小さいのは守備範囲外。やっぱり、大きい人じゃないと。
時代の流れは速い
数週間ぶりに村を訪れたら、竪穴住居から弥生時代になっていた。
これを見ている人がいたなら、きっと何を言っているのか分からなくて彼に怒っただろう。だが、彼を責めるのは少し待ってほしい。だって、彼はそれ以上に分からなかったのだから。
考えてみてほしい。ちょっと国を離れて戻ってきたら、文明開化が始まっていた。そんなの、誰だって混乱する。彼も、当たり前のように混乱した。
上手い例えが思いつかなかったが、それ以上に上手い例えが思いつかなかったのを、許してほしい。
「……これは、夢、か?」
呆けた頭を二、三回叩いて、頬を抓る。だが、頬が赤くなるまで気合いを入れても、眼の前の光景が変わることは無かった。
「……どうみても、田んぼだよ……ねえ?」
彼の眼前。そこには、縄文時代には無かったもの……田園が広がっていた。
しかも、変化があるのはそれだけではない。農具として今まで使われていたものは、ただの木の棒であったが、彼の目に映っているのは、どう見てもクワとスコップだった。
さすがにまだ鉄製のものは作られていなかったようだが、現代知識を有する彼から見ても、はっきりそれが稲作等に使われる農具であることが分かった。
それだけではない。作物の貯蔵庫である高床倉庫がちらほら建造されているだけにとどまらず、弥生時代を象徴する、銅鐸らしきものが、作られていたのである。
稲作が始まるということは、つまり、縄文文明から、弥生文明まで、少なく見積もっても2000年以上の月日が流れた計算になる。
2000年。これがどれだけの年月か、分かるだろうか。隣の村へ挨拶しようと思ったら、数週間はかかる程度の文明。西暦2000年は、地球の反対側へ10秒で連絡が取れて話が出来る時代だと考えたら、その文明レベルの違いが顕著に分かるだろう。
この2000年自体、あくまで予測であって、確実なものではないが、石から青銅器、鉄器に移行し、稲作文明を築き上げるまで、それだけの時間と知識を結集しなければならないことに他ならない。
けれども、やっぱり彼にはそんなことは関係なかった。そんなことよりもはるかに大きな問題が、彼の前に立ちはだかったのである。
「……ちくしょう、なんてこった……」
地面に膝をつき、肩を落とす。傍目には土下座しているように見えたが、今の彼には構っていられる余裕はなく、ただただ胸に沁みる諸行無常を噛みしめていた。
「……あいつら、服を着ていやがる。お。俺の、乳、尻、ふとももが……ふささが……桃源郷が……癒しが、俺のユートピアが、消えてしまった……」
断じて、彼のものではない。そう、誰のものでもない。みんなのものでもない。彼女達のものである。どうやら、長い一人身生活は、不思議な妄想を彼にもたらしてしまったらしい。
彼のその苦しみにも似た悲しみは、誰にも理解されることはない。だが、決して非難されるものでもない。考えるだけなら、罪ではないのである。
そうして地面に額を擦りつけるように倒れていること、20分。大きな期待が去った後に残されたのは、むなしい性欲だけだった。というか、もはやそれは性欲だったのだろうか。彼にも、それが性欲なのかどうか、分からなくなっていた。
……せっかくだから、行こう。
いつまでも土下座していても、変わらない。これでもし、桃源郷に変わるのなら彼はそれこそ餓死寸前まで土下座するだろうが、真似をしてはいけない。彼は長年の生活で疲れてしまっただけだから、そっと生温かい目でみてやろう。
そう思い至った彼は、肩を落としつつ、物々交換用の食肉をステータス画面を使ってどこからともなく取り出しつつ、弥生文明へ重い腰を上げた。
不思議と、言葉は通じた。なぜか分からなかったが、彼は気にしないことにした。
食肉は思っていたよりも高く売れた。この時代に貨幣があることに驚いたが、物々交換では足元見られるかもしれないし、よそ者である自分に対して何かしらの弊害があると予測していた彼にとって、貨幣があるのは安心する出来ごとだった。
少なくとも、貨幣は一定の価値として、対価の代わりに支払われるものだ。これなら、よそ者である自分でも、この貨幣さえあればある程度の弊害を受けなくて済みそうだと、彼は思った。もっとも、お金の単位はいくつか食べ物を買ったおかげで分かったが、物価が良く分からなかった為、ぼったくられた可能性は否定できなかったが。
「服は着たし、恰好もOKだし、身体も洗ったし、髪はなぜか伸びていないし、髭はまあ、そんなに伸びていない。うん、それなりな、みてくれかな」
身振り手振りと、おまけの胡散臭い笑顔で何とかこの時代の衣服を手に入れた彼は、さっそく着てみることにした。
ここに、弥生バージョン、俺。が、完成した。
「それにしても、あの店のお姉さん、美人だったな……胸もでかかったし、揉みたい、と真剣に思ったよ。実際に揉んだら、袋叩きになっていただろうけど」
彼は凄く機嫌が良かった。それはもう、他人から見たら迷惑にしか思えないぐらいに、機嫌が良かった。
なにせ、20年だ。生まれてから大人まで、一通りこなしてしまうくらいの年月を、一人で過ごしてきたのである。
誤解の無いように言っておくが、彼は決して一人が好きでもなければ、今のように女と見れば興奮して固くなってしまう男でもない。どちらかといえば奥手で、異性に対して消極的な態度しか取れない、いわゆる草食系男子というやつだった。
だが、月日が彼を変えた。思い返してみてほしい。彼は、何の予告もなくこの縄文もとい弥生時代みたいな世界に来たのだ。それこそ、別の世界に行ってハーレム築いてエロエロしてやるぜ、とか、考えてしまいがちな中学生でもない彼は、ことさら人の情に……他人との触れあいに飢えていたのである。
今までは良かった。生きるか死ぬか、食うか食われるかのハイパーサバイバルタイムを過ごしてきた分、そんな寂しさを感じることはことのほか無かった。
けれども、他人を見て、会話して、笑顔を交わせば、忘れていた寂しさと孤独が湧きあがってくるのが自然の道理。
そんな寂しい日々を過ごしていた彼にとって、久方ぶりに出会う他人。それも、異性は、他人に対する無意識の壁を捨てるには十分過ぎるものであった。しかも、美人なのだから余計に壁が薄くなる。
そんな彼である。キョロキョロと田舎者のごとく周囲を見回し、ニヤニヤ笑っていれば、自然と他人は気味悪がって距離を取る。
そのことに全く気付かない彼は、右に左に人の波を通り抜け、住居を抜け、森を抜けて、我に返ったときには、今まで見てきた住居よりもはるかに大きく、はるかに豪華な竪穴住居が眼前に広がっていた。
「うへ~、でかいなぁ……」
そう感想を漏らした瞬間だった。彼の脳裏に閃光が走ったのは。ゾワッと冷や汗が背筋を流れおちていく。思わず、肩を震わせた。
「……帰ろう」
獣の本能、発動。
この技能の全容は、まだ彼にも分かっていない。いつのまにか身についていたこの技能は、あらゆる事態の前に必ず現れる、警告のようなものだと、彼は思っている。
あるときは横から飛び出してきた毒蛇の牙。
あるときは突然起きる突発自身による地割れ。
それらの気象的、故意的な災害、敵意に直面するとき、それは起こる。自身に危険に近しいものが近づいたとき、この技が発動し、彼に危険を知らせるのである。
ナニか、嫌な予感がする。そう、ナニか、とてつもなく面倒な事態になりそうな……。
「もし、そこの方」
踵を翻してまわれ右しようとしたとき、その声が静かに響いた。鈴を転がすような、耳触りの良い、女の子の声だった。
失礼に感じるぐらい、彼の肩が上下する。獣の本能は、自身へ激しくアラートを鳴らしている。
外れてください、と願いつつ彼は自分以外の誰かを探して首を振った。だが、辺りに人の姿はなく、それどころかネズミの気配すら感じなかった。
「こら、貴方以外の誰が居るというの。そんなくだらないことしていないで、こっちを見なさいな」
少女の……おそらくだが、この声の主は少女だ。それに、少し力が入っている。
元来奥手で臆病である彼は、慌てて背後へ振り返った。
「あ、やっと振り返りましたね」
そこには、美少女が居た。白銀というのだろうか。艶のある青みがかった白髪が、身じろぎのたびにわずかに揺れる。彼が今まで見てきた中でも断トツで一位になれそうな美少女だ。適度に高い鼻、遠目からでも分かる滑らかな肌はどこまで美しく、ほんのり赤く染まった頬があまりに愛らしかった。
少女は、ニコリと笑って、軽く頭を下げた。
「こんにちは、旅のお方。私の名は、八意永琳。そんなところで立ち話もなんでしょう、茶を用意させますので、旅の話をお聞かせください」
そう一息に話した彼女、八意永琳は、ちょい、ちょい、と手を振った。
やっとえーりん登場。ちびえーりん……お断りします。
こまちち……いつになったらたどり着けるのやら。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。