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  東方典型録 作者:葛城
長ったらしい。
そんな関係
 ちょっと寝るわ。
 一日3回寝る諏訪子が、今日二度目の床に就いたのは、お昼を回ったあたりだった。
 することも無かった彼は、傍に居るのが仕えるものの義務だという諏訪子の横暴により、寝静まった彼女の隣で腰を下ろす羽目になった。
「……ふう」
 ……時折聞こえる隙間風以外、何も聞こえない。
 ああ、退屈だ。そう思っても、暇をつぶすものは何もない。参拝客が訪れる本堂ならまだ退屈を紛らわせただろうが、ここは諏訪子と彼しか入れない離れの部屋である。
 結界を張って万が一にも参拝客が入らないような作りになっている為、盗み聞きすることも出来ない。彼は、ひとつ、大きな欠伸をした。
 諏訪子の家はかなり広く、また、豪華だ。というのも、家というのは彼の間違いで、本当は諏訪子そのものを祭る神社である。そのため、指定された時刻に参拝客が訪れるときは、本堂である一番豪華な大広間に案内し、信仰を受けるという形になっている。
 信仰とは、神にとっては力の源。それは、祟り神である諏訪子ですら例外ではない。いや、むしろ諏訪子程の知名度のある神ともなれば、信仰がなければ自身の姿すら維持できなくなり、枯れれば消滅してしまうのである。
 そのため、信者を確保する為に実は色々苦心していたりする。この神に任せれば安心だ、この神を信仰すれば、いざという事態に力を貸してくれる。そう、思わせる努力を日々行っている。
 諏訪子が住む神社が必要以上に豪華で厳かな外装、内装をしているのも、それだけ威厳があり、格式高い神であると形として現す為だ。
 人間とは複雑な部分を持ち合わせながら、意外と単純な部分もある。例えば、人間は驚くほど見た目で判断する。例え諏訪子自ら力を宿した道具を信者に手渡したとしても、道具の見た目がみずぼらしいものなら、例え諏訪子の力をよく知っている信者ですら、心のどこかで疑心を抱いただろう。
 これは、本当に力があるのだろうか、と。
 逆に、実は力が無いのに見た目が厳かな道具を渡されれば、人間とはあっさり騙されてしまうものである。それらしい外見で、それらしい雰囲気のものであれば、それがまさか偽物だとは疑わない。
 まあ、実際に力を見せて、信仰を集めるという手もあるが、それは既に天候を操れる程度に力を持っている場合にだけ許される為、消耗したくない神はあまりその手を使わないのだが。
 そんな諏訪子の密かな努力と信仰集めも、彼は無宗教だったせいで、大して気にも留めていなかったりするのは、諏訪子にとっては納得がいかなかっただろう。
 閑話休題。
 諏訪子が使っている寝床……着ている衣服もそうだが、布団もそれに応じて質が良く、寝心地も良い。内心、彼もあの布団なら、そんなに昼寝してもおかしくないだろうな、と考えている。
 そういえば、諏訪子は良く寝るのもそうだが、よく遊ぶな、と彼は思った。そう考えていることを諏訪子が知ったら、おそらく彼は地獄突きを食らっていただろう。
 彼は知る由もないのだが、正確にいえば、彼女は遊んでいるのではない。姿を見せて周囲の魑魅魍魎どもを威嚇し、敬意を示せと言外に言い放っているのである。
 要は、マーキング。臭い付けみたいなもので、ここら一帯は自分の縄張り、お前ら黙って入ってくるんじゃねえ、暴れでもしたらぶち殺すぞ、と態度で示しているのである。
 ちなみに、彼が諏訪子と出会ったのも、このマーキングが原因であったりする。彼からすれば原因だが、諏訪子から言わせれば切掛けだと思っているのは、神と人との見解の相違というやつか。
 事の発端は、諏訪子の縄張りに彼が不用意に侵入し、あまつさえイノシシを殺して食べたことが始まりだった。しかも、そのイノシシは諏訪子へ奉納する為に特別に飼育されていた家畜で、諏訪子もそれが来るのを楽しみにしていた。神の供物をどこのものとも知れない人間が勝手に食べた。言葉にすればただの窃盗だが、実際はもっと重い。
 はっきり言えば、諏訪子に喧嘩を吹っ掛けたも同然。
 これには諏訪子も激怒した。いや、激怒どころではない。彼女に報告した信者がその怒りに触れて寿命を縮めたのだから、その怒りの程が知れる。
 彼にしたら知らなかっただけで、悪気があったわけではない。それに供物と言ったって、神に捧げる供物は人の施しを受けてはならないという信者独自の考えから、放牧されていたもので、むしろ供物であると分かるようにせず、村の中へ置かなかった信者の責任である。
 だが、諏訪子にとってはどうでもいい。とにかく自分のものを盗んで食べた不届き者を、どうにかしたい。それ一心で彼を探し、見つけたのが最初の出会いだった。
 もちろん、事情を知った彼は謝った。それはもう、額を地面に擦りつけて謝った。持っていた食糧を全て差し出して、許しを願った。少なくともこの時代、大の男が頭を下げて謝るなど、とんでもないことである。
 その姿に、怒りに祟り神の力であるミシャグジを出していた諏訪子も、面喰った。なにせ、彼の見た目は筋肉隆々の男である。背はそれほど高い方ではないが、この時代では大男と言っていい背丈だ。そんな男が身を縮むように丸めて土下座をする光景は、不気味以外の何ものでもなかっただろう。
 ……なんだこいつは。
 彼を見て、諏訪子の初見の感想は、こうだった。
 本気で謝っているのは、明白だった。その性質上、人を見る目には長けている彼女は、眼の前の男が心の底から悔いており、難を逃れようとするあまりの行動ではないということは、すぐに分かった。
 この男……何者?
 しかし、それだけではないと諏訪子は見抜いていた。その内に宿る力……自身には劣るものの、人間の範疇を大きく超える力を持っていることに、彼女は気付いた。
 それはそうだ。氷河期を生き抜いた人間である。普通である方がおかしいし、普通だと思ったら人を見る目が無いと自分から言うのと同じだ。
 さすがにそこまではさすがの諏訪子も気付かなかったが、見た目通りの年齢ではないことには気づいていた。
 ……うん、まあ、いいかな。
 面白い。諏訪子の次の感想は、これだった。
 人間を大きく超える力を持つ人間。それでいておごることもなく、無法になるわけでもない。ただ、あるがままに、人として生きている……ように見える彼に、彼女は興味を抱いた。
 瞬間、彼が背筋を震わせたことを、彼女は知らない。
 諏訪子は思った。
 しかも、しかもだ。顔は……まあ、不細工ではない。決して美丈夫でもない。だが、退屈を紛らわせる程度には遊べそうだ、と。
 そうなれば、話は早かった。彼女はさっそく自分の神社へ来て、自分に仕えれば許してやると言った。
 もちろん彼は断ろうとしたが、その食料ではつり合いが取れないだの、神の物を盗んで許しを請うなだの、思いつく限りの足元を見られれば、断れるはずもなく。
 結局、言われるがまま、彼は諏訪子の元へ仕えることになったというわけである。
 ちなみに、どうして彼が逃げなかったのか、疑問に思う人がいるのかもしれない。
 答えは簡単だ。


【レベル   :160          】
【体力    :980/999      】
【気力    :400/400      】
【力     :200          】
【素早さ   :170          】
【耐久力   :180 +10      】
【装備・頭  :なし           】
【  ・腕  :毛皮の腕巻き       】
【  ・身体 :貫頭衣          】
【  ・足  :なし           】
【技能    :獣の本能・踏みとどまる  】
【      :衝撃の称号        】
【スキル   :洞察力  レベル80   】
【      :美感力  レベル20   】
【      :逃げ足  レベル170  】
【      :自己再生 レベル5    】
【      :毒解能力 レベル50   】
【      :フラグ  時々発動    】
【アイテム  :アイテム使用       】


 これが、当時の彼のステータスである。
 実はこの能力、他者のステータスを見ることが出来る。彼が動物だのを最初の頃から狩れたのも、このステータス画面を見て、レベルの低いやつを狙ったり、体力が弱っているやつを狙ったからだ。でなければ、この世界に来てすぐに命を落としただろう。
 そして、これが諏訪子のステータスだ。


【レベル   :690          】
【体力    :2800/3120    】
【気力    :1800/1800    】
【力     :950          】
【素早さ   :1000         】
【耐久力   :780 +200     】
【装備・頭  :ケロ帽子         】
【  ・腕  :なし           】
【  ・身体 :ケロセーター       】
【  ・足  :ケロスカート+ケロシューズ】
【技能    :祟り・ミシャグジ召喚   】
【      :神様の威厳・雨にも負けず 】
【スキル   :洞察力  レベル200  】
【      :美感力  レベル80   】
【      :神通力  レベル851  】
【      :自己修復 レベル17   】
【アイテム  :なし           】


 ……もはや、大人と子供どころではない。像とアリだ。勝てる勝てない以前の問題だ。というか、これで勝てると思える人はいるのだろうか。彼は思わない。
 このステータスの前には、彼も大人しく従うしかなかった。といっても、元々行くあてもなく、用も無かったので、あんまり嫌とは思わなかったのだが。
「ん……」
 ふと聞こえた声に、彼は記憶の彼方からふっと我に返った。
 見ると、布団からはみ出た手が、彼の人差し指を握っていた。ギュッと力を込められたそれは、痛くはなかったが、離さないぞと言わんばかりに握りしめていた。
 ……小さい。自身の手よりも二周りも小さく、温かい。そっと片手を当ててやると、諏訪子の片目がわずかに開いた。
「ん……」
「……どうした」
「……お前も……」
「ん?」
「……寝ろ」
「眠くないから、寝ません」
「……ん~」
 ごそごそと動いた諏訪子は、握った手を解いて彼の手を掴むと、それを自分の頬に当てた。ほんのりの汗ばむ手のひらの臭いに、彼女はほう、と息を吐いた。
「……お前の手、ごつごつしているな……」
「まあ、手が荒れるようなことばかりしているからな」
 主に風呂の用意とか、食器洗いとか、洗濯物とか、水仕事系のことかな。
 そのことに関して口にはしなかったが、目には現れたのだろうか。諏訪子はふふふっと、笑った。
「ねえ……」
「……なんだ」
「……ありがとう」
「…………」
「ふふふ……」
「……何がおかしい?」
「だって……ふふふ……」
「……おい」
「……ふふふ、熱々……」
「……――っ!?」
「お休み」
 そう言った諏訪子は、寝息を立て始めた。
 ……今度こそ、寝入ったみたいだった。
 彼はため息を吐くと、軽く、諏訪子の頬を撫でた。
「……そういえば、最近寝る回数が増えた……かな?」
 本堂から聞こえる参拝客の賑わう声を尻目に、静かに眠る諏訪子を見て、彼はもう一度大きな欠伸をした。

主人公が強くなったと思ったか?
残念。上には上がいます。


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