名前をあげる……
――――闇の書
「ようやく見つけましたよ、有害図書」
魔導師は闇の書に向けてそう言い放った。
闇の書は魔導師がここまでたどり着けるなんて思いもしなかった。一体彼の何がそこまでさせるのだろう? 主はやての兄だからか、管理局員としての誇りか、それとも別の何かか。
その強い意志はどこから来るのか、闇の書はそれを知りたいと思った。
「お前はなぜ、そこまで必死になる?」
だから問いかけた。
本来、魔導師がここまでたどり着けるわけがなかった。どんなに急いだところで全が崩壊する方が先だった。
その闇の書の予測が外れたのは一重に外で予想外の攻撃を受けたためにわずかなエラーが発生したからだ。つまり偶然でしかない。
それなのにこの魔導師は闇の書へと向かってきた。偶然が起こらなければ徒労に終わる行為を行い続けた。
なぜ?
「ボクの役目だからですよ。いつ如何なる状況でも進み続ける、貴女と違って未来が存在しないボクには現在しかないのですよ。諦めろと言われてはいそうですかと引けるわけがないじゃないですか」
そういうことか。
未来が無い、過去は変えようがない、ならば現在を手放せるわけがない。
「まあ、自分の手で現在を壊してきた貴女には理解できないかもしれませんがね」
「いや、私にも理解ができる」
呪われた魔導書、闇の書は主を食い殺してきた。優しい主も、醜い主も、皆例外なく、だ。
しかし、今回だけは愛しい主を食い殺さずに逝くことができるのだ。
目の前にいる魔導師が私を破壊してさえくれれば主はやてを殺めることなく次の主の下へと転生できる。
「お前の名を、聞いていいか?」
「色々な名前を使って来ましたが……ロゥ・アイアス、これが一番しっくりくる名前ですよ」
「よかった。主はやてを守ってくれた者の名を知りたかったのだ」
闇の書はその名前を決して忘れぬよう心の奥深くに刻み込んだ。
そして闇の書はキッと魔導師――ロゥを見据えた。
「さあ、覚悟はできた。やってくれ」
闇の書は両手を広げてロゥの必滅の一撃を待った。
砲撃か斬撃か、闇の書の造り出した世界を壊したときのように消し去られるのか、どんな終わりでも受け入れよう、そして私は新しい主の下へと旅立つのだ。
しかし、ロゥが闇の書を滅することは無かった。
「ククク、ボクもそのつもりだったんですけどね。やめました」
「なっ!?」
驚愕する闇の書に対し、ロゥはニヤニヤと笑いながらその背後を指さす。
「貴女の運命は、ふさわしい人にゆだねましょう」
背後を振り向く闇の書、その先にいたのは――
「――主はやて」
――――はやて
よく知るヒトの声に重たい瞼を押し上げると、そこには闇の書の管制プログラムと黒いマントを着たロゥがいた。
「……ここ、は?」
「夢の中だ。闇の書だったりオレだったりが色々と手を入れてややこしい状態になってるけど大体それで問題ない。ここは夢の世界だ」
ロゥが肩を竦めながらこともなげに説明した。
その姿を見てはやては、ああ、やっぱりロゥも魔法使いなんやなー、とどこか納得してしまった。
そんなことを考えていたはやてに闇の書が歩み寄った。そしてはやてと目線を合わせるために片膝をつく。
「闇の書がダメージを受けたから目覚めてしまったのですね。主はやて、どうぞお眠りください。その間にすべて終わります」
闇の書ははやてにそう言った。
その僅かな言葉だけでもはやてには痛いほど闇の書の痛みが伝わってきた。
だからはやては闇の書のその願いを叶える、そんなことはしなかった。
「嫌や。そんなに悲しそうな顔して、本当はこんなこと嫌なんやろ? だったらそんなことせんでええ」
「主はやて、私の精神は守護騎士たちと深くリンクしています。守護騎士たちが想うように私もあなたを愛おしく思います。だからこそあなたを殺してしまう自分が許せない」
優しい子なのだと思う、だからこそこんなに苦しんでいるのだ。
だったら助けてあげなければならない、なぜならはやてが闇の書の主だからだ。
「眠ってる間にな、闇の書のことちょっとはわかったんよ。大丈夫、私がどうにかする」
「無理です、暴走した防衛プログラムは今まで誰も止めることができなかった」
そう、今までの闇の書の主はみんな止めることができなかった。
けれども、今の主ははやてなのだ。絶対に止めてみせる。
「名前をあげる、もう誰にも呪われた魔導書なんていわせへん!」
はやての強い意志を受けて闇の書の目から涙が溢れる。
はやては考える、この優しい魔導書に相応しい名前を。
それは、夜空を風が吹き抜けるようにスルリと思い至った。
「あなたの名前は、祝福の風『リインフォース』」
その瞬間、世界が光に包まれた。
――――ロゥ
はやてが闇の書を名付けた瞬間、淀んだ砂浜――ロゥの世界が再び塗り替えられた、要するに制御を奪われたのだ。制御に自信を持つロゥにとってはとてつもなく驚くべくことだった。
「まあ、はやてと闇の書との意見の違いに割り込んだわけだからこうなって当然なんだけど」
とりあえずそれで自分を納得させたロゥは光に包まれた空間ではやてに問いかける。
「はやて、闇の書と和解しただけでハッピーエンドじゃないぜ?」
「わかってる、これから外に出てどうにかする。……それとロゥ、闇の書やなくてリインフォースや!」
「はいはい、外に出るには防衛プログラムとリインフォースを切り離すことが必要だ。オレはこれを手伝えない、手を出した瞬間転生プログラムが起動してお前を吸収してどこかへ逝くからな。出来るか?」
「大丈夫や、今はリインフォースがいる」
それは心強い。
「それじゃあオレは出て行くけど、ミスるなよ?」
「大丈夫やって! もう、心配性やな」
「ああ」
ロゥは未だ不安を拭えなかったが、このままここにいても役に立たないので外に出ることにした。
「フォルテ、転移だ」
《…………》
ロゥの足もとに淡紫に輝く魔方陣が浮かび上がった。
転移する直前、振り返ったロゥの目に映ったのは自信に満ちたはやての笑顔だった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。