ペトロ岐部:「聖人」入り目指す集い 大分・国東
毎日新聞 2012年07月04日 20時32分(最終更新 07月04日 21時01分)
江戸時代初期、日本人として初めてキリスト教の聖地エルサレムを巡礼、帰国後に処刑された大分県国東半島出身の司祭、ペトロ・カスイ・岐部(きべ)(1587〜1639年)の功績を学び、最高位の「聖人」入りを目指す集いが4日、同県国東市国見町であった。集いを写したビデオなどをバチカンに送り、聖人に次ぐ福者からの格上げを求める。
市民約110人が参加。08年にペトロ岐部の生涯をまとめた冊子を編集した「NPO法人おおいた豊後ルネサンス」の日野直子理事長が「現代の人権意識、民主主義につながる思想に目覚めた人。功績を広く世界に発信を」と訴え、生涯を題材にしたコーラスも披露された。
ペトロ岐部は戦国大名、大友宗麟(1530〜87年)配下の水軍、岐部一族出身。幕府の禁教が強まる中、1614年に国外に脱出し、ローマで司祭になった。帰国後に棄教を拒み処刑された。2007年、ローマ法王から日本人殉教者187人とともに福者に列せられた。【祝部幹雄】