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  東方典型録 作者:葛城
スキマ
 しばらくして、ようやく我に返ることが出来たのか、ナイスバディの美女は、自身を八雲紫と名乗った。大妖怪……とまではいかなくとも、妖怪の中ではかなり実力が高い方らしい。おまけに妖怪の中でも上から数えた方が早いくらいに頭も良く、一度人間に化けて都に居る囲碁の天才と呼ばれた棋士を圧倒的な差で勝ったこともある。
 様々な事象の境を操る程度の能力も有しており、空間の境をあいまいにすることで、空間と空間を繋ぎ移動することが出来、スキマという俗称は、移動するときに現れる空間の境が、まるでスキマの中に入っていく姿から取られたものとのことだ。ちなみにその俗称を最初に読んだのは萃香らしく、前々から紫は彼に強い興味を抱いていたらしい。
 萃香がスキマと呼んでいたのは、この人のことか。と、彼は目が合うたびに顔を俯かせて頬を赤らめる紫の姿を見て、思った。
 それだけの情報を集めるのに1時間も掛った。途中、自身の胸の頂きが見えていることに気付き、涙目でこちらを見あげること40分。いったい何が彼女の琴線に触れたのかは彼には分からないが、息が荒くなり始めた彼女をわけが分からないまま宥めること15分。
 果たして彼の責任なのかは分からないが、どことなく拗ねた雰囲気を醸し出し焦らされるのはあんまり好きじゃないわ、と零す紫の姿に彼はそれ以上の溜息を零しつつ、さっさと行動を開始することにした。
「で、萃香から聞いた話だと、紫はこの寺のやつを監視しているらしいけど、何か分かったこととかあるか?」
 寺から見えないように茂みの中に腰を下ろしつつ、彼は紫へ尋ねた。
「そう……ねえ」
 彼に倣って腰を下ろした紫が、顎に手を当てて首を傾げた。そんな何気ない動作が妙に可愛く見えるのが、美人の特権かな、と彼は場違いなことを思う。
 しばらくうんうん唸っている紫の動きが止まる。ニヤリ、擬音にすれば、こんな言葉が似合いそうな表情が、紫の顔に現れる。一言で、ちょっと意地悪なこと考えましたよ、みたいな。
 その笑顔を見て、彼は、ああ、なんか面倒な奴だな、と内心思った。なにせ、こういう笑顔を浮かべた奴は、大抵面倒な何かをし始めるからだ。
 そのことを、彼は髪の長いお姫様との経験から知っている。下手に返答すれば、とんでもない約束事をされてしまうので、彼は顔に出ないように気を付けた。
「私が話す前に、まず貴方が持っている情報を提示してくれないかしら」
「なぜ?」
「私、二度手間ってやつが嫌いなのよ。お互いの情報にも差異があるだろうし、こういう面倒な事は、一回で済ませたいのよ」
 ……言葉に不自然な部分は無い。紫の言うとおり、確かに二度手間は面倒だし、萃香からある程度話を聞いているとはいえ、直接監視している紫の方がはるかに知っている情報は多いだろう。
「……まあ、そうだな」
「そうよ」
「それじゃあ、まずは俺から話そう」
 その瞬間、ニヤリと紫の顔に例の笑みが浮かぶ。瞬時に隠されたその一瞬に、彼は気付かなかった。
「俺が今のところ把握しているのが、僧が女性であり、人間だけではなく妖怪も助ける変わり者であり、助けた妖怪から妖力を集めていることであり……おそらく、僧は人間から妖怪になろうとしている、ってところかな」
 もっとも、最後のは、あくまで憶測で、具体的に集めた妖力を何に使おうとしているのかは分からないが、な。
 そう最後に締めくくった彼は、目で紫に答えを催促する。自然と見つめ合った形になり、ほんのり頬が赤くなっている紫が、瑞々しい唇を開いた。
「……ありがとう。だいたい分かったわ」
「そうか、それは何よりだ」
「でね、ひとつ残念なのが、あなたの知っている情報は、全部私も知っているのよね」
「……それがどうかしたのか?」
 何を言い出すんだ、こいつ、みたいな視線を、紫は華麗に受け流す。
「なにか、割に合わないのよね。だって、私が得する分が無いじゃない。少しは私にも得する部分が無いと、どうも納得できそうにないわ」
「……どうしろというんだよ」
 なにかもう、色々面倒になった彼は、さっさと続きを促した。
「ふふふ、話が早くて助かるわ。でも、今はいいわ。特に思いつかないから、また今度何かお願いするから」
「……好きにしてくれ」
 はあ、と彼はため息を吐いた。
「うふふ、話を戻すわよ。さっきの、少し、訂正よ。最後の件は違うわ。彼女は、妖怪になろうとしているのではないわ」
「それじゃあ、なんだよ」
 ツイッと、伸ばされた細い指が、彼の唇に触れる。見ると、紫は何処となく胡散臭い何か、言葉に言い表せられない何かを、体中から放っていた。
 その何とも言えない気配を感じて、彼は、ああ、なるほど、鬼と友達になれるわけだ、と思った。
「あ・せ・り・は・だ・め・よ」
 ぷに、ぷに、ぷに、と指で唇を押される。まるで子供扱い。そのことに思い至った彼は、一瞬、煮えたぎる怒りが背筋を上ったのを実感した。しかし、これぐらいで怒るのも大人げないかな、と考えて、されるがまま、大人しく指を受け入れた。
 実際、何百年、何千年を生きれる妖怪からしたら、見た目20台後半にしか見えない彼は、子供以外の何者でもないだろう。まるで先走る弟をたしなめている美姉のような姿は、見た目の違いや種族の違いを除けば、傍目からは、中の良い姉弟にしか見えなかっただろう。
 ただ、紫達が知らないだけで、彼の年齢はそれこそ万単位。彼からすれば、紫達の方が年下であり、むしろ彼からすれば、子供扱いされるのは屈辱以外の何者でもない。そういった対応をされる方が喜ぶ男も居るにはいるが、彼は違った。
 自然と険しくなる目つきに、紫は柳のように笑って受け流すと、彼の唇から指を離す。と、同時に、紫の瞳に力が入った。
「妖怪になろうとしているのではないわ。彼女は、もう既に妖怪になっているのよ」
「……なに?」
「以前は確かに妖怪になろうとしていたけど、今は違う。今、妖力を集めている理由は、妖怪の状態を保つ」
 紫が言い終わる前に、彼は寺へと向き直り、気配を探る。すぐに、理解した。
 寺には、変わらず人の気配は全く感じられない。初めから人が住んでいなかったと思える程、寺からは名残すら無い。当たり前だ。この寺には元々人はいない。あるのは、妖怪だけ。改めて気付けば、どうして分からなかったのか理解できないぐらい、寺の中からは数体分の気配が漂っていた。
「なるほど、いくら気配を探ったところで見つからないわけだ。初めから人が住んでいないのだから、人の気配がするはずがないな」
「分かるの?」
 驚嘆に満ちた紫の視線に、彼は首を縦に振った。
「これでも、一人旅は長くてね。ある程度の距離なら、気配で位置と人数と実力が分かるんだよ。ただ、場所にもよるが、同じ所にいると、気配が混ぜ合った正確な人数が分からなくなるけどな」
 なんとなく、ステータス画面の事は黙っておく。なにか、面倒なことになりそうだから。
「へえ、便利ね。今まで色んな妖怪や人間を見てきたけど、そんなことが出来る人を見たのは、貴方が始めてよ。私でも、そんなこと出来ないもの」
 感心した瞳で見つめてくる紫に、彼は妙な気恥ずかしさを覚える。見てきたというだけあって、おそらく事実。そこらの妖怪や人間よりもはるかに目の肥えた紫が言うのだから、気配を探れるのは本当に凄いことなのだろう。
 ……なんとなく、自分でも出来ないと言った紫の言葉に、彼は考えた。本当に、本当にこれまた何気なく、紫のステータスがどういうものか気になった。
「なあ、ふと思ったんだが、紫はどれぐらい強いんだ?」
「なに、急に?」
 脈絡のない彼の発言に、紫は不思議そうに首を傾げた。彼も、別に深い理由があったわけではなく、なんとなく、紫のステータスがどういうものか、気になっただけだ。
 決して、仮に敵に回った場合の対策として、実力を知っておこうとか、そういうことだけが理由ではない。決して時折、胡散臭い雰囲気を醸し出すから、相手がどういう妖怪なのか把握しておこうと思ったということは無い。
「なんとなく、だよ。あの萃香の友達っていうんだから、その実力がどれほどのものなのかって考えただけだよ」
「……ふ~ん。ま、いいけど。実力なんて、所詮は他所の誰かが決めることだから、何とも言えないけど、まあ、能力無しなら、萃香から逃げ切れる程度の妖怪……ぐらいかしらね」
「……いや、鬼から逃げれるあたり、かなりのものだと思うけどな……」
 そう言いつつ、ステータス画面を確認。
【レベル   :860          】
【体力    :9990/9999    】
【気力    :7500/7500    】
【力     :3000         】
【素早さ   :2550 +20     】
【耐久力   :1888 +30     】
【装備・頭  :なし           】
【  ・腕  :なし           】
【  ・身体 :とある南蛮の服      】
【  ・足  :とある貴族の靴      】
【技能    :???程度の能力     】
【スキル   :美感力  レベル650  】
【      :妖術  レベル788   】
【      :自己回復 レベル4    】
【特殊スキル :寂しがり・甘えん坊    】
【アイテム  :観測不能         】
【好感度   :目が合ってドキドキ    】


 やはり、総合的に高い。日々鍛錬している彼より高いのは想定していたが、ここまで差があると、対策云々したところで、到底どうにかなるものではないだろう。
 技能のところが?になっているのは、おそらく、能力事態が酷く曖昧なもので、概念的な能力なのだろう。境を操るといったところで、どういう能力なのか分からないあたり、それが正しいのだと彼は思った。
 そう考えて、ステータス画面を閉じようとして……増えている項目に目をやった。
 ……なんだ、特殊スキル……寂しがり、甘えん坊? なんだ、それ?
 始めて目にする項目に、どういった意味があるのか頭を働かせ……ようとした瞬間、彼の耳に年若い、少女の声が届いた。
「ここで何をしているんだい?」
 声と共に感じる妖怪の気配。またもや油断してしまったと唾棄したくなるような事態に彼は舌打ちして、振り返った。
「おや、見ない顔じゃないか。ふむ、どうやら人間のようだ、が……なに……か……」
 そこにいたのは、灰色というべきなのか、くすんだ白髪の少女だった。頭に生えた丸い耳は、少女が人外であることを証明し、なにより少女が放つ妖怪の気配が、それを裏付けしていた。
 薄汚れてはいるが、上等な着物を実に纏っており、裾から灰色の尻尾が見え隠れしていた。手には、武器なのかどうか彼には分からないが、先端が曲がったL字型の鉄棒が、左右一本ずつ握られていた。
 彼は素早くステータス画面で少女の能力を把握し、いかなる状況にも対応できるよう、距離を取ろうとした瞬間。


【レベル   :85           】
【体力    :777/844      】
【気力    :150/150      】
【力     :120 +70      】
【素早さ   :444 +30      】
【耐久力   :252 +15      】
【装備・頭  :なし           】
【  ・腕  :ダウジングロッド     】
【  ・身体 :上等な麻の着物      】
【  ・足  :麻製の靴         】
【技能    :探し物を探し当てる程度の能力】
【      :美感力  レベル18   】
【      :妖術  レベル20    】
【      :自己回復 レベル2    】
【特殊スキル :素直すぎる        】
【アイテム  :燻製肉          】
【好感度   :一目ぼれ         】


 ガシッと彼の手が少女に掴まれて。
「初対面でこんなことを言うのもなんですが、好きです。是非、私の胎にあなたの子種を注いで、孕ませてください」
 彼は足を滑らせてその場に転倒した。
 同時に、彼は、横に居た紫の顔から一切の色が無くなり、次いで鬼のような……いや、まだ鬼の方が可愛らしい、そんな顔になったことに、彼は気付かなかった。



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