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  東方典型録 作者:葛城
ナムサン
 聖に通された部屋は、なかなか豪華な部屋であった。とはいえ、さすがに貴族の屋敷や輝夜の部屋と比べれば劣るが、それでも大人8人ぐらいは落ち着いて寝られる程度に広く、細やかな壮美を随所に感じられた。
 ナズーリンのことは、驚いているようだったが、本人が望んだことならばと、何も言ってはこなかった。お茶を用意してまいりますと退室し、待たされること数分。お盆を手にした聖が部屋に入り、各自にお茶を配る。一息ついてから、話し合いが始まった。
 時間にすればたいして長くは無いが、それでもけっこうな量を話しあった。
噂というものは、人が考える以上に真実から遠いものである。そのことを、彼は聖と名乗る僧と話して強く痛感した。
 話をしてみて分かったが、聖はとても聡明であり、また心が広い女性であった。突然押し掛けてきた普通の妖怪とは思えない妖怪と、普通の人間には見えない人間を相手に、聖は快くもてなしてくれたのである。
 もちろん、二人に対して警戒はしていたが、それも敵意と呼べるものではない。見知らぬ人に対する人見知りに近い程度のものであり、むしろ都からやってきたという彼の言葉を喜んだ節すらあった。
 しかも、僧は萃香の話通り、たいへんなボディの持ち主であった。それこそ、紫や勇儀と並んでも劣らぬ体つきであり、適齢期を過ぎたという話ではあったが、それでもせいぜい二十台後半程度にしか見えなかった。
 萃香は聖の何処を見て適齢期を過ぎた女性であると判断したのか、彼は一つ首を傾げる。そして、都中の貴族から結婚を迫られている輝夜のことを思い出して、納得した。この時代は、彼女ぐらいで結婚が当たり前なのである。
 おまけにこの時代は平均寿命も短く、十代で死ぬなんて掃いて捨てる程ある話。三十代まで生きれば十分で、四十代まで生きたら長生きに入る。その為、二十代で男の一人も居ないのは、行き遅れでしかないのだろう。
 ナズーリンの姿を見た聖の、どこか悲しげな顔。彼女自身、何か思うところがあるのだろう。
 人間から妖怪に成り果てた存在。つまり、全く別の生物(概念的な意味も含めて)に生まれ変わったのである。その方法に関してや、どういった経緯でそうなったか彼は知らないが、並大抵の努力では成し得ないことであることは、十分に予想出来た。
 それこそ、人としての全てを費やしたのだろう。全てを捨てて、何かを成し得ようとして、あるいは、何かから逃れる為に、彼女は全てを代償にして、妖怪に転生したのであろう。
 それは、人間としての、女性としての幸せを捨てることなのではないだろうか。それこそ、子供を作ろうなんて考えもしなかったし、男を作ろうだなんて彼女にとって、はるか離れた恒星に住むアオミドロ程度のものだったのかもしれない。
 それほどの代償を払って手にした命。その命を始めから持っていたナズーリンが、聖が捨て去ったものを手にしているのだから、運命とは皮肉としか言いようが無い。
 聖本人も、言葉には出さないものの、心のどこかでそのことを考えているのだろう。彼の腕に抱きつく紫とナズーリンに驚きを覚えつつ、瞳にはどこか羨ましさと寂しさを滲ませていた。
 実年齢が見た目相応であるとは思えないが、おおよそ異性と接する機会が無かったのはうかがい知れる。挙動一つ一つに、緊張感にも似た羞恥を感じているのは、彼の目から見ても明白であった。
もっとも、そんな聖の事情を知らない彼からしてみれば、こんな美人な女性でも緊張するんだな、ということでしかなかったのだが。
 聖本人の口から、妖怪に転生したのは思うところがあったことと、妖怪を助けたのは妖力を分けてもらう為であり、他意は無い。鬼に対していらぬ警戒心を抱かせてしまったことに対する謝罪を聞いた彼は、ふう、と溜息を吐いた。
 出だしから色々あったが、とにかく当初の目的……という程のものでもないが、萃香の知りたいと思っている事柄は知ることが出来た。
 聖の話していることが嘘である可能性も考えられるが、嘘をついたところで意味は無い。鬼に対して嘘を吐いたことが露見した場合の事を思えば、素直に話した方がマシだろう。
 とにかく用は済んだ。
 鉛の帷子を着込んでいるかのような倦怠感に、自身の疲れを自覚する。まるで、ラッキースケベを体験した直後、修羅場に遭遇した男のような気分だ。パンツかブラかは知らんが、もう少しエロスを抑えるべきではないだろうか。
 閑話休題。
 彼はいまだ両腕に抱きつく二人を引きはがしつつ、聖へ頭を下げた。
「いまさらですが、本当にすみません。本当はもっと静かに話をつけたかったのですが、少々面倒なことになりまして……」
 何が、とは言わない。
「ほら、ネズミさん。面倒ですって……彼も迷惑しているみたいだし、さっさと腕を離したらよろしいんじゃなくて」
「ははは、人の振り見てなんとやら。最近の年増妖怪は面の皮が厚いからよろしくない。もう少し薄くしないと、白粉が映えないよ」
 年増、の言葉に胸を押さえる僧が一人。涙目がこちらへ向けられるのを彼は視界の端に認識しつつ、彼は首を横に振った。
 誰か、とは言わないが、その人はちょっと安心したらしく、頬を紅潮させた。
「うふふ、確かに私の身体は熱いわ……こんな風にね」
 その言葉と共に、既に空気すら通れないんじゃないかっていうぐらいに密着していた谷間が完全に塞がった。もはや、気持ちいいを通り越して痛みすら感じそうな圧迫感だ。さすがは妖怪というべきか、桶一つ持てないのではなかろうかという細い腕からは想像だに出来ない力が込められていた。
 もはや怪力といっていいそれは、彼の腕を青白くさせる程だった。冷や汗が出始めた彼を尻目に、紫は勝ち誇った顔で少女を見下ろした。
 静かに、ナズーリンの額に静脈が浮き出る。それはもう、擬音にすればビキビキとはっきり浮き出ている。それなのに顔に出ているのは笑顔でしかなく、なまじっか美少女な為か、鬼すら裸足で逃げ出しそうなおどろおどろしさが見え隠れしていた。聖はどうしていいか分からず、おろおろと涙目になっていた。
「あんまり彼に抱きつくと、加齢臭が彼に移っちゃうから離れてほしいかな。僕も彼も若いんだから、あなたみたいな年増臭は毒だよ」
 若い僕たちは、若い匂いを移し合おうね。そう言うと、ナズーリンは彼の左腕をギュッと抱きしめた。左腕の骨が軋む音を、彼は聞いた。彼の額からまた一筋の汗が流れる。
 ビキビキ。そんな心の中でしか聞こえない効果音と共に、紫の額に血管が浮き上がった。パキン、という乾いた音が室内に響く。
 見ると、机の上に置いてあったナズーリンの湯のみに一つ、ヒビが入っていた。誰も触っていないのに、どうしてヒビが入ったのだろう?
 熱いお湯を入れても飲めるよう、湯呑自体、かなり分厚く重く作られているはずだ。それこそ、落とした角度によっては割れないぐらいのものだ。
 最近の湯呑は、脆くていけない。そう考える彼の前で、聖が腰を上げかけては下ろすのを繰り返していた。彼を一人にしたら、被害が寺に行く可能性を示唆したのだろう。逃げるわけにもいかず、かといって加わればどんな事態を引き起こすか分からない。ある意味、彼女も被害者である。
「うふふ、御免なさい。私、気付かなかったわ。貴方のような乳臭い小娘には出せない色気だものね。そんな肋骨が見える胸で気を使わせて御免なさい」
 乾いた音。今度は紫の湯呑にヒビが入る。ヒビから、中に入っていたお茶が静かに滲み出ていく。彼の額からは脂汗が滲み出る。
「あはは、いいよ。そんな肥えた身体では、頭に栄養が回っていないのは明白の理。これから年相応に減量したら、いい話だし」
 破裂音。見ると、ナズーリンの湯呑がまるで溶かされたかのように、泥状になっていた。お茶の匂いと、泥の臭いが混じり合った異臭が室内に広がる。
 お気に入りが……と落ち込む聖に、彼はステータス画面からお金を取り出し、聖の手元に出現させた。聖の瞳が見開かれる。幸いにも二人の夜叉が気付いていないので、彼の行動が露見することは無かった。
「……おほほ、そうね、やせ過ぎて男にしか見えない女もどきに心配されちゃうんだから、私も少しは減量を考えないといけないかも。でも、大丈夫。彼と布団の中で運動するから、すぐに痩せられるわ」
 破裂音。見ると、紫の湯呑がまるでミキサーに掛けられたかのように粉みじんになっていた。さっきとは別の意味で涙目になり始めた聖の手元に、彼は所持金を全て放った。彼も涙目だ。
 紫から凄まじいオーラが放たれる。それは妖力でも何でもない、ただの気配なのに、まるで勘弁してくれと言っているかのように、寺そのものが軋んだ。
 それに呼応するかのように、ナズーリンから放たれるオーラ。これでは寺の体力が持たない。もう、寺のライフはゼロである。
 うふふ、ははは。文字にすればずいぶんと賑やかなものだが、現実は違う。もはやサバトと言わんばかりのおぞましさが室内を充満する。
「……聖」
「ひゃい!」
 消え入りそうな、ナズーリンの呼び声。ポツリと零した音を、聖は背筋を立たせて答えた。声が震えているのは、この際仕方が無い。
「地の利は生かすもの、人は利用するもの。二人でこの年をわきまえない婆さんを黙らせましょう」
 婆さん、の言葉に瞳から色が消えるスキマ妖怪と、胸を押さえる僧が一人。
「へ、へ、あ、あの、どう、どうすれば!?」
「考えろ」
「ひゃい! 考えましゅ!」
 ライオンに睨まれたチワワのごとし。もはや、完全に委縮した聖に反論する力も気概も無く、あーでもない、こーでもないと頭を悩ませる。悩ませたが、パニックを起こしかけている聖の頭では妙案が浮かぶわけもなく、時間だけが過ぎていく。
 次第に高まっていく室内の威圧感に、聖マジ涙目。見ている彼はマジ虫の息。もはや両腕の感覚など無いに等しく、二つの胸元に抱えられた両腕がどうなっているか、想像したくもない。
 傍目にも可哀そうに見えるぐらい、聖の落ち着きが無くなっていく。右に左に視線を向けるも、助けになりそうな物や者はなく、唯一返ってくるのはどす黒い怨念が籠った視線が二つ。
「あの、その、あの、その、あの、その、あの」
 真っ赤になった頬に滝のような汗を流し、冷や汗で衣服を濡らしていく聖が、結局行ったことは……彼に抱きつくことだった。
「すみません!」
 誰に謝っているのか彼女以外……彼女自身、分かっていない。聖は勢いよく立ちあがると、衣服を一息に脱ぎ捨てた。反動で、ぽよんとたわわに実った果実が二つ踊る。その下には果実を彩る細い腰と汗できらめく桃尻と、ふささと繁茂した草原が三人の眼前に晒される。ツンと尖った赤色先端は、はたして羞恥からくる勃起か、あるいは生理的なものか。
「は?」
「え?」
 聖の突然の奇行に呆気にとられる二人の妖怪。もはや両腕の激痛によって半分気絶しかけている一人の男。
「し、しちゅれいしまつ!」
 噛みかみである。しかし、彼女にツッコミを入れる人(妖怪含め)がいるわけもなく、聖は両腕を広げて、一言。
「な、ナムサン!」
 そして、茫然としている二人を尻目に、聖の両腕が彼の頭を掻き抱き、豊満な双山の谷に彼を抱きしめた。

 それは、とても柔らかかった。

 その柔らかさは、何に例えるべきなのだろう。男には無い、安心感を与える柔らかさが、目を、鼻を、口を塞ぐ。鼻先に感じる助骨の感触すら心地よく感じ、顔中を覆い隠す弾力は、彼の意識を優しく涅槃へと運ぶ。

 それは、とても温かかった。

 今しがたまで衣服によって込められていた体温が、ほんのりと顔中を温める。熱すぎず、冷たすぎない、非常に心地よいその温度は、なるほど、赤ちゃんが安心して寝入るわけである。

 それは、とてもいい匂いだった。

 男の汗の臭いはあんなに酷いというのに、どうして女性の匂いはこんなに男を掻き立てるのだろうか。しかも、それが美人が発したものであるのだから、その力は凄まじいものがある。
 しかも、聖は汗をかいていた。それは巨乳を持つ女性特有のもので、彼女の谷間は汗でとても滑っていたのである。つまり、にゅるにゅる、ぽよぽよ、むにゅにゅ、ぬちゅぬちゅ、だった。
 そして、それは激痛によってただでさえ虫の息であった彼の小さな呼吸を完全に阻害するのと同意であり……とどめをさすことと同意であった。



 どこからか、鳥の鳴き声が聞こえる。二度、三度。耳を澄ませてみるが、鳥はまるで妹紅を焦らすかのように鳴くのを止めた。
 あれは何の鳥だろうか。頭を捻るが、答えは出てこない。もともと妹紅には鳥を愛でる趣味は無いので、考えたところで答えが出るはずも無いのだが、考えずにはいられなかった。
 日差しが暖かい。穏やかな風が太陽の温かさを十分に含んでいるかのような、心地よい優しさ。普段の妹紅であれば、俳句の一つや二つ、短歌でも歌っていただろう。
 しかし、妹紅はそうしなかった。なぜなら、彼女は今、猛烈に不機嫌だったからだ。彼と輝夜に会うまではこのような不機嫌は幾度となく感じたが、今みたいな気分は彼女新、久しぶりに思えるぐらい久しぶりだった。
「……はん」
 ため息がこぼれる。なんとなく、庭に設置された池に、小石を投げ込む。音を立てて小石が水の中に沈んでいき、波紋が静かに、それでいて幾重にも広がっていく。その波紋も次第に頼りないものになっていき、遂には音も無く消えた。
 ……静かだ。妹紅は思った。耳を澄ませれば、虫の鳴き声やら鳥の鳴き声は聞こえるが、それでもいつもよりは小さく感じる。
 意識を外した瞬間、狙い澄ましたかのように鳥が鳴きはじめたのには苦笑が漏れた。なるほど、よくわかっていらっしゃる。
 ふう、ともう一度溜息を吐いてから、妹紅は一つ欠伸をした。
 輝夜に見知らぬ客が訪ねてきてから一時間が過ぎた。長い黒髪の女だ。まるで墨汁で髪を染めたかのような、黒髪の女が、輝夜を訪ねてきた。最初は貴族の回しものかと思ったが、輝夜の一言で警戒心は無くなった。

 御免なさい、妹紅。その人は私の知り合いなの。
 ……知りあい? いったい、どこの?
 ……古い、古い知り合いよ。ずっと、ずっと前からの……ね。

 そう言い残し、女と部屋に入ってから一時間。普段は何から何まで一緒に行動しようとする輝夜が、始めて妹紅を拒絶したのも、一時間前。
 済まなそうに、申し訳なさそうに、それでいて、とても寂しそうに女を連れて部屋に入って行った輝夜の横顔が、妹紅の頭には焦げついていた。
 あの女は何者だろうか?
 女の顔を思い返してみるが、心当たりは全くない。一つ一つ順番に貴族仲間の顔と識別していくが、女の面影を感じさせる人は、妹紅の記憶にはいない。
 考えて見れば、妹紅が知っているのは、女が輝夜の知り合いだということだけ。女の名前すら知らないのだから、妹紅がいくら考えたところで意味は無い。
 けれども、妹紅は考えられずにいられなかった。女に対する警戒心から来るものなのか……いや、違う。
 不安。妹紅にあるのは、ただそれだけだった。何か、何かが始まろうとしていて、女はそれを輝夜へ伝えに来た。そんな妄想が、妹紅の脳裏を何度もよぎった。
 ばかばかしい。そう、吐き捨てたい……けれども、考えれば考えるほど、妹紅は胸の奥から焦燥感が湧き出てくるのを止められなかった。
 ……そういえば、あの女。どことなく、雰囲気が輝夜に似ている気がする。
 そう思った妹紅は、すぐさま首を振って、再び池に小石を放り投げた。
「おっぱいが増えるよ。やったね、葛城さん!」


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  ノ : : : :/l: : :i: :i: : : :`; | や |
  l: : : :--ti/メ-+: : : : | ! だ i
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