今回はまじめな話。まあ、まじめな話と思うかは、読んでいる人次第ですけど。
あ、エロは控えめね。
閑話:紅美鈴の考え事
鍛錬とは、突きつめれば苦痛との戦いである。
そう悟るまでに、自分はどれぐらいかかっただろうか?
夏至をいくらか過ぎたとはいえ、早朝の空気はまだまだ涼しい。
神社の離れに用意された中庭も多分に漏れず、信者によって整備された美しいその場所は、なおさら涼しく思える。
その中庭の一角で、美鈴は毎朝の日課である型の鍛錬を行っていた。
右に、左に、音も無く緩やかに流れ動く様には、ただ身体を揺らしているようにも見える。
だが、よく目を凝らせば、淀みなく動かされる四肢には一切の途切れは無い。
早く、遅く、突然変化する緩急に思わず瞼をしばたかせてしまう。それでいて、
静かに伸ばされる手足には傍目から見ても力が込められているのが分かり、
全身を覆うように掻いた汗が美鈴の足元に黒い円を作り出していた。
首元が古ぼけた衣服はすっかり汗で染まり、緩んだ首元からは、緩やかな膨らみの中心が見えそうになっていた。
それどころか、長時間に及ぶ鍛錬の影響か、中心の蕾は目に見えて尖り、汗で濡れた衣服を内側から押し上げていた。
グッ、と美鈴の足が跳ねる。風を切って片足が頂点で止まる。予備動作無しの前蹴りは、
素晴らしい柔軟性によってほぼ真上まで足裏が上がる。それによって腰巻がまくれ上がり、
亀裂を守るにはあまりに頼りない、薄く繁茂した草原が露わになる。汗で滑る草原から、ポトリと汗が滴り落ちる。
もしも、周囲に殿方がいたならば、普段から羞恥心を持てと言われる美鈴とて、慌てて踵を下ろしただろうが、
今は幸いにも周囲に人影は無く、美鈴の感覚からも周囲が無人であることを伝えていた。なので、美鈴は思う存分、足を持ち上げた。
水の中を泳ぐように、片足が宙を漕ぐ。露わになる谷間と窄まりを舐めるように、早朝の清涼さが通り過ぎていく。
蒸れた香りは誰にも知られることなく、大気へ四散していく。
一朝一夕では成し得ない錬度が、そこにはあった。
静かに、美鈴は足を下ろし、半歩踏み込んだ体勢……いわば、自然体になると、ひと息分、ゆっくり空気を吸い込んだ。
目に見えて美鈴の胸元が膨らんでいき、衣服にはっきりと二つの尖りが映ると、今度は音を立てて息を吐き出した。
「………………」
同時に、周囲に満ちていた気迫……張りつめた空気が四散していった。
はあ、と美鈴がダメ押しに息を吐くと、今度は見に見えて空気が和らいだ。それに合わせるかのように何処からともなく小鳥が飛んできて、美鈴の近くに生えている木に止まって、毛づくろいを始めた。
その様子を見ていた美鈴は、ごめんね、と小鳥に謝ると、小鳥は知ってか知らずか、再び枝から飛び上がると、軽やかに鳴きながら大空へ羽ばたいていった。
「…………ふう」
鍛錬とは、突きつめれば、如何に上手に自らを苛めぬくかに至る。
そう悟るまでに、自分は何度目の日課を終えただろうか?
「……あ~、あっちい……」
火照った身体は、動く事を止めた美鈴を責めるように急き立てる。温まった筋肉は、全力を出せと言わんばかりに体温を生み出し、それを宥めるように身体中の皮膚から汗が噴き出していく。
パタパタと衣服の胸元を摘まんで振る。途端、モワッと立ち上る臭いに、美鈴は眉根をしかめた。自らの出したものなので、大した嫌悪感は無いが、鬱陶しいことには変わりない。
汗で濡れた衣服は思ったよりも肌に張り付き、また思ったよりもはるかに素早く冷えたそれは、思わず身震いしてしまうぐらいに冷たく肌に張り付いた。
いくら妖怪とはいえ、美鈴とて体調を崩すときは崩す。その辺りは人間となんら変わらず、むしろ人間に近い性質を持つ彼女にしてみれば、事後処理は大切であることは見に沁みて分かっている。
とりあえず、軽く湯船に浸かってから朝食をいただくかな。
そう思った美鈴は、一つ、くしゃみをしてから、足早に後片付けを始めた。
鍛錬とは、突きつめれば我慢の連続である。悲鳴を上げる四肢を鼓舞し、誤魔化し、煽てて、いかに自らの無茶を押し通すのかということである。
そう悟るまでに、自分はどれぐらいの鍛錬を積み重ねただろうか?
美鈴が暮らす神社は、下働きが大勢いるせいか、共同のお風呂はそれなりに大きい。
大人15人程度ならくつろいで入れる程度はあり、美鈴は普段その共同風呂を利用していた。
しかし、風呂を沸かす薪はそれなりに値が張り、使用される水も大量である。
一人が入りたいからとお湯を沸かすわけにはいかないし。日にちによって入れる日が決まっており、
また、入れる時間帯も制限されているうえに、基本的に蒸し風呂で、桶に注がれたお湯で身体を清めるのが一般的。
その為、曜日以外で身体を清めたいときは、水で濡らした手拭いで身体を拭くのである。
唯一の例外は神社を束ねる二柱で、また彼や美鈴も同様なのだが、彼も美鈴もそこは信者に倣ってきっちり線引きし、曜日以外は自分たちのやり方で身体を清めている。
基本的に男連中はそうだが、女連中も毎日風呂に入る習慣はなく、いくら彼が衝撃波で湯を沸かそうにも、誰も彼も面倒臭がってお風呂に入ろうとはしない。
その上、大勢が入ればそれだけ湯は熱伝導で冷めやすくなり、また水の量が多ければ多いほど、その都度湯を沸かす彼の負担も大きいので、このような形に収まっている。
まあ、基本的に毎日風呂に入るのは神様二人と、彼と美鈴しかいないので、この4人用に離れに専用の風呂部屋が用意されているので、
美鈴が曜日以外で身体を清めたいときは、この風呂部屋を利用している。
もちろん、共同風呂が使用できる日は、そっちを利用しているし、使用する水は、美鈴が自分で川から汲んで来なければならないが。
「寒い寒い、早く入って温まろう」
部屋に入ると、すぐに脱衣所になっており、奥にある扉を開けると浴場になっている造りになっている。
履物を脱いで脱衣所に上がり、壁に直接打ち付けられた棚に置かれた籠に、ほいほいと衣服を脱ぎ入れる。
あっという間に生まれた姿になると、美鈴は大股で脱衣所の隅に置かれている巨大樽へ近寄った。一歩進むたびにプルプルと膨らみが揺れて、柔らかそうなお尻が左右に揺れる。
傍によれば、その樽の巨大さが見て取れる。美鈴とて小柄ながらも一端の女の子ではあるが、それでも美鈴の頭よりも高いそれは、とてもではないが女の子の細腕では持てそうにない。
しかし美鈴は、よし、と一つ気合いを入れると、樽を抱えるようにしゃがんで抱きつくと、苦しげも無くヒョイと持ち上げた。
「あれ?」
重さにすれば大人二人分は楽にあるであろうそれを、美鈴はさらに右に左に傾ける。お尻も右に左に傾く。ぴちゃり、ぴちゃりと桶の水が跳ねる。くい、くい、と腰がくねる。
そうして、ようやく美鈴は違和感の正体に気付いた。
「ありゃりゃ? 水が入っていないなあ、なんでだろう?」
よいしょっ、掛け声と共に美鈴は桶を下ろすと、首を傾げた。毎日、お風呂に入れるように、美鈴が鍛錬がてら、川から水を汲んできているのである。
なので、桶にどれくらい水が入っているのかも知っているし、そもそも一昨日水を汲んで来たばっかなので、桶の中には後1回分の水が入っているはずである。
信者が使用した?
いや、それはない。この桶の水はお風呂用に使われていることは知っているし、使用するにしても、使用するときは必ず美鈴に報告が行くはずである。
そもそも信者は掃除の時以外はおいそれとこの部屋に入ってこないので、そうそう使われることはないし、使ったとしても微々たる量なので、空になることはない。
桶の縁に飛びかかり、グッと身を乗り上げて中身を覗く。だが、そこには先ほどの違和感の通り、少量の水が底に残っているだけだった。
「あっれまぁ……おかしいな……まだあったはずなんだけど」
どうしようかな、と思いつつ、桶から飛び降りて、代わりの水は無いかと辺りを探る……と、顔を上げた美鈴の視界に、それはあった。
……?
籠を置いた棚の3段上、美鈴が背伸びしたうえで手を伸ばしても、ぎりぎり縁に指が届くか届かないかの高い段。
そこに、ポツンと人目から逃れるように置かれた籠があった。
使われていない籠は、全てひっくり返されて隅に纏めて重ねられているはずなのだが、
その籠には衣服が載せられていて、既に誰かが使用しているのが遠目にも分かった。
「あらら……先客か……て、あれってどう見ても男物ですよね?」
男物、という時点で、既に誰が入っているか、検討が付いた。というより、この風呂を利用する男など、彼以外いない。
一応、不測の事態で身体を汚した者(あるいは療養の意味で入浴が必要な者)には事後報告で使用することは出来るが、二柱が使用する風呂など、恐れ多くて使う信者などいるはずもなく。
そうなると、消去法で答えは彼一人しか残らない。
改めて扉向こうの気配を探ってみれば、彼女の良く知っている気配がそこにはあった。耳を澄ませれば、わずかに物音が聞こえる。
なるほど、彼が使っているのか。それならば納得が出来る。また、お得意の衝撃波で水を振動させて湯にしたのだろう。
それならば、話は早い。美鈴は頭を悩ませた駄賃代わりに飛び上がって、衣服の山から一枚引っ張りだすと、鼻先を突っ込んで大きく息を吸った。
男特有の汗臭さが鼻孔を充満する。むせ返るような、言葉にできないその臭いはお世辞にも良い臭いではなく、肺を満たして全身の細胞へ臭いが溶け込んでいく。
「ん~~~」
美鈴の四肢が小刻みに震える。顔に服を押しつけて、2度、3度、深呼吸する。グッと美鈴の背筋が伸びあがり、猫がそうするように、弧を描いてなだらかな背中が反り返った。
「~~っ、はあ、汗臭っ!」
そういう美鈴の表情には一切の嫌悪は見られない。それどころか、唇は弧を描き、傍目にも好感的な感情を抱いているのは明白だった。
「さてと」
元の場所へ放り投げる。吸い込まれるように籠へと入った衣服を見届けると、美鈴は風呂場への扉に手を掛ける。
何の予告も無く、ガラリと扉を開いた。
そこには、湯船の縁にもたれかかってだらりと脱力した彼がいた。
よっぽどくつろいでいたのだろう、手足をだらりと伸ばし、身体の一部が水面に浮かび上がる形で身体が漂っていた。
姿を現した美鈴の視線と、彼の視線が交差する。緩んでいた彼の頬が硬直し、視線が美鈴の五体を幾重にも往復する。
「おや、亀さんも随分くつろいで居らっしゃる」
そこは、不運にも隠しておきたかった場所であったが、それを彼に問うのは酷というものだろう。
失礼しますの言葉と共に、美鈴は後ろ手に扉を閉めた。今だ硬直する彼を他所に、足早に湯船に近寄り、転がっていた手桶で湯を掬って頭から被った。
少し熱めの温度が身体を滑っていく。自覚していたよりも冷えていた身体が身震いするように反応し、美鈴は軽く顔を拭った。
「ちょ、おま」
「ちょっと入りますよ」
「あ、いや、待て」
「待ちません、寒いんですから」
再度お湯で掛け流し、手桶を置いてから片足を上げて湯船の中に飛び込んだ。
飛び跳ねるように彼の身体が湯の中へ消える。同時に、若干体勢が崩れかけた美鈴を支える為に伸ばされた彼の両手は、美鈴の尻をしっかりと掴んだ。
もにゅりとした、何とも言えない弾力が彼の掌に広がる。成熟した女性よりも硬く、熟す兆しすら感じられない童女よりは柔らかい。
不思議な弾力に、彼はどぎまぎしつつも、眼の前の少女をたしなめた。
「おい」
「おっとっと、ありがとうございます」
「こら、もう出るから、それまで待て」
「そんなつれないことをおっしゃらず、私が温まるまで付き合ってくださいよ」
そう言うと、美鈴は彼の制止を振り払い、ぽよん、と尻たぶを彼の胸板へ押し付けた。その予想外に冷えた尻たぶの感触に、彼はピクリと動きを止めた。
そうなればもはや彼に勝ち目は無い。無理に立ち上がれば相手は前のめりになって倒れかねないし、
いくら相手が妖怪であるとはいえ、普通の少女と変わりない姿である彼女へ無理やり行動を起こすのも引ける。
結局、いつものごとく彼は押しに負けてしまい、美鈴とお風呂を同伴することになってしまった。
足を曲げて場所を空けようとする彼の努力を、しっかり身体を伸ばして浸からないと疲れが取れないという美鈴の言葉と行動にまたもや押し負け、
彼の身体にもたれかかる形で湯船に浸かってしまったのであった。
しかも、美鈴は男の弱点を包み込むように尻たぶを開いて隠すべき穴をさらけ出すと、器用に弱点を挟んで座ってしまった。
少女特有のもちもちとした弾力に弱点を挟み込まれると、弱点表側に皺穴の感触が伝わってくる。
色々な意味で顔を引きつかせる彼を尻目に、美鈴はグイッと腰を彼に押し付けると、肩まで湯船の中へ浸かった。
「あぁ……気持ちいいですね」
「……もう、何も言わん。くそ、最近になってあいつらに感化されやがって……いくら俺でも、理性の限界を突破するぞ……」
「んん、何か言いましたか?」
「何も言ってねえよ……」
「……そうですか」
妙に残念そうな表情を浮かべている美鈴の頬は、湯の温かさとは別の要因で頬を紅潮させているようだった。
恥ずかしいのなら止めろよ、と喉まで出かかった言葉を、彼は寸でのところで呑みこんだ。やぶ蛇になりそうだし、何か嫌な予感を覚えたからだった。
「ていうか、いいかげん一緒にお風呂入ろうとするのやめろよ」
「なんでですか? 前は毎日一緒に入っていたじゃないですか」
「そんなもん、お前がもっと小さかった時の話だろ……今は違う」
「へえ、どこが違うんです?」
「そんなもん、決まって」
「身長以外でお願いします」
「……まあ、色々だよ」
「ほほう、色々と言うと、こことか?」
そう言うと、美鈴は彼が反応するよりも素早く後ろ手に大きな両手を掴むと、自身の胸を掴ませた。
もにゅ、むにゅ、言葉に表すなら、そんな言葉。何とも言えない弾力が掌に広がるのを彼は実感したが、されるがまま美鈴の胸に手をやった。
「おやおや、嫌がらないんですか?」
ニヤニヤと妙に癇に障る笑みを浮かべる美鈴に、彼はふん、と鼻息を鳴らした。
「どうせ俺の力じゃお前には敵わん。されるがままでいるのが一番賢い方法さ」
「……あらら、そうきますか」
本当にされるがままなら、このまま押し倒してしまおうか。
胸中でうずき出した獣欲から目を逸らしつつ、美鈴は彼の手を自由にした。
鍛錬とは、言うなれば自己満足の世界である。どれだけの鍛錬を積み重ねても、どれだけの苦痛を乗り越えても、どれだけ肉体を研磨したところで、それそのものが称賛されることは決してない。
百万回の突きを行い、百万回の蹴りを行ったところで、だれが称賛してくれようか。せいぜい、それは凄いね、と一言で済ませられるのが落ちだろう。
いつの頃からか、そのことに思い至った美鈴はそのことから目を逸らし、それを無いものと思い続けてきた。
しばしの沈黙を破ったのは、美鈴からだった。
「あのさ」
「うん?」
「……私って、強いかな?」
「強いよ」
即答だった。もしかしたら言葉を濁されたり、弱いと言われると思っていた美鈴は、予想外の答えに目を瞬いた。
「お世辞言わなくてもいいですよ」
「世辞でそんなこと言う性格じゃねえよ。世辞以前に、俺を片手でぶちのめすようなやつが弱かったら、俺はあれか、毛虫か?」
衝撃波を出す毛虫って、どんな毛虫だよ。そう零す彼が、美鈴にはどうしてか、それが強がりでもなければ、諦めの意味でもない。
何の劣等感も覚えているようには見えなかった。
どうして彼はそう思えるのだろうか。それがとても、美鈴には不思議に思えた。
「……強くなりたいって、思った事、あります?」
「ありすぎて困るぐらいだ」
これまた即答だった。失礼な事を聞いたかな、と考えていた美鈴はまたもや予想外の答えに首を傾げた。
「強くなりたいって何度も考えたさ……隕石のときも、神奈子が来たときも……屋敷でのときも、何時まで経っても弱いままの自分を殴り倒したくなるぐらい願ったよ……強くなりたいって」
「……隕石?」
「昔の話だ」
昔の話。そう口にする彼を見るたび、美鈴は胸中を蠢く感情を自覚する。
時々、酒で酔ったときや、今のようなふとした時、ポロリと昔話をする。
美鈴は昔話をする彼が少し好きだ。昔の話をする彼は決まって、どこか懐かしそうで、どこか嬉しそうで、
どこか悲しそうで……どこか寂しそうで、年齢も体格も上の彼を、自分の胸に掻き抱いて慰めてあげたいと思えるから。
同時に、美鈴は昔話をするときの自分が嫌いだった。
彼を喜ばせ、悲しませ、寂しがらせる記憶の奥にいる誰かを思うと、自分の胸を引き裂いてしまいたいと思うから。
「なんだ、強くなりたいのか?」
ハッと意識が浮上する。
「……強くなりたい……最近になって、考えるようになりました」
「そうか」
「変ですか?」
「なにが?」
「強くなりたいって、考えることが、です」
「何かしらの武術なり鍛錬なりするやつに、そう考えないやつがいるなら一度お目に掛りたいものだ」
「……ただ、ただ強くなりたいだけでも?」
「強くなりたいってことに、理由なんてない。難しく考えたら、難しい答えしか出てこない……なに、理由なんて、時間が勝手に見つけてくれるさ」
そんなものなのだろうか?
美鈴にはよく分からなかった。
「俺は、そうだな……自分なりに、折り合いを見つけたよ」
「折り合い、ですか?」
「何て言うかな……自身の限界って、やつかな。相手の分野で張り合うんじゃなくて、別のやり方でやっていこうって、思えるようになったな」
「別の、やり方?」
「力相手なら早さ、早さが相手なら技術、技術が相手なら力。まあ、大まかに言えば、そんなところ。何時からか、相手と真正面から比べることを止めたってことだ」
合理的だ。自分の得意な分野で、相手の苦手な分野を攻める。とても合理的な判断だ。
けれども、美鈴がそれをするには、まだあまりにも若すぎた。
「……私にも、そう思える日が来るんでしょうか?」
「逃げるみたいで嫌か?」
ピクリと、小さな肩が揺れた。
「い、嫌ってわけじゃないんです。そんなわけじゃ……」
「まあ、そう考えるだろうな」
ポン、と頭の上に大きな手が置かれた。自分の手よりも一回り以上大きいそれは、ぐりぐりと彼女の頭を撫でまわした。
知らず知らずのうちに落ち込んでいた心が浮上していく。
こんなことで笑みを浮かべてしまいそうな自分に、美鈴はいつも頬を赤らめてしまう。
「そう考えられるうちは、まだまだ伸びる証拠だよ」
「そ、そういうもんでしょうか」
「そういうもんさ……まあ、これがもっと大きくなる頃には、答えの切れ端ぐらいは見つかるだろうよ」
そっと両手を伸ばして、美鈴の胸を揉みしだいた。むにゅむにゅと、将来を期待させる柔らかさと滑らかさが指先に伝わる。つい、流れで頂点に色づく二つを指先で解した。
ほんの茶目っけのつもりだった。彼にとってすれば、妙に落ち込んでいる妹分の少女の気を逸らす程度の事でしかなかった。
「はぁん」
だから、彼は数秒の間、それがなんなのか何も分からなかった。気付かなかったから、そのまま指先をコリコリと動かした。
「あん、んん、ぅん」
美鈴の唇から、少女が出すにはあまりにも淫らな吐息が零れる。
「……………………」
ピタリと、彼の動きが止まる。突然動きを止めた指先に、美鈴は振り返った。
蕩けた瞳が彼の目に飛び込んできた。ほんのりと色づいた頬には、いくつもの汗が流れ落ちている。
半開きになった唇からは、一筋の涎がぽたりと垂れ落ちた。
……どうしよう。
「さて、体も温まったし、俺はもう出るよあ痛っいてぇ」
何時の間に持ち上げられたのか、彼の弱点は美鈴の太股に挟まれていた。
「……あの、美鈴さん?」
「……火、点けて置いて、それはないんじゃないんですか?」
細い指が、弱点の先端を舐めるように絡みつく。爛々と色づき始めた少女の瞳を見て、昔は美鈴もこうじゃなかったんだけどなぁ、
と思うと同時に、遂にのぼせて意識を遠のかせた彼は、くたりと少女へ倒れた。
鍛錬とは……。
美鈴は、考えるのを止めた。考えるのは、何時だって出来る。考えるよりも、今、出来ることをしようと、彼女は思った。
「んぐ、んぐ、んぐ、むふふ、毎回思うんですけど、本当に濃くて飲みこむのが大変です。あんまり濃いのを飲まされちゃったから、すっかりこれの虜になっちゃいましたよ」
「………………」
「さて、腹の中は満たされましたから、次は胎を満たしてもらわないと。運動しているから、しっかり食べない、と……ん、うん、んあ」
「………………」
「ふふふ、おっきくて、硬くて、とっても美味しいですよ……うふふ、すっかり私のココ、あなたのコレに躾けられちゃった」
「………………」
「蕩けた顔しちゃって……いいですよ、私が気持ちよくして、あげ、ま、あん、しますから」
「種付けなら任せろ――!!」
「止めて!!」
のぼせて意識を失ってしまった彼を他所に、一部を湿らせた祟り神が乱入する事態になるなど、お風呂場は非常に混沌とした状況になっていた。
ふと諏訪子と美鈴が扉へ目を開けると、扉の外からうねる注連縄とも御柱もとつかぬ、見るも恐ろしい軍神が私を見つめていた。
扉が音をたてている。何かゴツゴツした巨大なものが、扉にぶつかっているかのような音が。
その暴力はうごめくミシャグジを蹴散らし、唾棄すべき御柱の一撃で扉をぶち破り、突如として現れた恐怖に美鈴は、名状しがたい悲鳴をあげた。
扉を押し破ったところでわたしを見つけられはしない。なぜなら私は湯の中に。
いや、そんな! あの禍々しい御柱は何だ! 扉に! 湯船に!
「飛ぶながら御柱叩きこむぞ。こっちが大人の対応してれば、つけあがりやがって。謝れるうちに謝っておくんだな、おう早くしろよ」
狂気と戦慄の中、たちどころにわたしの意識は底知れぬ恐怖の深淵へと飲み込まれていった。
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