還完了しました」

「お疲れ様です、ホタル。案の定というか、ホタルが一番のようですよ。この早さは予想外だったですが」


 リインフォース・Ⅱは関心半分、驚き半分の表情でそういうと、貨物列車を止めるために制御パネルの操作を始めた。
 その間もホタルは絶えず周囲を警戒していた。戦場で気を緩めることはないとのことだ。



 リインフォース・Ⅱはホタルが周囲を警戒している間、黙々と制御パネルを操作していたが、なぜかエンジンが制御パネルでの干渉を受け付けなくなっていたのだ。
 これは本格的に調べる必要がありそうだ、そう判断したリインフォース・Ⅱはホタルに他のメンバーの増援に向かうよう指示を出した。
 ホタルはその指示を受けると即座に行動へ移った。
 貨物列車内の狭い通路を逆戻りする。その速度に地帯はなく、かといって無警戒なわけでもない。一切の無駄のない正確な動きだ。
 そんな中、ホタルは司令部に連絡を取る。状況を確認するためだ。


「こちらライトニング05、ロングアーチへ。状況を教えて下さい」

『こちらロングアーチ。現在、スターズ03・04、ライトニング03・04共にガジェットと交戦中。そこからだったらスターズの方が近いわ、そっちの応援に……あ!』

「どうしました?」

『ラ、ライトニング分隊大型ガジェットと交戦中! 苦戦中!』

「すぐ向かいます」

『え? すぐって……!』


 ライトニング――エリオとキャロは列車の最後部にいる、ホタルは最前部だ。フォワード部隊の中で最も離れた場所にホタルは位置する。
 しかし――


「爪ッ!」


 魔力刃が形成される。ホタルはそれで天井を切り裂き屋根の上へと踊り出した。途端にホタルの小さな背中を強風が打ち付ける。
 ホタルはその風に押されるように駆けだす。目的地は最後尾。
 ホタルが屋根の上を駆けているとほどなくして目的地が見えた。
 大穴の開いた天井にキャロが必死な表情でその穴を覗きこんでいる。


「……! エリオさん!」


 ホタルの見ている前で大穴から巨大なロボットアームが突き出された。その先に気を失ったエリオが握られている。
 そのアームが何をしようとしてるか直感したホタルは、魔力刃を生み出すと走っているその勢いを乗せてエリオを掴むそのアームに斬りかかった。


「……浅いッ」

「エリオ君ッ!」


 ホタルの斬撃はアームの半ばまで食い込んだが切断するに至らなかった。ただのガジェットに比べ、大型ガジェットの持つAMFの効果が強かったのだ。
 アームはエリオを谷の下へと投げ捨てた。勢いをつけ過ぎたホタルにそれを阻止するすべはなかった。


「エリオ君!」

「キャロさ――」


 そして、エリオを追うようにキャロが飛び降りた。


「…………」


 この高さから飛び降りれば制空権を持たない二人は助からない。ホタルの持つ経験が嫌でもそのことを告げていた。
 思い出されるのは出撃直前、ホタルを気遣ってくれた二人の笑顔。
 その笑顔を奪った大型ガジェットに憎しみが渦巻く。


「……作戦に戻ります。ライトニング03・04に代わりライトニング05が引き継ぎます」

『ちょ、待って!』

「問題ありません。処理できます」


 皮肉なことに喪失がホタルをより戦いへと集中させた。
 ホタルの中でテロリストだった頃の自分と管理局員としての自分、ちぐはぐだった歯車が戦いという歯車によって噛みあった。


「爪」


 魔力刃を形成し屋根に空いた大穴から車内へと飛び降りた。
 大型ガジェット――球形の巨大な機体から二本のロボットアームを生やしたそれはホタルを認識すると即座に攻撃へと移った。
 振り上げられたアームが確かな質量感と共に振り下ろされる。
 大気を引きちぎって迫りくるアームをホタルは慌てる風もなく、ただ冷静に半歩横にずれるだけで回避した。
 アームが眼前を横切った衝撃波がホタルの髪を乱すが、ホタルに恐怖も動揺もない。
 ホタルは床にのめり込んだアームを踏みつけ、魔力刃で斬りつける。狙いは先程斬りつけた斬跡だ。
 正確に斬痕をなぞった魔力刃は見事にアームを切断した。


「ん――」


 アームの一部を失ったことにより一時的にバランスを崩した大型ガジェットの、不用意に投げ出されたもう片方のアームにホタルは魔力刃を突き刺す。いままで以上に魔力を込めた強靭なものだ。


「――があぅッ!」


 普段から考えられない獣じみた咆哮をあげてホタルは駆けだす。そしてアームの先端からその付け根に向けて強固なそれを力まかせに切り裂いていく。そしてホタルは二本あるアームの一本を完全に断ち切った。
 さらにアームを失いバランスを崩したガジェットにホタルが追撃を駆けるが、これ以上は危険と判断したガジェットがAMFの濃度を上昇させた。


「! これでも通りませんか……」


 ホタル渾身の魔力刃はしかし最大出力のAMFの前に無力化されてしまった。
 本体に攻撃しようと懐深くまで潜り込んでいたホタルにガジェットがビームを放った。
 しかしホタルは頭を傾けるだけで回避した。
 さらに襲い来る横殴りのアームを脚を開き体勢を低くし、体をぴったりと床に張り付けやり過ごす。
 そしてアームを振りきったばかりで回避のできないガジェットの、最も装甲の薄いと思われるカメラアイにホタルは起き上がりざまに蹴りを放った。
 重厚な脚甲はカメラアイにあたり鈍い音をあげたが、結果はカメラアイにひびが入った程度でさしたるダメージも無かった。


「装甲が厚い……!」


 確かにホタル・シュヴァルツヴァルトは戦闘のプロだ。十分な装備さえあれば魔法を使わずとも魔導師と渡り合うことができるほどの、だ。
 しかし、いくらホタルが戦闘のプロだからといっても、与えられた武器が“魔法”のみで、さらに質の低い魔法しか扱えないなら話は別だ。ホタル本来の実力を発揮することはできない。よくて小型ガジェットを屠る程度だ。
 もちろん、そのことはホタルも重々承知している。
 このままでは勝てないことも。また、勝つ手段を持っていることも。


「ここが“アレ”の使い時でしょうか?」


“アレ”を使ったところで証拠は残らない。
 しかしその副作用の恐ろしさを思うと、あらゆる戦場を渡り歩いてきたホタルといえどしり込みする。
 使うべきか、使わぬべきか。
 一瞬の判断ミスが命取りになる戦闘のさなか、ホタルは自分の切り札の隠し場所――胸元へとその手を伸ばした。
 そのときだった。


「ホタルさん、下がってください!」

「っ!?」


 戦場において咄嗟の判断ほど重要なものはない。ホタルは今まで、一度たりともその判断を誤ったことはなく。また、ホタルと違う選択をした者はすでにこの世にいない。
 ホタルは今回も正しい判断を下した。
 あらゆる行動を中断し、大きくバックステップを踏む。
 直後、列車の外から火炎が降り注いだ。


「ホタルさん、大丈夫ですか!」

「ホタルさん!」


 姿は見えないが屋根の上から聞こえる声を間違えるわけがない。死んだと思ったエリオとキャロがどうにかして戻ってきたのだ。
 今すぐ抱きついて無事を喜びたいところだが、生憎とここは戦場で、戦場においてホタルに無駄な行動は存在しない。


「ホタルに問題はありません。それよりあのガジェットの装甲を貫ける魔法がありますか?」


 端的に、ホタルは重要な確認だけを取った。
 先程の火炎魔法も強力だったが、拡散系の魔法はAMFと相性が悪いらしくすでに消滅していた。現在ガジェットは屋根の上の二人と目の前のホタル、どちらを優先的に攻撃するか迷っている。
 もし二人が否と答えたならホタルは“アレ”を使わざるを得ない。
 しかし――


「あ、はい! エリオ君のストラーダを強化できれば大丈夫なはずです!」

「でも、念のため装甲の薄い部分を狙いたいので……」

「わかりました。ホタルが囮になるので確実に当てて下さい」


 言葉と共にホタルは再びガジェットに向けて飛び出した。
 ガジェットは動かない屋根の上の二人よりホタルのほうが危険と判断したらしく、ホタルに向けてアームを振り上げる。


「所詮機械、動きがワンパターンです」


 アームが振り下ろされる直前、ホタルはスライディングの要領でガジェットの機体の下を通過する。
 直後、振り下ろされるアーム。ガジェットからは自分のアームにホタルが隠れて消えたように見えただろう。
 そのガジェットにホタルは蹴りを放つ。大した効果はないが、ガジェットの視界からエリオとキャロを消すには十分だ。
 振り向いたガジェットがホタルに向けてレーザーを放とうとエネルギーをチャージする。


「戦場では常に全方位を警戒する、当然のことですよ」


 ホタルが呟いたと同時に、ガジェットが頭上から床まで強化されたストラーダで串刺しにされた。


「一閃必中!」


 一息で振るわれたその槍に、あの堅牢だった装甲が無残にも切り裂かれた。
 大型ガジェットを倒したことにホッと息をつくエリオ、屋根の上から降りてきたキャロ、幻ではない二人の姿に再び二人の無事を喜んでいるということを伝えたいという衝動に駆られたが、代わりにホタルは静かに告げた。


「エリオさん、キャロさん、まだ任務の途中です。行きますよ」

「「はい!」」



  ◇◆◇◆◇



 スバルとティアナはレリックが収められている格納庫の前にいた。
 そこには異様な光景があった。
 ガジェットの襲撃により周囲の機器はボロボロで、見るも無残な状態だったのだ。
 しかし、格納庫に面した壁だけが傷一つない姿をさらしていた。


「なんでこの壁だけ……」


 その異様さに驚きの声を上げるスバル。
 警戒しつつも無傷の扉に二人は近づく。
 その途端、まるで何事もなかったかのように閉ざされていた扉が開け放たれた。
 咄嗟に武器を構える二人に制止の声がかかった。


「待て、わたしに戦う意思はない」

「「え!?」」


 スバルとティアナは格納庫の中から現れた人物の姿を確認し、驚愕した。
 雰囲気や大きさこそ違うものの、その姿がリインフォース・ツヴァイ曹長と酷似していたからだ。


「初めまして、広域特別捜査部・特務三課、部隊長リインフォース・アインスだ」


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