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国民の生命を奪うことが第..
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なぜデモの参加者に小さな子ども連れの親が多いのか
6/29の官邸前デモを報道した番組、報ステ、NEWS23、サンデーモーニングを見ると、必ずと言っていいほど小さな子どもを連れた親が登場して、デモに参加した動機やデモへの共鳴の言葉をインタビューで語っている。6/29のデモは、特に小さな子連れの家族の参加が多かった。このことについて、例によってネット右翼がデモを誹謗中傷する標的にして、子どもをそのような危険な場所に連れて行く親の神経が異常だなどと、Twitterで親を詰る罵倒攻撃が続いている。江川紹子も、6/30に現地の大飯原発で幼い子どもを抱えて機動隊と対峙した母親に対して、こうした行為は一般市民に共感されないと毒づき、脱原発の気運を殺ぐ結果になるだろうと言いがかりをつけた。江川紹子の嫌味たっぷりな説教的口振りは、デモを貶める原発推進派の嫌がらせの口上と全く同じで、不愉快きわまりない物言いだ。一見すると、政治的な示威と興奮の坩堝であり、群衆で騒然となったデモの現場に幼児を同伴する行為は、常識から外れた、教育上謹むべきことのようにも感じられる。しかし、よく考えてみると実はそうではないのだ。逆だ。幼い子どもを持った親、特に母親こそが、再稼働を止めなければならないという動機を最も強く持つ市民なのである。彼らは、自分の子どもが可愛いから、可愛い子どもを守ろうとする思いで、この抗議行動に参加したのである。子どもは自分の手で守らなくてはならないから。


子どもの命を守るためには親は手段を選べないから。世間から何と言われようが、過激だ非常識だ左翼だと罵られようが、子どもを守ろうとする親にとっては関係ないのだ。1歳、2歳、3歳の子どもは本当に可愛い。4歳、5歳、6歳も可愛い。親になって人は初めて生きる意味を知る。この子のために犠牲になるのが自分が生きる意味なのだと確信する。人として生きる喜びや感動の本質を悟る。子どもの命は自分自身の命だと信念する。そうした小さな子どもを持つ親が、昨年からずっと思い悩まされてきたことは、他の何でもなく、原発と被曝の危険の問題であり、放射能の害毒からどうわが子を守るかという難題だった。そしてネットで情報を探し回り、食品の安全情報を仲間内で交換し合い、福島の事故や原発に関わる政治の動向に目を懲らしてきたのだ。子どもを持つ親こそが、野田政権の原発政策に対して強い憤りを持ち、国民無視の暴政に怒りを募らせている。再稼働によって最も脅威と不利益を蒙るのが自分たちであり、何とか抵抗しないといけないと焦って思っている。だから、このデモは、まさに彼らこそが運動の中心になって担うべき政治主体なのだ。特に、福島から近くて汚染の恐怖が深刻な首都圏ではその不安が強く、母親たちにはストレスが溜まり続ける1年3か月だった。デモに参加した親にとっては、この行動は、食品汚染やホットスポットの情報を探して助け合うことと同じなのだ。

それでは、彼らは何で自分だけで参加せず、子どもを混雑するデモの現場に連れて来ているのだろう。言うまでもない。片時も放っておくことができないからである。預かってもらえる場所がないからだ。彼らは、彼らの子どものために個人としてデモに参加し、デモに加わろうとすれば子どもを誰かに預けなくてはならず、それができないから、仕方なく現場に連れて来ているのである。一緒に参加しているのではない。個人としてデモに参加し、その必然として、やむを得ず子どもを同伴させる形になっているだけなのだ。子どもにデモを見せているのではない。趣味や娯楽ではない。パフォーマンスでもない。小さな幼児には、母親は傍を離れることができないのである。その幼児を守るために、敢えてリスクを冒して、母親は意を決してデモに飛びこんでいるのだ。そうした簡単なことが、江川紹子にはどうして理解できないのだろう。江川紹子は、幼児を抱えて機動隊と対峙する母親の姿は市民の共感を呼ばないと言う。そうだろうか。逆ではないのか。江川紹子の議論は市民像の悪質な歪曲であり、脱原発の市民を貶めようとするバイアスが投影された中傷だ。機動隊と対峙することが目的ではない。子を守ろうとする母親にとって、他人の評判とか視線は二の次の問題なのだ。報ステなどが子連れの映像を出し、それじゃ私もと勇気を奮う影響に繋がり、次々に輪の中に入る若い親が現れた。彼らはこういう機会を求めていたのだ。

今、全国の人々は官邸前デモに希望を託している。政治を変える一縷の光明をこのデモの成功に見出そうとしている。現在、官邸前デモの運動は、政治から疎外された日本の市民にとって唯一の野党の存在なのだ。国民の意思や心情を代弁して、政府と政権を正面から批判し、しかも、マスコミすらそれを無視したり悪評を言うことのできない唯一の政治勢力なのだ。他にないのだ。市民の直接的な政治行動が、そのときの政局で言わば唯一の野党の存在となり、多くの人々の支持と期待を集め、政治を変えようとする国民の希望の光となった瞬間がある。2008年末からの日比谷派遣村の運動だ。あのときの湯浅誠と反貧困ネットは、まさに今の首都圏反原発連合のような救世主的な存在であり、湯浅誠の口から出る一言一句が正義であり、マスコミでそれに対して面と向かって批判を言える者はいなかった。3年半前のことだ。まさか3年半後に、湯浅誠と反貧困ネットが体制に取り込まれ、ここまでの裏切りと堕落に落ちぶれているとは、当時は想像もできなかった。反貧困ネットの転落の問題があるからか、6/29夜の官邸前での主催者の行動には一抹の不安がよぎる。デモ解散の指示が出たのは、6車線が開放された直後の7時40分で、デモ終了時刻である8時よりかなり前だった。意外なハプニング。本当に、主催者が言うように、「扇動に煽られて暴徒化する危険もあった」のだろうか。私は、その認識は俄には信じられない。

開放されて広場状態となった道路の最前列、すなわち交差点の空間で警察と向き合っていたデモ参加者が、じりじりと官邸方向へ前進しようとする意図を持っていたのは確かだ。しかし、あの場で、警官側の挑発もなしに、あるいは私服で紛れた公安の謀略工作もなしに、直ちに「扇動」だの「流血」だの、「暴徒化」だの「逮捕者」だのの事態になったとは想像できない。今回の主催者の決断は支持するし、私がその立場なら同じようにしたに違いないが、果たして、解散の決定を下した状況認識において、どこまで主催者側の正確な現場観察が生きていただろうかという疑問は残る。つまり、警察に言われるままに、唯々諾々と要請を受け入れて解散を即断したのではないかという不満だ。主催者は通告のとき、「こういう状況になるのを恐れていた」と言っていた。それはどういう意味だろうか。数万人規模に膨らむことを恐れていたということだろうか。であれば、今週はもっと参加者が多くなるかもしれず、主催者側にとって「恐れている」ところの回避すべき状態になる。矛盾ではないか。このデモは、野田佳彦に再稼働の撤回を促す示威であり、参加者が多くなるほど示威の効果は増すものだ。デモが管理されたイベントではなく、示威の政治である以上、情報として最大効果を狙うのは当然で、警察と主催者とは利害対立する緊張関係にある。情報というのは現場の映像のことだ。つまり、ブレスト・リトフスクのトロツキーのような交渉はできなかったのだろうか。

「講和はしないが決裂もしない」。あと10分だけ延ばしてくれとか、もう5分だけ続行させてくれれば終わるとか、そうした交渉と妥協が可能だったのではないかと考えるのは、参加者の無責任な見方だろうか。警察側(権力側)は、交差点と道路がタハリール広場化(解放区化)する図を何より恐れていて、さっさと車線規制を措置すればいいのを、じらすように3本の車線を1本ずつ通行止めして行った。3本(6本)の車線の全てを規制して、デモの群衆に道路を明け渡した途端、電光石火で主催者に圧力をかけて中止要請に及んでいるのである。このデモはすでに国民的なものになっている。国民的関心事として人々が真剣に注目している行動だ。だけでなく、その大義もまたマスコミ報道によって正当に認知され確定された。多くの国民はこれを歓迎と期待の目で見ている。10万人が集まり、20万人が集まることが、最初からほぼ予想されているのであれば、危険を避けるためにも、もっと早い時間から道路を全面開放するよう警察に要求してよいのではないか。道路交通法があり、通行する車両の権利があると同時に、あの場で抗議と請願をする者の権利があり、バッティングする二つの権利の調整が警察当局に委ねられている。警察には路上の市民の生命と安全を守る義務もある。しかしながら、調整には政治の動機が被さり、権利調節をする警察(権力)は中立ではない。である以上、こちらの権利を通すために交渉は不可欠だ。弁護士を立てて交渉し、妥協点を探るべきではないかと思う。

主催者は、交差点の空間までをタハリール広場化する目標を持ってよいのではないか。そこまで行かないと、10万人とか20万人が官邸を包囲する示威の政治の絵にならない。その上で、交差点を埋めた市民に厳重な自制を促し、官邸への突撃や侵入は断固として禁止するのだ。暴徒化しないこと、逮捕者を出さないこと、警察と小競り合いにならないことを誓わせ、参加者に守らせるのである。デモに集まった市民の理性と規律と禁欲を信じ、デモの理想と目標を実現することである。それは、主催者が勇気を出して試みてよいことだと思う。


by thessalonike5 | 2012-07-03 23:30 | Trackback(1) | Comments(11)
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Tracked from NY多層金魚2 = Se.. at 2012-07-03 23:46
タイトル : 国民の生命を奪うことが第一 再稼動のための新マニフェスト
新たなる多層表現のために、旧ファイルからテレポーテーションしてきました。 いままでの「NY金魚」ファイルはこちら  この挿話は作者のたえず朦朧たるアタマのなかで組み立てられたフィクションで、現実社会のいかなる国のいかなる現象をも題材に揶揄したものではありません。だって、こんなバカバカしい国家が現代の地球に存在するわきゃないもんね。ブラック・ユーモアとバラエティー番組と自殺が横行する、とあるお伽の国のネガティヴお伽ばなし。まずはその国の政界でも流行っている、ていねい語=ですます調で、はじめて......more
Commented by Kabasawa at 2012-07-03 19:31 x
いつもブログに励まされてます。

この1年3ヶ月ストレスをためつづけてるのはまさにその通りだと思います。放射線の影響は必ず隠されるし、因果関係の証明が極めて難しい。皆、子供達を守る為に内部被曝から守ろうと必死に情報にアクセスし、ネットワークを作り、頑張ってます。普通に育てるにも大きなストレスがかかる育児においてさらに原発や放射能問題が降りかかる。関東において相当なストレスです。福島を思えば更なるストレスがかかってます。

海外の国が輸入禁止や規制してる食品を全品検査もなしに、給食で子供達にパクパク食べさせ、汚染瓦礫を拡散して焼却して土壌汚染を拡げる。皆原発だけに怒ってるんじゃない。こうした命を軽視した対応全てに怒ってます。
だからこそ今それを行動に起こそうと動く。イデオロギーや左とか関係なく、命を守る為に動いてる。政治に期待するだけではいけない。国民が考え行動しなければ、もうどうにもならない。未来を変えれると信じます。
Commented by カプリコン at 2012-07-03 20:59 x
ここまで盛り上がったデモが「市民の不満をガス抜きするイベント」にされてしまったら、がっかりですよね。

民主党は、誰のおかげで政権与党になれたのか全くわかっていないようですし(厚顔無恥とはまさしくこのこと)、市民や弱者の立場だと思っていた湯浅誠や江川紹子の手のひらを返したような裏切りもあり、今回の運動が持続し実を結ぶためにも何か手を打たなくてはと訴えている今回の記事にも深く賛同します。

《上祐氏、「反原発デモ」の本気度を疑う 「サリン」のたとえ話に理解と批判》のようなニュースがexciteで取りあげられています。こうやって、市民が自発的に行っているデモの足を引っ張るような記事がでてくることに不安を感じます。偏狭な自分たちの主義主張のために人殺しをしたオウムと未来の日本を守るためにデモに参加している市民の方々を一緒にするような記事に違和感を感じます。

ブログ主様の心配していることは、みんなが心のどこかで感じていることではないでしょうか。「これ以上、裏切られたくない!」と。
Commented at 2012-07-03 22:12 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nyckingyo at 2012-07-03 22:15
今日の記事に強く共感します。原発問題の主役はこれからその放射能禍のなかで育つことになる「子供たち」です。地球上のあらゆる生き物は、自分のことより子供の命を考えています。小出裕章氏の言われる「年寄りから汚染の強い食品を食べろ」というのは正論だと思いますが、実際の資本主義社会では、貧乏な者から汚染食品を食べることになる。母親はわが子のために必死で安全な食品をさがすが、どれが安全かも分からない。そんな問題も含めて、庶民が理不尽な現政権の政策を弾劾しているのが、今回のデモだと思います。数少ないTV報道で、自民河野太郎が子連れでデモに来ている映像がありました。「何が起こっているか見せないといけない」。その通りです。われわれの世代がしでかしたことに全責任をとるべきですが、実際解決できない長い問題を背負って行くのは子供たちの世代です。そんなときに再稼動などと、ふざけるな!
Commented at 2012-07-03 22:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nyckingyo at 2012-07-03 22:42
それと、今回のデモ主催者のていたらく。
主催者:来週のことを考えて、野田政権を倒すために、一歩下がってください。デモ隊:再稼動ハンタイ! 来週じゃオソイんだよぅ!  はて、ガンジーの教えを守ってはいるが… NYCだとこの後、当然逮捕者が出ている。(金魚ツイッターより)
TV報道番組のコメンテイターにはこぞって、お行儀がよかったとほめられていましたが、それでいいのでしょうか?
昨年秋ぼくが参加した数度のOWSデモでは。毎回逮捕者がでました。そのことは決して共感できることではありませんが、
「扇動に煽られて暴徒化する危険もある」から、20分前におとなしく帰りましょう、はい、今日のデモは平和りに終わりました。ーではねえ。
昨年秋ズコッティー広場封鎖の後のデモでは、小中学生代表が、仮設舞台に上がり、かれらの学校封鎖に反対する演説を堂々としました。http://nyckingyo.exblog.jp/14974873/下段
この次のデモでは、もう少し強い民衆の意思表示ができる時空間を。

ガンジーのもうひとつの言葉:非暴力とは 悪を行う人間の意志におとなしく服従することではなく、 暴力者の意志に対して全霊をなげうつことである。
Commented by liberalist at 2012-07-03 23:21 x
今回の記事は反応も物凄いですね。
どんなに時代が移り変わろうとも、子を想う母の気持ちは、不変だなと私は思います。彼女達も、ある種の生物的本能から、このデモに参加されているのかなと思いました。
ネット上では、相変わらず、原発が止まって停電したらどうなるんだ!、経済が悪くなる!(まあ今は供給>需要のデフレなので、少しぐらい供給能力が止まった方が良いぐらいですが)などなど言う輩もいますが、子を守ろうとする母親には、小賢しい論理など、無用なのです。
このデモが、「母親達による革命」になって欲しいですね。
政界も女性による革命が求められていますよ、小沢先生。
Commented by saloon3160 at 2012-07-04 02:13 x
いつも拝読しております。
僕は北海道に住んでおり、ここ3週間、金曜の夜にはネットの中に入って、官邸前のデモに疑似参加しています。今は遠い街の大きな動きに注視するばかりでしたが、おそらく秋には泊原発の再稼働問題が動き出し、当然、高橋知事は汚れ役を避けながら、官僚との連携による見事な動きで冬には再稼働に踏み切るでしょう。その時、今の首相官邸前はどんな状態なのかな?と想像するのと同時に、あの寒い季節に道民は、道庁前に詰めかけるだろうか?とも。
今週の金曜日から、道庁前の集会Tweetも流れ始めました。この動きがうねりをつくり出せるのかは未知数ですが、僕も参加して声を出していこうと考えている所です。
そんな中、今日の記事にとても勇気づけられたので、感謝の気持ちで書き込ませていただきました。
素晴しい記事、ありがとうございます。
Commented by ゆたか at 2012-07-04 02:53 x
江川紹子、正面突破が難しそうなので搦め手から攻める戦術ですね。香山リカが小出裕章を貶めようとしたときと同じです。
3.11以後のあれやこれやで、ほんとにヤバいときには政府もマスコミも当てにならないことが明らかになりました。彼らは国民をではなく国体を守ろうとした。
例外は東京新聞と週刊現代くらいです。
3.11以後、「御用学者」がわらわらと出ましたが、「御用ジャーナリスト」ってのもいたわけです。こういうときに原発反対の運動に茶々を入れるのですから原発軍産複合体のおんな茶坊主といったところでしょう、江川さんは。
説教をする相手をあえて間違えている模様。彼女は知識人ではありませんでした。
Commented by ゆたか at 2012-07-04 04:20 x
あと、こないだのツイートを拝読しての感想をひとつ。
>いざ選挙となったときに、最も国民に嫌われて、生き残りの展望がないのは民主党だ。マスコミはこの事実を絶対に言わない。誰が民主党に投票するんだろう

小沢後の民主党ですが、代表の野田さんが例の「シロアリ演説」と真逆の、ろくな前提無しの消費税増税に転向したのですから、総理の権力の重さを思えば、氏は日本一の詐欺師。氏が代表なら次の選挙の公約も真っ赤なウソだと思うのが普通。もうだまされたくないと思う者は民主党の候補には投票しないでしょう。次の選挙での党の生き残りを考えれば、民主党執行部の選択は正気の沙汰ではないでしょう。
ということは、民主党執行部の面々には党を捨ててでもしがみつきたい何かがあるとしか思えません。ちなみに、野田さん以下の執行部の多くが学んだ松下政経塾の「政経」という語は、政治経済学 political economy ではなくgovernment and management 。政治を統治或いは支配と考える、上から目線の19世紀的なスタンス。理念とか政策よりも、まず議員になる事、政治家になる事、つまりは出世する事を優先するのが「松下政経塾魂」。野田政権の限界の源流はここにあると思います。
Commented by たそがれ裕次郎 at 2012-07-04 15:52 x
弾圧を受けて腰が引けましたね。歳がバレますがわたしは60年安保、議事堂前で警棒と角棒・投石でやり合い、額を割られました。
全学連京都支部だった私は、京都駅から夜行列車に乗り東京駅に着いた時、名古屋生まれ名古屋育ちのオレの死地はここかも、と半分死を覚悟しました。幸い軽傷で済みましたが、家に帰ってからオヤジには警棒よりこっぴどく殴られました。150人中半分近くはケガをしました。
大規模デモをやれば多少の怪我人はありです、それなりの覚悟でやるべきです。 根性出せっ、 デモの主催者。 6日私も中電前へ行ってみます。
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