この話にはグロテスクな描写があります。
注意願います。あと、輝夜は次の話に登場します。
平安の世は物騒です
どうしてこうなった。
近頃よくこのような言葉が口をついて出てしまうことに、彼は青息吐息であった。なぜならば、彼は今、非常事態に直面しているからである。件の輝夜姫なる人物に会う為に、都を一時離れた彼であったが、こう何度もこのようなことがあっては、おちおち旅をすることもできない。
しかしそれは、彼にも落ち度があったのかもしれない。人里離れた森の奥。周囲は木々で茂り、木を背にすればいくらでも接近できる地形。唯一落ち葉が危険を知らせてくれるが、自分の足音が木々に反響して、方向の特定は難しい。
「大人しくしろ! なに、命までは取りはしねえ、身ぐるみ置いていきな!」
そう、彼に怒鳴ったのは、麻の服を着た男であった。大きな体格を揺らし、黄色く変色した歯をむき出しにして怒鳴っている様は、とてもではないが子供に見せられないだろう。しかも男は一人ではなく、計7人の集団であった。
いわゆる、盗賊というやつだ。おそらく、どこかから奪い取ってきたのであろう。男達の手には一様に、粗末な作りの鉄剣が握られていた。ただ、手入れも何もしていないのか、ところどころ欠けており、中には錆びて本当に切れるのか疑わしいものも見えた。
リーダー各だと思われる長髪の男が、皮脂と土汚れで黒く汚れた鼻頭をグイッと彼に向ける。思わず彼は目を逸らした。人間、あまりに醜悪なものがあると、自然と見ないようにしてしまうものだ。
その様子を見た男たちは、下品な笑い声を上げた。
目の前の男は、怯えて目を逸らした。どうやら、今回もあっさり終わりそうだ。
男達の誰かがそう考え、あるいは全員が同じことを考えたに違いない。
事実、男達はすぐに行動に移ることはなく、遠回しに彼を見つめていた。中にはこれ見よがしに剣を振るう者もおり、自分達の優位を微塵も疑っていないようであった。
この時代、それこそ数が全てである。武術云々などを習得しているものなど、それこそ100人にも満たないうえに、武術とすら呼べない代物である。
そのため、数さえあればまず負けることはなく、例外が起こらない限り彼らの優位性は揺るぎないものであった。
ただ、例外が起きるまでは。
盗賊の一人が、のしのしと短い足で彼の元へ近付いてくる。その姿にはまったく警戒が見られない。男は舌舐めずりしながら、その姿を大きくしていく。
ふと、彼はその男の姿に目を止めた。違和感、悪寒、嫌悪、それらが混ざり合ったような、不可思議な怖気が背筋を駆けあがっていく。自然と身体が警戒態勢に移り、気付かれないように迎撃出来るよう身構えた。
しかし、なぜこんなに男達を警戒しているのだろうか?
それが彼には分からなかった。ステータス画面で確認すると、『獣の本能』が発動しているのが分かる。しかし、迫ってきている男を見ても、とくに警戒に値する相手とは思えない。何か能力でもあるのかと、彼は男のステータス画面を確認した。
【レベル :8 】
【体力 :50/70 】
【気力 :0/0 】
【力 :11 】
【素早さ :12 】
【耐久力 :15 】
【装備・頭 :なし 】
【 ・腕 :なし 】
【 ・身体 :麻の服 】
【 ・足 :麻製の靴 】
【技能 :両刀 】
【スキル :なし 】
【アイテム :なし 】
やはり、弱い。レベル8というと、彼ら一般人から見れば少しは高い方なのかもしれないが、あまりに数値が低い。彼らの栄養状態や、個人差が関係しているとしても、これでは弱小妖怪ですら捕食されてしまうだろう。
ただ、技能の『両刀』というのは気になった為、彼はジッと彼を見つめた。念のため他の盗賊達も確認するが、『両刀』を所持しているのは目の前の男を除いて二人であった。
……あれ、でも俺ってレベル8のときは結構数値高かった気がするけ……ど……!?
男の姿を注意深く見ていた彼は、その瞬間、背筋を走る悪寒の理由に気付いた。
「へへへ、大人しくしぶびゃ」
ほぼ同時に彼は衝撃波を目の前の男にぶつけた。加減すらしなかったその一撃は男の胸を引き裂き、内臓をミンチに変え、全身の骨を砕いた。
思わず竦み上がってしまいそうな酷い音と共に、男の姿は直視出来ない凄惨なものとなる。物に成り果てたその赤い物体は、轟音と共に盗賊達の間をすり抜け、木々の隙間の中へ消えて行った。
だが、放射状に飛び散った鮮血の蒸せる臭いと、赤い道しるべが森の奥へ続いていく様は、ある種の異様な凄惨さを醸し出す。木々の幹にべったりとへばりついた肉片が、どろりと音も無く地面に流れ落ちた。
後悔は無かった。人を殺したことの罪悪感も……少しはあるが、気にする程でもない。文字通りの弱肉強食世界を生き抜いてきた彼にとって、生きる為に何かを殺すことは、してはいけないことではない。
もちろん、同じ人を殺すことには躊躇もするし、必要であってもしたくはない。たとえそれが自分の命を奪おうとする盗賊であっても、出来ることなら殺したくはなかった。
ただ、殺さなければならない理由が、彼にはあった。
殺してもよい、殺しても罪悪感が湧かない理由が、彼には見えた。
彼は目の前で起こった惨劇を見て、呆気に取られている盗賊達を尻目に、すぐさま右手をもう一人の『両刀』へ向けた。そして、指を溜めて……弾いた。
パチン、と乾いた音が周囲に響く。
その音が鳴りやむと同時に、『両刀』の身体が縦に分かれた。脳天から股間まで、一直線に断たれた『両刀』は、断末魔すらあげることなく、その生涯を終えた。ぼとぼとと切断面から滝のように血液と臓器が零れ落ち、びちゃっと別れた身体を支え合うように、折り重なって倒れる。頭の部分から零れた脳髄が潰れ、赤白く濁った体液を広げた。
彼は素早くリーダー格であろう長髪の男と、最後の『両刀』へ手を向ける。
途端、長髪は、か細い悲鳴を上げて短剣を落とし、『両刀』は押し上げた股間部分の衣服を沈めた。
彼の衝撃波は、基本的に両手から放つ。体中から放つことも出来るが、威力はそれほどではない。初動作にどうしても溜めが必要であり、場合によっては相手に先制を与えることになりかねない。
しかし、威力を下げて初動作を早くしても、相手の動きを止められなければ意味が無い。一瞬でいい。溜めを作ることが可能な一瞬の猶予。必要なのは、ほぼ予備動作なく放てる攻撃で、かつ相手の動きを一瞬だけ止めることが可能で、相手より早く放てること。
それらの条件を満たす技を開発するのに、彼は長い時間をかけた。そして、思考錯誤の末、指を弾くという形で衝撃波を放つことを思いつき、それを可能にしたのである。
その威力は見ての通り、人一人ぐらいなら一撃で真っ二つに出来る殺傷力を誇る。ただ、勇儀達に見せたとき、微笑ましく見られたのは、唯一の汚点ではあるが、それはこの場では彼しか知らない。
もちろん、人間である盗賊達にとって、それはまさしく一撃必殺。盗賊達の誰もが声を上げられず、ただただ顔を引きつらせ、短い両足を目に見えて震わせているばかりであった。
「あんたらがどうして俺を狙ったのかは知らんし、知りたいとも思わん」
その静寂の中を、彼の声が通り抜けた。
「ただ、これ以上俺にちょっかいを掛けるならば……」
パチン、と彼の右手が鳴った。と、同時に『両刀』の頬に薄い線が生まれ、そこから滲み出るように血が噴き出した。
「正しく、真っ二つだ」
そのとき、森の中を男達の野太い悲鳴が木霊した。
そのようないざこざに合いながらも、彼は輝夜姫の元へ向かった。そうして二日掛けた彼を迎えたのは、大きな屋敷であった。寝殿造であるそれは、都に建ち並んでいた屋敷に負けず劣らずの絢爛さであった。
見ると、入口らしき門には見張りらしき男が4人おり、先客らしき牛車が……全部で5台も列を成して並んでいた。そのどれもが金や紅い塗料、糊によって美しく飾られており、目を凝らして見れば、従者どころか牛ですら身なりが豪華であった。
それだけでなく、屋敷にも貴族の力らしきものが見え隠れしており、屋敷を守るようにぐるりと一定間隔で幾人もの男が並んでいる。そのどれもががっちりとした体格をしており、事実、先日遭遇した盗賊よりも数倍レベルが高かった。
さすがは帝すら見染めた女性が住まう屋敷。平安京から離れているというのに、警戒のレベルがほぼ貴族の屋敷と同レベルだ。
「ほほう、これが輝夜姫の家か……やっぱり豪華だな……こういう家に住みたいな……」
「なら、帰ればいいと思うよ」
「ああ、そうだな。帰ればいいのか……って、え!?」
突然返された返事に目を白黒しながらも、彼は慌てて周囲を見回した。
だが、周囲にそれらしい人影はなく、それどころか彼の様子を見ていた貴族の従者達がほくそ笑んでいたぐらいであった。
……なんだ、今の声は。空耳かな? そうか、空耳か……女の子の声に聞こえたし、こんな場所に女の子がいるわけないしな……。
けど、どこかで聞いたことがあるような……。そう考えた彼の耳に、またしても声が届いた。ただ、今度は男の声で、先ほどよりもはっきりと彼の耳に残るものであった。
「これ、そこの」
「…………?」
「これ、上じゃ、上」
「上……っ!?」
思わず出そうになった声を、彼は口を手で覆うことで、寸でのところで我慢した。
その行為は現代から見ても失礼に当たるが、彼にも理由がないわけではない。
「うむ? なぜ口を手で押さえておる。わらわの顔がそんなに面白いのか?」
じろりと、怒りに満ちた視線が彼へ注がれた。
声の主。それは、牛車のすだれから身を乗り出すように彼を見下ろしていた、貴族の男であった。だが、彼の笑った原因は貴族の言う顔ではない。膨れ上がった腹がすだれを押しのけるようにしている姿が彼の笑いのつぼというやつに入っただけである。
「い、いえ、滅相もございません」
「ならば何故じゃ。理由を答えるのじゃ」
「それは……貴方様が、思わず見惚れてしまうほどの美男子で……驚いてしまったのであります。気を悪くしてしまったのでしたら、お許しください」
そう言って、彼は地面に膝を付けて頭を下げた。こういうプライドは彼にはないので、けっこう抵抗なく出来たりする。
しかし、そのおかげで貴族の男は機嫌を持ちなおした。
「ほう……お主、なかなか良い目を持っておるのう」
「は、お褒め頂きありがとうございます」
「うむ。ところで、お主も、なよ竹の輝夜姫に会いに来たのでおじゃるか?」
おじゃる。おじゃる。おじゃる。その時笑わなかったのが、彼は自分が不思議であった。あと、なよ竹、に内心首を傾げた。
「はい。卑しくも、貴族達が恋焦がれる輝夜姫なるお方がどのような人なのか、一目拝見したく思いまして……居ても立っても居られず、ここまで駆けつけた所存であります」
「ほう、そうか、そうか。民にもなよ竹の輝夜姫の噂が広まっておるのか」
「はい」
立ちあがって、彼は屋敷へと目をやった。
「貴族様も、輝夜姫に求婚するのですか」
「うむ。通いに通いつめて、ようやく輝夜姫の元へ通されることになったのじゃ」
「おお、さすがは貴族様です。我ら民草には成し得ない情熱をお持ちになっていらっしゃるのですね」
「ほほほ、あまり褒めるでない。本当のことでも、少し気恥ずかしいでおじゃる」
ははは、と内心乾いた笑いをもらしつつ、彼は一礼してから貴族の元を離れようと踵を翻した……その時だった。
「ついでじゃ。お前も輝夜姫に会うでおじゃるか?」
「え!?」
驚いたのは、彼ばかりではない。盗み聞きしていた従者、近くの貴族も、驚いてすだれをかき分けて身を乗り出していた。
「そ、そんな、恐れ多い……」
彼にとっては願っても無いことではあるが、あまりに虫が良すぎる。とくに貴族……上に立つものは含むモノも一つや二つでは収まらない。それこそ、なにか裏がある方が当然だし、それを疑うのも当然である。
それらのことを予想していたのか、原因である貴族は、おっほんと一拍を置いた。
「なに、何もお前のような民草に求婚を許すわけでもない。ただ、我らの引きたて役になってほしいだけのことじゃ」
「引き立て役……ですか?」
「うむ」
そういうと、貴族はすだれの中へ消えた。それと同時に反対側のすだれが開く音とともに、従者達が屋敷と他の貴族が乗る牛車へ走って行った。翁への了承と他の貴族への了承を取りに行っているのは明らかだった。
……なるほど、引き立て役か……。彼は自分の恰好を見て、納得した。どこから見ても民草にしか見えない格好、片や、豪華絢爛な衣装を身に纏った貴族。しかも、この時代は裕福な身体が美しさの一つ。間違っても太っては見えない彼は、貴族達の美感的見方から考えても、不細工に当たる顔立ちなのである。
なるほど、美しい貴族の隣に、不細工な民草。想像すれば、貴族がさぞ美男夫に見えるだろう。
まあ、それも仕方がないかな、と彼は思う。むしろ、幸運とすら考えた。
なにせ、輝夜姫に会うなど、考えていなかったのである。それこそ、遠くから顔ぐらい見えたらラッキーだな……っていう程度だ。
それを、ちょっとした貴族の気まぐれで叶うのだから、彼は思わずニヤリと笑った。
お……ま……け
「……………………」
「お~い、諏訪子……あの酒はどこに……って、おま、また覗いていたのかい!?」
「――っ!? い、いや、そ、し、してないよ、何も!」
「嘘を憑くな! あれほど覗き見は止めろと……」
「だって! だって!」
「だってもどうしてもあるか! その神具は没収だ!」
「嫌だ~! うわ~~~ん! 神奈子~~~許して~~~!!」
「駄目だ! お前そう言って前にも鬼がどうとか飛び出していったじゃないか! 連れ戻すのに私がどれだけ苦労したと思っているんだ!」
「鬼だよ! 妖怪だよ! 心配じゃないか! お腹の子供だって、もうすぐ生まれるんだよ!」
「あいつは存外しぶといだろう!! ていうか、その子供もあいつの寝込みを襲ってこさえたものだろうが!!! 知らないうちに相手を父親にするとか、私はお前が心配だよ!!!」
「だってぇ……だってぇ……うわぁぁ~~~~ん!! 寂しいよ~~~~!!! 会いたいよ~~~~!!! 帰ってきてよ~~~!!!」
「ああ、もう、びーびー泣くな!!! ああ、ちくしょう、本当に面倒なやつだな、お前は!!!」
以上、諏訪子さまが見ている、でした。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。