3か月ぶりの更新です。今回はエロ無しです。はい、ようやく原作へと近づき始めたのでしょうか。
そうだ、○○へ行こう!
旅行当日は幸先の良いことに快晴であった。
早苗にも(実際は旅行だが)友達と少し出かけているから、と伝えたのは早朝のこと。
ちょっと非常識だったかな、と思った彼だったが、『はい、分かりました。お土産よろしくおねがしまうとけろど女でうか?』
というメールが10秒後に返ってきたことに、彼は背筋が寒くなるという騒動もあったが、とにかく彼らは出発した。
道中、5秒ごとに鳴り響く携帯には『女ですか?』のメールが山ほど。
次第に鬼へと変わり果てていくメリーに戦々恐々しつつ、駅に着くころには着信音が止まったのは、彼にとっても、メリーにとってもタイミングは良かった。
駅にて合流した蓮子の服を無難に褒めて、その際、頬を膨らませたメリーの衣服を褒めるという事態もあったが、とにかく3人は待ち合わせ場所にて合流した。
……頬を引き攣らせて露骨にメリーから視線を逸らしていた蓮子のことは、彼の頭からすっぱり忘れ去られることになった。
前日に早苗との付き合いによって嫉妬したメリーに色々な意味で絞られた彼と、妙に肌艶の良いメリーと、妙に疲れた表情を見せる蓮子の3人を乗せた電車は、早朝、目的の場所へと走り出した。
かたん、かたん。かたん、かたん。
線路の継ぎ目を通るたびに響く、聞き慣れた走行音。わずかに開け放たれた窓から吹き込んでくる。
列車を5回乗り継いだ先には、異国(と言う程離れてはいないが、気分の問題である)の空気が流れていた。
通り過ぎている景色を、彼はジッと見つめていた。先ほどまであった文明の景色はすっかり姿を無くし、今は緑あふれる自然が広がっていた。
と、いっても、それは彼の知るかつてのものではない。どこか統制された自然の中に、いくつもの家がにょきにょきと姿を見せていた。
車窓からなだれ込む木々の香りを、一息に吸い込む。アスファルトとコンクリートで覆われた灰色の大地には無い、あるがままの息吹を取り込んだような気がした。
それでも、懐かしい。そう、思ったのは、果たして記憶の名残からなのか、それとも歩んできた歴史がそうさせるのか、彼には判断が付かなかった。
差し込む日差しに目を細めつつ、彼は黙って視線をそれらへ向ける。それだけで、彼の脳裏にいくつもの思い出がよみがえってくる。
自分よりも頭一つ小さい少年を思い出す。不器用で、気の利いた言葉の一つも言えない彼を慕って、よく実家の稼業の話をしてくれた少年の笑顔が脳裏に浮かんでくる。
いつも、彼は言っていた。『お国の為、田舎のおっかさん、おっとうの為、戦う』と、意気込んでいた。
『死にたくない。もっと生きたい。おっかさんに、おっとうに、孝行したい』。
最後の夜、少年はそっと、彼に涙を見せて、そう口にしたのを思い出す。あの日、片道切符となる戦いに赴いた少年は、何を想っていたのだろう。
いつも赤ら顔の、航空機技師の男を思い出す。『どいつもこいつも、気が狂ってやがる。喜んで死に向かうやつらの気がしれない』と、男はいつも口にしていた。
上官にばれたら厳罰を受けるので、いつも小声だったが、男は空を飛んでいく飛行機を見るたび、必ずそう口にしていた。
そんな男が、一人格納庫で涙を流していたのは何時だったか。少年を乗せた輸送機が空を飛んで行ったとき、
『俺はこんなことをするために航空機技師になったんじゃない』と敬礼していた男の姿を、彼は今でも目に焼き付いて消えない。
もう何十年も前だと言うのに、彼は今でも昨日の出来事のように記憶している。激動の時代を生き抜いた友は、何を想って旅立っていったのか、彼には分からない。
ちくりと、心を過ったのは感傷か。それとも、みっともなく生にしがみ付いている自身への罪悪感か。
フッと、こんなとき、彼は何時も思い出してしまう。いっこうに歳を取らず、姿を変えない彼の存在を忌避せず、ただ同じ国を想って戦ってくれる隣人であると受け入れてくれた彼らの事を、思い出す。
ふと、膝に感じる弾力と体温に、彼は彼方から意識を取り戻す。視線を下ろすと、そこにはこちらに後頭部を向けたメリーの頭があった。
やわらかくウェーブを描いた金髪は、ふわりと彼の太ももに広がって、床に垂れ下がっていた。
そっと手を伸ばして髪をかき分ける。そこにあった寝顔に彼は苦笑すると、静かに手を引いた。
……思えば、長生きしたものだ。
列車の振動が、規則正しく伝わってくる。終着駅まで、残り1時間。彼を乗せた列車には、彼ら以外の人影は無い。そのせいか、妙に車内が静かに思える。
見れば、席の向かいに座った蓮子も、メリーにつられて瞳を閉じている。持っていた旅行バッグを枕にして、蓮子は静かに寝息を立てていた。
一人では幅広く、二人で寝るには少し狭い座席を独り占めにしている。パンツルックな為、はしたない姿にはなっていなかったが、体を冷やすといけない。
彼は周囲の気配を確認してから、アイテムから毛布を取り出して、蓮子とメリーの身体に掛けた。
最近、妙に感傷深くなったと、彼は自覚する。今までそう意識はしていなかったが、精神的には、もう老人の域だろう。
そう、思った瞬間、彼はフッと、笑みを吹いた。万年以上を余裕で生き続けているのに、まだ自分は若いつもりでいることが、とてもおかしく思えた。
欲が残っているあたり、仙人とまではいかないのは彼の性分なのか。これが年を取ると言うことなのかと、彼はため息を吐いた。
もしかしたら、寿命が近づいているのではないだろうか。この頃、そう、彼は考える。メリーにも、話していないことで、何の確証もないことだが、彼は一笑にふすことが出来ないでいた。
列車の行きつく先。終着駅を下りた彼の感想は、「緑でいっぱいだな」ということであった。
それは決して皮肉というわけではなく、改めて自然の雄大さを想ってのことであり、見たがそのままの嘘偽りのない感想であった
都会にあるような、どこか整然とした潔癖さは、そこには無い。大きな道は(おそらく、本道だろう)アスファルトで地面を覆われてはいるものの、
少し道を外せば、むき出しの大地が顔を出していた。意図的に開けられたものではない、自然なままのそれは、誰かが水を撒いたのか、いくつか黒ずんだ部分が見えた。
背中に担いだリュックを背負い直す。中に入っているのは、彼の着替えと小物が少々と、二人の荷物全部である。
おかげで、傍で「うーん、腰が痛いわぁ」と欠伸をしている蓮子と、「思っていた以上の田舎ね」と呟いているメリーは手ぶらである。
正直、自分たちの荷物ぐらい自分たちで持て、と言いたかったが、大した重さではないので、甘えさせることにした。
長年、神(と言う名の幼女である)に仕えてきた彼には、この程度笑顔で受け入れられるのである。
「ところで、今日の宿は既に取っているのか?」
まだ寝ぼけ眼な蓮子に尋ねる。今回の旅行においての段取りは、全て蓮子が行っているからだ。
手伝おうとするも、「全員がバラバラに事に当たるのは面倒だから、私が全部するわ」、の一言で一蹴されてしまった。
普通は作業を分担して行うのが早いはずなのだが、何分、優秀な蓮子にとっては他者の手が入るのは邪魔でしかないのだろう。特に、自分が好きなことに取り組んでいるときは、なおさら。
それが分かっていたので、二人はあえて尋ねるようなことはしなかったが、さすがに尋ねないと支障が出かねない時期だ。
「ええ、もちろん。寝床は民宿よ」
「あら、今日の寝床は民宿なの?」
「民宿って初めてだから、楽しみ」と喜びに頬を緩めるメリーをよそに、嫌な予感を覚えた彼は、そっと蓮子の傍に寄った。
「……念のため聞いておくが、それは本当に民宿なのか?」
「あら、疑うの?」
「疑うわけじゃないが、今時民宿なんてそう都合よくあるのか? 俺が最後に見た民宿は、かれこれ10年以上前だぞ。ここが温泉地帯だったら話は別だが……」
「温泉が出ているように見える?」
「見えないから言っているんだよ」
「良かった。あなた、まだ眼科の世話にはならずに済みそうよ」。けらけらと蓮子は笑った。
意識せずに人をからかえるのは、まさしく天性のものだろう。やはり輝夜に似ている。彼は額に手を当てながら、そう思った。
「ねえ、その『民宿』は、ここからどれくらいなの?」
今にも走り出しそうなメリーが、蓮子の手を引く。上気した頬が、どれくらい彼女が期待しているのかが見て取れる。
日本の暮らしも長いらしいが、彼女自身、こういった田舎に来たことなど無かったのだろう。
いわゆる、外人が『ニンジャ』『サムライ』に興味を抱くのと同じ、というところか。
「……けっこう遠いから、今日はそこに行くだけよ。ところでメリー、とりあえず、あなたが思っているような宿じゃないわよ」
『私、喜んでいます!』そう顔に書いてあるメリーの様子に、さすがに蓮子も思うところがあるのか、予防線を張る。
しかし、メリーはそこに気づいた様子も無い。よほど楽しみなのだろう。普段の聡明なメリーからは意外に思えるぐらいに、ただただ嬉しそうに表情を綻ばせていた。
「あ、あの、メリー? あんまり期待すると、ぬか喜びというやつを味わうはめになるわよ」
どこか焦りの色を含んだ蓮子の忠告も、メリーの耳には届かない。いよいよもって、蓮子の頬が引き攣る。
……なんとなく、蓮子の言い回しに結果を予感出来た彼は、何やら助けを求める蓮子の視線から逃れるようにそっぽを向いた。
自分でまいた種だ。自分で刈らせるのが筋だろう。特に、ろくでもない理由でまいた種ならなおさらだ。
片や空に浮かびあがりそうなぐらいに軽やかで。片や、地面にめり込みそうなぐらいに重くなった四肢を動かし。その後ろを、彼はため息を吐きながら、その場を後にした。
蓮子主導の元、3人はバスに乗り換えて移動すること1時間。豊かな山間の間にある寂れたバス停に、これまた年期の入ったバスが止まったのは、昼を回ってからしばらく後のことであった。
「ほら、ここよ」
そう蓮子は3人分の料金(この方が時間の節約になるらしい。たいして違いは無いと彼は思っているのだが……)を支払うと、さっさとバスを降りた。
「うわあ、文字通りの森林ってやつね」
蓮子に続いてバスを降りたメリーが、周囲を見回して感想を述べる。浮かべている表情は笑顔の二文字で、どうやらバス移動の疲れも吹き飛んだようだ。
そのことに安堵しながら、彼もバスを降りる。この中で一番体力が無いのはメリー(人並み程度はあるが、蓮子と彼と比べるのが酷である)であり、人知れず心配していたのである。
出入り口にリュックをつっかえながら、なんとか地面に足を着ける。途端、むせ返る程の緑の香りが、ふわりと彼の全身をそよいで行った。
植物たちが生み出す、青臭い自然の香り。土くれが生み出す大地の臭いが、とても懐かしい。
アスファルトで覆われた人の世界では、決して嗅ぐことの出来ない、地球の香りが、そこには溢れていた。
3人を除けば、2人しか客を乗せていないバスは、白煙を出しながら騒がしくその場を後にする。
そうしてその場所に残されたのは、風にざわめく木々の音色と、ほんのわずかに残る排気ガスの臭いであった。
バスのあった場所から少し離れて、その場で深呼吸をする。軽い息苦しさを覚えるぐらいに強く大気を吸い込む。
鼻腔を通して、全身に緑の力が行き渡っていくような感覚。すっかり忘れていたその感覚に、思わず彼は「懐かしいな」と呟いた。
「昔はこんな景色ばっかりだったの?」
掛けられた声に振り返ると、そこには可笑しそうに笑みを浮かべる蓮子と、似たような表情のメリーが居た。
「ああ。といっても、蓮子の言う昔ほど、過去のことじゃないぞ。100年前でも、ちょっと都心を離れれば、皆こんな感じだったぞ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。お前、100年ぐらい前には何があると思っているんだ?」
「水道ぐらいは通っていたでしょ」
「そんなものが、あるわけないだろ。100年前は、どこもかしこも井戸から生活水を確保するのが基本で、移動だって馬車が当たり前だったんだぞ」
「え、車はないの?」
「あるにはあったが、そんなもん、庶民が買えるわけがないだろ。当時の車なんて、蓮子が一年バイトにバイトを重ねても、鼻で笑われるぐらい高かったんだぞ」
「うへえ、たった100年前なのに、凄い話ね。今じゃ、半年バイト代を溜めれば、中古で自動車が買えるわよ」
「俺から言わせれば、たった100年でそこまで安く売れる程文明が発達したことが、何よりも驚きだ」
永琳もいないのに、よくやるよ。
そう、言葉が口を告いで出そうになるのを、彼は寸でのところで堪える。誤魔化すようにぐるりと周囲を見回す彼を、メリーはジッと見つめている。
周囲の景色は、彼の記憶にデジャビュを訴える程に昔のままであった。アスファルトや街灯など、一部文明の色が見えるものの、それ以外はまさしく自然のまま。
申し訳程度に設置されたガードレールの向こうには、笑ってしまうぐらいに大きな自然が悠然と存在していた。
もう一度、深呼吸をする。せっかくこのような場所に来たのだ。精一杯堪能した方が得である。
メリーも彼に倣って深呼吸をする。「これが侘び寂びの心ってやつかしら?」と会心の笑みを浮かべる彼女の頭を、蓮子が叩いた。
「私には分からないけど、とりあえずそれは侘び寂びじゃないと思うわよ」
「あら、そうなの?」
「そうだと思うわよ……あ、自販機発見!」
声を張り上げた蓮子に、メリーと彼の視線がそこへ向かう。なるほど、そこには見慣れた赤色の自販機があった。
周りが周りなせいか、ミスマッチ感が半端ではなかった。だが、この場にそんな無粋なことを言う人間はいないので、特に反応は無かった。
「こんな場所にコンビニがあるか分からないし、何本か買っておくわよ。都会みたいに、交差点ごとに自販機があるわけでもないしね……へい、セバスチャン!」
「誰がセバスチャンだ、誰が」
ぱん、ぱん、と手を叩く蓮子の頭を、彼はチョップした。
「なら、素直に荷物持ちがいいかしら?」
「……荷物持ちでいい」
「少し悩んだようだけど、荷物持ち決定。さあ、スポーツドリンクなどを買うわよ」
「などって、え、コーラとかは駄目なの?」
手さげ鞄から財布を取り出していたメリーが、そう蓮子に尋ねるが、蓮子は「買ってもいいけど……」と、首を振った。
「飲み物は彼の背負っているリュックに入れるから、炭酸系統を入れるともれなくシェイクされることになるわよ。それが嫌ならずっと持っていかなきゃいけなくなるけど……どうする?」
「たまには午後の紅茶もいいわね」
……ああ、そうですか。結局荷物持ちは確定ですか、そうですか。
彼はそっと目頭を手で抑えた。なんでか、涙が零れそうになったのは、この場の雰囲気がさせることなのか。
「それじゃあ宿に向かうけど、よろしい?」
さっそく買ったジュースを半分程飲み干すと、蓮子は二人に尋ねる。頷くメリーと彼に、蓮子は一つ頷き返すと、踵を返して歩き始めた。
その後を小走りでメリーが続く、最後は彼がのんびり後に続いた。
もちろん、彼の手には二人が飲み残したペットボトルが二つ。素早くリュックを下ろしてペットボトルを仕舞うと、彼も急ぎ足で後を追った。
歩くこと、十数分。疲れの色など全く見えない蓮子をよそに、メリーは彼女の横に並び立つ。歩調を合わせて、「ねえ、ちょっといい?」と口を開いた。
「なに?」
「あと、どれくらい?」
「だいたい20分ぐらいかしら。最寄りのバス停が、あそこしかないのよ」
「ふーん……それともう一つあるんだけど……」
「なに?」
「今回の目的地となる神社のこと、まだ何も聞いていなかったんだけど」
「ああ、そういえば、言ってなかったわね」
チラリと、蓮子の視線がメリーと、背後を歩いている彼に向けられる。
「人から忘れ去られ、幻想と成り果てた神威のなれの果て。その名も『博霊神社』よ。今はもう、全く人の手の入っていない、寂れた神社。それが、今回の目的地よ」
そう、蓮子はメリーに答えた。
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