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とある昔の物 (三)

――――リンディ


リンディ・ハラオウンは今ある病室の前にいた。

中にいるのは『ゲーティア・アルフォード』この間の連続誘拐事件の被害者の、4歳の男の子だ。

この子は今回の事件でもっとも残酷な仕打ちを受け、現在意識が戻らないまま眠り続けている。

いや、意識はあるのだが、救助されて以来機械的な言葉以外発することがないのだ。


親御さんはここが管理局の一般人立ち入り禁止施設のためここにはいない。

なぜリンディがここにいるのかと言うと、親御さんに様子を見てくれと頼まれたというのもあるが、一重に罪滅ぼしのためだった。


今回の事件は私が研究員を取り逃がさなければ起きなかった事件だ。


私はとある情報をもとに今回の誘拐事件を知った。 そして捜査責任者になり捜査を進めていたのだが、何と犯人は私に事件のことを知らせた研究員だったのだ。

私はすぐに研究所に乗り込んだがそこはすでにもぬけの殻、拠点を移された後だった。 その後も捜査を続けるが一向に進展はなし、そして増え続ける犠牲者たち。

そして私が力の無さに絶望したときに入る犯人を確保したという通報。

現場に行ってみれば四肢を砕かれ気を失った研究員と、その横で死んだように動かない一人の男の子が……


起きてしまったことは今更悔やんでも意味がないし、こんなことをしたぐらいで赦される失態ではないが、やらずにはいられなかった。

私は扉を開け中に入る。


「どうしました? まるで『今回の事件が自分のせいで起きてしまった、私はなんてことをしてしまったんだろう』みたいな顔をしていますよ」


そこには意識不明のはずの男の子、ゲーティア・アルフォードがベッドから起きあがり、点滴の管を抜きながら座っていた。


「驚いた顔になりましたね。 その方が面白みがありますよ」


そしてリンディはその様子に違和感を感じる。

年の割に態度が落ち着き過ぎているのだ。


「……ゲーティア君、意識が戻ったの?」


違うと思いつつそんな疑問を発していた。

案の定答えは否だった。


「いいえ、ゲーティア・アルフォードは未だ意識不明です。 なら今会話をしているモノは一体何か? 答えは『熾天覆う七つの円環・第3管理プログラムが日常行動を行うために作成した対人用プログラム』です。 第96人格プログラム、それが現在のボクの名称です」


そう答えた。


「そうですね。 第96人格プログラムでは呼びにくいでしょうし、熾天覆う七つの円環からとって『ロゥ・アイアス』とでも呼んでください。 ……ところであのマッドサイエンティスト、ネーミングセンス悪過ぎだと思いませんか? 熾天覆う七つの円環プロジェクトですよ? たしかに、名前がその物の本質を示すのは美徳だと思いますが、あまりに長過ぎて少ししつこい感じがします」


そんな自己紹介かどうかさえ怪しい自己紹介の後、ロゥ・アイアスは私にゲーティア君と自分について説明をした。

まとめるとこうだ。


曰く、ゲーティア君は肉体を解析される段階で発狂、精神崩壊を起こしていた。

曰く、ゲーティア君の精神はそれ以上の悪化を免れるため、精神世界のどこかに引きこもっている。

曰く、それにより熾天覆う七つの円環の管理プログラムは制御がきかなくなっている。

曰く、管理プログラムはこのままでは自律行動が出来ないので、ゲーティア君に代わる擬似人格を作成した。


「――で、その擬似人格がボクです。 けど凄いと思いませんか? 仮にゲーティア君が発狂していなかったらこの計画は成功して完全な平和が訪れたんですよ」


信じられないような話だった。

あの研究員の技術力もそうだが、まだ小さな子供をなんのためらいも無しに実験材料に使ったあの研究員の精神がだ。


「……信じられない」


そんな私を見てロゥは何を考えたのか、唐突にこんなことを言ってきた。


「さて、問題です。 今回の事件、あのマッドサイエンティストに罪はあるか? そうでないか? 法律的な意味ではありません、あくまで精神論です」


私は問題の真意がわからなかったが、素直に思ったことを答えた。


「……彼は罪人だわ」


人命を平気で実験の材料にする。

それが罪でなければ一体何が罪になるのだろう。


しかしロゥは私の半ば確信めいた答えを聞くと、口元を釣り上げ邪悪な笑みを造る。

その虚ろな深緑の瞳が私を捕らえる。


「正解は『罪はない』でした」

「……その理由を聞かせてもらえるかしら?」

「彼が『化物』だからですよ」

「化……物……?」

「ゴジラとかエイリアンとかそういったものじゃありませんよ? あくまで精神論です。

 ……人ってとても歪で不定形だってわかります? ある時はYesと答えたのにまたある時はNoと答えたり、物事の判断基準が非常に不定形なんですよ。 これは人という種が自己という基準の他に他者という基準を内包しているからです。

 例えば、目の前に自殺を謀ろうとする人がいます。 この状況を前にしたのが人であるなら、止めたり、話しかけたり、気づかない振りをしたり、といった対応をとります。 これは人が自己と他者を計り、迷った上での決断です。

 しかし、この状況に直面したのが化物だったとします。 彼らは止めたり、話しかけたり、気づかない振りをしたりするでしょうね」

「……それじゃあ、人と化物はやってることは同じじゃないかしら?」

「はい、同じです。 行動は同じです。 人と化物は行動じゃ区別できません。 だからあのマッドサイエンティストも法律上で犯罪者になります。

 しかし人と化物とじゃその行動にいたるまでの精神がまったく違うんですよ。

 人は迷う。 何をやるべきか、やらざるべきか。 そして答えを導き、その結果に責任を負う。

 ところが化物は迷わないんです。 出来事に対し最も効率的な答えを検索し回答する。 回答には個人のスペックにも寄りますし行動過程で感情というものが発生しますが、その行動原理には自己が存在せず行動の始まりには必ず他者が必要なんです。

 結果的にその回答には責任が、罪がないんです。 自己の意識が存在せず振るわれるまま他者を傷つける剣のように…………あ、責任を負うのと罪を負うのはほぼ同義だと考えてください。 」


難しい。

とてもじゃないが、一回聞いただけでこの発言に意見することはできない。

淡々と語られた言葉にはそれだけの重さを感じさせる何かが存在した。

そして、どうやらこの話はあの研究員に罪はないから釈放しろというものではないようだ。


「……結局のところ、あなたは何が言いたいのかしら?」


そう、それなのだ。

ロゥは私に長々と色々なことを話してきたが、一向に終結に向かわないのだ。

まるで話を続けることが目的であるかのように。


「……せっかちですね」

「私も世間話をしているほど暇ではないの」

「そうだったんですか? てっきり暇だから見舞いに来たのかと……いいでしょう、ボクとしてはまだ話したりない感じですが、時間が限られているようなので本題を――」


そしてロゥは私に世間話をするような軽い調子で告げた。


「――ボクを殺してください」



――――ロゥ


「ボクを殺してください」

「なっ!」


ボクの言葉に目の前の捜査官はかなり驚いていた。

捜査官は忙しいようなのでボクは簡潔に必要なことを言うことにした。


「さっきも話したようにあのマッドサイエンティストは化物です。 そして化物に造られたボクたち熾天覆う七つの円環もまた化物です。 今のところ微調整やエラーといった不具合で管理プログラムが正常稼働していませんが、管理プログラムが正常稼働するようになったらボクたちはきっと化物に戻るでしょう。 そうなればボクたちは簡単には死にませんし、きっと破壊するには大勢の犠牲が必要になるでしょう。 なので、ボクによる『自害』が可能な今のうちにプラズマで蒸発させるとか虚数空間に放り込むとか、手段はお任せしますのですぐに殺して下さい」


捜査官はしばらく黙っていた。

その顔に驚き、憐れみ、思惑、哀しみ、さまざまな感情が浮かび消えていく。

そんな人としての迷いや想いをロゥは面白いと、素晴らしいと思った。

第96人格プログラム、自己が生み出されてからまだ12時間と少ししかたっていない。

しかし、そんな短い人生の中でもロゥは充実感を覚え、人の素晴らしさを、そして|熾天覆う七つの円環(自分たち)の不必要さを理解した。

確かに人は非効率的だ。

行動に一貫性が無く、怠惰で無駄ばかりをする。

しかし、ロゥはそこに面白さを感じた。

無駄だらけの行動、もっと効率的な道のりがあると理解しているはずなのに、それでも自分の道を行く愚かな行為。

それはまるで、重要なのが結果ではなくそこに至るまでこそが本質だとでも言わんばかりの生き様。

だからこそ捜査官に自分たちの破壊を要求した。

こんなに無様で素晴らしい存在たちに、自分たちのような効率と秩序だけの無粋な存在はその素晴らしさを損なうだけだと判断したからだ。

ちなみに今までの無駄に長い話は事件の説明と言った意味もあるが、冥土の土産というか最後の楽しみというか、そういったロゥ個人の趣向である。

そして、ロゥは捜査官がYesと答えてくれるのを期待していたのだが、


「……ごめんなさい。 あなたを、その……殺すことは出来ないわ」


答えは期待外れの、しかし予想通りのものだった。


「さすが人間……いえ、わかりました。 ボクからはもう何もありません。 今日はお見舞い、ありがとうございました」

「ええと、断っておいて何だけれど、もっと食い下がると思ってたわ」

「だって、その判断を変えませんよね? だったら時間の無駄です。 強いて言うなら、ここを出た後のボクの行動をしっかりと監視してほしいというぐらいですかね」

「わかったわ、約束しましょう」

「感謝します」


捜査官は席を立ち扉へと向かう。


「ちょっと待って! 大事なことを忘れてました! 外で待ってるこの体、ゲーティア君の両親に伝えて下さい」


捜査官は静かにロゥの言葉を待つ。


「ゲーティア君はボクが必ず見つけ出します。 たとえ精神世界の最下層に引き籠ってても必ず引きずり出します。 なので待っていてあげて下さい、ゲーティア君を。 そして守ってあげて下さい、ゲーティア君の変える場所を…………以上です」


なぜか、なぜか心拍数が上がり顔表面の温度が上がった気がした。

そしてボクの言葉に捜査官は少し驚いていたが、


「フフ、わかりました。 二人にはそう伝えましょう。 それではまたね、ロゥ君」

「……また」


そうして捜査官は出て行った。

急に静かになった病室でロゥは一人ごちる。


「……また、か」


それは無理だろう。

今回ロゥは|熾天覆う七つの円環(自分たち)を破壊しようとした。

管理プログラムたちはロゥから今日のすべてのデータを消し去るだろう。

あの楽しかった時間が奪われるのはひどく癪だが、自己を消滅させられるよりはましだろう。

しかし、もしかしたら思考パターンをいじられるかもしれない。


「あー、失敗したかなー?」


この決断はロゥではどうにもできない。


だから祈ることにした。


それが無意味だとわかりつつも。


――どうか、次に目が覚めた時は自分が自分でありますようにと


そしてロゥ・アイアスは眠りに就いたのだった。



――第1管理プログラム再起動・第96人格プログラムを危険情報と判断・情報体の解体・開始・完了・人格プログラム作成権を第3管理プログラムに移行・行動検索・該当なし・第1管理プログラムはスリープモードへ移行します

――第3管理プログラム起動・人格プログラム作成権を受諾・残留情報体より再構築・開始・破損部を別情報体にて補強・第97人格プログラムの作成・完了・行動検索・該当なし・第3管理プログラムはスリープモードへ移行します







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