――――ロゥ
「なのはちゃんは来ないでね」
オレはジュエルシードの回収に向かおうとするなのはに待ったをかけた。
「訂正。来てもいいけど戦闘には参加しないでね」
「……大丈夫だよ。わたし、戦えるよ?」
「や、それはわかってるよ? そうじゃなくてなのはの今の魔法の使い方じゃ体に負荷がかかりすぎるから、ある程度コントロールが出来るまで魔法使わないでね」
なのはが固まる。
そりゃそうだろう。心機一転、さぁ行くぞ! ってときに魔法を使うなと言われたらショックだろう。
「…………ロゥくん。わたしアースラから降りた方がいいのかな?」
「いやいや……なのはちゃん、思考がマイナスになってるよ? ほら」
ロゥはそういってシャボン液とストローを渡す。
「バインドでシャボン玉を捕まえて。出来るようになったらいくら魔法使ってもいいから」
知っての通りシャボン玉とはとても割れやすいものである。魔力のコントロールが雑だとバインドをかけたときにどうしても割れてしまうのだ。割れないように捕らえるには丁寧に捕まえなければならない。
つまり、バインドでシャボン玉を捕まえられるかどうかで魔道師の魔力制御のレベルがわかるのだ。
「それじゃ」
驚くなのはを残し、オレは転移ポートで鳴海市のとある公園に向かうのだった。
――公園についた。
「……まりも?」
ロゥは目の前で飛び回っているモノを見てそう思った。
何というか、巨大なモコモコした球体にに真っ赤な目を埋め込んだようなその暴走ジュエルシードは、阿寒湖の特別天然記念物に指定されているそれに酷似していた。
「……エイミィ。あれ、確保したら犯罪になったりすると思う?」
オレは横に浮いている画面に問いかける。
『うーん……クロノ君はどう思う?』
『いや、どう思うとかじゃなくあれはジュエルシードが暴走した結果あのような形になっただけでジュエルシードで間違いないから問題ない。さっさと確保してくれ』
「了解」
そしてロゥは意識を戦闘に向ける。
両手をポケットに納め軽く背中を丸める、ロゥ独自の戦闘態勢。
ロゥが両手を使わないのはけして余裕だからでない。
極めて本気だ。マジだ。
ロゥの魔法は全て魔力の完全効率運用で成り立っている。これはロゥが普通の魔道師の中でも中の中という極めて平凡な魔力容量でハイランク魔道師相手に渡り合うために、自分に課した信条の『敵も味方も助ける』ために最低限必要なことなのだ。
相手より効率的に、それこそ桁違いの制御をすることにより相手との魔力容量の差を擬似的にゼロにし、自らの術式を複雑に編み上げ相手の魔法に打ち負けない強固な魔法を構築する、さらに『解呪』により単純な術式の魔法を解析および破壊できる。
以上のことを行うには余計なことに意識を割いていられない。
だから、全ての無駄を削る。その際、近接戦闘でもない限り使われることのない両腕を意識から外す。移動の際にぶらぶらと揺れると気になるのでポケットに納める。
ここまでしてようやくハイランク魔道師と同じ土俵に立てるのだ。
ここまでしてもまだ同じ土俵に立っただけなのだ。才能の壁というものはそこまで厚い。
「ふー……バグ――発動」
ロゥの魔法構築速度を加速させる特殊領域がロゥを中心に球形に展開する。魔力濃度がかなり薄いのはロゥの魔力容量で高濃度の領域を維持するとすぐに魔力切れになってしまうからだ。
ロゥの足元に円の中に三つのエジプト十字が合わさったロゥ特有の精密制御特化型魔法陣が描かれる。魔力光は紫色だ。
すると、まりもは何かを感じ取ったのかロゥとは逆方向に逃げだす。
「……気配消せてなかったか? まぁ、いいか。フライングバインド」
ロゥの周りに小さな輪が無数に現れ、まりもに向かって飛翔して行き、捕らえた。
・・・・・・・・・・。・・
「……ほらよ、封印完了。クロノ終わったぞ」
『……ロゥ、キミもなんだかんだ言ってでたらめだな』
クロノが呆れたように言ってくる。
「そんなことはねぇーよ。仮にそうだとしたらそれは凡人でも努力一つでどうにか出来るレベルだ。……ん? つまりオレは凡人の可能性にチャレンジしてるってことか。燃えるぜ!」
『はぁ、わかったからさっさとジュエルシードを持って戻ってきてくれ。黒衣の魔道師が襲撃してきたら面倒だ』
「了解、アースラエース」
難なく(割と本気)ジュエルシードを確保したロゥはアースラに戻ったのであった。
余談だが、ロゥがアースラに戻るとなのはがバインドでシャボン玉を捕らえていた。ほぼ完璧に。
オレの時は半年ほどかかったのに……なのはってチートキャラ?
――――なのは
色々あったあの日から数日が経った。
ロゥくんに言われたシャボン玉を捕まえるトレーニングはあっさりと出来てしまい、翌日からまたジュエルシード探索に参加できるようになった。
どうしてかロゥくんは不機嫌だ。
なんでだろう?
「なのは、どうしたの?」
わたしが食堂でおやつを食べているとユーノくんがやってきた。
「うん、最近ロゥくんが機嫌悪そうにしてるから……ユーノくん。またわたし何かやっちゃったかなぁ?」
「あー、クロノいわく『ひがみ屋の嫉妬』らしいから気にしなくていいと思うよ?」
「うーん、そうなのかな? ロゥくんに限ってそんなことないと思うんだけど……ほら、大人っぽいし」
「『知識が豊富で知恵が回って年齢に不釣り合いな卓越した考え出来るが感性は年相応』ってクロノが言ってたから――」
「なるほど、あいつがそんなこと言ってたのか」
「うわ!!?」
気付いたらロゥくんがユーノくんの隣に座っていた。
「……ロゥくん、心臓に悪い」
「おっとごめんね、二人がボクの噂するからつい……それで、何の話をしてたの?」
「えと、最近ロゥくんが少し不機嫌そうだったから……」
「ああ、それね。うん、もう割り切れたから大丈夫。いやー、お騒がせしてすいません」
そういって頭を下げるロゥくん。
それから何事もなかったかのようにこんなことを言ってきた。
「で、実は二人に伝えることがあってきたんだけど、逢引中悪いんだけどちょっといいかな?」
「かまわないよ」
「いいよ」
「…………なのはちゃんどころかユーノまでスルーとは」
「うん、キミの話は八割ほど聞き流すように聞いたらいいってクロノが教えてくれたんだ」
「……クロノのやつ」
ユーノくんが少し勝ち誇り、そしてロゥくんは落ち込んでしまった。
わたしは慌てて話題を変える。
「と、ところでロゥくん、お話ってなにかな?」
「おっと忘れるところだった。実はジュエルシードがなかなか見つからなくてね、もしかしたらかなり長引くかもしれないんだ。二人とも家族とか学校とか大丈夫?」
そういってロゥくんがわたしたちの方を見る。
「スクライアは遺跡を発掘してばかりだから問題ないよ」
「ご家族とかは?」
そういえばわたし、ユーノくんのご家族のこと全然知らないや。
ユーノくんみたいなしっかりした人のお父さんやお母さんはちょっぴり気になった。
「ぼくはもともと独りだったから」
「ふぇ? そうなの?」
「両親はいなかったけど部族のみんなに育ててもらったから、だからスクライアみんながぼくの家族……」
……ちょっと悪いことを聞いちゃったかな?
ユーノくんとは結構長い間一緒にいるけど、わたし全然ユーノくんのこと知らないな。
ユーノくんとは友達だけど、私がユーノくんについて知ってるのはジュエルシードについてくらいで……やっぱりちゃんとしたお友達になりたい。
だから――
「ユーノくん、色々片付いたらもっとたくさん色々なお話しようね」
「うん、色々かたずいたらね」
色々片付いたら、ジュエルシードの問題が片付いたらきっとわたしたち……。
「…………見つめ合うのもいいけどね。一応話の途中だからさ、二人だけの固有領域を作るのはやめてくれないかな? それに結構寂しいから……」
「「あ、ごめん」」
ロゥくんが呆れたようにため息をつく。
「で、なのはちゃんは?」
「わたしも大丈夫。家族と友達には説明してあるから」
「そう、なら安心だ」
そう言ってロゥくんは手に持っていたおかしの袋を開ける。おかしの名前は――
「ふぇ!? コオロギスナック!?」
「ん? なのはちゃんどうしたの?」
「どうしたのって、コオロギって虫! 虫だよね!?」
「そうだよ。直翅目コオロギ科の昆虫の総称。体は太く短く、頭部は丸くて光沢があり、触角は糸状で長い。後肢は長く、跳躍に適する。尾端に二本の尾毛がある。多くは地表にすみ、雄は美しい声で鳴くあのコオロギだけど?」
そういいながら袋の中に手を入れ、取り出した黒くて小さな何かを口へ運び――
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
――――ロゥ
食堂でなのはたちと話していたら緊急招集がかかったので現在アースラのブリッジにいる。
冗談のつもりでなのはたちの目の前でコオロギスナックを食べたのだが、なのはにはかなり衝撃的だったらしくユーノを盾にオレを視界に入らないようにしている。
……冗談だったのに。
「蹴ってこないなんて……具合でも悪いのか?」
「や、何でもない……クロノ、今度は何があった?」
「あれだ」
そういって巨大な画面に映しだされたのは海上で何か大規模な魔法を放とうとしているフェイトの姿だった。
「……陸地でどこを探してもジュエルシードが見つからない。だったら海を探してみようってか?」
考えは間違っていないが魔力的に無理だろう。
「クロノ、このバカ海に落ちてるジュエルシード片っ端から暴走させる気だぜ。しかも封印のことを考えてない、多分魔力を使い果たす」
「ああ、大体そんなところだろう。ロゥ、キミには彼女が魔力を使い果たしたところを捕獲してもらう」
アレは今すぐ行った方がいい。
じゃないとフェイトが危険だし町も危ない。
「ジュエルシードはあと6個、仮に残りすべてが海にあったとしたら全て暴走する。危険だ今すぐ行かせてくれ」
オレが6個全てを封印できる確証がない。
「ダメだ。彼女の裏に何者かがいる、そいつも捕まえるには居場所を彼女に聞くしかない。そのためには彼女を確実にとらえる必要がある」
ああ、オレも何度もアイツを(管理局に黙って)説得しようとしたから知っている。
「確かにアイツを操ってるやつがいる。だが、暴走したジュエルシードが鳴海市を襲撃する可能性がある。住民の安全を考えたらアレは止めた方がいい。出動許可をだせ」
早くしろ。フェイトは魔法の準備をもう終えてる!
「彼女たちはすでにジュエルシードの半数近くを手中に納めている。これだけあれば次元断層が発生する危険性が十分にある。次元断層が発生したら確実に世界が滅ぶ。世界と町、どちらが重要かわかるな?」
「Bull shit!(ふざけるな!)」
我慢の限界だ。
オレはクロノの襟をつかんで怒鳴りつける。
後ろの方でなのはたちが驚いているのがわかる。
「世界と町のどっちが重要だって? どっちも大事に決まってんだろ! 人の命に優劣付けてんじゃねぇ!!!」
「何、子供みたいなことを言っているんだ? どちらか片方を選ぶしかないんだ」
クロノが澄ました顔で言ってきやがる。
「何初めから全部助けること諦めてやがる!? 鳴海市救ってフェイトの親玉捕まえれる可能性あんだろうが!」
「ダメだ。そんな危険な賭け、執務官として許すわけにいかない」
「アースラエースだったらそれぐらいやってみせろ! 良いから許可出しやがれ!!!」
「僕たち管理局は常に最善の選択をしなくてはならない。わかるだろう?」
「出せ」
「ダメだ」
「…………」
「…………」
睨みあうオレとクロノ。
どちらも譲る気がない。
このままでは会話が平行線をたどる。
そう思われたがそれはアッサリと、第三者によって終りを告げた。
「今だ、なのは!」
「ごめんなさい。高町なのは指示を無視して勝手な行動をとります!」
――――クロノ
それはあっというまの出来事だった。
「ごめんなさい。高町なのは指示を無視して勝手な行動をとります!」
ロゥが珍しく感情に任せてどなり散らしているとき、まるでタイミングを合わせたかのようになのはが出撃してしまった。
僕は目の前のロゥを睨みつける。
ロゥはさっきまでの激昂が嘘のように落ち着いている。いや、むしろしてやったりとニヤついていた。
「……念話で二人に指示をしたのか?」
「や、そんな違反行為はしてねーよ。てか、目の前で自分の町が見捨てられそうになったら助けにいくだろう? 普通は」
「…………」
失敗した。なのはがどんなにしっかりしているといっても、彼女がただの九歳の子供だということを失念していた。
確かに、目の前であんな話をされたら今みたいな行動をとるのもうなずける。
だがしかし、あのタイミングであんなことを言ったのはロゥの意図によるところだろう。
「さあ? そうかもしれないしそうでないかもない。仮にそうだとしても認めるわけないじゃん?」
……間違いない、わざとだ。
「そんなことよりいいのか? なのはが行っちまったぜ。さっきとは状況が違う。見てみろ、なのはがフェイトに魔力を分け与えた。フェイトが逃走する可能性が高くなった。ありゃジュエルシードが確保されたらすぐに逃げるな。執務官、管理局は常に最善の行動をとるんだろう? この状況で最善は何だ?」
「くっ…………わかった。アイアス二等陸士、すぐになのはの援護およびフェイト・テスタロッサの捕縛に向かってくれ」
「了解」
そう言ってロゥはさっさと転移して言った。