緩和ケア医・岡部健さんインタビュー全文(4)「お迎え」体験で、死への不安感薄れる
――日本人は、宗教という言葉を聞くだけで拒否反応を示す人もいます。
「日本人は『(特定の)宗教に属している』と思われるのを嫌がります。本能的な宗教性を抑制してしまったのです。最近は、オウム真理教の事件などがあり、『宗教はいけない。悪いこと』というイメージが強くなりました。自分たちの高校時代は、マルクスを読む一方で、教養として聖書や般若心経など宗教関連の本も読んでいました。今の若者とは、かなり文化的断裂がありますね」
「とはいえ、そもそも都市は宗教儀礼を中心とするコミュニティーから生まれたものですし、歴史的にも宗教性は人間性の基盤の座から一度も滑り落ちたことはありません。今の若者も、特定の宗教には属していなくても、占いやスピリチュアル(霊的)なことは大好きですね。あの世を信じているのです。ですが既存の宗教の枠組みにぼんやりとでも触れた経験がないと、オウム真理教のような攻撃性のある宗教に取り込まれてしまう危険もあります」
死生学の研究者と協力、主観の入らぬ形で調査研究
――多くの看取り経験をふまえて「お迎え」体験に注目されていますね。
「死ぬということは闇に降りていくことであり、道しるべもなく、真っ暗なところに落ちていくことのように思われますが、どうもそうじゃないようなのです」
「3000人が亡くなるのを見たから確信を持って言えるのですが、死ぬ少し前に、すでに他界している親の姿などを見る『お迎え』体験をする人が多いのです。精神医学的には『せん妄』(意識レベルの低下による認識障害)ということになりますが、本人には実体として見えている感覚です。『戦艦陸奥で爆死した兄がそこに来ているのに、なぜ先生に見えないの』などと言われます。そういう体験を受け入れて会話ができる家族は、良い看取りができます。まれには、お迎えに来た人に引っ張られて怖いという場合もありますが、大多数の患者は『お迎え』体験によって、死に対する不安が薄れて安心感を抱きます」
「自分の時に『お迎え』に来てくれるとすれば父だと思いますが、その父自身も『お迎え』のような経験をしています。私が2、3歳の時、父は結核で倒れて医師に「ご臨終です」と言われました。結局、死ななかったのですが、後で父が語ったことによると、どこかを気持ちよく歩いていたところ、母が現れて、そこから連れ出してくれて助かったというのです。宗教性がなかった父が、そんなことを言うのが不思議でしたが、自分で緩和ケアをやってみて、こういうことだったのかと分かりました」
「『お迎え』体験は、しばしばオカルト(超自然現象)と思われて、まじめに取り合ってもらえないのですが、私の法人の看護師はみんな見聞きしています。個々の経験が報告されることはありますが、学術的に分析した報告はほとんどありませんでした。そこで死生学の研究者と協力して、主観の入らない形で調査研究を続けています。よく臨死体験と勘違いされるのですが、そっちの方は、呼吸器外科医だった時に個人的な興味で患者によく聞いていました。花畑などを見る人が多いのですが、これはベータエンドルフィンなどの脳内に出る麻薬様物質との関連が指摘されています。『お迎え』体験も、同様な生理学的背景があるかもしれません」(続く)
(2012年7月1日 読売新聞)
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