※今までのあらすじ。
「いったい何が始まるんです?」
「テンプレだ」
この話にはグロテスクな描写があります。注意してください。
平安編最終話:前篇
今まさに放たれようとする刃を抑えた彼は、静かに衝撃波を消失させた。余波によって彼の周囲には竜巻が現れたかのように砂埃が立ちあがっていた。
その砂埃もすぐにおさまると、辺りは静寂に覆われた。誰も、言葉を失くしてしまったかのような気味の悪い無音が静かに木霊する。
人は、あまりに思考の範囲外の出来事が起こると、言葉を失ってしまうと言う。出来ごととは恐怖であったり驚愕であったり喜びであったり様々あるが、彼の口から言葉を奪ったのは、そのどれでもなく……憤怒であった。
それは、永琳達へのものではない。眼前で懇願する少女へ向けられていた。
……おいおい、これって……。
彼の脳裏によぎった言葉。想像してしまった事態。もし、それが事実であったならば、例え輝夜といえど認めるわけにはいかない。
出来るのであれば……考えたくなかった。目の前の少女に抱きつき、生きていることを喜びたかった。
「おい……輝夜よう」
「………………」
「それが、蓬莱の薬か……」
「……ええ」
チラリと、彼は倒れている妹紅へ視線を向ける。よく見れば、先ほどよりも頬が紅潮し、失いかけていた命の灯が少しずつ燃えあがっていくのが見て取れる。
「妹紅も……時期に目が覚めるわ。まだ、上手く力を操れていないから……再生に戸惑っているのよ」
彼の視線の先に気付いた輝夜が、彼の疑問に答えた。
「そうかい」
「……聞かないのね」
「何を?」
「何時、薬を飲んだってこととか、他の事とか」
思わず、彼は鼻で笑った。
「そんなの聞いてどうするんだよ。飲んだ日が一ヶ月前だろうが昨日だろうが今さっきだろうが、大した違いは無い。爺さんと婆さんにどんなふうに話をつけたのかも興味は無いし、知りたくも無い」
それよりも。
「重要なのは……輝夜。お前、こうなるって分かっていたな?」
ピクリと、輝夜の肩が動いたのを彼は見た。静かに彼は輝夜を見つめ、輝夜はそんな彼の視線から逃れるように俯いた。
ふわりと、もはや布切れとなった衣服が、彼女の細い肩から滑り落ちた。そこから見える素肌は、丹念に磨いたかのように白く艶やかで、立った今爆撃を食らったようには見えなかった。
余裕が無いのか、それとも気にしていないのか分からないが、輝夜は露わになった女性部分を隠そうともせず、黙って彼の視線から顔を背けた。
輝夜は何も返さなかった。何を返したところで、意味を持たないであろうとは、彼女自身理解していたから。何を話したところで、もはや遅すぎるであろうことを、彼女は重々承知していたから。
はあ、と思いため息が彼の口から零れる。途端、輝夜と、永琳達の肩がピクリと震えた。
「もう、いい」
「……え?」
そう返したのは、果たして輝夜だったのか、永琳だったのか。あまりにも小さな返答だったため、彼を除く全員、自分がそう発してしまったかのような錯覚すら覚えた。
顔を上げた輝夜は、自身へ向けられた彼の視線を感じて、涙が出そうになった。そこにあったのは、かつての親しみが込められた温かみは一切なく、あるのは地面に横たわった虫を見るかのごとく色が無かったからだ。
「もう、どうでもよくなった……俺はここを去る。後はお前たちだけで好きにやってくれ」
話すのも億劫だと言わんばかりに彼は痛みが走る身体に鞭を打つと、踵をひるがえした。
疲れた。彼は心底思った。脱力感とも倦怠感とも違う、言葉には出来ない無気力感の前に、彼はただただ帰りたくなった。
どこへ帰ろう。
どこで眠ろう。
どこで……ああ、そういえば、諏訪子の元を離れてから大分経つ。ここらで一つ、土産話でもしてやろうじゃないか。
そうだ。自分はもう十分旅をした。鬼とも酒を飲んだし、天狗や河童とも酒を飲んだ。挙句の果てにはかつての同僚とも言葉を交わしたじゃないか……もう、十分だ。十分過ぎる。そろそろ……休まないと。
そう考えた瞬間、右腕に感じた重みに、彼はたたらを踏んだ。見れば、そこには涙で顔をくしゃくしゃにした輝夜が、全身で彼の右腕にしがみついていた。
100年の恋すら冷めそうな顔になっている少女に、両腕で右腕を抱きしめられ、股の間に掌を挟まれている。腕から伝わってくる少女の感触に、普段なら多少動揺もしていただろうが、今の彼にとっては、ただ邪魔にしか感じなかった。
グイッと、左腕にも重みが走る。今度は何だと見れば、そこには輝夜と対になるように抱きついている妹紅の姿があった。怪我の痕すら見られない妹紅に、彼は振り払うよりも前に、ああ、本当に妹紅もそうなってしまったのだな、と思った。いいとこのお譲さんが台無しだな、と妹紅の顔を見て思ったことを、口には出さない。
「何だ?」
例え怪我をしていたとて、少女二人の体重などどうということはない。彼は全く歩くスピードを落とさないまま、二人に問いかけた。
「……どこ行くの?」
答えたのは、妹紅が先立った。
「何処って、家に帰るんだよ」
「う、家は、ここ」
「ここは爆弾で吹っ飛んだ。そして、俺の家はお前達の行く場所には無い」
「ふぇ」
彼の言葉に、妹紅のただでさえ緩んでいた涙腺が完全に崩壊した。
ずるりと、妹紅と輝夜の身体が腕からずり落ちる。怪我をしないように微小の衝撃波でクッションさせる。縋りつくように伸ばされる手を振り払い、早くこの場を離れようと足早になる。
「待って」
よりも早く、腰に感じる重みに足を止めた。尻に感じる柔らかな感触に、彼は振り返る前にそれが誰であるかを察した。
「……何だ?」
「妻を置いて行くなんて酷いじゃない」
「もう、妻じゃない」
「いいえ、妻よ。貴方が愛した、唯一の、絶対の、愛する女よ」
「俺の知っている妻はあの時にいなくなった」
「いいえ、貴方の知っている妻はいなくなっていないわ。昔も、今も、そしてこれからも、貴方を愛し続けるだけよ」
「……永琳」
そっと後ろから回された腕を外そうとするが、その細うでから考えられないぐらいの力が込められる。痛みすら感じ始めた彼は、一言謝ってから、その両腕を力いっぱい叩いた。
パン、と乾いた音と共に、両腕が硬直する。隙を見て外そうとするも、まだ外れる気配が無かった。
「もっと打って」
永琳の言葉に、彼は動きを止めた。
「貴方に怪我をさせた、悪い妻を、もっと打って。嬲って……躾けて……」
ぎゅうっと両腕に力が込められる。背中に感じる熱すぎる吐息に、続々と怖気が走る。
興奮している。彼は察した。
こんな状況で、興奮している。
こんな状態で、喘いでいる。
こんな仕打ちを受けて……欲情している。
その事実に、思わず身震いしてしまうことを、彼は止められなかった。
なんだ、この女は……何が、どうなっているんだ?
そう考えた時、彼の行動は早かった。衝撃波で両腕を弾くと、少しでも離れようと走り出し……その直後、両足に走った激痛に、転倒した。
熱い、熱い、熱い、熱い、痺れ、痺れ、熱い、痺れ、熱い、痺れ、痺れ、熱い……痛い!
目の前の光景がグルグルと渦巻いて変化する。泥が口の中に入るのも構わずのたうちまわり、体勢を整える。両足から広がる違和感が次第に形を変え、具現化し、自分が倒れていることを理解した瞬間……それは痛みに変わった。
「が、ああ」
激痛。涙すら込み上げてくるそこを手探りで探ると、固い何かに触れた。見れば、両足に一本ずつ、棒状の何かが突き刺さっていた。
矢だ。矢で両足を打たれたんだ。彼は、一瞬にして自らの現状を把握した。
その二本は、見事なぐらいに両足の筋肉に突き刺さり、行動を阻害していた。
「な……んだ、これ」
は、という言葉と同時に、風を切り裂いて飛来した二本の矢は、寸分の狂いも無く彼の両腕に突き刺さり、無効化させた。
痛みで声すら出ない。駄目押しと言わんばかりに飛来したもう二本の矢が、腹部に直撃し、鮮血が地面を濡らした。
「が、ぐぅぅ!?」
朦朧とする意識に活を入れ、矢の飛来した先を見て……彼はいよいよ言葉を失くした。
「ごめんなさい……でも、貴方が悪いのよ」
そこに居たのは、永琳だった。片手には弓を。片手には矢を携えた彼女は、地獄の底のような淀んだ瞳を彼に向けた。
「ごめんね、ごめんね、痛かったわよね、凄く痛かったわよね、でも、貴方も悪いのよ、奥さんを困らせるようなことばかり言うんだもの。あんまり困ったこと言われちゃったら、私だって怒るわ」
一歩、一歩、永琳が近づいてくる。次第にはっきり見えてくる永琳を見て、彼は恐怖を覚えた。
知らない。俺は、こんな永琳を知らない。誰だ? 俺の目の前にいる、永琳の形をした女は、いったい誰なんだ?
永琳が、彼の眼前に立つ。戦々恐々としている彼を尻目にその場で腰を下ろすと、あっという間も無く、腹に突き刺さっていた矢を一本抜いた。
「うぁあ!」
悲鳴が零れる。聞いている者が思わず眉をしかめてしまいそうなその悲鳴を聞いて、永琳は笑みを浮かべた
「痛い? お仕置きだもんね、痛くて当然よね……うふふ、大丈夫、私がちゃんと消毒してあげるから……んん、んちゅ」
「ぐああぁぁ!!」
血が噴き出している傷口に躊躇いも無く口づけし、傷の内部にまで舌を突きこむ。喉を鳴らして飲んでいく血液。甘露と言わんばかりにもう一本の矢を抜き取り、そこへ舌を、鼻先を突っ込んで彼を楽しむ。
そのあまりの光景に、遠くで成り行きを見守っていた永琳の部下の一人がその場で嘔吐した。その部下を最初に、一人、また一人蹲っていく様は異様だったが、彼も、永琳も、気にも留めていなかった。輝夜と妹紅でさえ、永琳の奇行に放心している有様なのだから。
内部を舐めまわす異物感に鳥肌が立ち、痛みで視界がかすむ。三回程、彼の意識が飛んだあと、ようやく永琳は傷口から唇を放した。
ベトベトに汚れた血を拭おうともせず、それどころか血の匂いに酔いしれたかのように頬を紅潮させた永琳は、ん、と唇を噛みしめて、身体を震わせた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ああ、おい、美味しい、美味しいわぁ」
「………………」
「はぁ、はぁ、うふふ、つ、ぎ、は……」
恍惚とした表情で、永琳は今しがた抜いた二本の矢を彼の眼前に差し出した。
「痛かったでしょう? 痛かったわよね? でもね、安心して。ちゃんと私にも罰を与えるから」
その言葉と共に永琳は矢を持ちかえると、勢いよく自身の腹部に突き刺した。
「――っ!?」
この日、何度目か分からない驚愕が彼を襲う。先ほどまで自身を傷つけていた刃は、確かに永琳の腹部に収まって、彼女の衣服を紅く染めていった。
ぐちゃり、ぐちゃり、皮膚と肉と内蔵と血液が混ざり合う音が響く。凄まじい異物感と激痛が永琳の身体を襲っていることは明白なはずなのに、永琳は痛みどころか快楽すら感じてるかのようにあまやかな悲鳴をあげた。
「あああ、分かる、分かるかしら? 貴方と私が混ざり合っているのよ……ああ、ああ、貴方が入ってくる、貴方の皮膚と肉と内臓と血液が、私の中に入って……、あ、駄目、駄目、我慢出来ない、い、いや、もう、もう……駄目ぇ!!」
ビクン、と永琳の四肢が痙攣した。四散した彼女の体液が彼へ降りかかる。
と、同時に、音も無く現れた巨大な岩石が、永琳を押し潰した。
「……え?」
嫌悪感も痛みも忘れて、彼は目の前の出来ごとに呆気にとられた。
何が起きたのか、彼には分からなかった。輝夜達が何かしたのかと視線を向ければ、彼女達も何が何だか分からないと言わんばかりに呆けた様子でこちらを見つめていた。
「ぐ、く、い、いったい、何が?」
「喋っちゃ駄目だよ」
その言葉と共に、起き上がろうとするのを制するように、小さな手が彼の頭を押さえた。
聞き覚えのある声に、彼は瞳を動かした。幼子のように小さな手足、蛙の模様があしらわれた服……山吹色の髪に、特徴的な帽子。
ああ、その姿は。
「……諏訪……子?」
「おう、そうだよ」
久しぶりに見た諏訪子は、思いの外大人びて見えた。振り返った彼女は、途端、眉根をしかめた。
「凄い怪我しているじゃないのさ。後は私に任せて、休んでいなさい」
「いや、で」
『あばびをあえいうえぶば』
その言葉とは思えない言葉に、彼は息を呑み、諏訪子は舌打ちした。
大凡人間が発したとは思えない声。辛うじて人の言葉として聞き取れたそれは、岩石の間から漏れていた。
直後、肉と骨のひき肉が這いずって出てきた。元の原型が分からないぐらいにぐちゃぐちゃになったそれは、血の跡を残しながら近づいてくる。
辛うじて頭部らしきところにへばり付いた銀髪によって、彼はその物体が永琳であることに気付いた。同時に、喉元にせり上がってくる胃液を呑みこむのに一苦労だった。
諏訪子は彼を守るように立ちはだかった。
「女の嫉妬は醜いとは言うけど、ここまで来ると醜いを通り越して、すごく醜いわね」
『どげ、わだじぼばべはいろつびなうお』
「ははは、一つって……寝言は寝て言えよ、不老不死の化物」
轟音と共に永琳が潰される光景を最後に、彼は意識を手放した。次に目を覚ました時、全部夢だったな、ということを期待して。
次回で、平安編は終了します。一度でいいから、大きなおっぱいを揉みたい。心行くまで揉みたい。おっぱいが頭から離れない。ちょっと病院に行ってきます。
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