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  東方典型録 作者:葛城
もはや、完全オリジナル。
女性に年の話は禁物です
 どうしてこうなった。どうしてこうなった。
 彼は今、馬鹿になれば楽になれるかもしれないと、わりと真剣に考えていた。人生、いかに馬鹿になれるかが、幸せの道だと、どこかの本で読んだことがあることを、思い出していた。
 ああ、懐かしい現代文明の記憶。毎日シャワーを浴びて、お腹がすいたらご飯を買いに行き、週3回はカップラーメンを食べていたあの頃。思い返してみると、食べ飽きていたラーメンの味が、こんなにも心を擽らせる。
 ほぼ原始人レベルの生活をしていた彼は、改めて現代の食文化の素晴らしさと、日本食の素晴らしさを深く噛みしめていた。
 そう、あれは……
「そう、あの猛獣を倒すことが出来る者がいると、風の噂で聞きましたが、まさか貴方だとは……もし、それはやはり、お強いのですか?」
 過去を回想していた彼の耳に、心地よい鈴音が響いた。
 顔をあげると、口元に手を当てた永琳が、大きく見開いた眼を向けていた。
 興味津津。目は口ほどに物を言うとあるが、確かに永琳の瞳には無邪気な色が宿っており、好奇心の塊が水晶体の代わりに入っているのではないかと、彼は思った。
 永琳に現代のことを隠しつつ、こちらへ来てからの日々を話してから、早3時間。少しずつ長くなっていく並木の影に目をやりつつ、彼は答えた。
「はい、大変お強いです。それはもう、対面したら3回ぐらい走馬灯を垣間見てしまうぐらいの強さです」
「まあ、走馬灯を? ふふふ、旅人様は面白い例えを致しますのね。家臣のものに見習ってほしいわ」
「……う~ん、それは止めた方がよろしいかと」
「あら、どうして?」
「私のような臆病者で無学な者の真似などしては、それこそ収集がつかなくなるではなりませんか。それに、あなたのようなお人の部下になる人が、私のようになっては色々困ります」
「良いのです。どうせ、政など私一人で動かしているようなものです。彼らは私の言葉を聞いてそのまま動いているにすぎません」
「……そうなの?」
 ピシャリと言い放つ永琳の言葉を耳にして、彼は思わず聞き返した。
「ふふふ」
 だが、彼女は彼の言葉に返事は返さず、蕾だった花が咲き誇るような、可愛らしくも美しい笑みを浮かべた。
 ……この、笑みが曲者だった。目の前の人物になぜか感じる警戒心に身震いしつつ、さっさとお暇しようとした彼だったが、気付けば住居の中に連れられ、気付けば彼女特性のお茶だという不思議な臭いのする飲み物を出されてから、幾ばくか。
 そうして昔の話をしている途中、漠然とではあるが、彼には、なぜこの永琳という少女を警戒しているのか分かった。
 この少女。とにかく頭の回転が速い。それでいて、自分が美人であることを理解し、それを最大限に利用しているのである。
 こちらが帰ろうと思ったら、目ざわりにならない程度に近寄り、立ちふさがって、そっと住居へ案内する。こちらが何か話そうとする前に、はい、いいえ、で返答する言葉を投げかけ、一瞬思考を逸らしたときに、すっとお茶を目の前に置く。
 会話をしている最中でも、ほんのわずかでも帰ろうとするそぶりを見せれば、そっと膝の上に手を置いて、それでいて身体は離す。内容を変えて質問し、時にはこちらから質問するよう会話を誘導する。
 極めつけに、こちらの一挙一挙に身振り手振りで驚き、笑い、うなずく。彼女から持ちかける話題の内容も簡単明瞭とくれば、はっきり言って、下手な押し売りより性質が悪い。
 なぜならば、帰ろうとする気力を根こそぎ奪っていくのである。それでいて、もう少し、もう少しだけ話したいと思わせてしまうのである。これが何一つ強制されているわけではないのだから恐ろしい。
「……さっきから何度か笑っておられますが、私に何かおかしいところはありましたか? なにぶん、私は他人を笑わせることなど、とんと出来ない不器用な男です。何か理由があるのでしたら、教えてくださらないでしょうか?」
「ああ、御免なさい。怒らせてしまったかしら?」
「いえ、そういうつもりではありません。ただ、不思議だな、と……」
 彼なりに怒ったつもりはなかったが、相手はそう取ったのだろう。さっきまで笑っていた永琳は、えくぼの浮かんだ頬を戻しつつ、眉根を下げた。
「御免なさいね。ここに来てから、ずっと貴方は私に対して畏まった喋り方だったでしょう? ですから、貴方が砕けた返事を返してくれたのが嬉しくて、笑ってしまったのですの。お気を悪くしませんでしたか?」
「……ああ、そういうことでしたか」
「ほら、また」
 永琳の頬がぷくりと膨れた。そんな顔ですら、愛嬌があって可愛い。この村の美的感覚がどうなっているのかは彼は知らなかったが、将来、そんじゃそこらの女性よりもよほど上等な美人になるだろうと、彼は思った。
 服装を見ても、その美しさは際立っている。衣冠束帯という、彼の知識にある弥生時代の服装ではなく、プリーツスカートに近い衣装だった。紅色の模様が可愛らしい。
 また、思考の奥へ入る。彼の悪い癖だ。20年程一人で暮らしていた彼にとって、思考の渦に入るのは、寂しさで参らないようにする自己防衛だ。自然と、自分の世界に入る癖がついてしまったのである。
「もう、また」
 ぷに、と、唇に柔らかくも固い、暖かい感触が、唇に触れた。
「…………」
「うふふ、柔らかい」
 ぷにぷにと、押される唇。見ると、彼女の細くも白やかな指が、自身の唇に伸びていた。
 ………………。
「すぐまた畏まって……普段通り話してくださいと言っているのに、どうしてそう畏まるのかしら」
「いや、だって、永琳さん僕より、うん千年は年上じゃないでふは?」
 永琳の指が音も無く彼の口に潜りこんだ。
 甘くて、しょっぱい。それが、彼の感想だった。これが人間の指なのだろうかと疑問視してしまうくらいに滑らかで、爪の固さが、ああ、これは彼女の指なのかと実感させた。
 その指が、口腔内を縦横無尽に泳ぐ。上あご、下あご、歯の内側外側を磨くように、指の腹が滑って行く。頬を内側からツンツンと突くと、その形に浮き出る。それがおかしいのか、永琳は捉えどころのない、表情を浮かべた。
「女の……」
 目を白黒させる彼を尻目に、永琳は二本目の指を素早く口の中へねじ込む。そのまま舌を指で挟み、ギュッと引っ張った。
「年に関することで、いちいち言葉にすることじゃありませんよ」
「いふぁあふぁっふぁふぁふぁふぁふぁ!!!!」
「え、なんですか? もっとしてほしい? そうですか、頑張ります」
「ひはう、ひは、ふん!」
 右往左往した彼の舌は、最後に一際強く引っ張られると、ようやく解放された。
 痺れにも似た痛みが、走る。舌の付け根部分が引きつる。涙で滲んだ瞳を永琳へ向けると、怒りで燃える瞳で返された。彼は目を逸らした。
 そう、何を隠そう、目の前の少女は、実は彼よりも2000年以上長く生きているのである。ついさっき、永琳の口から直接そう言われたので、そうですか、としか答えられなかったが、それにしては見た目も雰囲気も、あまりに若々しすぎる。
 見た目の年齢は、彼の目から見ても14~5歳程度。雰囲気も、せいぜい20歳前半ぐらい……高くて、後半ぐらい。
 いくらなんでも、それは嘘だろう。そう思った彼は、自身も20年程不老だったことを忘れたまま、永琳へ尋ねた。
「ああ、それは、住人の中に、あらゆる事象を加減速する力を持った人がいるのです。その人の力で、私達が年を取るスピードを限りなく減速し、思考速度など、様々なことを加速させているのです」
 私は、この力のことを、加減速する程度の能力と、名付けておりますが。
 そう話す永琳の目に、ふと、哀愁のような何かが見えた……ような気がした。
「ふ~ん、それでは、永琳さんにも、何か、その……能力とかはあるのですか?」
「……また、畏まって……畏まって話される必要性も分かってはおりますが、あんまり、畏まって話されるのは好きではありません」
 そう言われても、こればっかりは彼も譲れなかった。なんというか、年上には敬意をはらえと教わった世代というべきか、ふとした時以外では、年上には自然と敬語でしか話せなかった。
 そういった自分の考えを永琳に話したところ、永琳は少し悲しそうに眉根をしかめながらも、頷いた。
「まあ、仕方ありません。ところで、能力でしたね」
「はい。あるんですか?」
「知りたいですか?」
「教えてもらえるのなら、知りたいです。あ、教えたくないなら、無理にとは言いません」
 途端、プクッと餅のごとく、永琳の頬がまた膨れた。
「……んもう」
「……なんですか?」
「そうやって、すぐ奥手になるのは駄目ですよ。もっと積極的に行かないと」
「……そう」
「そうです。そんなのですから、私みたいに一目惚れしてくれなきゃ、誰も相手にしてくれませんよ」
「ははは、それは手厳しい」
「ふふふ」
「ははは」
 ……ふと思ったんだが、どうして永琳は俺のことをこんなに好意的に扱うのだろうか。出会ってからまだ数時間だというのに。まるで2,3年程付き合った恋人同士の会話みたいだ。
 そう、思ったが、言葉には出さなかった。永琳が何か聞き捨てならないことを話した気がしたが、そんなことはなかった。そのことで、永琳の口から思いため息が吐かれたことも、気にしなかった。
「ありますよ」
「……あ、能力?」
「はい。あらゆる薬を作る程度の能力、それが私の力です」
「……あらゆる薬? 病気とか治せるの?」
「はい。薬なら、時間さえあれば何でも作れますよ」
 ところで、惚れ薬なんてどうですか?
 そう口にした彼女の目は、笑っていなかった。

東方キャラって、一目惚れしたら遠まわしに告白したりしそう。それで、こっそり外堀を埋めて、気づいたら周りを囲まれていたとかそれなんて、うわ、なにをす


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