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  東方典型録 作者:葛城
ちょうど30話ですので、外伝的な話。
読んでいなくても、本編にはまったく影響は無いです。
外録:そのころの諏訪子さま
 諏訪王国の朝は早い。
 日の出とともに国民は起床し、一日を始める。
 そして、それは王である諏訪子も例外ではないのだが、お休みの日。
 つまるところ、国民に姿を現さない日は、少し違ったりする。
 休みの日の、諏訪子の朝は、まず目覚めのストレッチから始まる。
「ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー! あぁああああああ!!! ぅううぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー!」
 彼女はまず、独特の呼吸法を行いつつ、特殊な液体が染みついた布(とある液体が付いた下着。永久保存版)に鼻先を擦りつけて、腰を並みの人間では捉えられないスピードで振る。このとき、片手を股の間にある、湿っていてキツクて不思議な臭いを放つ穴へ指を差し込むのがポイントだ。
 そうして日の出から始まって、1時間程ストレッチを行い、とある軍神が来るまで続く。
「……ああ、もう、朝っぱらから五月蠅いよ」
 その言葉と共に、甘酸っぱくも生臭い香りで充満した室内を換気し、軍神曰く頭が狂っている諏訪子の頭をひっぱたく。
「ふは、な、なにが!?」
 元来、諏訪子は低血圧で、今のように突然外部から刺激が入ると、混乱してしまうという癖がある。その為、朝は血圧を上げる為に、布に鼻先を擦りつけながら起きるのである。
「いつまでもパンツしゃぶってないで、起きろ。もう朝食も出来ているぞ」
 その言葉と共に部屋を出た軍神を追う為、諏訪子は運動によって濡れた衣服を着替え始めた。
 ……っと、諏訪子は、ハッと思いだしたように目を見開くと、部屋の隅に置かれた蛇の石像に目をやる。最低限の身だしなみを整えつつ、いそいそと蛇の前に腰を下ろし、静かに両手を合わせた。
「帰ってきますように、帰ってきますように、帰ってきますように」
 毎朝欠かさず行っているお祈りである。神様である諏訪子が、願を掛けるというのも可笑しい話なのかもしれないが、神様とて、時には何かに縋りつきたいこともあるのだろう。
「あの雌豚が死にますように。あの小娘が死にますように。あのネズミが悶え苦しんで、生きていることを後悔して死んでいきますように……」
 諏訪子はそれはもう真剣に。噛みしめた唇から血の滴が流れるぐらい真剣に、石像へ祈った。煙が立つほどに掌を擦り合わせているその姿は、どこから見ても神様には見えなかっただろう。誰が見ても魔物以外の何者でもない。
 諏訪子の身体から放たれる凄まじい神気に、部屋全体がギシギシと揺れる。事前に軍神が周囲に結界を張っている為、この程度で済んでいるのである。もし、結界を張っていなかったら、放たれている神気によって王国全土を覆う祟りが発生し、とんでもない事態になっていただろうことを、ここに記しておく。
 これが、朝の一幕である。続いて、朝食。
 諏訪子の朝食は、まず口づけから始まる。
「おはよう。そんでもって、おはようのチュウ」
 王国一の絵師によって描かれた肖像画に、それはもう目を背けてしまうくらいに激しく、情熱的に接吻する神様。文字にすればそれだけだが、どこか目の色が妖しい見た目女の子が、大人顔負けの深いキスをしているのである。肖像画に描かれた男の顔へ、舌を縦横無尽に這わせ、太股を擦り合わせている姿を見て、いったいどれだけの人間が、彼女を神様だと思えるだろうか。
 だが、諏訪王国を舐めてはいけない。諏訪王国を束ねる諏訪子の奇行など、既に見慣れたもの。女官の中には諏訪子に感化されて、特性の人形相手に悶える者もいるぐらいだ。肖像画に接吻するなど、諏訪子に仕えると決まった時に、誰もが通った道だ。
 とくに諏訪子に仕える巫女など、気にも留めていない。目の前の情事紛いの一時が終わるのを静かに待ち、あまつさえ、今日の接吻はいつもよりも控えめですね、と呟くものがいる始末。これには軍神も苦笑い。この王国でなにより凄いのが、誰ひとりそれが、忌避するものではないと考えていることだということを、軍神は知らない。
 下品な音を立てて二次元の男へ唇を捧げる。そんな神様のイメージを粉みじんにする行為が始まってから、きっかり5分。紅潮した頬が絵から離れて、乱れに乱れた息を整えつつ、諏訪子はようやくひと段落した。
 それを待っていた二人の巫女が、新しい衣服と手拭いを持って諏訪子の傍へ寄る。諏訪子がゆるゆると両手を左右に広げると、二人の巫女は失礼しますと頭を下げてから、諏訪子の模様直しに取りかかった。


 朝食を終えれば、諏訪子の顔から幼さは消える。昼食までの時間、諏訪子は王としての責務を果たす。
 基本的に、諏訪子の仕事は、信者から受け取った信仰を元に、民へなんらかのお返しをするのが主だが、王様である以上、それ以外の雑事もこなさなければならない。
 女官や巫女が選考した、民からの要望を吟味し、可否の最終判断を下すのも王としての役割。ある程度は女官や巫女が処理するが、判断に困るものなどは必然的に諏訪子へ回ってくる為、諏訪子へ回ってくる要望はかなり多い。
 その要望は多岐にわたる。誰それが女を寝取った、だの、誰それに娘を殺された、だの、誰それが病気で助けてほしい、だの、妖怪が増えたので、どうにかしてほしい、だの、数え上げれば切りが無い程ある。
 諏訪子に回ってくるのは、その中でも拗れに拗れたものばかり。女官や巫女が処理することも出来るには出来るが、何かしらのしこりが残るし、中には逆上して襲いかかるものも居る為、必然的に諏訪子が処理をするのである。
 さすがに王である諏訪子に刃向うものはおらず、諏訪子様の判断なら……と民も納得してくれるので、今のような形になっている。
 そのほかにも様々な雑事があり、諏訪子の午前は矢の様に通り過ぎていくのが常であった。
そして、昼食。諏訪子の昼は、まず口づけから始まり、基本的には朝とほとんど変わらない。ただ、時折恐ろしい形相を浮かべる時があり、その時には接吻も何も行われず、静かに食事が始まる。
 以前、巫女の一人が軍神へ尋ねたことがあったが、返ってきたのは遠い目だけであったことから、こういうときの諏訪子には極力近づかないよう、暗黙の了解になっていたりする。何時の時代も、王様へ仕えるときには、そういったルールが必要なのかもしれない。


 夕食までの間、諏訪子から、今度は軍神へと王の玉座に座る者が代わる。管轄する諸国から来客してきた諸侯への挨拶周り。隣国との外交が、軍神の主な役割である。
以前は諏訪子と軍神が雑事を半々にしていたが、こういった外交の分野では軍神の仕事だ。内政面では諏訪子に分があるが、外交面では逆立ちしたところで軍神には勝てず、自然と内の仕事は諏訪子、外の仕事は軍神という形に収まっている。
 軍神が王として午後を過ごす間、諏訪子は神殿の奥に籠ってひたすら祈祷するのが、ここ最近の日課である。
 祈祷といっても、大したことはしていない。せいぜい、座禅を組んで祈り続けるだけで、後は長い間集中し続けているだけだ。
「…………………」
 そして、今日もいつもと同じように、目を瞑ってひたすら手を合わせている……はずだった。
 ピクリと、諏訪子の瞼が動いた。と、同時に、小さくも形良い唇から、とてつもなくおぞましい……聞いたモノを震え上がらせる声が漏れた。
「…………あの、ど畜生がぁ……」
 神殿の奥、私室兼祈祷室の内壁が、音も無く軋んだ。次いで、今度ははっきり分かるぐらい、激しく部屋が軋んだ。部屋の隅に置かれた花瓶が、ひとりでに割れた。甲高い破壊音と共に活けられた花が飛び散り、辺りが水浸しになった。
 ふわり、諏訪子の髪が逆立つ。まるで重力から解き放たれたかのようにゆらゆらと揺れるその姿は、ある種幻想的ではあった。ただ、諏訪子から放たれるとてつもない怒気が無ければ、の話だが。
 目に見えて震えている諏訪子が、再び唇を開いた。
「また、また!?」
 思わず竦んでしまいそうな、破裂音。先ほどまで座っていた床が円状に陥没する。諏訪子は静かにその場所から浮き上がる。
「あの反吐よりも汚らしい鬼や、乞食娘に続き、ネズミの妖怪だと…………ふざけるな……ふざけるなよ……ふざけるなぁぁあああああ!!!!!」
 怒声と共に放たれた力。それは祟りとなって荒れ狂い、部屋の四方に張られた護符を一瞬で塵にかえた。その力がさらに猛威を振るおうと部屋を飛び出そう……として、事前に軍神が張っていた別の結界によって、祟りは行き場を失くし、溶けるように消えていった。
 さすが軍神。俺たちに出来ないことをやってのける。やっぱり、御柱ないと駄目かー。すごいなー、憧れちゃうなー。
 後には、怒りの持って行き場が無くなって歯ぎしりしている、童顔の雑魚が居た系の話が合ったりしたらしい。
「これ以上私と同じような子供体形が増えんじゃねえーーーー!!! これ以上増えたら、としはいかない子供にウフフなことされちゃっているぞ、みたいなことしても、あいつが興奮してくれないだろうがぁあああああ!!!!」
 もう、祟り神は終わっているのかもしれない。結界が作動したことを知覚した軍神が駆け付けたときの言葉。諏訪子を見て、そう思わずに、そう言わずにはおられなかった軍神を、せめてはいけない。
 出荷されていく豚を見るような軍神の瞳もなんのその、諏訪子は構わず吠えた。
「畜生、畜生、畜生畜生畜生畜生!!! 次から次へと雌豚どもめ! 私の男を寝取ろうとしやがって! 寝取っていいのは私だけだ! ていうか寝取るな! 寝取られ反対! 私の旦那様で、もう子供だって産んでいるんだぞ! はいはいだって出来るんだぞ!」
「いや、それはお前が寝込みを襲っただけだろう」
 さすがに聞いている方の耳が痛くなってきたので、軍神はため息を吐きながら部屋へ入った。そして、振り向いた諏訪子の頭に、固く握りしめた拳を落とすと、潰れた蛙のような悲鳴が上がった。
 部屋の惨状に頭痛を感じ始めた軍神を他所に、諏訪子は這いつくばったまま、ぶつぶつと呟き続ける。
「うぐぐ……たとえここで私がやられても、第2、第3の私が、あいつとの子供を生むだろう。今、ここで私を倒しても、何の意味もない……ふふふ、次にあいつが眠ったとき、この地上にまた新しい命が生まれるのさ」
「ぶつぶつと小さな声で、なんて物騒な言葉を吐いているんだい。ていうか、お前、どうして寝込みを襲うことしかない。正面から、抱いてほしいって言えばいいだろう」
 足蹴にされた諏訪子の頬が、目に見えて真っ赤になる。身を隠すように身体を丸めると、今度はさっきよりもさらに小さな声で呟いた。
「だって、恥ずかしいんだもん」
「……そうですか」
 寝込みを襲う方が、よっぽど恥ずかしいんじゃないか?
 そう、思った、軍神、神奈子であった。

小町こまちち。

もう一個、外伝的な話を書くかもしれん。


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