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  東方典型録 作者:葛城
輝夜好きなひとはごめんなさい。先に謝っておきます。
五つの難題以前に、あるだろ?
 讃岐造『さぬきのみやつこ』と名乗る翁に連れられ、屋敷の中を右に左。もはや自分がどこを歩いているのか分からなくなったところで、牛車5台が入りそうな広い部屋に通された。
 ここでは香が焚くのが基本である為、中に入ると同時にむせ返るような甘い匂いが鼻孔を満たした。貴族達は平気な顔をして用意された場所に座って正座をしたが、彼はというと、貴族達のむせ返るような体臭と溢れんばかりに焚かれた香のダブルパンチによって、気分的には既に瀕死であった。
 朦朧とする意識をなんとか持ち直しながら、用意された場所に腰を下ろす。そうしてジッとしていると、少しずつ体調も回復してくる。いまだ臭いには全く慣れなかったが、我慢出来る程度には嗅覚が麻痺してきていた。
 そして、余裕が生まれてくると、室内に目をやる余裕が出てくる。室内は広く、彼ら5人が並んで座っても余裕がある。机などの家具は全く置かれておらず、彼らと向かい合うようにして、一面すだれで見えないようになっていた。どうやら、あのすだれの奥に輝夜姫が入るらしく、ここまで来て焦らすらしい。貴族達にとってはそれぐらい慣れているのか平気な顔をしているが、彼はというと、何と言うか、面倒な気持ちになっていた。
 改めて室内を見回して見ると、この部屋の主のセンスというのがうかがい知れた。ほとんど日が当たっていないのか、畳はほとんど焼けていなかった。おそらく、求婚しにやってくる貴賎の者や貴族の者から輝夜姫の姿を見させない為に、ほとんど外の光を入れていないのだろう。
 せっかく畳の匂いで癒されようと考えていた彼であったが、そう上手くことは運ばなかった。
「……………」
 貴族達5人は、そんな彼の挙動に視線を向けることはなく、先ほどからひっきりなしに自分達の従者と密談していた。耳を澄ませると、あれでもない、これでもないと、従者達が持ってくるものを突き返している。
 輝夜姫に渡す貢物を吟味しているのだろう。彼がようやく室内の観察を終えた頃には、既に貴族達は貢物の用意を終えて、彼を横目で見つめていた。
 しかし、彼には渡すものもなければ、用意すらしていない。それどころか身につけている衣服は麻の粗末なもので、見た目こそそれほど悪くはないものの、貴族達の衣服と比べればあまりにみずぼらしいものであった。
 それは貴族達にも分かっている。彼らは恥ずかしげに肩身を狭くしている姿を見たいだけで、彼には全く注意を払っていない。そして、彼が大して気にも留めていない姿を見て、所詮は民草、高貴な貴族の嗜みは理解出来ないか……と興味を失くした。
 しばらくして、スッと翁が姿を現し、これから輝夜姫が参られると一言だけ述べると、また屋敷の奥へ姿を消していった。
そうなると、妄想をたくましくするのが男である。それは彼だろうが貴族達だろうが関係はなく、これから姿を現すであろう輝夜姫に胸を高鳴らせていた。
 それからまた、しばらく時間が流れた。
「輝夜姫が入室されまする」
 再び姿を現した翁の声が、室内に響く。それと同時に、すだれの奥に確かな人影が映り、それは静々と足音を立てること移動する。ちょうど中央の位置に止まると、影が小さくなった。
 同時に、貴族達の求愛行動が始まった。


 よくもまあ、ペラペラと口が回るものだと、彼は思った。
 これで彼これ4回目にもなる答弁をした貴族が、絹の反物を持ってさらに声を張り上げた。4回目になるというのに、その内容は全て違う。他の貴族達も同じようなもので、なぜ話が被らないのか彼は不思議に思えた。
 そして、貴族達の会話が5順目を回ったことだろう。輝夜姫が始めて言葉を発したのは。
「貴方達の気持ち、痛いほどに伝わりました。ですが、そのどれもが魅力的で、また虚偽的に見えてしまいます。そこで、これから私と一人ずつ口説いてもらい、一番素晴らしかったお人の元に向かおうと思います。それで、よろしいでしょうか?」
 その言葉に、いい加減焦れてきた貴族達も賛成し、帰るタイミングを見計らっていた彼も、賛成した。そうなると、新たな場所を設けるらしく、影に映る輝夜姫が静々と部屋の外へ姿を消した。
 貴族達も、いくらエロの為とはいえ、疲れるものは疲れるのだろう。皆、足を崩して一様にだらけた姿を見せた。一人5分にしても、かれこれ2時間近く話続けていることになるのである。達磨のような身体をしているのに、大した体力だ。最初の一人が翁に呼ばれて部屋から出るのを、彼は欠伸を噛み殺しながら見つめた。


「それでは、ありがとうございます……次のお方!」
 翁の言葉に、彼は腰を上げた。パキパキと骨が鳴る。座り続けたせいですっかり四肢が固まり、彼は大きく伸びをして筋肉を伸ばした。
 その様子を見て、貴族達は漏らすような笑い声を出した。貴族達の姿に表情一つ変えなかった翁ですら眉根をしかめているのを見て、彼もさすがに気楽にし過ぎたと反省した。いくら見物だけとはいえ、求婚は求婚。それらしい態度で臨むのが道理である。
 彼は一つ翁に頭を下げると、促されるまま翁の後に付いて行った。
「うっ」
 眼球に走った痛みに、彼は思わず目頭を押さえた。暗い室内から、明るい縁側に出たせいだろう。眼球が突然の光に抗議の声を上げる。ジンジンと走る痒みにも似た痛みに顔をしかめつつ、前を歩いている翁を追いかける。
 既に昇っていた日が傾き始めていた。後3時間程で夕焼けになる。屋敷の庭は思いの外綺麗に手入れをされており、余計な雑草は全て抜かれていた。見ると、奥の方では岩垣が作られており、そこでは鯉らしき魚が優雅に泳いでいた。
「あの魚は、貴方が世話をしているのですか?」
「………………」
 気になった彼は尋ねてみたが、翁は固く口を閉ざし、こちらへ振り返りもしなかった。その間にも翁は迷路のような屋敷を進み、もはや彼には進んでいる心持ちすらなくなっていた。
 縁側から見える景色も、少しずつ陰鬱な、外から全く見えないような風景に移り変わっていく。他者から輝夜姫の居場所が分からないようにする為なのか、それとも輝夜姫がこの場所に好んでいるのか、それは分からない。ただ、こんな場所ではあんまり楽しい気分にはいられないな、と彼は思った。
 ……しかし、いつになったら到着するのだろうと彼が思い始めた時、ようやく翁は足を止めて、横の襖を静かに開いた。そのままその場で腰を下ろすと、これまた静かに頭を下げた。
「お入りください」
 ……彼は翁の言葉に従って、室内に足を踏み入れた。
「……ん?」
 入ってすぐに彼の目に入ってきたのは、最初と同じくすだれであった。違うのは、そのすだれの距離と部屋の広さ。文字通り、目と鼻の先にすだれがあり、よく目を凝らせばすだれの奥から視線を感じる……と期待させる程度には違っていた。
 部屋の広さも先ほどとは雲泥の差で、せいぜい4畳程の広さしかない。まさに、話をするためだけの部屋なのだろう。ここにも香がふんだんに使われおり、彼は眉根をしかめながら、すだれの前で腰を下ろした。明かりに使われている蝋燭が、ほう、と揺れた。
「そなた、名は何とおっしゃいますか?」
 鈴を転がすような、耳触りの良い声。声からして若い。
 彼は自分の名を答えた。貴族のように役職についているわけでもないので、ずいぶんと短いその名前を聞いて、輝夜姫は、ふうん、と気の無い返事をした。
「それで、あなたは……私に、何を示してくれますでしょうか?」
「何を……とは?」
「ふふふ、とぼけないでくださいまし」
 男心を知りつくした声色が、彼に尋ねた。
「とぼけておりません」
「ふふ、そう、そうですか……では、私へ何か言うことがありますか?」
 輝夜姫の質問。普通の貴族であれば、こんな言葉が返されれば、何か落ち度があったのかと躍起になってもおかしくはないし、遠回しにもう帰ってくださいと言われているようなものである。事実、彼の前にこの部屋を訪れた藤原不比等『ふじわら・の・ふひと』は、似たような返答を返され、すごすごと退室してしまったことを、彼は知らない。
 ただ、彼と不比等には大きな違いがあった。それは、輝夜姫に対する好意であった。
「いえ、なにもありません。もう帰りますので」
「…………え?」
 彼の言葉に、輝夜姫の声が凍った。それもそうだろう。求婚しに遠方からやってきた相手が、顔を突き合わせてすぐに帰るというのである。これでは逆に、輝夜姫など大したものではない、この話など、こっちからお断りだと言外に述べていると同じ意味だ。
 しかも、相手は粗末な麻の服に身を包んだ、見るからに庶民と思われる男。プライドをいたく傷つけられたのもうなずける話で、輝夜姫は怒りを押し殺した声で彼を引きとめた。
「お待ちになってください」
 もしこの言葉を今まで彼女の元を訪れた他の貴族が聞いたら、嫉妬に狂っていただろう。なにせ、彼女が誰かを引きとめたのはこれが初めてのことであったからだ。
 しかし、彼にはそんなことは関係なかった。
「いや……顔も見えないし、来る理由がなくなったから、もう帰りたいんだけど……」
「か、顔ですか?」
「うん、顔。それ以外に何がある」
「何って……」
 そう断言されれば、いくら輝夜姫とて、二の句が告げられない。平安時代では女性の顔を外で見るのはご法度で、それこそ家族の顔すら見たことがないというのもざらな時代なのである。
 だが、輝夜姫もただでは終わらない。彼の衣服を見て、貴族の常識は通じないのだろうと考えを改めた。
「顔が……私の顔が見たいのですか?」
「うん。見せてくれるのか?」
「うふふ、よろしい。貴方様は身なりからして、どうやら貴族の嗜みが理解出来ないようですね」
「ほっとけ」
「――っ!? ま、まあ、いいでしょう。それでは、拝見なさいな。そして、決して忘れられない永遠の美というものを、その汚い両目に焼きつけなさい。お爺様!」
 あれ、なんか言葉づかい汚くね? とか考えている内に、翁がそそくさと室内に入ってきて、手早くすだれをぱらりとめくり上げて、室内を出て行った。
 瞬間、確かに彼は見惚れた。その美しさに。
 全てが違う。圧倒的に違う。
 目の形、大きさ、色、黒目と白目の割合。
 鼻の高さ、大きさ、角度。
 唇の厚さ、色、艶。
 肌の白さ、きめ細かさ、美しさ。
 髪の色、艶、耳の形、大きさ。
 顔の輪郭、状態。
 全てが違う。全てが調律されたように整っている。
 そして、何より違ったのが、彼女が放つ、異質な気配……オーラであった。
 この時代にはない……何というか、全く別の存在。まるでこの世には、この地上には存在しないような気配の薄さ。むしろ、宇宙人と言われれば納得できるような、そんな何かを彼女から、彼は感じ取った。
 傾国の美女とは、こういう者のことなのだろうと、呆けた頭で思った。
「どう……私の顔を拝んだ感想は?」
 勝ち誇った顔で、彼へと問いかける。そんな悪だくみしていそうな表情ですら、綺麗の範疇にあるのだから、美女は本当に得をしている。
 そんな、誰もが見惚れてしまう表情を向けられた彼も、呆けたように答えた。
「満足しました。それでは帰らせてもらいます」
 その瞬間、彼は世界が凍る音を確かに聞いた。
 ビシッと、輝夜姫の動きが止まった。それはもう、ビデオテープで一時停止を押したがごとく、寸分も動かずにその位置で停止した。
 その彼女の異様な雰囲気に気押された彼は、思わず、と言った調子で彼女へ口を開く。
「あの……どうかしましたか?」
 しかし、返答は来ない。さらには輝夜姫の肩が小刻みに震え始めた。
「あの…………」
「…………お」
「お?」
「おま……の…………」
「え、なん」
「お前の血は何色だぁぁぁぁ―――!!!!」
「ぐはぁ!?」
 いきなり放たれた輝夜姫の右ストレートに、彼は避ける暇もなく、まともに殴られた。
 完全に不意打ちの形になったそれは、寸分狂わず彼の頬を打ち抜き、彼の脳を揺らした。
 何事!? と飛び込んできた翁に、気にしないで! と怒鳴り返して追い出す輝夜を尻目に、彼は口の中に流れた血をゴクリと呑みこんだ。
「な、なにを!?」
 正当な疑問が彼女へ返される。
「なにを、じゃない! どうして欲情しないの!?」
 しかし、正当な返答が返されることは、そんなに無い。
「よ、欲情だと!?」
「そうよ! 美人でしょ、美しいでしょ、結婚したいでしょ!? どうしてそんな平気な顔していられるのよ!! 何故! 何故! 何故!?」
 興奮してきたのか、彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、頬は紅潮している。着ているきらびやかな着物から見える首筋が、ほんのりと湯気を放っているように見えた。
 確かに、この時代の人間が見れば、それこそ今の輝夜姫の姿を見れば、一発で理性を飛ばして襲いかかっていただろう。事実、それだけの魅力が彼女にはあったし、それを後押しさせる雰囲気と気配を、彼女が作っていた。
 なのに、眼の前の男は襲うどころか、さっさと離れようとする。その行為が今まで男を手玉に取ってきた彼女のプライドに傷を付け、怒りを爆発させた。
 もしや、この男、不能か? そう彼女が考えても、全く不思議ではないのである。
 しかし、現実はそうではなく、むしろさらに彼女のプライドを……いや、女としてのプライドを粉砕する言葉を彼は言い放ってしまった。
「何故って……」
「何故よ!?」
 グイッと輝夜姫の鼻先が彼の鼻先に触れる寸前まで近づく。
 そして、その時がやってきた。
「…………あんた、臭いもん」
「…………は?」
「だから……臭いんだ、凄く」
「…………………………だ、誰……が?」
「いや、だから、あんたが」
「……………………………臭い?」
 先ほどまでの怒りはどこへやら。輝夜姫は呆けた表情で、元の場所まで戻った。声まで力を失っており、まるで死に掛けた蝶のように頼りなく、小さかった。
 彼もそんな輝夜の態度に申し訳なさもあったが、言ってしまったものは仕方がないので、正直に話すことにした。
「………………え、臭い……え、私が?」
「うん、凄く臭い」
「……そ、そんなに?」
「まあ、貴族程ってわけでもないし、一般的な人達から見れば身綺麗な方だと思うよ。ただ、俺にとっては酷いってだけ」
「……ひ、酷い、の?」
「うん、いくら見た目が良くても、さすがにそんなに酷いと……ねえ」
「……………………」
「実は、この部屋入ったときから我慢していた」
 もはや、声すら出せない。真っ青とはこのことかと言わんばかりに青ざめた輝夜姫の顔色は、それこそ声すら掛けられなかった。
 ……と、次の瞬間、その顔に変化が現れる。具体的には、大きく見開いた瞳が水分で潤み始め、整った鼻先がぽつんと赤くなり、小さな唇が静かにへの字に曲がり……。
「ふぇぇ……」
「衝撃波ぁぁあああ!!!」
 彼は素早く衝撃波のバリアを張って、音が漏れないようにした。これぞ、彼の隠された技の一つで、範囲内から外への一切の音を遮断する。戦闘ではほとんど役に立たないうえに、永琳とのゴニョゴニョなとき以外使用したことがない極秘中の極秘技である。
 ただし、その分だけ、中ではしっかり聞こえる。
「ふぇぇ、ふえええ、え~~ん」
 ということは、泣き声なんかはそれこそサラウンドのごとく響くのである。輝夜は先ほどまでの毅然とした態度から一転、幼子のように両手を目に当てて、大粒の涙を流していた。せっかくの着物がどんどん涙で濡れていく。少女特有の甲高い鳴き声はただでさえ響くというのに、ここはバリアの中。あまりの五月蠅さに、彼は両手を耳に当てて叫んだ。
「ちょ、お願いします! 泣きやんでください!」
「ふぇぇ、ふぇぇ、ふぅぅ、ぇぇ、え~~ん」
「大丈夫、臭くない、臭くないから!」
「ふぇぇ、ふぇぇ、ほ、ぐす、ほん、どお?」
「ああ、本当だ」
 涙でドロドロにとけた白粉が、異様な美しさを醸し出す。ただ、その美しさをもってしても、鼻水まで垂れていてはお終いだ。彼は思わず漏れそうになった溜息を呑みこみながらも、手ぬぐい取り出して、そっと輝夜姫の鼻へあてがった。
 輝夜姫は泣いたことで一時的に精神が退行しているのか、彼の手に縋るように小さな両手でつかまると、ちーんと鼻をかんだ。
 そして、2、3回程彼女が深呼吸するのを確かめてから、ようやく手ぬぐいを離した。
「よし、落ち着いたか?」
「ぐす、ぐす……うん」
「いきなり臭いだなんて言って、悪かった。まずは、そのことは謝る。ただ、それなら風呂に入れば済む話だろ? 何も泣く事はあるまい?」
「…………入った」
「……え?」
「昨日、入ったのよ……昨日……入っ…たのぉ……」
「どうどうどうどう、よしよしよしよし、泣くな泣くな泣くな、とにかく泣くな、いいから泣くな、分かったら泣くな。さあ、涙をぐっと堪えて。主に俺の為に」
 またもや涙を充填し始めた輝夜姫をなだめつつ、彼はこの時代の風俗について考えた。
 この時代、風呂に入る習慣はない。入るにしても、月に一回程で、それも蒸し風呂になっていて、湯船につかることはなく、身体を垢すりで擦る程度なもので、それほど汚れは取れないのである。
 そのことに思い至った彼が輝夜姫に尋ねたら、やはり蒸し風呂であった。しかも、湯は貴重品らしく、彼女を持ってしても週に1回が限度であるらしい。しかし、蒸し風呂では、髪などの汚れを落としきることは不可能に近い。
 それが分かっている彼は、輝夜姫にあることを提案した。
「それなら、俺が風呂を作ってやる」
「……お風呂を?」
 時折鼻を啜っている彼女を尻目に、彼は話を続けた。
「多分、輝夜姫は知らないだろうが、俺がいつも入っているお湯風呂があるんだ。俺はいつもそれに入って身体を綺麗にしている」
「お湯……て、湯船に浸かれるの!?」
 身を乗り出して顔を近づいてくる輝夜姫を不思議に思いながらも、彼は彼女を押さえた。
「お、おう、そうだ。俺の使っているやつでよければ」
「ちょうだい!」
「あげねえよ!」
「……でも、薪はどうするの? 浸かれるだけのお湯を沸かすのもそうだけど、水を用意するのは凄くお金が掛るわ」
 ああ、それなら。っと、彼は輝夜姫に自分の能力を説明した。ついでに声が漏れないよう、現在進行形で能力を行使していることも伝えた。
 便利ね、というのが彼女の感想であった。それは彼も常々考えていたことなので、俺もそう思っていたと同意しておくことにした。
「あとで持ってきてやるし、お湯も沸かしておくから、それで身体を綺麗にしなよ」
 本当ならいつでも取り出せるが、なぜかそれを教えたら面倒なことになりそうな予感がしたので、黙っておくことにした。
 だが、さすがは輝夜姫。面倒を避けたと思ったら、それ以上に面倒な罠を仕掛けるという、常人には真似できない技を披露した。
 彼女はそっと彼の袖を掴むと、上目づかいで口を開いた。
「洗って」
「え?」
「だから……洗って」
「……え、いや……」
「一人じゃ洗えないわ。誰かが手伝ってくれないと……お婆様も、もう年だし、あまり無理をさせられないわ。だから、あなたが洗ってちょうだい」
「……いや……だから……」
「………………………………」
「謹んで、お手伝いさせていただきます」
 涙目は反則だ、と彼は思ったとか。


 その後、しばらくして輝夜姫も調子を取り戻し、彼も疲れた体を引きずりながら、貴族達が集まる広間へ戻された。
 そして数分後、再びすだれの奥に姿を現した彼女は、5人の貴族達に五つの難題を持ちかけた。それは、誰もが聞いたことも見たことも無い、謎めいたモノ。
 一つは、仏の御石の鉢。
 一つは、蓬莱の玉の枝。
 一つは、火鼠裘。
 一つは、龍の首の玉。
 一つは、燕の生んだ子安貝
 それらを一番早く持ってきたものと結婚すると明言し、その日は解散となった。そして各々が難題を突破する為に行動を開始しようと動き始めた時、彼はというと……。
「……ほら、ちゃっとここも洗いなさい」
「……いや、そこは自分で洗えよ」
「男が一度口にしたことなら、責任持ってやりなさい。ほら」
「ああ、もう、分かった、分かったから、片足立ちで股を開くな。そんなことせんでも分かるから……だからって、尻まで開くな、馬鹿たれ」
「痛い! ちょっと、お尻叩くことはないでしょ、この筋肉馬鹿」
「馬鹿に馬鹿とは言われたくないね……だから、胸はこれで3回目だろ、輝夜よお。もう十分綺麗になっただろうに、いいかげん俺も疲れてきた……ああ、もう分かった、分かったから、ちゃんと手伝います、手伝いますから……はぁ」
 他人の視線が絶対入らない奥深い屋敷のそのまた奥の庭で、輝夜が納得するまで、彼はひたすら彼女の身体を擦り続けていた。彼女を呼び捨てできるまでには仲良くなったが、その分こき使われるようになったのは、もはや宿命なのかもしれない。
こうして彼は、合法的にぐーやのちっぱいをモミモミできるようになりました。
めでたし、めでたし。


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