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  東方典型録 作者:葛城
これぐらいならKENZENかな?
直接的な描写はないし、せいぜい12Rぐらいだろう。
…………?
「はい、どうぞ」
「………うん、ありがとう」
 永琳から茶碗を受け取る。茶碗には、炊きたての白米が湯気を立てていた。手のひらにじんわりと伝わってくる暖かさが、嬉しい。
 こういうとき、日本人として生まれてきたことを、深く感謝する。身の安全など、数え上げればきりがないが、白米が食べられること自体、嬉しい。
「みそ汁です」
「……うん、いただきます」
「はい、いただいてください」
 同じく渡された茶椀を、受け取る。それに息を吹きつけながら、そっと啜った。人によりけりだが、彼は汁から食べる派だった。
 程良く熱された味噌汁が、舌の上を転がる。最初に、鰹だしの風味が口いっぱいに広がる。次に、味噌の甘辛さが静かに広がっていき、時折大根と豆腐の風味を感じる。それらを堪能してから、一息に呑みこむと、その熱が喉元から胸へと落ちていき、お腹の辺りが、ほう、と温かくなった。
 美味い。一つ一つ手を抜かず、しっかり手間暇かけて作られたのが良く分かる味だった。
「アジです。今が旬ですので、とっても美味しいですよ」
「……ありがとう」
 そっと差し出された器を受け取る。そこにはきつね色に焦げ目を付けたアジが、載せられていた。丸々と太った魚の表面には薄くあら塩が振られており、質の良い魚脂の溶ける良い香りが食欲を誘った。
 くぅ、とお腹が鳴った。聞こえてか、と彼が顔を上げると、そこには可笑しそうに笑っている永琳の姿があった。どうやら、ばっちり聞こえていたようだ。
「大根おろしです。お醤油をどうぞ」
 ちょこん、と器に盛られた大根おろしを善の上に置かれる。醤油の黒と大根の白のコントラストが美しい。一切れを箸で掬ってアジの上に載せる。じんわりと、大根おろしが焼き魚の熱で溶けて、一筋の水滴が流れた。
「…………………」
 視線を、感じる。魚を見つめていて永琳の顔を見ることが出来ない彼だったが、手元に注がれる凄まじい熱視線。その熱量は、能力「獣の本能」を使わなくても分かるぐらいだった。
 一口分、大根おろしを崩さないよう気を付けながら、アジの肉を口の中へ放り込んだ。
 美味い。思わず、彼の目が軽く開かれた。
 同時に、永琳の目が眠そうに細まった。
 ほとんど臭みのないその味は、この魚が新鮮であると同時に上質であることを明確に語る。頬が落ちるとはこのことで、絶品といえる美味しさであった。
「美味しいですか?」
 電子ジャーから自身の器にご飯を盛った永琳が、彼へ尋ねた。
「美味しいです」
「そう、それは良かった」
「この味噌汁も出しが効いてて……何か特別な出しを使ったんですか?」
「あら、分かる? 今日はいつもの鰹だしとは別に、鯖だしも混ぜてみたのよ」
「そうなんですか。いや、いつもの味よりも、後味に甘みがあったように思いまして……いつものも好きですけど、こういうのも好きです」
「うふふ、そこまで喜んでくれるなら、作った甲斐があったというものよ。あ、そこのお醤油取ってください」
 催促された醤油を永琳へ手渡す。
 その時、永琳の手と彼の手が触れ合った。
「あ……」
 思わず……といった調子で漏れる永琳の吐息。桜色に色づいていた頬が紅潮する。つややかな唇が結ばれると、掴まれた指先にきゅっと力がこもる。それはほんのわずかな違いではあったが、彼にはそれが良く分かった。
 涙で潤んだ瞳が、彼へ向けられた。
 まるで恋に恋する女子だ。ササユリの模様があしらわれた着物が、よく似合う。少女のように繊細で、見た目は淑女な永琳の姿は、彼の心拍サイクルを加速させるには十分過ぎる。
 彼は、つられて紅潮してしまった自身の頬に恥ずかしさを感じつつも、そっと片手を醤油へ添えた。
「……醤油、落としますよ」
「あ、は、はい、すみ、すみません」
 ハッと気を取り直した永琳は、慌てて醤油を受け取った。だが、その醤油を使う様子はなく、今しがた触れあった自らの手元を見つめて、うっとりと陶酔していた。
 ……その姿を見て、彼は改めて思った。
 今日、ご飯の用意を頼んだかしら? ということを。
 なし崩し的に永琳の住む村へ定住してしまってから幾月か。文明の発展スピードは凄まじく、彼も200歳を超えるほどにまで年を取った。ただ、見た目と中身は変わらなかったが。
 時代もあっという間に進み、気付けば、文明は昭和レベルまで進み、最近では今のように同じ釜の飯を食べ合う仲にまでなった。外出するときは必ず二人で行動し、それどころか外出しないときも、たいてい一緒の部屋で生活するぐらいまで親密になった。
 今では町一の、おしどり夫婦と呼ばれる程なのだから、その関係は言わずもがな。実際、二人は初心な子供でもなく、彼とて永琳の味を知っているし、永琳とて彼の肌だって知っていた。
 だがしかし。そう、だがしかしである。
 たとえ傍目には仲が良さそうに見えても、実は……というのは、良くある話だ。そしてそれは、彼と永琳の間でも同様だった。
「…………ずずず」
 味噌汁を啜る。やっぱり美味いと、彼は思った。

 ……実は、彼は永琳にご飯を作ってくれと頼んだことがない。

 気付いたら、本当に、気付いた時、永琳がまるで妻のようになっていて、彼が夫のような位置づけになっていたのである。それこそ、彼は了承したことはないし、そもそも同居を許可した覚えはない。
 だが、気付いたときには永琳の私物が住居の半分を占拠し、永琳の首には家の合鍵がぶら下がり、洗面所には永琳の歯ブラシが彼の隣に並んでいた。
 おまけに周り近所全員が彼と永琳を夫婦と呼び、役所に行けば名字が八意になっているという、ある種のホラーみたいな状態になっていたりする。
 永琳との関係……それとて、彼は告白したこともないし、告白されたこともない。親密な運動を行うときとて、なぜかその日は身体が高ぶって妙に意識が朦朧となり、気付いたときには永琳と蛇のように絡み合うことになってしまう。
 唯一、彼から永琳の手を握ったときは、凄かった。その日の夜はもう、くんずほぐれつ、手を、足を、身体を、唇を、舌を、全てを一つにせんばかりに互いを求め合った。こればっかりは、夕食に出されたスッポンの生き血が悪かったと、彼は考えている。
 そのときはスッポンパワーがあまりに効きすぎて身動きが出来なくなり、永琳の調合してくれた鎮静の効果がある香を焚いた程だ。結局間に合わなくて永琳に襲いかかってしまったのだが、これはあまり覚えていない。永琳もこのときのことはあまり覚えておらず、しばらく気まずい日々を過ごしてしまったことも、彼の記憶には新しい。
 ただ、気まずいと思っていたのは彼だけで、永琳が彼の知らぬところで舞い上がるぐらいに機嫌が良かったことを、彼以外の近所の人が知っているのだが。
 だが、実際問題、悪い話ばかりではない。というより、悪い話はない。
 年月が経てば経つほど永琳の頭脳は磨きが掛り、作れる薬の種類も今では万を超えてしまった。小さな頭に詰まった知識量は恐ろしく膨大で、奥が深い。1の疑問に、10の答えと100通りの道筋を教えてくるぐらいだから、その凄さが分かる。
 交渉術など、もはや魔術のレベルだ。百戦錬磨の狸ですら永琳の前では融通の利かない幼子でしかない。
こうして永琳とご飯を食べ、どうしてこんな関係になったのかと思い馳せても、気付けば成るようになったと納得してしまうようになったのも、永琳との会話のせいだと彼は思っている。

 なにか、自分は何か大きなことを見逃しているのではないだろうか? そう例えば、永琳がおそろしく狂愛的なお人であるとか……。

 永琳から差し出された箸を咥えつつ、彼は今日も永琳お手製の出し巻き卵を噛みしめた。
永琳はきっと言葉で気持ちを表したりしないと思うんだ。
そう、綿で首をしめるがごとく、じわじわとその愛を染み込ませていく……そういう乙女なお人であると私は思う。
というか、東方キャラはたいていそんな感じだとおもうかな。


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