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  東方典型録 作者:葛城
さくさく話を進めたいので、ぐーや様まで一気に行きます。
先に言っておきますが、この話は短いです。あんまり主人公の話をだらだらと書くのもアレですので。
おいでませ、京の都
 ポツリと、はるか遠くの大地に、都の外観が見える。森を抜け、川を渡り、木端妖怪を勇儀が物理的に二つに叩き割り、猛獣を萃香が物理的に半分に折りたたみながら、彼らはようやく都の姿がはっきり視認できる鴨川までやってきたときだった。
 勇儀と萃香が前を歩く彼を呼びとめたのは。
「私達は、ここらで分かれるよ」
「私らは鬼だしね……あんまり、というより、人の世界に妖怪が入るのは、ちょっと具合が悪いからね」
「いちいち陰陽師が向かってこられたら、面倒だ」
「というわけで、あんたとはもうお別れ……楽しかったよ。また旅をしたくなったら、私たちの名前を呼んでおくれ。私の能力ですぐに見つけるから」
「変な妖怪に気を付けなよ。萃香の能力でも、都の中央は見れないし……何かあっても、助けに行けないからな。けど、助けが欲しかったら、いつでも呼びなよ」
「小さな百鬼夜行と」
「語られる怪力乱神が、すぐにお前の元へ駆けつけるさ」
「だから、また一緒にお酒を飲もう。いつか……絶対だよ」
「あんたと飲んだ酒の味……忘れないからな」
 そう言って、勇儀と萃香は彼へ手を振った。驚いた彼は、どうせなら一緒に都へ行こうと引きとめたが、彼女達は決して首を縦に振らなかった。
 どうして、と彼は思ったが、すぐに理由に思い至った。考えてみれば当たり前だ。
 鬼とは、妖怪の中でも最上位に当たる凶悪な存在。普通の弱小妖怪ですら、人が住む村に入れば大騒ぎになるというのに、それが鬼ともなれば大騒ぎどころの話では済まない。
 おそらく最初の内は鬼を刺激しないように迂闊に手出しはしてこないだろう。せいぜい酒などを出してお帰り願おうとするが、しかし京は天皇が住む都だ。ほんの僅かでも不審な動きをすれば、たちまち陰陽師が殺到し、彼もろとも抹殺に掛るだろう。
 確かに鬼は強い。だが、傍にいる彼は肉体的には普通の人間だ。体力とて無尽蔵にあるわけでもなく、鬼よりもはるかに脆い。
 もちろん、勇儀と萃香がそれを許すはずもないが、相手が相手。そんじゃそこらの村ではない。それこそ、人間最強とも言える奴らが集結していることは予想する必要もない。鬼といえど、まず無事では済まない。
 いくら鬼が彼に懐き、彼の為に行動し、危害を加えないと明言したとしても、そう簡単に信用されるわけがない。普通の人たちにとって、妖怪とは恐れる敵であり、倒さなければならない相手であり、時に名を上げる為の生贄でしかない。それが鬼であるならば、なおさらだ。
 むしろ、鬼と共に旅をする彼こそが異端であり、場合によっては彼すら妖怪の一人と思われても仕方がないのである。
 それを彼以上に理解している鬼達は、鼻先を赤くしながら、ただただ首を横に振り続けた。勇儀に至っては時折彼から顔を背けては腕で目元を拭い、また彼へ振り返るという行為を繰り返している。萃香は見た目こそほとんど変化はないものの、声は勇儀以上に震えており、伊吹瓢に口づけては傾けるのを止めるという行動を繰り返している。なにより、二人は共通して目元を真っ赤に腫らしていた。
 そんな彼女達の姿を見て、思いを知って、引きとめるわけにもいかず、彼も寂しさを覚えつつ、彼女達へ手を振って返答した。
 彼とて、ここまで一緒にやってきた彼女達と別れるのは寂しい。さりとて、彼女達は彼の為に分かれようと言ってくれている。その気持ちを汲まないわけにはいかなかった彼は、涙だけは見せないようにして、彼女達と別れた。
 ただ、時折振り返っては手を振り、振り返っては手を振る鬼の姿を見て、思わず駆けよりたくなったは、ご愛嬌というやつだろう。


 始めて都に入った彼が最初に思ったのは、都の歪さであった。
 パッと表を見れば、まさに豪華絢爛、雅の文化。条坊制によって碁盤の目状に建設された住居に、左右対称の姿はまさに圧倒。深紅に塗られた柱と、整備された通路はあまりに美しく、広い。その整備された通路を、貴族が乗っているであろう牛車が、従者達に連れられて平安宮らしき建物へ向かっていく姿は、この時代の文化を想像させた。
 だが、良いところばかりではない。表通りから外れたところには浮浪児と思われるやせ細った子供が数えきれないほどに倒れていた。そのどれもが骨が見えんばかりに痩せ細り、身につけている衣服から、地方から食い扶持を求めてやってきたということが分かる。おそらく、仕事にありつけず、餓死したのだろう。見ると、中には大人も混じっており、その胸には既に白骨と化した赤ん坊らしき白い塊があった。
 それに……臭いも酷い。都の周囲をぐるりと塀で囲っているためだろうか、風があまり流れず、酷く臭う。衛生技術の不備による糞尿の臭いでもない。いや、臭いはあるが、それだけではなく、死体の腐臭……とも、少し違う。
 もうひとつ、何かがある。それは、何だろうか?
 ……しばらく考えたが、それらしいものは思い浮かんでこない。彼は首を傾げつつ、前を歩く牛車の横を通り過ぎた。
 瞬間、彼は嗚咽を漏らしそうになった。
 分かった。その瞬間、臭いの最後の答えを、彼は身を持って理解した。
 貴族達、術者達の臭いだ。彼らの身体、衣服、牛車から漂う、夥しい香の香りと、体臭が、この不可思議な臭いの大本であった。
 だが、分かったところでどうにかなるわけでもない。いくらなんでも、あなた臭いですよ、なんて言ったら速攻で処刑されてしまう。
 しかし、彼らの臭いは彼にとって耐えきれない臭いであった。この臭いに比べれば、勇儀や萃香の体臭など天にも昇る芳香だろう。だが、それも仕方がない。
 なにせ、この時代にはまだ、風呂に入る習慣が無い。せいぜい月に一回蒸し風呂に入って身体を擦るぐらいで、それ以外は香を焚いて臭いを誤魔化していたぐらいだ。西欧では一生風呂に入らなかった猛者も存在するぐらいで、毎日風呂に入るように習慣として定着したのは、現代歴史から見て近代に入ってからなのである。
 それに比べて、意外な事に、勇儀達は随分と身体を綺麗にする。暇を見つければ身体を洗うと言ってもいい。川や湧水を見つけるたび、彼を押しのけて浴びる様に水を一身に浴びて身体を清め始めるのはざらであった。
 その理由は、彼女達の生活スタイルだろう。妖怪である以上、身体は血に汚れることはざらだ。泥だらけになることもあるが、しかし、待ってほしい。血が身体に付くということは、血が身体に沁みつくことになる。血は空気に触れると酸化を始め、放っておくと血に含まれる菌が悪臭を放ち始める。それはすなわち、自分の場所を相手に知らせることにも繋がりかねない。
 そのため、彼女達は経験から身体を率先して洗う習慣が付いた。といっても、いくらなんでも現代文明のように毎日洗えるものではない。だが、ある程度定期的に洗っているということは、一定以上は清潔に保たれることになる。
 その為、彼女達の体臭はそれほど酷いことはなく、むしろこの時代の衛生レベルから言えば、綺麗に当たるレベルである。その綺麗に慣れされた彼にとって、普通レベルの臭いにはもはや耐えられる状態ではなかったのであった。
 ちなみに、彼はアイテム使用により特性の簡易風呂を取り出し、それを使って毎日風呂に入っている。衝撃波を利用した垢スリによって身体を綺麗にし、頭髪だって同様だ。途中で勇儀と萃香も一緒に同伴するようになったことで、彼の臭いについての耐性が衰えてしまったことに一役買ってしまったのは、不可抗力としか言いようがない。
かつては諏訪子と神奈子も同様に一緒に同伴しており、基本毎日入っている。衝撃波を使った温水風呂は鬼どころか神にとっても憩いの一時になっていたりする。
 閑話休題。
 そんなわけで、彼は臭いに内心吐き気をもよおしつつ、そっと従者の一人へ声をかけた。




 どうやら、彼らはこれから京を離れて、輝夜姫なるたいそう美しい少女のところへ求婚しに行くらしい。いったい、どれほど美しい少女なのだろうか。帝すら見染めた程の美少女らしく、その美しさに月すら霞、富士ですらその身を小さくするとまで言われているとのことだ。なるほど、実物は分からないが、噂になるほどだ。それほどの美しさなら、求婚したくもなるだろうと、彼は頷いた。
 だが、彼らの進んでいる方向はどう見ても平安宮だ。どうして反対方向へ向かっているのか分からなかった彼は、思いっきりみずぼらしいオーラを出して、ついさっき田舎から出てきた男を装って彼らに尋ねた。その結果、理由とは別に輝夜姫の居場所まで意外と簡単に教えてもらえた。
 なぜ平安宮に向かっているというと、一言でいえば風水にのっとって、縁起の良い方角を移動しながら輝夜姫の元へ向かっているそうだ。彼にはとんと理解出来なかったが、貴族達にとってはとても大事なことらしく、儀式の邪魔をするなら問答無用でたたき切るとまで言われてしまった。
 なぜ輝夜姫の場所まで教えてくれたのか尋ねると、ただの気まぐれらしい。
 そういうものかと思った彼は、貴族達に深く礼を言った後、その輝夜姫なる少女がいる場所へ向かった。
 とくに理由は無かったが、帝すら見染めた美少女というものを、一度拝見して見たいと思った彼は、さっさと姫の住居へと足を進めた。。
 決して、臭いから逃れようとしたわけではないことを、ここに記述する。

はい。超短い閑話ともいうべき話でした。

ここで痛恨のミス。竹取物語はどうやら奈良時代の話みたいで、話が作られたのが平安時代みたいです。なんという……なんという……。
先に明記しておきますが、輝夜姫に幻想を抱いている方は、次の話は飛ばしたほうがいいかもしれません。


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