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奇跡

――――フェイト


咄嗟の行動だった。


「母さんッ!」


何か考えがあったわけでもない。

どうにかできると思ってたわけでもない。

ただ、気付いたら体が勝手に動いていたのだ。

フェイトは空間の亀裂から虚数空間へとその身を投じていた。



ただ、落ちる。

虚数空間の中は永遠と落下を続けるそんな世界、ただそれだけの世界だった。


「母さん、どこ?」


視界は共に落下する瓦礫たちに阻まれ遠くを見通すことが出来ない。

そんな中、フェイトは瓦礫たちを蹴りながら母親を探す。


「母さん! 母さんッ!」


見つからない。

母さんが落ちてすぐに追いかけたからそんなに離れてないはずだ。

だが、フェイトが必死になって探すが、どこにも見当たらない。

感知魔法でも使えればいいのだが、虚数空間の中では魔法は使えない。


そして、探すのに必死になっていたためだろう。

背後から近づいてきた瓦礫の塊にフェイトが気付いた時はもうすでに回避できる距離ではなかった。


「ッ!」


シールドを構築しようとするが、虚数空間なので当然発動するわけがない。

フェイトは目の前の脅威に恐れ目を閉じる。


しかし、結果的に瓦礫がフェイトにぶつかることはなかった。

なぜなら、


「…………シー、ルド?」


そう、フェイトの前にあの狐面の魔道師が使っていた魔法陣と同じシールドが展開していたのだ。

胸元を見ると狐面の魔導師のデバイス、確かffフォルテシモが起動していた。 その周りをジュエルシードが衛星のように回っている。


「ジュエルシードでなら魔法が使える? …………お願い、わたしを母さんのもとまで連れて行って」

〈…………〉


ffは返事をしなかったが、ジュエルシードが輝きを増したことから了承してくれたのがわかった。


転移が始まった。


世界が揺らぐ。

揺らぐ景色はシャボン玉の表面のようで様々な色に変わる。

足元にねじれるような感覚。

気付けば体がまだら模様。

不気味。

明らかに通常の転移とは異なる異質な術式。

何かの理から外れた感覚。

そして揺らいだ景色の向うにうっすらと見える大切な人の輪郭。

フェイトはそれに向かって手を伸ばす。

歪な世界を抜ける。


そして――


「母さんッ!」


力の限り呼んだ。


母さんはひどく驚いた顔をしていた。

私は母さんの近くへ寄っていく。

手の届く距離まで近づくのと、体を痛いくらい締め付けられるような感覚に陥るのはほぼ同時だった。


「…………フェイト、どうして来てしまったの……」


抱きしめられていた。

その事実、その意味がゆっくりとフェイトの中で固まっていた何かが溶かしていく。


喉が詰まる。

鼻の奥がズンとなる。

目の橋が熱くなる。


フェイトもプレシアに腕をまわす。

それはとてもぎこちなく、おっかなびっくりといった感じであったが、その腕に力がこもりフェイトは力の限り抱きしめた。


「母さん、母さん!」


伝えたい言葉があった。

伝えたい想いがあった。

けれど、どれも音になる前に迷子になったように出てこない。


だから呼ぶ。

あらゆる想いをソレに込めて――


「母さん!」

――いつも苦しかったんだよ

「母さん!」

――痛かったんだよ

「母さん!」

――独りで寂しかったんだよ

「母さん!」

――名前を呼んでくれてうれしかったんだよ

「母さん!」

――生み出してくれてありがとう


そして伝えるフェイトの想い。


「母さん――」


生まれてからずっと想ってきたこと……


「――あなたがわたしの母さんでよかった」

「ッ! …………フェイト」


私の肩が濡れる、私を抱きしめる腕が震える。

母さんが泣いていた。


「フェイト、今までごめんなさい。 私はアナタにひどい事を――」

「もういい」


私は母さんの言葉を遮る。


「もう、いいよ……」

「…………」


二人の間に沈黙が訪れる。

互いに互いの気持ちを感じ合う。

相手のことをいつも考えてきたからこそ理解る。


そして、どのくらいたったのだろう。

もう何時間も経ったような気もするし、ほんの数分だった気もする。

そんな沈黙を破ったのはプレシアの方だった。


「……フェイト、これからどうするの?」


母さんと分かり合えた。

だから母さんと一緒ならどこへだって、アルハザードへだって言ってもいいと思った。

そう言葉にしようとしたとき――


――友達になりたいんだ――


あの子の言葉が過る。

それを感じ取った母さんが言う。


「……そう、なら帰りましょう」

「ッ嫌だ! 離れたくない!」


必死になるフェイト、しかし――


「安心して、私も一緒に行くわ」

「――ほん、とう?」


そう言った母さんはとても優しい笑みを浮かべていた。


母さんはわたしの首にかかっていたffを手に取り、私の持っていたジュエルシードに自分のジュエルシードも使って転移魔法を発動させた。


「一緒に行く、最後まで一緒に――」


転移が始まる直前、そんな言葉が聞こえた。



――――ロゥ


――第97人格プログラムの……


目が覚めた。

頭の中では管理プログラムたちがせわしなく情報交換を行っていた……うるさい。


「……ここは?」


アースラの医務室のようだ。

腹部の傷を確認するとすでに治療された後だった。

アースラでオレの体のことを知っているのはハラオウン親子とエイミィだけなので、その内の誰かがしてくれたのだろう。

ロゥは報告のためブリッジへ行こうと立ち上がるが、貧血で座り込んでしまった。


「フォルテ、オレに解析かけて体調を調べ……そうか、フェイトに付けたまんまだっけ」


ffフォルテシモはフェイトの傷の治療に使ったジュエルシードの制御に当てていたのだ、フェイトと一緒に虚数空間に落ちたのでここにある訳がない。


「あー、|shit!(クソ!)」


二人を助けられなかった。

そして、助けられなかった者たちの存在をたかだか貧血による記憶の混乱程度で忘れてしまった自分が憎い。


「…………とりあえず報告行くか」


ロゥはまた貧血で倒れないように車椅子を使ってブリッジへ向かった。



…………。……


ロゥがブリッジへ行くとエイミィしかいなかった。


「あれ? みんなは?」

「あ、ロゥ……く……ん?」


エイミィはオレを見ると固まった。


「ロゥ君ソレどうしたの!? 私、治療法間違えちゃった!?」

「あ、エイミィやってくれたんだ、サンキュ。 それと、これは単に貧血気味なだけ、治療は出来てた」

「そっかー、よかったー。 みんな結構前に和室の方に行ったから、ロゥ君も早めに言った方がいいよ」

「和室? ああ、取調室」

「それと、あんな無茶はもうしないでね? みんな心配するんだから」

「……善処する」


オレは『車椅子押してあげようか?』というエイミィの申し出を断り取調室に向かった。


取調室に着くとそこにはなのは、アルフ、ユーノ、クロノ、リンディさんによるどんよりとした空間が広がっていた。


「……ロゥくん」

「や、なのはちゃん」


なのはが一番にオレに気が付いた。

オレはそれに軽く挨拶をし、ふさぎこんだ様子の虚ろな感じのアルフの前まで行く。

そして、アルフがオレの存在に気付いたのを確認してから、車椅子を降り、膝を正して床に座り、両手を揃え、額と共に地につける。


――土下座の格好だ


「アルフ、フェイトを助けれなかったことを謝る。 ごめんなさい、オレはフェイトを助けることが出来なかった。 いや、オレの力を使えば助けることが出来たかもしれない、けどオレは自分の身が可愛いあまりそれを試しもしなかった。 恨んでくれていい、お前にはその権利がある」

「ロゥ、キミの責任じゃ――」


クロノが口をはさむが、オレは止めない。


「お前が望むなら仕返しをしてくれてかまわない、甘んじて受けよう」

「…………」


抜け殻のようだったアルフはオレの言葉を聞き、オレの肩に手をのせる。


「顔を挙げておくれ」

「アルフさん!」


なのはが悲痛な声を上げる。

そんな声をどこか冷静に理解しながら殴られるために顔をあげた。

しかし、アルフは誰も、少なくともオレの予想しなかった行動に出た。


「ありがとう」


それは感謝の言葉だった。



「アンタはさ、いつも私たちの前に現れておチャラけた感じで自首しろって言ってきて、だけどいつもどこか必死で……。 そんなアンタだ、きっと出来る限りのことを全力でやってソレで助けられなかったんだろ? だから――」


――フェイトのために必死になってくれてありがとう

アルフはそう言った。


悔しさがこみ上げる。

助けられなかった自分が悔しい。

力の無かった自分が悔しい。

全力を出してそれでもとどかなかったのが悔しい。


気付けばなのはが泣いていた。

それをユーノが慰めている。

オレも泣きそうになる。 でも泣かない。

涙を流してしまえば弱い自分を、助けることが出来なかった自分を肯定してしまう気がして、意地でもこぼれ落ちそうになる涙をこらえた。

泣くわけにはいかない。

誰も助けられない自分を肯定するなてロゥには出来なかった。


だから気付かなかったのだろう、ある魔力反応を、奇跡の近づく気配を――

それを知らせたのはエイミィだった。

アラートが鳴り響く。


『艦長ッ! 正体不明の魔力反応を感知! 術式は転移、転移先は……え? アースラ取調室?』


オレは途中から聞いてなかった。

なぜならロゥの足元に見覚えのある魔法陣が浮かび上がったからだ。


ロゥの使用する精密制御用の特殊な魔法陣。


ロゥは魔法陣の上からその身をどける。途中車椅子に足を引っ掛け尻もちをついた。

それでも魔法陣から目を離さない。

当然ながらこれはロゥの発動した魔法ではない。 となればこの魔法陣を使えるのはこの世界で一つしかない。

そして、それを現在身につけているのはアイツしかいない。

その考えに至ったロゥはすぐさま指示を出す。


「エイミィ、アースラが展開してる外部からの魔法に対するジャマー結界を解け! すぐにだ!」

「え?」

「フェイトたちだ! 帰ってくる!」


特に神様というものを信じているわけではないロゥであるが、この時ばかりは救いの女神というものを信じたくなった。 もしくは物語であまり面白くないご都合主義というものを少し見直してもいいといった気分だ。 ご都合主義万歳!

なんだかおかしい、感情が暴走しているようだ。 何を考えているのかわからない。

けれど、自分が何をしたらいいのかははっきりと認識している。


魔法陣の輝きが鈍くなる。

魔力が足りないのだ。


「リンディさん! オレの持ってたジュエルシードはどこにありますか!?」

「保管庫にあるわ、クロノ!」

「わかってます!」


クロノが保管庫に走って行った。


『ロゥ君! 解除終わったよ!』

「すぐ来い! 後、動ける奴は全員ここに集めろ!」

『わかった!』

「みんな魔法陣を中心に手をつないで輪になって、降霊や召喚の要領で魔力流せ!」

「「「「わかった!」」」」


それからは慌しかった。

エイミィに連れられて明らかに動ける状態じゃない局員が来たり、人数が多すぎて取調室に入りきらなかったり、溢れた奴らを上下の部屋に振り分けたり。

しかし、一度輝きを失いかけた魔法陣は再びその輝きを取り戻していた。

そしてクロノがジュエルシードを持ってきた。


「遅ぇ!」

「封印を解いてたんだ!」


クロノがジュエルシードをオレに渡し輪に加わる。

オレはジュエルシードをアルフに渡した。


「ちょっと! どうしたらいいんだよ!?」

「願え! フェイトたちが帰ってくるように! 制御はオレがやってやる!」

「……わかった」


アルフがジュエルシードを両手で包み、指を組み胸元に持ってゆく。

――祈る


「…………」

「「「「「…………」」」」」


――沈黙


「…………フェイト――」


アルフの口から紡がれる思いを込めた静かな言葉。


「――また、会いたいよ……」


――光

ジュエルシードがアルフの手を透かすほどの光を発する。

それにつられるように魔法陣も輝きを増す。

アースラに純白の光が溢れた。


「――――ッ!」


視界が元通りになると魔法陣のあった場所に三つの影があった。


「フェイトちゃん!」

「フェイト!」


なのはとアルフの声が聞こえ、二つの影が小さな影に飛びついた。







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