あんまりだらだらしていても仕方がないので、さらっと終わらせます。
諏訪大戦
「どうだい、私の軍門へ下るつもりはないかい?」
「抜かせ。神である私が、大陸の神の下へ即けと?」
「別に、謙る必要はない。お前達とて、いたずらに信者を死なせてしまうのは避けたいところだろう?」
「は! 何を言うと思ったら、信者を死なせる? 私が? 寝言は寝てから言うものさ。はて、起きて言うのは戯言だ。さて、お前さんはどちらだろうかね?」
「……ほう、言うじゃないか。小さな体を使って繰り出す言葉は随分と棘がある。こちらの大陸では、ちんちくりんの神様が統治しているようだね」
「……なに、どこぞの後は老けるだけのババアと違って、私はより美しく変わるだけ。ああ、本当、どこぞの誰かが可哀そうだ。そのうち小じわでも作って来そうで、心配で堪らない」
「…………そうだね、そいつは可哀そうだ。私も、若づくりし過ぎて気持ち悪いやつを知っていてね……本当、見ていて気味が悪い。変に若い子ぶるババアは気持ち悪くて仕方がない。年上なら年上らしくふるまえばいいものを……」
「…………ははは、どでかい柱担いで来た女に言われたら、そいつも形なしだな。本当、何を血迷って柱なんて担いで来たのやら」
「…………ふふふ、つまらん男を閨に引っ張り込んで乳繰り合っている神に言われたら、そいつも終わりだな」
「………………、あ?」
「………………、お?」
「……………………年増……」
「……………………若作り……」
「………………………………やるか」
「………………………………やるぞ」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
日差しが暖かくなってきていた、ある春の日。諏訪子へ信仰を捧げに来た信者達と、それに対応する巫女達の喧騒をよそに、その空間は混沌を極めていた。
その空間とは、神社の奥の奥に用意されている秘密の部屋……諏訪子と彼と、そして巫女頭しか入れないその場所には、今、二つの超存在が対決していた。彼は矛先が自分へ向かないように、部屋の隅で、自分を消していた。
机を境に対に分かれて座った二つは、互いに凄まじい気迫を放ち、その威力は彼の精神力を根こそぎ奪い去る程の圧力だった。
部屋の周囲どころか近隣一帯に生息していた野鳥が住みかを飛び立つ。それを追いかけるように野獣と魑魅魍魎が走りだしていった。
けれども、その恐ろしい空気を信者達へ一瞬たりとも行かないようにしているのだから、凄まじい。しかし、その分の余波が彼に向かっているあたり、多少の無理はしているのだろう。
だが、彼には堪ったものじゃなかった。
想像して欲しい。自分よりも10倍以上強い奴が本気で怒りを放っているのである。例えそれが自分へ向かっていなかったとしても、恐ろしいことこの上ない。なにせ、自分で止める手段が何もない。爆発したら最後、自分のみならず、周囲の生物が根こそぎ滅ぶ。しかも、その相手が知り合いなのだから、手が付けられない。
超存在の一つ、名を、洩矢諏訪子と言う。
彼に見せるダルイ、疲れた、肩揉んで、酒に付き合えなどのおちゃらけケロちゃんではない。信者に見せる諏訪王国の国王の顔でもない。
一つの神として、ミシャグジを率いる土着神の頂点として、彼女は大陸からやってきた戦いの神……八坂神奈子を見据えた。
その視線に対し、大和からやってきた神は、頬に余裕を張りつけて答えた。
大和を束ねる神にして、戦を勝利へ導く軍神、八坂神奈子。紫色に近い青髪に、思わず見惚れてしまいそうな顔立ちに、特徴的な赤を中心とした衣服。首に掛けられた銅鏡を押し上げる双山と、スカートから伸びた両足はあまりに女性として魅力に溢れている。
だが、彼女が放つ強大な神気が、それらの魅力を相殺していた。かつて、幾多も諏訪王国へ戦いを挑み、散っていったどの神々、魑魅魍魎よりも力に溢れていた。
その身体から放たれる神気は、おそらく全く本気を出していない。事実、諏訪子も視線を厳しくはさせるが、ミシャグジを操ろうとしない。
しかし、彼には荷の重い重圧だった。
滝のように噴き出してくる冷や汗。ガチガチに硬直した四肢。瞬きすら忘れた瞼に入る汗が痛む。噛みしめ過ぎた唇から鮮血が滲み、彼の口元を赤く汚した。固く握りしめた指は手のひらに食い込み、皮膚を破る。
涙と汗で滲んだ視界が、神奈子を捉える。出来ることなら逃げ出したいと、彼は思った。走って、走って、走って、眼前の軍神が捕まえることのできない場所へ、手の届かない場所まで逃げたかった。
ふと、神奈子の視線が彼へ向けられた。といっても、一瞬、彼へ視線を向けた程度。眼球がわずかに彼を捉えた程度の時間だ。
だが、たったそれだけでも彼には辛かった。その一瞬だけで、彼の残った精神力を根こそぎ奪い取る。
おそらく、神奈子は分かっている。自分が、この重圧に消耗しているということに。そのことを、一瞬の視線の交差だけで、彼は悟った。
同時に、彼は思った。この戦い、諏訪子が負けるということに。彼は絶対に物音を立てようとはしなかった。なぜならば、彼には諏訪子が神奈子に気押されかけていることに気づいていたからだ。
諏訪子は神奈子の一瞬の視線の動きに気付かなかった。そして、今も彼の様子に気づくことなく、神奈子へ鋭い視線を投げつけている。本来の諏訪子なら、例え相手が軍神であっても、その不審な一瞬の動作に気付き、視線の先に居る彼の様子を確認するだろう。
だが、今はそれすら出来ない。余裕が無い証拠なのであった。
室内の空気はさらに重圧を増し、二人が放つ神気はさらに濃厚になっていく。
彼は奥歯を噛みしめて耐えた。かつて味わった、氷河期の苦しみを骨の髄まで味わった彼だったが、それでも辛いものは辛い。今まで幾度となく体験してきた、自分よりも強い相手との睨み合い。その中でも最大級の相手は、今の彼には大きすぎた。
少しずつ神気を高めていく二人に反比例するように彼の疲労は蓄積し、彼の意識を奪っていく。
……あと、どれほど続くんだ。
何度目かの覚醒と消失を繰り返たとき、突然神奈子の神気が消えた。
「ふう、止めよう」
神奈子は疲れたように肩を鳴らすと、大きくその場で伸びをした。
その様子を見て、ようやく諏訪子も神気を収めた。ただ、臨戦態勢だけは解かなかったが。
「……あれれ、こいつはどういう風の吹きまわし? 私はこのまま戦うのかと思ったんだけどね」
その諏訪子の言葉に、神奈子は鼻を鳴らした。
「私もそれで構わんが、このまま戦い合おうものなら、後ろの男が先にくたばるぞ」
「え……あ!」
ようやく、彼の存在に気付いたのだろう。既に昏倒していた彼を慌てて諏訪子は抱きかかえると、その小さな胸に頭を抱きとめた。
「ごめんよう、ごめんよう。気付かなくて、ごめんよう。こんなに苦しんで、こんなに唇を噛みしめて、こんなに我慢させて……ごめんよう」
諏訪子の両目から流れ落ちる幾重もの涙。それらは滴となって彼の頬に当たって、弾けた。汗で濡れた前髪を、そっと指で払う。裾で唇についた血を拭き取り、噴き出た汗を優しく拭った。
涙を流しながらも、甲斐甲斐しく彼の介抱をする土着神の頂点を見て、神奈子は面白そうに眼を細めた。
軍神である神奈子には、数々の神々と戦った経験がある。民を大事にする神、逆に蔑ろにして恐怖で支配する神、色々な神が居た。
だが、その記憶の中でも、諏訪子のような神はいない。本当に、珍しく思えた。人間を助けることはあっても、世話をすることはない。神奈子は、そんな諏訪子の姿を眩しそうに見つめた。
「……諏訪の」
「ぐす……な、なんだ、大和の」
「どうして、お前は……いや、聞く必要はあるまい。そんな姿になってまで、お前の傍に居ようとするのだ。私も、そこの奴のような男が傍にいたら、お前のようになっているのかもしれないな」
「……な、何が、言いたい」
「さあ、私にも、何が言いたいのか分からない」
ポンポンと優しく彼の頭を叩く諏訪子は、首を傾げた。
「諏訪の」
「なんだ、大和の」
「どっちみち、もはや戦いは避けられん。遅かれ早かれ、いづれは雌雄を決さねばならん」
「……そうだね」
「その男は、人間にしては強いように見える。私とお前の神気に一時とはいえ耐えられるし、何かしらの能力を持っているのかもしれないが、私とお前の戦いには力が足りなさ過ぎる」
「……能力?」
「……ええい、そこに食いつくか。私だけが持つ力、お前だけが持つ力のことさ。そいつにも、おそらくそいつだけの力があるのかもしれない。お前にも、思い当たる節があるのだろう?」
「……うん」
「その能力がなんにしろ、力不足であることは否めない。決戦は次の満月を迎えた日の朝だ。その日は、何か適当な理由を付けて、そいつを遠くへ逃がしてやれ」
「……大和の……」
「……なに、たまにはそんなことがあってもいいと、私は思う。さあ、用は済んだ。私は、帰る。決戦の日まで、勝負は預けた」
「ああ、分かった……また、会おう……大和の神」
「……こちらこそ、諏訪の神」
その会合から、ひと月。互いの軍を結集させたその戦は、後に諏訪大戦と呼ばれるようになり、日本神話のひとつとして、数えられるようになった。
彼は決戦の日、諏訪子から厳命を受け、遠く離れた土地で骨休みしていた。全てを知ったのは、諏訪子が神奈子に敗れてから、二日が経った後のことであった。
黙って事を行った腹いせに、彼は神奈子と諏訪子の戦いで出来た湖に名前を付けた。
その名も、諏訪子が戦って湖が生まれたから、諏訪湖。あまりに捻りの無いその名前は諏訪子には不評だったが、意外と信者の間では人気が広がってしまい、その湖も後の世では諏訪湖と呼ばれるようになった。
西暦342年。諏訪王国は、大和の軍神に敗れ、その軍門に下った。しかし、根強いミシャグジ信仰は民から引き離すことが出来ず、神奈子の頭を悩ませてしまうことになるのは、また、別の話。
ようやく、主人公の能力に関するフラグが経ちました。
ですが、まだ能力が使われる予定はありませんし、覚醒する展開もありません。
どんなに頑張っても、人間は人間です。それが不老だろうが、万年を生きようが、種族の差をうち破るのは並大抵のことではないでしょう。
まあ、才能に溢れた俺TUEEEEEなら、話は別ですが。この話は、彼でも普通に蚊帳の外にされたりしちゃいますが、それでも彼の物語です。全部が全部、彼の周りで物事が起こることはないでしょう。それよりも、彼の知らないところで、彼の行動を決定される。その方が、多いのかもしれませんね。
ああ、眠い。寝よう。
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