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  東方典型録 作者:葛城
展開が速いって? 仕方ないんだよ。私の情熱が終わったら、そこで終了だもの。
展開が速い
 酒の飲み比べで、鬼に勝てる生物は存在しない。かつて勇儀から聞いた話を、彼は思い出していた。いまや洞窟の中は酒の匂いで充満し、酒に弱い者なら匂いだけで酔い潰れてしまう程だ。
 酒豪と言える量を呑んで、酔い潰れた河童が寝入ったのに続き、椛、はたても、にとりを追う形で地面に頬をくっつける。
 それからしばらくして、こう見えても天狗の中では一番酒に強いと豪語していた文も、鬼の尋常じゃないペースに付いてこれず、呂律がまるで回っていないうめき声と共に力尽きる。
 その頃になったとき、彼の恰好は酷いものになっていた。酒を飲むときはたいてい酷い格好になってしまう彼だったが、今回は特に酷かった。
 笑い上戸らしいにとりが、何がおかしいのかケラケラ笑いながら、縁まで入った升に酒を注いでは彼の身体に酒を零す。
 甘え上戸らしい椛が、お酒が勿体無いと、彼の肌に舌を這わせて酒を舐め取り、時には彼の升に口づけて、横から酒を啜ったり。
 鳴き上戸らしいはたてが、ぐすぐす鼻を啜りながらも、酒を舐めるように飲み続けたり、時には彼の足を蹴ったり。
 文に至っては、鬼二人に限界以上に飲まされたせいで嘔吐してしまい、おかげで服一式が駄目になってしまう惨事となってしまった。着替えをする羽目になった。飲ませた鬼二人は着替える彼の裸を見て、生唾を飲み込んだりしていた。
 そして、酔い潰れた屍を隅にまとめて、ようやく場に落ち着きと言うものが戻ってきたとき、彼は話を切り出した。ちなみに、彼は結局一口も酒を飲めていない。
「そいつは、おそらく鵺の仕業じゃないのかい?」
「そうだね、多分、鵺だと思うよ。人によって姿が変わる妖怪なんて、そいつ以外知らないし」
 飲もう飲もうと騒ぐ鬼娘二人を宥めつつも、件の話を尋ねたところ、帰ってきた答えはそれだった。餅は餅屋というが、妖怪のことは妖怪に聞くのが一番確実であるらしい。
 といっても、鬼の中でも上位に当たるらしい鬼二人の情報網であってもその程度しか知らないとのこと。
 鵺というのも、もともと本人の名前であるのかどうかも疑わしいらしく、能力そのものもほとんど分かっていないらしい。探してはいるものの、相手によって姿が変わる為、これといった目印が無く、出現する場所も変わる為、足取りが掴めていないとのことだ。
 なんで鬼達がわざわざ足取りを探すようなことをしたのだろうと、彼が尋ねると、理由は単純。好き勝手に行動しているのが気に食わないのだという。
 その鵺というのがどのような力を有しているのかは彼には分からないが、新参者のくせに、挨拶も碌にせずに好き勝手暴れまわっているのが我慢ならないらしい。言われてみれば、確かにと彼は思った。
 人間の彼からしたら、心底どうでもいいことだが、鬼達にとっては面子に関わる話なのだという。それはそうだ。彼女達からしてみれば、自分達の縄張りの中でデカイ顔をされているのと同じで、言いかえれば、なめられていると言っていい。ある意味人間以上に面子を気にするらしい上位妖怪からしてみれば、我慢出来る話ではないのだということだ。
「それと、もうひとつ気になることがあるんだ」
 つらつらと彼が鬼達の知られざる苦労に思いを馳せていると、酒臭い息を彼に噴きかけながら、胡坐をかいた彼の胸元に萃香が転がり込んだ。角が当たって痛いと思ったが、彼は黙っておくことにした。
「ねえ、命蓮寺って知っている?」
 聞き覚えのない単語に、彼は首を横に振った。
「最近、ちらほら耳に入るようになった寺なんだけど、どうもそこの僧が変なんだよ。あんたもそう思うだろ」
 そう思うだろと問われても、何も知らない彼には何とも言えない。いくら鬼といえど、ついに酔ってきたかと思いつつ、彼は何が変なのかを尋ねた。
 萃香はう~、と後ろ頭を彼の胸板に擦りつける。酒とは別の、萃香のものらしき少女の香りが彼の鼻孔に届く。右回りの旋毛と、開いた胸元から二つの桃色が見える。今更気まずいと思う程純情じゃない彼は、そっと萃香の胸元を隠した。さすがにコレが勇儀であったならば顔を背けるぐらいはするが、相手が見た目幼女の萃香だから判断が速い。
 頬が緩んだだらしない笑みを浮かべる萃香に、何か思うところがあるのか、先ほどまでにこやかに笑っていた勇儀のまなじりが釣り上がる。味わうように飲んでいた清酒を、音を立てて飲み干すと、これまた派手な音と共に、投げつけるように地面に置いた。傍目にも不機嫌に見える勇儀は、彼の視線に気づいて僅かに頬を膨らませると、萃香の頬を抓った。
 痛い痛いと喚く萃香が、勇儀の指から逃れようと、慌てて彼の胸元から逃れる。
と、同時に勇儀がするりと彼の懐に腰を下ろした。思わずのけ反るが、勇儀は素早く彼の両手を掴むと、グイッと両脇に腕を通して眼前に引っ張ると、お臍を隠すように手を置いた。自然、お互いの身体が密着し、互いの体臭が混じり合う。
 彼は勇儀から匂う大人の匂いと、服越しとは思えない、太股に感じる柔らかくも弾力のある勇儀の太股と尻たぶの感触に。勇儀は背中に感じる体温と男の匂い、自分にはない固い胸板の感触と、お尻に感じる固い感触に、顔を赤らめた。
 ……お互いの動きが止まる。彼は突然の勇儀の行動と、憎からず思う女の柔肌に。勇儀は、自身が起こした積極的な行動に。彼はわずかに頬を赤くし、勇儀は赤を通り越して、汗まで噴き出した顔を俯かせて。見ると、髪束から覗く両耳が真っ赤になっており、俯いたせいで露わになったうなじも、紅潮していた。
 ……えっと。
 高鳴る鼓動に彼は目を瞬かせつつも、こちらの様子を見ている萃香に顔を向けた。見ていて腹が立ってくるような笑顔を浮かべた萃香が、一つ頷いてから、酒に口づけると、一つ、喉を鳴らした。
「一つ聞いておきたいんだけど、僧って何をしているか知ってる?」
「……妖怪退治とか……修行……とか?」
「だいたい合っているよ。僧は妖怪退治が主な仕事。他にも色んな仕事があるけど、やっぱり一番といえば、それ。中には妖怪退治じゃなくて、治療を専門にするやつもいるんだけど……まあ、それはいいや。で、本題はそこから……ほら、勇儀」
 酔って気恥ずかしさを誤魔化そうとしているのだろうか。萃香から手渡された杯に口づけると、ゴクリと音を鳴らして……すぐに、舐めるように飲み始めた。見下ろすと、勇儀の潤んだ瞳と視線が重なる。途端、勇儀はさらに顔を俯かせて、ちびちびと唇を湿らせ始めた。
 そんなに恥ずかしいのなら、離れればいいのに、と思いつつも、彼は勇儀から離れられない。杯を受け取った腕の反対の腕が、彼がきている衣服の裾を握りしめて、離れないようになっているからだ。試しに何度か引っ張ると、逃さないと言わんばかりに握りしめられた指に力が入り、潤んだ瞳で下方から見つめられる。
 ……まあ、いいか。と彼は思い、大人しくしておくことにした。
「で、本題は?」
「焦るない、焦るない。どうもね、その僧は、たいそう腕が立つらしいんだよ」
「萃香達にとっては辛いことだが、俺にとってはいいことだな」
「私達にとってもうれしいよ。強い奴がいるってことわね……って、そうじゃない。その僧なんだけど、霊力とは別に、法力にも精通しているみたいで、妖怪退治と法力を使用した治療も出来るみたいなんだよ」
「ますますいいことだ」
「でね、私が言いたいのはここからなんだけど……どうも、その僧は、妖怪退治の傍ら、退治した妖怪を治療しているみたいなんだよ」
「……なに?」
 意味が分からない、と彼は思った。妖怪退治をしている僧が、退治した妖怪を治療する? 何の意味があるのだろうか。退治した妖怪に傷つけられた人間を助けるなら話は分かる。だが、わざわざ退治した妖怪を治療する……それでは、退治した意味が無い。
 彼は萃香に詳細を問いただす。帰ってきた答えは、僧は妖怪と人間の共存を考えているらしい。むやみやたらと退治する必要はない、更生させ、共に歩んで行こうという考えらしく、よほど凶悪な妖怪で無い限り、退治した妖怪を秘密裏に治療しているとのことだ。萃香がその情報を知ったのも、治療された妖怪から話を聞いたからとのことだ。
「でね、ここからさらに続くんだけど」
「まだあるのか?」
「ある。その僧はね、信じられないことに、助けた妖怪から見返りに妖力を吸いとっているみたいなんだよ」
「妖力……を、か?」
「そう」
「そんなもの吸いとってどうするんだ? 下手すれば、そいつ自身が妖怪になるだけでなく、そいつ自身が討伐されるんじゃないのか?」
「……そうなんだよね。そいつがどんな目的が妖力を集めているのかは知らないけど、使い道なんて限られているし、使い過ぎれば……」
 言い淀んだ萃香に、彼は続きを促した。しばらくの間、萃香は口を噤んで、新たな杯に酒を注いで喉に流し込んでいたが、それを呑み終えると、ポツリと呟いた。
「……そいつが妖怪になる。厄介だよ。人間であると同時に妖怪だなんて、妖怪の弱点を持たない妖怪みたいなものさ……いや、あるいは人間の弱点を持った妖怪……になるのかな」
「……人間が妖怪になるのか?」
 彼の言葉に萃香は、でもね、と言葉を続けた。
「大抵の人間は、妖力に耐えきれず発狂したり、死んだりするんだ。だから、普通なら人間が妖怪になることはまずない。人間は最後まで人間。妖怪も最後まで妖怪。それは人も、人ならざる者も同じさ」
「……だったら、その大抵じゃない人間は、どんなやつだ」
「高い霊能力や法力を持った人間……あるいは、生まれつきそういった因子を持っているか……って、ところかな。私は会ったことがないし、聞いたこともないよ。どっちも可能性の話だし、そういう可能性がある程度のものなんだと思う」
「萃香」
 彼の一言に、萃香は口を噤んだ。赤ら顔の少女は、彼の視線から逃れるように彼から顔を背ける。彼は構わず、ジッと萃香を見つめて、口を開いた。
「お前、何をそんなに恐れているんだ?」
 言った瞬間、彼は後悔した。
 瞬間、彼は自分の身体が押しつぶされたと思った。それほどの威圧感。いつの間にか噴き出した汗が、頬を滑る。顔を上げると、普段浮かべている眦の下がった目つきは無く、あるのは最強と謳われている妖怪の顔。さすがは、鬼の眼力。ただ睨むというその行為だけで、彼の動きを完全に封じていた。
見ると、彼の懐でまどろんでいた勇儀が、彼を守るように背筋を伸ばし、萃香を厳しい目つきで睨んでいた。鬼と鬼の睨み合い。互いの間にたったやつは、2秒で廃人になるだろうな、と彼は場違いにも考えた。
「萃香」
 勇儀の普段の優しい声が、今は鋭い。
「……恐れている? 私が? 鬼の私が、恐れているって?」
「萃香!」
 床に腰を下ろしていた萃香が立ちあがろうとして、勇儀に止められる。萃香は何も言わず、その場に再び腰を下ろした。
「……萃香、少し、言い間違えた」
 身体が重い。気を抜けば、そのまま寝入ってしまいそうな、疲労感。さすがに本気になりかけた鬼の眼光が凄まじく、彼の体力はかなり削られていた。冷や汗を拭いつつ、彼は深く呼吸を整える。
 息も絶え絶えになった彼を、心配そうに勇儀が彼の背中を撫でる。萃香もやり過ぎだと感じたのか、小さな声で彼に詫びると、また杯に酒を注いで、一息に飲み干した。
「……なあ、萃香。鬼のお前を侮るようなことを言ったことは謝る。済まなかった」
「……いいよ、別に」
 そっぽを向いたまま、返事を返す萃香に、彼は続けた。
「だが、一つ聞かせて欲しい。鬼であるお前が……いや、お前達は……なぜ、それほどまでに、そいつを警戒するんだ? そいつは、お前達でも手も足も出ない程のやつなのか?」
「まさか」
 返事は背中から返ってきた。答えたのは、勇儀だった。彼女は彼を安心させるように、眼前の大きな背中にもたれかかると、ぽんぽんと彼の膝を叩いた。柔肉の感触に彼はどぎまぎしつつも、萃香を見つめた。
「……そいつの強さそのものは、大した話じゃない。鬼がその気になれば、いつでも倒せる相手……けど、問題はそこじゃないんだ」
「…………それじゃあ、いったい……」
「なあ、あんたは、人間と妖怪の一番の違いって、なんだと思う?」
 そっぽを向いたままな為、萃香の表情はうかがいしれない。誰に言うでもなく質問する萃香を想い、彼は黙って付き合うことにした。
 しかし、一番の違い、か。彼には思いつかなかった。最初に思いついたのは容姿、次は寿命、次は力、次はそのあり方……と、色々思いつくが、コレ、といった答えが見つからない。というより、納得出来る答えが無い。
 なので、彼は素直にそう答えた。萃香はその答えを予想していたのか、ふん、と一言頷くだけだった。
「私が思うに、人と妖怪を分ける、一番の違いはね……『成長』、だとおもうんだ」
「……成長?」
 萃香は一つ、頷いた。
「妖怪はそれこそ、一年、二年ぐらいでは変わらない。それこそ、100年、200年ぐらいで、ようやく少し変わったかな、と思える程度にしか変わらないんだよ……だけど、人間は違う。一年なんていらない。それこそ、三日で見違えるように成長を遂げることだってある。それは、妖怪には無い、他の生物にも無い、人間だけが持つ、人間だけの能力なんだと、私は考えているのさ」
「……成長……ねえ」
「あんたには想像付かないだろうけどね……私は、そう……あんたの言うとおり、怖いんだと……思う」
 ピクリと背中の体温が身じろぎするのを、彼は感じた。萃香は自嘲するように、苦笑すると、一口酒を呑んで、また口を開いた。
「そう……怖いんだよ。同じ妖怪ならいい。強い妖怪なら、それでいい。けれど、人間の成長力を持った妖怪なんて……私は怖い。怖くて堪らないんだ。今は弱いのかもしれない。今はどうにでもなるのだろうと思う。けれども……けれど、人間から妖怪に成り果てた存在を、私は知らない。だから怖いんだ。妖怪は永い時を生きる。それこそ、1000年、2000年は生きれるやつだっているさ……そんな永い時を生きるやつが、成長する。そんな妖怪が、もし存在するとするならば……私は、恐ろしいんだ」
 そう言って押し黙った萃香を見て、彼はそっと彼女の肩を掴んだ。
 小さい。見た目通りの小ささに、彼は今更ながらに感じつつも、そっと手を引いて彼女を懐に戻した。萃香も引かれるがまま大人しく、胡坐をかいた彼の太股に腰を下ろすと、静かに彼の胸板に鼻先を擦りつけた。震えている萃香の両腕が、静かに彼の胸を掴む。彼が優しく萃香の頭を撫でると、音も無く少女が笑う気配を覚えた。
「……勇儀、どうしてお前達鬼は動かないんだ?」
 静かに勇儀へ問いかける。
「……私達ぐらいになると、色々面子を保たなくてはならない場面も多くてね。仮にも妖怪を助けてくれる相手を殺したとなったら、下手すれば鬼一族が妖怪側からはみ出しかねない。だから、動けないんだよ……」
 なるほど、と彼は思った。いくら鬼が強く、万夫不当の力を有しているとはいえ、数の力には敵わない。人間から敵視され、妖怪からも敵視されれば、遅かれ早かれ鬼の勢力は衰え、そして消滅する。
 戦いは数というが、確かにそうだ。数の力は凄まじい。かの軍神ですら、信仰の数によって力を得ているのだから、最強とは言え一介の妖怪にすぎない鬼が、太刀打ち出来るものではない。
「今はスキマ妖怪が監視しているんだよ。今のところ、それほどスキマのやつも警戒していないみたいだけど」
 聞き慣れない単語に、彼は首を傾げた。
「……スキマ?」
「ああ、あんたは知らなかったね。萃香の友達で、スキマを操るスキマ妖怪なんだよ。あいつは色んな場所を覗いているから、その内会えると思うよ。あいつはあいつで忙しいみたいだし、何を企んでいるか分からないやつだけどね」
 そういうと、勇儀も萃香に倣って彼に身体を預ける。萃香と勇儀がどうして彼にそんな話をしたのか、その目的は完全には知ることは出来ない。彼は萃香ではないからだ。
 しかし、ある程度は予想が付く。おそらく、それが辺りだろうと、彼は思った。
 ……はあ、仕方が無い。彼はため息をこぼしつつ、萃香の頭を撫でた。
「回りくどい言い方しないで、素直に調べてきて欲しいと言え。面子が大切なのが分かるが、ここには俺とお前らしかいないだろうに」
 その彼の言葉に、小さく、ごめん、と萃香が返したのは、それからすぐの後だった。

そろそろ、聖ぱいが出せそうです。


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