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仙水さん愉しむ



それからは毎日のように天空闘技場へ出かけ、百階の選手になりようやく自分専用の部屋が与えられたが、旅団の本拠地で今まで過ごしてきた俺にしてみれば部屋はお世辞にも広いとは言われず近場のホテルのVIPルームで過ごす日々。

念能力の特訓は勿論、肉体強化や毒物、電流への耐性をつけるためにいろいろと器具を購入したので部屋の半分近くがそれらで埋まっている。
いくらゾルディック家の人間と言っても、電流の耐性はどれだけ受けてもつかない気がしたが実際百万Vの電流を受けても平気なところを見せられると納得せざるを得ない。
人体の神秘を垣間見た思いだ。

毒物に対してはイグルーの樹海でいろいろと経験(具体的に言えば毒草や毒を持った魔獣相手に)してある程度の抵抗は出来たが、それでも毒物は日々あらゆる種類や効果を見せるので少しずつ食べ物に混ぜて耐性をつけていく。

「仙水さん、俺今日五十階まで行ったよ!」

勢いよく扉を開けて入ってくるキルアの喜びで跳ね上がったような声を聞きながら柔軟体操を終える。ただでさえ呪念錠で動きの鈍い体を効率的に動かすには柔軟は欠かせない。

「そうか。それは良くやったな」

適当に返事をするだけでキルアは喜色満面という言葉が相応しい表情を浮かべた。
あまり褒められ慣れていないせいか、そういう耐性はないようだ。
電流や毒物に対する耐性をつけるよりか、よっぽど簡単だと思うのだが。

「仙水さんは今どこら辺にいるの?」

「今は……確か百九十階だったな」

「すげーな~! でも俺も直ぐに追いつくからな」

残念ながら君は俺の目的地である二百階まであと二年はかかるのだよ、と教えてやりたくなったがそれはどうにも躊躇われた。


キルアは何が気に入ったか、あの日以来結構な頻度でここに来ては勝手にお菓子を持ってきて、カスを散らかしたまま去って行く。ゾルディック家でもピカイチの才能を持つキルアを懐かせておけば将来何らかの役に立つだろうと考えていたのだが、最近はただの子供にしか思えなくなってきて不安を抱く日々だ。

「キルア、かかって来い。俺に一撃当てたら何でも買ってやる」

「本当に!? その言葉、後で取り消しはなしだぜ仙水さん!!」

少しキルアの実力を見てみようという軽い考えだったが本人の予想以上のやる気に少し萎えてしまった。

キルアはそんな俺の心情を無視してゆっくりと俺の周りを歩き出すと一人、二人とその姿を増やしていく。
これがかの有名な肢曲か……
一流の暗殺者(ゾルディック家は超一流)が生涯をかけて習得する高等テクニックをこの年で身につけたのは恐ろしいが、まだ幼いというだけあって技にキレが無い。
しかし将来の見通しで言えば、この年では充分過ぎるほどでもある。

「そこだ」

俺の周りをグルッと囲んだキルアの内で、背後から狙ってきたキルアへ後ろ蹴りを入れる。
それと同時に俺が蹴ったキルアを除いて全てのキルアが消えた。

「イテッ!!」
本物のキルアは床に蹲り怨めしそうな目でこちらを見つめるが勝負は勝負だ。
未だ納得できないような表情を浮かべたキルアを残し闘技場へと向かった。



『さーて、この数日で瞬く間にここ百九十階まで駆け上ってきた期待の新人。
仙水だーーッ!!』
闘技場が揺れるほどの歓声が響く。

『そして相手は百階で数十年間腕を磨いてきた熟練の闘士、その手刀の切れ味は敵を斬り刻む、ゴッツだーー!!』
対戦相手はどこかのボディビルダーのような筋肉を身につけ、応援する観客に向かって陽気に手を振る。

『それでは、試合開始っ!!』

審判が出した始まりの合図よりも前に、ゴッツがこちらへと向かってくる。審判が慌てて止めに入ろうとするが、既にテンションの上がった観客の熱狂的な叫び声によってその声は空しく掻き消された。

ハンマーのように大きな拳骨が今既に俺がいた場所を破壊する。見た目より俊敏な動きで後ろに下がってかわした俺を追撃してリング端へと追い詰めると、意表を突くように身を投げ出してボディプレスをするが、ゴッツが浮かび上がった際に出来た隙間からすべりこんでその攻撃は回避することが出来た。

思った以上に戦いなれているゴッツの評価を自分の中で上方修正すると、どうやら向こうも同じことを考えていたようで互いに薄っすら微笑みあう。

再び同じようにこちらへ向かってくるゴッツの姿を見て、少し失望したがこちらへと向けてくる拳の中が一瞬何かがキラッと光ったのが見えた。それが何かは分からなかったが、いつでも俺を生かしてきた本能がそれを普通に避けることを拒む。
そういう時はいつも本能に従うようにしている俺はこちらへ向かってくる拳を掌底で上方へと弾くと、その何かが宙へ飛び闘技場の床へと落ちる。

見た目がゴツイ割には随分器用なようだ。そうでもなければ手の平に小刀のような暗器を忍ばせて切りつけるまねなど出来るはずがない。敵を斬り刻むと審判が言っていた手刀はどうやら暗器によるものだったようだ。

審判も落ちた暗器を拾い、さすがに試合を中止しようとする。

「別に構わんよ」

「し、しかしこれは重大なルール違反ですよ!」

不満そうに審判は言うが、しばらく俺が何も言わないまま黙っていると諦めたらしく試合を始めさせた。

「へへっ、感謝してるぜあんたには」

「君はもう……休みたまえ」

手刀はあまり得意ではないがこいつよりはマシだろう。
肩から先が一つの刃物に、鋭く折れない一振りの刀と化すようにイメージし、迷いを捨て振り抜く。ゴッツの両腕は宙に舞い、その後を追うように赤い血しぶきがあたりを染める。

「ヒィィーーッ、腕が! 俺の腕がーー!!」

止めをさそうとしたが審判に止められてそのまま二百階行きを命じられた。
なかなか思うようには行かないものだ。しかしこの男にこだわって出場禁止になるのも馬鹿らしい。素直に二百階へ行くとしよう。



エレベーターで二百階へ行くとそこには既に待ち構えてる人物がいた。
背中にビリヤードのキューを背負い、両手で九つのカラフルなビリヤードボールをジャグリングする男。深くフードを被っているので顔は見えないが、フード越しでこちらを注意深く観察しているのが分かる。しばらくその男はジャグリングをしていたが特に話しかけてくる様子もなければ、攻撃の意志も感じられなかったので気にせず通路にいるその男の横を通ろうとすると、ジャグリングしている球の一つをこちらへ飛ばしてきた。

それは俺の頭を目がけて向かってくる。スピードはあまり速くないが念が込められており纏を使えないただの一般人なら即死か、脳に損傷を負うことは想像に難くない。
直ぐに纏をして片手でそれを掴むと、その人物も少し驚いた表情を浮かべた後楽しそうにニヤッと笑った。

「久方ぶりに念の使える奴がきたか。さて今回はいつまで持つであろうか」

「そうだな……少なくとも君よりかは長いだろう」

「フッ、ぜひお手合わせ願いたいものだ。
ならば一ヶ月後の十月九日に戦おう。貴殿の実力が私の望むものであればよいな…」

男はそう言いのこし去った。

何だか釈然としないまま受付で試合日を十月九日に設定した後、ホテルへと戻ると既にキルアの姿は無かった。おそらく帰ったのだろう。

ふと携帯を見るとビスケからメールが来ていた。イグルーの樹海で別れたきり会って無いが時々思い出したようにビスケからメールが来る。内容は『一度心源流の道場に来て見ない?』や『美味しいレストランがあるんだけど、どう? 味は保証するわさ!』などのお誘いが多いがそういう時に限って旅団の仕事が入るので今まで全て断ってきた。

ビスケとは数年会ってないがどうしているだろう。俺は大分あの頃と変わってしまったがビスケはおそらく全く変わってないということに何故か確信を持てた。

メールの内容はこうだ。
『やっほ~~!!

久しぶりだわさ!! 今日久しぶりに天空闘技場の試合を見に行ったら黒服姿のいい男がいて、何故だか急に仙水を思い出しちゃったわさ。
そういえば随分会ってないけど今あんたは何してんの?
あたしは今天空闘技場の近くのホテルに泊まってるんだけど久しぶりに会って話さない?
飛行船代ぐらいはあたしの弟子だから奢ってやるわさ!

追伸 これは師匠命令!!』


……変わってないなビスケは。男好きなとこも、ケチなとこも

自分も天空闘技場近くのホテルにいる旨を返信すると、

『それは偶然だわさね!! あたしは○×ホテルのロビーにいるから一時間以内に来ることっ!』

そのホテルは偶然にも泊まっているホテルだったので部屋に鍵をかけ、エレベーターで一階のロビーまで降りようとすると十階で止まった。扉が開くと共に赤色のフリフリがついたドレスを着て、髪をポニーテールにして入ってくるビスケの姿が…

一瞬こちらを見て危うく垂れそうになった涎を拭いてこちらに背を向けたが、フヒヒヒヒと愉悦な笑いをしているのが分かりたくは無いが、分かってしまう。

一階につくとビスケはロビーにある大きなソファーに座ったので、その後をつづくように向かい側のソファーに腰を下ろす。少しギシギシと音がなったが座り心地はいいものだった。ビスケは自分に気があるのかと思いこちらをニヤケきった笑顔で見つめてくるがずっと無視を続けているとさすがに諦めた。

約束の一時間後、さすがに時間設定がきつ過ぎたのを理解しているのかビスケはまだ余裕の表情を浮かべコーヒーを飲んでいる。

二時間後、時間が気になるのか時計をチラチラ眺めている。

三時間後、本を読んで俺がくるのを辛抱強く待っているが表情は暗い。

五時間後、あきらめて部屋に帰ろうとしたところ、

「結局、ビスケの話したいことは何だったんだ?」

と声をかけると、しばらく訳のわからない表情をした後、ようやく俺だということに気づくと

「忍ーー!? あんたは師匠をからかってそこでずっと楽しんでいたわけ…だね。」

最後の方は怒りで言葉が詰まり、額に青筋を浮かべて拳の骨を鳴らすビスケ。

「中々愉快だった」

邪気の無い笑顔でそう答えるとビスケは風船から空気の抜けたような音を発しながら地面にガックリと倒れた。

「はぁ~、そういえばあんたは昔からそういうとこがあったね。
でもっ、今日行く予定だったレストランはあんたの奢りだからねっ!!」

ホテルのVIPルームに泊まっているとは言え、まだまだ天空闘技場で稼いできた金は残っている。軽く頷いて俺達は夜の街に出かけた。
皆さんの感想にいつも励まされています。

どうもありがとう!!


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