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とある昔の物語―その2―

――――とある管理局の研究員


私は今、研究施設のパニックルームにいる。

このパニックルームは危険な実験を行う施設などに必ずある非難シェルターで、これを使うと管理局に自動的に連絡が行くようになっているのだ。


「大丈夫、ここに逃げ込めたんだ。 管理局が来てくれればアレをきっと止めてくれるはずだ」


暴走したアレは私がここに隠れてからひたすら扉をたたき続けている。

私はアレが暴走したとわかるないなや、即座にここに逃げ込んだのだ。

今までの経験がアレは危険だと知らせたのだ。

実際アレは即座に飛びかかってきた。

幸い、機体を強化する際に骨格部分の強化を忘れたために脚部の骨格が圧壊し、そのおかげで私はアレから逃げ出す時間を得たのだ。


しかし、なぜアレは私を犯罪者と誤認したのだろう?


アレは今までにない完成度だった。 それが誤認するには私の行動で犯罪行為に見える行動があったのだろう。

きっとアレは誤認に気づけば行動を停止する。

そう判断した私は自己分析を始める。


「……同志たちをここに連れて来たことか?」


言葉面だけを見ると、確かに誘拐のようだ。

だが違う、私は誘拐などしていない。

私は同志たちにしっかりと事情を説明して同意の上でついてきてもらったんだ。

確かに、帰りたいという同志がいたが、その同志たちには心苦しいが我慢してもらった。

裏切りはしないだろうが、管理局に拷問でもされてここの場所を吐かれたら大変だからだ。

私は誘拐していないとアレに訴えたが、アレは依然と扉をたたき続けた。


どうやら誘拐ではないらしい。


「だったら……ここでした実験のことか?」


薬品により遺伝子情報の組み替えや脳に端子を繋ぎ思考回路の革変をしたことだろうか?

これも言葉面だけを見るとやはり犯罪のようだが、これは同志たちが望んだことだ。

薬品投与はロケットパンチが欲しいやら改造人間になりたいとか言うから、お礼の意味もこめてそうしてあげたのだ。

思考回路の革変は改造の最中に発狂する同志がいたため、発狂する前の願いをプログラムしてあげただけだ。


どちらも障害者などが受ける治療とさほど大差はない。 本人の同意もあったから犯罪なわけがない。

私はそのことをアレに伝えるが、やはりアレは扉を叩くのをやめない。


これも違う。


「なら、夢の途中で力尽きた同志たちの亡骸を偽装して放置したことか?」


しかし、あれには訳があったのだ。

同志たちの改造した肉体をそのまま家族の下に送るなど、管理局に狙われている私にはできない。

だから心苦しいが同志の亡骸を人目のつく場所に放置しなければならなかったのだが、ただ放置したのならハゲタカのような管理局に検死の名の下に無残に解剖されるだろう。

それでは同志に申し訳が立たない。

だから仕方なく、チンピラに殺されたように亡骸を偽装したのだ。

これは確かに犯罪だが、戦時中に似たようなことをやった者がいたが、そいつは罪に問われなかった。 むしろ遺族から感謝さえされた。

私がやったのは敵の残酷な仕打ちから同志を守ったのだ。


そのことを告げるとアレはようやく扉を叩くのをやめた。


「……ふぅ~、助かった」


私は安堵のあまり床にへたり込む。


今回、まさかの暴走があったがそのおかげで大量の改善点が見つかった。

これからはその修正に忙しくなるだろうが、完全な平和はもう目の前にあると言っていい。


長かった。

思えば色々なことがあった。

人々を助けるために魔法を学び、己一人の限界を知り、管理局に誘われ、仲間と力を合わせ人々を救い、よりたくさんの人々を救うために新しい魔法の創造し、何人もの同志たちと夢を追い、気付けば同志たちは消え私一人になり、管理局に裏切られ、新しい同志たちと出会い、ようやくここまでこぎつけることが出来た。

同志たちの犠牲がようやく報われると思うと、自然と涙が溢れ出た。


 ぴちょん


水滴の音。

それに私は悪寒を覚える。


……ぴちょん…………ぴちょん…………ぴちょん……――


音の発信源を探すと部屋の中央に水溜りが……いや、血溜りが出来ていた。


…………ぴちょ……ガコッ、ゴトッ――


私が天井を見ると血が通気口から滴り落ちてきているのが見えた。

パニックルームは上下前後左右、六方向を厚い防壁で囲まれた閉鎖空間だが、密閉空間な訳ではない。

そこには一つだけ外へと通ずる道、通気口が存在する。

これは、子供でも通ることが出来ないような細い管だ。

アレでも通ることは不可能だろう。

しかし、もしかしたらアレならばこの狭い通気口を通って来るかもしれない。

アレの強化された筋力であれば通気口を押し広げて私を捕らえに迫ってくるかもしれない。


 ガコッ、ガッ、ガシャンッ……


通気口の覆いが外れ、そこから妙な威圧感と共に血で赤く染まった双腕が伸び出てくる。

筋力で骨が粉々になっているためか、動きが軟体動物のそれになっていた。

ソレは通気口から完全に抜け出すと、人間ならありえない角度に首を曲げ私を見据える。


『対象の確認・行動を拘束へ移行』

「ひぁ、来るなーッ!」


私はすぐにパネルを操作し、パニックルームの扉を開く。


いや、開いてしまった。


急に威圧感が消え私が振り向くとそこには何もなかった。

壊れた通気口も血黙りも、そしてアレさえも。

そう、何もかも消えてしまったのだ。


まるで全てが幻だったかのように……


「…………ハハ」


もう何度目になるだろう? 私は振り返る。


そこにはゆっくりと開いてゆく扉。


隙間から流れ込む赤い赤い血液。


そして、私を捉えて放さないアレの、同志の、男の子の虚ろで機械的な深緑の双眸。


『対象の確認・捕縛・開始』






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