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  東方典型録 作者:葛城
今回はエロないです。ただ、ちょっと下品な描写があります。
閑話:河童の頼みごと
 にとりに案内された場所は、妖怪が住む山に通じる川の最下流であった。そこには諏訪湖とまではいかなくとも、なかなかの広さがある湖が広がっていた。
 河童がここを離れたがらないのも頷けると、彼は思った。にとりの話からあるていど想像していたが、現実は想像以上に澄んでおり、底に沈殿する流木の欠片まで見通すことが出来たのだから。
 上流から流れる水には、微生物がほとんど生息していないのだろう。その影響か、湖には少量の藻がそこかしこに生えている程度で、特有の臭いが全くと言っていいほど感じ取れない。
 キラリと日の光にきらめく湖は、いっそ息を呑む程に美しい。周囲を囲うように生い茂った木々は、澄んだ流水によって成長したおかげか、全てが命に満ち溢れているように見えた。
 違うところから登ると、別の妖怪の縄張りに入ってしまうからね。こっちから登って行くんだ。
 道すがら、にとりは極力妖怪に出会いにくい道を通ってくれた。おそらく、彼と美鈴の安全を考えてくれた上での行動だろう。本当なら一刻も早く目的地へ向かいたいのであろうことは、うかがい知れた。
 いや、別にここらの妖怪なら、なんとかなるぞ。
 そう口にする彼の言葉に、美鈴も便乗した。

「そうですよ。ここいらの妖怪なら、準備運動にもなりませんから」

 すまん、俺はそれなりに苦戦する。やっぱり美鈴は強「いやあ、ここいらの妖怪は強敵でしたね」……美「でも今は、そんな事はどうでもいいんです。重要なことじゃありません」……そうだね」
 ニコニコとひまわりのような笑顔を浮かべる美鈴に、引きつりながらも笑顔を返す彼を、にとりは首を傾げる。
 そんな怪しい3人組は、湖をぐるりと回るようにして上流へ向かった。


 しばらくして、ふと、彼は傍を流れる清流に目をやった。

「それにしても、ずいぶん綺麗な場所だな」

 光を反射する清流に目を細めながら、彼は思ったことを口にした。神社から少し離れたところにも川はある。そこも川上から幾重にも地層を介して濾過された清水ではあるが、この湖と比べればどうしても劣ってしまう。

「本当ですね。こんな場所で泳げたら、さぞ気持ちいいでしょうね」

 美鈴のその言葉には偽りなく、そわそわと落ち着きなく湖に視線を向けていた。
 湖に飛び込んで泳ぎたいのだろう。今度泳ぎに来ようと独り言を呟く様を見て、彼は思わず笑みを零した。

「そりゃあ、河童が太鼓判を押す場所だよ。そんじゃそこらの湧水が溜まった池と比べられたら、河童の面目が潰れちゃうよ」
「確かに、にとり達が離れたがらない訳だ……これと同じような場所を探そうと思ったら、並大抵の苦労じゃ済まないだろうな」
「それは私達河童が一番理解出来ているよ」

 ははは、とにとりは少し笑った後、でもね、と表情を落とした。

「綺麗に見えているけど、それは見た目だけ……ほら、水中を見たら分かるよ」
「水中、ですか?」

 さとりの指示に、美鈴は首を傾げながら水面に目を落とす。彼も美鈴に倣って視線を向ける。
だが、彼には、にとりが何を示そうとしているのかまるで分からなかった。水底に見える流木には小さな小魚がたむろしており、幾重にも連なった水草が気持ちよさそうに繁茂している。
 いったい、にとりは何がいいたいのだろうか?
 首を傾げながらも、彼はにとりに問いただそうと顔を上げた。

「あ!」

 美鈴が突然、声を張り上げた。急な事に、彼は目を見開いて眼下の少女に目を向けるが、少女は気にも留めず、興奮した面持ちで水面を指差した。
 美鈴の指差した先。そこには、彼が見ていた地点と同じようなモノしかなかった。強いて言えば、小魚がいないことぐらいだろうか。

「もしかして、これのことですか!?」
「おや、もう分かった?」

 どうやら、美鈴は正解を当てたみたいだ。しかし、彼にはいまだ分からない。日の光にきらめく水面には何の濁りも見えないし、水中にも変化は見当たらない。
 ……降参。

「ああ、俺にはさっぱりわからん。なあ、いったい何のことを言っているんだ?」
「あれ? 見えませんか?」
「見えたら聞かないよ」

 ほら、それですよ。美鈴に指差された場所をくまなく見つめる。何の事は無い。変わらず、太陽の光がまぶしい水面だ。
 彼は一つ、首を振ると、顔を上げた。

「分からん」
「分かりませんか?」
「皆目見当もつかん。というより、何を指しているのか教えてほしい」

 彼の首を傾げる様子に、ふざけているわけではないと判断したのだろう。美鈴とにとりは出来の悪い子に向ける生温かい眼差しを彼に向けた。

「仕方ないですね、お教えしましょう」
「待て、教えてくれるのは有難いが、何だ、その生温かい目は……何か、非常に腹が立つんだが」
「それは貴方の気負い過ぎですよ。ただ、分からないで首を傾げる貴方の姿に母性というやつが擽られただけで……」

 年下の女の子に、母性とか言われるって、俺ってどれだけ駄目男とみられているのだろうか。
 そう、問いただしたくなる彼だったが、口にすることはしなかった。口にしたら、とても傷つきそうな気がしたから。
 次第にむくれ始めていることに気付いたのだろう。にとりはにんまりと笑みを浮かべると、彼に説明した。

「そうだねぇ……まあ、分からなくてもしかたないと思うよ。なにせ、私達でも説明されないと分からなかった河童もいたもの……ほら、そこ、水中に半透明の糸みたいなのが見えないかな?」
「糸?」

 にとりに促されるがまま、視線を再度水面へ向ける。

「あ、でも、人間の目と、妖怪の目は違うからなあ……見えなくてもしかたないかもね」
「ああ……言われてみれば、そうですよね。あんまり人間離れしているから、すっかり忘れていましたよ」

 あんまりと言えば、あんまりな美鈴とにとりの言葉に、彼はいよいよ仏頂面になった。

「人間じゃないやつらから人間離れしてると言われた……いくら俺でもいい加減傷つくぞ」
「あはは、ごめん」

 これ以上は怒らせるだけだと判断したのだろう。へらへらと誤魔化し笑いを浮かべながら、にとりは両手で湖から水を掬って、彼へと差し出した。

「ほら、これなら分かる?」

 早くしないと、零れちゃうから。そう急かされて、彼はジッと目を凝らして差し出された水面を見下ろした。
 並んで、美鈴も背伸びをして掌を覗きこむ。にとりよりも背が高いとはいえ、彼に見えるように両手を掲げられれば、見えるわけがない。

「おお、よく見えますねえ……近くで見ると、なんだか気持ち悪いですね」

 うるさいよ………………ん?
 キラリと、ほんの一瞬。太陽の光にきらめく……いや、逆だ。ほんの一瞬、太陽の光を拒むかのように、ひとすじの影が水中を走った。

「んん?」

 もっと顔を近づける。そうすると、ちらり、ちらりと水面に黒い線が走っているのがよく見えた。それは髪のように細く、米粒のように細かい。
 気付けば、その黒い線は水中の中をいくつも漂っているのが見える。ゴミかとも思ったが、話の流れから言って、おそらく土蜘蛛の糸の断片だろうか。
 一度気付いてみれば、どうして気付かなかったのか首を傾げてしまうぐらいはっきりとその姿を捉える事が出来た。

「随分と細かいな」
「細かいというより、溶け残っているというのが正しいんだろうね。土蜘蛛の糸の一部は、長時間水を吸い続けると凝固する性質があるんだ」
「へえ、あ、でも、ここの魚もヤバいんじゃないか?」
「魚なら大丈夫だよ。あいつら、顎のところに魚しか持たない口があって、そこで糸を濾しているから平気なんだ」

 口……エラのことだろう。にとりの回りくどい説明に首を傾げるも、彼は河童の知識に感嘆する美鈴を見て、理由を悟った。
そうか。まったく気に留めていなかったけど、河童には、エラ呼吸とかそういう言葉が無いんだな……あれ、美鈴も知らないみたいだし、けっこう知らない人多いの?
 彼は知る由も無かったが、そういった生物の知識が充実するようになるのは、まだまだ先の話である。彼がかつて永琳と暮らしていたときの知識でいうならば常識以外の何物でもないが、今は違う。
 主要な知識は一度、全て月へ持って行かれたのである。些細な知識と彼が評するも、それは永琳がいたからあっという間に分かっただけであって、普通は研究者が時間をかけて突き詰める部分なのである。

「ただ、私達にはそんな便利なモノが付いていないから、布で濾しても、どうしてもちょっとは体内に入ってしまうんだよね。私たち全員分を他所から用意するのも、一日二日ぐらいならどうにかなるけど、それが長期間になると……それに、そういう場所は、たいてい誰かの縄張りだし、もう大変だよ」

 糸は細かい。にとりの話す通り、布で濾したぐらいでは、完全に取り除くのは難しそうだ。小さなゴミか何かにしか見えないが、こんなものでも、毒性はあるのだろう。
 永琳がいれば、こんな毒ぐらい解毒出来そうなんだがな、と彼は説明を続けるにとりを見て、思った。


 土蜘蛛が棲むという洞窟は、想像よりも小さなものであった。獣道を通り、繁茂する雑草やら何やらをかき分けたその場所は、いたるところに苔が生えた自然の洞穴が、口を開けていた。
 「ここだよ」と、にとりに促されて、入口手前で立ち止まった。近くで見ると、思っていた以上に小さい。美鈴や、にとりならば十分入れる高さだが、彼が入るとなると、少し窮屈に思える。試しに入口に頭の高さを合わせると、少し屈まなければならない高さであった。

「ここが、あの女のハウスですね!」
「お前は何を言っているんだ」

 なせか興奮し始めた美鈴を宥めつつ、彼はにとりへ振り返った。

「それで、こっからどうする?」
「え、なにが?」
「いや、なにが、じゃなくて、土蜘蛛とどうやって話を付けるんだよ。やりあうにしても、向こうは河童の事情を知らない可能性もあるんだし、どうするか決めてあるんだろ」

 彼の言葉に、にとりはそっぽを向いた。ご丁寧にも、口笛を吹きながら、冷や汗を流すというギャグ漫画のような行動を取る彼女を見て、彼は思わず頬を引き攣らせた。

「おまえ、もしかしなくても、何も考えてなかっただろ」
「……ごめん」

 にとりは、諏訪子たちよりは素直だったみたいだ。言い訳をしようとはせず、真っ先に頭を下げた。灯っていた蝋燭が消えたような、落ち込みように、彼はにとりの肩に手を置いた。
 しかし、困ったことになった。ちょっと元気を出し始めたにとりを背後にやりつつ、彼は頬を掻いた。
 正面からやり合うにしても、こちらには何の言い分もない。これでもし、土蜘蛛たちが、言葉を持たない低級の妖怪であったならば、話が早かったのだが、そうそう物事は上手く動かない。
 にとりの話から考えれば、土蜘蛛はにとりよりも格上の妖怪。ということは、最低限人語を理解するだけの知能を持っている可能性は高い。位の高い妖怪であればあるほど、同じ妖怪を襲わない(もちろん、例外はいる。人間は当たり前で、妖怪でも自分たち以外の種族であれば、区別なく手当り次第に襲いかかる妖怪もいる)ということを、以前、紫が口にしていたことを思い出す。
 彼が想定していたとおりでは、まず土蜘蛛と交渉し、決裂した場合は全面戦争という形で参加。首尾よく話が進み、土蜘蛛が理解してくれれば、戦うことはせず、血も流れない。

「それで、どうします、こいつ殺しますか?」

 頭を悩ませている彼の耳に、美鈴の声が届く。今日のお夕飯を尋ねるみたいな気軽さで、恐ろしく物騒な言葉に、彼は顔を上げた。頭痛がした。
 なぜなら、美鈴が小さな女の子を捕まえて、にこやかな笑顔で幼女の首に手をかけていたのである。「大丈夫、苦しむよりも早く死ねるから安心してね」という言葉に、涙どころか失禁し始めた少女は、懇願の瞳を彼に向けていた。
 「つ、土蜘蛛をあっさり……まるで動きが見えなかった」と、呆気に取られているにとりを他所に、彼は美鈴の手を首から外してやり、幼女を抱き上げた。途端、縋り付くように彼に抱き着くと、火がついたように大きな声で泣き叫んだ。
 じっとりと生暖かい液体が衣服を濡らして、足首に伝わっていく。憂鬱な気分になりながらも、幼女の背を優しく叩きながら洞穴へ目をやると、暗闇からいくつもの顔が、こちらを覗いていた。小さい、女の子たちだ。彼の腰にも届かない。微妙な大小の違いはあれど、彼の美的センスからいえば、十二分に美幼女に入る女の子たちは、怯えた様子で顔だけを洞窟の陰から覗かせていた。
 それら全て、いちように目じりに涙を溜めて、ときおり美鈴に目をやっては、唇を噛み締めて彼に縋り付くような視線を向けていた。余計なことをしないよう、美鈴に一言告げてから、にとりへ尋ねる。

「こいつって、もしかして……」
「土蜘蛛だよ」
「それじゃあ、あそこにいるのも?」
「土蜘蛛。え、知らなかったの? 土蜘蛛って、見た目は小さな女の子だよ」
「知っていたら、怒られてでも聖を連れてきたよ」

 抱きしめた幼女を落とさないように腰を下ろしつつ、洞穴の幼女たちに目線の高さを合わせた。

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。あのお姉ちゃんには、俺の方からきつく言っておくから、許してくれないかな」
「……怖いこと、しない?」

 互いに顔を見合わせている幼女の内の一人が、おずおずと尋ねる。太陽のような、明るい髪をしたその子を安心させようと、精一杯温和な笑みを浮かべて、大げさに頷いた。
 数秒の間、幼女と彼の視線が交差する……と、幼女の瞳にじわりと涙が浮かぶ。頬が引き攣り、今にもしゃくりあげそうな様子に、彼は失敗したか!? と内心、頭を抱えようとして。

「怖かったよう」

 明るい髪の少女が、涙を流しながら、両手を伸ばして彼に抱き着いてきた。位置的に彼の右肩にしがみつく形になった幼女に目を白黒させていると、右腕に生暖かい液体が伝わっていくのが分かった。
「え、お前も?」と乾いた声で明るい髪の幼女の背中を撫でると同時に、洞穴に残っていた残りの幼女たちが、一斉に彼に突進してきた。「え、お前たちも?」と呟く彼のことなど気にする余裕が無い幼女たちは皆、思い思いの場所にしがみつき、揃って泣き始めた。当然、しがみつかれた場所には例外なく液体が滴っていく感触があった。
「うわあ……えんがちょ」と距離を取るにとりに殺意を抱きつつ、「大変ですねえ」と苦笑している美鈴に顔を向けた。

「一つ言いたい」
「なんですか?」
「お前、もう連れて行かない」
「私とあなたに、こんなに意識の差があるとは思わなかった……!」
「お前もう黙れよ」

 泣き声のせいで耳鳴りすら感じ始めた彼は、とにかく幼女を宥め続けた。


 その後、妙に懐いた土蜘蛛幼女たちに事情を話して、川に糸を捨てることを辞めさせた。なんでも、糸自体は燃える上に地面に埋めても肥料になるらしく、快く了承してくれた。
 捨てていたことには深い意味はなく、埋めるのが面倒だったらしい。そのあたりは、時々彼が遊びに行く代わりに、という形で同意してもらい、河童の危機は思いの他あっさり終わった。
 その日からしばらくして、「これ以上幼女枠を埋めるんじゃねえーーー!!」と怒鳴っては御柱に潰される祟り神の姿を見る羽目になるとは、彼も知る由もなかった。
ヤマメかと思ったか? 残念! ょぅι゛ょでした!


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