始まりの時
――――ロゥ
ミッドチルダ、某宿舎
とある一室、そこに金髪緑眼の少年が一人。ロゥ・アイアスである。
それは、訓練を終わらせたロゥ・マイアスがいつものように自室で魔法理論の勉強をしていたときのことだった。
画面の端に着信を示すマークが点滅する。
ロゥは勉強の途中だったので居留守でも使おうと思ったが、ばれたときが面倒なので通信を受けることにした。
「こちら、ロゥ・アイアス二等陸士」
「お久しぶり、ロゥ君。元気にしていましたか?」
画面の中に現れたのはリンディさんだった。
リンディ・ハラオウン提督。時空管理局・次元航行部隊・次元空間航行艦船アースラの艦長でロゥの恩師でもある人物だ。
……居留守使わなくて良かった。
「お久しぶりですリンディさん。おかげさまで元気にしてますよ。昨日も陸戦魔道師試験を受かったぐらいですから」
『楽勝でした』とこともなげに言ってみたが、実際はかなりぎりぎりだった。
ロゥの魔法はそれ単体で見るとかなりのレベルなのだが、魔道師試験との相性が悪くどうしても評価が下がってしまうのだ。
「ええ、今朝あなたの上官から教えてもらいました。Bランクですって? まだ十歳になったばかりなのに凄いじゃない。ご両親もお喜びになったでしょう?」
「十歳でBランクなんてちょっと珍しい程度ですよ。クロノくんの最年少執務官に比べればたいしたことありません。あと、両親はかなり喜んでました。母は記念日にすると言い出しますし、父は新しいカメラを買うみたいです。……正直、あのノリにはついていけません」
「ふふふ、お母様もお父様も、それだけロゥ君が可愛いのよ。少しくらい我慢してあげて」
いや、母さんを自由にすると一年、三百六十五日が記念日になってしまうだろうし、父さんを自由にした日には秒単位で盗撮されることになるだろう。
……想像したら悪寒が。
「ところでロゥ君、当然なんだけどちょっといいかしら?」
「何でしょう?」
「先月、色々あってアースラクルーが他の部隊に引き抜かれちゃって、急いで新しいクルーを探したんだけれどまだ集まらなくて、そしたらついさっき97管理外世界で小規模だけど次元震が起きちゃって、このままじゃクルー不足のまま出航しなくちゃならないからロゥ君に増員を頼みたいのだけれど……いいかしら?」
ごめんなさい、リンディさん。ツッコミどころが多すぎてツッコミ担当じゃないボクには何もできませんでした。
「――じゃなくて。ええと、リンディさん? どうしてクルーが引き抜かれたとか一ヶ月近くもクルーが集まらないとかはおいといて、どうしてボクなんですか?」
リンディさんの所属する部署は時空管理局でも『海』と呼ばれる多くの次元世界間を行き来し場合によって介入するエリート集団で、戦闘構成員の九割以上がAランク以上の空戦魔道師で構成されている。
Bランク程度の陸戦魔道師のロゥを一時的にもクルーにするなどあり得ない話なのだ。
「ロゥ君、そんなことないわよ。研修生時代いのあなたの無敗伝説とか、魔道師ランクがBランクなのも試験に向いてないだけで、魔法単体で見れば軽くSランクぐらいだってアナタのところの隊長がいってたわよ」
「……魔法のレベルが高いのは否定しませんが、攻撃の出来ない魔道師が戦場にいても邪魔になるだけです。それに、無敗伝説だって負けないだけで全勝じゃありませんから。知ってますか? 研修生時代は『カメ』って呼ばれてたんですよ」
「けど、クロノとチームを組んでからは常勝無敗だったでしょう?」
「クロノくんがいたからですよ。クロノがいないのなら、ボクはただの役立たずです」
それを聞いてリンディさんがしてやったと言わんばかりの笑みを浮かべる。
……? 嵌められた?
「『クロノがいないなら役立たず』ということは、逆に『クロノがいるのならとても役に立つ』ということよね?」
「とてもかは分かりませんが……はい、そうですね」
「なら大丈夫よ! なんと!今回アースラにクロノ・ハラオウン執務官が乗艦することが決定いたしましたー!」
イエーイ! と歓声を上げるリンディさん。
「それじゃあ、ロゥ君! アースラは17:00に出港だから遅れないでねー」
リンディさんはそう言うと、オレの返事も聞かずに通信を切ってしまった。
「……ふぅ、オレを連れてくって初めから決めてたんだろうなー」
ロゥは一連の会話を思い出してそう判断した。
しかし、クロノがいるのか……とりあえず、出会いがしらにケンカを売ろう。研修生時代みたいに。買うかどうかは向うの勝手だし。
「楽しみだー」と伸びをすると、ふと、視界に時計が映る。
17:05
「って過ぎてんじゃん!」
ロゥは急いで荷造りを済ませると、アースラに向かって転移するのであった。
こうして、ロゥ・アイアスの旅は始まったのであった。
――――クロノ
クロノ・ハラオウンがアースラ艦内を歩いていると、どこからともなく誰かが駆けて来た。
十分に助走をつけるとそいつは――
「ら~い~だ~きっく~~~」
「うわっ!!!」
掛け声の割にかなり鋭い蹴りを放ってきた。
僕はかろうじてそれを避けると蹴りを放った人物を睨みつけた。
「よう、クロノ。久しぶりー」
そこには金髪緑眼の十歳ほどの表情の乏しい少年、ロゥ・アイアスが壁に片足を突っ込んだ状態で立っていた。
「『久しぶりー』じゃない! いきなり何するんだ!」
「や、ただの挨拶でしょ?」
「壁に穴をあける蹴りのどこが挨拶だ! というよりも、そもそも蹴りは挨拶じゃない!」
「いいじゃんか、べつに。紙一重で避けるくらいの余裕があるんだし……てか余裕ぶっこいてんじゃねぇ!」
「逆ギレ!?」
僕は良くも悪くも昔と変わらないロゥにため息をつく。
そもそも、あの蹴りはギリギリ避けることが出来ただけで、けして紙一重で避けようと思ったわけでない。
ここ数日間、アースラで共に生活して分かったが、ロゥは良くも悪くも研修生時代と全くと言っていいほど変わっていなかった。
僕の姿を見つけると必ず攻撃してくるし、年上の僕に対してタメ口をきいてくる。
べつに、先輩をつけろとか年上ぶったことをいうつもりはないが、せめて最低限の礼儀はわきまえてほしいと思う。
それも母さんに言わせると『優秀なお兄ちゃんに嫉妬するかわいい弟』だそうだ。
「おい、クロノ。リンディさんに呼ばれてるんだろ? アホ面ぶら下げてるとおいてくぜ?」
……母さんこいつは絶対に『かわいい弟』なんかじゃありません!
――――ロゥ
オレは呆れ顔のクロノと共にリンディさんのもとへ行くと、リンディさんは緑茶に砂糖とミルクを入れ『謎の物体Ⅹ』を精製していた。
「……よくそんなもの飲めますね?」
「あら? ロゥ君。……試しに飲n――」
「いりません!」
オレは即座に断る。
「――あらそう? おいしいのに……」
「や、断固否定します。その飲み物はボクのするゲテモノ食いとは路線が違いますので。それに以前飲んでみましたが、お茶の渋みと砂糖とミルクの甘みが最悪のハーモニーを作り上げていました。クロノも同意見のはずですが?」
「え!?」
急に話を振られ、狼狽するクロノ。
「クロノ、そんなことないわよね!」
「…………」
答えを窮したクロノは目をそらし、沈黙という回答をした。
リンディさんにクリティカルヒット!
「おいしいもん……」
リンディさんはいじけてしまった。
「と、ところで母さん! そろそろ、僕たちの呼ばれた理由を教えてくれませんか?」
クロノが無理やり話をそらす。
すると、リンディさんはいじけモードから一瞬で提督モードへと切り替わった。
オレとクロノは気を引き締める。
「そうでした……クロノ執務官、アイアス二等陸士。来てもらったのはほかでもありません。今回の小規模次元震についてです。まずはこれを見てください」
空中のウィンドウに現れたのは白と黒の魔道師が夜の街で激しい空中戦を繰り広げるシーンだった。
やがて二人は戦闘を止め、地上付近の一点へ向かって猛スピードで飛んで行き互いの杖をぶつけ合う。その杖の間で暴走する何か。
その後、黒い方が暴走した何かを制御し、使い魔に連れられ去って行った。
「……この二人の魔道師が今回の次元震の原因ですか?」
「ええ。正確にはきっかけだけれど。そしてこれが本当の原因――」
リンディさんが空中のウィンドウを操作する。
二人の杖がぶつかる直前、その間に浮かぶ小さな宝石のようなものが拡大される。
碧眼を思わせるその色と形状のそれに、ローマ数字の十九がふられている。
「小規模とはいえこれだけで次元震を引き起こす膨大なエネルギー、ロストロギアとみて間違いないわね」
「ロストロギアの方はこちらで回収するとして、この二人はどうします?」
リンディさんはオレの質問に僅かばかり考えた後、
「この二人にはとりあえず事情を聞きましょう、判断はそれからにします」
と、判断した。
「了解しました」
「それではクロノ執務官およびアイアス二等陸士、両名はこの二人が再び動きを見せるまで待機。動きを見せた場合は現場へ直行しロストロギアを回収し二人に事情聴取を。よろしいですね?」
「「はい!」」
そして、オレはこの数時間ほど後に、木のお化けと戦う二人に事情を聞くために、クロノを連れて転移するのであった。
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