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  東方典型録 作者:葛城
シリアス注意、グロ注意。あと、今回はオッパイは無いよ。
時の流れは無情にも
 秘密とは、何時の時代も本人の知らぬ間に漏れるものである。それは平安の世でも変わることはなく、輝夜姫の美貌を一目見ようと盗み見していたある貴族によって都中に話が広がり、遂には帝の耳にも入ることになった。
 真偽の程はさておき、輝夜姫を月に返してはならぬ。なにより、我ら貴族に対して断りもなく領地に侵入するのはまかり通らぬ。
 そう思ったのは、果たして帝か、それとも貴族か。日に日に落ち込んでいく輝夜姫のことを知った帝は、もしや本当のことなのでは、と考え、さっそく、軍を屋敷へと派遣した。
 何事かと騒ぐ民衆の中にちらほらと聞こえる輝夜の名前。それはいつしか声援となり、軍隊の背を押していく。軍の士気は否応にも上昇していく。
 都を出発した軍隊は、物珍しさに近寄ってきた魑魅魍魎を一撃のもとに葬り去る。何度かの休憩をはさみつつ、夕方頃には屋敷に到着した。
 挨拶もそこそこに軍は屋敷を包囲するように散開。瞬く間に陣が組まれていく。屋敷の奥から輝姫が様子を伺おうとしたときには、布陣は完成していた。
 屋敷の周囲一帯を屈強な兵士が囲み、外からの襲撃に備える。内壁に沿うように弓隊と陰陽部隊が警護し、輝夜の部屋の周囲には選ばれた歩兵と弓兵と陰陽師が、二名ずつ配置された。
 弓隊、剣隊、陰陽師、都から召集したのは、計150名の精鋭部隊。さらに、外から腕に覚えのあるものを集め、その数は37名。計、187名の輝夜姫防衛隊が結成された。
 これには翁夫妻も感謝のあまり、涙を流した程だったが、輝夜と妹紅と彼は苦い顔をした。輝夜は、全く無駄なことをしたという思いから。妹紅はその倍の数が用意出来なかったのかという思いから。彼は、犠牲者が増えかねないという思いから。
 ……すまん、今回ばかりはお前らを盾にするかもしれん。
 士気も高らかに、鼻息荒く動き回る兵士達を見て、彼は舌打ちをした。
 彼の知っているかつての時代でさえ、眼の前の兵士達を鎮圧することなど造作も無い科学力を持っていた。キラーマシンもあれば、ノンキラーマシンもある。恐竜すら蹴散らせることが可能な、あの時代から幾万年。
 いまの月の科学力がどれほどのものであるのか分からない。月の連中がどれほどの戦力を用意してくるのかも分からないだけでなく、こちらが抵抗することなど、月の連中には……永琳には、筒抜けであるだろう。
 ポッと、庭の一角が明るくなる。見れば、何時の間に用意したのか、竹製の支えに松明が取り付けられていた。見渡せば、そこらかしこに似たようなものが用意されている。
 ふと顔を上げると、先ほどまで赤く染まっていた大空が、真っ黒になっていた。ポツポツと輝く星の光の中に、一際輝く星……満月が、遠い彼方でゆっくりと高度を上げていた。
 ポッ、ポッ、と次々に明かりが灯されていく。これが祭りであったならば、さぞ見応えのある光景だっただろう。光が一つ灯るとともに兵士たちの顔から緊張の色が見え始める。もうすぐ、月の連中が来る事を予感しているのか、それとも別の意味からか、彼は察することが出来なかった。
 兵士達から、隣で黙ったままの輝夜と妹紅へ目を向ける。
「……」
「……」
 そこには、ジッと夜空を……満月を見つめ続ける二人が居た。お互いの手をしっかりと握り合い、片時も離れないと言わんばかりに繋がった部分には、じっとりと汗が湿っていた。
 輝夜も、妹紅も、酷く緊張していた。妹紅は傍目にも不安を覚えるぐらいに落ち着きがなく、あの輝夜でさえ、何度も生唾を飲み込んでは、着物の裾を握りしめていた。
 そして、その後ろには、翁夫妻が静かに二人を見つめていた。何を言うでもなく、ただジッと、二人の後ろに腰を下ろしていた。
 …………。
 彼の視線が、自然と翁夫妻に留まる。それに気付いた夫妻が、彼へと顔を向けた。翁夫妻の瞳には、確かな悲しみがあった。だが、それしかなかった。月の人達に対する怒りは無い。
「…………」
「…………」
 夫妻は、静かに居住まいを正すと、彼に向って深々と頭を下げた。倣って彼も頭を下げようとしたときには、夫妻は何事も無かったかのように彼から視線を外し、お互いの手を握りしめている少女達に目をやっていた。
 なぜ、夫妻は怒らないのだろうか。それが彼には理解出来なかったが、夫妻には夫妻なりの理由があるのだろう。そう思った彼は、問いただそうとは思わなかった。
 それよりも、まず自分に出来ることを考えねばなるまい。
 少しずつ高く昇っていく満月を見れば、タイムリミットまでそう、時間は無い。それまでに、何か対策を思いつかねば、間違いなく輝夜が連れていかれ、場合によっては反抗したこちらの人間全てを皆殺しにされかねない。
 そう判断した彼は、ステータス画面を呼び出した。


【レベル   :472          】
【体力    :1850/1850    】
【気力    :1900/2210    】
【力     :740 +50      】
【素早さ   :800 +40      】
【耐久力   :500 +10      】
【装備・頭  :なし           】
【  ・腕  :諏訪子ガントレット    】
【  ・身体 :高級な服(機能性重視)  】
【  ・足  :諏訪子ズボン+諏訪子靴  】
【技能    :獣の本能・踏みとどまる  】
【      :衝撃の称号・心眼     】
【スキル   :洞察力  レベル85   】
【      :美感力  レベル28   】
【      :逃げ足  レベル245  】
【      :自己再生 レベル6    】
【      :毒解能力 レベル92   】
【      :フラグ  時々発動    】
【アイテム  :アイテム使用       】


 あの時代から、彼の実力は桁違いに跳ねあがっている。それは彼自身、よく理解していたが、やはり妖怪に比べてあらゆる能力が低い。それでも並みの妖怪相手には瞬殺出来るレベルなのだが、今回の相手は月の連中だ。例え倍のレベルがあったとしても、負ける可能性の方が大きかっただろうと、彼は推測した。
 紫や鬼達のような種族的な強さとは別に、何か能力を持っていれば、まだ対策を取れたのかもしれない。しかし、使えるのは鍛えた四肢と衝撃波、何処からともなく取り出せるアイテムのみ。相手が何の装備もしてこなかったならばともかく、パワードスーツ、あるいはプロテクトスーツを着てくる可能性がある。
 アームズスーツと呼ばれていた、かつての武装兵器を、彼は思い返した。あの時代ですら、最新式のスーツを衝撃波で切り裂くことが出来なかったのである。あのときよりもはるかに高性能のスーツが開発されているのは予想するまでも無い。
 そして何よりも。
「永琳……」
 思わず零れたその言葉に、彼は慌てて口を噤んだ。幸いにも、彼の呟きに気付いた者はいなかったらしく、誰も彼に気を留めていなかった。
 はあ、と溜息を零してから、彼は再び思考を始めた。
 何よりも注意が必要なのは、永琳だ。彼女にとって、これら全ての事態は想定内。しかも、想定外を想定出来る彼女だ。例え彼が妖怪を集めて団結したところで、対妖怪用の武装を用意しているだろうし、それは彼にも想定出来た。
 しかし、だ。彼は唇を舐めた。
 唯一の想定外。それは自分だろうと、彼は思った。
 もしも、永琳が彼の存在を知っていたならば、なにかしらのアクションを起こしてくる。既に万年が経過しているのだから、とっくに自分の事は吹っ切れているであろうことは彼にも予測がつく。
 けれども、例え過去の男といえど、死んでいたと思っていた男が生きていたと分かれば、様子ぐらいは見に来るだろう。永琳の性格を熟知している彼は、それが全く無いことに注目した。
 おそらく、永琳は俺が生きているということを知らない。そこに、起死回生の勝機がある。そう結論付けた彼は、アイテムから深紅の生地を取り出すと、それをグルグルと顔に巻きつけた。外れないように、 何重にも巻きつけた後、固く結んだ。
 視界が真っ暗になる。同時により研ぎ澄まされた聴力を頼りに、周囲に気配を伺った。
 心眼、発動!
 視界情報とは別の、聴力、嗅覚、触角を頼りに気配を探り、擬似視覚を作り出す技能。平常時はほとんど使う機会がなく、氷河期時代で重宝したその技能を、彼は久しぶりに行使した。
 おそらく、輝夜を迎えるのは永琳だ。そして、永琳はどちらかと言えば、物事を穏便に済ませるタイプだ。こちらが抵抗することなど百も承知である彼女が行う行動は、まずこちら側の兵士を無力化することだろう。
 しかし、いくら永琳とはいえ、一度に全員の武器を取り上げ、拘束等をすることなど出来るはずが無い。かといって、全員を撃退出来るだけの武装をしてくるとは考えにくいし、乱戦にでもなれば、肝心の輝夜に飛び火しかねない。
 永琳としても、それは避けたいのではないか?
 おそらく、輝夜は月世界では、それなりの地位にいたのだろうと、彼は推測する。輝夜自身の口から聞いたわけではないのだが、わざわざ永琳が地上に出張ってきたり、追放したものをもう一度月へ戻すというのだから、だいたいは近い回答だろう。
 つまり、月側としては、極力輝夜に被害がいかない手段を取る必要があり、言いかえれば、輝夜に対して手荒な行動は取れない、輝夜に被害が及ぶ兵器の使用が出来ないということになる。
 ならば、考えられるのは限られてくる。永琳が最も得意とする薬で兵士達を無力化するか、鎮圧用兵器などを使った無力化だろう。
 永琳の性格からして、他人が作った兵器よりも、自分が作った薬の方を信用しているのではないだろうか。
 まず、薬を用いた無力化を行い、それでも完全に無力化出来なかった場合に限り、鎮圧用兵器を使用する。月の作戦としては、それが一番無難で、確実な作戦だろう。
 ただし、その作戦に彼の存在が無ければの話だが。永琳のことを知る彼は、使われる薬は睡眠剤か、あるいは幻覚剤か、彼には判断出来なかったが、衝撃波で薬を飛ばす事が出来るので薬は問題ないし、鎮圧用兵器として使われるであろう閃光弾スタングレネードは、目を隠してしまえば防げる。
 ゴクリと、唾を飲み込む音。位置関係から、それは妹紅の喉から発した音であると推測する。正確な時刻は指定されていないが、雰囲気で察したのだろう。早鐘のように鳴り響く心拍音が、妹紅の心情が彼に伝わってきた。
 トクン、トクン、と自身の心臓の音が木霊する。耳を澄ませば、輝夜と妹紅の鼓動、翁夫妻の鼓動、兵士達の鼓動が聞こえてくる。一つ、一つ、静かに聞き分けていきながら、ゆっくりと意識を研ぎ澄ませる。
 トクン、トクン、トクン、トクン、トクン。
 静かに、静かに、静かに、静かに。
 兵士たちの押し殺した呼吸が聞こえてくる。
 トクン、トクン、トクン、トクン、トクン。
 静かに、静かに、静かに、静。
「あ、あれは何だ!?」
 兵士の叫び声。途端にざわつく周囲に、全員の視線が、兵士が指差した先を見据える。
 彼もさらに検索範囲を広げる。衝撃波を生み出し、輝夜と妹紅を重点にバリアを張り、翁夫妻を背後に庇う。そして検索して捕まえたのは、空に浮かぶ塊だった。
「な、なんだ……ありゃ」
 ポツリと零したのは、いったい誰であったか。それは兵士にしか分からなかったが、皆同じことを考えたのは、兵士以外の誰にも分かった。
 夜空に、円盤が浮かんでいた。円盤としか、言いようが無かった。奇妙な旋回音を立て続けているそれは、夜の闇を滑るように黄金の尾を引きながら、屋敷へと向かっていた。
 一際強く高鳴った鼓動は、輝夜の鼓動か。
 あるいは、彼の鼓動か。
 瞬間、円盤から一つ、黒い塊が落とされた。兵士たちの視線が塊に集中する。輝夜も、妹紅も、翁夫妻も、彼の意識も、全てがそれへと向かう。
 そして、その塊は音も無く夜の闇を落下していき……地面に着地した瞬間、凄まじい衝撃波が爆散した。



 ………………?
 気付いた時、彼は自分の状況がよく分からなかった。先ほどまで視界を覆っていた暗闇が無くなり、美しい天の川が夜空に広がっていたのである。
「…………なに?」
 零した言葉に、返事は返ってこない。静かだ。恐ろしく静かだ。先ほどまで聞こえていた虫達の声も、兵士達の息遣いも聞こえない。静かに、ただただ静かに彼の言葉が夜の闇にかき消されていった。
「…………輝夜……妹紅……?」
 呼びかけるも、これが自身の声かと耳を疑ってしまうぐらいに小さく、頼りない。
 何が、何が起きた?
 輝夜と妹紅は?
 何をされたんだ?
 兵士たちはどうなった?
 輝夜と妹紅は?
 何が起きたんだ?
 俺はどうなっているんだ?
 ようやく動き始めた脳が、次々とエマージェンシーを鳴らし始める。しかし、指一本動かすのが億劫に感じる程の倦怠感が、彼の意識を陽炎の彼方へ溶かしていく。
「…………輝夜! 妹紅!」
 ……何秒たったのかは分からない。ふと、ああ、今、俺は仰向けになっているのかと自身の状態に思い至った瞬間、飛び跳ねるように身を起こした。
 途端、凄まじい吐き気が彼を襲う。一気にせり上がってくる鉄臭い臭いから逃れるように、彼は衝動を吐き出した。
 べちゃ、と亜麻色の木目が真っ赤に染まる。刺すような身体の痛みを無視するかのように次々に吐き出されていく血液に、彼は飛びそうになる意識を抑えた。
 5度、口の中に溜まった血液を吐き出した彼は、乱れた呼吸をそのままに、顔を上げた。瞬間、彼は眼の前に広がった惨状が、いったいなんなのか、理解出来なかった。
「…………あ?」
 呆けた掠れ声が唇から零れる。その瞬間だけ、彼は自分の状況を他所に、呆けることしか出来なかった。
 目の前に広がっていたのは、地獄だった。
 兵士は例外なく血反吐を吐いて、固い地面に横たわっていた。
 先ほど真っ先に円盤に気付いた兵士は、ぽっかりと開かれた両眼の洞窟からおびただしい血液を垂れ流していた。傍には、その兵士のものであろう眼球が転がっていた。
 口からミンチ状の液体が垂れ流されている者もいれば、蛸のように手足の関節が無くなっている者、中には原型が分からない程になっているモノもいた。
 ふと、隣に目をやる。そこにあった翁夫妻だったモノを見て、彼は喉元からせり上がってくる酸味を堪えなければならなかった。
 そして、彼の視線が、ようやく目的の二人を捉えた瞬間、彼は震え立つような感情を抑えることが出来なかった。
「輝夜! 妹紅!」
 眼前に転がる瓦礫と柱を飛び越えて、二人の元へ駆けつける。そこで、彼は二人の状態に息を呑んだ。
「…………妹紅」
 妹紅は、輝夜に庇われる形で仰向けになっていた。耳を澄ませば、微かにヒューッと掠れた吐息が妹紅から聞こえてくる。見れば、ほんのわずかながら胸が上下しており、虫の息ではあったが、かろうじて死を免れていた。閉じられた眼からは血が伝っており、鼻、耳、口からは鮮血が噴き出していた。他の兵士達のように直視できない状態ではなかったが、それでもさっきまで見ていた妹紅の姿を思うと、涙が込み上げてきた。
「…………輝夜」
 輝夜に至っては、もはや一目で即死であることがうかがい知れる状態であった。妹紅に向かい合う形になった輝夜の後頭部は完全に粉砕され、頭髪の間から白色の大脳皮質が零れていた。見事な装飾が施された着物は無残に細切れになっており、元の美しさが見る影もない凸凹だらけの紫色の素肌が露わになっていた。
「妹紅……輝夜……」
 唇が発した言葉は、驚くほどに小さく、震えていた。思いだす。二人の悲しみに木霊する泣き声を。ただ友の傍に居たいと願う少女達の叫びを。帰りたくないと願う言葉を。行かないでと願う言葉を。彼は、全てはっきりと記憶している。
「……ちくしょう……」
 体中が熱い。頬を伝う液体が、二人の身体を濡らしていく。身体中の水分が排出していく感覚が広がる。ぼやけた視界の中で、モノに変わり果ててもお互いの手を握り続けている小さな手が鮮明に映る。
「…………ちくしょう……」
 地獄の業火ですらこの熱さを現すには生ぬるいと思えるほどの、巨大な熱意が臓物を駆け廻っていく。
 これは何だろう。この気持ちは何だろう。この五臓六腑を燃やし尽くさんとするこの灼熱の感情はなんだろうか。
「……ぶっ殺す」
 自身の唇が発した言葉に、灼熱が意思を持つ……その名前は……。
「あら、生きていたのね」
 背後から掛けられた言葉。この惨状を生み出した一味とは思えない、動揺の欠片も感じられない女性の声。赤と青の特徴的な服をまとった銀髪の、その女性の傍に感じる、幾人もの気配。おそらく、永琳の部下だろう。
 彼が、彼の生涯の中で、もっとも好きだった声。
「しかも、けっこう動けるのね。驚いたわ。でも、その怪我じゃ、あんまり動くと早死にするわよ。あと数分の命だとしてもね……よく見たら、そこの女の子……輝夜が庇ったのかしら? その子もまだ生きているみたいね」
 ゆらりと、彼は立ち上がった。途端、女性を除く気配がにわかに殺気立つ。それを、女性は手を払って落ち着かせた。
「全く、いくら不死とはいえ、無茶するわね。貴方も安心するといいわよ。輝夜なら、あと数分もすれば傷も治るから……なんたって、不死身なんだものね」
「……どうして、こんなことをした?」
 自分の出した声に、心の冷静な部分が驚く。ここまで低く、聞いた者を震え上がらせる声が出せたのかと、彼は奇妙にも目を見張った。
「こんなこと?」
 対して、女性は何を言っているのか分からないと言わんばかりな、無邪気な問い返し。爆発しそうになる感情を必死に抑えつつ、彼はもう一度問う。
「どうして殺した……お前達なら、無傷で輝夜を連れ出せただろう」
「……貴方が輝夜から何を聞いたのかは知らないけれど……」
 そこで、彼女は一拍置いて。
「だって、面倒じゃない」
 今日買い物に行くのが面倒だ。その程度、その程度の重みにしか感じられない、軽い返事。
 その言葉を、彼は理解出来なかった。彼の知っている彼女が発した言葉だと、彼は思えなかった。
「……めん……どう?」
「そうよ。だって、いちいち全員を無力化するより、爆弾で全員まとめた方が、効率的でしょう」
「……関係の無いやつら全員を殺してもか?」
「……貴方が何を言っているのか分からないわ」
 その次に発した言葉が耳に入った瞬間、彼は想い続けてきた感情が冷めていくのを自覚した。
「地上人が一人死のうが十人死のうが百人死のうが、大した違いはないもの」
 確かに、おっしゃる通り。彼女の傍に立つ気配は、彼女に賛同して笑っている。何が面白いのか、眼の前の惨状を見て、頬を歪めている。
 その言葉に、彼女が発したその言葉に、ぶちりと、何かが千切れる音を、彼は聞いた。
「……永琳」
 彼が発したその単語に、先ほどまで笑っていた女性……永琳は、ピタリと笑みを止めた。
「あら、私の名前を知っているのね。それも輝夜から聞いたのかしら?」
「……俺は、よう。前と比べたら、大分違うと思う。喋り方もそうだし、考え方も変わった。一人で生きてきたからなのか、どうも口が悪くなってしまっていやがる」
「……あなた、何を言っているの?」
 困惑に満ちた永琳の言葉を他所に、彼は腹から湧き上がってくる言葉を続けた。
「それは、お前にも言えるだろうよ。なんせ、ウン万年だ。考え方も変われば、趣向も変わる。性格だって変わるし、常識だって変わるさ」
「…………ちょっと?」
「思えば、長い別離だったよな。生活も違えば、常識も違う場所なんだ。それが、お前達にとっては当たり前なんだろう……でもよ、俺は違うんだよ。俺は、俺にとっては、お前らの常識を受け入れることなんて、出来もしないし、したくも無い」
「…………え、え……」
 彼の言葉に、永琳の顔色が変わる。漏れ出る言葉を飲み込むように両手を口に当て、大きく見開かれた眼が彼の背中へ注がれる。
「どうして、俺たちはこうなっちまったんだろうな。今でも時々考えるんだよ。あの時、俺はお前と一緒に行っていたら、今の俺には考えもつかない生活をしていたんだろうなって」
「……う、うそ……うそよ……うそよ、うそ、うそ、うそ」
 ふわりと、彼の身体から放たれる怒気が広がる。突然の彼の行動に、どうしたらよいか分からない部下達を他所に、永琳の顔色が目に見えて青ざめていく。カチカチと歯を鳴らし始めた永琳を見て、部下達の顔から余裕が消えていく。
「永琳、聞いてくれよ。俺は、な。生まれて初めて、本当に殺したい奴に出会ったんだ。そいつはよ、昔はそれは綺麗で、尽くしてくれた女なんだけど、今じゃすっかり変わり果てた屑野郎になっちまった。ああ、この場合、屑女か?」
 固く握りしめた彼の掌から、幾重にも血が垂れていく。肌に食い込む爪の激痛が妙に心地よい。
 嫌、嫌、嫌、嫌、と被りを振る永琳を他所に、彼の中の激情が動き始める。
「ち、違うの、ご、誤解、ね、ねえ、誤解なのよ、ねえ、ち、違う、違う違う違う違」
「違わねえよ」
 遮った彼の言葉に、永琳の肩が目に見えて震えた。
 振り返る。そこに立っている懐かしい女性の姿。青ざめた頬に、零れ続ける涙、震える唇、かつての彼なら、慌てて宥めたであろう、その姿。かつての彼女よりも、さらに女らしさが増した、銀髪の美女。
しかし、今の彼には、そんなかつての妻の姿を見ても、何の感情ももたらさなかった。ただ静かに首を振り続ける永琳を見て、彼はゆっくりと構えた。
「てめえは、俺の知っている永琳じゃねえ……俺の知っている永琳は、あの時に死んだ……そう理解したよ」
「……ぁ、ぁぁ、ち、違、違うの」
「違わねえって……言ってるだろうがぁああ!!」
 激情が、爆発した。ありったけの力を込めた衝撃波が、永琳達へ発射される。
「待って!」
 直前。背後から掛けられた言葉に、彼は攻撃を止めた。
 慌てて振りかえった彼の前には、以前の姿のまま、何事もなかったかのように彼を見つめる、輝夜の姿が、そこにあった。
再開して愛を確認して……そんな話だろうと思った諸君。
残念、そんな都合よくハッピーとはいかないのだよ。

おっぱいを求める男が、そうやすやすと柔肌おっぱいを揉めないように……ね(ドヤァ


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