ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
先に書いておきますが、今回の話はシリアスでグロテスクな表現があります。
苦手とする方はお止めになられたほうがいいかも
仙水さん眠る


「楽しみですね♪」

ヨナがバスの座席で言葉の通りよほど楽しみなのか、その細い足でパタパタ座席を叩いてはしゃいでいる。その隣にパクノダ、後ろの席に俺という陣形だ。バスの行き先は梵林医大。キメラアントの女王救命の為に派遣されたが、結局助けられなかった記憶が濃くて優秀かどうかも疑わしいというイメージが強いかもしれないが、この世界においてそこの医療知識無しでは医療は語れないと言われているほど有名なところだ
そんな梵林医大に何の用事があって行くのか?

何でもそこに医療に関して有能な念能力者がいるらしいという噂を聞いて、来るべきクルタ族やキメラアント戦での怪我を治す為に治療専門の能力者をヘッドハンティングしに来たという訳だ。


別にクロロから直接依頼を受けてそうする訳ではない。いつまでも幻影旅団という枠の中に閉じこもっている訳にもいかず、個人的にチームをつくりたいと考えていたので、ちょうど暇そうだったパクノダと親交を深める為にヨナも誘いここまでやって来た訳だ

パクノダは心を読むという能力を持っているせいか、旅団に直接的な被害を及ばさないことについては口が堅いし、ヨナは俺と同じ愉快犯だからある程度信頼できる

「こら、ヨナ他の人が見てるでしょ」

まるで親子のようなパクノダとヨナを見ていると微笑ましい気持ちになる。パクノダは猫や可愛い物好きなので二人の相性はいいようだ

バスを乗り継いで数時間、梵林医大に着いた
医大だけあって眼鏡をかけた秀才ばかりが通っているのかと思いきや、思ったよりも奇抜な色の髪の毛の持ち主や、派手なファッションに身を包んだ人物が多い。天才と変人は紙一重というがまさにそれなのだろう


敷地内に入る前に受付でアポの確認をされたが、梵林医大へ一般人が入るには強力なコネと権力が必要なので、当然アポもとれるわけがない

「だったら無理だよ。ここにはお偉いさんがたくさんいるんだ。もしあんたらが間違って怪我でもさせたら国家間の問題にも繋がりかねんのだよ」

守衛の話も最もだ。ヨナとパクノダはどうするの? とばかりに首をかしげている
コネが無ければ権力があればいいだけの話だ

「これならどうだ?」

懐からこの間取ったばかりのハンターライセンスを見せる。守衛も態度を変え、それが本物であるということを機械を通して確認すると特別見学者専用のカードを渡した
しかしそれはたった一枚だけだ

「この二人にも同じ物を」

「失礼ですが、そのお二人との関係は?」

「妻と年の離れた妹だ」

さすがにヨナを子供で通すのは年齢的に無理があったので妹という設定にした。


ほどなくして三枚のカードを手に入れた俺達は梵林医大の中に入る
遠くから見ても大きかった建物は近づくにつれてさらにその巨大さを増す。大きな真っ白い塔のような建物が幾つもあり、その建物同士を繋ぐように渡り廊下があちこちから架かっている。真下から見上げるとそれは巨大な蜘蛛の巣のようにも見える

「さて、ここの何処にその能力者がいるのかしら、あ・な・た」

「教えてお・兄・ちゃ・ん♪」

勘弁してくれと手をヒラヒラさせると、堪えきれないようにクスクス笑いをする二人
それを珍しそうに眺めて行く医大生

いったいどういう風に俺達のことを見ているのだろう?

「とりあえず、一番大きい建物から虱潰しに探すしかないだろう。これだけ大きい建物の中に能力者は一人だけとは限らないし、一人でも能力者を見つけたらそいつを追跡すればおのずとその人物にたどり着けるはずだ。念能力者同士のコミュニティが無ければ、緊急の場合どうしようもないので確実に繋がりがあるはず。連絡は逐一取れ」

「「了解」」

さすがにこのときばかりは真面目に戻る

「よし、解散」






†  †  †  †  †

「中々面白そうな連中が来たじゃないの」

窓から眺め、思わず口から漏れる

梵林医大の一室。部屋の机には念能力による病状の改善の報告や新種の病原菌をまとめたレポートが山のように重なっていた。だがその人物はそれを両手で机の上から押しのけるとポーチから化粧品を取り出す。化粧が一通り済むと、最後に真っ赤な口紅を塗って書類の山に埋もれていた自らの携帯を引っ張り出し、おもむろにある相手へ電話をかけ始めた

「あっ、私よ私。ちょっ!? 切ろうとしないで! 今回は真面目な話なのよ~♪」

『何だ? また新作の実験台にするんだったら付き合わないからな』

「……侵入者よ」

電話の奥で相手が息を呑む

「なかなか手強いわよ。守衛の話によると、ハンターみたい。まだ何が目的でここへ来たのかは分からないけど気をつけておいた方がいいわ」

『……こちらは計画が忙しいので余計な人員は割けない。監視は学生に任せる。もし向こうから接触を図ってきた場合、どうすればいい?』

「その時は私の元へ通しなさい」

そう言って電話を切ると男(、)は微笑んだ





追けられているのに気づいたのは、塔を下から上り始めて真ん中あたりに辿り着いた辺りだった。やたら白を基調とした建物の内部には白衣を着た医学生の姿が多い中、その追跡者は何を思ってか、目立つ私服姿で壁から身を乗り出して追跡しているのだ。
気づかないほうがどうかしてる


例えその男が絶をしているといっても、そんな追跡では少し勘の鋭い一般人でもばれてしまうだろう
ここは一つ指導するべきかな

少し早足で進んで角を曲がると、案の定見離さないよう急いでこちらを追いかけてくる男
勢い余って曲がり角の直ぐ先に身を潜めていた自分にも気づかない様子で目の前を通り過ぎ、見失った! と毒づく

「誰か探しているのかい?」

その男の肩に手を置きながらそんな疑問を投げかける
ギギギとロボットのように振り向いた彼の顔面は蒼白。思いもよらない事態に相当驚いたらしい

「具合が悪そうじゃないか? 幸い、ここはかの有名な梵林医大だ。有能な医者はそこら中にいるだろう、良ければ付き添いをしようか?」

遠慮する彼を親切で付き添って歩いて行くと、廊下の奥から眼鏡を掛けた女性がこちらへ駆け寄ってくる。近づくにつれ状況が理解出来てきたのか、隣の男までとは言わないが顔色はかなり悪い
凝で警戒しているのでこの女もやはり念能力者のようだが、オーラ量から目的の治癒能力者とは程遠い

「後輩が迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません。ぜひこちらで、もてなさせていただきます」

断る理由もないので別に構わないのだが一応パクノダとヨナに連絡を入れておいた方がいいな

携帯を使い始めても前を行く女性はこちらをチラリと見るだけだったので、別に連絡はしても構わないのだろう。下手にこちらの行動に制限をかけるより、ある程度自由に行動させて敵意を生ませない方が賢明という考えだろう。これからの交渉の余地は十二分にある


『念能力者達との接触に成功し、今は何処かに案内されている模様』

そうメールで打つと直ぐにメールが二件帰ってくる

『こちらも同じく接触があったわ。おそらくヨナのところもね』

『同じくです♪ 私達3人を分けて見張るほどの人員は無さそうなので、たぶん同じ部屋に案内されると思いますよ』

そんなメールのやり取りをしながら、案内されるままに階段を上ったり、渡り廊下で別の塔へと向かった後更にエレベーターで移動したりした

なんでもこの建物の構造上、塔の途中で階段が途切れていて別の塔を経由しないといけない場所があるらしい
そんな不便は早々に解消して欲しいところだが、数十年による改築のせいで大部屋が必要になったり、部屋数が増えたせいでそこまで気を回すだけの余裕は無いのが現状だ、と案内する女性がため息交じりに言う


中にはその階に何か秘密があるせいではないかと噂されてもいるのよ


そこまで言った所でさすがに言い過ぎたかと感じたのか、「今のは忘れて」と苦笑する
……残念ながらそんなに都合の良い頭は持ってない

話してもっと情報を得ようとしたが、さすがにさっきのようなミスを恐れて口数が極端に少なくなってしまった。そして特に話すこともないまま数十分

着いたのは教授に用意されている研究室らしく、ドアの横にはマーセン=リノアと教授名が貼ってある。しばらくドアの前で待っているとパクノダ、ヨナの順番に付き添いを従えてやってきた

「あなた、待たせたわね」

「お兄ちゃん。心配したよ♪」

まだその遊びは続いているのか?
俺を案内した女性も随分年の離れた妹さんですねと勘違いしてしまっているだろう

付き合うのも面倒くさいのでドアノブに手をかけて部屋に入った
部屋の端に置かれている机の上には書類が乱雑に置かれ、隅に置かれたペットボトルの飲み口には赤いリップの痕が残っている

「は~い、いらっしゃい♪ 私の名前はマーセン=リノアよ、マリアって呼んで♪」

迎えたその男性の姿にクラッときた。勿論悪い意味だ。そもそも男性の魅力にやられてクラッとすることなんて今までもこれからも絶対無いだろう

ともかくその男は酷かった。黒人で185以上はあるだろう程背丈があり、白いシャツから筋肉質な胸元が大胆に出て、そしてなによりオカマ……ゲイだ


少し長めの坊主の片側に剃り込みを入れ、アイシャドウ等のメイクもバッチリで女言葉で大柄な体を可愛く感じるはずもないのにクネクネ動かしていたら、それはもうオカマ以外の何者でもない


パクノダは目の前の現実が受け止められないのか口を金魚のようにパクパク動かしていたし、ヨナに至っては見たら目が穢れるとばかりに両手で顔を覆っていた。だがパクノダと違ってヨナの方はどうやら形だけのようで、指の隙間から覗く瞳はおもしろそうな珍獣でも見たように輝きに溢れている


「そんなとこに突っ立ってないで。とりあえずコーヒーでも飲む?」

「……じゃあ紅茶を入れてくれないか?」

「え!? じゃあ私も……」

「私は何だかオカマ汁が入ってそうなので遠慮しておきます」

「あら~ん♪ 面白いこと言うわねお嬢ちゃん。でも入っているのは私の愛情だけよ~ん♪」

その言葉にウゲッと吐く真似をするヨナに対しても「可愛い♪」と軽くあしらい大人な対応をするオカマ。その代わりヨナはパクノダに下品なこと言わないのと窘められ、珍しく落ち込んでしまった

「で、早速本題に入りたいんだけどいいかしら?」

「ああ」

「あなた達、どういう目的でここへ来たの?」

「ちょっとした交渉だよ。ここにはなかなかな能力者がいそうなのでね。ヘッドハンティングしに来た」

引き抜いたらいすれ分かってしまうのだからあえて隠さずに言った

「へぇ、随分大胆なのね♪ あなたがもっと筋肉ムチムチだったら危なかったかも…」

こっちとしてはそれで嬉しい

「でもお断りよ♪ 皆医学に誇りを持った人ばかりで忙しいし、そんな暇はないわ。おとなしくあきらめてちょうだい」

「君なんかはかなりの念能力者だと思うんだが」

纏だけでも顕在オーラ量はかなりのものだ。この中で見た他の能力者とは比べようもない
治癒系かどうかは見た目からして怪しいものだが実力はある。それだけで十分だ

「お兄ちゃん、正気ですか? あんな一緒にいるだけで背後から危険を感じる生物を誘うなんて」

「確かに趣味がいいとは言えないわね。マチにどう伝えたらいいかしら?」

何故そこでマチが出てくる? それにあくまで欲しいのは彼女――彼の念能力者としての実力だ。そして何故そこのオカマは頬を赤らめて「魅力がありすぎるというのも困りものだわ~」とほざいているのか、意味が分からない

あれか、もしかして俺はここにいる全員から弄られているのだろうか?
ノブナガの専売特許を奪うなんて残酷なことは俺には出来ないのでお断り願う


それにここまで来てあっさり引き下がる訳にはいかない
ヨナとパクノダに目配せして早速行動に移ってもらう

「さぁ、こっちもあまりあなた達に構ってられないの。いくらあなたがハンターだからってここでの行動には制限がかかるわ」

「……仕方無いな。帰るぞ」

「え~~! せっかく面白そうな人を見つけたのに!」

オカマの服の端にしがみ付いて帰りたくないとダダを捏ねるヨナをオカマから引き離そうと、パクノダがオカマの服を引っ張るヨナの指を一本ずつ外して行く。大分手馴れた様子なのは、猫好きなパクノダが猫がじゃれて服につき立てた爪を剥がす作業を何度もやっているからだろう

「ヨナいい加減にしなさい。この人も用事があって忙しいんでしょう、帰るわよ」

それで渋々とヨナはオカマの元から離れた

「すまない、迷惑をかけたな」

「いえ、いいのよ。また今度忙しくない時だったらヨナちゃんを連れていらっしゃい♪」

帰る際にも、オカマはドアの隙間からケバケバしいネイルアートで飾られた指先をブンブンと振りながらヨナを見送る。よっぽど子供が好きなんだろう


そうして梵林医大を出て、近場のホテルの一室に着くとパクノダに全員の衣服諸々をチェックしてもらう。盗聴器を仕掛けられている場合でもパクノダの能力なら物に込められた記憶からその有無が調べられる

案の定、ヨナのワンピースと俺のベルトに極小の盗聴器が仕掛けられていた。
ハンターが来た程度でこの対応とは少しやり過ぎではないだろうか?

「それで、情報は引き出せたのか?」

ヨナとオカマを引き剥がす際にパクノダがそれとなく記憶を探るような発言をしたのはそのためだ。ヨナは演技とは言え、あのオカマにしがみ付くのは相当嫌だったらしく盗聴器の確認が終わると直ぐにシャワーに入るほどの念の入れようだ

「ええ。仕事、実験、今夜と断片的な事しか掴めなかったけど。少なくとも時間だけはハッキリしてるわね」

「……今夜行ってみるか」

「ええ」






深夜の学校の例に漏れず、深夜の医大も不気味な気配に満ちていた。
特に人の生死に関わるのでその不気味さはより増しているのかもしれない

守衛の隙をついて忍び込んだ敷地内には人の気配もなく、潜入は楽だったが嫌な胸騒ぎがする

パクノダもヨナもピリピリとした空気のせいか普段より緊張している様子だ
あまりこういうジンクスは気にしないタイプの自分でさえ、今日は止めていた方がいいと脳内で忍が囁いているような気がする


不安に感じてしまったらその予感が本当になりそうになってしまいそうで、全員無言で大学内に入った


『その階に何か秘密があるせいではないかと噂されてもいるのよ』


案内の女性がそう漏らしていたこともあり、目的地は既に決まっていた
深夜で止まっているエレベーターの代わりに階段で進むのだが、一段一段がやけに遠く、足が中々進んでくれない

目的地に近づくにつれ濃密な気配を感じる。オーラや殺気、怒気、その他のどれでもない、別の何かの気配

……気持ち悪い


その階に下りた時、ムッとした熱気が既にそこに立ち込めていた

東西南北に延びた通路の奥の一室から呪詛のような言葉が漏れでていた
あそこだ。

その重厚な鉄の扉から覗いた景色は理解の範疇を超えていたとしか言いようがない

白衣を着た老若男女。そのどれもが熱に浮かされたような目で魔法陣の中にいる子供たちを囲い、何やら一心不乱に唱えている

よく見ると魔法陣だと思っていた線の一つ一つは、神字でびっしりと描かれていた
それが念と関係のあることは分かるが、この人数での複合念、更にその効果を高めるために使われているのであろう神字から考えられるのはどれも碌でもないことばかりだ。
死者蘇生かそれに近い危険なことだろう。とても狂気の沙汰ではない


真ん中にいる子供たちの皮膚は焼け焦げたかのようにところどころ炭化している。生きているのが不思議なくらいだ


「……さすがに今回は止めておいたほうがいいんじゃないかしら?」

パクノダの意見は最もだ。今回は色々と厄介で込み合った事情がありそうで面倒くさい
おとなしく帰ろうとしたところで、

「お兄ちゃん、あれ」

ヨナが扉の隙間から指差す先にはあのオカマの姿が……
オーラを注ぎ込む役をやっているらしく、何やら唱えている連中には加わってないが一番目に狂気の光を宿らせているのは彼だ

オカマは大量のオーラを一人で生み出すと、床に書かれた神字にそのオーラが流れ込み、一つ一つの字が明かりを灯していく


やはりオカマも一枚噛んでいたわけだ

「あまり時間はありそうにないわね」

光ってない神字は残るところあと数十文字。あれが全部光った時に何かが起こるのだろうことは簡単に想像できる

「彼らの目的が何かは分からないけど、ここにいない方がよさそうよ。もう行きましょう」

「……俺はもう少しだけ残ってみようかと思う。先にヨナとパクノダは避難していてくれ」

気になるのだ。彼らがここまでやって何を為そうとしているのか


「そう。じゃあ行くわよヨナ」

「…………」

「ヨナ?」

「私もここに残るよパクノダさん」

「何言ってるの? ふざけている時間はないの!」

やはりヨナのことが心配なのか、パクノダの語気も自然と強くなる

「べ、別にあのオカマのことが少し気にかかるんじゃないんですからね。それにもしもの時はお兄ちゃん♪ が私を守ってくれるでしょう?」

「はぁ……もう好きになさい!」

パクノダはそう言い残して去って行く。だが去り際に口だけでヨナのこと……頼んだわね、と伝えるパクノダはやはり優しい。

本人も自分の能力が団長に必要とされなかったら、迷わずヨナと共に残っていたことだろう。
立場上そう出来ないパクノダからしてみれば、自分の立場はなんと楽で羨ましいことか……

それにパクノダには命を助けられた恩がある。そのことに比べたらその程度の依頼は容易いものだ


「あ、光った」

ヨナの声で気づけば神字が真っ赤に光り輝いていた。そして一度光が消えたと思った次の瞬間にそれはそこにいた

三メートルを超す巨体は全裸で、ボサボサの黒髪は炎で出来ているかのように揺らぎ、獣のような目は白く濁って何の感情も移さない。ただこいつはそこにいるだけであたりに強烈な負の感情をばら撒く


人類の敵。全生物の敵。そう、それはまさに魔王


「ま、魔王よ。そこにいる哀れな御子たちにどうぞ祝福を」

オカマも魔王の存在に怯えていたがそう恐る恐るきりだした。


なるほど大分話が読めてきた。確かにこの世界には魔王がいる

“闇のソナタ”と呼ばれる魔王が作曲したとされる独奏曲を聴いてしまったせいで、センリツは体を病んだのだ。となれば魔王がいるのも納得だ

おそらく、魔法陣の中にいる子供はその“闇のソナタ”を聞いて体が炭化してしまったのだろう。子供好きなオカマのことだ、なんとか治す為に協力者を募ってこのような魔王を呼び出す大規模な念能力の行使を計り、ここまで至った。大体そんなところだろう


今でも逃げ出したいほどのプレッシャーを放つ魔王の存在からして、成功してよかったのかと不安になるほどだ
正直、冷や汗が止まらない


魔王はオカマの存在を無視して、ジトリジトリと子供たちの元へ向かっていく
子供たちには叫ぶ余裕すらない。中には自分の炭化した両手を強く地面に押し付けるあまりポロポロと手を崩し、自傷行為に及ぶものもいる

子供の頭を魔王は優しく撫でると、そのまま頭を食いちぎった
血が噴水のように溢れ出す音とコリコリと頭蓋骨を噛み砕く音が部屋の中に響く

誰もそんなことをする魔王を止めることは出来なかった。まるでそこにお菓子があるから自然と手が伸びるように、本人が無意識のままに行う行為に人は反応することが出来ない

ようやく我に返った男の一人が

「離せぇーー!!」

と突っ込んでいったが魔王の尻尾で足だけ残して消え去ってしまう
それをきっかけに悲鳴を上げ始める人々。しかし五月蝿いとばかりに魔王は悲鳴を上げた順番に確実に尻尾で殺していく

悪夢だ……これが悪夢と言わずになんと言おう


唯一魔王に立ち向かって行ったのはあのオカマだ。泣きながら、醜く叫びながら全オーラを右腕に集め硬をすると魔王の後頭部にその一撃をぶち込む。

その攻撃でズシンッと建物が二、三度揺れ、魔王の頭は前後に軽く動いた

でもそれだけだった

魔王が蝿でも払うかのように手を動かすと風圧で軽くオカマは天井へと吹っ飛ぶ
それを見てヨナは懐からベンズナイフを取り出すと、オカマが天井に当たる瞬間に服の裾にナイフを投げ留めて落下を防ぐ。


だがその動きで魔王の注意はヨナに移ってしまう

クソッ、不味い
今の俺では到底勝てる相手ではない。もはや呪念錠を解除するしかないな

アンテと言い掛けたところで魔王の存在が希薄になり、影のように体の端がぶれる

どういうことだ? 魔王を召喚する儀式なら、呼び出した時点で念能力とは切り離されているのでこんなことが起こるはずがない
考えられるのは、この存在は念能力によって作り出された念獣。百人規模で作られた念獣なら、魔王を模した念獣が出来るはずだ。魔王を模した念獣なら同じく魔王によって作曲された『闇のソナタ』によって病んだ子供たちを救えるとでも思ったのかもしれない
まったく手に負えないのは予想外だっただろう


魔王が消えかけている原因としてはオーラの大部分を担当していたオカマが気絶したのが大きいだろう
あそこまで知的に能動的に動く念獣ならば使うオーラ量も相当な筈だ


魔王は最後の命を燃やすように手近にいた子供たちを襲う。苦悶の表情が、恐怖が脳裏に焼き付いて離れない。気づけば隣にいたヨナも空っぽの瞳でただそれを見ていることに気づいた俺はヨナの目を手で塞ぐ

更に安心させるように肩に手を置くと、震えているではないか
こういう時に自分本位な俺が嫌になる

「もう見るな、ヨナ」

「…………」

ただ無言で震えているヨナの様子は痛ましかった。こんなことならば連れてこなければよかったと後悔するが、事が終わった後に悔やむのが後悔なので今更どうしようもない


そうして魔王という名の念獣は消え去った。起きたことが悲惨だっただけにあっさり消えてしまい、ホッとしたような、いまいちこんな終わりでいいのか? と納得出来ないようなモヤモヤした気持ちだった



事が済むと天井に張り付いたオカマも回収してそこらの車を拝借させてもらい、夜の高速を走り続ける。なんと言っても今回の目標は仲間集めだからその辺を忘れてしまっては辻褄が合わないだろう

自分たちのせいで助けようとした子供たちを失ったショックで、彼は目覚めた後に自殺を図ろうとするかもしれない。それを説き伏せてダメだった場合は諦めるしかないだろう


兎に角今日は色々有り過ぎた。サービスエリアで一泊する前に明日の飛行船のチケットの予約を済ませると、寝る準備に入る。

ヨナの入っている毛布の横に邪魔させてもらうと小さな手が腰に回された。
誰かとこうやって一緒に寝るのは久しぶりだ


ヨナの柔らかい手を握って目を瞑ると少しだけ心の痛みが和らいだ気がする

このまま手を握って眠ろう。今日は悪い夢を見そうだから……






魔王に関してはやはり人の力で呼び出すのは無理だろうとこういう話になりました。トリッパーの女の子と少し話が被ってしまい申し訳ありません

魔王があっさり崩れるというのも念能力から考えると現実的かな?

三部作ぐらいにしても良かったんですが、どうしても魔王を倒して終わりが納得できなかったもので……




+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。