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  東方典型録 作者:葛城
赤毛さん、再び
 日数にすれば、大した時間ではない。せいぜい、十日ぐらいだろう。十日と言えば、彼にとってはもはや刹那でしかない。なにせ、単純な年齢から考えれば、彼はとうに万を超えて生きており、一人旅もとうに万を超えている。
 いまさら十日ぐらいの旅なんて、慣れ過ぎてもはやちょっと買い物に行く程度の間隔でしかないのである。もちろん、体力、精神力、両方の面から見ても、彼にとっては同じ意味。
 なのだが、今回ばかりは彼も疲労困憊だった。主に、精神面で。
 世の男性から見れば、ナニこいつ? と言わんばかりの役得だった彼ではあるが、当人からすれば地獄の宴というやつで、どこまでも付いていきますと潤んだ瞳で懇願するナズーリンをなだめ、当然のように腕を組もうとする紫を引きはがし、真っ赤な顔で俯いている聖に謝って解散した後、その足で妖怪が住む東の山へ。
 えっちらおっちら汗を流して住みかへ向かえば、そこには見事なぐらいに泥酔した酔っ払いの鬼が二人。臭いだけで酔い潰れそうな酒気に辟易しつつ、タコのように絡んでくる鬼を介抱しながら、部屋の様子をうかがう。
 見れば、部屋中の至る所に空き樽が捨て置かれており、中身は全て一滴残さず飲み干されてしまっているではないか。漂う酒気から考えれば、ここらにある酒は全てここ数時間以内に飲まれたのは明白で、彼は今更ながら、鬼の酒に対する強さに溜息を吐いた。
 高鼾を掻いている二人に水やら何やら介抱して、ようやく会話出来る程度にまで正気になった時には、もう彼は帰って寝たい気持ちでいっぱいであった。

「ふ~ん。それじゃあ、そいつは警戒する必要性は薄いってことでいいんだね?」

 十分に呂律が回るようになった萃香が、瓢箪に口づけながら、話を纏めた。瓢箪を傾ければ、中に入っている酒が音を立てて萃香の喉を通っていく。あれだけ飲んだというのにまだ酒を流し込む様は、まさしく飲兵衛。その横で私の分も残しておけよと喚いている鬼を見て、飲兵衛が二人もいやがると彼が思ったのも至極当然なのだろう。

「ああ、それでいいと思う。ただ、俺の主観で判断したことだから、それでも気になるなら、別の奴にでも頼め」
「いや……信用するし、もう十分だよ」
「そいつは良かった……さて、帰って寝よう」

 疲労が籠った溜息を吐いて、立ち上がる。首を左右に捻れば、こきり、こきりと関節が鳴った。鈍い違和感を両腕に覚えるが、はやく帰らなければ、また布団の中に引きずり込まれかねない。前回は酒に酔っていたこともあるが、最後の最後で受け入れたのは彼だ。
 もし、本当に彼が嫌がれば、二人は決して無理強いはしないだろう。結局のところ、彼とて男である。目の前に据え膳があれば、食べたいと思うのは男ならば仕方が無いのかもしれない。
 だからといって、見境なく尻を追うというわけでもないのではあるが。

「俺は疲れた……もう帰るよ」
「疲れたんなら、ここに気持ちのいい寝床があるよ。今なら溜まった膿ももれなく出してもらえる、特性だよ。どうだい、お代はおっ立ててくれるだけでいいよ」
「そんな酒臭い布団で眠れるかよ。二日酔いでこっちが倒れる」

 何時の間に用意したのか、動物の毛皮で作られた布団の中から、艶やかな手をひらりひらりと振って呼びとめる勇儀。酒とは別な意味で紅潮した頬、毛皮から零れた大きな片乳は、手を振るたび、ぷるん、ぷるんと弾んだ。
 疲れていなかったら、一発で飛び込んでいただろうそれの頂点は、傍目にも分かるぐらい、大きく膨張していた。
 横で抜け駆けされた、と喚く萃香の姿は、彼の疲れを倍増させるには十分過ぎる力があった。

「いいのかい? 今なら熱々の穴で好きなだけ出せるんだよ?」
「さすがに、俺も疲れているんだよ。だから、横で真っ赤になっている子鬼は大人しくしていろ」

 そう言い残すと、彼はさっさと出口へ向かった。後ろからは、意気地なし、と喚く鬼二人を残して。


 彼が本来の自分の目的のことを思い出したのは、結局都に着いてからだった。引き返す労力と、輝夜と妹紅のことを天秤にかけたが、彼は結局一度屋敷に引き返すことにした。
 体力云々もそうだが、なにより今鬼達の元へ戻れば、今度こそ布団の中へ引きずり込まれかねない。それこそ、明日の朝は黄色い太陽を拝みながら、腰を振り続ける羽目になるだろう。
 それに比べれば、輝夜と妹紅を相手にする方が、幾分気が楽だ。あの二人はちゃんと相手の努力を分かる人間だ。たとえ成果が出なくても、しっかり頑張っているようなら、何も言わないので、彼は疲労が溜まった両足を動かして、都の中を進んだ。
 既に、太陽も地平線の彼方に消えかけており、空は真っ赤に染まっている。夕暮れ時な今、屋敷へ向かえば、到着するのは真夜中だ。行けることは行けるが、疲労が溜まった今、無理をするのは危険だ。
 その為、彼は今晩だけ、てきとうな場所で一夜を明かそうと思い、ちょうどよい寝床を探し歩いているところであった。都の中であれば、少なくとも妖怪に襲われる危険性は減るし、野党ぐらいならいくらでも相手が出来ると判断した。
 しかし、太陽もその姿を完全に隠した頃。

「……う~ん、ちょうどいいところが見つからん」

 彼はいまだ、寝床を見つけることが出来ず、都の中を彷徨い、疲れた身体に鞭を打って歩いていた。煌々と燃える松明が、彼の身体と眼前をぼんやりと照らす。かれこれ、4本目の松明だ。
 なぜ、彼が今もこうして探し歩いているのだろうかと言えば、理由は単純。
 臭いである。彼がここだと思った場所は、まず先住者達がおり、そして彼ら彼女らは、共通して酷い体臭である。およそ衛生的な生活をしているとは思えないのだから、それは当然のことで、彼は彼らが発する臭いに耐えることが出来なかったのである。
 そもそも、都の表道、裏道問わず、浮浪者がごまんといる。そんな彼らにとって、寝やすい場所はとっくの昔に押さえられているわけで、そういう場所には彼らの臭いが染み付いているのである。
 もちろん、都の中は狭いようでいて意外と広いので、彼らがまだ見つけていないスポットはあるだろう。
 しかし、そういった手が付けられていない場所は、えてして理由がある。
 一つは、貴族が出した糞尿やら何やらの汚物が埋められている場所。大抵のものは川に流してしまうのだが、川から離れた地区に住んでいる貴族は、けっこう適当な場所に埋めていたりすることがあり、そういった場所は地面から異臭がするので、もはや近づきたいとすら思わない。
 もう一つは、死骸が埋められている場所だ。陰陽道に使った獣の死骸やらが埋められた場所があり、そこも彼らは手を付けない。
 さすがに彼も、死骸が埋められている地面の上で寝たいとは思わず、こうして今もえっちらおっちら歩いているのである。
 松明を片手に都の裏道を行ったり来たりしている姿は、傍目からはたいそう怪しく映っただろうが、幸いにも、まだ誰にも見咎められてはいない。表道で寝ようかとも考えたが、見回りで起こされるのがみえていたので、それも出来ない。
 けれども、いつまでもこうして彷徨い歩いていても見つかる兆しは無い。
 いっそ無理してでも帰ろうかと彼は5本目の松明を取りだした……その時だった。

「…………」

 赤毛の少女が彼の袖を引っ張ったのは。

「――っ!? うおぉ!!?? 吃驚した!」
 比喩ではなく肩が跳ねる。反射的に攻撃しようと振り返れば、そこに居たのは赤毛の少女。瞬間、彼の脳裏に少女との邂逅が蘇る。何時の間に近寄って来ていたのか、彼には分からなかった。
 なんだ、お前か。そう呟いて肩の力を抜く彼を見て、赤毛の少女は首を傾げる。少女にしてみれば、顔見知りが歩いていたので呼び止めた程度のことだったのだろう。
 しかし、こんな夜更けにいきなり袖を引かれれば、驚くのは無理も無い。というより、普通なら妖怪の類か何かと疑われて、一刀されてしまっても文句はいえない。そんな意味を込めて彼は少女を見つめるも、肝心の少女は何が嬉しいのか、モジモジとはにかんでいた。
 その様子を見た彼は、ため息を吐いて少女の頭を軽く叩いた。不用心を咎める意味だったのだが、少女は特に気にした様子は無かった……というよりも、叩かれていると思っていないのだろう。
 言うなれば、なぜこの人は私の頭に手を置いているのだろうという、疑問しか、少女にはないのだろう。事実、少女は自身の頭に置かれた手を、不思議そうに眺めている。
 相変わらずな少女の姿を見て、彼はもう一度溜息を吐いた。夜盗を警戒して周囲の気配を察知しながら歩いていたが、どうやら少女一人の気配を見落としてしまうぐらいに消耗しているらしい。

「やれやれ、こんな状態で帰っていたら、妖怪にやられていたかもしれないな」
「…………?」
「いや、こっちの話だ」
「……そう」

 少女の頭から手を離し、そろそろ持つのが辛くなってきた松明から、新しい松明へ火を移す。先端に沁み込ませた松脂がパチパチと音を立てる。
 見る間に大きくなる炎を確認し、残った松明を地面に捨てる。彼と少女の居る場所は家々からは少し離れているので、放っておいても火事になることはないだろうが、念の為だ。
 軽く足で地面を削り、そこに松明を蹴り飛ばす。砂を上から掛けると、目に見えて松明はその輝きを失くし、すぐに消えた。
 通行人が火傷しないように念には念をいれ、十分に砂を盛る。燃えた断面が見えなくなったのを確認してから、彼は少女へ声を掛けた。

「それで、今回は何用だ? あいにくと、今は団子も無ければ、水飴も無いぞ」
「…………寝る場所」
「んん?」
「……寝る場所、探しているんでしょ?」
「……まあ、探しているけど、なんで俺が探していることが分かったんだ?」
「……同じ所、グルグル回っているから、なんとなく」
「……同じ所、回ってた?」
「……うん。あっちに、こっちに、そっちに、ぐるっと何周もしていたよ」

 少女の言葉に、彼は頭を抱えた。見つからないわけだ。既に探した場所を延々とグルグル繰り返し回っているわけなのだから、見つかるはずが無い。

「ちくしょう。だいたい、都は見た目同じな建物が多すぎなんだよ。昼間ですら油断すれば迷うのに、夜になれば迷うのは当たり前だろうが」
「…………?」
「ああ、こっちの話だ。だからその、私は迷ったこと無いよ、みたいな瞳を俺に向けないでくれ。地味にへこむから」

 無駄な努力とは、まず真っ先に心の体力を奪っていく。ズシリと重さを増した両肩を揉みつつ、彼は少女に頭を下げた。

「すまん、どこか寝る場所教えてくれないか? お礼ならまた後日出すから、今はとにかく休みたいんだ」

 その言葉に、少女は首を振った。

「……お礼より、また甘いのを頂戴」
「……それをお礼というんだが……まあ、いいや。甘いのなら、また今度持っていくから、今日はお願いするよ」
「……お願いされた」
 少女は、むふん、と鼻息を荒くすると、踵をひるがえして歩きはじめた。ついてこいという事なのか、足取りはそれほど早くは無い。
 彼は一つ欠伸をしてから、少女へ続いた。


 少女に案内されたのは、都の端に位置する、小さなボロ屋敷だった。元はそれなりに豪華だったのだろう。そこはしこに名残が見え隠れしていたが、半壊した門に、雑草が伸び放題の庭が、哀愁を誘った。
 グルリと屋敷全体を囲う壁は、ところどころ穴が開いたり欠けたりしており、少なくとも数年は人の手が入っていないことがうかがい知れた。
 少女は慣れた様子で屋敷の中へ入っていく。月明かりがあるとはいえ、屋根一つ潜ればそこは闇。松明で照らそうにも、万が一屋敷に引火すれば、えらいことだ。
 アイテム欄から提灯を取り出し、内部の小さな火種に火を灯す。松明の火を消すと、さすがに松明よりは暗い。
 もはや門の役目を果たしていない正門を抜け、屋敷の中に入れば、その痛み具合が見て取れる。廊下にはいくつもの穴があり、壁の至る所に傷が付いていた。
 廊下の奥の方では、少女が振りかえって彼を待っていた。正門前で準備をしていた彼に気付いて、待っていてくれていた。彼は小走りで少女に追いつくと、少女は興味深そうに提灯を見つめた。

「ああ、これか?」

 少女によく見えるよう、軽く持ち上げる。小さくうなずく少女を見て、彼は説明した。

「これは提灯といってな……まあ、松明よりも暗いが、室内でも使える便利な、小さい松明と思ってくれたらいい」

 その説明に少女は納得したのか、ジロリと提灯を見つめた後、すぐ近くの部屋に身体を滑り込ませた。彼も、倣って後に続いた。

「ここ」
「ここか?」
「そう」

 部屋の中は、屋敷の中では不釣り合いなぐらいに損傷が少なかった。といっても、注意深く見ればいくらでも見つかるが、一晩寝るだけなら十分過ぎるぐらいにお釣りがくる部屋だった。

「あ、囲炉裏がある」
 思わず声が零れた。部屋の中央には囲炉裏……に近いものが設置されており、これならば松明で明かりが取れそうだ。再び松明を取り出してそこへ突き刺し、衝撃波で火を灯した。途端、ぼんやりと松明の明かりが室内を照らす。
 おまけに、この部屋は屋敷の中でも外側に面しており、向かい側には塀で囲まれた小さな庭があった。おそらく、屋敷の中では一番最奥にあたる場所なのだろう。これならば、アレを使っても大丈夫だろう。

「よし、とりあえず、風呂に入って身体を洗うか」
「……お風呂?」

 彼の言葉に、少女は首を傾げた。一般的な庶民にとって、お風呂というのは全て蒸し風呂であり、普通は集落に一つが基本だ。
 それ以外に身体を洗うと言ったら、川に入るか、濡れた手拭いで身体を擦るかのどちらかしかない。
 貴族の屋敷なのだから、蒸し風呂ぐらいは備えていても不思議ではないが、使うには薪がいるし、水も必要だ。なにより老朽化しすぎて蒸し風呂としての役割を果たせないのは想像するまでもない。
 それが分かっている少女は、何をするのだろうと、彼を見つめた。

「まあ、見ていろよ」

 彼は早速アイテム欄から特性の石風呂を庭へ取り出した。傍目からすれば、不気味以外の何物でもないだろう。
 音も無く出現した石風呂に目を白黒させる少女を尻目に、彼は水を取り出して石風呂の中へ注ぐ。十分に溜まったのを確認してから、片手を突っ込み、衝撃波で一気に水温を上昇させる。

「………………」

 瞬く間に湯気が立ち上っていく水……湯船に、少女は口をポカンと開いたまま、黙って彼と石風呂を見つめた。

「よし、これぐらいかな」

 湯船を掻きまわして、湯温を一定にする。石風呂と湯温が程良く均等に温まったのを確認してから、彼は着ている衣服を脱ぎ捨て……ようとして、止めた。

「お前はどうする?」
「…………え?」

 彼の言葉に、少女は顔をあげた。

「お前も入るか? 入るんだったら、先に入れ。俺は後でいいから」
「……えっと」

 少女は頭を悩ませた。目の前で信じられないことが起こったばかりで、上手く頭が動かない。しかし、彼の言っていることを理解する程度には起動しているので、問題は無い。

「……いい」
「入らないのか?」
「……うん」
「入るのは嫌か?」
「……入ってみたい……けど……」
「……けど?」

 本音を言えば、入ってみたい。でも……。

「もしかして、怖い?」
「……うん」

 俯いて黙ってしまった少女に、彼は頭を掻いた。

「……一緒に入るか?」
「………………うん!」

 返事は、大きかった。たった今怖がっていたのはどうなったのやら、促すよりも早く衣服を脱ぎ始めた少女に、彼は大きく笑った。


 この後、少女が湯船にはしゃいでお湯を二人の衣服に掛けてしまい、ついでとばかりに衣服を洗濯することになるのは別の話。
 その後、彼が用意した衣服を暑いから嫌、と彼の懐に滑り込む、裸体をしっかり彼に巻きつけて、彼に溜息を吐かれるのも、別の話。
お風呂シーン? そんなのありませんよ。だってこの話は、KENZENですから。
(そう言っておかないと、規制されるから、黙っておこう)

でも、きっとこの話は、下手すれば18禁に入ってしまうのでしょうね。世知辛い世の中です。

でも今は、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
いやぁ、こんなに私と運営との意識に差があるとは思わなかった。


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