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  東方典型録 作者:葛城
超展開お疲れさまでした。
新神編最終話:いい日旅立ち
 神奈子が諏訪神社に住み着いてから、また幾ばくかの月日が流れた。やれ信仰をどう神奈子へ移すのか、あーうー、ミシャグジ様の信仰はちょっとやそっとじゃ解けないとか、それで喧嘩が勃発とか、巫女頭の死去ちか、色々なことがあった。
 あるとき、新参の神に敗れたという噂を聞きつけた不届き者が、諏訪子を打ち破ろうと徒党を組んで、諏訪王国に押し寄せてきたことがあった。日ごろ、眼の上のたんこぶ的な相手が、大陸からやってきたよく知らない神によって敗れたと思えば、自分も……と考えてしまうのは、人ならざるものでも同じなのだろう。
 この時代では、神はココと決めた場所から、あまり移動しない。信仰する神がころころ移動されると果たして本当に神はいるのだろうかと、疑われてしまうからだ。本当にやむおえない事情があるときだけ、土地を変え、新天地で力を蓄えるのである。
 そのやむおえない事情とは、他の神、魑魅魍魎に敗れてそこから逃げざるをえなかったということ。ということは、逃げざるをえなかった神に敗れた諏訪子は、それ以上に弱い……弱くなっているのではないだろうか。
 おそらく、その者はそう考えたのではないだろうか。遠い場所からやってきた新参の神に敗れるなど、下手をしなくても信仰が無くなってしまうほどのことなのである。
 普段から自分達のことを馬鹿にして、眼中にない諏訪子への、下剋上の時。そう、考えたのであろう。
 その者の考えは分かる。分かるのだが、相手が悪かった。それに、誤った情報を信じ込んでしまったのも、悪かった。
 なにせ、大陸からやってきたのは諏訪子以上の力を持つ軍神である。しかも、諏訪子は全く弱まっておらず、むしろ徒党を組んだもの達が戦いを挑んだときよりもはるかに強大になっていた。
 そんな二人に戦いを挑んだのは、はっきり言って馬鹿としか言いようがない。
 結局、不届き者どもは二人の怒りを買い、塵一つ残さず消滅させられてしまったのであった。
 そんな戦いの最中、彼はどうしていたかというと……。
 そんなとき、彼は諏訪子をなだめたりとか、神奈子をなだめたりとか、二人から絡まれたりとか、肩揉めとか腰揉めとか足揉めとか胸揉めとか、とにかくこき使われていた。
 女所帯の男というものはとにかく肩身が狭い。自分よりもはるかに年下な巫女達にもこき使われ、背中流せとか頭流せとか隅々まで手洗いしろとか、それはもう、男として見てないんじゃないかな、と思わせてしまうほどの酷使だった。
 しかしである。それをあまり苦に思っていないあたり、彼は少し……なのかもしれない。
 そして、今日も今日とて彼は神奈子のお尻を揉んでいた。


 ……あれ、俺ってなんで神奈子の尻揉んでいるの?
 いつものようにうつ伏せに寝転がった神奈子の尻たぶをマッサージしていた彼は、ふと今の自分の姿を思い返していた。
 その結果、彼はついさっきの現実に思い至っていた。
 何が悲しくて、神奈子の尻をマッサージしなければならないのだろうか。いや、マッサージ自体は良い。こんな役得を味わえるようになったのも神奈子が来てからだし、諏訪子の意外な弱点を知れたのも、嬉しい。
 だが、よくよく考えてみれば、おかしいことこの上ない。なぜに、婚約すらしていないのに尻という女性の秘密をマッサージすることになるのだろう。それも、諏訪子と一緒に。
 最初の頃は、違っていたはずだ。諏訪子も、最初は肩ぐらいしか揉ませなかったような気がする。
 それがいつのまにか肩から腕になり、足になり、腰になり、腹になり、裸になり、胸になり、褌がなくなり、全身になり……気付けば平気な顔して神奈子の尻までマッサージしている有様だ。
 3年、4年ごとにマッサージ箇所を増えていったように思える。そう考えてみると、ずいぶんと永い時間をかけてこうなったんだな……と思った。止めようとも思ったが、今止めたら何を言われるか分からないし、実はそんなに止めたいとは思えない。
 こうして自問自答している今も、信じられないぐらいに瑞々しくも弾力に溢れた尻肉を揉みしだいているという、無意識の自分に、恐れすら抱いた。
 それは本当に柔らかかった。お風呂から出たばかりの尻肉はほんのり温かく、汗で湿っている。それを両手で、ぎゅぎゅっとこねていると、ほんのり温かかった尻が、眼に見えて紅潮していく。円を描くようにこねると、時折見える陰りとか皺が、彼の視線の釘づけにした。
 いかん、あぶないあぶないあぶない…………。
「……なあ」
「ん、ん、あ、な、なんだい?」
 うっとりと彼の手腕に陶酔していた神奈子が、紅潮した頬を彼へ向けた。ほんのり汗ばんだ肌が、健康的に紅潮している。後ろ髪の間からチラリと見えるうなじが、異様なエロさがあった。
「どうして俺は神奈子の尻を揉んでいるんだ?」
「ん、い、いきなり、何を、うん、言うかと思ったら、そん、んん、なことか……」
「そんなことって……いや、良く考えてみなくても、これっておかしくないか?」
 手を止めて、彼は神奈子を見つめた。室内に、神奈子の乱れた息遣いと、諏訪子の寝息が静かに響いた。
「ふう、ふう、ふう。ああ、そのことかい? それなら、諏訪子の数十年間に及ぶ調教の成果だよ」
「……え?」
 神奈子の口から放たれた言葉に、彼は思わず目を白黒させた。
「いや、お前さんって、かなりの奥手らしいじゃないか。諏訪子から聞いているよ。何年も一緒に暮らして、肌の一つや二つ晒しているというのに、寝込みを襲わなかったらしいじゃないか。そんで業を煮やした諏訪子が、お前さんの論理とか常識とかを少しずつ変えていったんだよ」
「……え、なにそれ怖い」
「女の執念は神すら殺すさ」
「……そりゃ、同居しているし、裸ぐらい見る時もあるけど、襲うわけがないだろう。ていうか、なにしてくれてんだ、この蛙は」
 むぎゅっと、マッサージされて寝入っている諏訪子の頬を抓った。眉根をしかめて、あーうー唸る彼女を見て、彼はため息を吐いて離した。
 同時に、今まで当たり前のようにあった彼女の素肌を見て、彼は思わず頬を染めた。今の今まで意識していなかったが、なるほど、これが洗脳か。
 諏訪子を起こさないようにそっと抱きかかえると、既に用意していた布団の中へ押し込んだ。肩上までしっかり掛け布団を掛けると、彼は神奈子へ視線を戻した。
「この馬鹿、あほ、ヘタレ」
 なぜか罵倒された。
「女が男と同じ屋根の下で酒に誘うってことは、そういうことだろうが。お前さんはそうやって何年も何年も生殺しにしたっていうのかい? 諏訪子も私に愚痴をこぼすわけだ」
 やれやれと、身体を起こして溜息を吐く神奈子を見て、彼は思った。
 いや、だからと言って、人を知らないうちに調教するとか、どうなの? と。
 ……確かに、言われてみればそうだ。それらしい節がいくつもある。何度か怪しく輝く諏訪子の目を見て気分が悪くなったことがある。あれがもしかしたら暗示で、時折酒に酔ってもたれかかってくるのはそういう意味だったのだろうか。
 だが、それが分かったところで、彼が諏訪子に靡くことはそうそう無い。なぜならば、彼は生粋の巨乳はだからだ。小さなおっぱい、略してちっぱいでも十分許容範囲だが、若いうちにしか成し得ないたゆん、たゆんを堪能出来るのは、持つものだけなのである。
「それなら、どうして神奈子は俺に尻を揉ませるんだ?」
「ああ、それは、私もお前さんに惚れているからだ」
 あっさりした口調で、あっさりできない返事が返された。
 ……なんとなく、そんな気はした。だって、思いっきり乳が見えているというのに、隠そうとするどころか、彼の腕を掴んで胸に押し当てているのである。
 諏訪子にはない素晴らしい安心感を前に、彼は神奈子の腕を振り払った。弾みでプルンと跳ねた乳房に目を逸らした彼を見て、神奈子はふふふっと気味の悪い笑みを浮かべた。
「え、なぜに? 俺って何かしたか?」
「いや、何も。強いていうなら、私を女として見てくれたってことかな。顔つき合わせれば、だいたい分かる。お前さんはそう……いい男ってやつさ」
 そう言われても、彼にはよく分からない。もとより、彼は自分が魅力ある男とはこれっぽっちも思っていない。それどころか、むしろマイナスで見た方が早いとすら思っているのである。
 それを、いい男と言われても、彼には信じられるはずもなかった。
「怒らないんだな」
 ポツリとこぼした神奈子の一言に、彼は顔をあげた。
「いや、これぐらい永琳で慣れてるから」
「……色々聞いてみたいことはあるが、止めよう。その、永琳っていうのは、お前さんの、何だい?」
「えっと、妻です。今は離れていますが」
 万年以上前の、了承した覚えが無い妻ですが。その一言は、呑み込んだ。唖然とした神奈子の表情を見て、ややこしいことになりそうだからと判断したからだ。
「……お前、妻がいたんだな。ていうか、その奥さんも不老?」
「ええ、たぶん、永琳も不老なの……かな? ……言っていませんでしたっけ?」
「初耳だ! ……ところで、その話は、諏訪子には……」
「……そういえば、話してませんね。」
「……よかった、本当に、言わないでいてくれてよかった」
 噴出した汗を拭いつつ、神奈子は大きく息をついた。
「それで、どうするつもり? 諏訪子が掛けた暗示も解けたし、あ、それは元々ちょっとしたことで解けるようなものだったな……で、どうする? もう十分お前さんは諏訪子に尽くしただろう? 仕えただろう。雨の日も、嵐の日も、お前さんは頑張って来た。そろそろ、外へ出てもいいんじゃないのかい」
「……、それって、遠回しに、出ていけってことか?」
 鈍い音が脳内を反響した。一瞬どころか数秒程意識を飛ばした彼は、激痛に苛む頭をさすって、犯人を睨んだ。
「馬鹿たれ。誰がそんなこと言った。今なら諏訪子も寝ているし、事情は私から説明しておく。今ぐらいしかないぞ、諏訪子の元から離れられるのは。こいつは蛇のように嫉妬深いからな。それこそ、終わりが来るまでずっと」
「…………」
 ふふふ、と神奈子の笑い声が静かに室内灯の炎を揺らした。
「そんな顔をするな。お前さんが、諏訪子を嫌って離れようとは思っていないことは分かっている。ただ、ふと、旅に出たくなっただけなのだろう。ちょっと、外を見たくなったのだろう。あまり気にしていても、仕方ないさ」
「…………ああ、うん。本当に、済まない……急なことになって……俺は、ただ……」
 再び、重い炸裂音が室内に響いた。
「……で、何処へ行く?」
「……とりあえず、都へ」
「都? 京へ、行くのか?」
「ああ、ちょっと、観光にな」
「そうか……あそこには、ここらに出る妖怪、魑魅魍魎どもとは比べ物にならない凶悪なやつがごろごろいる。達者でな」
「うん。諏訪子にも、よろしく伝えておいてくれ」
 そう神奈子へ伝えると、彼は旅立ちの用意を始めた。
 その後ろ姿を見つめていた神奈子は、畳に広がっていた襦袢に袖を通した。そして、火通り身支度を整えると、彼に言った。
「そうそう」
「……ん?」
「次に会ったときは、よろしく頼むよ」
「……あいよ」
 振り返らずに、彼は一言そう返した。





 そして、彼が旅立った後、神奈子は自身の目でも捉えられないぐらい遠くまで、彼の後姿が見えなくなると、ふう、と溜息を零す。
 そして顔を上げて、夜空をジッと見つめた。虫の鳴き声が草むらから聞こえてくる。静かに、神奈子の視線が夜の闇へ消えていった。
「……どこぞで見ている覗き妖怪。私はいちいち気にしないが、あいつに手を出してみろ。そのときは、軍神と祟り神が、きさまの五体を引きちぎることになる。よく、覚えておくがいい」
 ……返事は、無かった。神奈子も返事を期待していたわけではなかったので、気にしなかった。ただ、言うべきことは言った。これで何か行動を起こすことはないだろう……おそらくは。
「……ん?」
 う~ん……お~い、小腹が空いたよ~、何か作って~……お~い…。
 今さっきまで彼が居た部屋の中から、彼を呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、障子の影に、蠢く二本の足が見えた。どうやら、眼が覚めたらしい。動きから見て、両足をばたつかせているのだろうと、彼女は思った。事実、時折見える白い足が、証明していた。彼の名前を呼んで駄々っ子のように足をばたつかせるその姿は、彼女の姿を知っている神奈子から見ても、可愛く見えた。
「……ああ~~~」
 頭を掻いて、神奈子は唸った。明日まで眠っているだろうと踏んでいた彼女は、一晩かけて諏訪子を宥める言葉を考えようと思っていたのである。
 しかし、現実はそう上手く事が運ぶことはなく、事態は最悪な流れに向かっていた。
 ……こいつは……ちょっとばかし、判断を誤ったかな。
 そう弱音を吐きそうになった神奈子だったが、仕方ない。彼女は事情を説明する為、諏訪子が居る部屋へ足を踏み出した。

この話では誰が不幸だったのでしょうか。
彼か、神奈子か、諏訪子か。それは誰にもわかりません。

さて、古代編はこれにて終幕。次からは、平安時代編に突入します。
ようやく、東方キャラが彼の物語に登場し始めます。ああ、長かった。


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