仙水さん手に入れる
トンパにベッドを盗られてしまったので大きめの木によりかかって睡眠をとっていたが、凄まじい殺気で目覚めた
最初は自分がその殺気の対象だと考えていたのだが、どうやら樹海の中で誰かが別の誰かに向けた殺気を感じ取ったらしい。このネットリとした殺気は人間特有だからすぐわかる
戦闘はまだしてないようで、両者は互いの殺気をぶつけ合って様子見でもしているのだろう
この樹海に一般人が入り込むとは思えないので十中八九受験者の一部なのだろうが、第三次試験で禁止されている戦闘にいつ入ってもおかしくない
それだけなら競争相手が減ってむしろ喜ぶべきことだ
だが、殺気があまりにも強すぎる。
それに中てられてしまったせいか、このままではグッスリ眠れそうにないし、少し気になったので夜の散歩がてら見物しに行くとしよう
夜の樹海は魔獣たちの動きも活発になり、常に血の匂いが辺りに漂っているはずなのだが今現在も放たれている殺気に警戒してか、魔獣の姿はなく、殺気の放たれている場所に辿りつくのは楽だった
絶で気配を消す必要もないぐらい殺気が溢れている場には少女とイスマスのコンビとそれに向かい合っているムクロの姿
ムクロが凄まじい殺気を放っているのは理解できたが、少女もムクロほどではないが怒気交じりの殺気でムクロと対峙していることに驚く
いったい何があの緩い少女をそうさせたんだろう?
目つきがまるで別人だ
このまましばらく様子を見るのも愉しそうだがムクロの攻撃の巻き沿いになるのは勘弁願いたい
おとなしく帰ろうと乗っていた木の上から飛び降りようとした所、寝ていたはずのトンパがムクロと少女の向かい合っている方へ足を勧めているのを発見した
薬の量が少なかったのか、さきほどの殺気で目覚めたらしい
誰か|(十中八九俺だろう)を探してここまで来たようで、辺りを見回しながら焚火の明かりがあるムクロたちの方向へ向かっている
なんと間の悪い男なのだろう
手なり声なりでこっちへ来るように促そうにも、既にトンパはその殺気溢れる場へ…
二人の殺気の篭った視線にトンパは居心地悪そうに頭を掻いた
「あれ? もしかしてお取り込み中だったか? ――じゃあっ!?」
言い終わる前にトンパは後方へ吹き飛んだ
ムクロが水を差したトンパの存在に機嫌を損ねたのか、一般人であるトンパに凶悪なオーラを放ったからだ。そしてムクロは部外者の止めを刺そうとゆっくり近づいていく
勿論、少女はムクロを止める気配がないようで、ただムクロの動きをイスマスと共に警戒している
ただでさえ当のトンパの意識は既になく、後頭部からの出血もあり、このまま手当てもせずに放置しておくと死にかねない。それに付け加え、あのムクロだ
さすがに放ってはおけないな
「すまない。連れが邪魔したね」
ムクロがいきなりの登場に驚いた表情を浮かべている間に、瀕死のトンパを肩に背負い逃げ出そうとしたが、肩を掴まれて阻止される
やはりそう簡単に帰してはくれないか
「仙水、そいつをさっさと寄こせ。さもないとお前の命がないぞ」
「意外だな。そういう警告を前もって伝えるタイプだとは思わなかった」
「警告はしたぞ」
――ドンッ!!
警戒はしていた。いつ攻撃してきても対処できるように身構えてさえいたが、その瞬間を捉えることは出来なかった
腹部の痛みと、凄い勢いで前へ流れていく景色、ムクロが手の平をこちらに向けていたところからおそらく掌底を喰らったのだろうことは分かる
ただそれが余りに速過ぎて目で追いきれなかっただけのこと
回転する景色。木々にぶつかっては樹木を倒し、それがおそらく五、六回は続いたのだろうか? 頭はクラクラ、体は木々を倒した時に裂傷を負い、極めつけは内臓を傷めたのか血反吐が出る
一応、凝でオーラを前面に集めていたがこの様だ
少しでも気を抜けば意識を手放してしまいそうな中、仰向けになっている自分を見下ろすようにムクロが現れる。何故こんな時も愉しそうなんだろう?
「オレの掌底を喰らって意識があるやつは久しぶりだな。やっぱりお前オレの部下にならないか?」
「その……言葉を今度…言う時は、俺を膝枕でもしながら…………言ってくれないか?」
「ハッハッハハ! 面白い奴だ。……興が冷めたから今日の所は引き上げるとするか」
そう言って去って行ったムクロの気配が完全に消えてからようやく一つため息をつく
もう二度と闘いたくはないな
何も考えずにこのまま眠ってしまいたいが、それだと血の匂いに引きつられて魔獣がやってきてしまう。
どこか、安全な場所を……あの木の上でいいか
今は寝心地を優先している場合ではない。一刻も早く絶の状態で寝て体を休ませないと
トンパは……別にいいか。一応ムクロという死への一本道からは助け出したんだ。後、生きるか死ぬかは彼次第だろう。とにかく今は休息が…大事だ…………
トントンと肩を叩かれ深い夢から目覚めた
ボンヤリとした意識の中、水の入ったコップを渡され反射的に飲み込むと、そのまま二杯目に移る
三杯目を飲み干したところでようやくはっきりと目が覚め、あたりの様子が分かってきた
鬱蒼と茂った木々に囲まれている、少し開けた地に自分はどうやらいるらしい。日は既に高く、空腹具合からみて気を失ってから12時間後といったあたり
つまりちょうど正午だ
少し体を起こすと腹部の痛みが走り、思わず傷跡を眺めると誰かの手当てをうけたのか、包帯がグルグル巻きにされていた。
「もう大丈夫なんですか? あれだけの怪我をしたのに」
声の主はあの少女。寝ている俺の直ぐ隣にいたらしく、近すぎて今まで気づかなかったのは不覚としかいいようがない。状況から見ておそらくこの少女が手当てをしてくれたのだろう
「大丈夫……とは言えないな。しばらく体を満足に動かすことは出来ないだろう」
内臓の回復力は一般人のそれと変わらないので完治までには二週間やそこらかかるだろう
それでも十分おかしいです!! と少女には言われたが、そういう体なので仕方無い
早く治るに超したことはないし、これから次の試験では大きなハンディになると思えば長すぎるぐらいだ
「そういえば、そこらにトンパが転がってなかったか?」
「転がるって……昨夜倒れたトンパさんならそこで寝ていますよ」
少女が指差す先を見ると、毛布にくるまって苦しそうに唸っているトンパが木の下に転がっていた。どうやら自分と同じように手当てを受けたらしい
「君が助けてくれたんだろう? 感謝する」
「イスマスも手伝ってくれましたけどね
それにお礼を言うのはこっちの方です。仙水さんやトンパさんが来なければ私達は殺されていましたから。……だから私が治療するのは当然のことですよ」
「そうか」
ここで何故ムクロと険悪な雰囲気になっていたのかと聞くのは野暮だろう
いつまでも世話になる訳にはいかないので、体に鞭打って立ち上がると膝からガクッと崩れ落ちた。まるで膝から先が一気に無くなったような感覚に驚いたが、それ以上に少女が驚いていた
「なっ!? 何動こうとしているんです? しばらくは動けないって言ったじゃないですか?」
「『満足』にはな、動けない訳ではない。まだ試験も残っている」
「その体で試験に出るなんてバカげてます! 怪我の度合いだとトンパさんより酷いんですよ」
「トンパは一般人だ」
「関係ないで――ヒッ!?」
少女が言い切る前に念弾を手の平につくって浮かべた。調理の支度らしきものをしていたイスマスも俄かに殺気づく
あまりこういうことはしたくないんだが
「君には感謝している。だからこれが手を離れる前に考えを改めてくれると助かる」
「わ、わかりました」
ブンブンと首を縦に振る少女を後に残して、体を引きずって前へ前へと進む。包帯から血が滲み出て腹部が真っ赤に染まった頃ようやく洞窟へと辿りついた
本当に少女が早く考えを改めてくれて助かった。傷の痛みで念弾を維持するのも大変だったので、後数秒返事が遅かったらきっと念弾は掻き消えていただろう
今日一日絶で休んでも明日まともに動くことは出来ないが、しないよりはしていたほうがずっといい
唯一の不幸中の幸いはムクロが俺とトンパに怪我を負わせたことだろう。彼女が失格になれば次の試験は大分楽になるはずだ
試験の数は平均して五つか六つ、残る試験が少ないことを祈るとしよう
翌日の真昼。ハンター協会の伝令が受験者個人個人を呼びに来た
近くに人の気配はなかったがなんらかの念能力で監視していたのだろう、ムクロはやはり失格。トンパもムクロにやられた怪我が酷く、今年の試験は諦めざるを得なかったようだ
また、会おう。今度は本気で殺りあえたらいいな
と言い残して去っていくムクロにかける言葉が見つからなかったのは仕方ないことだろう
そしていつの間にか携帯に電話番号が登録されていたのに気づいた時は背筋が寒くなった
トンパは担架に運ばれながらもホームコードの書かれた紙を渡してきた
仙水となら新人潰しが楽にいきそうだ
とはトンパの最後の言葉。そんな自殺願望はないので丁重にお断りしようとしたが既に担架で運ばれていってしまったので、言葉をかける暇がなかった。
まぁ、次会った時に返せばいいだろう
そんな風に考えを膨らましていると飛行船のスピーカーから大音量で声が聞こえてくる
『これより第四次試験の為に筆記試験を行ってもらいます。受験者の皆さんは3102号室へ集まってください』
筆記試験? 確かにハンターになるためにある程度の学力は必要だが、求められているのはハンターになってから何を成すかということだ
終盤に近い四次試験ということもあるし、普通の筆記試験ではないだろう
何はともあれと部屋に着くと、既に他の受験者は席についていた
少女とイスマス、それに三姉妹と、真っ黒なフード付きのローブを被りスッポリと頭を覆った男、耳に何個もピアスを付けたスキンヘッドの厳つい男。
それらがこちらを一度チラリと見ると、再び前を向きなおす
唯一少女は恥ずかしそうに手を振ってくれたので笑顔でそれに返した
とりあえず部屋の一番後ろの席に座り、しばらく待つと前の扉が開きカランカランという下駄の音と共に誰かが入ってきた
「ここまでご苦労じゃのう。ワシはハンター協会の会長のネテロという者じゃ」
ネテロ会長。やはり現実で見るとその強さに圧倒される
ムクロの念のように禍々しさはなく、ただただ圧倒されるような念のプレッシャー
しかしネテロが出てくるのはイレギュラーを除いて最終試験の時のみだったはず、まさかこの第四次試験が最終試験なのか?
「第四次試験に入る前に君達に詫びなければならないことがある」
部屋の中にクエスチョンマークが飛び交う
「第二次試験のことじゃ、試験官は一応ワシの元弟子ということもあって信頼してたんじゃが、少々厳しすぎる内容だったようじゃの。ワシの眼もすっかり曇ってしまったようじゃわい」
納得だ。と皆しきりに頷いている
勿論その中には俺もいた
「それで急遽第三次試験は受験者同士の争いを禁じる試験に変えたのじゃが、これまた受験者の一人がそれを破り、危うく死人を二人出すとこじゃった。協会としてもこれ以上見目麗しき将来有望な君達を失うのは痛い。よって今回のような筆記試験という措置をとらせていただいた訳じゃ」
「その筆記試験はいったい何点から合格なのですか?」
三姉妹の内の紫髪女が優等生のような質問をする
「百点満点中90点からかの。それで君達の実力を見せて貰うつもりじゃ」
この世界の義務教育はまったく受けてない。知っているのは一般常識と殺しに役立つテクニックのみ
まさかハンター試験で一般常識を問う問題が出てくるわけはあるまい
正直まったく自信がないが、学力だけを問うなどハンター試験らしくない。おそらく何か手があるはずだ
そう信じていたが……配られたテストの問題は勘で当てられる四択などではなく記述形式で、学会で発表するレベルの数学や古代語の訳などと分かるはずもない問題ばかりだ
他の受験者達も分かるのはあの紫髪ぐらいだろう
まさか、ほとんど誰もが分からない問題をハンター試験で出すわけがないので、やり方次第では全員合格できるやり方があるに違いない
まず受験者に共通することを上げていくとしよう
転生者。……違う
そんなことが協会に分かるはずもないし、それが答えに結びつくような内容の問題でもない
念能力者。……有りえる
となると試験で役に立ちそうなのは発か、凝か
試験用紙に発をしてみたが何も変わった様子はない。となると凝か
案の定、試験用紙に念で書かれた文字が光って見えた
今更だが、ネテロ会長の発言には『眼が曇る』『見目麗しき』『実力を見せて貰う』など凝を暗示している部分があったように思える
何はともあれ全ての答えを埋めるのは楽だった
間違った答えが浮かび出るのでなければ全問あっているはずだ
「合格者は56番、77番、78番、103番、204番、205番の6名です。呼ばれた方は別室で待機していてください」
55番が黒いローブ姿の男、77、78が少女とイスマスで204、205が三姉妹の青髪と金髪だ。紫髪はなまじ頭がよいばかりに自力で問題を解こうとして、凝を使うことに気づかなかったらしい
別室でマーメンにハンターライセンスを手渡され、講習が済むとようやく帰って体を休めると真っ先に出口へ向かおうとしたが、
「まぁ待ちなさい。君等はどうやら念を身に着けているようじゃ
これからちょっとしたテストを受けて合格すれば、晴れて君等はハンターの仲間入り。
な~に、基本の四大行をやってもらうだけじゃから直ぐ済むよ」
とネテロ会長に止められた。
……改めて確認するが基本の四大行は「纏」「絶」「練」「発」
俺は……練ができない
少し萎む自分に比べ周りは、「何だよ今更? 出来ない人とかいるの?」 「ネテロ会長ってかっこいいな~♪」 「百式観音って明らかに具現化系なのに、会長強化系っておかしくね?」 「今日はアニーの好物のミートソースでお祝いだ!」 「わぁ、嬉しい♪」
と余裕の表情を浮かべ歓談する有様
やばい、落ちるかもしれない
とりあえず練が出来ないということを人に知られると弱点にもなりかねないので、会長が審査する部屋へと続く列の最後尾に並んだ
余裕の表情で部屋から出て行って、悠々と帰る受験者。
ついに自分の番が来た時にはテスト返しの時のそれと同じ気分だったろう
「確か受験番号103の仙水じゃったかの? 試験官の君への評価は中々高いから期待しとるぞい。特に第二次試験官のな」
ビスケ、余計なことを……
「ではまず“纏”」
これは楽だ。ほとんど一日中しているのでそんなに意識することなく纏が出来た
「よろしい。次は“絶”」
今は回復力の高いこの状態の方が望ましい
「ではこの機械に向けて“発”をしてみなさい」
そう言って渡されたのは小さな鉄板で組み合わされた時計のようなものだった。
言われるままに発をすると、鉄板がバラバラになって地面で乾いた音をたてる。発の訓練は水見式が一般的な方法だが、それだと他人に自らの系統を教えることになってしまうのでこのような機械をつくったのだろう。
おそらくジンがゴンに残した鉄箱と同じ仕組みなのだろう
「どれも素晴らしい。では最後に“練”を見せてもらおうか」
少し迷った後に、黒魔装束を具現化した。“練”を見せるというのは修行の成果を見せるという意味なのでこれでも別に間違ってない。念能力を知られたのは痛いが、練が出来ないのを知られるよりはまだマシというものだ
舐めてもらうよりは、高く評価して貰ったほうが安全ということもある
「ほほう。“練”の裏の意味も知っておるとはやはりたいしたものじゃのう。よろしい合格じゃ!!」
会場を出て、本拠地方面に出発する飛行船へ向かう際にハンターライセンスを太陽に翳してみた
興味ないとは言ってみたもの、手に入るとやはり少し嬉しいものなんだな
ようやく仙水さんもハンターの仲間入り!!
既にヒロイン候補を三人も手に入れてこれ以上何をハントすると言うんだ!?
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