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  東方典型録 作者:葛城
急展開なのは仕様です。いまだ東方キャラ一人とか、どんだけ……。
どうやら、盛大な引っ越しが行われるらしい
 道路が地面を走るものではなく、空中を走るものに変わったのは何時からだっただろうか。
 クリーンエネルギーが消費エネルギーを賄える程に技術が発展したのは、何時からだっただろうか。
 彼の住む町が、他の国と比べて桁違いの科学力を誇り、無限に思える寿命を持ったことを知ったのは、何時だっただろうか。
 消費される全ての食糧、資材が、錬金術を応用した秘術によって生成できるようになったのは、何時からだったろうか。
 永琳があらゆる組織に呼ばれるようになったのは、何時からだっただろうか。
 テレビの向こうにひっきりなしに現れるようになったのは何時だっただろうか。書店に永琳著作の本が並べられるようになったのは、何時からだろうか。永琳の作ってくれた出し巻き卵を最後に食べたのは、何時だっただろうか。
 ……最後に永琳と会ったのは何時だっただろうか。久しぶり過ぎて、彼にはすぐに思いだせなかった。
 最近になって、他の国の人々を軽視する人たちが増え、逆に自分たちを神聖視する人が多くなった。そう彼が思い始めたのは、永琳と出会ってから、かれこれ数千年の月日が流れ、テレビの向こうに映る永琳の着る服が個性的になり始めたあたりの頃だった。
 藍色と赤色が交互になった衣服とスカート。星座らしきものをあしらった模様と、博士を意味するらしい赤十字のマークが入ったキャップは、この頃妖艶さを増した永琳には良く似合ってはいた。が、彼にはどうも、コスプレをしているように見えて、あまり彼女の服装に好評価はしなかった。
 といっても、それはあくまで彼の感性から見てであって、むしろ永琳の服装は、流行の最先端であるらしい。
 なんじゃそりゃ、と彼は思ったが、口にも態度にも出さなかった。もう、自分の年すら分からなくなるほどに長生きした彼は、年若い見た目とは裏腹に、ある程度空気というものを読めるようになっていたのである。
 そんな彼の勘が、こう囁いている。褒めておけ、と。別に似合っていないわけでもないし、わざわざ悪く言う必要はない。それが、彼の結論だった。
 思えば。最初の切っ掛けは、永琳の出した月移住計画なる眉つば的な、論文とすら呼べない空想話を聞いた役所の偉い人が訪ねてきたことがきっかけだった。
 その日は、今でも彼は覚えている。小雨の降る、いやに寒い日だった。この日を境に、彼と永琳の関係は変わったのだろうと、彼は思った。
 次第に、次第に増えていく役所の人たちに比例するように、永琳は彼の傍から離れていった。
 最初はぬくもりを与えあう回数が減ったぐらいだった。次に、互いの唇が触れ合わなくなり、次に手が離れていった。柔らかかった永琳の声が思い出せなくなり、永琳の髪の匂いを忘れたのは、玄関から永琳の靴が消えて2年が過ぎたあたりだった。
 今では永琳と彼の家は、実質彼の家になっている。最後に永琳が使った歯ブラシも不衛生な為、捨てた。永琳が使っていたマグカップも、時々取り出しては洗ったりしている。
といっても、別段疎遠になったわけではない。永琳が受け持つ仕事の量が増えた為であって、永琳と喧嘩したわけでもなく、別れを切り出されたわけでもない。
 ただ、ふと、一人家でお茶を啜っている時、彼は考えてしまう。
 もしかしたら、これが元々の関係なのかもしれない、と。
 思い返せば、永琳と彼の関係を示す確固たる証は何一つなかった。繋がっているときも名前こそ呼ぶも愛を綴ったことはなく、証を送ったこともない。永琳とて、彼の名前を呼びこそすれ、それらしい言葉を永琳から聞いたことが無い。
 何ヶ月かに一度、永琳が帰ってくる日も同じだ。それこそ玄関を開けると同時に貪るように舌を絡め、彼の衣服を破り捨てて上に乗ってくることはあっても、はっきりと口に出されたことは無かった。
 この星に隕石が接近していることが分かり、月移住計画が現実のものとしてプロジェクトが結成され、永琳が計画推進チームのリーダーとして、家を離れざるを得なかったときも、同様だった。
 最後の最後まで暴れて、泣いて、縋って、離れたくないと彼に号泣して喚いたのは、何時だっただろうか。傍目にも愛する人から離れたくないと言外に述べる彼女を見て、彼は思いで胸が張り裂けそうになった。
 あのときは本当に大変で、彼も彼女を説得するのには時間が掛った。結局、地球脱出のときには、彼を永琳の次の便に連れていくと政府が約束してくれたおかげで、永琳を宥めることに成功した。順番が変わるだけで隕石自体衝突するわけでもないから、大した違いはないのだが、永琳はそれで涙をひっこめたみたいだった。
 それから幾ばくか。彼は、永琳の顔を見ていない。永琳も、彼の元へ訪れることは無くなった。
 もちろん、だからと言って彼は永琳に対して愛情を持っていないのかと問われたなら、彼ははっきり愛していると答えただろう。
 何分、彼は元来不器用である。長生きしたところで、それが改善されるわけがない。それが女性に対する恋愛感情かと問われれば、はっきり返答出来なかったが、大切な人と答えられれば、はっきりと大切な人と言える程度には自分の心が分かっていた。
 その愛情を、そっくり永琳から求めようとは、彼は思わなかった。
 まあ、一日平均八通、最多で一二通も手紙を送られてくることを考えれば、それなりには愛されているかな、と彼は考えている。ちなみに、手紙の内容は歯が浮くどころか溶け落ちて虫歯菌で死亡してしまいそうなぐらい、甘ったるい文章であったりする。
 元々自分に自身の無い男であったし、年月を経た永琳は、それこそ高嶺の花。
 彼女と一緒に過ごせたことが一種の奇跡だったのではないかと、彼は一人家でお茶を啜りながら思った。
 ふと、点けっぱなしにしていたテレビから、歓声が響いた。彼はリモコンに手をかけた。ぽちぽちとボタンを押すと、アナウンサーの声が大きくなった。
『ついに、地球を脱出する宇宙船が完成したと、地球脱出プロジェクトの担当大臣から報告がありました。皆さんには見えるでしょうか、この大歓声と人の波を。今、歴史が変わろうとしています。我が国は、 これから穢れた地上を離れ、穢れの無い永遠の世界である月へと移住し、新たな文明を築いていくのでしょう。今、歴史が動きました!』
 興奮で頬を赤くしたアナウンサーの嬌声が、スピーカーから響き渡る。彼はその金切り声のようなアナウンスに辟易しつつ、テレビの音量を下げた。
 テレビには、なんというか、彼がまだ現代世界に居た頃、SF小説の押し絵にあったものとよく似ていた。ただ、彼の記憶にあるスペースシャトルよりもはるかに大きく、どこか未来チックな外見だった。
 これが、宇宙へ移住する船……通称、ノアの方舟か。
 これから、少しずつ住人達は月へと移住を開始する。遅かれ速かれ、彼も月へと向かうだろう。
 それはとても喜ばしく、誉れ高いことで、誰も彼もが最初に月へ行ける人たちを尊敬の目で見つめていた。
 けれども、どうしてか彼はそう思えなかった。小心者なのか、新しいもの受け入れられない頭の固い人間なのか判断出来なかったが、土から離れて生きることに、本能的な忌避感を抱いていた。
 地球の大地から離れることに一抹の寂しさを感じる。不思議な倦怠感を覚えていると、久しく鳴らなかった電話がけたたましく鳴った。
「誰からだ?」
 この日初めての肉声が、これだった。彼自身どうかと思ったが、何分人づきあいが下手な彼にとって、自然と一日家でジッとしている方が多いので、仕方がない。
 彼はすっかり温くなった湯呑から残った茶を飲み干すと、ゆっくり立ち上がって電話機から子機を取った。
「もしもし?」
『あら、声に元気がないわね。寝起き?』
 一瞬、誰か分からなかった。だが、すぐに声の主が永琳であることが分かった。忘れていた永琳の声が、自然と湧きあがってくる。こうしてみると、どうして彼女の声を忘れていたのか、彼には分からなくなった。
 気恥ずかしさにも似た思いを誤魔化すように、彼は口を開いた。
「……永琳?」
『そうよ、私。もしかして、私の声を忘れていたのかしら?』
「いや……忘れてはいないけど……どうした、いきなり」
『テレビは見た? 今ニュースになっているでしょう、完成したのよ、宇宙船が。同時に月へ建設された移住施設もね。もう、私たちの出番は終わったし、その報告と挨拶も兼ねて、ね。良かったわ、敬語に戻ってなくて。ちょっと心配していたのよ』
「……それって、どういうことだよ」
『そういうことよ。貴方はすぐ敬語で話すんだから。その敬語を止めるようにしたのに、どれだけ労力を掛けたと思っているのよ。宇宙船開発なんて、目じゃないわ』
 どうやら、永琳にとって、宇宙船を開発するより彼の敬語を捨てさせる方が大変だったらしい。
 なんて無駄な努力と思いつつも、彼は頬を掻いた。
「そうか……でも、いいのか?」
『なにが?』
「なにって、祝賀会とかするんだろ? 電話して大丈夫なのか?」
『……その、シュクガカイっていうのは良く分からないけど……あなたは、時々良く分からない言葉を口走るわね』
「あ、えっと、要は」
『要は完成披露宴を抜け出して大丈夫なのかってことで、いいのね?』
 そう、と彼は頷いた。今みたいなことは、ときどきある。こちらの世界には無くて、彼がいた世界には有る言葉だ。今のように意味が伝わらなかったときは、永琳が言葉のニュアンスや前後の脈絡から言葉を発するので、とくに困ることはない。
「お偉い方と集まって披露宴するんだろ?」
『残念だけど、それはないのよ』
「……そうなのか……ていうか、お前、あんまり残念とは思っていないだろ」
『バレた?』
 クスクスと受話器から聞こえてくる永琳の笑い声。初めてあったときと変わらず、どこか鈴の音を思わせる、耳触りの良い声だ。
『私達、開発チームと政府の偉い人たち、そして月夜見とその親族及び一族が、これから月へ向けて出発するのよ。この電話は、出発前の報告も兼ねているの』
「……あ、そうなの? 急だね、随分」
『月夜見一族や政府の重鎮が、そんな表立って動くわけがないでしょ。少ないとはいえ、テロの可能性だって考えなきゃいけないんだから』
「ああ、そうか」
『そうよ、ふふふ、貴方は何時になっても抜けているわね』
 そりゃ、永琳に比べられれば、誰だって抜けているだろうよ。
 喉まで出かかった言葉を、彼は呑みこんだ。
『それじゃあ、そろそろ出発時間だし、一旦切るわね。どうせあなたも明日にはこっちに来るんだから、そのときゆっくり話しましょう』
「それもそうだね。いや、永琳と顔を合わせるのは何時以来かな……なんだか随分会ってないような気がするよ」
『気がする、じゃなくて、本当に会っていないのよ。正確に言えば、23年と4ヶ月と18日と3時間17秒ね。あ、今20秒になったわ』
 思わず、細かすぎ、と突っ込んでしまいそうになったのは、彼だけしか知らない。こういうとき、永琳の頭の回転の速さを実感する。よくもまあ、即興であそこまでバラバラな時間やら言い回しやら出来ると、彼は内心舌を巻いた。
「ははは、もうそんなにか、道理で長く思えるわけだ」
『ふふふ、そうね……あ、そうそう』
「うん?」
『こっちに着いたら、貴方に言っておきたいことがあるのよ』
 言っておきたいこと?
「なに?」
『こっちに着いたら教えてあげるわ』
「なんだよ、電話では言えないのか?」
『無理ね。ずっと言おう言おうと思っていたことですもの。電話なんかで伝えるのは勿体無いわよ。こういうことは、直接伝えなきゃ、ね』
「ふ~ん。まあ、楽しみにしているよ」
『ええ、せいぜい楽しみにしておきなさい』
 ……一瞬、静寂が彼を包んだ。
「……次に会うときは、月の上だろうね」
『……ええ、そうね。月に着いたら、一緒に餅でもつきましょう』
「お休み」
『お休み』
 プツリと回線が切れた。そっと、子機を元の場所に戻した。充電を開始する音が、妙に空々しかった。
 明日……月へ向かう。月までどれくらい掛るか知らないが、どっちにしろもうすぐ永琳に会える。
 遠くに聞こえる爆音に顔を上げると、ベランダの窓ガラスの向こう、青色の大空に、一筋の飛行機雲が宇宙へ向かって伸びていった。






 翌朝。空は昨日に引き続き、快晴であった。風も無く、穏やかな気候で、絶好の移住日和である。
 誰もかれもが、月への話で持ちきりになっていたときに、それは起こった。
 そのとき、彼は身支度を整えていた。いつものように食事を終え、ステータス画面を確認していたときだった。
「ステータス確認」


【レベル   :88           】
【体力    :450/450      】
【気力    :170/170      】
【力     :99           】
【素早さ   :133          】
【耐久力   :110 +38      】
【装備・頭  :なし           】
【  ・腕  :なし           】
【  ・身体 :TFジャケット      】
【  ・足  :TFバロ + TFシューズ】
【技能    :獣の本能・踏みとどまる  】
【      :衝撃の称号        】
【スキル   :洞察力  レベル25   】
【      :美感力  レベル13   】
【      :逃げ足  レベル120  】
【      :自己再生 レベル4    】
【      :毒解能力 レベル30   】
【      :フラグ  時々発動    】
【アイテム  :アイテム使用       】


「あれからえらい年月が過ぎたというのに、全然成長していないな……やっぱり、週二回町から離れて恐竜と対決しているぐらいでは、これぐらいかな……唯一、衝撃波を出せるようになったのは助かったけど」
 そう、呟いて、ステータス画面を閉じたときだった。
 ゾワッと背筋に悪寒が走ったのは。
 獣の本能、発動。
 その瞬間、彼が半ば無意識に張った衝撃波のバリアが、彼の生死を分けた。

 その直後、彼は見た。

 はるかビル群の向こうに見える、空から降り注ぐ巨大な隕石群を。

 その一発が、雲を吹き飛ばして地表へ向かう。
 その一発が、飛行していた旅客機を吹き飛ばして地表へ落ちる。
 その一発が、轟音と共に山を消し飛ばし、森を根こそぎ剥いでいく。
 その一発が、文明の象徴として建てられたビッグツリーをバターのように溶かしていくのを、彼は見た。

 凄まじい衝撃の中、彼は聞いた。どこか遠い、誰かの悲鳴を。
 薄れゆく意識の中、彼は見た。どこか遠い、誰かの泣き顔を。
 命が消えていく中、彼は思った。ああ、永琳……!

 この日、栄華を誇った文明が、終わりを告げた。

 後の調査で分かったことだが、この大災害は、地球に接近するだけで決してぶつかるはずが無かった巨大隕石が、別の隕石と衝突して軌道が変わったことが原因だった。
 それが10の52乗分という天文学的確立だったことは、このときには誰も知らなかった。
 そして、奇しくも、この日が永琳と出会った日と同じ暦日だったことを、彼は知らない。









 同時刻。移住施設『月の都』
 地球の様子を映した超大型スクリーンの前で、血が出るほどに頭を掻き毟り、血だらけになった銀髪の女性が、狂乱して理解不能な悲鳴を叫び続けていた。
 従業員から鎮静剤を撃ち込まれる、1分前の出来ごとだった。
さて、だれしもが想像付いていたであろう、落ち。
ここから、ようやく彼の長い長い旅が始まります。
長いものです。ここまで来るのに3万文字とか、遅速にも程がある。
おお、テンプレ、テンプレ。


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